タイトル:狼が来たぞぅ!マスター:江口梨奈

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/01 22:54

●オープニング本文


 キメラが来たぞぅ!

 その騒ぎを聞いた人々は慌てふためき、それぞれの決められた避難所へと駆け急ぐ。
 後は誰もいなくなった街中に、2人組の男が現れた。彼らは家々を悠々と見て回り、これはという家に入って中を探り、充分に与えられた時間で証拠を消して出て行くのだ。
 男たちは盗人だった。

「ア、アニキィ。もう止めましょうぜ」
 背の低い男が、もう1人の男に言った。彼を『アニキ』と呼ぶからには、自分のほうが格下なのだろう、明らかに顔色を窺っている。
「何でぇ。怖気づいたか?」
 現金や貴金属を鞄に放り込んでいたアニキは、面倒臭そうに返事をした。
「そ、そういう訳じゃないんスけど‥‥」
「チッ、この家もロクな物が無い。シケてやがるぜ」
 用意してあった鞄は、まだスカスカだ。アニキは何度も舌打ちする。
「それなんですよ、アニキ‥‥」
「ああ?」
「なんてゆーか、宇宙人との戦争で、みんな金なんて無いっスよ、それをオイラたちが貰うのは、あの、その」
「うるせぇな。俺たちこそ金が無いんだよ。‥‥ほら、次の家へ行くぞ」
 弟分の男は戸惑っていた。誘われるままに泥棒の手伝い始めた最初の頃は、自分にも面白いように金が入ってきていい思いをさせてもらった。しかし、バグア侵攻が始まってからは状況が変わった。忍び込む家のどこもかしこも、精一杯だという感じなのだ。若い顔の遺影が並ぶ家もあった。しかしアニキは一向に構わず、抽斗の隅っこにある小銭までも綺麗にさらっていくのだ。
 おいしい稼ぎに手をつける気にもなれず、日雇いの仕事をはじめた。誰も、彼のもう1つの顔について詮索しないが、それでも気の晴れることはない。
 足を洗おう‥‥何度もそう思うが、男はなかなかそれを言い出せない。アニキにせっつかれるまま、次の狩場へ移る。

 キメラが来たぞぅ!
 やっぱり何も言い出せず男は、同じ事を繰り返す。
 しかし、狼少年のラストは知っているか。
 アニキが、金目のものがたんまりありそうな蔵を開けたときだ。

 男は逃げた。
 蔵の中から現れた、二つの光る目。人間の子供ほどもある大きさのネズミ。転がるアニキの下半身。

 このまま逃げればいい。泥棒稼業からもおさらばだ。あの町の人間だって、とうに避難しているのだ、このまま逃げても大丈夫だ。
 ‥‥本当に?
 男は立ち止まる。キメラの居場所と姿を見たのは自分だけなのだ。こういう時は、そうだ、退治する専門の機関に伝えなければならない。
 ‥‥いやきっと、この町の人間から通報が行っているだろう。
 ‥‥いやいや、自分が適当にがなり立てた噂だけで通報などされているのか?

 そうだ、確かめるだけ。通報が届いているか、確かめるだけ。そう思いCPU本部へ行き、それとなく聞いてみる。依頼は出ているのか?
 否。

 男はポケットをまさぐった。
 昨日貰った給料の入った、皺くちゃの封筒があった。

●参加者一覧

ユリコ・カトウ(ga8432
16歳・♀・EP
ロック・スティル(ga9875
34歳・♂・EP
オブシティン・バールド(gb0143
54歳・♂・DF
穂摘・来駆(gb0832
20歳・♂・FT
片桐 恵(gb0875
18歳・♂・SN
神浦 麗歌(gb0922
21歳・♂・JG
クイック前田(gb1201
20歳・♂・DF
赤城 楓(gb1246
19歳・♀・SN

●リプレイ本文

●依頼主
 指定された場所に集まった8人の能力者はは、それぞれが緊張していた。半数以上の者が、今日が初仕事だというのだ。互いに自己紹介を済ませ、軽い世間話などをしつつ、固い空気を解きほぐしていく。
「つい先日、一通りの訓練を終えたところなんです。どんな仕事から始めればいいのか悩んでいたら、これがいいと薦められましたので」
 張り切っているのだろうか、赤城 楓(gb1246)の表情は明るい。それに深紅の髪と瞳が重なって、さながら太陽のようである。
「私もそうです。最初は軽いものにしろと言われました。‥‥ネズミ型キメラが1体とは、丁度良いですね」
 ユリコ・カトウ(ga8432)は、初仕事とは思えないほど落ち着いた雰囲気である。
「自信が?」
「まさか」
 ロック・スティル(ga9875)の問いを、ユリコはすぐさま否定する。そして、ネズミをなめているつもりはない、失敗しないよう精一杯頑張ると付け加えた。
「立派なもんだ」
 嫌味のつもりはなく、本心からロックはそう言った。彼も、キメラ相手こそは初めてであるが、ある種の戦いの場に身を置いていた。敗北の故に今、こうして居るのだが、思い返せばそれも、なめて油断した結果なのかもしれない。
「そこの若いのは? どうだ、震えは止まったか」
 ロックに声をかけられ、片桐 恵(gb0875)はビクッと体を強張らせた。
「緊張か?」
「い、いえ‥‥そういうわけじゃ‥‥」
 先ほどからずっと黙ったままの恵を、他の誰もが緊張が収まらないからだと思うだろう。
「慣れてないんだから当然ですよ。安心して下さい、誰だってはじめはこうです」
 神浦 麗歌(gb0922)が優しい兄のようにフォローを入れてくれるが、縮こまった彼の背中は戻らない。仕方ない、これは、彼の生来のものなのだ。麗歌の、穏やかな表情の下から滲み出る闘志に負けないぐらいに恵も、傭兵としての腕試しとして、そして確実な生活費を得る手段として、是非ともこの仕事を成功させるつもりなのだと大声で言ってやりたいが、皆の視線が自分に集中しているこの場面では、巧く舌が回らない。
「それはいいけど、ねえ、依頼者はどこ?」
 世間話もこのあたりでいい。穂摘・来駆(gb0832)は時計を見た。約束の時間はとうに過ぎている。
「‥‥来ないのかもしれないな」
「え?」
「どのくらい、聞いておる? 依頼者のことを」
 オブシティン・バールド(gb0143)が尋ねると、皆の顔が曇る。
「全く知らずに、集まったわけではないですよ」
 応え難い皆に代わって、クイック前田(gb1201)が口を開いた。
 旧家の並ぶ町、その中でひときわ大きな豪邸。キメラが現れたのは、その邸宅の庭にある蔵。‥‥しかし、依頼を出したのはこの家の住人ではない。隣近所のものでも、町の住人ですらない。この不条理に、どうして誰も気付かないことがあろうか。
 依頼を出したのは、誰か?
「そのことについては、後だ。まずはキメラを退治しないと」
 そこまで話している内に、人影が近付いてきた。
 背の低い男だった。

●蔵
 男は、本名なのか通り名なのか、名字なのか名前なのか分からないが、『ヒロ』と名乗った。
「えっと、スンマセン、受付の人に地図とか書いて渡せれば良かったンすけど、うまく説明できなかったんで、オイラが案内します‥‥」
 そう言って男は、能力者の顔を順々に見た。誰も、コチラコソヨロシク以上のことを言ってこないのに、安心したように顔を綻ばせた。
「場所は‥‥」
 ヒロに案内されるまま、能力者達は問題の蔵へと向かう。途中の町並みは、がらんとしていて、猫の子1匹見掛けない。避難場所からは誰も戻ってきていないようだ。
「着きました。あの、白い土蔵です」
 ヒロが指さした先には、綺麗に剪定された松の木が並ぶ、立派な庭があった。花壇は花咲き乱れ盆栽が鎮座し、脇の池には数匹の錦鯉がゆうゆうと泳いでいる。今のこの時勢に、これだけの邸宅を構えていられるとは、金とはあるところにはあるものである。
 問題の蔵は、庭の端にある。まるで時代劇に出てくるような真っ白いもので、重々しい鉄の扉がわずかに開いていた。
「げぇっ」
 ヒロが口を押さえ、嗚咽した。
 扉の前に、人間の脚が落ちている。おそらく、左脚。もともと身につけていたらしい灰色のスラックスはずたずたに破れ、まるで食い散らかしたフライドチキンみたいに、所々に骨を覗かせて転がっていた。
 誰の脚か?
 知っている。これは、ヒロの兄貴分の脚だ。
 麗歌は唇を噛んだ。
 これが人の死か。
 麗歌は、人の死を知らない。家族は健在だ。事故も事件も、テレビの向こうの話だ。出生率も平均寿命も、只のデータだ。
 だが、これが人の死か。
 この男の罪は、こんなに重いのか? ゴミ屑のように捨てられて終わる、これがこの男の罪だったのか?
 麗歌の瞳の色が変わる。どんな光も受け付けない漆黒に。激しく脈打つ心音とは裏腹に、感情は恐ろしいほど凪いでいく。
 男は罪を犯した。
 けれど、それを裁くのは人間の法だ。キメラではない。
「これ以上近寄るな。ここで待っておれ」
 オブシティンにそう言われ、ヒロは大人しく頷いた。
「さて‥‥」
 軽く屈伸。関節を伸ばし、肩を回す。念入りに行われた柔軟体操は、オブシティンの体を十分に温めた。
「早く終わらせて町を取り返しますかのう」

●ネズミ
 覚醒したユリコからは金色の、ロックからは青白いオーラが漂った。エキスパートの2人はそうしてエミタの力を発揮させ、まず『探査の眼』で中の様子を伺う。扉の隙間から、そっと覗き込む。
「暗いですね」
「生き物の気配がするのは、間違いないようだがな」
 獣臭い匂い、わずかな呼吸の音‥‥確かに、何かが居るのは分かる。けれど、陽の光を通さない蔵の中、扉から入る光だけでは『探索の眼』を以てしてもこれ以上は詳しく分からない。
「もう少し、奥へ行く」
「気をつけて」
 ロックはいつでも『自身障壁』を発動できるように身構えながら、蔵へ更に深く入り込んだ。蔵の中身は、只の物置のようだ。古いタライや壊れた自転車などが無造作に押し込んである。
 わずかな呼吸の音が、大きくなった。
 向こうが、こちらに気付いた!
 ロックは、この時を待っていたとばかりに、扉から飛び出した。

「やるか‥‥」
 小さく呟き、クイックは刀の柄に手を遣る。
「どんなヤツが出てくるか‥‥」
 オブシティンも、隆起した筋肉から溢れる力を早く試したいと待ち構える。
 ロックが飛び出してきた。それを追うように、巨大なネズミが姿を見せた。
「『先手必勝』ォ!!」
 しかし最初の一撃を喰らわせたのは来駆である。瞳を緑色に光らせた来駆は2人の間を抜け、鋭いガンドルフをネズミに突き立てた。
「元気だな。だが、まだまだ若い者には負けんぞ!」
 一番槍を奪われはしたが、まだネズミはぴんぴんしている。とどめを刺すのは自分だと、オブシティンは両腕に力を込める。
「どっせい!!」
 脇腹の柔らかい部分に斧の刃をめり込ませる。フォースフィールドを打ち破った。
『ギェエエエ!!』
 キメラは暴れ、斧を弾き返す。それでも多少のダメージを負ったのか、ごろごろと庭を転げ回る。
「おうおう、せっかくの盆栽が、勿体ないのう」
「大人しくさせましょうか」
 先ほどまであれほどオドオドしていた恵の雰囲気ががらりと変わっていた。スコーピオンをキメラに向けるその眼光は鋭く、躊躇なく引き金を引く。
「楓、おぬしも動かぬと、いいところを恵に全部持っていかれるぞ」
「えっ、あっ、はい!」
 楓は掌にかいた汗を拭い、弓を握り直す。構えた矢は蒼い焔に包まれ、まるで彼女の悲しみ全てを注ぎ込んだようだ。
「初めての実戦‥‥失敗するわけにはいきません‥‥」
 放たれた矢は、キメラの後ろ足に命中した。
「お見事!!」
 動きの鈍くなったキメラに、クイックの刀が振り下ろされる。『両断剣』で力を引き出された刀は、ネズミの肉も、骨も、ばっさりと切り落とした。

●ヒロ
 他にキメラが隠れていないかと、もう一度、蔵の周りを調べる。もう大丈夫なようだ。
「‥‥これは?」
 来駆は、脇に黒い鞄が落ちているのを見つけた。中身は、いくつもの財布、通帳、宝石や時計。
 その鞄を持って来駆は何も言わず、外で待っていたヒロに見せた。
「あ、あの、これは‥‥」
「自首するなら、付き添います」
 恵にそう言われ、ヒロはハッと顔を上げた。
「あの、いや、その‥‥」
「みんな、知ってるんですよ」
 そう言ったのは楓だった。
「町の人が避難しているところへ行ってきました。それに、この近隣で多発している、同じ様な手口の被害のことも」
 まずは情報収集、これが大事なのだと楓はにっこり微笑んだ。 
「ぜ、全部、知って‥‥?」
 ヒロはへたりこんで、涙を流した。それは、自分の正体がばれたことの落胆ではなく、全てを知って尚、尽力する能力者という存在の大きさを改めて思い知ったからだ。
「私は、あなたを責めません‥‥。私も、生きるために多くの命を奪いました」
 ユリコは、ヒロの肩にそっと手を置く。
「あなたがこれまで何をしてようと、少なくとも町の人の命を救ったのです。その勇気を、私は認めます‥‥だから」
 だから罪を償い、真面目にやりなおせ。そうユリコは説得した。

 然るべき場所にヒロを連れてきた。正面入り口をくぐれば、もう今のように気軽に会話はできないだろう。だから、オブシティンは今のうちに聞いておくことにした。
「何か力になれることがあれば、協力するが?」
 ヒロは、そうですね、としばらく考る。
「あの、黒い鞄。アニキのなんですが、オイラが引き取れるようにできますか?」
「わかった」
 頼もしい答えを聞いてヒロは、ホッとした顔になった。
 そして、能力者達に深々と頭を下げて別れたのだった。