●リプレイ本文
紫の蜘蛛は糸を慰み、獲物を待っていた。
海風に晒されるアライシュ要塞へと、海から、陸から、進軍する。
「枯木も山の賑わいとは、いったもんだ。ボウフラみてェにワンサカ沸きやがって」
眼前のゴーレムに、ガンスリンガー『ティシュトリア』はストライクレイピアを突き立てる。
「ティシュトリア、支援要請了解した。ホレ、ケツ持ってやるから、さっさと前進しな! 蹴り飛ばすぞ! ‥‥いいから、さっさと行きな。つまんねぇことで死ぬんじゃねーぞ」
叫ぶのはA班の伊佐美 希明(
ga0214)。これが周囲にいたゴーレム最後の一機、しかし次にはRCの群れが進軍を妨げる。
「‥‥ま、人の心配してる場合じゃねェが」
シバリメ――ゼオン・ジハイドの5は、いつ動くだろう。
スナイパーライフルLRX−1の狙撃でRCの頭部を吹っ飛ばすのは、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)のサイファーE『Samiel』。
「闘争の終了とは、制止をもって決すべきだからな」
言いながら再度照準を定める。前衛二機の隙を突こうとする個体は後を絶たず、それを次々に撃ち抜いていく。
「シバリメか‥‥確かに貧乏くじかもしれんが。まぁそんなことは日常茶飯事だ。頼りになる仲間が一緒だ、そう易々と落ちるわけにはいかないな」
リディス(
ga0022)は後衛二機のバックアップを受けながら、ディスタン『プリヴィディエーニイ』のハイ・ディフェンダーを一閃。視線の先に、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)の雷電『ダイダロス』が入った。
「特にブレイズ、六月なのにこんなところで下手なことをしてあの子を泣かせることは許さんぞ」
「わかってる。それに‥‥貧乏くじ‥‥だなんて思っちゃいないぜ、少なくとも俺は。奴とまたやりあう機会を待ってたんだからな」
ブレイズ機は機盾「ウル」を構えて接近、リディス機と呼吸を合わせるようにして敵へとスレッジハンマーを叩き込む。
「例え何度やられようと構わない、何度だって立ち向かうさ。奴を討ち果たすまで!」
A班から少し距離を置いたポイントでB班も暴れていた。
オルカ・スパイホップ(
gc1882)のリヴァイアサン『レプンカムイ』はマルコキアスを乱射、RC達は重なるように斃れていく。一掃されたRC、引き続き姿を現すTW。
「派手に餌を撒かないとね」
先陣でラウラ・ブレイク(
gb1395)のフェニックス(A3型)『Merizim』は『SES−200』 オーバーブースト改Bを発動し、雪村をTWの鼻先へと一閃。
「本命を釣るなら、出し惜しみは抜き。この程度、余裕で倒して見せないと」
その言葉通り、ラウラの攻撃は止まることがない。
「やるわねぇ?」
蜘蛛はくつくつと笑う。
自分を釣りにきた傭兵達。
そこに敢えて釣られるのも、一興か――。
「どうやら、ようやくあの時の借りを返す機会が来たようじゃの。‥‥とはいっても、そう簡単には行かぬか。一当てでも二当てでもして、後に残せればよいのじゃが」
ゆるりと近づいてくる存在に、藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)は唇を結ぶ。
ここまで自身の戦術を貫き、アンジェリカ『朱鷺』の消耗も最小限に抑えてきた。いつでも、戦える。
その時、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)のミカガミ『R’s』から通信が入った。
「B班、万全の態勢でシバリメを迎撃できそうか?」
その通信に僚機は軽く手を挙げる。直後、敵ワーム群が蜘蛛の子を散らすように後退を始めた。
それと入れ替わるように、プロトン砲がラウラ機の右肩装甲を砕く。続けてシバリメは照準をA班へ、光に貫かれるのは前衛との合流を試みていたイレーネ機。
イレーネは驚愕する。
最後方に留まっていた自機は格好の的だろうと、警戒していた。照準がこちらに向いた瞬間に回避を行っていた。それでも貫かれた事実。
まだ自分は戦える。だが、愛機は前に進めない――。
『退屈ね』
シバリメはイレーネ機から視線を逸らす。
「‥‥極度の退屈とは退屈凌ぎになるのだよ、シバリメ」
わかっていて遊んでいるのか――しかし、このまま終わるつもりはない。イレーネの視線は、蜘蛛を追う。
「――出てきたかシバリメ」
紫の蜘蛛にブレイズは静かに声をかける。
「‥‥ここまでは予定通り、俺達に釣られてきたな。つってもどうせ気付いてるんだろ? 俺達が餌だってことぐらい」
ええ、そうね――笑い声が響く。
「デートのお誘い、受けてくれるかしら?」
ブレイズに続き、ラウラも誘う。
『あなた達、そんなにあたしとデートしたいのかしら?』
「私達も貴方のことを知りたくて仕方ないのよ」
ラウラは会話を続けた。時間を稼げるなら、無駄話でも何でもしなければ。
それに、全滅しようとも要塞が落ちれば例え負けても自分たちの勝ちだ。次への糸口は必ず持ち帰ってみせる。
その隙にリディス機が間合いを詰める。攻撃に転じようとした刹那、目の前を錘が舞い始めた。そこにブレイズ機も滑り込む。
「やつには余計な横槍を入れられたこともあるし、お返しもしてやりたいところだが‥‥」
リディスは唸る。デタラメな機動性も厄介だが、何よりこのワイヤーが鬱陶しい。
指先や錘の位置から動きを予測するブレイズ、しかし盾で捌いた瞬間に赤い光に裂かれた。咄嗟に飛び退り、距離を取る。
一方、ワイヤーはラウラ機へ。ラウラ機は力を全て引き出して回避、練剣「七星」を振り下ろすが、ワイヤーは直前で軌道修正。ラウラは回避に移行し、攻撃の要を雪村へと切り替える。
続けざまに攻撃を開始するのは希明機。
「ああ、トイレは済ませてある。‥‥さぁ、行くぜ!」
DFバレットファストを発動、積み重なるRCの亡骸の影から弾幕を展開した。
『鬱陶しい』
蜘蛛は弾幕を抜けて迫ると、希明機を「抱擁」する。
抉れるコクピット、降り注ぐ破片。しかしまだ攻撃はできる。希明機は立ち上がり、次の機を探る。
「会うのは2回目だね〜! 遊び相手になりきたよ!」
『嬉しいわね。また遊んでくれるなんて』
コクピットから手を振るオルカ。お気に入りが二人揃ったシバリメは頬を緩めた。
「まだ死ぬつもりは無いから楽しめるようにしようね! 一方的な戦いは狩りだからね〜。せめて遊べるように全身全霊全力で相手させてもらうよ〜!!」
乱射するマルコキアス、その軌跡を追うように駆けるオルカ機と、足下から立ち上る土煙。
オルカは敵の手を見やる。あのワイヤーが欲しい。奪い取れないものか――。
しかしシバリメは、ブーストで体当たりを仕掛けてくるレプンカムイを片膝で受け止め、地に叩き付ける。
同時に、錘が弧を描き――周囲で沈黙しているゴーレムを破壊、爆破し始めた。
「そんなっ!」
オルカが叫ぶ。土煙は糸の来る場所を把握するためだった。しかしそれを爆炎で覆い隠すとは。
「互いが互いの目となるのじゃ! 死角を補い合えば、やつとてそうそう我らを倒すことは出来ぬ!」
「錘を躱しても糸が残る、絡め取られない様に!」
藍紗とラウラが叫ぶ。
だが、それも黒煙に邪魔される。それでも、微かに見える錘を追う。
走り続ける錘はラウラ機を狙う。ラウラは一瞬、焦りを感じた。
同時の攻撃や回避、集団としての動きでシバリメに目標を絞らせない――それを念頭に置いていたのだが。
そうさせてはもらえない強さが、シバリメにはあった。
「厄介な蜘蛛糸じゃの‥‥切り落とせるか? いや、叩っ斬る!」
藍紗機が間に滑り込んでビームコーティングアクスを振り降ろす。しかし糸はするりと逃れていく。
アンジェリナ機はスパークワイヤーを振り回す。ワイヤー同士、絡まる可能性は少なからずあるはずだ。
ほどなくして、がつんと重い感触が伝わる。しかしそこに違和を感じ、咄嗟にワイヤーを緩めた。
「今、何が」
通信機から聞こえてくるのは藍紗の声。
「‥‥何が起こっておるっ!」
藍紗機がバランスを崩す。
「まさか」
アンジェリナはワイヤーを確認する。そこに絡まるのは、藍紗機の「左足首」。
これは明らかにシバリメによるものだ。不自然に揺れる黒煙へと藍紗が機盾「ウル」を突き出せば、ワイヤーが絡みつく。
藍紗機は盾を投げつけ、陰に隠れるように右脚で地を蹴って突撃を仕掛けた。
「女郎蜘蛛か、妖怪退治は我が本領、効くかは判らぬが色々試してみるのじゃ‥‥っ!」
『釣れた♪』
刹那、響く声と晴れゆく煙。同時に、ウルを解放した糸が藍紗機に絡みついた。
「――っ」
彼女の悲鳴は聞こえない。金属が擦れ合う音や砕け散る音だけが響く。
藍紗機は全身を裂かれて沈黙したが、パイロットは辛うじて一命を取り留めた。
再び蜘蛛を弾幕が襲う――希明機だ。
――足を止めるな! 守りに入るな! 生きようとするな!
(外敵なんて無い、戦う相手は常に自分自身のイメージ‥‥。五感だけじゃ奴は追えない。感じ取れ、戦場の感情、大気の変化、鼓動!)
気迫を込めた弾幕。出血が多く、目が霞む。
『足掻くわねぇ』
「ヘッ、玩具にゃ、玩具の意地があンだよ!!」
口角を上げ、目を凝らす。左脚装甲に傷をつけたようだが、大したダメージではないのが腹立たしい。
フォウン・バウの指先がしなやかに揺れる。錘が跳ね、希明機の左肩を大きく裂く。直後、希明は出血多量で意識を失った。
希明機を更に砕こうとするシバリメを阻むのは、アンジェリナ機が放つ弾丸達。
――弾丸を惜しむつもりもない。消耗を気にしていたら戦えない。
無駄な口上もいらない。
為すべきことは、全て行動で示せばいい。
シバリメの興味を引くのは、その遊び相手に足る実力を持っているという事実だけだろう。
そして、その興味をもって時間を稼ぐことができるのなら。その要員となり得るのなら。
行動で示すだけだ。その、価値を。
もちろん、無惨に負けるつもりもない。
来世まで――他の者に負けるわけにはいかないのだから。
シバリメが姿を消すが、アンジェリナ機は脇からの攻撃を回避する。
アンジェリナは深く息を吐く。テレポートに対しては、これまで培われた自身の視認と空間把握能力、そして勘を駆使するしかなかった。
シバリメに勝っているところがあるとすれば、この覚悟と三年間戦い抜いてきた経験だけ。自身の傭兵としての、そしてパイロットとしての技能を信じきった結果だ。
『やるじゃないの』
蜘蛛の声、迫る機体。完全に興味を引きつけた。
「機体が旧式だろうと、敵が精鋭機だろうと‥‥この機体に乗っているのが『私』であるということ!」
アンジェリナはありったけの力を込め、迫るフォウン・バウの腕を狙う――が。
鈍い音、重い衝撃、捕らわれて動かぬ自機の右腕。
『私は何百年も生きているの』
思考を読んだかのような言葉と共に、アンジェリナ機の右腕がもぎ取られる。そして、コクピット周辺を糸で絡め取られてしまった。
しかし、アンジェリナは口角を上げる。
「私達の勝ち‥‥だ」
砕けるコクピット、意識が途切れる瞬間に見たものは、アンジェリナの攻撃によって接合部分を抉られたフォウン・バウの右腕――。
蜘蛛がアンジェリナを落とすと同時にオルカ機が再度迫った。体当たり、そしてエンヴィー・クロックによる急制動。カメラ部を片手で隠し、どこを攻撃するかわからないようにする。
「今回こそ腕一本貰って行くからね!」
システム・インディヴィア起動、下段から振り上げられる練剣「雪村」。
『そう簡単に‥‥あら?』
右腕の動きが鈍い。まさか――。
シバリメは意識のないアンジェリナを見下ろす。しかしその時にはもう、右腕は斬り落とされていた。
「これで玩具から卒業できたかな?」
笑うオルカに、シバリメは答える代わりに左腕で糸を手繰る。しかしそれを妨げる狙撃が後方から放たれた。
狙撃手は――イレーネ機。早々に撃破したはずの機体だというのに。
『ライフルを撃つ力が残っていたなんて‥‥やるじゃない?』
「この機体が破損したとしても終わるわけにはいかん‥‥片腕でも動くのならば、全力を尽くして撃破を狙うのが闘争だ。撃破したと思い気を他に逸らしたのならば‥‥それは油断だ、大きな、な」
『そのようね』
静かな声、飛来する錘。イレーネは口角を上げたままそれを受け止める。抉り込む錘を抱え込むようにして、イレーネは愛機と共に沈黙した。
ブレイズ機とリディス機が蜘蛛の懐に入り込む。イレーネ機から錘を抜く余裕がないのか、蜘蛛の目が光る。ブレイズ機はハンマーを手放し、メトロニウムステークを抜き放つ。
「お前がどういうつもりであろうと、俺の方は常に全力で真剣勝負してんだ! お前を楽しませるために戦うつもりなんて――ない!」
むき出しになった右腕の接合部に、ブレイズは杭を突き立てた。蜘蛛は至近距離から砲撃しようとするが、リディス機に阻まれる。
ならばとようやく錘を抜けば、糸は弧を描いてリディス機を包囲。その、刹那。
赤い糸は弾け――錘が、地に落ちた。
『‥‥っ』
目を疑うシバリメ。リディス機が隠し持っていた白雪が、糸を断ち切ったのだ。
「シバリメ、貴様は確かに強い‥‥が、貴様にだけは負けるわけにはいかん」
勢いそのままに、白雪をフォウン・バウへと撫でつけようとするリディス機。
だが、蜘蛛が静かに告げる。
『‥‥全員、死になさいな』
シバリメは錘を失った糸を片手で繰り、リディス機の両手首を切り落とす。流れるようにブレイズ機を地に倒して馬乗りになると、そのままオルカ機へと光の筋を放つ。
背後から斬りかかるラウラ機、しかし蜘蛛はブレイズ機を踏みしめて跳躍、頭上から砲撃する。
「‥‥友軍を信じて、機体が動く限り一秒でも長く‥‥」
機体中枢を死守したラウラ機だが、しかし思うように動かない。その間にも、視界の中ではリディス機が膝をつく。これまでかと判断し、ラウラは記録を持って脱出した。
接合部の杭を抜き去り、ブレイズ機の喉元に押し当てる。ブレイズ機は辛うじてそこから逃れるが、今度は杭を腰部に押し当てられ、地に縫いつけられる。
動けないKV達、これまでとは明らかに違うシバリメ。圧倒的な威圧感と、殺気。
残酷なまでに美しい機体で、全てを見下ろす。
逆光が、紫をより深くする。
『終わりにしてあげる』
シバリメがそう言った、瞬間。
アライシュの中心で歓声と爆音が上がった。
――要塞が、陥落したのだ。
「‥‥まったく」
シバリメは吐息を漏らす。
一瞬とはいえ、出してしまった本気。釣られてしまったが故の、陥落。
戦闘には勝った。だが、「勝負」には負けた。プライドも激しく傷ついた。
認めたくはないが、それは事実だ。
――遊んでばかりもいられないだろうか。
そして蜘蛛は巣へと戻っていく。人の手に墜ちたアライシュ要塞を振り返ることなく。
傭兵達はただ無言で、その姿を見送るだけだった。
しかし、いつか。
いつか、あの蜘蛛を。
その想いは、滾ったまま――。
(代筆:佐伯ますみ)