タイトル:【RAL】黒き矛マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/28 01:37

●オープニング本文


 ラバト周囲の都市や地域の制圧を試みる最中――。
 欧州軍は応戦するバグア軍内での情報の中に、驚くべき内容が含まれていることを把握していた。

 制圧目標であるラバトの司令部に現在、『ピエトロ・バリウス』が滞在している――。

 その話は、当然ながら今作戦を主導する二人――ウルシ・サンズ少将とブライアン・ミツルギ准将の耳にも入っていた。
「そのうち会うじゃろうとは思っておったが、まさかこんなところで大物が釣れるとはのう」
 その二人の通信上において、ミツルギは言う。
「流石にこのままじゃ拙いと思ったんだろ」
 ふん、とサンズは鼻を鳴らし――それから、口端を歪め笑みを見せる。
 普段の表情が硬いことに加え、醸し出す雰囲気もあり――その笑みには獰猛な力強さが漂っていた。
「――まァ、丁度いい機会だ。
 予定通りぶっ潰しつつ、大将の面拝みに行こうじゃねェか」



 風切音を立てて、ラバト市街地へと砲弾が着弾し、その度に爆発と業火が巻き起こり、それに巻き込まれたバグアの機動兵器やキメラ達が宙空へと吹き飛ばされる。

『――よーしα隊は支援砲撃が止み次第市街地に突入するぞ!! β隊は対空砲を潰し次第降下!!
 基地への突入は始まってる‥‥俺達の仕事は、あいつらが出てくるまでここを確保する事だ!!』
『――了解!!』

 爆炎の中を、UPC欧州軍のKV部隊が、市街地攻略のために突き進んでいく。
 市街地前の防衛ラインに陣取っていたゴーレムやタートルワームが、巧みな連携によって次々と撃破されていった。

『隊長!! 敵防衛線制圧完了!! これより市街地の制圧に移ります!!』
『よーし上出来だ!! 周囲に敵影はあるか!?』
『いくつかありますが、今の所有効射程範囲内には存在しません!!』
『――α隊は周辺の警戒を怠らずに前進!! β隊はα隊の進路上の監視と対空砲火への警戒を密にしろ!!』
『了解!!』

 そう指示を下すと、KV隊の隊長も油断無く武器を構えながらラバトの市街地を前進していく。

「‥‥しかし、噂には聞いていたが予想以上だなこりゃ」

 無線を切り、思わず独り言を呟く‥‥彼の視線は、縦横無尽に走る路地や通路に注がれていた。
 建物自体の背は然程高くは無いが、見える路地の全てが微妙な曲線や起伏に富んでおり、まるで何か巨大な生き物の血管のようなものを連想させる。



 もしここで生身の白兵戦をやれと言われたら、死んでもゴメンだと突っ撥ねたくなりそうな場所‥‥それが、隊長がこの市街地に対して抱いた第一印象だった。



――その時、別の戦域で行動している隊からの緊急通信が鳴り響く。

『‥‥!? どうした!?』
『こ、こちらα隊第三分隊!! 地雷だ!! 動けねぇ‥‥クソッ!!
 離れやがれええええええっ!!』

 報告と共に、分隊長からの必死な叫び声と、激しいノイズが耳を打つ。

『落ち着け!! 状況を報告しろ!! 一体何が起こってやがる!?
 敵は何体だ!! 何処から現れた!?』
『て、敵は‥‥ワームじゃない!! 生身のバグア兵どもだ!!
 機体に直接取り付いて、外からコクピットを‥‥ぎゃあああああっ!?』

――凄まじい爆発音が鳴り響いたかと思うと、コンソールが吐き出すアラートが通信に響き渡った。
 そして、数瞬遅れて響き渡る分隊長の悲鳴。

『クソッ!! 来るな!! 来るんじゃ‥‥がああああああっ!?』
『おいっ!! 応答し‥‥クソがぁっ!!』

 必死に呼びかけようとする隊長――だが、自分の機体の足元に投げ込まれたものを見て、悪態を吐いた。
 それは、今にももうもうと白煙を上げる煙幕弾の弾頭。
‥‥あっという間に、モニターの視界は白い闇へと包まれてしまった。

『クッ‥‥!! こいつらか!!』

 そして路地から次々と飛び出してくる、いくつもの人影。
 咄嗟に機銃を乱射して迎え撃つが、影は、素早い動きでそれらを避け、建物や路地に入り込みながら次々と機体目掛けて迫ってくる。
 目標が小さすぎる‥‥KVの照準では、捕捉し切れなかった。

『うわああああああああっ!!』
『畜生ッ!! 来るな!! 来‥‥ぎゃあああああっ!!』

 次々と響き渡る悲鳴――KVに取り付いたかと思うと、人影は閃光を上げて爆発し、KVはコクピットごとパイロットを、関節を破壊されて次々と擱坐していく。
 その正体は、爆弾を抱えたバグア兵であった。
 時には爆弾を仕掛け、時にはその身諸共爆発させ、KVを戦闘不能にさせていく。

『後退――――ッ!! 煙幕の切れ目まで全力で下がれえええええええっ!!』

 隊員達に半ば怒号のように号令を発すると、一際近くに迫った人影目掛けて機銃を放つ。
‥‥それが、彼の最期にして最大の不幸となった。
 その影は空中であるにも関わらず、素早く弾幕を掻い潜ると、一気にコクピット近くへと貼りつく。

「くっ‥‥!!」

――影は、肘から伸びた鋭利なブレードを振り上げた。
 サブカメラに映るのは、桃色の髪を生やした、豊満なシルエットを持つ女性。
 それは作戦開始前に資料で見た、最高優先目標の一人の特徴に酷似していた。

「メ‥‥タ‥‥ッ!?」
『正解だべー‥‥一撃で仕留めでやっがら、悪ぐ思わねぇでくんろ?』

 肯定の言葉と共にコクピットの装甲の隙間から突き入れられたブレードの一撃が、隊長の頭を刺し貫いた。



――予想外の攻撃により、α隊は為す術無く総崩れとなり撤退を余儀なくされた。
 不幸中の幸いとして、空中から一部始終を見ていたβ隊により敵の正体は判明したため、即急に対策が組まれる事となる。


‥‥しかし、当該市街地は入り組んだ路地が密集しており、下手にKVを投入すればα隊の二の舞になりかねない。


 白兵戦闘による掃討を行おうにも、あちこちにはパイロットだけを殺され、バグア兵の操る砲台と化したKVが残っているため、あまりにもリスクが高すぎる。
 そのため、まず少数精鋭の傭兵達による、生身での掃討戦が急遽展開される事となったのだった。



「んー‥‥硬ぇモン切るど、疲れるべー‥‥」

 建物の上に座りながら、メタは大きく伸びをした。
 司令部の防衛を任されているヴィクトリアやロアと違い、メタは市街地での迎撃を任されていた。
――彼女らが盾ならば、彼女は矛という訳だ。

「――大将ー、今度はあいつら生身で来るみたいだよ」
「‥‥数からして、傭兵ですな」
「うぇー‥‥早速メンド臭ぇのが来だなぁー‥‥ま、行くべか」

 部下である強化人間達の言葉に、一瞬渋い顔をするメタだが、すぐに素直に立ち上がった
 彼女にとってバリウスの存在は恐怖以外の何者でもない‥‥しかし、彼に心の底から服従しているのもまた事実だった。


――彼が全力を出せと言うのならば、迷わずそうしよう。


『んじゃ‥‥ちぃっと本気出すべか』

 メキメキと音を立てて擬態を解きながら、メタは蟲の口をにぃっ‥‥と釣り上げた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
緋桜(gb2184
20歳・♀・GD
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

「また随分と厄介な所へ来たものです」
 鳴神 伊織(ga0421)は墓標のように佇むKVに、一瞬だけ瞼を伏せた。
「こりゃ‥‥奇襲仕掛ける側にゃ、もってこいのステージだな」
 聖・真琴(ga1622)は言いながらもすぐに、日常で有り得ない痕跡を探すべく警戒を始める。
「まあ‥‥いつものことですし、気楽に行きますか」
 風が伊織の長羽織を揺らす。この姿に相手が油断してくれるとやり易いのだが。
「ええ。まず目指すべくは、擱坐KVですわね」
 頷くのは、伊織と同じく着物に身を包む緋桜(gb2184)。
「プロトスクエアか‥‥。だがサイラスと比べればどうかな?」
 白鐘剣一郎(ga0184)はサイラス・ウィンドのことを思う。
 しかし自分より強い相手と戦うなど今更な話だ。仲間を信じ、自分もまた全力を尽くすのみ。
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)は喉の奥に薬を放り込む。
「‥‥大丈夫、私は戦える‥‥」
 ――今日も、いつもと同じ‥‥ただ、敵を殺すだけの仕事‥‥。
 目を閉じ、呪文のように自身に言い聞かせて。
「作戦が始まる前に‥‥リヴァル、聞いときてぇことがある‥‥」
 宗太郎=シルエイト(ga4261)は真顔でリヴァル・クロウ(gb2337)の両肩を掴んだ。
「‥‥度々話に出てくる件のアレは、どんな感触だったんだ」
「な――っ」
 絶句するリヴァル。更には二条 更紗(gb1862)までもがリヴァルを盗み見ていた。
「バグアにセクハラとか、トンでもない剛の方ですね、機会あればわたくしもチャレンジしてみたい」
 なかなかに壮大な独白を漏らす。
「何かお間抜けなイメージが浮かびますが、強敵難敵なのは間違いありません、けど何か親近感が湧きますねぇ」
 更紗は「件のアレ」とやらを想像し、メタについても考える。そしてリヴァルはと言えば。
「い、今はそんなことを言っている場合ではない」
 上擦った声で、宗太郎から視線を逸らしていた。宗太郎は「じゃあ、今度じっくりと」とリヴァルの肩を軽く叩く。
 やがて、行こうか――と、誰からともなく言い、そして八人は戦場に身を躍らせた。

 円が、ふたつ。
 外円には、宗太郎、真琴、伊織、剣一郎。
 内円には、緋桜、ラナ、更紗、リヴァル。
 建物の影、路地裏、壁や窓の奥、マンホール――どこからでも奇襲の可能性はある。壁の足跡、爆破されている扉、熱風で溶かされた街灯、真琴がそれらを発見する度にバグアの特殊強化兵が湧いて出る。
 宗太郎はハーミットを装着、前方の壁を駆け下りてくる敵の拳を平手で掴む。そして引き寄せ、鳩尾に幾度となく拳をねじ込ませていく。
 内円から緋桜が戦闘の動きを見る。
「‥‥来ましたわね」
 構える小銃「S−01」、宗太郎を死角から狙う個体へと狙撃、そのまま瞬即撃によるトドメに移行した。
 進むにつれ、敵が爆薬を抱える確率が高くなる。
「爆発物が近づくのをわざわざ待つこともあるまい」
 クルメタルP−56で強化兵の脚部を撃ち抜く剣一郎。
 伊織へと突撃する兵に流れゆくのは小銃「スノードロップ」 の溜息。
「油断しましたね」
 昏倒する兵に伊織が言い放つ。
「破裂するなら一人でやってろ」
 さらには竜の翼で間合いに入り込む更紗が咆哮、ユビルスの石柄を喰らった敵は、打ち上げられて爆薬ごと散る。
 真琴はラナと共に地を蹴った。互いに同調し合う動きを、敵は追い切れない。
 真琴のジ・オーガが抉り込まれたかと思えば、眼前に迫るラナのライトニングクローが脚部を裂く。そうやって翻弄され疲弊し、倒れていく。
 やがて皆の目に、砲台と化したKV――バイパーが飛び込んできた。
「あれがそうか。んじゃ、ちゃっちゃと奪っちまうか」
 宗太郎はランス「エクスプロード」に持ち替え、別の位置からもラナが狙う。
 だが――。
「させねぇべ」
 建物の屋上から降る、声。
 鼓膜に突き刺さる金属音と共に、バイパーが抉られる。少しの間をおいて別の方向から軽い爆音。そこには、黒煙を上げるS−01が。
「乗っ取らせるぐらいなら、潰すべ」
 煙の中から現れる影。それは煙よりも深い黒を身に纏う蟲。
 ――メタ。
 KVを操っていた兵は強化人間に救出され、路地裏へと消えていく。
「人間達、いるんだべ?」
 メタは意識を研ぎ澄ます。
「俺は此処だ」
 建物の影から、メタと同じ黒を身に纏う存在が現れた。
「‥‥せぐはら」
「リヴァル、だ」
 微かに頬を引き攣らせつつリヴァルは何かを取りだす。途端に、メタの表情が凍り付く。
「この写真を散布するのを止めたいならば、一人で来ると良い。他人に見られたいなら別だが」
 うまく誘導し、強化人間達と分断して建物の屋上や開けた場所まで誘導したいが――しかし。
「せぐはら‥‥どうあっでも生がしではおげねぇべ!」
 激昂するメタはリヴァルとの間合いを詰め、首を腕で捕らえた。
「‥‥メ、タ‥‥っ」
 動けないリヴァル、少しでも抵抗すればブレードが喉を裂く。メタは彼の体を抱えたまま移動を開始した。
 追うのは剣一郎、そして伊織。
 伊織は眉を寄せる。
 リヴァルが前回の二の轍を踏まなければ良いと思っていたのだが――メタの様子から感じるのは、危険信号のみ。リヴァルと剣一郎だけで凌ぎきれる状況ではなさそうだ。
「到着後は攻勢に転じるつもりだが‥‥向こうがどう出るか」
 隣を駆ける剣一郎に、伊織は無言で頷き返す。
 彼等を見送り、そして改めて傭兵達に向き直る強化人間達。
 壮年の男と、少年。
 緊張が、走る。

 ひゅん――と、軽い音と共に、少年がチャクラムを放った。
 傭兵達を撫でるそれが手元に戻る前に、次の投擲。さらには、チャクラムの隙間を埋めるように男がナイフを投擲する。
 反撃の機を窺いながらかわす傭兵達。しかし回避しきれずに負う傷は少なくない。
「避けるなよー、ジャグリングっぽくできて自分でも面白くなってきたとこだってのに」
 少年が笑いながら地を蹴り、壁を這う。そして最も近い位置の緋桜へと直接チャクラムを押し当てにかかる。しかも緋桜を盾にするように動くため、誰も援護に入れない。
 緋桜は鳳仙を構え、少年へと一閃。受け流した少年が刃の上にチャクラムを滑らせると、緋桜は静かに地に伏してゆく。
「次は誰にしようかな‥‥っとと」
 少年は次に近い更紗へと向かおうとしたが、がくりとバランスを崩した。緋桜が足首を掴んでいたのだ。
「させ、ませ‥‥ん‥‥」
「気を失ってたんじゃないのかよ、離せよ‥‥っ」
 少年が緋桜を力任せに振りほどこうとした時、それを阻止したのは更紗の突撃だった。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け」
 エアストバックラーを前に出し防御姿勢、一気に襲いかかる猛火の赤龍。それを見届け、緋桜は意識を失った。攻撃を繰り返す更紗、緋桜をそこから遠ざけてすぐに戦線復帰する真琴。
「メタ相手じゃねぇのが残念だが‥‥せっかくだ、踊るかぃ?」
 ステップを踏み、少年へと笑みを向けた。

 男は視線を向けてくる宗太郎とラナに向き直る。
 視線が絡んだ刹那、戦闘開始。
 男は義手の鉤爪をラナへ薙ぎ、ラナはその動きから目を離さずいなすと、クローで脇を裂きにかかる。今度は男が回避、鳩尾に膝を。それは一瞬だけラナの呼吸を止めるが、すぐに男の身体が浮いた。宗太郎の槍だ。
 長いリーチで、男の背後から強く薙ぎ払う。男が退避しようとするのさえ制し、今度は疾風で駆けるラナが男を捕捉、クローをねじ込んでいく。
「疾風‥‥迅雷‥‥っ。目指すべき‥‥あの人の、ように‥‥っ!」
 真っ直ぐに追い続けている存在を思い浮かべ、駆ける。
 男はラナから宗太郎へと照準を変えるが、懐に入り込んだ瞬間に槍の柄の重い一撃を食らう。そしてそこに再度、ラナ。
「やるな。だが、ここまでだ」
 男はラナの攻撃を抱き止めると、義手で首を掴み上げた。
「‥‥っ」
 義手を破壊しようにも力が入らない。もがくラナ。
「離せ‥‥っ」
 宗太郎が救出を試みるが、男はラナを盾にして左手で宗太郎の腹へとナイフを突き立てた。
 腹部を押さえて崩れ落ちる宗太郎。男は笑みを浮かべ、義手に力を込めた。

 メタがリヴァルを解放したのは、小さな広場だった。
 ここまでにメタのブレードがリヴァルの首や肩を傷つけていた。超機械に持ち替えて軽く回復すると、何かを彼女へと放る。
「それは渡す。‥‥そ、それと」
 リヴァルが何かを言いかけるが、メタは受け取ったそれを見て再度激昂し、襲いかかってきた。
「き、聞いてくれ、メタ!」
「聞ぎたぐねぇ!」
 メタが受け取ったもの、それは――ABA48生写真シール。しかも百枚。
 チュニジア国境でのコンサート映像から取り出した、メタの際どいプロマイドばかり。背面はシールで、二枚だけがロアらしい。なぜ二枚だけロアなのかは、問わないことにする。
「駄目です、彼女の耳には届きません」
 伊織がメタの真横から、猛撃を乗せた鬼蛍「常世」で奇襲をかけるが、「邪魔だべ!」とメタの回し蹴りが迎撃。
「天都神影流、白鐘剣一郎。参る!」
 伊織と入れ替わるように追撃する剣一郎。紅炎を低く閃かせ、一瞬だけメタの脚を止める。だがダメージは軽く、引いたブレードが剣一郎の左頬を掠めた。
「さすが玄武、堅牢だな」
「しかし引くわけにはいきません」
 剣一郎と伊織が幾度となく挑むが、そのたびに押し返される。リヴァルは脚への攻撃を警戒し、盾を常に腰の位置で構えて防御に専念していた。
「メタ! 先日は過失とは言え、そ、その、すまなかった‥‥っ」
 肩を突かれた痛みを堪え、必死に言葉を投げる。
「その、可愛い女性に、というか、あれは不適切であった」
「こげな写真まで撮っでがらに、説得力の欠片もねぇ‥‥っ!」
「そ、それは‥‥っ」
 逆効果だったか――リヴァルは奥歯を噛む。どうやら、触れてはいけない乙女の領域に踏み込んでしまったようだ。
 繰り出される攻撃、その間にも、剣一郎と伊織はメタへの攻撃を続けている。
 何とかメタを掴むことさえできればと、リヴァルは攻撃を受けながら機を待つ。
 しかし、それはすぐに訪れた。
「ひと思いに死なせでやるべ――!」
 メタが、肘のブレードを大きく振り上げたのだ。今しかない――リヴァルは四肢挫きを発動した。
 月詠を流し入れ、メタに掴みかかる。振り下ろされるブレードに全身を裂かれる。
 それでもリヴァルは挑み、背後から一気に組み付くことに成功する。
「あの時とは‥‥違うのだよ」
 どこを掴んでいるのかなど、気にしてはいられなかった。

「なかなかやるねー」
 へらへらとした、軽薄な笑み。
 真琴は少年のそれに眉を寄せた。少年と戦闘を開始して数分、少年に裂かれた腕や背が痛い。それは更紗も同じで、身体のそこかしこに赤い筋が走っている。
 しかし、優勢なのはこちらだった。意思疎通が完璧とも言える真琴と更紗の動きに、少年は絡め取られている。
 息も荒く、動きも悪い。周囲を気に掛け、撤退する機を探っているようだった。
「絶対に逃がさん、貴様は此処でこのまま沈める」
 更紗が冷たく言い放つ。そして、竜の翼で幾度目かの突撃。
「‥‥が‥‥っ」
 回避すらできず、その威力に突き飛ばされた彼に食い込むのは、ジ・オーガ。
 真琴は爪を抜き去るとすぐに離脱、少年の闇雲なカウンターを回避する。瞬天即と疾風脚、それによる一撃離脱は少年を苛立たせて集中力を削ぐ。
「そろそろ終わりだ」
 低い声で真琴が言う。身体を小刻みに左右へ揺らし、真っ直ぐに爪を突き立てにいく。
「そんな攻撃なんて、効かないよー?」
 その、少年が釣られた瞬間を見逃さない。そのまま揺れを利用して半身をずらし、疾風脚で死角へと消え去っていく。
 直後、少年が見たものは――更紗の大きな瞳と、真琴が抉った右肩にもう一度抉り込まれるユビルス。
 そして彼は崩れ落ち、路面と抱擁を交わした。

「ふん‥‥まるでガラクタだな」
 男は、苦痛に歪むラナの顔や包帯を見てさらりと言う。
「がら‥‥く‥‥?」
 抵抗していたラナは一瞬ぴくりと反応したかと思うと、それきり動かなくなった。意識を失ったのだろうと男はラナを地に落とす。
 次に宗太郎を見る。深手を負い、動きは鈍い。
「楽にしてやろう」
 そう言って男が鉤爪を振り下ろした、瞬間。
 宗太郎が口角を上げ、一瞬で間合いから消えた。
「‥‥っ、今までのは演技だったのか‥‥っ!?」
 虚しく空を切った右腕、再度宗太郎が間合いに入り込む。
「我流・陽炎弾――」
「しま‥‥っ」
「――弾は、てめぇだあ!!」
 そして限界を超える力を放つランスが振り上げられた。
 高く打ち上げられる強化人間、宗太郎は地に伏すラナを見やる。
「たーまやー‥‥っと、あとは任せたぜ?」
 その言葉が終わる前にラナは立ち上がっていた。
「‥‥大丈夫、私は戦える‥‥。今日も、いつもと同じ‥‥」
 ただ、敵を殺すだけの――。
 薬を喉の奥に放り込む。きっかり三十分。
「‥‥殺す‥‥だけ‥‥」
 そしてラナは宙に舞った。刹那のクローが男を腰から抉り上げ――流れるように回し蹴り、男は身体を捻って回避するが、そのまま落下した。
 その背に降りたラナは、馬乗りになって抉り続ける。先ほどの男の言葉で何かが弾けたのか。
 殺られる――本能で悟った男は、辛うじてラナを振り払って撤退を開始した。
「‥‥脆く、強い‥‥。何がお前をそうさせる」
 男は逃げながら振り返り、呟く。
 ――じっと見据えるラナの右目が、男の脳裏に焼き付いた。

「きゃあああぁぁぁぁぁっ!!!」
 響き渡る、乙女の悲鳴。
 黒き蟲はその姿を桃色に変えた。そして再び黒に。
「許さねぇべ‥‥っ」
 擬態と解除を繰り返すメタは泣き喚いて肘を振り下ろす。握りしめていた写真が落ち、風に舞う。
 リヴァルが作り上げた隙を逃さず、剣一郎と伊織が猛撃を発動する。
「――行きます」
 メタの後頭部から天地撃をぶち込む伊織。続く両断剣・絶は、地に手をつくメタの両肘関節を水平に薙ぐ。
「天都神影流『秘奥義』神鳴斬‥‥飛燕っ!」
 続けざまに剣一郎が急所を狙う一閃。そして返す二閃目で断つ、それは黄金の連斬。
 流れる二人の刃は、メタの「鎧」を傷つけていた。
 直後、立ち上がろうとするメタの目に、配下の強化人間が撤退する姿と、合流しようとする傭兵達が映った。不利だと悟ったメタは、剣一郎と伊織の刃をブレードで押しのけ、撤退を開始する。擬態に戻り、両胸を抱きしめながら。
「屈辱、忘れねぇべ――!」
 そう、言い残して。

 やがて更紗と真琴が緋桜を抱えて合流し、宗太郎とラナも少し遅れて到着する。
「やれやれ。皆、無事‥‥とはいかないが、どうやらなんとかなったようだな」
 剣一郎がリヴァルと緋桜の状態を看る。二人とも命に別状はなさそうだ。
 そして緋桜とリヴァルを救護班に搬送し終える頃、KV部隊が再進軍を開始、ラバトの街は徐々に人類の手に落ち始めていく。
 ――メタの姿は、もうどこにも見当たらなかった。

<代筆:佐伯ますみ>