●オープニング本文
前回のリプレイを見る「――以上が、情報部からの報告となります」
「分かった‥‥ご苦労だった伍長」
伍長からの報告を聞いたエリシアは、厳しい表情のまま彼を執務室から送り出した。
そして改めて伍長の持ってきた報告書に目を通し始める。
『MC・ラボ第二次調査報告』
先日のMC・ラボにおける脱走した実験体キメラ駆逐と同時に行われた、傭兵達による研究所の実態調査の結果がそこに記されていた。
――結論から言えば、限り無く黒に近いと言って良い。
傭兵の一人が撮影した資料によって判明した研究所のスポンサーの多くが、過去後ろ暗い噂や、実際そのような事実があった企業が多数を占めていた上に、残る数社も実態の無いダミーである事が判明した。
加えて、数々のあまりにも「詳しすぎる」キメラの生態報告書や、詳細なデータ。
他にも情報部からの報告として、幹部研究員の経歴の長期間の空白、研究員の不自然な失踪など――はっきりと「怪しい」と言えるものばかりである。
――極めつけが報告書に貼り付けられた写真。
所長室に飾られていたという、見目麗しい青年の白黒写真。
照合にはかなりの時間が掛かったが、UPC情報部は過去の文献を調べ上げた結果、その人物を特定する事に成功していた。
――彼は、かつて遺伝子研究の分野において、天才の名をほしいままにした男。
――今は闇に堕ち、バグアの尖兵となったその男の名は、
「ゾディアック天秤座――クリス・カッシング‥‥」
エリシアは報告書のファイルを閉じると、司令部への進言のため、執務室を後にした。
その頃、欧州のとある森で一つの惨劇が繰り広げられていた。
「――な、何だよこれ!? こんなの‥‥聞いてねえぞ!!」
「畜生‥‥畜生!!」
木々を掻き分けて、傷だらけの傭兵達が森の出口に向かって駆けていた。
己の武器すら捨て、ただ恐怖に駆られて。
仲間の大半は森の木々や地面に仕掛けられた蜘蛛糸の罠の餌食となり、生き残った者は敵の統率の取れた動きに反撃もままならず、逃げるしかないという状況に陥っていた。
不意に視線の先に光明が差した――乱立していた木々が途切れたのだ。
――ようやくこの悪夢のような森を抜けられる‥‥!!
だが出口に差し掛かった瞬間、木立の合間から一人の男が姿を現したかと思うと、凄まじい速さで銀光を奔らせる。
――ヒュンッ!!
その不可視とも思える苛烈な斬撃は、生き残った傭兵達の首を一人残らず跳ね飛ばしていた。
噴水のように吹き上がった鮮血が、木々の緑を、幹を、真紅に染めていく。
おそらくは、誰一人として何が起こったか理解せずに逝ったのだろう。
その首は未だに淡い希望を浮かべたままであった。
そして、森の奥からギチギチと不快な音を立てて巨大な蜘蛛型キメラが姿を現し、彼等の亡骸を貪り食っていく。
その様子を、男は冷ややかな目で見つめていた。
数日後――。
「――諸君、研究所調査の件、改めてご苦労だった」
執務室に再び集った能力者達に向かって、エリシアはまず労いの言葉を掛ける。
そして、調査報告書についての情報を彼らに告げた。
自分達のやった調査が実を結んだ――能力者達の間に安堵と達成感のようなものが満ちていく。
「上層部からの許可は既に取った。
近日中にも捜査チームが結成され、MC・ラボには強制捜査のメスが入る事になるだろう」
――無論、君たちの戦力も計算に入っているがな、とエリシアは冗談めいた笑みを浮かべる。
「だが、少々困った事になっていてな」
だがそれも一瞬。
すぐに彼女の表情は引き締まり、また別の書類を開いて能力者達に提示してみせた。
「数時間前、ULTを通してMC・ラボより依頼が入った。
何でも、先方がキメラ討伐、及びサンプル回収を傭兵に依頼した所、数日経っても戻ってこない――という事だ」
情報によれば、敵は森に潜む蜘蛛型キメラ五匹。傭兵達はそれなりに熟練した能力者だった。
にも拘らず彼らは誰一人として戻らず、連絡も途絶えたまま――十中八九キメラに返り討ちになったと考えてよいだろう。
「依頼の内容は、傭兵達の救出、もしくは『回収』。そしてキメラ共の退治及びサンプルの採取だ」
――本当ならば、バグアの息のかかった奴らに肩入れする義理は全く無いのだが‥‥下手に断れば不信感を持たれかねない。
加えてキメラの存在を放置するわけにもいかないため、止むを得ず依頼を承諾する運びとなったのだ。
「中にはバグアに手を貸す事を不快に思う者もいるだろうが、これも調査の一環だ。悪いが辛抱してくれ。
――では、宜しく頼む」
エリシアは敬礼し、能力者達を送り出した。
その夜、MC・ラボの一室に、アニス・シュバルツバルトの姿があった。
彼女はあてがわれた私室に一人、モニターの映像を恍惚とした表情で見つめ続ける。
――そこには、先日全世界に放映された、クリス・カッシングによる演説の映像。
「‥‥ああ‥‥やっぱり、おじーさまってカッコいい‥‥♪」
アニスは目を年相応の少女のように輝かせながら、自分が唯一尊敬する、『師』を見つめる。
それは最早、崇拝とも取れるような熱さを持っていた。
――コンコン。
不意にノックの音が響いたかと思うと、返事を待たずに扉が開け放たれる。
そこには助手である金髪の青年が立っていた。
「お取り込み中の所失礼するでー‥‥ってまだ見てたんかい。よく飽きひんな」
「――ん? 何カナ助手君? 今いい所だから、つまんない話だったら解剖するヨ?」
「さり気なく物騒な事言うやっちゃな‥‥例の『仕込み』終わったで?」
助手の言葉を聞くと、アニスは映像の再生を止めて彼に向き直った。
その表情はまるで玩具を与えられた子供のようだ。
「ん、ご苦労様―♪ で、時間の方は大丈夫? 頼んでる間にタイムリミットー、何て笑えないヨ?」
「捜査チームの結成にはまだちょっと掛かるそうや。――お役所仕事っちゅうのは何処も変わらんな」
UPC欧州軍の内部情報を、助手は平然と話してみせる。
――内通者がいるのだろうか? だが、それを知っているのは彼らだけだ。
「しかし、珍しい事もあったもんやな? お前さんが、ただの能力者如きに興味を示すやなんて」
「――興味ってほどのモンじゃないヨ。ただ、実験データの収集役兼遊び相手には丁度良いかナーって。
‥‥そのためにも、振るいはかけておかないとネ?」
「はいはい、そのためのワイやろ?」
「――期待してるヨ? 助手君‥‥いや、『ハットリ・サイゾウ』君?」
「――御意」
助手――ハットリ・サイゾウは腰の刀の柄をぽんと叩き、アニスに向かって礼をする。
トルコにて前線基地をゴーレム数機と共に壊滅せしめたサムライが、新たな主の元で再び動き出したのだ。
「あ、でもやられて飛ばされないように気を付けてネー」
「やかましいわいっ!! 思い出さすなっ!!」
――それは左遷とも言う。
●リプレイ本文
キメラが巣食っているという深い森の入り口前に、八人の能力者達が集った。
「蜘蛛か‥‥絡め取られる前に終わらぬとな」
イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)が今回の目標への対処に頭を巡らせる。
だが能力者達が最も気にかけていたのは、先にエリシアから受けた報告書についての事であった。
「例のお子様は限り無く黒、か。
変態だったとは言え、子供が敵というのはどうもな‥‥ええい、お仕事、お仕事っと!」
翠の肥満(
ga2348)は暗鬱とする心を奮い立たせるため、両頬を強く叩く。
「甘いものが好きな子に、悪人は居ないと思ってたのに‥‥」
少し的が外れていても、ミスティ・グラムランド(
ga9164)の呟きは心の底から悲しげだった。
しかし、故郷であるドイツでこれ以上策謀を巡らされる訳にも行かない。
「‥‥とんでもない趣味の子供もいたものね。
――バグアに着くくらいだから、これぐらいはありかしら」
黒崎 夜宵(
gb2736)の心には、例えアニスを倒す事になったとしても不快感は無い。
何故ならこれは仕事なのだから。
「標本より、生きてる方が面白いと思うんだけどな〜」
そう呟くのは、アニスと同じ科学者である忌咲(
ga3867)だ。
「ふむぅ‥‥? 難儀なオハナシだ事で。
けど、キメラを放っておけないのも事実だし、まぁ難しい事は終わってから考えようか」
そんな中、葵 コハル(
ga3897)は一人けらけらと笑うが、彼女のいう事もまた事実だ。
「今はその事はひとまず置いといて、キメラ退治に向かった同業者の救出を急がないと!」
山崎・恵太郎(
gb1902)も皆に叫ぶ。
‥‥しかし彼自身、もう手遅れかもしれないと思っているのだが‥‥。
そして、もう一つ気になるのが森の中で目撃されたという謎の男の事だ。
「‥‥この前のキメラも行動が予想と違いました。
今までの事は全てラボの陰謀という可能性もありますし、何が出て来てもおかしくありません」
しかし淡々とした口調の瓜生 巴(
ga5119)がその懸念を一蹴し、一行は昼尚暗い森の中に足を踏み入れるのであった。
森の中は鬱蒼と茂っており、歩くだけでも一苦労だ。
その中を前面班として葵、瓜生、ミスティ、山崎が、支援班として翠、忌咲、イレーネ、黒崎がつく。
ミスティと黒崎がスキル・探査の眼を使って周囲への警戒をしながら慎重に進んでいく。
忌咲も持ってきた霧吹きの中の水を吹きかけていた。
「糸に水滴が付けば、キラキラ光って見えるようになるかも」
――今回の敵は蜘蛛だ。という事は何かしらの罠を張っている可能性が高い。
彼女のやり方は、単純だが効果的と言えるだろう。
「――!! 皆さん、止まって下さい!!」
不意に前衛のミスティが全員を制止する。
スキルによって強化された彼女の目は、自分達の前方に目に見えないぐらい細い糸が張り巡らされている事に気付いていた。
その糸が放つ刃のような剣呑な光――見ただけで、それが唯の蜘蛛糸でない事は一目瞭然だ。
「――ここからが本番ですねぇ」
「さて‥‥どのように来るか‥‥」
翠とイレーネが呟き、能力者達はそれぞれの武器を構える。
彼らが取った戦法――それは「待ち」であった。
「後は、向こうの出方次第かな?」
その間に忌咲がふと何気なく霧吹きを撒いたのは、僥倖と言えるだろう。
「あれ――?」
舞い散る水の粒子を切り裂く一本の線――忌咲は咄嗟に頭を下げていた。
――シュパンッ!!
鋭い音を立てて忌咲の頭上を何かが通り過ぎ、切り裂かれた髪の毛が数本宙を舞う。
そして同時に支援班の面々に向かって、白く粘着質の糸が吹きかけられた。
翠とイレーネ、黒崎は回避する事に成功するが、屈んでいた忌咲はその糸に絡め取られてしまう。
「――忌咲さんっ!!」
「うぁ〜、ねばねばするし動けない〜」
だが、幸運な事に絡め取られているのは羽織っている白衣だけ。
体を捩って何とか抜け出し、その場から飛びのく忌咲。
――それと同時に頭上から二つの巨大な影が舞い降り、正面からも取り囲むように三つ。
八本の脚と牙をギチギチと蠢かせる巨大な蜘蛛――ウェブスピナーだ。
――戦いの火蓋は切って落とされた。
「害虫駆除ならお手のもんだッ!!」
翠は素早い動きで足を狙ってくる蜘蛛の攻撃を、ブーツの最も分厚い部分で受け、すかさず距離を取ってM−121ガトリング砲を乱射した。
足を止めた蜘蛛の目が、イレーネのアサルトライフルの銃弾によって次々と潰され、痛みに悲鳴を上げる蜘蛛。
だが、そのまま何事も無かったかのようにイレーネに飛び掛かる。
「やはり全て潰すつもりでなければ駄目か‥‥」
吐きかけられる切断糸に頬を切り裂かれたイレーネは舌打ちし、再び目に狙いをつけてライフルの引き金を引いた。
その間にもう一匹は忌咲に狙いを定めて襲い掛かり、牙を突き立てようと迫る。
「うわっ、こっち来ないでよ」
だが、それ以上の追撃を黒崎は許さなかった。
彼女の持つクルメタルP−38が唸りを上げ、蜘蛛の足を数本引き千切る。
「まったく、気持ち悪いわね‥‥」
飛び散る緑色の血に、思わず顔を顰めた。
その間に忌咲が練成強化で皆の武器を強化し、蜘蛛達の体に葵の持つM92Fの弾丸が突き刺さる。
前方から迫り来る蜘蛛達は、距離を取って一斉に糸を吐きかけて来るが、ミスティが盾で受け止め、絡め取られる前に山崎が糸を切り裂く。
そして同時にスキル・龍の咆哮を発動させた。
「――てぇいっ!!」
刀に込められたエネルギーの直撃を受けた蜘蛛の体は、十数メートルの距離を吹き飛ばされてひっくり返った。
その柔らかい腹にミスティのベルセルクの切っ先が突き入れられる。
続く瓜生の機械剣の一撃によって蜘蛛は串刺しになり、断末魔の悲鳴を上げる。
前衛の三匹の内一匹も突進した所を、葵に蛍火をカウンター気味に突き込まれ、その動きを止めていた。
残るは二匹――能力者達が残りの蜘蛛に矛先を向けようとすると、森の中に男の声が響いた。
「――お前らストップ。それ以上やっても無駄死にするだけやでー」
それを合図に蜘蛛がぴたりと動きを止める。
「んぅ――?」
「貴方は‥‥」
「うーっす、久しぶりやな‥‥とは言っても見ない顔もおるようやけどな」
その男は、MC・ラボにいたアニスの助手であった。
ただしその姿は白衣では無く、暗緑色の着物を纏い、腰に刀を差していた。
「‥‥で、一体何の用ですか? まぁ、碌な用事じゃないんでしょうけど」
「――ん? 何や、あんまり驚かへんな?」
「――大体、予想は付いていましたから」
「何や、つまらんなぁ‥‥。
もっと『な、何だってー!?』みたいな反応を楽しみにしとったんやけど」
心底残念そうに助手は呟くと、懐からずた袋を取り出し、弄びながら自らの目的を話し始めた。
「ま、あの馬鹿ガキ所長に言われて、アンタらの実力の見極めに来たんや。
この前はどうやら手加減しとったみたいやし。
――いや、でも大したモンやな‥‥こいつら相手にちこっ、としか怪我してへん。
‥‥こいつらなんて、ろくに戦いも出来へんかったのにな」
助手はそう言って手にしたずた袋を能力者達に向かって放り投げた。
そこから転がり出た物を見て、皆の顔がはっ、と強張る。
――それは血に塗れた鈍色の物体‥‥エミタ。
おそらくは、返り討ちに遭った能力者達のものだろう。
「ま、ともかく合格や。もしかしたら長い付き合いになるかもしれんな?」
「貴様‥‥たったそれだけの事のために、彼らを犠牲にしたと言うのか?」
ヘラヘラと笑う助手の態度に、怒りに目を爛々と輝かせながらイレーネが問いかける。
すると、その言葉にサイゾウは若干顔を引き締めた。
「‥‥まぁ、正直ワイも闇討ちみたいなモンはしたか無かったんやけどな。
せやけど、あいつらはそれを考慮しても弱かった。だから死んだ――それだけの事や」
「‥‥ひ、酷い‥‥!!」
「人の命を何だと‥‥っ!!」
助手の言葉に、ミスティと山崎の声が思わず震えるが、二人は何とか怒りを押さえ込む。
「まぁ、何にせよワイ自身アンタらの強さには興味があるんでな‥‥ちょいと遊んだるわい」
そう呟くと助手はすっ、と腰を低くし、刀の柄に手をかけた。
「――その前に、ワイの名前を名乗らんとアカンな。ワイの名は――」
「あーっ!! そうだ! トルコの! あのサムライゴーレムで、大見得切った割にあっさりと逃げ出した『ハッタリ・ダサイゾウ』だ!!」
――唐突な葵の言葉に、助手がずっこけた。
「――えっ!? そんな名前だったのですか!?」
何処か天然なミスティの言葉と共に、一斉に好き勝手な言葉を言い放つ能力者達。
「ぷっ‥‥格好悪‥‥主に名前が」
「――ハッタリ・ダサイ‥‥くっ‥‥済まん‥‥腹筋が‥‥」
「‥‥変な人だとは思ってましたけど、名前までこうとは‥‥」
「‥‥あの‥‥そのー‥‥元気出しなよ」
「――哀れね‥‥本当に哀れ」
「こらこら皆さん、人様の名前を馬鹿にしてはいけませんぞ。それが例えどんな名前であっても、それは親御さんが与えてくれた最高の財産なのですから。
――だから、気にする事は無い。強く生きたまえハッタリ君」
‥‥本当に好き勝手な事言ってばかりである。
果てには山崎や翠のように慰める者まで出る始末であった。
「――違うわぁぁぁぁぁっ!! ワイの名前は『ハットリ・サイゾウ』やっ!!
んなどっかの使い古したギャグみたいな名前やあらへんわい!!」
「――にゃっはー。ごめんごめん。
‥‥でも、名前はともかく、他の事は事実じゃん」
――ブチッ!
ダメ押しの葵の言葉に、サイゾウの額から何かが切れる音がした。
「――うがあああああっ!!」
額に青筋を浮かべながら、途轍もないスピードで抜刀したかと思うと、一瞬にして傍らの蜘蛛二匹が粉々の肉片に変わる。
丸っきり八つ当たりである
「‥‥本当やったらそのまま帰るつもりやったが‥‥気が変わったわ‥‥。
――死なない程度にぶちのめしたるから、ありがたく思えや!!」
素早い動きで迫るサイゾウを、能力者達は迎え撃った。
「毎秒数十〜百発の弾丸の嵐を、刀でどう掻い潜る!?」
まず戦端を開いたのは、翠のガトリング砲――しかし音速を超える数十の弾丸は、空しく空を切る。
「――んなもん律儀に受ける奴があるかい!!」
サイゾウは叫ぶと同時に抜刀し、カマイタチのような衝撃波が翠の体に叩き付ける。
その鋭い一撃は堅牢なアーマーを易々と切り裂き、翠の体から鮮血が迸った。
そして他の支援班の三人にも攻撃を仕掛けようとするのを、ミスティが切りかかって阻む。
「――させません!!」
しかし彼女のベルセルクの切っ先は、サイゾウの体を捉える事は出来なかった。
再び柄に手が伸びたかと思うと、神速の居合いが放たれる。
――ギィンッ!!
ベルセルクが呆気無く弾かれ、体が泳いだ所に強烈な勢いで蹴りを叩き込まれてミスティの体はもんどり打って吹き飛ばされる。
同時にサイゾウは死角から突きこまれる瓜生の機械剣を、最小限の動きでかわしてカウンター気味に刀を振るう。
その一撃を瓜生は辛うじてエルガードで受けるが、続く二の太刀、三の太刀が彼女の体を蹂躙した。
「――温いわっ!!」
そう一言叫ぶと、脇から後ろに向かって刀の切っ先を突き出す――後ろから切りかかろうとした山崎の足がリンドヴルムの装甲ごと貫かれる。
前衛の四人を忌咲、イレーネ、黒崎達も援護して発砲するが、その殆どは空を切り、辛うじて体に届いたものも、全て刀に弾かれてしまう。
「つ、強い‥‥っ!」
――蜘蛛との戦いで消耗していたとは言え、サイゾウは能力者達を圧倒して見せていた。
「てやああああっ!!」
だが、葵は果敢にも切りかかっていく。
――剣術である葵顕流を学ぶ者として、負ける訳にはいかないのだ。
素早い二刀の連撃を鋭く立て続けに叩き込むと、サイゾウは意外にもそれらを居合いでは無く普通の剣術で迎え撃った。
――ギンッ!! ギンッ!! ガキィンッ!!
「――刀と刀のぶつかり合い‥‥やっぱええもんやなぁ!?」
「くっ――」
最初こそ互角に打ち合っていたものの、次第に技術でも力でも勝るサイゾウが押し始める。
だが、そこに瓜生が割って入った――左構えを取った彼女の腕には、何故か盾は無い。
「邪魔すんなや!!」
サイゾウががら空きの右半身に刀を抜き放つと、瓜生は会心の笑みを浮かべながら吹き飛ばされた。
「あなたも、まだまだ」
「――何やて!?」
彼女の右半身に絡み付いていた粘着糸――それが彼女の身を守ると共に、刀に絡み付いてその動きを遅らせる。
その隙を突いて、葵がサイゾウの左懐に渾身の一撃を放つ!!
「葵顕流――宵穿!!」
必殺のスキルを込めた奥技が炸裂した――かに見えた。
しかし葵の氷雨は、サイゾウの脇腹に突き刺さる寸前で止まってしまっていた。
――それを成したのは、サイゾウの左手。
「‥‥ぅ‥‥あ‥‥」
「‥‥っと、済まんな。つい本気出してしもうた」
それは貫手の形を取って葵の右の鎖骨に突き刺さり、砕いていた。
「あー‥‥あかんあかん、頭に血が上りすぎてもうたな‥‥頭冷やさんと」
そう呟いたかと思うと、目くらまし替わりにカマイタチを放って牽制して距離を取り、樹上の影へと姿を消した。
『‥‥このままアンタらを殺すのは簡単やが――手負いの敵を倒すのは、ワイの誇りが許さん。この勝負預けたで』
遠ざかって行くサイゾウの気配に向かって、「待って下さい!!」と山崎が叫んだ。
「‥‥アニスさんは、一体何をしようとしてるんですか!?」
『――簡単や。カッシングの爺様の役に立つ事、自らの研究を進める事――、
そして、暇つぶしや』
あまりにシンプル、かつ幼稚な答えに思わず山崎は絶句する。
「――最後に、アニスさんに伝言をお願いします」
続くミスティの表情は、今にも泣き出しそうなほど悲しげだ。
「――後でアニスさんにケーキを贈ります。私からの、最後のプレゼントです‥‥」
『‥‥確かに、承ったで』
それを最後に、サイゾウの気配は完全に消え去った。
「去ったか‥‥」
イレーネは悔しげに呟くと、足元に転がったエミタの入った袋を拾い上げる。
「それにしてもカッシングといいアニスといいあの人といい‥‥バグア側の人間って‥‥」
その先を言うのを黒崎は止めた――考えても無駄な事だから。
「ともかく‥‥ここは帰還しましょう。
‥‥僕たちは当座の目的は果たしたのですから」
キメラを掃討し、傭兵達のエミタも回収出来た――依頼は完全に成功したと言っていい。
――だが能力者達の心にあるのは、ただ敗北感だけであった。
「――さあ、能力者の皆‥‥遊ぼうよ。きっととっても楽しいよ?
さあ、早く来て――ボクとおじーさまの礎になっちゃってよ」
――クスクス‥‥。
MC・ラボに、アニスの笑みが響いた。