タイトル:絶望を晴らす最後の希望マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/23 00:11

●オープニング本文


 フランスとスペインの国境の程近い街道に、数台の装甲車が横たわっていた。
 一台を除いて、その全てが黒煙を上げて燃え上がっている。
 普段ならば静寂の満ちた草原に、絶え間なく銃声が響いていた。
 破壊された車を遮蔽物にして、数人のUPC軍の兵士達が銃を構えている。

「撃てっ!! 奴らを絶対に近付かせるな!!」

 隊長の声に従う事が出来たのは、最初にいた人員の半分以下だった。
 もう半分の者たちは、ある者は頭や胸を貫かれて果て、ある者は炎上する車の中で炭となり、そしてある者は醜悪な姿をした小人――キメラに貪り食われていた。
 その小人の姿をしたキメラは赤い帽子を被り、血に染まった斧を持っている。
 それはまるで童話の中に出てくる、その手の得物で人を惨殺し、犠牲者の血で紅く染まった帽子を被るという妖魔――レッドキャップそのものだ。
 そして、時折風切音を立てて兵士達の頭上を飛び回るのは、美しい羽根をその背に生やした可憐な妖精――フェアリー。
 美しい姿とは裏腹に、その手から放たれるレーザーは容赦なく兵士達を打ち抜き、絶命させていく。

「くそっ!! あと数キロで輸送基地まで辿り着けたのに!!」

 傍らの若い兵士が、近付いてこようとするレッドキャップに向けて発砲しながら、悪態を吐いた。
 本来ならば、そこまで『荷』を届ければ良いだけの、ごく普通の輸送任務のはずだったのだ。
 それが油断を生んだのか、人類側の領域内でのキメラ達の待ち伏せに気付く事が出来ず今に至るという訳だ。

「――泣き言は言ってはいられん‥‥今は奴らを食い止める事だけを考えろ!!」

 叫び、手榴弾のピンを抜いて投擲する。
 その爆発はフォースフィールドを砕く事に成功し、レッドキャップの一匹が黒焦げになった。
 キメラ達はようやく数えられる程になってきたが、この消耗した状態では未来は明らかだ。
 隊長は一旦下がり、唯一原型を止めている装甲車の中に潜り込む。

「――大丈夫か?」

 そこには、年齢のまばらな、十数人の子供達が身を寄せ合っていた。
 彼らがこの輸送任務の『荷』――スペイン戦線において開放された街、そこで救助された生き残りであった。
 しかし、隊長の呼びかけに反応するものは誰もいない。皆一様に、無表情で、虚ろな目で虚空を見つめている。
 無理も無い――彼らは、つい先日までこの世の地獄にいたのだから。
 子供達は何があっても騒いだり、パニックになったりする事は無い。
 ――何故なら、それが死に繋がる事を知っているから。

「不安だろうが、心配は無い――救難信号は既に送った。後少しで救助が来るはずだ」

 この状況下では、その「後少し」も絶望的な時間だが、希望がある事には間違いない。
 隊長は努めて明るい調子で子供達に語りかけた。

「――無駄だよ‥‥どうせ僕らは死ぬんだ‥‥」

 最年長らしき少年が、虚ろな目であらぬ方を見つめながら呟いた。
 その声は、まるで老人のように疲れきり、か細い。

「‥‥ママも、パパも‥‥弟も姉さんも、あいつらに食われた‥‥そんなの、嫌だよ‥‥」

 だから殺してくれ――絶望で暗く染まった瞳は、まるでそんな事を懇願しているように見えた。

「――駄目だ!! しっかりしろ!! そんな目をするんじゃない!!」

 長年戦場に立ってきた隊長は知っている――戦闘員も非戦闘員も、今の少年のような目をしたものは、戦場で真っ先に死ぬと言う事を。
 一瞬でも絶望を浮かべたら、決して生き残れないのだ――肉体の前に心が死んだら、もう人は動けなくなる。

「――もう少しで、『あいつら』が来る!! こんな屁でもないような絶望なんて、簡単に払ってしまうような希望が!!
――だから、諦めるな!! それまでは、俺達が君達を護ってやる!! 絶対にだ!!」

 一声叫ぶと、隊長は戦列に戻り、再びキメラ達に銃撃を加えていく。
――絶対に子供達に近付かせしない!!

「――がっ!!」

 傍らの若い兵士が、上空から放たれたレーザーに頭を貫かれ、くぐもった悲鳴を上げて絶命する。
 見上げると、そこには急降下してくるフェアリーが見えた。
 隊長は狙いを変えて発砲する。フォースフィールドに遮られようと、肩をレーザーに打ち抜かれようと、決してその手を止めようとはしない。


――来い!! 来い!! 早く来い!!


――早く来て、あの子達の絶望なんざ、きれいさっぱり晴らして見せろ!!


 フェアリーのフォースフィールドが砕けてその頭が吹き飛ぶのと、レーザーが隊長の心臓を撃ち抜いたのは、ほぼ同時だった。

「――お前らは、この世界の‥‥子供達の‥‥『最後の希望』なんだぞ!!」

 力尽きたように膝を突いた隊長は、最後の命を振り絞って絶叫し、どう、と地面に倒れる。
 その時東の空に光が見えた――それは、能力者達を乗せた高速移動艇であった。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
真白(gb1648
16歳・♀・SN
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN

●リプレイ本文

 高速移動艇は猛スピードで、キメラに襲われているという輸送部隊が待つ現場へと向かっていた。
 その輸送部隊が運んでいる『荷』について聞かされた能力者達は、一様に驚愕を顔に浮かべた。

「輸送車の‥‥荷は‥‥子供‥‥? そう‥‥失敗は‥‥許されないね‥‥この依頼。
 絶対に‥‥助けないと」

 静かな決意に目を光らせるのは、幡多野 克(ga0444)だ。

「この辺りはバグア圏じゃないのに‥‥」

 セレスタ・レネンティア(gb1731)は悔しげに眉を顰める。

「――これ以上、誰も死なせない」
「とにかく助けます!! 私はそのために来ました!!」

 フォビア(ga6553)と真白(gb1648)が決意を新たに、武装のチェックを行う。
――全て、問題は無い。

「――ラストホープを名乗る柄ではありませんが‥‥この手で除ける理不尽を、放置する事は出来ませんからね」

 フェイス(gb2501)が、口調こそ丁寧ながら、熱い闘志を言葉の端々に滾らせながら呟いた。

「――見えたぞ!!」

 窓から外の様子を窺っていたファルロス(ga3559)が、全員に向かって叫ぶ。
 草原を貫くように走る街道の中央に、黒煙を上げて燃え上がる装甲車に囲まれた輸送車が見える。
 その周囲に見える小さい影――おそらくはキメラ。

「事は一秒を争う。迅速に行くよ!!」

 赤崎羽矢子(gb2140)が移動艇のハッチを開けながら、皆に号令をかけた。
 それに大きく頷いて答える能力者達。
 移動艇のパイロットは、車列から少し離れた場所に機体を着陸させる。

「――フォビア!!」
「‥‥!」

 赤崎とフォビアの二人は移動艇が接地するのを待たずに飛び出した。
 瞬足縮地と瞬天足――強化された脚は、一直線に二人の体を前に運ぶ。

「――子供たちと仲間を‥‥頼みます!!」

 全員が降りたのを確認したパイロットは、移動艇を上昇させて離脱していく。
――後は、自分たちの使命を果たすのみ。
 能力者達が先行した二人に続き、子供たち、そして兵士たちが待つ車列へと走り出した。

「全ての命に幸いを――」

 スキル「GooDLuck」を発動させながら、ドッグ・ラブラード(gb2486)は呟いた。
 ここから車列の様子は見えない。
 今この瞬間に子供たちは犠牲になっているかもしれない。
――己の幸運が、少しでも彼らに行き渡る事を祈りながら、ドッグは駆けた。





 斧を手に、レッドキャップ達が輸送車に向かって歩き出し、フェアリーが辛うじて生き残っている兵士たちを「食料」に変えようと、急降下を開始する。
 だがそこに爆発音と共に、まるで太陽を数倍にしたような光が連続して炸裂した。
 目を押さえながら、悲鳴を上げてのたうち回るキメラ達。
 その横をすり抜けるように、まるで地を駆ける獣の如く駆けて行く二つの影。



 使用済みの照明銃を投げ捨てながら、フォビアは瞬天速とは別に、二つのスキルを発動させる。
 疾風脚と限界突破――体がまるで羽根のように軽くなり、限界を超えて引き出された身体能力は、まるで周囲の時間が遅くなったかのような錯覚を彼女に覚えさせる。
 フォビアは目が眩んだせいで高度の下がったフェアリーに狙いを定めると、壊れた装甲車の車体を利用して――跳んだ。
 彼女の体は一瞬にして四メートルほどの高さまで飛び上がり、目の前のキメラの背中に向けて、手にした刀を振るう。
 フェアリーは成す術無く空中から叩き落され、地面を這った。
 止めとばかりに、落下の勢いそのままに月詠を突き刺すと、フェアリーは断末魔を上げて息絶える。

――ギイッ!!

 怒りの声を上げるキメラ達だが、未だに眩んだ目は治らず、混乱を続けている。
 その隙に赤崎とフォビアは輸送車へと辿り着いていた。
 素早く赤崎はキメラの配置を確認する。
 正面にレッドキャップが三匹。左前方後方に二匹、そしてフェアリーは右後方と、右前方に一匹ずつ。
 そして次に兵士達を確認しようとした時、壊れた装甲車の陰から掠れた声が聞こえた。

「‥‥の、能力者‥‥か?」

 そこには憔悴し切った表情の兵士が力無く座り込んでいた。
 腕と脚は吹き飛び、足元には彼自身の腸が撒き散らされている。
――一目見て、もう手遅れだと分かった。
 赤崎は彼を励ますように兵士の手を取り、叫んだ。

「良く踏ん張った!! 他の兵士と子供達は!?」
「‥‥子供達は無事だ‥‥ほ、他の奴らは‥‥俺以外に三人‥‥そ、そこに‥‥」

 見ると、最も敵の多い正面の装甲車の陰に隠れるように、三人の兵士が座り込んでいた。
 怪我は軽いようだが、全員がその顔に絶望を浮かべて呆けている。

「‥‥ほかは‥‥やけしぬか‥‥くわれて‥‥たのむ‥‥こどもたち‥‥たの――」
「‥‥もう大丈夫。後は任せて」

 兵士の言葉は支離滅裂になっていき、瞳は光を失い、濁り始める。
 フォビアが優しく呟くと、がくり、と兵士は安心したように逝った――。

「あんた達の犠牲――無駄にはしない‥‥!!」

 ぎりっ、と歯を食い縛り、赤崎は兵士を精一杯弔った。
 そして勢い良く立ち上がると、呆けている兵士達に向かって歩き出し、その頬を張る。

――パァン!!

 小気味良い音が響き、驚愕に目を見開く兵士達を見下ろしながら、赤崎は彼らを怒鳴りつける。

「あの中の子供達が見えないの!? 呆けるのは後にしなさい!!」
「‥‥!! わ、分かった」

 その言葉に、兵士達は目を覚ましたように頷く。
 そして子供達を守る為、彼らは足を引きずるようにしながら輸送車の中へと入っていった。
 それと同時にキメラ達をすり抜けて、幡多野、ファルロス、セレスタ、フェイスの四人が装甲車の前に到着する。

「悪い、待たせたな」

 ファルロスが叫びながらシエルクラインを構えて正面に陣取り、最も距離の近いレッドキャップに向けて引き金を引いた。
 一瞬にして数十発の弾丸をその身に受けたレッドキャップは、原型すら残さず吹き飛んだ。

「どうにか間に合いましたか」

 フェイスが息を整えるように深呼吸すると、真デヴァステイターを引き抜く。
 幡多野は右、セレスタは左前方、フェイスは左後方の位置に陣取り、赤崎が隙間を埋めるようにポジションに入る。

――キィィィィィッ!!

 ようやく目眩ましから回復したキメラ達が、一斉に叫び、飛び掛ってくる。
――護るための戦いが始まった。




 正面のキメラ達を分断するように、真白とドッグが踏み込み、発砲する。

「下等生物が粋がるな‥‥かかってこい!!」

 ドッグが照明銃を打ち上げ、レッドキャップ達を挑発するように叫びながら、アイリーンを放つ。

「絶対に守り抜きます!! ここを通すわけにはいかないんです!!」

 真白もありったけのスキルを発動させて、フェアリーとレッドキャップを攻撃すると共に、注意をひたすら輸送車から引き離そう試みる。
 フォビアは装甲車の上から上空のフェアリーを撃ち、地面へと叩き落して行った。

「――くたばれ」
「‥‥報いを、受けろ――!!」

 そして、叩き落したフェアリーはファルロスと幡多野がすぐさま蜂の巣へと変え、フェアリーはあっという間に殲滅されていった。



 レッドキャップはぴょんぴょんと跳ねる様に動き回りながら、輸送車への道を邪魔する能力者達に向かって飛び掛ってくる。

「接近されさえしなければ!!」

 セレスタはアサルトライフルの三点射撃をレッドキャップに加えて行くが、中々照準が定まらない。
 それは後方で真デヴァステイターを放つフェイスも同じだ。
 そしてとうとうレッドキャップは彼らに肉薄し、斧を叩きつけてきた。
 しかし、決して二人は避けようとしない。
――自分達の後ろには今、護るべき命があるのだから。

「意外と速い‥‥でもっ!!」
「この程度の理不尽を止められないようでは、能力者になった意味がありませんから」

 セレスタは咄嗟に引き抜いたナイフで、フェイスは真デヴァステイターの銃身で、斧を受け止めていた。
――そして素早く急所を狙って突き、抉り、切り裂く。
――避けようの無いゼロ距離から、銃弾を叩き込む。
 二人はほぼ同時に、レッドキャップを屠っていた。



――彼らの戦いを、子供達は輸送車の窓から食い入るように見つめていた。
 目の前の光景を、信じる事が出来ない。
 自分達をあれだけ苦しめ、家族を、友人を、そして大人たちをいとも容易く殺し、喰らってきたあの化け物達が、あっという間に倒されていくのだ。

「――あいつら‥‥何なんだよ‥‥?」

 少年が、震える声で呟く。彼は隊長と最後に話した、あの少年だった。
 しかし、その震えは先程までの絶望に沈んだ声では無い。
 それは胸の奥底から湧き出る何かの衝動に、突き動かされているかのような声だった。

「ああ――彼らこそが、隊長の言っていた『希望』‥‥能力者だよ」

 入り口近くで流れ弾から子供達を守るように立っていた兵士が、少年と同じ様に熱い眼差しで彼ら――能力者達を見つめながら答えた。

「‥‥能力‥‥者‥‥」




 残る二体のレッドキャップは、赤崎と幡多野に飛び掛っていった。

「――ふっ!!」

 だが幡多野に飛び掛った一体は、彼に近付く事すら出来なかった。
 幡多野は月詠を振り上げると、気合と共に一気に振り下ろす――そこからカマイタチのような衝撃波が飛び、レッドキャップの体を通り過ぎていく。
 ソニックブーム――真っ二つになり、悲鳴すら上げる事無くレッドキャップは崩れ落ちた。

「ここはお前達の居場所じゃないんだよ!!」

 斧の一撃をエンジェルシールドで受け止めた赤崎は、氷雨の柄をレッドキャップの腹にぶち込むと同時に、スキル「獣突」を発動させる。
 吐寫物を撒き散らしながら、レッドキャップは十メートル近い距離を吹き飛ばされた。

「――おおおおっ!!」

 怒りの咆哮を上げながら、シンシアを次々に撃ち込んでいく。

――ガンッ!!

――ガンッ!!

――ガンッ!!

――ガンッ!!

――ガンッ!!

――ガンッ!!

 その銃声はまるで、殺された勇敢な兵士達への弔いの鐘のように響いた。
 リロードはする必要は無かった――既にレッドキャップの頭は粉々に砕けていたから。




 戦闘が終っても、セレスタとドッグは暫く銃から手を離さずに周囲を警戒していた。
――が、増援が来る様子は無い。
 ふぅ――と息を吐き、銃を下ろす。

「‥‥弔ってやらないとな」

 ファルロスが兵士達の亡骸を見つめながら呟いた。
 他の能力者達もそれに頷き、遺体を集め、弔っていく。

「貴方達の思い、絶対に無駄にはしませんから」
「‥‥安らかに」

 真白はその目に決意と涙を浮かべ、ドッグは静かに囁くように祈りを捧げた。
 幡多野も、ファルロスも、フェイスも――ただ静かに黙祷する。

「ごめん。もう少し早かったら‥‥」

 赤崎は最後まで子供の身を案じていた兵士の目を閉じてやりながら、悔しげに手を震わせる。
 セレスタもまた、悔しさを堪えてただ空を見上げた。
 けれど、悲しんでばかりはいられない。
 何故なら彼らが多大な犠牲を払ってまでも助けた子供達は、ちゃんと生きているのだから。
 涙を拭き、悲しみを胸にしまって、能力者達は輸送車へと歩いて行った。




 輸送車の前には、応急処置を終えた兵士達と、泥だらけながらも傷一つ無い年齢もまばらな子供達が外に出てきていた。
 彼らは未だに自分達が助かった事を実感出来ないのか、唖然とした表情で能力者達を見つめている。
 だがその目は虚ろでは無く、その中には様々な感情の光が瞬いていた。

「大丈夫だったかな?」
「もう大丈夫‥‥怖くない‥‥よ‥‥。俺達がいる‥‥から‥‥」

 セレスタが優しく微笑みかけ、幡多野は子供達一人ひとりの頭を撫で、抱きしめていく。
 子供達はある者は戸惑い、ある者はこそばゆそうな表情を浮かべて、それを受け入れた。

「絶望も弱音も吐いていい‥‥でも貴方達は生きている――生き延びている‥‥」

 フォビアが優しく囁き、子供達の一人を、自分の温もりが与えられるように強く抱きしめた。

「――この、暖かさを忘れないで」

 彼女に抱きしめられた少年は、ぶるぶると震えだす。
 けれども後一歩、という所で踏みとどまるようにぐっと何かを堪えようとしていた。

「ほらほら、貴方達は生きてるんだから。
 ――子供は子供らしく、思いっきり泣いちゃいなさい」

 真白が少年に、そして子供達全員に向けて陽気に声をかけた。
 彼女は彼らに、恐怖も悲しみも全て吐き出して欲しかった。
 真白自身は大切な人を失ったことは無かったし、能力者になるまで戦闘などTVなどの出来事でしかなかった。
 だから彼らの気持ちを想像する事は出来ないけれど、ならばせめて受け止めてあげたい――それが彼女の偽りの無い気持ちだった。

「‥‥い‥‥い、の‥‥?」

 少年達の中で最も幼い少女が、搾り出すようなか細い声を上げた。
 ふるふると震えながら、目を大きく見開いて。

「‥‥泣い‥‥て、いい‥‥の? しゃべっ‥‥て‥‥いいの‥‥?」

 それは、あまりに当たり前で、あまりに純粋な言葉だった。
 そんな当たり前を、彼女は、彼らは奪われてきたのだ。

「――ッ!! ――当たり前だよ!! 良いんだよ、もう良いんだよ!!」

 思わず溢れそうになる熱い想いを必死に抑えながら、少女を安心させるように強く、ただ強く真白は抱きしめる。
――じわり、と少女の目の端に涙が溢れた。
 それは瞬く間にぽろぽろと零れ出し、終に止まらなくなった。

「――う‥‥うっ‥‥うううう〜〜〜」

 少女は顔をくしゃくしゃに歪め、嗚咽はやがて支離滅裂な泣き叫ぶ声に変わった。
 そして彼女につられるように、他の子供達も涙を浮かべて泣き声を上げ始め、街道中に響かんばかりに、辺りは子供達の声で満たされていった。




 そして子供達が落ち着いたのを見計らって、輸送車の陰からドッグがひょこっと顔を出した。
 その顔にはいつの間にか道化師のメイクが施されている。

「さぁさ、今度は笑いましょう。‥‥だって生きてるんですから!!」

 そしてドッグは何と鼻からコーヒー牛乳を飲んで目から出――そうとして盛大に失敗した。

「か、カフェインが気管に――っ!!」

 げほげほとむせている彼の姿を見て、子供達をしばし呆然としていたが、その中の一人がくすり、と笑い出す。
 そして一人、また一人と腹を抱えて笑い出した。
 それはまるで、今まで押し殺してきた感情を解き放つかのようだった。



 生き残った兵士達は、悲しげな目でそれを眺めていた。
 彼らにとって本当に大変なのは、これからだ。
 子供達はこの後、心の傷を癒す間も無く、洗脳や強化を受けていないか検査をさせられ、施設や孤児院へとばらばらに送られる事になるのだ。

「キメラやバグアが絶対的な何かでは無いのだと、それだけ伝わっていれば今は十分です」

 兵士達の思いを察したのか、フェイスが耳元で囁いた。

「――ですね」

 ようやく太陽のような笑顔をみせてくれた子供達を見つめながら、兵士は微笑んだ。