タイトル:【MC】涙を知らぬ少女マスター:ドク

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/19 01:47

●オープニング本文


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 欧州某所のアジト――そこには最新の医療機器が並ぶ手術室がある。
 その中央の手術台に、アニス・シュバルツバルトは横たわっていた。
 エミタの不調による多臓器不全により、彼女の体は限界まで蝕まれ、最早摘出以外に助かる道は無かった。
――だが、アニスは手術に対して殆ど関心を抱いてはいない。
 これから執刀する者に対して、アニスが全幅の信頼を寄せているのも勿論ある。
 が、それ以上に彼女の思考を支配するのは――、

「‥‥サイゾウ君、死んじゃったんだネ」

 最初はただ単に『ちょっと強い強化人間のサンプル』だと思っていた。
 しかし、話すうちに『弄りがいのある面白い奴』という思いを抱くようになった。

――そして、いつしかサイゾウが隣にいる事が普通だと感じるようになっていた。

 今のアニスの胸は何処かぽっかりと穴が開いている。
 そこを風が通り抜けた時の、胸の奥を掻き毟るような感覚は一体何だ?
 その時、手術室の扉が音を立てて開かれた。

「――これは済まない、待たせてしまったな」
「‥‥あ、おじーさま‥‥」

 姿を現したのは、全身を白衣で包んだゾディアック天秤座、クリス・カッシングだった。
 アニスの師である老人は、数人の助手と共にテキパキと準備を整えて行く。
 それをぼんやりと眺めながら、アニスはかつてカッシングと交わした約束を思い出していた。



――それはアニスがエミタを埋め込み、自分の体を実験台にする事をカッシングに伝えた時の事。
 バグア側である事が発覚した場合、メンテナンスを受けられずに死に至るかもしれない。
 そう告げられた時、アニスは「それでも構わない」とカッシングを真っ直ぐ見つめて答えた。
 彼は満足そうに頷くと、彼女の肩に手を置いてニヤリと笑うと、一言だけ告げる。

『――ではその時が来たら、もう一度君の覚悟を問うとしよう。
 ‥‥私の心を満足させる答えが返ってくる事を期待しているよ』



 そして、問いに対する『今』の答えを告げようとする前に、カッシングがアニスに声をかけた。

「――では、これより術式を開始する」
「――――え‥‥?」

 麻酔で落ちようとしていたアニスの瞼が、限界まで見開かれる。

――なんで? おじーさま‥‥なんで、きいてくれないの?

 弛緩する腕を必死に伸ばして、カッシングに縋り付こうとする。
 しかし、カッシングはそれを冷たく振り払う。

「――君の容態は一分一秒を争う。ぐずぐずはしていられん。
 そして私も少々忙しくてね‥‥同じように一分一秒が惜しいのだよ」

 何処か突き放したような、冷たい言葉――いつものカッシングの言葉だ。
 けれど、それはアニスが知る「おじーさま」とは明らかに違っていた。
 もう少しでその違和感の理由に手が掛かりそうになった時、アニスの意識は闇に沈んだ。



――そして目が覚めた時、アニスは一人だった。
 体中に巣食っていた痛みは鳴りを潜め、まるで体が軽く感じられる。
――無論、それはエミタと共に失われた左腕の重さが無くなったせいでもあるが。
 ベッドの側には一枚の便箋が置かれ、その中にはカッシングの筆跡で伝言が残してある。
 その内容は手術が成功した事、そしてエミタ不調による合併症が思いの他重かった事が記されていた。

「――ボクの寿命は、もって十年か五年‥‥無理すればもっと短くなる‥‥か。
 ‥‥まぁ、随分無理させてきたからネ」

 そして先が長くない弟子に対するせめてもの置き土産を置いていく、とも書かれていた。
 見ればそこには精巧ながら凶悪な光を放つ戦闘用の義手が置かれていた。
 いつもならば、飛び上がってアニスは喜んだだろう。
――しかし、今の彼女はそれを何処か空虚な目で見つめていた。

(「――ボクは、おじーさまに捨てられた‥‥」)

 あの手術前のやり取りから、アニスはそう判断していた。
 だけど、それすらもどうでもいいと思えるほどに自分を支配するこの感情は何だろう? 


――ズンッ!!


 突然、アジト全体を震動が襲った。天井から埃がパラパラと降り注ぐ――砲撃だ。
 伝言の最後の文面の通りだ――そこにはこう書かれていた。

『――この場所は既に特定されている。意識が戻ったら直ちに脱出したまえ。
 ただし、私が力を貸すのは君の処置だけだ。後は自力で何とかする事だ』

 大方、自分の事を不満に思うカッシング信奉者が密告でもしたのだろう――予想していた事だ。
 アニスは義手を左腕に取り付けると、病室を出て後ろに向かって叫ぶ。

「――サイゾウ君、戦闘準‥‥」


――けれど、いつもこたえてくれるひとはいなかった。


 アニスの胸の穴に再び冷たい風が吹く。



 廊下を歩いていると、完全武装の兵士の一団と鉢合わせした。

「――アニス・シュバルツバルトだな!? 貴様を――」

 その言葉を聞く前に、アニスは距離を詰める。
 左腕の義手の手首がドリルのように凄まじい勢いで回転し、兵士の腹をぶち抜いた。

「なっ――!?」

 咄嗟に発砲する兵士達。
 だがアニスは兵士の死体を盾にすると、そのまま兵士の一団の中に突っ込んで行く。
 そして殴り殺し、突き殺し、蹴り殺し、裂き殺し、潰し殺す。

「‥‥こ、こんなの聞いてないぞ‥‥」

 兵士達は既にアニスは能力者では無くなり、恐れるに足りないと知らされていた。
 だが、アニスは能力者であると同時に強化人間なのだ。
――兵士達は、たかが病人と舐めてかかった代償を全員の命で支払う事となった。



 血に塗れたアニスは、アジト内のキメラを起動させながら出口に向かって歩く。
 いつもと同じ戦闘前の光景――けれどそこに軽薄だけれど、何処か憎めない金髪のサムライはいない。

――つぅっ、とアニスの頬に雫が落ちる。

 知識では知っていたけれど、それが何故自分の眼から零れるのか分からない。
 戦いの邪魔になるから止めようとしても、止まらない。
 胸の穴に吹く風は荒れ狂い、更に彼女を苛む。

「‥‥ははは‥‥」

――歪み切った少女は、自分の中の爆発しそうな感情を表す事が出来なかった。
 だから、笑った。笑うしか出来なかった。

「‥‥ははは‥‥あははははは‥‥」



――ねぇ、教えてヨ。

――コレって、一体何なの?

――キミの事を考える度に、胸が痛いんだ。



「――教えてヨ、サイゾウ君‥‥」


 けれど、それにこたえるひとはもういない。


「‥‥あははははは‥‥」

 アニスは笑った。泣きながら笑った。
 その感情が何なのか、自分の眼から零れる物体が何なのかも分からずに、アニスは笑い続けた。

●参加者一覧

忌咲(ga3867
14歳・♀・ER
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
高坂聖(ga4517
20歳・♂・ER
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG
美虎(gb4284
10歳・♀・ST

●リプレイ本文

 UPC軍の放つロケット弾が、バグアのアジトを破壊して行く。
 その光景を眺める能力者達は、今まで自分達が関わってきた依頼の事を思い返していた。

「何だかんだで、アニスとも長い付き合いだったね」

 だからこそ、そろそろ決着を付けねばならない――忌咲(ga3867)がそんな決意と共に呟く。

「形はどうあれ、ようやくケリがつきそうですね‥‥」

 仲間から受け取ったエネルギーガンを慣れない手つきで整備しながら続ける高坂聖(ga4517)。
 同じ科学者として、彼らはアニスに対してそれぞれ複雑な想いを抱いていた。
 けれど、それもきっと今日で最後だ。

――再び轟音が響き渡り、アジトの一角が大きく崩れ落ちる。

 それを眺めながら、クリス・フレイシア(gb2547)はアンチマテリアルライフルの巨大な砲身へと、同じく巨大な弾丸を込める。

「これが、狂童の末路‥‥哀れなものだな。
 所詮、カッシングにとっては使い捨ての駒という事だ」

 思い出すのは、アニスによって殺された罪無き人々の無残な姿。
 彼らの無念を晴らすためにも、必ずやあの餓鬼を倒す――それが彼女の決意。
 一方、傍らの宗太郎=シルエイト(ga4261)の心は揺れ動いていた。

(「‥‥友が守りたいと願った存在‥‥だけどアニスは多くの命を手にかけすぎた‥‥」)

 思い出すのは、敵である自分を『ダチ公』と呼んでくれた誇り高きサムライの言葉。
 けれど、その友が守りたいと願ったのは、幼き狂気の殺戮者。

「今更許せない‥‥許しちゃ、いけない‥‥!!」

 宗太郎は言葉と共に、両頬をぴしゃり、と強く打つ――自らの揺らぐ心を引き締めるように。

(「サイゾウは敵としては好きだった。何だか一生懸命な所が。
――でも、アニスの事は‥‥」)

 瓜生 巴(ga5119)も同じように心の中で呟く。
――けれど、口にはしない。
 それは、間違っているかもしれない事だから。
 しかしそれが彼女にとっての選択でもあるのは確かだ。



『――突入部隊から報告です!! 「ほぼ全滅、指示を請う!!」との事です!!』
『くっ――!! 一時撤退だ!! 突入部隊を下がらせろ!!』

 司令部から飛んでくる通信を聞きながら、葵 コハル(ga3897)はぼんやりと考えを巡らしていた。

(「今回は誰が指揮をしているのか知らないケド、そーいう人達は油断とか楽観するクセでもあるのかなぁ‥‥?」)

 いくら自分達が圧倒的優位に立っていたとしても、相手は強化人間。
 可能な限り用心し、被害を最小限に食い止める事こそ指揮官の役目では無いのか?
 そんな考えが過ぎる――だが、当の葵はさほどアニスに対する執着は持っていなかった。
 ただ、彼女の部下であったサムライと刃を交えた者として、結末はきちんと見届けるつもりだ。

「うわあああああっ!!」

――転がるような勢いで兵士が飛び出してきた。確か突入部隊の後発組の兵士の一人だ。
 足をもつれさせながら逃げようとした瞬間、兵士の胸から上がもぎ取られる。
 それを成したのは、光学迷彩によって体を蜃気楼のように揺らめかせた黒い獣。
 アニスによって作り出された強力なキメラ、ディスプレッサーデーモンだ。

「た、助け――!!」

 同じく逃げ出してきた兵士の胸から、剣が生える。
 絶命した兵士を引き摺りながら現れたのは、堅固な鎧のような装甲を纏った装甲スライム。
 そして、能力者達の視界にはとうとう今回の目標である少女――アニスが姿を現した。

「むむっ!? 現れたでありますね!!」

 彼女をびしっ!! と指さして高らかに宣言する美虎(gb4284)。
 以前対峙し、その時傭兵になってから始めての圧倒的敗北を喫した悔しさを、彼女は忘れていなかった。
 勢い良く飛び出し、一直線にアニスを目指す。
 彼女に続いて飛び出したティーダ(ga7172)が、アニスを真っ直ぐに見据えて呟く。

「アニス‥‥、これで最後です」

 その呟きを追い越すように、ティーダは地を這う獣の如くスライムに飛び掛っていった。



 Dデーモンを葵、宗太郎、クリスが、装甲スライムを高坂、瓜生、ティーダが足止めしている隙に、忌咲と美虎がアニスへと向かう。
 だが、二人はアニスの様子を見て足を止めた。

――彼女は止め処なく涙を流しながら、引き攣ったような笑みを浮かべていた。

「‥‥久しぶりだね?」
「‥‥」

 忌咲の言葉に、アニスは応えない。
 だから構わず忌咲は続けて彼女の義手となった左腕を見つめて更に問うた。

「エミタは摘出したんだね。そうすると、前に会った時よりも強くなってるって考えて、良いのかな?」
「美虎の事を覚えているでありますか!?
 美虎はアニスを倒すべく死の淵から蘇ってきたのでありますよ!!」
「‥‥」

 続く言葉にも、アニスは答えようとしなかった。

「むむっ‥‥美虎を無視するなんていい根性をしているのでありますよ!!」
「‥‥」

 忌咲は埒が明かないと判断し、おそらくは核心に触れるであろう言葉を口にした。

「サイゾウ君死んじゃったの、知ってる?
 やったのは私達じゃなくてヨリシロの人みたいだけど」
「――!!」

 その瞬間、アニスは体を震わせて忌咲の言葉に反応した。

「サイゾウ君もヨリシロになるのかな?」
「‥‥う、あ‥‥ああああああああっ!!」

 そして頭を抱えて絶叫すると、涙を流しながら銀色の義手を振り上げて忌咲に躍り掛かる。
 美虎が咄嗟に飛び出し、ゼロで受け止めようとする。
 が、錯乱しながらもアニスの一撃は鋭い。
 防御を掻い潜って、鋼の抜き手が美虎の肩を抉る。
 しかし、その傷は忌咲の練成治療によって見る見るうちに塞がって行く。

「――いない‥‥何処にもいない‥‥いつもいたのに‥‥!!」
「――くううっ!!」
「‥‥何でサイゾウ君が何処にもいないの‥‥? 教えてヨ‥‥教えてよおおおおおおっ!!」

 悲痛な叫び、歪んだ笑顔と共に放たれる凄まじい鬼気に、美虎は防戦一方に陥っていた。
――いや、正確に言えば美虎の放つ攻撃もしっかりとアニスに届いている。
 それでもアニスは構わず前進する事を止めない。

「――アハハハハハハッ!!」
「ぐっ――!!」

 竜巻のような後ろ回し蹴りをまともに喰らった美虎の体が、鞠のように吹き飛ばされて石柱のオブジェに勢い良く叩き付けられる。
 アニスはそのまま忌咲に向かって飛び掛った。
 覚悟を決めようとした時、そこに美虎が再び割って入る。
 こめかみからはドクドクと血が湧き出て、息も荒いが、その闘志は衰えない

「――どんなに体を強化したとしてもアニスは敗れ去る運命なのです。
 今から美虎がそれを‥‥証明するのですっ!!」

 美虎はそう叫ぶと共に義手を受け流すと、脇腹目掛けて円閃とスマッシュを叩き込んだ。
 アニスはそれを飛び退ってかわすと、その隙に忌咲が美虎の傷を癒す。

(「だけど、やっぱりキツすぎるねこれ‥‥皆、そんなにはもたないよ‥‥?」)



 Dデーモンは残像を身に纏いながら、遮蔽物の間を素早く移動しながら能力者達に向かって近付いてくる。
 それを挑発するように、葵が刀を抜く事無くわざと近付いて行く。

「ほらほら、おねーさんと遊ぼうぜー?」

 Dデーモンは狡猾な狩人でもある。
 彼女のあまりに無防備な行動に、用心深く遮蔽物から出てこようとしない。
 しかし、痺れを切らした一匹が垣根から飛び出し、葵に向かって駆け出した。
――その時既に葵の右手は腰の蛍火にかけられていたが。

「猫じゃらしにしちゃカタいけど、贅沢ゆーなよ?」

 そのままDデーモンの顔目掛けて、神速の居合い抜きを放つ。
 鼻先を切り裂かれ、唸りを上げるDデーモンだが、その程度ではひるまずに二撃、三撃目を繰り出す。
 鋼をも切り裂く爪が目にも止まらぬ速さで振るわれ、葵の刀を掻い潜って血が飛び散る。
 だが、それ以上の追撃が許される事は無かった。

「――させるか!!」

 横殴りに宗太郎のランス「エクスプロード」が叩き付けられ、Dデーモンがもんどり打って吹き飛ばされる。
 そこに葵が踏み込み、剥き出しの腹目掛けて刀を奔らせると、鮮血が迸った。
 その時、視界にアニス達の姿が映り――宗太郎の目が驚愕に見開かれる。

「涙‥‥だと?」

 そこには、あの狂童が涙を流しながら叫ぶ姿があった。

「――宗太郎クン!! ボーっとしちゃ駄目!!」

 葵の叫びに宗太郎が我に帰ると、目の前にまで迫るもう一体のDデーモンの牙があった。

「しまっ――!!」

 咄嗟にエクスプロードを構えようとするが、垣根が邪魔して思うように振るう事が出来ない。
 死の顎が宗太郎の首を飲み込み、閉じられようとした瞬間――、

――ズガァッ!!

 轟音と共に、垣根を砕きながら飛来した砲弾がDデーモンの胴体を貫き、吹き飛ばす。
 地に伏せたクリスのAMライフルによる狙撃だ。

「――アニスを倒すのも物思いに耽るのも、こいつらを倒した後だよ」
「ああ、そうだったな‥‥悪ぃ」

 アニスとサイゾウの事を頭から追い出し、目の前の黒い獣を見据える。
 この事件に一秒でも早くケリをつけるため、宗太郎は雄叫びを上げて炎槍を構え、突進した。



 鋭く振るわれる装甲スライムの伸びた腕が、遮蔽物を巧みに使いながら襲い掛かる。
 さながら鞭の如き勢いで振るわれる腕の先にあるのは、武骨な鉄塊のような剣。
――まともに当たった時の威力は推して知るべし。
 だからこそ、ティーダは決して足を止める事無く、都合六本もの腕をかわし続けていた。

「ふっ――!!」

 そして装甲スライムの腕が引き戻された瞬間を見計らい、鋭く踏み込む。
 不可視とも思える速さでタイガークローが閃き、続けざまに三体のスライムが纏う装甲に傷を付ける。
 そこに目が眩むような閃光と共に、瓜生のエネルギーガンが叩き込まれた。
 ティーダの一撃によって薄くなっていた装甲は、高出力のビームによって融解し、中の柔らかい本体を焼く。

「――時間はかけられませんから、さっさと倒させて貰いますよ」

 反撃の剣の一撃をエルガードで受け止めながら、淡々と呟く瓜生。

「はい――グズグズしている暇はありませんからね」

 ティーダが瓜生の言葉に頷きつつ、装甲スライムの腕が伸びきるように誘導すると、装甲の隙間を貫くように、高坂によるエネルギーガンの一撃が奔り、それを焼ききった。

「シルエイトさんからの借り物ですけど、やはり中々の威力ですねこれ!」

 慣れない武器だが、高坂は見事に使いこなして見せていた。
 大きな武器を取り回しながらスライムの攻撃をかわす身のこなしも、中々様になっている。
 装甲スライムは確かに強力だが、それはあくまで並のキメラに比べての話。
 数々の困難を越えて来た歴戦の傭兵である三人が手こずる道理は全く無かった。



「‥‥こんな所であたし達は――」
「――手こずってる暇はねぇんだ‥‥」
『――どけぇッ!!』

 裂帛の気合と共に繰り出された宗太郎のエクスプロードが、Dデーモンの胴体を打ち据え、すかさず急所を狙って叩き込まれる。
 苦鳴を上げるその首を、葵の蛍火が一刀の元に叩き落した。

「‥‥全く同感だ!!」

 スコープを覗き込んで照準を合わせると、クリスはすかさず引き鉄を引く。
 吐き出された砲弾はフォースフィールドを打ち破ると共にDデーモンの頭を肉片に変えた。
 葵も、宗太郎も、そしてクリスも――浅くは無い傷を全身に受けている。
 しかし、全てを見届け、決着を付けるためにはこの程度で立ち止まっていはいられない。



「てりゃてりゃてりゃてりゃー!!」

 美虎は常にアニスの周りを動き回り、両手の爪をアニスに向かって振るう。
 だが、その殆どが傷を付ける事はおろか掠りもしなかった。
 それでも、美虎は一歩も引かずにアニスに向かって攻撃を繰り出し続ける。

「‥‥やかましいヨ――」
「かはっ――」

――メキリ、という鈍い音を立てて鋼の拳が美虎の肋骨を粉々に砕く。
 骨片が肺を傷つけたのか、美虎の口からゴボリ、と血が吐き出された。

「――美虎君っ!!」

 忌咲が練成治療を飛ばすが、それが治った瞬間再びアニスの容赦無い一撃が振り下ろされる。
 右の拳がハンマーのように美虎を打ち据え、地面に叩き付けた――勢い良く転がる美虎。
 忌咲が再び練成治療を施すも、彼女はそれ以上立ち上がる事が出来なかった。
 アニスが最早興味が失せたかのように通り過ぎようとすると、美虎は最後の力を振り絞ってその足を掴む。

「‥‥いか‥‥せ‥‥ないの‥‥です‥‥」

 その目は瀕死でありながら、尚も爛々と輝いていた。
 だが、アニスは何の感慨も浮かべる事も無く、その手を踏み砕こうと足を振り上げる。

――バシャアッ!!

「――!!」

 そこに激しい電撃が放たれ、アニスの全身からブスブスと煙が上がった。
 矛先をこちらに向かわせようと試みた忌咲による一撃だ。
 超機械一号を構えながら、忌咲がアニスに再び問いかける。

「ロシアで大規模があった頃、基地の近くに出たボロボロの人型キメラって、キミの仕業?」
「‥‥それが、どうかした?」
「――あの基地の人と約束したんだよね。バグアを倒すって!!」

 忌咲は覚悟を決めたように叫ぶと、矢継ぎ早に電撃を繰り出す。
 だが、アニスはそれらを掻い潜ると、手刀を叩き付けてきた。
――ゴキリ、という音と共に想像を絶する激痛が忌咲を襲う。
 そのまま首を締め上げられ、ギリギリと体が持ち上げられた。

「――ぐぅっ‥‥」
「‥‥そんな奴らの事なんかどうでもいいんだヨ――何でサイゾウ君がいないの?
 何でそれだけなのにこんなに胸が苦しいの!?」

 いつしかアニスの顔からは笑みが消え、複雑な感情に歪んでいた。
 アニスの声のトーンが上がる度に、忌咲の首にかけられる圧力が増して行く。
 気管が押し潰され、目の前が暗くなっていく――それでも、忌咲はアニスを見据える事を止めようとしなかった。

「‥‥どうでも‥‥よく‥‥なん‥‥て‥‥無い‥‥」

――思い出すのは、あの極寒の大地。
 自分の腕の中で冷たくなっていく兵士の最後の言葉。

『――バグアに‥‥勝ってくれ‥‥』

 戦場では何処にでも転がっている、一人の兵士の死。
 けれど、その想いは何処までも尊く、その存在は誰かにとっては何よりも重い。

「‥‥あの‥‥ひとにも‥‥大切なひとは‥‥いた‥‥大切に‥‥想い合う人が‥‥!!」

――首の骨が、嫌な音を立てて軋むのが分かる。
 けれど、忌咲は最後に残った酸素を使って、渾身の力を込めて叫んだ。

「‥‥きみと‥‥サイゾウ君みたいに――!!」
「――!! 黙れええええッ!!」

 右手が首をへし折り、義手が心臓を貫こうとした瞬間――。
 エネルギーガンが右手を打ち抜き、刀が義手を弾き飛ばす。
 そして、足には息を吹き返した美虎のゼロが突き刺さった。

「くうっ!!」

 アニスが距離を取り、忌咲の体が開放されて地面に落ちる。

「‥‥ようやく‥‥一矢、報いたのですよ‥‥」

 えへへ、と笑うと今度こそ美虎は意識を手放した。

「――忌咲さん!! 美虎さん!!」

 高坂が駆け寄り、練成治療を二人に飛ばす。
――殆ど慰めにもならないが、それでもかけないよりはマシだ。

「――私は‥‥大丈夫‥‥それより‥‥アニス‥‥を‥‥」

 忌咲が声を絞り出して呼び掛ける。
――喉が潰されたために声がしわがれ、掠れているが命には別状無いようだ。

「――ええ‥‥絶対に逃がしませんよ‥‥彼女は」

 高坂は大きく頷くと、アニスへと向き直った。
 これ以上の犠牲を無くすために――そして何より、自らの研究を果たすために。
 高坂の頭にあるもの――それは強化人間の力を応用し、能力者を強化する事。
 何時如何なる時も、彼の思考にはそれがあった。人が見れば冷徹に見えるかもしれない。
 しかし、それは研究者にとっては当たり前の行動。
 だが、アニスはその研究者の一線を越えてしまった。だからこそ、生かしておくには危険すぎる。
 己の野望と義憤――その両方を胸に、冷徹なる研究者はエネルギーガンを構えた。



 能力者達と対峙するアニスの息は荒く、その体は小刻みに震えている。
 そして、その表情は――、

「――アニス‥‥あなた、怯えているんですか?」
「――!! 違う‥‥そんな事‥‥そんな事‥‥無い‥‥っ!!」

 瓜生の言葉をアニスは頭を振って否定するが、その言葉は弱々しい。
 その顔は様々な感情で揺れ動き、歯をガチガチと鳴らしていた。

(「感情を、持て余している――?」)

 ティーダには、それが感情を表すことを知らず、泣き叫ぶしか無い赤子のように見えた。

「――アニス‥‥お前‥‥」

 宗太郎がエクスプロードを構えながら、アニスに語りかける。
 目の前のアニスは、今まで無数の人々を殺戮してきた狂気の科学者では無く、小さな――本当に小さな子供だった。

「――そうか、理解したのか。大切な存在の‥‥命の重さを」

 それを見た宗太郎は、全てを理解する事が出来た。
 ある意味一方通行だった、サイゾウの想い。
 しかし、アニスはとうとう理解したのだ――いつも隣にいる存在の大きさというものを。

(「――よかったじゃねぇか、サイラス。相思相愛だぜ、お前等」)

 宗太郎は知らぬ内に、バグアとして散った『ダチ公』へと向けて囁いていた。
――もう、彼はいないけれど。
 その想いは確かに大切な『妹』に届いたのだと、心の底から知らせたかった。

――そして‥‥。

「――そして、初めて分かったんだろ?
 お前が奪ってきた命が、お前にとってのサイゾウと同じ、誰かにとっての大切な命だって事を」

 宗太郎の言葉に、アニスがとうとう、ひっ――と喉を鳴らした。
 だが、彼女は宗太郎の言葉を必死に否定しようとする。

「――違うっ!! 違う違う違うっ!!
 あいつらなんて‥‥あいつらなんて、どうでもいい実験動物で――!!
 サイゾウ君は違う!! サイゾウ君は――」

――ズガァッ!!

 砲声と共に、アニスの眼鏡が吹き飛ぶ――クリスの放ったAMライフルが掠めた。
 どろり、とアニスの頭から血が流れ出る。

「――もう喋るな。僕はお前に喋る時間なんて与えない」
「あ‥‥あぁ‥‥」
「‥‥今までお前がしてきた事を罪だと分かったのなら、それを殺した人達の分まで思い知ってから――逝け」

 能力者達はそれぞれの武器を構え、アニスへと突きつける。
 それぞれのアニスに対する想いは違うが、アニスをここで止めなければならないという心は同じだ。
 もしここで取り逃がしたり、取り押さえようとすれば、何をしでかすか分からない。

――それは狂気とはまた違った、自棄を起こした子供と同じような危うさだ。

 だが、それはある意味本来あるべき『子供』の姿だった。
 己の爆発しそうな『生の感情』に身を委ねる――少女は、それすらも知らずに生きてきたのだ。

「サイゾウは‥‥サイラスは、最後までお前を生かそうとした。その想いに答えてやれ」

 宗太郎が、信じられない程優しい声でアニスに語りかける。

「生きろ。全力で戦え。それであいつも少しは報われる」
「――ぅ‥‥」
「‥‥手加減はしねぇけどな」

 意地悪そうに微笑む宗太郎を見て、アニスの奮えが止まる。
 目から再び涙が一滴‥‥また一滴と零れ落ち始める。

「‥‥ぅ‥‥うぅ‥‥うわああああああああああああああっ!!」

 泣き叫び、鼻水を垂らしながら、アニスが能力者達に向かって走り出す。
 彼らは正面から迎え撃った――初めて感情を爆発させる駄々っ子の癇癪を止めるために。




「わああああああああああっ!!」

 泣き叫びながら振るわれるアニスの攻撃は、子供の喧嘩のようだった。
 それらは一つ一つが強化人間の身体能力によって致命的な威力を持っている。
 しかも滅茶苦茶な動きのため、予想以上に「やりにくい」動きだ。
 ハンマーのような拳が、ドリルのように回転する義手の貫き手が、能力者達に襲い掛かる。

「――くぅっ!!」

 ティーダのクローの一本が、受け損ねて砕け散る。
 しかし、すぐに体勢を整えると瞬天足で加速しながらアニスへと躍りかかる。

「――来るな来るな来るなああああああっ!!」

 振り回した義手がティーダの肩を打ち据え、吹き飛ばした。
 追撃を加えようとするアニスの前に、今度は葵が立ち塞がり、義手の一撃を刀で受け流す。

「――駄々っ子の癇癪は見苦しいよ‥‥さっさと大人しく‥‥しろっ!!」

 そしてそのまま刀を振るうと、アニスはそれを右手で打ち払った。
――体勢を崩す葵。
 その隙を突こうとするアニスを見て、にやりと笑う。

「――引っかかったね?」
「――!!」

 泳いだ体の勢いをそのままに、逆手で蛍火を突き入れる。
 蛍火の一撃は関節の継ぎ目に叩き込まれ、一瞬だがアニスの動きを止めた。
 そこに高坂と瓜生のエネルギーガンが降り注いだ。
 何発かが当たり、一発は肩口に、一発は足に、残る数発は義手によって防がれる。

「――うぅぅぅっ!!」
「随分と頑丈みたいですね‥‥カッシング製みたいだけど。
 ‥‥まさか自爆装置とか付いて無いですよね?」

 葵を蹴り飛ばし、飛び退るアニスに向かって瓜生が挑発するように呟く。
 アニスは頭を何度も何度も狂ったように振って、吼える。

「‥‥知らない‥‥知らない知らない知らないっ!!
 ボクを捨てたおじーさまの事なんて知らないっ!!」

 石柱を盾にしようとした所に、クリスの砲弾が炸裂する。
 衝撃波と破片に打ち据えられ、アニスは吹き飛ばされた。

「――嫌だヨ‥‥嫌だヨ!! 『あいつら』と一緒の所に行くなんて嫌だ!!」

 泥に塗れながら叫ぶアニス――そこには恐怖があった。
 それは、自分に降りかかろうとする『死』を恐れているように見える。


 その醜態とも言える姿を見て、クリスは例えようも無い怒りを覚える。

「哀れだな――お前も、あの侍も。出来損ないには似合いの末路だ」

 その言葉にアニスが今度は顔を怒りに歪めて跳ね起きる。

「――サイゾウ君を‥‥馬鹿にするなああああああああっ!!」
「ちっ――!!」

 咄嗟にAMライフルの銃身で防御しようとするが、アニスの義手の一撃はそれを易々と砕いてクリスの脇腹に突き刺さった。
 同時に凄まじい勢いで回転し、クリスの脇腹の肉を腸諸共抉り取る。
 クリスの顔が苦痛に歪み、黒く染まった血塊を吐き出す――だが、彼女は笑みを浮かべた。

「――ここまで上手く引っかかるなんてな‥‥もうお前に退路は無いぞ?」

 その言葉通りアニスは能力者達に囲まれていた。
 そして、その正面にはティーダと宗太郎の姿。

「アニス――ここで終わりにしましょう」
「あ‥‥ああああっ!!」

 言葉と共に飛び出す二人。
 アニスも逃げられないと悟ったのか、彼らに向かって走り出す。

「受けろ‥‥穿光二式っ!!」

 紅蓮衝撃と急所突きを併用した、突進の勢いを乗せたランスチャージがアニスに襲い掛かる。
 だがその一撃はアニスの義手に掴まれ、彼女の体には届かなかった。

「‥‥まだ、終わらねぇ!!」
「――はいっ!!」

 後方から迫ったティーダが瞬天足で加速したかと思うと、その勢いを乗せた蹴りを『槍の柄に向かって』放つ。
 限界までの加速と、全体重が乗った重い一撃を受けた槍は、まるで杭を打つかのように前へと進んだ。
――その先には、アニスの肩がある。
 穂先が突き刺さり、エクスプロードの炎が肉を焼く。
 それと同時に宗太郎はもう一つの切り札を切った。

「ダメ押しだ!! 我流奥義・穿光一式!!」

 寸頚の要領で穂先を捻りこむように押し出すと、穂先が肩を貫通した。
 声無き悲鳴を上げるアニスの眼に飛び込んで来たのは、更に強く踏み込んだティーダの姿。
 その体が一層深く沈みこんだかと思うと、残像すら残さずに視界から消え去る。

(「――サイゾウ君の‥‥」)
「――はあああああああああっ!!」

 一瞬で後ろに回りこんだティーダのライガークローが、深々とアニスの背に滑り込む。

(「――うご、き‥‥」)

 血を飛沫かせながら吹き飛んだアニスが、立ち上がる事は無かった。




 倒れたアニスへと、能力者達が近付いて行く。
 アニスは動かない右手と、故障した左手をもがくように動かしながら尚も彼らから逃れようとしていた。
 それを見下ろしながら、高坂がエネルギーガンを彼女の頭に突きつける。

「あなたにはエミタがないから、サンプルを採取できるかどうか不安ですけど、
 片鱗だけでも能力者への応用が適えば、他のバグアエースとの戦いで有利に働きますからね。
 あなたの研究成果、私たち人類が生き残るために有効に使わせてもらいますね」

 一言そう宣言すると、高坂は躊躇う事無く引き金を引こうとする。
――その時、アニスの口からぼそぼそと呟くの聞こえた。
 高坂の手が思わず止まる。

「――ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥」

 アニスは涙を流しながら、ただひたすらに謝っていた。

「――サイゾウ君ごめんなさい‥‥――君ごめんなさい‥‥――君ごめんなさい‥‥――君ごめんなさい‥‥――君ごめんなさい‥‥――君ごめんなさい‥‥」

 それは、サイゾウの他にも数え切れない数の人々の名前の羅列と、彼らに対する謝罪の言葉。
 それは、アニスが被検体として扱い、弄んできた人々の名前だった。

「‥‥あやまるから‥‥なんでもするから‥‥こないで‥‥こないで‥‥」
「――アニス‥‥」

 宗太郎が、やるせなさそうにアニスを見つめる。
――彼女は、『初めて認識した自分の罪』に押し潰されようとしているのだ。
 彼女が見ているのは、自分が殺した人々の亡霊が、自分を引きずり込もうとしている光景。
 確かに今まで少女が犯してきた罪を鑑みれば、ある意味相応しい罰と言えるかもしれない。
 だが、目の前で子供が虚ろな目をしてもがく姿を見るのは、酷く気分が悪かった。
――おそらくは皆が同じような気持ちなのだろう。
 誰もが目を逸らし、俯いていた。



――その時、瓜生がアニスに向かって進み出た。
 そして、そっと彼女の頬を撫でる。
 びくり、とアニスの体が恐怖に震える――しかし瓜生はアニスの体を構わず起こし、そっと抱きしめた。

「――大丈夫‥‥私は、貴方を敵と思ってないわ。
 私は‥‥あなたを許してあげる」
「――――え‥‥?」
「瓜生さん!? 何を言って――!!」

 瓜生の言葉に、治療を受けていたクリスが激昂したように叫ぶ。
 だが、瓜生は強い視線でクリスを見つめると首を横に振った。
――その鬼気迫る表情に、クリスはそれ以上二の句を告げなくなる。

「――あなたは、死んだ人に謝ってたけど‥‥何でもするって言ってたけど‥‥。
 既に死んだ人には、もう何も出来ないのよ?」
「‥‥!!」

 瓜生の言葉に、アニスの涙が止まる。
――きっと、社会的にはアニスを決して「許さない」事が正義なのだろう。
 けれど今言った事は、紛れも無く今の自分の中にある言葉。

――こんな事を考える自分も、社会不適合者かもしれない。

 それでも、瓜生は今までアニスに言いたかった言葉を続けた。

「‥‥ばか」
「――あ‥‥」
「――何でこんな事しちゃったの? 何でこんな所まで止まれなかったの?
 ‥‥ばかね‥‥本当に‥‥ばか‥‥」

――瓜生は、アニスを「叱った」。

 叱るという事は、許すという事。
 言っている事は厳しいけれど、まるで正反対の一番優しい言葉。


――瓜生は、昔から妹が欲しかった。


 もし、アニスのような年頃の妹がいたら――。


 もし、妹が何かをしてしまったら――。


 きっと、自分はこんな風に叱った事だろう。

「う‥‥あ‥‥あぁ‥‥」

 アニスの瞳から、再び涙が溢れる。



(「――このアホ娘!! 何しとるんや!!」)



――思い出すのは、側にいるのが当たり前だった、一番大切なひと。



(「あー‥‥ったく!! 毎回毎回しょーもない事やらかしおってからに!!」)



――乱暴だけれど、聞いてて何だか愉快でたまらなくなる‥‥そのひとの言葉。



(「――全く‥‥世話のかかるやっちゃなぁ、このアホ娘は」)



――そして、きっと誰よりも自分を愛してくれていたそのひと。



(「――ワイか? ワイは人呼んで『バグアのサムライ』‥‥その名は――」)



「――サイ‥‥ゾウ君‥‥」

 ハットリ・サイゾウ――それがあのひとのなまえ。
 だけど、もういない。
 じぶんが、たくさんのひとをころしたみたいに。
――もう、にどとあえない。

「――――――――っ!!」

 それから先は、最早言葉にならなかった。
 アニスは泣き叫んだ――泣き叫び続けた。



――声が涸れるまで叫び続けた。



 震えるアニスを抱きしめながら、瓜生は一筋涙を流した。



 全てが終わり、アニスをUPCの基地まで移送する事となった。
 サイゾウの時の事を踏まえ、高坂によって輸送車のダミーが用意され、バラバラの時間に、バラバラのルートを取る。
 その策が功を奏したのか、移送の途上に襲撃を受ける事は無かった。



――その間、瓜生はアニスの側に寄り添い続けた。
 その正面には仏頂面のクリスの姿がある。
 アニスを許したという行為に、彼女は最後まで納得する事は無かった。

「――まぁ、目標が生きていた方がクライアントは喜ぶだろうし‥‥。
 それに僕は文明人だ。未成年の餓鬼を殺めて何の痛痒も感じない程鈍感じゃないし、酷く胸糞が悪い」

 しかし一見負け惜しみのようだが、アニスを殺す事には抵抗があった事は皆に明かしていた。
‥‥仏頂面を終始崩す事は無かったが。



 厳重に拘束されたまま、アニスは軍の基地へと運ばれていった。

(「狂気と悲しみだけだった彼女も、安らぎを得る事が出来たのでしょうか」)

 その小さい背を見送りながら、ティーダは心の中で呟いていた。



 狂童が起こした一連の事件は、こうして終局を迎えた。









 しかし、能力者達の想いは儚く打ち壊される。
 アニスを収監していた基地が何者かの襲撃を受け壊滅。


 アニス・シュバルツバルト――消息不明。


 その知らせが彼らに届いたのは、その僅か数日後の事だった。