●リプレイ本文
●アラン少年
いやいや、遠いところをわざわざどうも。これで一安心ですよ。ああ、要るものがあったら、遠慮無く言って下さい。あ、これがうちの女房。それから‥‥おい、アラン。お客さんだ、挨拶しなさい。こら、どこへ行く! おい! ‥‥いや、行儀の悪い子で、お恥ずかしい。
依頼を出した山羊小屋の主の家へ、能力者たちは集まっていた。腹の出た大柄な依頼主は、息子の無礼を指して、申し訳なさそうに縮こまった。
「息子さんは、どちらへ?」
「なあに、近所の子らと、その辺ですよ」
「あんまり外へ行かさない方がいい、山羊の次は人間、となるかも知れねえからな」
風山 幸信(
ga8534)がそう言うと、とたんに男が青ざめた。おそらく呑気な性格なのだろう、そこまで考えが及んでいなかったらしい。
「仰るとおりだ、すぐに‥‥」
「捜して、くる」
と、エステル(
ga8754)が制した。
「山羊小屋と近所、見て回りたい。そのついで」
じゃあ上の息子に案内させます、と依頼主はエステルと同い歳ぐらいの男を呼んできた。ハーピーの姿をはっきりと見た人物ということで、今回の事件の詳細を道すがら、聞き出せることになった。
山羊小屋は、背丈よりも高い位置に換気用の網を張った窓がある。それが破られ、真下の位置にいた山羊が食い散らかされていたそうだ。最初はキツネかイタチの仕業とも思ったが、それらが出入りするには窓が高すぎる。同じことが数回続いたので見張っていたところ、金髪女の顔を持った鳥が網を破るのを見たそうだ。化け物は口の周りを血だらけにしながら山羊を喰い、悠々と同じ窓から出て行ったという。
「可哀想にね」
シスターを母に持つ的場・彩音(
ga1084)は自然と、無惨に死んだ山羊のために胸の前で十字を切るしぐさをした。
その様子をじっと伺っている気配がした。小屋の脇にある大きな木の上からである。
「誰かいるの?」
声をかけると、小さな女の子がするすると降りてきた。隣家の子だと男が教えてくれた。
「やあ、ミランダ。そうだ、アランは一緒じゃないか?」
男が尋ねるが、ミランダはその問いに答えず、彩音に近付いた。
「おねえちゃんは、天使さまをつかまえに来た人なの?」
「へ?」
「違うよね、おねえちゃんは神さまを信じてる人だよね。そんなひどいことしないよね!」
「え、‥‥ええ」
ミランダが何を言っているのかはよく分からず、彩音の返事は曖昧なものとなってしまった。それに不満だったのか、ミランダの顔は曇り、また木に登りはじめた。
「あっ、アランもそこだな? 降りてこい、父さんが家に帰れと言ってたぞ」
兄に叱られて、アランと呼ばれた少年は渋々降りてきた。他にも4人、登っていたらしい。
「なんだ、みんな居たのか。ちょうどいい、今日からしばらく、外に出るな。危ないからな、今すぐ家に帰って‥‥」
「わかったよ」
アランはどういう訳か、ふて腐れた顔をしていた。そして、能力者達の顔をちらりと見て、皆を促し家の方へ戻っていった。
「弟さん、機嫌が悪いみたいニャ?」
アヤカ(
ga4624)が言うが、兄も不思議そうだ。たぶん、今日食べたさくらんぼが酸っぱかったのだろう、と頭上の枝を指した。
「ふぅ〜ん、さくらんぼの木ニャ」
改めて見た木は、枝がしっかりしており、大人の自分が登っても大丈夫そうだ。山羊小屋の近くにあるし、よい待機場所になるかとアヤカは興味を持った。
「登っていいニャ?」
「どうぞ」
まるで猫さながらに、スイスイ登ってみる。残念なことに、枝が茂りすぎていて山羊小屋が全く見えない。葉の隙間から、スズメの横切っている姿が辛うじて見えた。
「高さはちょうどいいけど、空しか見えないニャ」
がっかりするアヤカだが、一方でドクター・ウェスト(
ga0241)は何か気が付いたことがあるようだ。
「けひゃひゃひゃ‥‥。天使さまを捕まえる、ねえ‥‥。あの子らはいったい、どうしてそんなことを尋ねたんだろうねえ〜」
高いさくらんぼの木。そこからは、山羊小屋の様子は分からない。けれど、そこを横切るものは見える。そして『天使さま』。
「会ってみたいものですねぇ〜」
ウェストはいつも身につけている十字架のネックレスに触れた。
●山羊小屋
全ての準備が整い、いよいよ本格的にハーピー退治に入ることになった。とはいえ、まだ現れてはいないし、次に来るのはいつか分からない。これまでの間隔からして、近々だとは思うが、持久戦になるのは覚悟しておかなければならない。
「さすがに少し、緊張しますわ」
連絡用に持った無線機を握りしめるラピス・ヴェーラ(
ga8928)。難しくない仕事だと聞かされてはいるが、どうしても力が入ってしまう。山羊小屋を中心に、近い場所、離れた場所、それぞれの待機場所で、能力者たちは互いに連絡を取り合いながら、周囲を見張っている。
「子供達は大人しく、家にいるんでしょうか」
夜坂桜(
ga7674)は、手帳に書き留めた子供達の名前を見た。アラン、ミランダ、スチュアート、キャロル、エリック、ヤン。そして隣に書き添えた、子供たちの様子。‥‥彼が感じたのは、少年達は本当に言いつけを守るつもりがあるのか、ということだった。アランは間違いなく、自分たちの方を睨むように見ていた。天使を捕まえるのか、という問いも気になる、あれはどういう意味なのか‥‥。
そこへ、アヤカから連絡が入った。
子供達がいなくなっているという。
『なにかしてくるつもりニャ。気をつけるニャ』
という通信があった直後だ。桜の足下で、急にパンパンと大きな音がした。
「なにごと!?」
ラピスは驚いて、音の方に振り返った。桜の足下から、煙が出ている。桜は、肩をすくめた。
「‥‥かんしゃく玉だ」
誰の悪戯だ、そう言おうとしたときだ。ミッドナイト(
ga8802)は木の上の気配に気付き、駆け寄った。
「!!」
なんと木の上から、泥水の入った風船が投げ落とされた。ミッドナイトの頭で弾け、腰まである髪がべっとりと泥で汚れてしまう。構わず、ミッドナイトは木に登る。もういくつか、泥風船が落とされたがそれも耐えると、しまいには「うわぁ」「ひえぇ」と言った声が聞こえた。
引きずるように降ろされたのは、案の定、アラン達だった。
「ひどい悪戯ニャ。もう他にはなにも仕掛けてないニャ?」
首を横に振ったので、信じることにする。
「外に出るなと言われてなかったか?」
幸信は、この、聞き分けのない悪童どもを居すくめた。
「なんでこんなことをした?」
「だって、天使さまをつかまえにきたんだろ!」
「はあ?」
子供達は誤解している、それがはっきりした。
「俺たちはキメラを退治に来たんだ。お前らが見た天使サマってのは、別モンだろ」
「そんなことないもん! だって僕たちは‥‥‥‥‥‥」
急に、アランが黙った。
目が、何かを追っている。
「天使さまだ!!」
大きな鳥が1羽、空を飛んでいた。
鷲か、鷹か。いや、それよりももっと大きい。頭部に長い毛を持っているようで、それがたなびいている。山羊小屋の上を、慣れた様子で周回した。
鳥は、血の気のない真っ白な顔をこちらに向けた。
地上の生物を見つけた。網戸を破る手間も必要のない位置にいる、そう思ったのか、鳥はアランに目標を定めた。
「神様‥‥あたしを守って‥‥」
祈りが終わったときの彩音は、髪を深紅に変えていた。ライフルの銃口をハーピーに向ける。
「やめろ!!」
アランが腕にしがみつく。狙いがはずれた。
「けひゃひゃひゃ、邪魔はするもんじゃないよ、ここから離れろ」
ウェストは抵抗するアランを抱え、山羊小屋の陰に逃げ込んだ。
「みんなもニャ!」
アヤカも残る子供達を、物陰に隠す。一体なにが起こっているのかと、女の子達は泣きそうになっていた。
「さてさて、全員揃ったところで、もう一度尋ねよう。貴君らの見た天使とは、どんなものだったかね?」
ウェストは上空からこちらを狙っているものを指して、続けた。
「よく思い出したまえ〜。鳥の体に女の顔がついているものではなかったかね? 口から血を滴らせてはいなかったかね?」
ウェストは、その性格からかストレートにものを言い過ぎる。今、こちらに襲いかかってきた気味の悪い生き物が、先日の天使なのだよと言い切っていた。けれど、残酷だがこれが事実なのだ。このままきちんと教えるべきか‥‥アヤカは悩んだ。
●ハーピー退治
ハーピーはどの獲物を今日の食事にしようかと品定めをしているかのように、長くぐるぐると飛び続けていた。
「さっさと片付けるか‥‥」
覚醒した幸信からはさきほどまでの飄々とした雰囲気が消えていた。昏れた瞳でハーピーとの距離を測るが、とても刀が届く高さではないことに歯噛みする。
(「空を飛ぶのは、厄介だ」)
覚醒したミッドナイトは、青い光を放つ右腕で弓を引いていた。動きを止めれば、落ちてくるはずだ。ぎりぎりと引き、隙を捜す。一瞬でいい、一瞬でもあればいい。
今だ!
『影撃ち』を用いて放たれた矢は、ハーピーの片翼を射抜いた。ハーピーは体勢を崩し、高度を下げてくる。
「とどめを」
体中から真っ黒のオーラを放つ、まるで『悪魔』となったエステルは、『天使』と呼ばれていたモノに向かい、デヴァステイターの弾丸を続けざまに撃ち込んだ。
『ギィエエエエ』
バシバシッと、確かな手応えのある音が響き、ハーピーは禍々しい声を発した。弾は喉に当たったようで、ゲエゲエと声とも息ともとれない音が洩れていた。
しぶといキメラだ。
「風山様、肩をお借りします!!」
言うが早いか、桜は助走を付けて幸信の肩に飛び乗り、どっしりした幸信の体を踏み台にして更に高く飛んだ。
ハーピーよりも高く。
落下する速度に、桜の全体重をかけた重さのファングを、ハーピーの首に引っ掛けた。
転がり落ちるものがふたつ。
依頼は成功した。
●天使を見た子供たち
キメラだと言われても、にわかに信じられるものではない。確かにこちらに襲いかかってきた、気味の悪い声を出した、だからキメラという『わるもの』なのかもしれない。けれど、自分は間違いなく天使を見たはずなのだ。自分だけじゃない、ミランダも、スチュアートも、みんな見たはずだ。
「皆が信じている天使様は、心の中にいるのよ」
彩音が言うも、聞き分けよく返事はするものの釈然としない様子だ。ショックの大きさを考えると仕方ない。あとは時が癒してくれるのを待つほか無い。
「さあ、帰りましょう。お父さん達が心配しているわ」
子供達の手を取り、帰路についた。
数メートルほど歩いて、彩音が立ち止まった。
「あら、あれは?」
振り返る彩音につられて、子供たちも振り返る。
「‥‥‥‥天使さま‥‥?」
さくらんぼの木のてっぺんに、大きく翼を広げた女性が立っていた。
翼のある女性は、ふわりと飛び上がると、すっと姿を消した。
今すぐ駆け寄りたい。でも近付いてはいけないものかもしれない。子供たちは複雑そうな顔を繰り返した。けれどその全ての表情は輝いていた。
「さあ、帰りましょう」
葉の茂るさくらんぼの枝の上で。
ラピスは飛び降りたときにぶつけた尻をさすっていた。
翼があったって、飛べるわけじゃない。
痣になりはしないかと心配になった。