タイトル:【CO】見つめる悪意マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/14 02:09

●オープニング本文


――スーダン南部の、停戦ラインに程近い駐屯地。
 先の大規模作戦が終わるまで、この場所は敵地のど真ん中であった。
 そのため、ここにいる兵士達の殆どは、停戦ライン以南の監視をこの数カ月全身に緊張を漲らせながら続けていた。
 しかし‥‥。

「動きが‥‥全然無いですね」
「‥‥ああ。静か過ぎる」

 監視塔から停戦ラインの向こう側を見据えながら、二人の兵士が零す。
 この数カ月というもの、停戦ライン以南以北どちらにも全く動きは無く、敵影等も皆無。
 ただ地平線にまで広がるアフリカの大地を、双眼鏡やレーダーで監視し続ける毎日。
 思わず欠伸が零れそうになったのも一度や二度では無い‥‥が、聞けばアフリカにおけるバグア達の幹部・ロアが、停戦ライン付近で不穏な動きを見せたのはごく最近の事。
――こんな事ではいけない。怪しいモノは決して見逃さないようにしなくては。
 兵士達はそう再び背筋を正すと、監視の目を再び光らせた。



――その数十分後、兵士の一人が停戦ラインの向こう側からこちらに向かって近づいてくる複数の影を見つけた。
 数は‥‥十体程か。

「――っ!? こちら正門監視塔!! 停戦ライン付近に近づく複数の目標を確認!!」

 その通信は基地中を駆け巡り、緩みそうになっていた空気は一気に最前線のソレへと変わる。
 数分と経たぬ内に、正門前には数名の能力者兵を中心とした部隊が配置される。

「‥‥とうとう、仕掛けて来たか?」

 能力者兵の一人が武器を構えながら呟く。
――他の兵士達も、誰もが緊張に身を固くしている。
 影は10m、5m、2mと、次第に停戦ラインの鉄条網へと近づいてくる。

「な‥‥あれは‥‥!?」

 その正体を見た瞬間、兵士達はうめき声を上げた。



――それは虚ろな目をしながら、フラフラと覚束ない足取りで歩く、十数名の少年少女達。



 ボロ布のような服から見える四肢は、今にも折れてしまいそうな程に細い。

「‥‥っ!!」
「待てっ!! 迂闊に近づくな!!」

 それを見た瞬間、兵士の何人かが走り出しそうになるのを、必死に押し留める能力者兵。
 子供の姿をしているからと言って油断は出来ない――そのような姿をしたキメラ、という可能性も捨て切れないのだ。

「――そこで止まれ!! 君達何処から来た!? 『人間』ならば答えろ!!」

 数メートル離れた彼らに、はっきりと聞こえるぐらいに声を張り上げて兵士が叫ぶ。
 子供たちは虚ろな目をしたまま応えない――ただ黙って、こちらを縋りつくかのような瞳で見つめるだけだ。

(‥‥どうする?)

 敵として排除するのか、それとも避難民として保護するのか――兵士は迷う。

「‥‥たす‥‥けて‥‥」
「――!!」

 だが、次の瞬間聞こえてきたか細い声が、彼らを決心させた。
 それは、弱りきり、何かに縋り付かなければいられないような、子供たちの必死の願いの声そのものだった。

「‥‥彼らを保護するぞ」
「――了解!!」

 能力者兵の一言で、兵士達が一斉に動き出す。
 そして鉄条網をこじ開け、子供たちを一人ひとり抱き上げ、助け上げて行く。

「さぁ‥‥もう大丈夫だぞ」
「‥‥うん」

 兵士が強く、安心させるように抱きしめると、少女はこくん、と頷き、そっと体を預けてきた。
‥‥ガラス玉のような瞳を、無機質に光らせながら――。



――前線基地からの通信の一切が途切れたという報告が届いたのは、その数時間後の事だった。



「――UPCからの緊急任務となります」

 ラストホープの本部を訪れた傭兵達に、オペレーターが淡々と状況を説明していく。

「前回の大規模作戦において敷かれた停戦ライン付近の前線基地において、一切の連絡が途絶えました。

――場所はスーダン南部、人類領域側における最前線に当たる位置です。

 周辺の状況を鑑みるに、恐らくはバグアによる襲撃を受けたものと思われるのですが‥‥」

 そこまで説明して、オペレーターは僅かに言いよどんだ。
 その様子に傭兵達が怪訝な表情を浮かべると、重々しく再び口を開く。


「大規模な破壊や襲撃があった訳でも無く、緊急通信も全くありませんでした。
 しかし、通信機器や監視カメラを始めとした警備装置等にも異常は無く、ただ応答する者がいない、という状態なんです」


――明らかに異常だ。
 加えて、通信が途絶する数時間前に、基地から「バグア側領域から亡命してきた子供たちを保護した」という連絡があったという情報もあり、彼らの安否も気になる所だ。
 更に、前線基地が機能しない状況が続けば、万が一バグア方面からのアプローチがあった場合、咄嗟の対応が出来なくなってしまう。
 一分一秒でも早く、状況を把握し、事態の収集を図らねばならない。



 しかし、場所は停戦ライン付近‥‥今纏まった数のUPCの部隊を動かせば、周辺のバグア軍を刺激してしまう可能性もある。
 そのため、少数精鋭の優たる傭兵達がこうして集められたのだ。

「‥‥何か、奴らに思惑があるのかもしれません。
 くれぐれも、警戒だけは怠らないで下さい」

 オペレーターの言葉に、傭兵達は大きく頷いた。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
シエラ(ga3258
10歳・♀・PN
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ファサード(gb3864
20歳・♂・ER
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
ルリム・シャイコース(gc4543
18歳・♀・GP

●リプレイ本文

 その基地は、あまりにも静かだった。
「‥‥停戦ライン近くにある基地が通信途絶、だと‥‥?」
 煉条トヲイ(ga0236)は該当基地の見取り図と現状を見比べる。正門の外から見る限りでは、屋外に人の姿はない。
「‥‥突然途絶えた連絡、直前に救助された子供、基地には異常無し‥‥外側から何かあれば、普通は緊急連絡が入るはず。しかし、何も無いということは内部で何かあったということか」
 頷くシクル・ハーツ(gc1986)。
「鍵はかかっていませんね」
 春夏秋冬 立花(gc3009)が軽く押すと、門は簡単に開いた。
「状況から推測して、バグア側から襲撃を受けたと考えるのが妥当だが‥‥」
 微かに唸るトヲイ。特に、通信が途絶える数時間前に保護されたという子供達が怪しく思える。子供の姿をしたキメラ、若しくは強化人間である可能性は捨てきれない。
 その子供達に基地が制圧されたのだとしたら?
 しかし――。
「明らかに異常な事態だというのに‥‥この沈黙。沈黙自体にバグア側の何らかの思惑を感じる。――俺達をおびき寄せる罠である可能性が高いが‥‥。敢えて火中に身を投じる以外に術は無さそうだな」
 一歩一歩確かめるように、トヲイは皆と基地に入っていく。微かに響くのは皆の足音と、段差を確認するためにシエラ(ga3258)が白杖で軽く地を撫でる音。
「直前に現れた『子供達』が如何にも怪しい気がするから、接触したらまず正体を確かめるしかないわね」
 小物を投擲するのが無難か。アンジェラ・D.S.(gb3967)は持ってきた呼笛等を確認する。トヲイは小石を拾い集めた。万一の捕縛用に拘束具も調達してある。
「‥‥また子供か」
 溜息を漏らすシクル。考えたくはなかったが、疑念は尽きない。
(基地内で何か起こったのは確実ですか)
 皆の話に耳を傾けながら、ルリム・シャイコース(gc4543)は不測の事態に備えてシザーハンズを装着する
「これくらいでいいかな‥‥」
 瓜生 巴(ga5119)は、正門脇の倉庫から鎖やロープの類を引っ張り出していた。拘束服の他に使えそうな道具を探していたのだ。
「外から見た感じでは‥‥隠し部屋はなさそうですね」
 地図から、地形や構造を暗記していた立花が言う。
 建物はどれも小さく、余剰スペースはなさそうだ。逃走経路は――逃げようと思えばどこからでも逃げられるだろう。
「基地が制圧済みならば、管制室‥‥司令部は真っ先に抑えられている筈。司令部がバグアの手に落ちているのなら、俺達の行動は筒抜けということになるが。‥‥さて」
 トヲイは司令部の建物を見据え、対照的にシクルが宿舎方面を見やる。
「まずは子供にしろ兵にしろ、残された人を探しだせれば何か聞けそうだな。もし、何かから身を隠しているとしたら‥‥カメラの死角が多い兵舎だろうか?」
 他にも気になる場所は多い。各々が目指すべき場所を見据えた。

「ふう、なにか見つけることができればいいんだけどな」
 まず格納庫を調べに来たルリムは、僅かな痕跡も逃さぬよう五感を研ぎ澄ます。
 そこに、探査の眼を発動してヘリポートなどの確認をしていた立花が戻ってきた。
「異変は何もありませんでした」
 念のため、ヘリを使えないように操縦桿などを破壊してきた。下水も確認したが、人が通れそうな下水ではない。
 そしてふたりは格納庫を確認するが、ここにも何もない。
 しかし、格納庫横の駐車場でそれは発見された。
「‥‥血痕?」
 同時に呟く。一カ所だけ車輌が停められていないスペース、敷き詰められた砂利の一部に赤黒い染み。
 それから、砂利が線状に凹んでいた。タイヤの跡だ。砂利と線が途切れた場所から直線上には、正面ゲート。
 顔を見合わせ、頷くふたり。そして立花はここに留まり、残っている車輌の鍵穴に砂を押し込んで使えないようにする。
 ルリムは、先に宿舎で調査を進めている者達と合流すべく、格納庫をあとにした。
 
「コールサイン『Dame Angel』。目標基地周辺の状況探り、消息途絶えた理由を見出し、危険ならば直ちに打破するわよ」
 司令部前にて、アンジェラは別班にこちらの行動開始を告げる。
「‥‥入り口は大丈夫そうか」
 トヲイが確認。鍵はかかっていない。
 ここに来るまで、トラップや襲撃などはなかった。角に来る度に先の状況を確認しながらの進行だったが、何もないことが却って不気味だ。ただ、常にどこかから視線を感じる。
「監視カメラはそこね。‥‥でも、こちらを向いていない?」
 内部に入る前に、アンジェラが扉付近の監視カメラの位置とその死角を確認して首を傾げた。入り口ではなく、ホールへと向いている。
「ここに来るまでも監視カメラがあったが‥‥よく考えると少し不自然な向きをしていたな」
 トヲイが眉を寄せる。施設の出入り口などに向いているのではなく、比較的広いスペースに向けられていた。
「何者かが、カメラの向きを変えたかもしれないわね」
 全て、遠隔操作で向きを変えられる監視カメラばかりだ。感じる視線は、間違いではなさそうだ。
 司令部の奥へと進もうとしたとき、立花から無線連絡が入った。互いに状況を伝え合う。
『こちらの状況も併せて考えると‥‥恐らく、基地に常駐している人間は外に連れ出されてしまったと思います。日誌や日記のようなものも確認してもらえますか』
「了解」
 トヲイは答えて無線を切ると、アンジェラと共に司令部内部へと身を滑り込ませた。

 宿舎は無人だった。
 談話室には、中身が残っている紙コップ。コーヒーが二つと、ココアが六つ。どれも冷めてしまっている。
 それから、シャワールームの床が微かに湿っていた。通気口に異変はない。
「争った形跡が見られないということは、敵を認識できないまま襲われたか、あるいは催眠のようなもので自ら移動したか‥‥。どちらにせよ、もう少し調べてみる必要はありますね」
 シエラは意識を集中した。視覚がないぶん、それ以外の感覚を頼りにする。
 ――微かな鉄臭さが鼻腔を突く。
「この部屋に血の臭いがあります。‥‥監視カメラの映像や、失踪直前の状況等はわかりますか? 日報みたいなものとか‥‥」
「当直室のビデオはテープが抜き取られていました。日報は‥‥これかな‥‥?」
 巴はソファの下に落ちていたノートを拾い上げ、ぱらぱらとめくる。宿舎の来訪者や消耗品のメモなどが書き込まれていた。
 今日のページには、「十二名の子供を保護。そのうち、六名の少年にシャワーを使わせる。差し出したココアに驚いていた」と書かれている。
「床の一部に何かを拭き取った痕跡がある」
 シクルが床の一部を指さす。先ほどのシエラの言葉から考えると、血痕を拭き取った可能性は大いにあるだろう。
 そのときルリムが合流し、格納庫付近の状況を皆に伝えた。
「‥‥ここで何かがあったのは間違いないようですね」
 巴が窓の外を見る。次に向かうべくは変電設備や各種施設があるエリアだ。そこには医務室もあり、そこが怪しいかもしれない。四人は宿舎の捜索を切り上げ、次へと向かった。

「‥‥電源は生きてるわね。日誌や報告書の類は‥‥」
 管制室で、アンジェラとトヲイはパソコンのファイルや手書きの日誌などを確認していく。
 この部屋に来るまでも、司令部に来るまでの道中と同じだった。周囲を警戒し、互いの死角を補い合っても、嫌になるほど何もない。
 この部屋にも誰もいない。制圧されていると思ったのだが――。
「一眼レフカメラ、だと?」
 トヲイがあるファイルを見つけた。
 そこには、保護された子供達の状況が子細に書き込まれている。恐らくはこれを纏めて軍の上層部へと報告する予定だったのだろう。
 容姿や服装が書かれているなかに、「所持品:一眼レフカメラ」という文字があった。他には所持品の記入がない。
 アフリカがバグアに支配される前の時代に作られた一眼レフカメラ。それを子供のひとりが父親の形見として持っていたのだという。
 薄汚れていたものの、壊れてはいないらしい。フィルムも入っていたそうだ。軍の人間は父親の形見だというそれを、没収することはなかった。
「所持品がカメラだけ‥‥というのも不自然だな」
「カメラが壊れていないというのもね」

 変電設備には、異常は見当たらなかった。
 医務室には――宿舎と同じ状況が展開されていた。飲みかけの飲料、濡れているシャワールーム。微かな鉄臭さや、何かを拭き取った跡。
 それから、一台あるはずの緊急車両がなくなっている。
「‥‥格納庫の駐車場と同じ」
 ルリムが染みの付いた砂利を拾い上げて呟く。
 そのとき、司令部班から無線連絡が入った。
 状況を確認し合い、そこで皆の中にある種の確信が生まれる。
 誰でも、子供というだけで油断してしまう。ましてやそれが、亡命してきたと思われる存在ならば。シャワーは丸腰を意味し、尚のこと大人は警戒心を解くだろう。司令部のほうで没収しなかったというカメラもその表れだ。
 ――亡命してきた子供がバグアのはずがない。
 基地の人間がそう信じ込んだ隙を突き、彼等は牙を――。
「しかし‥‥様子がおかしいな」
 シクルが思考する。
「保護した時点でFFの確認はしているだろうし、改造人間やキメラは‥‥いや、そう改造されている可能性もあるか。‥‥しかし、ただ子供を洗脳しただけで兵をどうにかできるとも思えない‥‥」
 感染するタイプのウィルスや寄生虫なら、突然いなくなっても不思議ではないが、バグアらしくない。しかし他に可能性がない以上――。
 つらつらと考えるが、結論はでない。
『武器庫の方に子供が向かっています』
 ふいに、立花から連絡が入る。それは司令部のほうにも入っており、皆はすぐに武器庫へと向かった。
「子供を使うやり方は退屈だってことをわかってほしいんだけどな」
 途中、巴がぽつりと漏らす。それは、どこかから見ているであろう存在に向かっての言葉だ。
 価値観の異質なバグアを卑怯とは言わない。怒りもしない。ただ――interesting or tedious。
 ――監視カメラが数台、こちらを見ていた。

 立花は隠密潜行で慎重に接近を試みる。ボロ布を身に纏った子供が五人、ふらふらと歩いていく。
 子供達は武器庫手前で方向転換すると、司令部に裏口から入っていこうとする。
 ここまでの調査で子供たちが明らかに怪しいことはわかっていた。立花が咄嗟に彼等の足下に物を投げ――。
「‥‥フォースフィールド!」
 その瞬間、子供達が笑みを浮かべて立花を見る。
 立花はワイヤーをしならせ、手前の一人を拘束しようとした。だが、回避されて地に落ちる。そこに他の皆も合流、フォースフィールドがあることを伝える。
「お前は生きているのか、それとも生かされているのか。どっちだ」
 ルリムが子供達に問う。頭の先から爪先までじっくりと観察しながら。嫌らしい生気に満ちた笑みが彼等にはあった。
「お前らが基地内異常の原因なら、神の名において浄化する」
「やってみろよ」
 子供のひとりがルリムに突進をしかける。覚醒したルリムはその子供の両腕に、急所突きを乗せたシザーハンズを突き立てる。しかし子供は身を翻し、逃走を図った。
 アンジェラの制圧射撃と、シクルの雷上動から放たれる矢が彼の足を文字通り「止める」。子供達はゆるりと、能力者達との間合いを詰め始める。
「Einschalten」
 シエラが覚醒、視覚を確保。
 相手はキメラとは思えない。ここは冷静にいく必要があるだろう。
 最優先するのは、敵勢力討伐ではなく――状況確認と情報を持ち帰ること。
 迫る子供に危険を感じて抜刀、高速機動にて回避。敵を傷つけるのではなく、自衛のために大剣「カマエル」を薙ぐ。紙一重でかわす子供達。
 明らかに知能があり、こちらの動きを読んでいる。
「集団を指揮する者が居る筈。‥‥頭は誰だ‥‥?」
 トヲイは子供達の動きを見る。そのあいだにも異様に長く伸びた爪で斬りかかってくる子供をシュナイザーで受け止めていく。
 巴は彼等の目を見た。生身の人間とは違う、ガラス玉のような目。
 すぐに全員に事前に示し合わせていたサインを送り、閃光手榴弾。カウント、2。
 子供達はガラス玉の目を押さえ、動きを止める。その間合いに入り込む巴。
 攻撃をしようとした瞬間、カシャリとシャッターを下ろす音がした。
「な、に‥‥っ!?」
「‥‥あの一眼レフカメラ‥‥!」
 フルオートでの銃撃を開始しようとしていたアンジェラがハッとする。
「あそこです!」
 シエラが音のした方角を指さす。司令部二階の窓に一眼レフカメラを構えた子供の姿があった。軽く手を挙げ、子供達を武器庫方面へと下がらせる。
「‥‥戦闘の一部始終を撮影しようというのか」
 自分の口を押さえていたハンカチをずらし、シクル。ウィルスなどはなさそうだ。
「見つかっちゃったか。さっき、そこのおねーさんが子供を使うやり方は退屈だって医務室で言ってたよね。でもその子供をみんなは斃そうとしてるでしょ。僕たちが敵だって知らないひとがその姿見たらさ、全然退屈じゃないよね。そのために、この基地にいた連中を適当に傷つけて拉致って捨ててきた。そうすれば、焦って傭兵たちを派遣すると思って」
 巴を見て楽しげに笑う子供。しかし、目は笑っていない。
 そのとき、正門から輸送車輌が飛び込んできた。操縦するのは子供で、荷台にも子供達が乗っている。車輌は能力者達と子供達の間に割って入った。そして、助手席から閃光手榴弾。
 今度は能力者達が視界を奪われる。
 車輌が子供達を回収すると、二階の窓から子供がその屋根に飛び降りた。
「おまえたちが僕たちを殺す姿を撮影するのはあきらめたよ。死ぬ前に撤退する。‥‥ああ、そうだ。捨ててきた連中、まだ生きてると思うよ」
 子供はけらけらと笑う。
 やや視界の戻ってきたトヲイが彼の足下を狙ってシュナイザーを振り上げると、車輌が急発進した。アンジェラがライフルを構えるが、荷台の子供のひとりがバズーカを武器庫にぶちこむ。
 直後、鼓膜を劈くほどの爆音と、爆風、そして炎が能力者達に襲いかかる。
「こういうときのために、ちょっと細工しておいたんだ。じゃーね!」
 炎のなかに響く声。そして車輌は走り去っていく。
 黒煙が空に吸い込まれる。熱が、頬を焼く。炎の勢いは凄まじく、火傷を負った者は巴の練成治療を受ける。
 捨てられた一眼レフカメラは炎に呑み込まれ、中のフィルムも燃えていく。
「この駐屯地は停戦ラインを監視する為のもの‥‥。ここを襲ったということは、何かしら仕掛けてくる前触れ、でしょうか」
 シエラが呟く。
 嫌な予感が、誰の胸にも去来する。否、予感ではなく、予兆めいたもの。
 それから一時間後、この基地から数十キロ離れた場所で負傷した兵士達が保護される。
 ――子供達が乗っていった車輌は、停戦ライン手前で乗り捨てられていた。

(代筆:佐伯ますみ)