タイトル:キメラを使役する犯人マスター:江口梨奈

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/04 01:35

●オープニング本文


「パトリシアを連れてこい! 早くしろ、さもないとキメラを放すぞ」
 市内のフリースクールに、男が立てこもった。下校時間を過ぎていたので人質の人数は少ないが、それでも講師が1人と、3人の児童が残されている。
 5階建てビルの2階にある一室。出入り口は1つ。ドアの反対側に窓があるが、全てにカーテンがかけられ、中の様子は窺えない。時々、子供にナイフを突きつけたまま顔を出し、あれこれ要求を突きつけてくる。
 男が持っている武器はコンバットナイフと思われるものがひとつ。それだけなら警官隊が踏み込んで片が付く事件だった。だが、男はもう一つ、武器を持ち込んでいたのだ。
 ガタガタと暴れる、ペットキャリーである。
「パトリシアはどうした!? ここのガキどもを一人ずつ、このキメラの餌にするぞ!!」
 男はバグアの造り出した脅威、キメラを持ち込んでいる! ‥‥これでは能力者でも何でもない警官隊が太刀打ち出来るわけがない、UPCに報が届くと、こちらでも事態の重大さに緊張が走った。
 まさか、キメラを使役する人間がいるとは‥‥。すぐさま、立てこもり犯の男について調べられた。バグアと関係する幾人かの指名手配犯のように、この男にも何らかの共通した経歴があるのかと。
 そして分かったことは。
 男の名はゴードン。定職についたことはなく、何度か暴力事件で逮捕されている。9年前に分かれた妻との間に、今年で13歳になるパトリシアという名の娘がいる。パトリシアは、このスクールの受講生だが、男が来る前に部屋を出ていて無事だった。今も現地の対策本部に待機中で、顔も覚えていない父親と名乗る男の出現にショックをうけているようだ。
 いくら調べても、バグアと関係する情報は出てこない。代わりに、重度のアルコール依存症による通院歴ばかりが浮かび上がって来た。

 キメラを連れてきている、というのは狂言と考えて間違いないだろう。しかし、何やら凶暴な動物を持ち込んでいるのは間違いないし、万が一、ということもある。
 すぐに現場へ行き、人質の救出に協力されたい。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
レヴィア ストレイカー(ga5340
18歳・♀・JG
ステイト(ga6484
21歳・♂・GP
メリー・ゴートシープ(ga6723
11歳・♀・EL
戯 日和(ga7456
28歳・♀・EL
エイドリアン(ga7785
21歳・♀・FT
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
エミリィ・ベアール(ga8055
15歳・♀・EL

●リプレイ本文

●対策本部
 パトリシアはどこにでもいるような、普通の少女だ。父の顔はよく覚えていないが、しじゅう酒の匂いを漂わせていて、何度か殴られたことは覚えている。母にとってもろくでもない男だったらしく、自分と会わせようともしなかった。もっとも、パティ自身が会いたいとも思っていなかったし、父が会いに来ることも無かったのだけれど。
 それがどうして、会いに来たのか。それもこんな形で! 家に来て、玄関のベルを鳴らせば良かったではないか、アルコール漬けの頭では、そんなことも分からなかったのか!
「普通じゃないわ」
 パティは青ざめていた。あんな男が父親であるということが憎くてたまらないようだった。警官隊の用意したワゴン車の中で、おそらくこれまでも色々と聞かれたのだろう、憔悴しきって、立ち上がる気力もない。
「お父さんの気持ちも考えてあげましょう、なにか事情があったのですよ‥‥」
 と、辰巳 空(ga4698)は慰めてみるが、我ながら白々しい、と思う。空だって、何も分かりはしない。プロファイリングを勉強していれば、男の胸の内を少しは理解出来たかもしれないと思うと悔やまれる。だが、ここでいくら嘆いても時間は戻らない。今するべきなのは、ゴードンのこれ以上の凶行を阻むことだ。
(「困ったオッサンですね。キメラを使って人質を取って立てこもっちゃ、オッサンも終わり、パティも可哀想、みたいな? それにしてもキメラとして持ち込んだものは何なのかしら? 偽物なのは間違いないとして、『キメラ』って名前を付けられた子猫か子犬だったりしたら‥‥」)
「まさに最強‥‥‥‥」
「何をボーッとしてるんですか?」
 最強の敵の丸っこさを想像し、顔をゆるめてうっとりしていたエイドリアン(ga7785)に、ステイト(ga6484)が声をかけた。
「なんだか、幸せそうでしたけど」
 緊迫した空気に似付かわしくない、ぽわんとした顔だったのだろう、エイドリアンは慌てて表情を戻す。
「最後の打ち合わせをしましょう」
 エイドリアンがこっちの世界に戻ってきたのを確認すると、もう一度全員で円陣を組み、人質救出作戦のおさらいをはじめた。
「パティさん、あなたとお父さんは9年前から会っていない、間違いないですね?」
 戯 日和(ga7456)がくどいほど念押しをする。これは重要なことなのだ。
 なぜなら、今からエミリィ・ベアール(ga8055)がパティになりすますからだ。顔を知られているのなら、この作戦は失敗する。
 日和は推理した。ただ娘に会いにくるのなら、ナイフなど必要ない。ビルの出口で待っていて、出てきたパティに声をかければよい。しかしゴードンは講師を脅してパティを出すよう要求した。それは男が、娘の顔を知らないからに相違ない。
「髪の色が同じなのはラッキーかも」
 エミリィは言った。さすがに、これほど目立つ特徴まで忘れていることはないだろう。ウィッグを別に用意しなければ、と思っていたが、今回は必要なさそうだ。
「3階の会社は、今は全員避難して無人。協力は惜しまないって言ってくれましたわ」
メリー・ゴートシープ(ga6723)は、上階で待機する準備を整えている。
「合図は、この音ね」
 風代 律子(ga7966)は固い靴の爪先で地面を叩いた。トン、トン、トン、と素早く3回。全員が一斉に時計の秒針を見る。きっちり5秒。ここで突入。全身の感覚を使って、5秒間という長さを測る。短いようで長いこの時間に、全ての態勢を整えてあの密室へ飛び込むのだ。

●交渉
「食い物を持ってこい! それから、酒もだ。パトリシアはどうした、パティに持ってこさせろ!」
 ゴードンから幾度目かの要求がなされた。徐々に、娘の名前を口にする回数が減っている。代わりに、食料や、金や、取材カメラなどを要求する回数が増えた。
「パトリシアちゃんが来たわよ!」
 顔を出したゴードンに、日和はメガホンで呼びかけた。
「ほお‥‥」
 要求が通ったことに、気を良くしたようだ。ぎゃあぎゃあがなり立てていた険しい顔が、やや和らいだ。
「パトリシアちゃんは、お父さんをずっと気にかけていたのよ‥‥」
「パティはどこだ? 早く出せ」
「後ろのワゴン車の中にいるわ‥‥。いま、そっちに連れていくから、だから、教室の中の子を帰してやって‥‥」
「パティが来たらな! 早く連れてこい!!」
 交渉は悪い方には行っていない。日和は手応えを感じると、パティになりすましたエミリィと、その付き添い役の律子に目を向けた。
「‥‥今から、パティが、講師と一緒にそこに行きます‥‥」
 ゴードンは返事をせず、カーテンを閉め、再び中に戻った。
「戯さんの説得は、通じたみたいですね」 
 ステイトは言う。ゴードンの表情は先ほどのままだったから、拒絶はされていないようだ。意を決し、作戦を実行する。
(『エミリィちゃん‥‥みんな‥‥気をつけてね』)
 日和は小さな声で、そう祈った。

 要求されたとおり、食料と酒を持って、エミリィと律子はスクールのドアの前に立った。ステイトと空、そしてエイドリアンが、ドアから見えない位置に息を潜めて隠れている。エミリィがおそるおそるノックをすると、中から「入れ」と返事があった。
 そっとドアを開けると、机や椅子で無造作に作られた山があった。バリケードのつもりだろうが、ただ乱雑に積み上げただけのものである。おおきく跨がないと入れないので、少々やっかいだ。
 教室の真ん中あたりにゴードンは腰掛けており、足下に薄緑色のペットキャリーが置かれてある。壁の隅に、講師と生徒達が固まって、お互いに抱き合って座り込んでいた。
「グルルルル‥‥」
 ペットキャリーの中身が、新しい人間の匂いに気付いたのか、うなり声を上げた。

(「‥‥犬、でしょうか。ああ、子犬じゃないですね。成犬‥‥それもかなり凶暴そうな。がっかりです‥‥」)
 通路まで聞こえてきたその声を聞き、エイドリアンはぼーっとそんなことを考えていた。相変わらず物思いにふけっているエイドリアンの脇腹を、ステイトが小突いた。
「かなり興奮している犬のようですね。キャリーに押し込まれているから落ち着きを無くしているのか、もっと別の理由が‥‥?」
 空は、ドアのわずかな隙間から見える室内を注意深く伺った。入りにくそうな入り口に舌打ちをしたが、代わりにこちらにとっての幸運を見つけた。
 窓が開いているのだ。
 カーテンは閉められているが、窓そのものは開いている。
 連絡を受けて、3階にいたメリーは勝利を確信した。

●突入
「あ、あの‥‥お父さん、ですか‥‥」
 エミリィはご丁寧にも目薬で目を潤ませて、父を心配する愛らしい娘となって声をかけた。
「おお、パティ。大きくなったな」
 やはりゴードンは気付いていない。いや、ゴードンはさっきから、エミリィの持っている酒瓶にばかり視線をやっているのだ、これでは気付くはずもない。
 律子は、少しずつ、隅にいる4人の方へ近付いていった。
「お父さん‥‥なんで、こんなこと、しちゃったんですか‥‥」
「おまえに会いたかったからに決まってるだろ?」
「いつでも会います‥‥だから、もうこんなことはしないで‥‥」
「うるさいな。そんなところは、母親そっくりだな」
 エミリィとゴードンが、そんな会話をしている隙に、メリーもロープを伝い、外の壁を少しずつ降りていた。
「‥‥スカートだと、厳しいわぁ」
 ひらひらはためくスカートを両足の間にロープと一緒にしっかり挟み込む。その体勢で、2階の窓の前まで到達した。確かに窓は開いている、中の会話もはっきりと聞こえてきた。
「おいパティ、はやくそれをよこせ。俺ぁ、腹減ってんだ」
 ゴードンが近付いてくるので、エミリィは後ずさった。
 ゴードンが近付く。エミリィが後ずさる。
 1歩、また1歩、ゴードンがキャリーから離れていく。
 律子は靴の先で、床を3回叩いた。

 きっちり5秒。
 机のバリケードはどんがらがっしゃーんと崩れた。
 カーテンはびりびりと裂けた。
「大丈夫、皆さん?」
「な‥‥っ!!」
 何だ、と言う間もなく、ゴードンは取り囲まれた。
「あまりお痛はやめておいた方がよろしいですわ、『お父さま』」
「クソッ!」
 苦し紛れにゴードンは、握っていたナイフを、人質のいる方へ向かって投げつけた。一瞬、皆の視線がそちらへ向く。
 同時に、ゴードンはキャリーに飛びかかり、蓋を開けようとした。
「させません!」 
 ステイトはタックルをするように、ゴードンの足を抱え込む。だが、ゴードンは必死にもがき、腕を伸ばす。
「クソッ‥‥クソぉおおおお!」
 強引に手を伸ばし、留め金を外した。
「キャアアアアア!」
 人質達から悲鳴があがった。無理もない、彼らは、これがキメラだと聞かされていたのだ。
「律子さん、皆さんを連れて外へ!」
 空はとっさに、羽織っていた上着を脱いだ。キャリーの中から、よだれを垂らした犬が出てきたのだ。
「皆さん、噛まれないように気をつけて! この犬はおそらく狂犬病です!」
 この興奮状態は異常だと、空は見抜いた。飛びかかってくる犬を上着で押さえ込み、もう一度キャリーに戻そうとした。
「パトリシア! 入れさせるな! 俺の言うことを聞け、パトリシア!!」
 ステイトに押さえつけられ、尚も暴れるゴードンを見下ろして、エミリィは言った。
「ごめんなさいね‥‥私はエミリィ・ベアール。あなたの娘じゃありません。能力者です」

 ゴードンはついに諦めた。

●ゴードンの娘
 事件が終わり、ビルの前の野次馬も徐々に消えた。
 だが、パティの顔は未だ暗い。父親のせいでクラスメイト達を危険に巻き込んでしまった、明日からどんな顔をして通えばいいのか。
「気をしっかり持ちなさい」
 メリーは言った。
「父親は一人よ、帰ってくると信じなさいな」
「帰ってきてほしくなんかないわ!」
 パティの怒りも当然だ。酒に溺れたろくでなしとは、二度と関わりたくなんかないと、吐き捨てるように言う。
「パティちゃん‥‥今は無理でも、お父さんの気持ち、汲み取ってあげてね」
 その怒りは分かる、と、日和はパティの手を取り、さすってやる。
「愛情の示し方が分からなかったのよ。あんな無茶をしてでも、あなたに会いたかったんだと、分かってあげて」
「まさか、そんな‥‥」
 困惑するパティの手を、なおもさする。パティが落ち着くまで、皆がそうやって順々に慰めてやった。

 パティを送り届けて、その帰り道だ。
 日和は、持っていたウォッカをあおった。
「‥‥これって、偽善なのかしらね」
 耳障りのいいキレイな言葉を適当に並び立てたような慰めで、本当にパティの傷は癒えるのだろうか。パティだけじゃない、人質になった子らも、体は何ともなくても心は深く傷ついただろう。
 早く忘れて欲しい。
 悲しい事件だった。