●オープニング本文
前回のリプレイを見る 欧州の某所に存在する古城の一室で、騒々しい音が響き渡った。
――バンッ!!
「ぐっ――!!」
「‥‥もう一度言ってみい」
サイゾウに襟首を捕まれた親バグアの技術者が壁に叩きつけられ、呻きを上げる。
彼らの傍には、医療器具に囲まれて横たわるアニスの姿があった。
「‥‥で、ですから、最早手遅れです‥‥もう我々の処置では追いつかない程に――」
「――アホ娘の身体‥‥エミタはのっぴきならん状態になっとる訳か」
人間の身体能力を飛躍的に増大させる奇跡の物質エミタ――それを人体に埋め込む技術、そしてメンテナンスの方法は、未来科学研究所と一部のメガコーポレーションだけがノウハウを牛耳っている。
例え人類を超える技術力を有するバグアであっても、それらの秘密を解明する事は出来ていないのが現状であった。
サイゾウにとってははっきり言って最も聞きたくない言葉ではあったが、冷静に考えると技術者に非は無い。
「‥‥済まんな。ちょいとカッとなってしもたわ」
一言詫びを入れながらサイゾウが技術者を放すと、彼はげほげほと咳き込んで蹲った。
「――ともかく、最悪でも現状維持を出来るように処置を頼むわ。
‥‥いざとなったら、『あの方』への連絡も視野に入れといてくれ」
「――!! あ、『あのお方』に‥‥し、承知致しました」
サイゾウの言葉を聞いた瞬間、蹲っていた技術者が顔を上げる。
彼らライトスタッフ達は、基本的に『あの方』――アニスの師である老人の配下だ。
彼の名前が出た瞬間、技術者たちの表情が目に見えて変わった。
(「‥‥自業自得とは言え、嫌われたモンやな」)
病室を出て行く技術者たちの後姿を見送りながら、サイゾウはふとそんな思いを抱く。
その時、丁度アニスが目を覚ました。
しかし意識は朦朧としており、瞼はすぐにでも落ちてしまいそうだ。
「‥‥ん‥‥オハヨウ、サイゾウ君‥‥」
「――何がお早うやこのアホ娘。完全に寝坊やぞ」
サイゾウの顔は言葉とは裏腹に、優しげな笑みが浮かんでいる。
「‥‥あんまり覚えて無いケド‥‥こっぴどくやられたみたいだネ‥‥」
「ブチ切れて後先考えずに突っ走った結果がこれや――生きてただけめっけモンと思うとけ」
「――そうだネ‥‥ふふふ――コホッ!! ケホッ!!」
「――アホ!! 無理すんなや!! 内臓やら何やらがボロボロなんやぞ!!」
サイゾウの言葉にクスクスと笑うアニスだったが、途中から咳き込んでしまった。
アニスが落ち着くまで待ってから、サイゾウは彼女に問いかける
「――アホ娘‥‥いや、『我が主』。
このまま座して死を待つか、生にしがみつくか、アンタならどちらを選ぶ?」
サイゾウの言葉に普段の軽薄さは無く、主君のために命をかけるサムライの魂が込められていた。
真剣な眼差しを見たアニスのからも笑みが消え、研究者の顔となる。
「――そりゃボクも死にたくないヨ。
まだやりたい事は一杯あるし、もっとおじーさまの役に立ちたいしネ」
――けれど、とアニスは続ける。
今の自分の状況は、あくまで自らが始めた『エミタによる強化人間の強化』という実験によってもたらされた物。
例えどれほど体が蝕まれようと、それは実験の過程に過ぎない。
そして研究者は必ず結果を導き出さなければならない。
「――実験結果が『ボクの死』なんだとしたら、ボクは喜んで死ぬだろうネ」
真っ直ぐにサイゾウの目を見つめながら、アニスは歳相応の少女の顔で微笑む。
サイゾウはただ黙って主の言葉を聞いていた。
力尽きたのか、アニスの体がベッドの中に深く沈みこむ。
「‥‥ちょっと喋って疲れたヨ‥‥少し眠るネ‥‥」
「――おう、暫くゆっくり休んどけや」
目を閉じて再び眠りにつくアニスから背を向け、サイゾウは病室を後にした。
その背には、医療スタッフや技術者たちの冷たい視線が突き刺さる。
度重なる残虐な振る舞いに独断専行、任務の失敗。
――サイゾウとアニスの二人は、ひたすら孤独だった。
数時間後、サイゾウは一人未来科学研究所の支部前に佇んでいた。
主の決意を知っても尚、彼は主の命を救わんが為にここにいる。
「‥‥ワイは頭が悪い」
一言呟き、ゆっくりとゲートに向かって歩き出す。
柄に手が掛かり、鯉口が静かに切られた。
「――だから、戦う事しか知らんし、マトモな作戦なんぞ立てた事もあらへん」
守衛が静止しようとするが、サイゾウは彼らを一瞬で切り伏せると、強引にゲートを突破する。
――基地に警報が鳴り響き、警備兵たちが侵入者を迎え撃とうと飛び出した。
数十もの銃口が向けられ、一斉に引き金が引かれる。
しかしサイゾウの姿が掻き消えたかと思うと、警備兵たちの隊列の一つが薙ぎ倒された。
「――せやから」
続く斉射がサイゾウを襲い、服が裂け、体のあちこちから血がしぶく。
それにも構わずただ前に進む――ただ、主がために。
「――せやから‥‥ワイにはこんな事しか出来ひんのやあああああっ!!」
バグアのサムライは、ただひたすら往く。
目指すは研究所中枢――エミタに関するデータを求めてひたすら前に。
サイゾウが戦うその光景は、研究所のモニター室に映し出されていた。
「――現れたか。情報通りたった一人‥‥バグアのサムライとやらも堕ちたものだな」
『とある筋』からリークされた情報に従って基地に常駐していたUPCの仕官が、冷たい笑みを浮かべる。
彼の前には事前に呼び出された能力者たちの姿があった。
「さて、君たちには早速任務を果たしてもらおう。
――内容は奴を迎え撃ち、『生死問わず』で捕らえる事だ」
サイゾウの狙いは、先の戦闘で負傷し、エミタの限界を迎えていると思われるアニスを治療するためのスタッフ、若しくはデータの奪取と予想されている。
しかし――、
「無論、ここにはそのような人員は一人としていないし、そのようなデータなど1バイトたりとも存在していない――とんだ道化だな」
心の底から愉快で堪らないといった笑みを浮かべる士官。
――能力者たちには、それが少し不快に思えた。
「――まぁ何にせよ、散り際を間違った徒花というのは哀れなものだ。
とっとと引導を渡してやりたまえ」
●リプレイ本文
「――う、撃てっ!! 撃つんだ!!」
「ば、化けも――」
――斬ッ!!
最後の一団が薙ぎ払われる。
刀に付いた警備隊数十人分の血脂を払い、サイゾウは納刀した。
その体には無数の傷と銃痕が刻まれている――が、その息は全く切れていない。
「‥‥入って早々、これだけの待ち伏せ――」
――どうやら、ワイは嵌められたようやな‥‥。
サイゾウは敵のあまりの手際の良さに、予感めいたモノを感じていた。
それも、確信とまで言えるほどの濃厚な予感を。
「‥‥だが、関係あらへん」
最早己は放たれた矢、炸裂した弾丸――もう戻る事は許されない。
こういうのは確か‥‥テッポウダマとか言っただろうか?
大体勝手に出撃し、罠だからと言って逃げ帰り、主の顔に更に泥を塗るつもりか?
「――笑止」
凶暴な笑みを浮かべながら、サイゾウは研究所の入口へと歩いていった。
「――ちっ!! 往生際の悪い奴め‥‥」
モニターでそれを見ていた仕官が忌々しげに舌打ちする。
そして傭兵達に向き直り、居丈高に命令を飛ばした。
「おい貴様ら、とっとと行きたまえ。何のために高い金を払ったと思っているのだ」
余りにも下劣な言葉に、部屋の空気が一気に冷える。
耐え切れずに宗太郎=シルエイト(
ga4261)が一歩踏み出し、士官の前に立った。
「まだ何か用があるのかね? さっさと――」
「罠に嵌めるのが悪いとは言いません。溜飲が下がるのも分かります。
‥‥ですが、先程の発言は撤回してくれませんか?
昔も今も、あいつは誇り高いサムライだ‥‥!!」
宗太郎の目を見た瞬間、仕官は口を噤んだ。
彼の瞳は怒りのあまり覚醒して青に変じ、仕官を睨みつけている。
「シルエイトの言う通り‥‥主に殉じる姿は当にサムライだ。
その辺りは士官殿と意見を異にしますな」
宗太郎の後に続き、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)が静かに呟く。
しかし静謐に見える彼女の瞳の中にも、静かに怒りの炎が燃えていた。
「‥‥き、貴様ら‥‥命令に逆らう気か‥‥?」
気圧されて後ずさる士官。
――そこへ葵 コハル(
ga3897)が腰に蛍火と夕凪を差しながら冷たく答える。
「経緯はどうでも敵が罠にかかったって言うなら、あたしはそれを仕留めるだけ‥‥。
‥‥ただ、それだけ‥‥」
そして葵は先んじて部屋を出て行った。
サイゾウの姿に『真の侍』という言葉が浮かび、苦悩する己の心を隠すように。
彼女に倣い、次々と部屋を出て行く能力者達。
その時、一人高坂聖(
ga4517)が士官に歩み寄り、耳打ちする。
「アニスはイカレタ科学者ですが、あれが自らの体で研究している『強化人間の覚醒』の情報を回収できれば、我々能力者をさらに強化、もしくは新クラスを作り出し、バグアとの戦いを有利にすることができるでしょう。
ただ、アニスに関しては情報操作にも長けていますから、何らかの拘束手段が必要ですね」
「‥‥う、うむ‥‥そうだな」
高坂は士官にそう提案した。
自らの研究テーマである強化人間のデータ採取という目的を果たすために。
だが、士官はそれを自らの功績に出来ると勘違いしたようだ。
(「‥‥こんなに損害を出す程、サイゾウは大物扱いなのかな‥‥?」)
その光景を見つめながら、瓜生 巴(
ga5119)は心の中で呟いた。
――士官は理解しているのだろうか?
この作戦が失敗しても成功しても、いずれにせよ己の失点となる事を。
相手は凄腕の強化人間。能力者が束になっても危うい存在。
彼はそんな男に対して「普通の人間」の警備兵をあてがい、無用な損害を出したのだから。
――しかし、これ以上この俗物の相手をする時間など無い。
瓜生は彼らに対する関心を全て消し去り、モニター室を後にした。
モニター室の前では、忌咲(
ga3867)が超機械一号の動作チェックを行っていた。
「‥‥見た感じ、サイゾウ君かなり追い詰められてるみたいだね。
窮鼠が彼だったら、噛まれる所か食い千切られちゃいそうだけど」
携帯灰皿で煙草を揉み消しながら、フェイス(
gb2501)が肩を竦めて忌咲の言葉に答える。
「彼は窮鼠ではなく、虎ですよ。手負いの方が、本物です」
「‥‥あの士官さんは、手負いの虎は手に負えないって言葉知ってるのかな?」
――手加減などしない。
そんな事をすれば、喰われるのは自分達だ。
「‥‥はい‥‥はい‥‥可能ならば、すぐに連絡をお願いするように伝言をお願いします‥‥」
通信機の向こうのオペレーターに礼を言ってから、ティーダ(
ga7172)は溜息と共にスイッチを切った。
彼女は、このままではサイゾウの処遇が非道なものになると感じ、信頼できるUPCの軍人――即ちエリシアへと連絡しようと試みたのだ。
だが、結果は不発。
エリシアは任務のために前線へと赴いており、欧州軍の本部からでは簡単に連絡が取れない状態だった。
「‥‥話は、済みましたか?」
落胆するティーダの肩を、瓜生が優しく叩く。
「‥‥キツい事を言うようですけど、大尉に頼むのは筋違いだと思いますよ」
「――分かってます‥‥だけど‥‥」
敢えて瓜生は厳しい声を投げかけた。その言葉に、悔しげに唇を噛むティーダ。
――だが、彼女の言っている事もまた事実だ。
人格や能力はどうあれ、今の指揮権はあの士官にある。
そしてそれは、そう簡単には変える事は出来ない――軍とはそういう物なのだ。
「バグアに与するには‥‥、誇りが高すぎましたね」
ティーダはサイゾウに対して暫し瞑目し、すぐに前を向いて歩き出した。
そこには既に迷いは無い。
サイゾウが研究所のセキュリティを突破しながらひたすら駆ける。
UPC軍は警備システムで迎撃したり、要所要所で隔壁を下ろしたりして捕らえようとするが、サイゾウは厳重なセキュリティのあるエリアが近付くと急に用心深くなり、全て破壊されるか、巧妙に避けられてしまっていた。
異常な程の動物的な勘と言える。
しかし、セキュリティの薄い場所を選んで通ればおのずと経路は限定されてくる。
そこに、モニター室からの監視を加えればある程度の待ち伏せが可能だ。
『――目標は現在、外周通路を進行中です!!』
「了解、引き続き監視をお願いします」
通信機の向こうのオペレーターに礼を言うと、フェイスは通信機から手を離した。
そして仲間達に向き直る。
「‥‥そろそろ、行きましょう」
フェイスの言葉に、全員が頷いた。
走っていたサイゾウがぴたり、と足を止める。
――そこは、通路の途中に設けられた小さなロビー。
歓談するためのテーブルやソファーなどが並べられている。
戦うには狭すぎず、かといって囲まれたら簡単には逃走は出来ない――そんな場所だ。
「‥‥出て来いや」
その声に応えて前から現れたのは、宗太郎、高坂、ティーダ、フェイスの四人だった。
彼らは既に臨戦態勢であり、それぞれの得物を構えている。
「――よう、久しぶりやな。宗太郎、ティーダに高坂‥‥あとは、フェイス‥‥やったか?」
サイゾウは四人の名前をしっかりと覚えていた。
「‥‥悪いが通してもらうで。ワイはこの奥にあるモンが―−」
「――ここには何も無いけど?」
「――!!」
後方の部屋の中から現れた瓜生が、冷たく事実をサイゾウへと突きつける。
彼女の後に忌咲、葵、イレーネが続く。
「‥‥どういう事や?」
「言った通りの意味だ‥‥時を置かずに再び相見えるとは幸運だ」
重ねて放たれるイレーネの言葉に一瞬だけ呆然とするサイゾウ。
だがすぐにその真意を理解し、顔を手にあてて天を仰いだ。
「‥‥さよか‥‥勝手に突っ走った結果がこれとは‥‥お笑い草やな」
「アンタの想い、貫かせてやりてぇけど‥‥アニスの存在は危険過ぎる。
悪いが、止めねぇわけにゃいかねえんだ」
宗太郎の顔は、複雑な表情を浮かべていた――それは他の全員も同じ。
しかし、サイゾウは顔から手を離すと、静かに能力者達を見つめる。
「――主に仕える資格も、サムライである資格も、無うなってしもたわ」
腰の刀と脇差を引き抜き、両の手に構える。
「――せやけど、ワイにはまだやる事がある。
あのアホ娘ん所に――ワイの『家族』の所に‥‥帰るんや」
その顔は、まるで子を、きょうだいを見守る父のように、兄のように力強く、堂々としていた。
その顔を見た葵が思わず手を差し伸べようとし‥‥今まで彼によって屠られてきた人々の事を思い出して踏み留まり、それを隠すように大きく声を張り上げる。
「いい加減負けっぱなしはシャクに障るからね、ここらで一つアンタを討ち取って『あたし達の勝ち』で幕にさせて貰うよ!」
フェイスがバロックとエネルギーガンを構える
「嫌いじゃ無いですよ、貴方みたいな人。ただ、掲げた信念が違っていただけです。
‥‥しかし、これ以上走らせる訳にはいかない」
宗太郎のランス「エクスプロード」が唸りを上げる。
「折角やるんだ、せめて存分に楽しめよ」
「‥‥わざわざの気遣い、すまんな」
「‥‥気にすんなよ」
少しだけ微笑み合い、両者は高らかに名乗りを上げた。
――宗太郎は誇り高き己の名を。
――サイゾウはかつて捨てた『本当の名』を。
「‥‥名乗るぜ、サイゾウ――月狼が一人! 我流、宗太郎=シルエイトだ!!」
「――ワイの名は『サイラス』!! 同じく我流や!!」
炎槍と烈刃が交叉し、戦いは始まった。
葵、宗太郎、瓜生、ティーダの四人が一斉にサイゾウへと駆け、イレーネがライフルを構えながらバックステップで距離を取る。
フェイスは傍らのソファの陰へと素早く身を隠し、忌咲と高坂が前衛の四人の体を次々と強化する。
サイゾウは左右に構えを取り、攻撃を全て迎え撃つ構えだ。
真っ先に飛び出したのはティーダ。
まるで地を這う獣のような低い姿勢でサイゾウの足を狙い、伸び上がるようにライガークローを繰り出す。
しかし、残像しか映らない程の鋭い爪撃は空しく空を切った。
「――!!」
驚きの声を上げる前に、ティーダの背中を襲う灼熱感。
いつの間にか背後に回ったサイゾウによって切り裂かれたのだ。
追撃を転がるように避け、体勢を整えるティーダ。
見れば先程までサイゾウが立っていた場所の天井が、足型に陥没している。
――ティーダの動体視力を以てしても見切れない速度で飛び上がり、天井を蹴って回り込んだのだ。
途轍もない身体能力に、背中を冷たい汗が流れ落ちる。
「疾ッ!!」
続けてサイゾウが二刀を矢継ぎ早に振るう。
――そこから生み出されたカマイタチが、地面を切り裂きながら能力者達を襲った。
ある者はかわし、ある者はカマイタチを武器で散らして被害を最小限に食い止める。
「――おおおおっ!!」
そのまま宗太郎はエクスプロードを構え、床を砕くかの如く踏み込む。
迎え撃とうとしたサイゾウ目掛け、イレーネのアサルトライフルの弾丸が放たれた。
サイゾウはそれら全てを叩き落とすが、その間に宗太郎は間合いを詰める。
鋭い突きが放たれたかと思うと、瞬時に翻り、鈍器と化した穂先が横殴りに襲い掛かった。
「――温い!!」
サイゾウはそれすらもサイドステップでかわし、跳躍して掻い潜った。
それだけに留まらず、エクスプロードに飛び乗り、それを足場にして宗太郎に蹴りを叩き込んだ。
もんどりうって吹き飛ぶ宗太郎に代わって、葵と瓜生の二人が飛び掛る。
「貰ったぁっ!!」
「ちっ!!」
――ギィンッ!!
葵の体重の掛かった一撃に、サイゾウは二刀を使って受ける。
葵の蛍火と夕凪、サイゾウの刀が火花を散らし、渾身の力を込めた鍔迫り合いとなった。
そこに大気を切り裂いて飛来した弾丸が、サイゾウの膝と腕の肉を削り取る。
――隠密潜行で身を隠したフェイスによる、物陰からの狙撃だ。
一瞬だがサイゾウの体勢が崩れた。
好機とばかりに、瓜生が葵の攻撃をなぞるようにして月詠を繰り出す。
布斬逆刃――紅色に染まったその刃は、サイゾウの肩に食い込んだ。
「まだまだやっ!!」
続く瓜生の追撃をサイゾウは脇差の一閃で吹き飛ばし、柄頭で殴りつける。
続けて葵の二刀を片手の刀一本で押し返すと、彼女の肩目掛けて突き入れた。
「――くあっ!!」
「ぐっ‥‥!!」
葵と瓜生は数メートルの距離を吹き飛ばされる――が、すぐに立ち上がった。
先程吹き飛ばされた宗太郎と、背中を切られたティーダも既に体勢を整えている。
――忌咲と高坂による練成治療の恩恵だ。
「‥‥何処の世界も科学者っちゅうんは厄介なモンやな」
「――私達がいる限り、そう簡単にはやらせませんよ」
「何度も言うように、手加減なんてしないからね?」
サイゾウを真っ直ぐに見据える高坂と忌咲。
そしてサイゾウは切り裂かれた着物の袖を破ると、一つ溜息を吐いた。
「‥‥そうやな。本気で掛かってくる相手に対して、温存なんぞ失礼や」
そう呟くと、サイゾウは不意に構えを解いた。
そして両腕とその手の刀をだらり、と無造作に下げ、全身から力を抜く。
「――!!」
武芸者である葵には、それが現代にも伝わる伝説の剣豪のものと同じように映った。
サイゾウの変化に残る全員も思わず唾を飲み込む。
――何か凄まじいものが‥‥来る!!
「‥‥よう見とけや。これがワイの――バグアの強化人間の全霊や」
その言葉とともにサイゾウの体がゆらり、と沈み――ロビーの中に、嵐が生まれた。
イレーネが全身にカマイタチを浴び、アサルトライフルが両断される。
葵が夕凪を砕かれ、左腕をずたずたにされる。
宗太郎は全身を切り裂かれ、ティーダの太ももから血が噴出する。
――その全ての事が、一瞬で起こった。
一気に能力者達の間を駆け抜けたサイゾウは、動き始めた時と全く同じ、全身を弛緩させた構えを再び取る。
「――皆さんっ!!」
瓜生が月詠で打ちかかり、フェイスが再びソファの陰から狙撃を試みようとする。
――再びサイゾウの姿が掻き消えたかと思うと、二筋の銀光が銃弾を弾き、瓜生を立て続けに襲った。
避けようと、防御しようとするが、銀光はその全てを掻い潜る。
「――ッ!!」
瓜生の全身から血が飛沫を上げた――あまりにも早すぎて、全く視認出来ない。
戦慄を覚える暇も無く、再び瓜生を襲う衝撃。
背後に回ったサイゾウが脇下から突き出した切っ先が、彼女の脾腹を貫いていた。
かは‥‥と口から吐息が漏れ、瓜生は床に崩れ落ちる。
それを振り返りもせず、サイゾウは再び風と化す――その先にはフェイスの姿があった。
「くっ――!!」
バロックとエネルギーガンが、サイゾウの蹴り足目掛けて放たれる。
が、それらは全て空を切り、代わりにカマイタチがソファを切り裂いてフェイスを蹂躙した。
そしてソファの残骸を飛び越えて放たれた回し蹴りがこめかみに突き刺さり、勢いよく吹き飛ばされたフェイスの意識は、壁にめり込む前に闇に沈んだ。
「‥‥もう終わりなんか?」
サイゾウが膝を突く残る能力者達を睥睨しながら呟く。
その体は上気し、目や鼻からは血が噴出している――限界を超えた挙動の結果だった。
「‥‥まだ‥‥まだっ!!」
能力者達は懸命に立ち上がり、果敢にサイゾウへと立ち向かった。
「錬力、厳しいね。そろそろ無くなりそうだよ」
「こっちもそろそろ限界です‥‥」
忌咲と高坂の二人の錬力は、仲間の強化と治療によってほぼ使い果たされていた。
既に治療は間に合わず、前衛の者達は全身に無数の傷をつけられている。
サイゾウもまた四方からの攻撃を受けきれず、かなり消耗していた。
――決着の時は近い。
「行きましょう‥‥私達も!!」
「――うん」
二人は超機械を手に、サイゾウ目掛けて電撃を放った。
「はぁっ!!」
宗太郎のエクスプロードが振るわれる。
サイゾウは刀で受けるが、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされた。
その隙に、宗太郎は懐から閃光手榴弾を取り出し、投げる。
「皆! 目を瞑れ!」
「ちぃっ!?」
咄嗟にサイゾウは腕で視界をガード。
――だが、予想していた閃光と轟音は訪れなかった。
「‥‥なーんて、な」
「――ブラフか!!」
宗太郎が投げたのは閃光手榴弾では無く、精巧なレプリカ。
構造は全く同じでも、爆発など起こる筈も無い。
一瞬たりとも止まらなかったサイゾウの動きが止まる。
――今だ!!
真っ先に飛び出したティーダがマシラの如く飛び掛った――が、サイゾウは体勢を整えつつある。
(「駄目――もっと‥‥もっと早く――!!」)
ティーダがイメージするのは、先程サイゾウが見せたあの動き。
瞬天足が発動し、ただでさえ早いティーダの体が更に加速し――サイゾウの視界から消えた。
「――!!」
「はああああああっ!!」
ティーダは瞬天足のスピードを活かし、天井を使ってサイゾウの後ろに回りこむ。
必殺の虎の爪が、はっきりとした手応えで脇腹を抉る。
明らかな苦痛の表情を浮かべるサイゾウ――だが、即座に反撃。
ティーダは脇差で腕を刺され地面に縫い止められた。
「――ぐ‥‥う‥‥今です!!」
「――分かってる!!」
ティーダの呼び掛けに応え、蛍火を振り上げて葵が駆ける。
迎え撃つサイゾウの手足に銃弾が突き刺さり、刀に電流が迸った。
――イレーネの番天印、そして忌咲と高坂の超機械だ。
鮮血が吹き出し、肉の焦げる匂いが漂う――サイゾウの動きが、再び鈍る。
「これがあたしの‥‥渾身だああああっ!!」
スキル・流し切りを併用した四連撃。
それはまるで葵の姿が二つに映る程に鋭い。
そして最後の一撃は紅蓮衝撃と、急所突きも発動させた、当に必殺の片手突き。
――シュオンッ!!
流星のように、それでいて自然と放たれた突き。
それは彼女がかつて見た、師であり、達人であった祖父のものを綺麗になぞるもの。
――葵顕流の奥伝に指をかけたその一撃は、サイゾウの腹に深々と突き刺さった。
「――う‥‥がああああっ!!」
葵はサイゾウに殴りつけられ、横手に思い切り吹き飛ばされる。
刀で切らなかったのは、既に目の前まで宗太郎が迫っていたから。
「――こいつが俺の切り札だ!! 受けろっ!!」
「受けて‥‥立ったるわぁっ!!」
宗太郎が放つのは、左右に踏み込むと同時にスキルを併用した渾身の薙ぎ払いの二連撃。
――名付けて我流・鳳凰衝。
サイゾウはそれを必殺の居合で迎え撃つ。
――ガンッ!! ガンッ!!
激しく噛み合う刀と槍――勝ったのは刀。
槍が半ばから断たれて宙を舞う。
「ワイの‥‥勝ちやっ!!」
続けて放たれたサイゾウの攻撃は、宗太郎の肩に深々と突き刺さった。
しかし、それでも宗太郎は止まらない。
再びサイドステップでサイゾウの側面に回ると、体を沈みこませて伸び上がるような刺突。
「――名付けて追衝・落鳳破!!」
宗太郎の切り札であるその奥義は、サイゾウの肩を砕きながら、壁際まで吹き飛ばす。
ずるずると床に崩れたサイゾウは、立ち上がらない。
――戦いは、能力者達の勝利に終わった。
フェイスと瓜生は辛うじて無事であり、忌咲の練成治癒によって意識を取り戻した。
高坂もなけなしの錬力を使い、最も傷が深い者を優先に治療を施していった。
そして能力者達はサイゾウへと近付く。
――彼は生きていた。しっかりと意識も保っている。
「‥‥ワイの、負けやな‥‥」
何処か清々しい表情を浮かべて、サイゾウは笑った。
フェイスはバロックに再び弾を込めてサイゾウに突きつける。
「‥‥必要ですか? 刀でなくて残念でしょうが」
「――!! 待って下さい!!」
ティーダが銃口とサイゾウの間に割り込もうとする。
彼女は、彼を今ここで殺す事を良しとしなかった。
「‥‥安心せえ。んなモン必要無いわ‥‥」
サイゾウはティーダとフェイスに笑いかけると、今度は忌咲と高坂へと顔を向ける。
「‥‥投降するわ。悪いんやが、治療してくれんか? 生憎と冗談抜きで死にそうなんや」
「――!?」
サイゾウの言葉に、皆は一様に驚きの声を上げた。
能力者達はサイゾウが負けてまだ生きていた場合、自ら死を選ぶと思っていたのだ。
「‥‥ここまで来て、怖気づいたんですか?」
瓜生が嘲る訳でも揶揄する訳でも無く、純粋に問いかける。
もし生きて軍に捕まれば死ぬより悲惨な目に遭うのは明白だ。
バグアに与する強化人間は非常に貴重であり、加えて容赦なども存在しない。
――おそらくは死ぬまで体中を切り刻まれる事になるだろう。
「――ンな訳あるかい。殺す覚悟も死ぬ覚悟も、とうの昔に出来とるわい」
「では、何故?」
暫しの沈黙の後、サイゾウは口を開く。
その目は、揺るぎの無い決意に満ちていた。
「‥‥ワイは貴重なサンプルや。奴らは喜んでワイをモルモットにするやろう。
――アホ娘を探すのをちょいとばかし忘れるぐらいに、な」
つまりサイゾウは自らをアニスから追求の目を逸らす生贄になるつもりなのだ。
彼の決意に思わず絶句する能力者達。
「‥‥何でそんなに必死なの?
アニスのためには頑張れるのに、どうして他の人を大切に出来ないの?」
瓜生の顔は更に険しさを増し、紅潮する。
元は同じ人であるのに――何故?
「――簡単や。
アホ娘は‥‥死んだ妹に似とって、妹は『人間』に殺されたからや」
傷とは別の痛みを顔に浮かべながら、サイゾウは語り出した。
サイゾウの故郷は南アフリカ。
幼い頃バグアの襲撃を受け、街は占領下に置かれた。
人々は生殺与奪の権を奪われ、逆らった者は殺され、有用と見なされた者はヨリシロにされる。
しかしサイゾウの両親は諦めなかった。
なけなしの武器を密かに集め、レジスタンスとして必死の抵抗を試みる。
――だが、それはあまりに無謀すぎた。
レジスタンスはあっという間に鎮圧され、両親は処刑された。
「――せやけど、ワイと妹は何も知らんかった‥‥」
――たかが無知な子供に何が出来る。
バグアの指揮官の気まぐれで助けられ、サイゾウと妹は解放された。
両親が死んだ事は悲しかったけれど、それでも二人は隣人達の待つ故郷に帰れる事が嬉しかった。
――だが、待っていたのは冷たい視線。
彼らは「お前の両親のせいで自分達の生活は更に制限された」と口々に罵った。
家を追われ、街を追われ――けれども幼い二人が生きるには、世界はあまりに過酷だった。
数日と経たずに二人は衰弱し尽くし、けれども、周りの人間達は助けてくれない。
――妹は飢えて、やがて死んだ。
そしてサイゾウは一人のバグアによって助けられ、強化人間となって生き延びた。
「元はと言えば全て悪いんはバグアや‥‥。
せやけど、そん時のワイらにとって‥‥周りの『人間』の世界が全てやったんや‥‥!!」
――どうして、何故助けてくれない?
――僕達が一体何をした? 教えてくれ。
――せめて妹だけでも、助けてくれ。
『人間』は幼い自分の願いを聞いてはくれなかった。
――助けてくれ。
――死にたくない。
――せめて妹を葬らせてくれ。
例えそれが気まぐれであっても、『バグア』は願いを聞いてくれた。
「‥‥それだけや‥‥。
理由なんて‥‥ただ、それだけや‥‥」
サイゾウの目には、いつしか涙が零れていた。
能力者達は沈痛な表情のまま、ただそれを静かに聞いていた。
その後、能力者達はサイゾウを治療し、UPC軍に引き渡す為の手続きを行う。
「引き渡すまでは逃げないでね。怒られちゃうから」
「――安心せえ。逃げる体力も気力も無いわい」
治療の途中、高坂はアニスの治療を条件に、彼女の身柄を引き渡すよう提案した。
「アニスさんには、体内に爆弾を埋め込むなりして色々制限をつけることになるでしょうけどね。それだけ危険な人なのは、あなたも分かっているでしょうし。
それに、バグアにいたところであなた達に未来はないです。
あなたの忠義もその心意気も、ダム・ダルのようにヨリシロにされてなかったことにされるだけです」
だが、その提案にサイゾウは素気無く首を振る。
「――アホ。折角囮になったっちゅうに、わざわざ本命を呼び寄せる奴が何処におるんや。
‥‥それに、アホ娘の『延命』の手筈はとっくに整っとるしな」
それはどちらにせよ、アニスが長くは無い事を示していたが。
――更にサイゾウは続ける。
「――体なんぞただの器や。
ワイという器の中身が無うなった後に、何処の誰が器に何を入れようとワイは知らんわい」
それが気に入らなかったなら、新しい中身ごと器を砕いてやればいい。
その器の元の中身は既に無いのだから、気兼ねする事は無い。
――サイゾウは、能力者達にそう告げた。
「‥‥覚えておきます。
強化人間のデータが手に入らないのは残念ですけど、ね」
「安心せえ高坂‥‥その内ワイの体から嫌でも手に入るわ」
笑うサイゾウにつられて、高坂も少しだけ笑みを浮かべた。
そしてUPCにサイゾウを引き渡す時になり、宗太郎は士官に対して自分を護衛につかせるように申請した。
「――無駄な心遣いだな。この男の『輸送』ルートには、蟻の這い出る隙間も無いのだ」
「お願いします。どうにも嫌な予感が消えないんです」
「ふん‥‥まぁいいだろう」
サイゾウを捕らえた事が満足なのか、士官は願いを聞き届け、宗太郎を輸送車に乗せる。
そして担架の上に厳重に拘束されながら、サイゾウが輸送車に乗せられていく。
その時、ティーダとイレーネが前に進み出た。
「貴公が死ぬつもりなら、私も止めるつもりだった。
‥‥まだ貴公は死ぬには早すぎると思ったのでな」
「――ま、既に死んだようなモンやけど」
苦笑するサイゾウの言葉に、イレーネもまた苦笑で返した。
「死ぬまでは生きている‥‥そういう事だ」
含蓄のある言葉を放ち、イレーネは彼に背を向ける。
ティーダは少しの間黙って彼を見下ろし、ただ一言。
「‥‥次は、負けません」
「そらこっちの台詞や」
「申し訳ありません。そろそろ時間です――」
そこで、とうとう兵士達が割って入った。
ハッチが閉められ、サイゾウの体が車内に消える。
そして厳重な警備と共に、装甲車は中央の基地へと運ばれていった。
「何て言うか、ああいう人はやり難いです」
「そうだね‥‥私もそう思うよ」
煙草を燻らせながらのフェイスの呟きに、忌咲は静かに頷いた。
装甲車の中――宗太郎はただ黙って座っていた。
「――なぁ、宗太郎」
不意に、サイゾウが口を開く。
「アンタ‥‥ダチはおるか?」
「‥‥? 何ですか急に?」
彼の真意を図りかね、宗太郎は首を傾げた。
するとサイゾウは少しこそばゆそうな笑みを浮かべる。
「いや‥‥な? ワイは戦う事しか知らんし、ダンスやら何やらなんぞ、全く分からへん。
‥‥せやから、ダチの作り方とかも知らへんのや」
宗太郎はいきなり何を言い出すのかと、暫く呆然となる。
しかし、サイゾウは構わず続けた。
「せやから、ワイをお前の――」
その時、装甲車が止まった。
士官が運転手に向かって怒鳴る。
「――どうした!?」
「い、いえ‥‥進行上に人がいまして‥‥」
宗太郎も何事かと前方を見る。
そこには、刀を手にした一人の平凡な容姿の男が立っていた。
――ゾクリ
宗太郎の体中が総毛立ち、無意識に覚醒する。
――やばい‥‥アレはヤバ過ぎる。
かつて対峙した事のある「あの男」に勝るとも劣らない殺気。
「――逃げろっ!!」
その叫びとほぼ同時に男の姿は消え、装甲車は真っ二つとなって爆散した。
「う‥‥」
宗太郎が意識を取り戻した時、辺りには装甲車の破片と、燃料に引火した炎に包まれていた。
そして倒れた彼の前にサイゾウが立ち、その向こうに男が立っている。
「――どういうつもりだ『サイラス』? 人間に対する情でも蘇ったか?」
「‥‥ちゃうわアホ。人間に対する情なんぞ、元からあらへんわい」
「‥‥では、何故その能力者を助ける」
その言葉に、はっとして首を上げて気付く。
――サイゾウは自分を守る為に、男の前に立ち塞がっているのだと。
「――どうしてだ‥‥? 何で俺を‥‥」
「そんなの決まっとるやろ」
サイゾウは宗太郎に目を向け、二人に対する問いに同時に答える。
「アンタは――ワイの『ダチ公』や」
それは、サイゾウの全身全霊の誇りを込めた言葉だった。
「アンタは‥‥いや、アンタ等は戦いしか知らんワイに、しっかりと応えてくれた。
例え『人間』やろうが何やろうが、ワイはアンタ等をダチ公と思うとる」
――勝手やけどな、とサイゾウは苦笑した。
そして男に向き直り、真っ直ぐな瞳で宣言する。
「――ダチ公が殺されるんを、黙ってみてるアホが何処におるんや」
男はその言葉に一つ溜息を吐くと、サイゾウに刀を向けた。
そこには凄まじい殺気が込められている。
「ならば‥‥最早何も言うまい。
『サイラス』‥‥いや、ハットリ・サイゾウよ――貴様を粛清する」
「――やめろ‥‥」
宗太郎の体は動かず、言葉しか出せない。
そんな言葉しか‥‥出て来ない。
宗太郎に向けて、サイゾウが微笑んだ。
「‥‥宗太郎‥‥いや、『ダチ公』‥‥」
「――やめろ‥‥」
止めたい‥‥加勢をしたい‥‥でも、体は動かない。
「――やめろおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「――ほな、サイナラ」
――その後の事を、宗太郎は良く覚えていない。
徒手空拳で立ち向かうサイゾウ――振るわれる白刃――飛び散る鮮血――。
そして朦朧とする意識の中で声を聞いた。
「――この男の命に免じて、貴様の命は助けてやる」
それはサイゾウの声では無かった。
その時既に‥‥彼は――。
「――だがこの『器』、使わせて貰うぞ」
全てが終わった後、そこには宗太郎しかいなかった。
「――畜生‥‥」
涙が止まらなかった――理由は分からない――けれど、止まらなかった。
「――畜生‥‥っ!!」
――その日、宗太郎=シルエイトは一人の友人を失った。