●リプレイ本文
●落とし穴
じりじりと照りつける太陽が、真っ白な砂浜を熱していく。ビーチサンダルの薄い靴底ではその熱を遮りきれていない。くるぶしからふくらはぎに、まとわりつくように暑さが這い上がってくる。
「早くキメラを倒して、泳ぎたいな〜」
海での仕事と聞いて三島玲奈(
ga3848)は、ビキニの水着に着替えていた。しかしそれは海水に浸らず、代わりに砂まみれになっている。
「そうですよね、皆で遊びましょーねっ!」
相槌をうつ真白(
gb1648)の顔にも、びっしりとかいた汗と砂が貼り付いていた。
今、彼女たちは、落とし穴を掘っている。
子供のイタズラではない。キメラを落とすための罠としてだ。
シャベルやスコップを借りてきて、全員でせっせと掘ってはいくが、この炎天下では、掘った先から砂が乾いていき、せっかくの穴に砂が流れ戻ってしまう。
「ちびちび掘るのも、まだるっこしいね」
シャベルからロエティシア持ち替えた瞳 豹雅(
ga4592)は、同時に覚醒もし、グギャーッと勢いよく砂を掻き出した。
「‥‥ふう、このぐらいもあれば」
豹雅自身が入って確かめてみる。幅は両手を広げたより大きく、腰から下がすっぽり埋まってしまう深さの落とし穴が完成した。
「このぐらいでいいかな、田中さん?」
豹雅は、唯一キメラの大きさを知る田中に感想を求めた。
「これだと、足しか入らないと思うぞ?」
「生き埋めにするわけでは無くて、動けなくするためのものだしね」
確かに、ペンギンの足の長さを考えれば、この穴は深すぎる。そうそうは逃げられないだろう。
「シートが出来ました」
アンジュ・アルベール(
ga8834)が、接ぎ合わせたビニールシートを広げた。穴の数カ所に板きれを刺し、それを支えにビニールシートを被せ、上から砂をかけると、落とし穴は見えなくなった。あとはこれに、うまくペンギンが落ちれば良いのだが。
●誘い出し
(「しかし‥‥こんなのにひっかかるのかしら?」)
的場・彩音(
ga1084)は決して楽観はしていない。この何もない砂浜でペンギンの足を絡め取らせるものとして罠を仕掛けるのは賛成だ。だが、その肝心の罠に、ひっかかってくれなければ意味はない。
開いて寝かせたビーチパラソルの陰から、周囲を見回す。あちこちにもビーチパラソルが転がっているが、それも中に同じように皆が銘々の武器を取って隠れている。それから、少し離れた場所には、手漕ぎボートに乗った麻宮 光(
ga9696)とフィオナ・フレーバー(
gb0176)が、不測の事態のためにと待機中だ。
そして真白と天城(
ga8808)はというと‥‥。
「田中っ、出番だよっ!!」
向こうの桟橋で大胆に田中を呼びつけ、モーターボートを用意させていた。
田中も唖然としていたが、相手は小娘とはいえ御足労頂いた能力者様、そこはぐっと堪えてエスコートをしてやっている。
「お、とっと‥‥揺れますね」
真白が言うほど揺れてはいないはずだ。それはおそらく、緊張で目眩がしているのだろう。なにしろ今回が初仕事だというのに、真っ先にキメラと直面する誘い出し役を任されたのだから。
「乗ったわね? じゃあ田中、出発して頂戴」
モーターボートのエンジンがかかり、いよいよペンギンの目撃された地点を目指す。
天候に時間、うまい具合に最初の遭遇時と似た条件が揃っている。
「たしか、この辺り‥‥」
田中はエンジンの音を派手に響かせながら、問題の場所を何度もぐるぐると回った。
小一時間ほどそうやっていただろうか。そこから更に少し離れた場所で、何か、黒いものが動いたのが視界に入った。
「来た!! 来た来た来たァっ!!」
覚醒のせいでテンションのあがった天城は、喜び勇んでアーチェリーボウを構え、黒いものの動きを追う。舌なめずりをし、挑発のためにまず一矢撃ち込んでみた。
黒いものが反応した! 激しく海面を波打たせながら、もの凄いスピードで接近してくる。
「ちょっ、来た来たー! 本当にこっち来たー!!」
「真白さん、びびってないで撃ってみなさいよ」
「ひええええ」
天城に言われるまま、銀色になった目で照準を合わせ、スコーピオンの引き金を引いた。発射された弾は、黒いものの端を擦った。
『キイイイイイ!!』
黒いものが怒りを露わにした声を出す。
はっきりと姿を現したそれは、紛れもないペンギンだった。
ペンギンの姿は砂浜からでも分かるほどの大きさだ。
「あれが‥‥皆さまを困らせる悪いペンギンですね」
アンジュが息を呑む。
「ここを南極だとでも思ってるのかしら?」
冗談を言う彩音だが、顔は笑っていない。
誰もがこのまま、計画通り落とし穴まで誘い出せることを祈った。
田中の運転の腕は見事なもので、暴れるペンギンが生む大きな波にも負けずにモーターボートを繰っている。ペンギンに追いつかれず、引き離しすぎず、ちょどいい距離を保ちながら砂浜を目指す。
座礁するギリギリの浅さまでくると、真白と天城は海へ飛び込み、泳ぎながらキメラを誘い続ける。
だが、ここで計画が狂った。
キメラの注意が、90度に曲がって逃げ出したモーターボートのほうへ向いたのだ。
「ちょっと、まじで? それはないわ!」
●修正
「こっちを向けっ!」
真白が再びスコーピオンを撃つも、水中という不安定な姿勢で撃ったそれは目標から外れた。相変わらずペンギンは、大きなエンジン音を発する鉄の塊の方を狙っている。
「田中さん、あっちへ!」
そこに飛び出したのが、光の漕ぐボートだった。船首には、エミタを埋めた左肩からうっすらした光を放つフィオナが、スパークマシンΩを構えて立っている。
「かわいいペンギンさんでも、倒さなきゃいけないのよね‥‥」
「『かわいい』? でかすぎるだろ、これは」
「かわいいと思うわよ。キメラでさえなければね」
「同感だ」
言いながらフィオナは、躊躇することなく電磁波を放った。
巨大ペンギンという大きな的に命中し、衝撃音が鳴った。
「やった!?」
「まだまだ」
あの程度で倒せるとは思っていない。ペンギンにいくらかの痛みは与えたかもしれないが、まだぴんぴんしている。
『ギィイイイ、ギェエエエエ!』
先ほどより鳴き声が一層激しくなった。ペンギンは、モーターボートから目をそらし、自分を傷つけた小さなボートと2つの地球生物の方に向き直る。
「このまま、砂浜まで突っ込むぞ!!」
光は、ボートを目いっぱい漕ぎ、皆の待つ砂浜を目指す。
「う、うわぁっ!」
オールが海底に刺さり、急ブレーキをかけたようにボートが止まる。反動で2人は浜に投げ出された。
「任せてっ!」
体勢を崩した2人の代わりに、先に浜へあがっていた天城が再びキメラの足下を狙って弾頭矢を撃つ。弾けた鏃は砂を巻き上げ、一瞬、ペンギンをたじろがせる。
「今のうちに」
4人は、同じ方向へ固まって逃げた。あの場所を踏まないように注意して。
丘にあがったペンギンは、巨体を揺らしながら彼女たちを追いかける。
そして‥‥。
「やったああぁ!!」
穴にずっぽりと入り込んだペンギンは、身動きが取れなくなって、じたばたと不格好にもがくのだった。
●海坊主ゴーホーム
ビーチパラソルの陰でじっと待っていた残る4人が、ついに動くときが来た。
「皆もいっせいに。いい? せーの、『海坊主ゴーホーム』!」
煽動する玲奈の瞳と髪は、さながら紅蓮の炎のように燃え上がっている。セリフこそおどけているが、すさまじい威圧を感じる。
「ペンギン、おまえは南極に帰りな!」
それは彩音も同じだ。覚醒した彩音にとって、相手の容姿がどんなに可愛らしかろうと関係ない。
「お尻ペンペンとやりましょうか。ペンギンだけにね。ニヒヒ」
不敵に笑う豹雅。ビニールシートの支えにしていた板きれの上に立ち、無様なペンギンを見下ろしていた。
「貴方に恨みはありません。でも、皆様の楽しい夏休みのため、ここで鳥刺になって頂きます!」
アンジュが『月詠』と『蛍火』を両手に握り構えると、それが合図となった。
「一斉掃射ァアア!」
●勝敗の行方
しゃりしゃりと、かき氷機が小気味よい音を立てて氷を削っていく。店主はサービスだと山盛りにしてくれるが、逆に腹を壊しそうだと光は心配になる。
女性陣はビーチバレーをしているそうだ。今更ながら男が自分1人だと気付いて、嬉しいやら恥ずかしいやら肩身が狭いやらで、海の家の方へ逃げ込んでいる。
「おっちゃん、うちにもイチゴ味で」
豹雅も入ってきた。皆でワイワイやるのはあんまり得意ではなく、それよりは涼しい日陰で冷たいものを食べる方が楽しいようだ。
「勝負はどうなってる?」
「さあ。ルールはよく知らないのよね」
2人の視線の向こうでは、眩しい水着姿の乙女達がボールを追いかけていた。
賑わいの戻ってた砂浜で、激しい熱戦が繰り広げられているらしい。やはり能力者だからか、一応運動センスはあるらしく、きちんとした試合になっている。
「そろそろ本気でいくよ〜。‥‥『超高速サーブ』!」
「なんのこれしき! 『台風レシーブ』っ!」
「ふふふ、甘いわねッ! 『キャノンスパイク』ぅぅぅ!」
「へ、『へろへろとどこに飛んでいくか分からないスパイク』‥‥」
「ならばこちらは、『力任せでどこに飛んでいくか分からない暴走スパイク』!」
「あれ? あららら‥‥? ボールはどこですか〜?」
それぞれに用意していた必殺技があるらしく、何度も何度も披露される。
そんなにスパイクは必要ないとは思うのだが。