●リプレイ本文
リカルドが出て行った後の楽屋には、ロバートと八人の能力者達が残された。
「ロバート。能力者でありながら役者を目指すとは頑張るものだ。今回は一緒に頑張ろう」
「ロバート君、レギュラーおめでと〜。いつか君の劇中歌を歌いたいわ」
「はい!! ありがとうございます、お二人とも」
緑川安則(
ga4773)と常夜ケイ(
ga4803)の言葉に、ロバートははにかむような笑顔で答えた。
二人とも、ロバートとは以前の依頼で知り合った仲だ。
「瓜生 巴(
ga5119)よ。宜しくねロバート」
「宜しくお願いしますね、ロバートさん」
「初めての依頼ですけど‥‥精一杯お手伝いさせて頂きます」
瓜生と優(
ga8480)、白岩 椛(
gb3059)が代わる代わるロバートと握手を交わした。
いつもは他人には敬語を欠かさない瓜生だが、今回はロバートを安心させるために砕けた口調だ。
「ありがとうございます‥‥でも、僕の至らなさのせいで、本当に先輩方には何度もご迷惑を――」
ひたすら恐縮しているロバートを見つめながら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は苦笑する。
「‥‥色々と考えすぎ、かな?」
「――かもしれんな」
ホアキンの言葉に答えるように、黒川丈一朗(
ga0776)は頷いてみせる。
斑鳩・八雲(
ga8672)は感心したようにロバートを見つめ、うんうん、と頷いていた。
「俳優、ですか。良いですね。夢を作ることが出来る職業です」
「――ああ。だからこそ今のスランプから抜け出させてやりたいものだ」
挨拶もそこそこに、まず能力者達は今回ロバートが失敗してしまったというアクションシーンのビデオを見せてもらった。
「‥‥動きや手順は分かってるみたいだな」
「はい‥‥ですけど、いざ本番になると勢い余ってしまうというか‥‥」
一連の動きを注視していた黒川が確認すると、ロバートは肩を窄めながら答える。
かなり恥ずかしそうだが、それを恐れていては何も始まらない。
「ロバート、ひょっとして覚醒した自分は自分じゃない、みたいな感覚は無いか?」
能力者が持つ覚醒時の副作用――ロバートの場合、それが精神に作用してしまっているのではないか、と黒川は疑っていた。
「やっぱり、何かあるんでしょうか‥‥?」
黒川の質問の真意を汲み取ったのか、ロバートの表情が見る見る沈んでいく。
しまった、と黒川もバツが悪そうな顔をした。
楽屋の空気が重くなろうとした時、常夜がそれを打ち払うように明るい声をロバートにかけた。
「なるほど‥‥劇中の力を我が物にしたことで、ますます現実との境界を失ったのね」
「いや、お前な‥‥」
「そ、それは流石に色々と危ない発言だと思うんですけど‥‥」
そしてうんうん、と頷き勝手に納得してみせる常夜に、その場にいる全員――ロバートまでも――が一斉にツッコミを入れた。
狙ったのか、それとも天然なのか、とにかく彼女の言葉で場の空気が少し和んだ。
そしてそれを逃さず、黒川は本来自分が言いたかった事をロバートに告げた。
「――覚醒すると、性格が変調する人は多いんだ。珍しい事じゃない。
それを理解して、受け入れて、コントロールするんだ」
「コントロール、ですか?」
うーん、と唸って考え込んでしまうロバート。
難しく考えすぎてしまっている彼に、常夜が助け舟を出した。
「メイクを落とすようにはいかないもんね。要はメリハリを付ければいいの。覚醒するたびに、頭の中でカチンコを鳴らしなさい」
つまり、本番に入った時の、ロバートという人格が物語の人格に置き換わる瞬間を意識すれば良いのだ。
ロバートは自分の中で一つの納得を得られたようだ。
「それじゃあ、気分も晴れた所で稽古と行きましょうか」
斑鳩の言葉に、ロバートは少し嬉しそうに頷いた。
まずはロバート自身の問題を洗い出していく。
最初に口火を切ったのは瓜生だった。
「何か違和感とか、うまく動けないことがあるの?」
今まで起こった事の経緯を、ロバートはかいつまんで話した。
彼の言葉に頷きながら、瓜生は要点を纏めてノートに取っていく。
「まずはロバート、貴方はもしかして覚醒してからも普段と同じ感覚で動こうとしてない?」
「――はい‥‥それが何か?」
「まず、能力者になって変わる点、変わらない点があるわ。それは分かる?」
「えっと、身長とか、体重とか――ですか?」
「――正解。後は重力とか物理法則ね」
瓜生はまるで生徒に物を教える教師のような笑顔で答える。
「二足歩行のロボットがいます。そして、それを動かすモーターの動きを、いきなり二倍にしてみる――どう?」
「そうですね――普通は倒れると思います」
「そう。これは、重心移動のプログラム等が追いつかない事が原因なんだけど――これって、何かに似てない?」
そこでようやくロバートは気づいた。そのロボットは、まさしく自分と同じ。
「能力者の覚醒状態ははっきり言えば人外。普通は対応出来ない。で、それを演技に取り込むにはどうすればいいのか? 身体を鍛えて動きに慣れるしかない。今は気落ちせず、どんとぶつかっていけ」
緑川がロバートの肩を優しく、元気付けるようにぽん、と叩く。
「まぁ、こんな事知らなくても緑川さんの言うとおり、使えば慣れるけど、知っておいた方が少ない覚醒時間で効率的に試行錯誤できる。
一日に十分や二十分ぐらいの覚醒なら全く身体の負担にならないから、撮影が無い日は覚醒した状態で運動でも、演技の練習でも、日常生活でもやってみるといいわ」
確かに日常の何気ない行動――蛇口をひねるなどを覚醒状態で行えば、どのように身体を動かせば良いか、調節が上手く利くようになるかもしれない。
やってみる価値はあると言えた。
「あの――ロバートさん、少しいいですか?」
ロバートの演技のビデオを注視していた白岩が、遠慮がちに手を上げた。
ロバートが今抱えている問題は覚醒時の身体の動きだけでは無いのではないか? と彼女は考えていた。
「私、思うんですよ。ロバートさんは、自分への自信が無くなってるんじゃないかって」
「――!!」
――ロバートの心臓がどきり、と跳ねた。
確かに、いつもはそつなくこなせるような通常の演技でも、考えられないような回数のNGが出ていた。
「自信を持って行動しないと、何事も失敗しやすくなりますし、その失敗でさらに自信が持てなくなる‥‥と、悪い連鎖に陥ります。
今は期待が重圧になってるとは思うんですが、自信を持って下さい。能力者として、そして役者として」
「‥‥ありがとうございます、白岩さん」
白岩の花が咲くような笑顔に、ロバートは何だか元気付けられるような気がした。
まず斑鳩はロバートに覚醒した時の動きを見せるように言った。
「まずはロバートさんの動きがどの程度のものなのか把握しておきたいですしね」
「分かりました――行きます!!」
構え、深呼吸を一つしてから、ロバートは演武を始めた。
「魅せる」事に特化した大胆で見栄えの良い動きに、一同はほう、とため息を吐く。
「なるほど――中々のものですね」
斑鳩は少し嬉しそうに微笑んで見せた。
そしてロバートに対してぴっ、と指を立ててみせた。
「僕がロバートさんに言う事はそんなにありません。
一つは、どんなに凄い力を持っていても、貴方は貴方です。どんな物を持とうとも、ロバートさんという人間の本質は変わらない。
その本質を見定め、自分が何を為すべきかを突き詰めて下さい。
そして、力に振り回されるのではなく、その力を使うのだと意識する事。
最後に、貴方は能力者である前に、俳優であることを思い出して欲しいですね」
「はい!!」
そして、ロバートは常夜と共に稽古を始める。
ロバートが常夜へと放つ攻撃は、寸止めや空振りのみ。
それらの「虚構の攻撃」は、役者同士の動きとカメラワークによって迫力ある打撃と、激しい攻防へと姿を変えるのだ。
常夜は徐々にスキルを交えながら体の動きを速くしていく。
「――ッ!!」
その動きに体が力み、ロバートは寸止めするはずが実際に当ててしまった。
今までの事を思い出し、目を瞑りそうになるが、蹴り足と常夜の顔の間には、きっちりと腕が割って入っていた。
どんな事をしても絶対に大丈夫――そんな安心感を、ロバートに与えるため、敢えて避けずに正面から受け止めたのだ。
それを見て安心したのか、ロバートの動きは次第に更に激しく、けれども伸び伸びしたものに変わっていった。
そして、稽古をすべきなのはロバートだけではない。
やられ役をする事になる能力者達も、また、やられ役をしている役者達に教えを受けていた。
ロバートの為にも、自分たちが失敗する訳にはいかない。
厳しい稽古は夜まで続いた。
その稽古途中の休み時間、ホアキンはロバートを路地裏のセットへと呼び出した。
彼はアクション俳優であるロバートに、自分の技術が役立つと考えたのだ。
「俺は闘牛士だから‥‥少々独特だが、非覚醒時の動きの参考になるかもしれない」
そして袋小路の奥に入るように指示し、小道具の剣をすっ――と構える。
「牛は本来群れる生き物だ。仲間から切り離されて、身に脅威を覚えた時に突進してくる。だから闘牛士は牛を嫌がる方向へと追い込み‥‥」
説明しながらホアキンは鋭い突きの連撃を寸止めで放った。
突然の彼の行動に、ロバートが泡を食って後ろに下がるが、ホアキンはそんな彼にちょいちょい、と「かかって来い」と指で招いた。
訳も分からずホアキンに向かって走るロバートの首筋に、剣が触れる。
「‥‥敢えて突進を誘う。で、ギリギリで身をかわす」
ホアキンは、鮮やかな熟練の動きに思わず見蕩れてしまうロバートから剣を離し、ウィンクをして見せた。
「人も群れる生き物だし‥‥雑魚相手のシーン等には使えるかもしれないよ」
「‥‥は、はい――が、頑張ってみます」
――そして撮影当日、ロバートは緊張した面持ちで本番を迎えようとしていた。
「自分の武術は雑魚役には不向き」という理由で辞退し、裏方に回っている瓜生を除き、能力者達も準備万端だ。
「心配するな。俺も能力者だし、殴られたり蹴られたりは慣れてる。思いっきりやって構わんぞ」
「――はい、宜しくお願いします」
黒川の言葉に、ようやく開き直る事が出来たのか、ロバートは立ち上がり、セットへと向かった。
――第一回目のアクションシーン。
「用意――アクション!!」
(その声が上がった瞬間、ロバートは強気を挫き、弱きを助ける、正義のヒーローに変わる)
スラムの路地裏を歩くヒーローを、八人の仮面を被った男たちが一斉に取り囲んだ。
問答無用で手にした巨大な斧を叩きつける男(斑鳩)――しかしそれは地面を抉るだけに終わる。
ヒーローは宙高く舞い上がり、建物の石壁を蹴って男(斑鳩)に飛び掛った。
咄嗟に斧を盾にするが、空中回し蹴りで敢え無く打ち砕かれ、更にその勢いのまま放たれた蹴りによって大地に沈む。
そこにナイフを持った二人(黒川、白岩)が飛び掛るが、一人(白岩)は鳩尾に蹴りを当てられ、一人(黒川)はナイフを捌かれ、首筋に手刀を叩き込まれ昏倒した。
物陰から不意を衝いた男(緑川)が鉄パイプを振り回す。
しかし、それらを全てかわしたヒーローに鉄パイプごと殴り飛ばされた。
残る三人(役者達)も瞬く間に倒され、あっという間に一人(ホアキン)だけが残された。
「お前らの黒幕は何処だ?」
「し、知らんっ! ボスの居所など!!」
男の背後には壁――捨て鉢となって飛び掛るが、ヒーローは突き、突き、蹴りの三連撃を打ち込み、男をゴミ溜めへと吹き飛ばした。
(それはロバートが教わった闘牛の呼吸そのものであり、カメラに見えないようにホアキンは微笑んだ)
ヒーローは彼らに目もくれずに、スラムの奥へと更に向かっていくのだった。
「カット――!!‥‥OK!!」
驚くべき事に、一回目の撮影にしていきなりOKが出てしまった。
能力者達の動きも去ることながら、ロバートの動きは、今までとは見違えるようである。
心の在り様でここまで違うか――リカルドは正直舌を巻いた。
――そして、迎えたラストのアクションシーン。
敵を倒しつつヒーローが向かった悪者の屋敷――そこには首領の姿は無く、彼が残した手先達がいた。
二刀流の剣士(緑川)と二人の女――一人はスーツ姿に仮面を付け(優)、そしてチャイナドレスに剣を持っている(常夜)。
ヒーローはまず、仮面の女と対峙し、拳を交えた。
まずは様子見と軽い突きを放つが、女は素早くそれを捌き、逆に腹に拳を打ち込む。
(――それは寸止めではなく、実際にロバートの鳩尾にめり込んでいた。
色めき立とうとしたスタッフ達を、監督が手で制する)
「‥‥本気でかかってきて下さい」
女が冷ややかな声で蹲るヒーロー(ロバート)を見下ろした。
(優は、ロバートの拳に躊躇や恐怖心があれば、最初から容赦無く打ち込むつもりだった。
それらを克服しない限り、ロバートの進歩は無いのだから。
ロバートもそれを感じ取り、覚悟を決めた)
ヒーローは体制を建て直すと、果敢に技を打ち込んでいく。
一進一退の攻防――だが偶然ヒットした攻撃が女の体勢を崩し、その隙を衝いたヒーローの攻撃は女を壁(緩衝材付き)まで吹き飛ばした。
そして階段の上で待ち構えていた残る二人は、剣を振りかざして宣言する。
「可愛い舎弟の治療費は、あんたの保険金さ!!」
「いくぞ‥‥最後の勝負だ!!」
男の顔が龍のような姿に変じ、戦いが始まった。
男の二振りの長剣が舞い、猫のように俊敏な女の、黒い衝撃波を放つ剣が振り下ろされる。
二人がかりの巧みな剣舞に翻弄されるヒーロー。
だが一瞬の隙を突き、女の懐に潜り込み、気の篭ったワンインチパンチ!!
そして男の剣を跳んで避けると、空中で回転し、必殺の胴回し蹴り!!
女と男は剣を砕かれ、広間の階段から転げ落ち、大の字になって倒れた。
「――お前が払え!!」
女の言葉の回答をここで叫び、ヒーローは逃げた首領の手がかりを求め、再び旅に出るのであった――。
「――カット!! OK!!」
スタジオ中に歓声が巻き起こった。
こうして二つ目のアクションシーンも能力者達の活躍で無事成功に終わり、こうしてロバート主演のヒーロー番組は完成したのだった。
特殊技法を使わないダイナミックにして迫力ある戦闘シーンが話題を呼び、この番組は後々まで語り継がれる人気番組となった。
――ただ、ファンの間で唯一つ不評だったのは「第一話の戦闘シーンを超えるものが以後出なかった」という事実であった。
それを知ったスタッフは、リカルドにこう言ったという。
「監督、もう一回能力者でも雇ってみますか?」
「はは――いいかもしれんな‥‥予算さえあれば」
――スタジオ・トンプソンの財政は、今日も今日とて火の車なのであった。