タイトル:【RAL】亡霊は還るマスター:ドク

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/16 23:54

●オープニング本文


 アフリカの奥地に存在する、司令部の一室――椅子の上にふんぞり返るプロトスクエアが白虎・ゲルトは、メスを弄びながら、目の前に直立不動で並ぶ男を睥睨していた。
 彼は『亡霊』と呼ばれる、元UPC軍人の強化人間によって構成されたバグア軍の特殊部隊の長であった。
 しかし、彼は部下の体を乗っ取った監視役のバグアを、一時的とは言え傭兵達と協力して殺害した咎で、今や拘束される身である。

「ふーん‥‥」

 報告書の束をつまらなそうに投げ捨てるゲルト。
 『亡霊』の長、ギース・バルクホルンは、瞳の奥に狂気を秘めた彼の底知れぬ視線を受けても、冷や汗一つ掻く事無くそれを受け止めた。

「――その顔は、当の昔に覚悟は出来てるって顔だなー?」
「無論だ‥‥貴様らの手に落ち、人ならざる者となってから、我らは既に命を捨てている」

 ギースの言葉に、ゲルトは愉快そうに体を揺らすと、足を大きく振り上げ、その勢いで立ち上がる。

「――まぁ、僕個人の意見としちゃ、その程度でくたばる低級バグアが何匹死んだ所でどうだっていいんだが‥‥流石にそれじゃ下の奴らに示しがつかないんでなー」

 そして目にも留らぬ速さでメスを引き抜き、ギースの首元へと突きつけた。
 鋭い刃先が首の皮に僅かにめり込み、ぷつり、と血の珠が浮き出る。
 それでも、ギースは眉一つ動かす事は無かった。

「――僕の実験材料にしてもいいが、疾うに生きるのを諦めてる奴らをいたぶっても面白くも何ともないし、かと言ってヨリシロにしたとしても、下手したら『引っ張られ』るのがオチだしー?」



 ヨリシロの意思や感情に影響され、バグアとして不可解な行動や感情に苛まれた挙句、命を落とした個体は決して少なくない。
 ゼオン・ジハイドの2・中野詩虎や、チューレ基地の司令官イェスペリ、バルセロナ司令官であったサイラス・ウィンドことラセツ。
 挙げていけば枚挙に暇が無い。
 かく言うゲルトも、ヨリシロであった男が使っていた一人称を無自覚に使ってしまっているのだ。



 ゲルトはそう告げると、にやりと唇を吊り上げ、踵を返して再び椅子の上にどかっ、と座り込んだ。

「‥‥そんな訳で、お前らの処理はUPCの奴らに任せる事にした。
 場所は――ジブラルタル海峡。お前らがお望みの場所だぜー」
「‥‥!?」

 その言葉を聞き、初めてギースの顔が驚愕に歪む。
 与えられる戦力は、反旗を翻して以来一切の修復と補給のされていない改造ビッグフィッシュと、その艦載機である鹵獲KV。
 そして、度重なる人類との戦いで損傷したけれども、修復する価値も無いボロボロの旧式機の群れだけ。

「――あそこは奴らにとっちゃ重要拠点だからなー‥‥生き残れる可能性はほぼ皆無。
 お前らも満足して逝けるだろうから、化けて出られる事も無い訳」

 ゲルトはそこまで告げると、興味を失ったのか、椅子を回転させてギースに背を向ける。

「‥‥感謝する」
「無用になった玩具を処分するってのに‥‥いまいち分からんねー、人間の思考とやらはさ」

 敬礼し、部屋を去っていくギースの背に、ゲルトは肩を竦めながら呟いた。



 ドッグへ赴くと、そこには既に『亡霊』達が整列していた。

「艦長‥‥ご命令を」

 度重なる戦いでただ一人残った戦闘部隊「ファントムズ」の一員、サイス・クロフォードが代表して声を上げる。
 ギースは深々と古びた旧式のUPC海軍制帽を被り直し、号令を下した。

「各種武装弾薬、艦載機のチェックが済み次第直ちに出航する。
‥‥目標は――『我らの海』だ」
『――アイ、サー!!』

 冷たく暗いドッグの中に、亡霊たちの熱い咆哮が響き渡った。



『――こちらドルフィンズ1!! ジブラルタル海峡にて、バグアの大規模部隊の存在を確認!!
 識別はおそらく「亡霊」と思われます!!』

 哨戒任務に就いていた部隊から、ジブラルタル海峡付近に駐留する全部隊へとエマージェンシーコールが響き渡る。
――数時間も経たぬ内に、亡霊は自分達に倍する数のUPC海軍に包囲されていた。

「こちらはボロボロになった、スクラップ同然の兵器群‥‥対する彼らは、最新鋭、新進気鋭の士気に満ちた兵士達、か‥‥」

 その時、ギースは気付いた‥‥これはまるで、かつての自分達ではないか。
 圧倒的なバグア軍に立ち向かう、ボロボロの自分達。
 ただ違うのは、その頃の己は今対峙する彼らのように、ただひたすら勝利を願っていた事。
 改めてギースは思う。



――もう、我らは二度と彼らの中には戻れないのだと。



『――栄えあるUPC海軍の諸君‥‥私は『亡霊』の長、ギース・バルクホルン』

 全域に対して、オープン回線でビッグフィッシュから通信が入る。

『君達は‥‥海が好きだろうか?』

 突然の問い――兵士達は怪訝そうな表情を浮かべながらも、ただその通信を聞く。
‥‥聞かなければならないと、思った。

『かつてこの海は、バグアのものであった。
 無敵とも思える軍勢に、まるで蟷螂の斧の如き兵器で戦いを挑み‥‥数多の命がこの海に消えて行った』

 そこで、ギースは大きく息を吸い込むと、更に高らかに声を上げる。

『しかし今は違う‥‥君達は新たな力を手に入れ、海は再び君達人類のものとなった。
 それはひとえに、人の目に届かぬ、栄光無き戦場で戦ってきた先人の‥‥そして君達の功績だ。
 どうか‥‥誇ってほしい』

 ボロボロのビッグフィッシュが浮上し、UPC軍に目がけて砲口を向けた。

『――そして、今君達の目の前には、人類を裏切り、君達の友を、仲間を、家族を奪った敵がいる!!
 十年前に死にきれず、牙を失った愚かな「亡霊」が!!』

 それは聞く者には怒りの咆哮に、聞く者によっては慟哭にも聞こえる、海を愛した男の叫び。

『今を生きる名誉ある海の戦士達よ!!
「亡霊」を‥‥我ら「亡霊」を!! 再び殺して見せろ!!』

 そして、唸りを上げて吐き出される砲弾と魚雷。



『迎撃開始!! 艦載機も順次発進させろ!!』

 それに応え、UPC軍も一斉に行動を開始した。

『――彼らを‥‥哀れなる「亡霊」達を、母なる海へと還してやれ!!』

 かつて彼らと共に海を駆けた艦隊司令は、涙を流しながら命令を下した。



――今、鎮魂の戦が幕を上げる。


●参加者一覧

/ 鯨井昼寝(ga0488) / 威龍(ga3859) / UNKNOWN(ga4276) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 周防 誠(ga7131) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 狭間 久志(ga9021) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 翡焔・東雲(gb2615) / 澄野・絣(gb3855) / アンジェラ・D.S.(gb3967) / 橘川 海(gb4179) / 天原大地(gb5927) / オルカ・スパイホップ(gc1882) / カグヤ(gc4333) / キロ(gc5348) / 住吉(gc6879

●リプレイ本文

 欧州の海に初めて亡霊が現れた時、ビッグフィッシュと戦った二人の傭兵――周防 誠(ga7131)と赤崎羽矢子(gb2140)は、ギースの放送を黙って聞いていた。

「助けられるものなら助けてやりたいとも思いますが‥‥それは、彼らにとって侮辱なのかもしれませんね」
「それしか出来なかったとしても――不器用過ぎるよ」

 無線越しの周防の言葉に、赤崎は顔を俯かせながら強く操縦桿を握りしめる。
 亡霊たちの所業は、あまりにも「愚か」と言える‥‥が、それを最も分かっているのはギース達自信に他ならない。


――だからこそ、どうしようもなく痛々しい。


 彼らを眠らせる以外に他に何が出来るのか‥‥そんな事を考えていた彼女の傍らを、鯨井昼寝(ga0488)のリヴァイアサン「モービー・ディック」が進んでいく。

「‥‥行くわよ」

 昼寝はただ一言そう言うと、淡々と出撃していく。
 ただ、その背中は――思い悩む暇があるのなら、一分一秒でも早く彼らを打ち倒し、一分一秒でも早く彼らを救え‥‥そう、語っていた。

「であれば、あとは戦うのみか‥‥」
「だね‥‥赤崎機出るよ!!」

 戦友の思いに押されるかのように二人は頷きあうと、リヴァイアサンとアルバトロスは並び立つようにカタパルトへと進んだ。



「ねぇレプンカムイ‥‥今の君があるのは、あの人達がいたからなんだよ?」

 今やかけがえの無い存在となった愛機・リヴァイアサン「レプンカムイ」のコクピットの中で、オルカ・スパイホップ(gc1882)は操縦桿を撫でながら語りかける。
 出会った時には既に狂ってしまっていたけれども、ファントムズの一人、ゲイル・バーグマン‥‥彼が最期に乗っていた、荒々しくも緻密な攻撃を繰り出す海魔の存在が、このレプンカムイの在り方を決めた。
 敵に感謝するのはおかしいとは思う‥‥しかし、あの時の彼は、それだけ圧倒的だったのだ。

「‥‥何でもっと、あの人達と関われなかったんだろ?」

 もっといっぱい戦って、もっといっぱいどんな戦い方をするのか見たかった。
‥‥だが、もう遅い。
 彼らは、この戦いで届かない遠い所へ行ってしまう――それがオルカには寂しくてたまらなかった。

「‥‥最後に、いっぱい遊んでもらおうね?」

 何処までも純粋に、戦いに狂った少年は機体をカタパルトへと接続する。
 海の戦士たちの最後の戦い(おしえ)を見届けるために。



 スクランブルのアラートが鳴り響く格納庫の中で、クラウディア・マリウス(ga6559)は、星のペンダントを握りしめながらコクピットに座っていた。

「亡霊‥‥ううん、違うよ。あの人たちは確かに此処に、この海に存在してる」

 人類の為に戦い、人類に捨てられ、人類に弓引く事を強いられた戦士達‥‥彼らは、本当ならば自分達と共に轡を並べるべき者達なのだ。
 そんな彼らを討つのは、辛く、悲しい。


――しかし、クラウは彼らとの戦いの中で一つの約束を交わした。


 サイス・クロフォードと名乗るあの人から、もう目を逸らさない。逃げない。
‥‥命を救えないのなら、せめてその心だけは――!!

「――星よ、力を‥‥行こう、バトちゃん!!」

 胸にペンダントを掻き抱き、愛機であるアルバトロスに向かって呼びかける。

「クラウディア、出ます!!」

 顔を上げ、操縦桿を握りしめる彼女の顔には、戦士の決意が宿っていた。
 そして、蒼い海原に飛び出したクラウの傍らに、同じく亡霊と長い因縁を持つ男、威龍(ga3859)の乗るリヴァイアサン「玄龍」が並ぶ。

「‥‥サイスと戦えるのもこれが最後だろうぜ。
 だから、悔いの残らぬように全力で奴にぶち当たれ。その花道は俺達が切り開いてやるからな」
「はいっ!!」

 頼もしい笑みを浮かべる快男児の言葉に、クラウは力強く頷いた。

「あら? 私達も忘れて貰っちゃ困るわよ? 後腐れないように、きっちり片付けましょう。
 今回は海もいる‥‥早々遅れは取らないわ」
「そうですよ!! 私たちは、負けるわけにはいきません。そうですよね?」

 そして、親友同士である澄野・絣(gb3855)と橘川 海(gb4179)のリヴァイアサン「ミツハ」とアルバトロスも並ぶ。

「‥‥うんっ!! 海ちゃん、かすりん、よろしくねっ」

――これが、クラウの強さだ。
 自分自身には強力な力は無いけれど、仲間たちとの絆と協力。
 一人では無く、皆で成す‥‥そんな力を、彼女は手に入れていた。

(‥‥だから、今行きますサイスさん‥‥貴方と戦う為に!!)

 星のペンダントを握り締めながら、クラウは一際強くフットペダルを踏み込んだ。



 大海原に飛び出した傭兵たちの前に立ち塞がったのは、海の蒼を埋め尽くすかのようなワームの群れ。
 普段ならば厄介な驚異にしか映らない敵――しかし、眼に入るどれもが傷を負い、醜く変形していた。



――それは何処か、敵う筈も無い者に立ち向かうかのような悲愴さと、切なさを感じさせる。



 しかしここは戦場‥‥亡霊達の境遇には同情はするが、いざ向かい合ったのならば宣言に呼応して力を奮うのみ!!

「コールサイン『Dame Angel』、相対する『亡霊』群に敬意を表し、その望む結果をもたらす為に、速やかに殲滅を図るわよ」
「ひろーい海は〜♪ 我のモノ〜♪ 自由に海で遊べるように海戦に協力なのじゃ、うん」
「お手伝いマスターにカグヤはなるの! 支援機で戦闘を有利に運べるようにがんばります」

 パピルサグ「アンタレス」の搭乗者アンジェラ・D.S.(gb3967)の言葉に呼応し、同じくパピルサグ「パピー」を駆るキロ(gc5348)が先陣を切った。

「カカカッ!! 我がやるのは魚雷発射だけじゃ!!」

 七十式多連装大型魚雷、多連装魚雷「エキドナ」、M−042小型魚雷ポッド‥‥無数の魚雷による弾幕が、バグア軍の先方へと突き刺さる。
 元々損傷していたマンタやメガロ達が爆散し、激しい水煙が巻き起こり、悪くなる視界。

「敵の動きを解析して転送するの。みんながんばって!!」

――だが、カグヤ(gc4333)のオロチ「おしゃかなさん」のレーダーは、敵が何処にいるのかはっきりと捉えていた。

「あまりこういう覚悟は、私は好まない、のだが」

 ダーススーツに身を包んだ紳士が、怪しく微笑みながら呟く。
 爆発によって巻き起こった水流を利用して敵の側面に回りこんだUNKNOWN(ga4276)のビーストソウルが、ガウスガンと魚雷を放つ。
 威力こそそう高くないが、巧みな操縦技術と射撃で、敵を休ませず、混乱を助長させていく。

「任せろ!!」

 その隙に、水煙の中に恐れる事無く突撃していくアンジェラ。
 そしてブラストシザースを突き出し、至近のメガロを拘束すると同時に、鋏の間に着けられたレーザーで貫き破壊する。
 そして敵が対応し切れない間に、ソニックネイル「バンシー」にて並み居る敵を次々と引き裂いていった。
――しかし、突出した事で集中し始める敵の猛烈な攻撃。

「ちぃっ‥‥!?」

 数えきれない程のプロトン砲が、魚雷が、アンタレスの紅の装甲を次々と叩く。

「アンジェラさんが囲まれてますっ!! 援護をっ!!」
「‥‥承知」

 カグヤの警告の声に応え、そこに割って入ったのは、アルヴァイム(ga5051)のパピルサグ【漂】――ミサイルで敵の弾幕を撃ち落とすと同時に、接近戦を仕掛けてくるゴーレムやメガロをレーザークローでなぎ払う。

「援護は必要か?」
「彼らと決着を付けに行く人がいる‥‥邪魔はさせない!!」

 そこへ更に飛び出したのは、彼の僚機であるクラーク・エアハルト(ga4961)のビーストソウルと、同じく狭間 久志(ga9021)の「深穿」。
 二人はアルヴァイムが攻撃した集団へと同時に魚雷とミサイルの嵐を叩き込む。

「悪いが、ここで沈んでくれ」

 マンタの内の一機が、爆風によって木の葉のように翻弄される――クラークは満身創痍の敵に哀れみを抱きながらも、容赦無く照準を合わせた。
 腹にガウスガンの弾丸を叩き込まれたマンタは、一瞬の沈黙の後、海の藻屑と消える。

「今だ!!」

 その水煙に紛れて変形しながら一気に接近する狭間。
 そしてタロス目がけてレーザークローを振るう――しかし流石はタロス、すかさず応戦し、激しい剣戟の応酬が繰り広げられる。
 だが、そこに叩き込まれる小型魚雷ポッドのミサイルの嵐。
 威力こそ低いが、無数の砲弾の爆発によってぐらり、とタロスの体勢が崩れた。

「では、海底への直通切符です。大人しく海底の人工魚礁として余生を過ごして下さいですね〜」

 そこには、住吉(gc6879)のビーストソウルがガウスガンを構えていた。
 続けて放たれた弾丸は、タロスの装甲を砕き、生体部品をガリガリと削りとる。

「止めぇっ!!」

――その機を逃す事無く、狭間が突き出したレーザークローが中枢部を貫いていた。



「‥‥素晴らしい。彼らの連携の前では、タロスですらいとも簡単に落とされてしまう」

 次々と藁のように薙ぎ払われていく自軍の機体の様子を、サイスは何処か嬉しそうな表情で見つめていた。
 能力者というだけでは無い――彼らの間には、まるで自分たち‥‥いや、それ以上の強固な信頼を感じる。

『――あれが、彼らが三年間に手に入れた力‥‥そして、十年間に育んだ信頼‥‥』
『隊長‥‥我々は‥‥夢を見ているのでしょうか‥‥?』

 サイスと同じように戦況を見つめていた強化人間達の中には、涙すら流している者もいた。
 かつて、バグアとの戦いは正に地獄‥‥猛獣に対して、素手で立ち向かうに等しい絶望の戦場だった。
 しかし、あれを見るがいい――人類は、彼らと対等以上に戦っている。

「もう、思い残す事はありません‥‥全機、出撃準備。
 バグアによって永らえた徒花の命、盛大に散らすとしよう」
『アイ、サー!!』
「――では艦長、お去らばです」
『‥‥地獄で会おう、諸君』

 艦長のギースとたった一言言葉を交わし、サイスは機体を起動させる。
 鹵獲リヴァイアサンの瞳が、禍々しい光を放った。



「――総員、対KV戦闘用意」

 出撃していくサイス達を見送ったギースは、残った乗組員達に指示を下す。
 そのモニターには、UPC軍の支援砲撃の合間を縫い、真っ先にワームの群れを強引に突破してBFの前に立ち塞がるKVの姿。
 それは昼寝のモービー・ディック、周防のリヴァイアサン、赤崎のビーストソウル、天原大地(gb5927)のビーストソウル「紅蓮天」であった。

「我らの戦いの始まりも、終わりも君達か‥‥嬉しいね」
『‥‥行くわよ、ギース・バルクホルンいや、亡霊‥‥!!』
「――お相手しよう、荒々しきユンゲ、そしてフロイライン達よ‥‥ファイエル!!」

 荒々しい機動で一気に接近し、ホーミングミサイルを放つ昼寝に応えるかのように、BFのプロトン砲の華が咲いた。



「BFから鹵獲KV五機が出現!! 注意を──って、きゃっ! 危ないー。敵が近いー」

 唯一の電子戦機を狙うバグアの攻撃を何とか回避しながら、カグヤが増援の存在を伝達する。

「来たか‥‥サイス!!」

 威龍が機首をBFの方角へと向ける。
 しかし、かなりの乱戦の為、接近は感知出来ても何処から来るかは分からない。
 全神経を集中させる‥‥その時、傍らに立つクラウが叫びを上げた。

「威龍さん!! 下ですっ!!」
「何!?」

 咄嗟に回避する威龍――一瞬遅れて、プロトン砲の光が海底から吹き上がる。
 そしてそのほぼ同時に、鹵獲ビーストソウルが飛び出し、剣を振り上げた。


――ガギンッ!!


「させんっ!!」

 その間に割り込み、ベヒモスで受け止めたのは、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)のリヴァイアサン「イェルムンガル」。
 彼が動きを封じている間に、玄龍は素早く側面へと回りこみ、鹵獲ビーストソウルへとガウスガンを放った。
 しかし敵もまた盾でそれらを受け流し、間合いを開ける。

『ふむ‥‥やはり奇襲は通用しませんか。それでこそ傭兵です』

 その声と共に、両腕を巨大な鋏に変じさせた鹵獲リヴァイアサンがゆっくりと海底から鹵獲KV達を率いて現れる。
 亡霊戦闘部隊「ファントムズ」‥‥その唯一の生き残りにして隊長、サイス・クロフォード。

「お久し‥‥ぶりです。サイスさん」
『――クラウディアさんですか‥‥それに、皆さんもお揃いのようで』

 サイスはぎこちなく口を開いたクラウに優しく微笑みかけ、周囲にいる威龍や澄野達‥‥亡霊達に深い因縁を持つ者達に向かって呼びかける。

「ああ‥‥」
「思ったより長い付き合いになったけど、それも今日で終わりよ。覚悟なさい?」
『無論、そのつもりです‥‥しかし――』

 サイスが頷くのと同時に、鹵獲リヴァイアサンの鋏が音を立てて開き、巨大なレーザーシザーへと姿を変える。
 それに倣うように、鹵獲KV達もそれぞれの武器を構えた。

『‥‥そう簡単にはやられる訳にはいかん。
 最早名乗る事も許されんが‥‥海兵の意地、貫かせて貰う!!』
「サイスさん‥‥行きます!!」

 そして一気に詰まる両者の間合い――本当の意味での亡霊との戦いが幕を開けた。



 後方から機動力の劣る鹵獲テンタクルスが放つプロトン砲の弾幕の中を、鹵獲ビーストソウル達とサイスのリヴァイアサンが迫る。

「散れっ!!」

 散会して避ける傭兵たち――避けきれなかった者の前には、澄野がエンヴィー・クロックを利用して立ち塞がり、アクティブアーマーを構えて文字通り盾と化して守った。

「私がいる内は、簡単に攻撃が通ると思わない事ね!」

 続けて接近した鹵獲ビーストソウルの剣戟をも受け流し、ガトリングを放って牽制しつつ、ソードフィンを振るって引き剥がす。

「悪く思うな?」
『ぐうっ!!』

 そこへユーリのイェルムンガルが魚雷ポッドを放って動きを止め、更に澄野が傷を付けた装甲へとガウスガンを放って追い打ちをかける。

「アルバトロス、あなたの力を見せてっ!」

 その機を狙って、橘川が七十式多連装大型魚雷を放って追撃。

『やらせると思うか!?』

 だが、その全てが立ち塞がったサイスのビームシザーによって尽く切り払われた。
 そして一気に間合いを詰めると、鋏を大きく広げるリヴァイアサン。

「くはっ‥‥!?」

 まるで猛獣の顎の如き一撃は、掠めただけでも機体の側面がガリガリと嫌な音を立てて削り取られる。
 そしてすれ違い様の蹴り――まるで木の葉のように吹き飛ばされる橘川。

「かすりんっ!!」

 クラウが咄嗟にホールディングミサイルとガウスガンを放って追撃を阻止するが、サイスは急制動をかけてそれをかわし、今度は逆にクラウを殴りつける。

「ううっ‥‥!?」

 ブーストをかけてかわすが、避けきれずに装甲が飴のように溶けた。

「海!! クラウ!!」

 二人を守るため、澄野がガトリングを放って牽制し、間合いを詰めると同時にソードフィンで斬りかかる。

『遅い!!』

 しかし、サイスはそれをも装甲で巧みに受け流すと、逆にカウンターの膝をミツハへと叩き込み、追撃のビームシザーがアクティブアーマーの一枚を挟み潰した。


――やはり、強い。


「だが、負ける訳にはいかんっ!!」

 威龍の気合と共に放たれた玄龍のミサイルと魚雷。
 ブーストとシステム・インヴィディア、エンヴィー・クロックを同時発動させて放たれた弾幕は、サイスの機体を激しく揺らす。

『まだまだ!!』

 サイスはアクティブアーマーでそれらを防御し、逆に直線的な機動で玄龍へと接近した。
 咄嗟に変形して攻撃を受けようとするが‥‥間に合わない!!

「ここは通行止めだよ〜!!」

 しかし、そこにオルカのレプンカムイがブーストをかけて突進する。


――ガァンッ!!


 重量級の機体同士が激しくぶつかり合い、大きく吹き飛ばされる両者。

『ぬうっ!?』
「ん、ぐぅぅぅ〜〜!! い、ま、だぁ〜〜〜〜!!」

 体を襲う凄まじい衝撃に耐えながら、エンヴィー・クロックで急制動をかけ、突進の反動を打ち消すと同時に、今度はシステム・インヴィディアを発動させて強引に機体をサイス目がけて前進させる。
 そして、振るわれた水中練剣「大蛇」の一撃が、サイスの機体の肩口を大きく抉った。

『ぐ‥‥っ!! 見事です‥‥!!』

 衝撃に呻くサイスは、思わず素の喋り方となる。
 そこには、レプンカムイの性能もさる事ながら、オルカ程幼い少年が、これほどの技量を持つ事への驚嘆が込められている。

『隊長!! お下がりを!!』

 今度は亡霊兵達がサイスの前に出て、カバーする。
 そして鹵獲テンタクルスが魚雷を放って威龍を吹き飛ばし、ビーストソウルが剣を振るってオルカへと肉薄する。

「うわわっ!?」
「ちっ‥‥!? 一筋縄にはいかんか!!」

 鋭い一撃を何とか防御しながらオルカがたたらを踏み、威龍はアクティブアーマーを展開しつつ、バレルロールで弾幕を掻い潜った。
 追撃をかける亡霊兵達――だが、その前には三人の少女達が立ち塞がる。

「‥‥ここからが正念場よ、クラウ、海」
「うんっ!!」
「やられっ放しっていうのは‥‥カッコ悪いですからね!!」

 澄野の呼びかけに応えて、クラウと橘川が前進する。

『通すものかぁっ!!』
「う‥‥っくぅ‥‥!?」

 テンタクルスに乗る亡霊兵が、させじとプロトン砲を乱射――澄野はアクティブアーマーで防御するが、度重なる衝撃に幾度も体をコクピットに強打し、ミシミシと体が悲鳴を上げる。

「絣さんっ!!」

 だが、側面から放たれたガウスガンの弾丸が、プロトン砲の一門を破壊する。
 澄野を相手取るテンタクルスの側面へと、橘川とクラウの二人が回りこんでいた。

「今ですっ!!」

 クラウの撃つミサイルは装甲を削るに留まるが、テンタクルスの動きを制限し、追い込んでいく。
 そこに、橘川のアルバトロスが突っ込んでいった。


――しかしその動きは潜行形態の速さに頼った直線的な動き。


 そう判断した亡霊兵は、腕に装備したクローで殴りかかる。
 その瞬間、橘川はアルバトロスの最大の長所でもある強化変形機構を用いて愛機を人型へと変じ、潜り込むかのように一撃を避けた。

『‥‥!?』
「てああああああああっ!!」

 そして、懐へと飛び込むと同時に、レーザークローの一撃を胸元へと叩き込んだ。

『‥‥はは‥‥強い、なぁ‥‥嬉しい、なぁ‥‥』
「‥‥!!」

――最期に聞こえてきた言葉は、喜びに満ちていた。

『‥‥僕達の、戦いは‥‥無駄、じゃなかっ――』

 満面の笑顔を浮かべたまま、亡霊兵の機体は爆散し、海底へと沈んでいった。



 亡霊兵が放ったガウスガンの弾丸が、レプンカムイ目掛けて放たれるが、オルカはそれをアクティブアーマーで次々と弾いていく。

「そんなノックみたいなの利かないよ!

 不敵な笑みを浮かべつつアクティブアーマーを展開しながら魚雷の弾幕を放つ。

『ぐっ!?』

 咄嗟に盾で受け止める亡霊兵だったが、水煙が晴れたその先に、レプンカムイの姿は無かった。

『横かっ!!』

 咄嗟に体全体を回転させるように剣を振るビーストソウル――しかし、その一撃はまたもアクティブアーマーによって受け流される。

「‥‥おじさん、僕‥‥海、大好きだよ。
 そんでもってこれからも海で僕たち戦っていくよ」
『そうか‥‥頼むぜ、ボウズ』

‥‥オルカが自分より強いと分かった時点で、既に覚悟を決めていたのだろう。
 少年の言葉に、亡霊兵が微笑みを浮かべる。


――振り下ろされた大蛇の一撃は、ビーストソウルを真っ二つに切り裂いた。



――ガギンッ!! ガギンッ!! メキィっ!!

 テンタクルスとイェルムンガルが幾度も、幾度も交錯し、接近してはベヒモス同士で斬り合い、離れてはプロトン砲と魚雷を撃ちあう。
 両者は全くの互角であり、互いの攻撃が繰り出される度に装甲がひしゃげ、傷ついた機体から気泡が立ち上る。

「せぇいっ!!」
『ぐはっ!?』

 だが、イェルムンガルのベヒモスの斧頭がテンタクルスの腕を叩き落としたのを皮切りに、均衡はユーリへと傾いていく。
 ボロボロになっていく亡霊兵の機体‥‥だが、ユーリは決して容赦する事無く攻撃を仕掛けた。
――全力で相手する事こそが、彼らへの鎮魂となるのだから。

『‥‥は、はははっ!! あ、アンタが最期の相手で良かったよ‥‥』

 亡霊兵がそう呟いたかと思うと、ブーストをかけて凄まじい勢いで突進してくる。
 咄嗟にガウスガンで応戦するが、勢いのついた重装甲は、弾幕では止めきる事は出来ない。

「くっ‥‥!?」
『母なる海よ‥‥今‥‥そ、こへ‥‥』

――ズンッ!!

 ベヒモスの刃がコクピットを砕くのと、テンタクルスの肉弾がイェルムンガルへと届いたのはほぼ同時。


――仄暗い海の中に、閃光と衝撃が走る。


 その後には、粉々となったテンタクルスとイェルムンガルの残骸。
 そしてその間に傷だらけで漂うユーリの姿しか無かった。

「‥‥ぐ‥‥正に、執念という訳か‥‥」

 心の中で祈りを捧げると、ユーリはゆっくりと海面へと上がっていった。



――猛烈な砲火に翻弄されながらも、五人の傭兵達が巨大な鯨目がけて肉薄せんと海中を駆ける。

「こんのおおおおおおっ!!」

 プロトン砲に身を焼かれても怯む事無く、赤崎のアルバトロスは突き進み、魚雷ポッドの弾幕でBFの装甲を取り付けられたフェザー砲ごと削り取っていく。

「うおおおおおおおおっ!!」

 魚雷に、フェザー砲に、プロトン砲に、幾度も吹き飛ばされ、装甲を削られながらも、天原はインベイジョンBで弾幕を掻い潜って次々と魚雷を放った。


――彼自身、亡霊の事は報告書の上でしか知らない。


 が、彼らが亡霊と化した理由と、戦いが始まる前に長たるギースの演説を聞いた天原は、彼らをバグアでは無く、「戦士」として扱い、正々堂々と戦う事を決めていた。

「あんたらの男としての最期の意地と覚悟‥‥受け止めてやるよ‥‥同じ男としてな!!」

 決意の咆哮を上げると同時に、一気に接近するとソードフィンで魚雷の発射口を切り裂いて潰す。
 天原の紅蓮天を強敵と見たのか、BFは更に多くの砲門を向けた。
 更に厚くなる弾幕‥‥凄まじい衝撃が襲い、ミサイルの爆発に巻き込まれて足が一本消し飛んだ。
 しかし、それは天原の思惑の通りだった。

「‥‥行きな、ここは俺が引き受ける」

 その間に、亡霊と深い因縁を持つ仲間たちが更に深くBFの懐へと潜りこんでいく。

「感謝します‥‥とは言っても‥‥!! キツイのには変わりませんがっ!?」

 アクティブアーマーを纏う事で致命傷を避けつつ、プロトン砲は掻い潜りながら、周防のリヴァイアサンが魚雷ポッドの弾幕を放って魚雷とミサイルの弾幕と相殺させる。
 激しい爆発が巻き起こり、視界が遮られる――その合間から、周防はフォトンランチャーを放った。
 魚雷発射管、プロトン砲やフェザー砲が、正確な射撃によって次々と撃ちぬかれ、破壊されていく。
 その間にも、飛来する魚雷やミサイルをガトリングで撃ち落とす事も忘れない。
 無論、無傷ではいられず、アクティブアーマーは既にボロボロ、守りきれなかった装甲は殆どが剥がれ落ちていた。
 しかし、堅牢なリヴァイアサンのフレームは揺るがず、周防の激しい操縦にしっかりと応えてくれる。


――そして、次第にフォトンランチャーの砲撃によって砲門を破壊され、BFの弾幕の一角に、『隙間』が空き始める。

「こちらで支援に入ります。存分にやっちゃってください!」
「サンキュー!! 助かるわ!!」

 その隙間を、昼寝のモービー・ディックと赤崎のアルバトロスが突き進んだ。



「――接近警報!! 懐に潜られました!!」
「機銃とフェザー砲で引き剥がせ!! キメラには破損した砲塔部の穴埋めを急がせろ!!
 UPCへの牽制砲撃も忘れるな!!」
「アイ・サー!!」

 目まぐるしく動きまわる傭兵達のKVを築一モニターでチェックしながら、ギースはひたすら冷静に攻撃を捌きながらも、その目は昼寝のモービー・ディックへと注がれていた。


――彼女の機体の動き‥‥それは、ギースの部下達が得意とした機動をなぞるもの。


 弾幕へと恐れる事無く突き進み、装甲の弱い部分、傷ついた部分を正確にホーミングミサイルで撃ちぬく。


――それは、荒々しい気性ながらも、針の穴を射ぬくかのような技術を持った、ゲイル・バーグマンの如く。



 隙を見るや、一気に接近してレーザークローの一撃を加え、対応される前に間合いを空ける。


――それは、まるで蛇の如き執拗さを持ち、一撃離脱を得意としたテッド・カーマインの如く。


 追撃のプロトン砲の死角へと回りこむと、ガウスガンで更に傷口を破壊していった。


――それは、ひたすら狡猾に、徹底的に、敵の死角を突いたミーシャ・ロウランの如く。


 そして、全ての布石を貼り終えると、白いリヴァイアサンは真正面から弾幕を潜りぬけ、大蛇の裂光を傷口目がけて振り下ろした。


――それは、穏やかな言動とは裏腹に、強引な接近戦を十八番としたサイス・クロフォードの如く。


 微塵の油断も、一切の容赦も無く、ただ純粋に勝利だけを追い求める戦いを繰り広げる白鯨。

「そうか‥‥君は‥‥」

‥‥それは、まるでかつての己の如く。

 爆発の衝撃がブリッジを襲う中、少女の行動の意味を、ギースは直感で理解していた。
 彼女は――鯨井昼寝は言っているのだ。



――亡霊たちの思いは、全て私が受け継いだと。



 人類を裏切り、バグアを裏切った自分達亡霊には、最早帰る場所は無く、この海で再び朽ち果てるのみだと思っていた。
 しかし‥‥彼らの居場所は、戻る場所はそこにあった。



‥‥ギース達の心は永遠に、鯨井昼寝と共に在り続けるのだ。



「――ありがとう‥‥」

 ギースの瞳から、感謝の言葉と涙が押し殺した嗚咽と共に零れた。
 だがそれも一瞬――ギースは涙を拭うと、髪を撫で付けて軍帽を再び被り直す。

「君は‥‥海は好きかね?」
『‥‥海? 好きも嫌いもないわ。空気をわざわざ好きっていう人はいないでしょ?』

 再度の問い掛けに、少女は勝ち気な声で、ぶっきらぼうに、それが当たり前の事であるかのように答えた。

「そうか‥‥ならば語るまい――砲手!! 全力で彼女を迎え撃て!!」
『アイ、サー!!』

 猛烈な砲火が、モービー・ディックへと放たれた。



「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 昼寝は咆哮を上げてBFへと突撃していく。
 プロトン砲がアクティブアーマーを吹き飛ばし、魚雷が手足をもぎ取り、フェザー砲が頭部のフレームを顕にする。

「でりゃあああああああああっ!!」

 しかし決して止まる事無く、大蛇を再び亀裂目掛けて振り下ろし、そのまま捌くかのようにブーストをかけながら突き進んだ。
 一際大きく口を開ける、鯨の腹の中――その中にはピノキオでは無く、無数の機動兵器と弾薬があった。

「――照準固定、最大出力! これで沈めぇっ!」

 そこ目掛けて、周防が全力で放つフォトンランチャー。



‥‥一瞬の沈黙の後、BFは内部から凄まじい爆発を起こしてぐらり、と傾いだ。



「‥‥今だ。全機、叩き込め‥‥!!」

 好機と見たアルヴァイムの号令の下、ワームの群れを排除した傭兵達が一斉に砲火の雨を放つ。
 無数の弾幕をその身に受けるその度に、BFは少しずつ海底へと沈んでいく。

「‥‥‥‥」

 その様子を、赤崎は暫し見つめていたが、意を決したようにブーストをかけて飛び出す。

「ごめん、ちょっと行ってくる!」

 そして一言だけ仲間達に告げると、大きく開いた亀裂から、鯨の腹の中へと飛び込んでいった。



『艦が沈む‥‥やはり、いいものではありませんね』

 炎と爆発に包まれるBFをちらりと見遣り、サイスがぽつり、と漏らす。
 歴戦の傭兵達を同時に相手取った事で、彼のリヴァイアサンは全身から気泡を立ち上らせ、アクティブアーマーを全て失い、片方のビームシザーは唯の鈍器と化していた。
 既に共に戦ってきた部下はもうおらず、己の長たる者も、呪われた鯨と共に沈もうとしている。
‥‥正しく、満身創痍。


――だが、それは彼を囲む傭兵達もまた同じ。


「決着を‥‥付けるぞ」
「――テッド達の所に送ってあげるわ」

 両足を砕かれた威龍の玄龍と、全身の装甲が剥げ落ちた澄野のミツハが前に進み出る。

「クラウ‥‥行ける‥‥?」
「大丈夫だよかすりん‥‥絶対に、最後まで見届ける‥‥!!」

 互いが互いを支え合い、橘川とクラウのアルバトロスがガウスガンを構えた。
 既に機体は限界を超え、いつ停止してもおかしくは無い。
‥‥決着の時は、今しかない。

『そうですね‥‥行くぞ傭兵っ!!』

 爆発するかのような推進力で、サイスが威龍と澄野目掛けて迫る。
 レーザーシザーが唸りを上げ、澄野の機体に襲いかかった。
 動きの鈍っていたミツハは避けきれず、半身が半ば叩き潰されるかのように破壊される。

「ま‥‥だ‥‥よ‥‥っ!!」

 機能が停止する寸前に振り抜かれたソードフィンは、サイス機の脇腹を捉え、大きく吹き飛ばした。

「行くぜサイスっ!! 受けて見せろ!!」
『ぐ、うぅぅぅぅうあああああああっ!!』

 そしてその先には、レーザークローを腰だめに構えて突き進む玄龍の姿。
 体勢を崩されながらも、サイスはレーザーシザーを突き出して応戦する。


――真正面からぶつかり合う光の刃。


 普通ならば、バグアによって改造された鹵獲機に軍配が上がるだろう‥‥しかし、出力が弱まっていた光の鋏は、光の爪によって突破された。
 まるで杭を打たれたかのように引き裂かれ、ひしゃげるリヴァイアサンの腕。

『‥‥まだ、だ‥‥まだだあああああああああっ!!』

――それでも、サイスは動きを止める事無く生き残った腕の、光を失った鋏で威龍の機体を渾身の力で殴りつける。
 凄まじい衝撃は、玄龍に残されたエネルギーと、威龍の意識を完全に断ち切った。

「うわああああああああああっ!!」

 だが、その向こうには橘川のアルバトロスが、レーザークローを振り上げていた。
 サイスのリヴァイアサンの頭が――撥ね飛ばされる。

「サイス‥‥さん‥‥っ!!」

 クラウのガウスガンの照準が、最早達磨と化したサイスの機体を捉える。
 しかし、震える指はトリガーを押せず、溢れ出る涙に視界がぼやける。



『‥‥‥‥撃ちなさい』
「‥‥っ!!」



 ノイズ混じりの、優しい声がクラウの耳を打つ。

「――――――ッ!!」

 涙を振り払い、叫びにならぬ叫びを上げて、少女はトリガーを引いた。



――放たれたガウスガンの弾丸は、リヴァイアサンの中枢部を、狙いを違わず‥‥貫いた。



 完全に力を失った機体が、沈んでいく。
‥‥彼らが目指した、母なる海の底へと。

『‥‥いい娘です‥‥忘れては、いなかったようですね‥‥』
「ひっ‥‥ぐっ‥‥は、い゛‥‥っ!!」

 顔中を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、クラウはサイスの言葉に頷いた。
 敵であった彼から、彼女が教わったもの――それは、傭兵として、敵を討つ事の覚悟。
 しかし、心優しいこの少女は、最期まで割り切る事は出来なかった‥‥溢れ出る涙と嗚咽が、その証だ。

「‥‥けどっ‥‥!! もう立ち尽くしたりしません‥‥!!
 貴方達の分までっ‥‥歩き続けるからっ‥‥!!」



――だから、ありがとう‥‥そして、お休みなさい。



 それが、クラウの一番伝えたかった言葉。
 だからそれを口にした瞬間は‥‥きっと、最高の笑顔を浮かべられたと思う。

『‥‥ふふ‥‥最期の相手が貴方で、良かった‥‥あぁ‥‥まるで、娘に‥‥』

 最期まで優しい笑みを浮かべながら、サイス・クロフォードは母なる海へと還っていった。



――そして、それとほぼ同じ時刻‥‥炎と黒煙が充満した鯨の腹の中を、機体から降りた赤崎がひた走っていた。
 業火に炙られ、幾度も爆発によって吹き飛ばされても、決して進む事を止めない。
 内部構造など全く知らない‥‥しかし、彼女の体は引き寄せられるかのように、ブリッジへと辿り着いていた。
 だが、既にそこも戦闘の衝撃によって破壊され、あちこちから炎を吹き上げている。
 あちこちに、瓦礫に押し潰され事切れた強化人間達の姿も見えた。
 その中に、唯一の動く影を見つけた赤崎は、ゆっくりと歩み寄った。

「‥‥やれやれ‥‥何とも無茶をするフロイラインだ‥‥」

 それは、艦長席にもたれかかるように座る、旧式の海軍の軍服を身に纏った、白髯白髪の男。
 少々老けているものの、その顔を赤崎は資料で知っていた。

「ギース‥‥バルクホルン」
「いかにも――そういう君は誰かね? 勇ましきフロイライン」
「あたしは赤崎羽矢子。能力者よ」

 日焼けした顔を微笑ませるギースに、赤崎は名乗った。
 幾度も対峙していたというのに、顔を合わせるのはこれが初めて。
 それが‥‥何だか不思議に思えた。

「‥‥この老体に止めを刺しに来たのかね? とは言っても、私は既にこの様ではあるが」

 見れば、彼の上半身を、モニターの破片であろうか? 半透明のガラス状の物体が槍のように貫き、その足元には既にかなりの血溜まりが出来ていた。
 明らかに致命傷‥‥そして、手遅れだと分かる。

「そんなんじゃないよ‥‥ただ、直接伝えたくなったのさ」

 頭を振ると、赤崎は姿勢を正し、ギースに向けて敬礼した。

「海を愛し、未来への礎となるべくその身を捧げた戦士達の事をあたし‥‥ううん、あたし達は忘れない――絶対にね」
「‥‥フ‥‥敵である我らに、随分と律儀な事だ」

 一瞬だけ目を見開くと、ギースは可笑しそうに笑い――ごぼり、と血塊を吐き出した。

「――それだけを聞ければ私は十分に満足だ‥‥だから、陸への言伝も、遺言も、一切必要無い」
「‥‥お見通しって訳かい?」
「分かるさ‥‥私も君と同じく、海を愛していたのだからな」

 そう言って笑みを浮かべる二人――だが、一層激しい揺れがブリッジを襲い、頭程もある瓦礫が降り注ぎ始めた。

「‥‥もうこの艦は持たん‥‥早く脱出したまえ。
 愚かな亡霊と、運命を共にする事など無い」
「ああ、勿論さ――それじゃあ、サヨナラ‥‥亡霊のおっさん」
「ああ‥‥赤崎‥‥羽矢子君‥‥」

 別れの言葉を告げると、赤崎は振り向く事無くブリッジを後にした。



――赤崎が去って暫くすると、炎は更に激しさを増し、とうとう海水が轟音を立てて流入し始めた。
 そんな中でも、ギースは砕けたBFの砕けたモニターを見つめていた。
 そして朦朧とする意識の中で、自分が乗り込む鯨に向かって呟く。

「そう言えば‥‥最初こそ憎んではいたが‥‥お前も‥‥我らの寄る辺だったのだな‥‥」

 そして、震える手で懐へと手を伸ばし、ブランデーの缶を取り出して一口飲み、残りを足元に向かって零す。


――それは、彼にとっての最期の女性(フネ)に向けた、手向けの酒であった。


「今までご苦労‥‥そして、共に還ろう‥‥母なる海へ‥‥」

 母は、死にゆく者を平等に包みこんでくれる‥‥そこには、人類も、バグアも関係は無い。



‥‥眠るように目を閉じたギースの体を、BFの艦長席のシートは最期まで優しく包み込んでいた。



 まるで、恋人同士が睦まじく手を取り合うように。



 最早BFが沈むのは、時間の問題――海水が溢れる通路を、赤崎は急ぐ。
 何度も海水に流され、何度も体を傷つけながら、ようやく赤崎は愛機の下へと辿りつく。



――だが、次の瞬間一際強い爆発が赤崎の体を鞠のように吹き飛ばした。



「う、あ‥‥ぐうっ‥‥!!」

 一瞬意識が飛ぶ程の衝撃を受けた彼女の体は、ボロボロだった。
 あちこちの骨が折れ、片足は瓦礫によって潰されている。
 激痛に耐えながらどかすと、運良く完全には潰されてはいないが、最早歩く事すら出来ないのは明白だ。
 ならば這ってでも‥‥と、前を向いた赤崎は、驚愕に目を見張る。



‥‥彼女のアルバトロスは、その身を遥かに超える巨大な瓦礫によって、原型を止めずに破壊されていた。



「く‥‥そっ‥‥!!」

 ギースにあれだけ偉そうな事を言っておいて、このザマか‥‥!!
 赤崎は心の中で自分に向かって悪態を突いた。
 しかし、それで事態が好転する訳では無い。
 猛烈な勢いで通路に溢れる海水が、彼女の体をゆっくりと飲み込んで行く。
 そして海水が喉元にまで迫った時‥‥再び彼女の体を衝撃が襲った。

「うわっ‥‥っと!? あ、アンタ達‥‥!!」

 水位が僅かに下がり、よろめきそうになった赤崎は驚きの声を上げる。
 海水を割いて現れたのは、周防のリヴァイアサンと、アンジェラのアンタレスであった。

『大体の当たりはつけてましたが‥‥どうやらビンゴだったようで』
『――全く‥‥命知らずな事やるわね。まぁ、そういうのは嫌いじゃないけど――乗りなさい』
「はは‥‥ホント、持つべきものは戦友とは良く言ったもんだ‥‥」

 伸ばされたアンタレスのアームにしがみつきながら、赤崎は思わず苦笑を漏らした。



――そして程無くして、【亡霊】達の魂を乗せたBFは、小爆発を繰り返しながら、ジブラルタル海峡の底へと沈んでいった。



 勝利の雄叫びは、無い‥‥ただ、その場にいる全員が、敬礼を捧げた。
――人として最期までバグアと戦い、最期まで海の男であった亡霊達へと。



 こうして、一時間に渡るジブラルタル海峡制圧戦は幕を閉じた。
 人類はようやく、悲願であったアフリカへの架け橋を手に入れたのである。



‥‥しかし、海兵達は決して忘れる事は無いだろう。



 かつてその礎となった、ジブラルタルの底で眠り続ける勇ましき海の男達の名を‥‥。