●リプレイ本文
血溜まりの中に倒れ伏す兵士とその遺言、猛烈な身体能力で逃げていった少女‥‥傭兵達はこれが襲撃であると瞬時に察していた。
「クソッ!! よくも‥‥っ!!」
鈍名 レイジ(
ga8428)が怒りと共に、少女――暗殺者が逃げていった方角を射抜くような目で見上げる。
「――レイジ落ち着け‥‥今ここで騒ぐのは不味い」
そんな彼の肩に手を置いて制しながら、セージ(
ga3997)が声を抑える。
‥‥もし仮にここで徒に騒ぎを広めてしまえば、アルジェ攻略作戦自体に支障を来たしかねない。
「混乱は避けたいのでな‥‥手早く済ませるぞ」
イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)がアサルトライフルに弾丸を込める。
そして可能な限り手短に互いの行動を確認し合うと、傭兵達は一斉に動き出した。
「ったく、こちとら病み上がりだってのに、いきなり侵入者とやりあうことになるとはな」
悪態を吐きながらも、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が愛用する二振りの剣を背負い、レイジ、イレーネらと共に建物の屋根へと飛び乗り、暗殺者を追いかける。
「いきなりこんな現場に出くわすなんてね‥‥姉さん、追跡はくれぐれも気をつけて!」
「お前もな栗花落」
鷲羽・栗花落(
gb4249)がイレーネに声を掛けながら、迅雷を発動させ、まるで風の如き速さで司令部目掛けて駆けて行く。
「ティーダ、補助頼みやがります」
「ええ、任せてシーヴ」
彼女に続き、シーヴ・王(
ga5638)が親友であるティーダ(
ga7172)の補助を受け、屋根に飛び乗り、鷲羽の後を追っていく。
「二人は追いつけるだろうですから、先行くです!!」
「分かった!!」
そしてティーダも迅雷を発動し、二人の後を追った。
「さて‥‥こいつには悪いが――暫く隠させて貰うぜ?」
仲間達が去って行ったのを見届けると、一瞬だけ瞑目し、兵士の死体を隠そうとするセージ。
残酷なようだが、仮に見つかってしまったら、混乱が広がる可能性が高いのだ。
「‥‥なら‥‥ボクがやるよ‥‥」
名乗り出たのは月森 花(
ga0053)――以前に受けた重傷が治りきっておらず、体のあちこちに巻いた包帯が痛々しい。
「分かった‥‥後は頼むぜ?
さて、目撃者が1人でも出たら大混乱だ。素早く、静かに、隠密に。だな」
この場を彼女に任せると、セージは一人、この事態が周囲の兵士に広がる事を防ぐべく行動を開始した。
「‥‥」
一人残された月森は痛む体に鞭打って覚醒し、兵士の亡骸を路地の一段と暗い一画へと押し込み、周囲の資材を使って厳重に覆い隠す。
覚醒し、凍り付いた心は幸か不幸かその動揺を抑えてくれた。
そして血の跡を踏み消し、隠蔽を終えると、自らも暗殺者を追って行動を開始した。
「基地内部に暗殺者‥‥か。バグアも手段を選ばなくなってきたわね。
‥‥それだけ余裕が無くなってきた、とも取れるけど」
「それでも、影響は大きいし、ここのおっさんを殺らせる訳にはいかねぇです」
そして、その途上に無線で司令部へのホットラインへと繋ぐ。
『こちら司令部――何があった?』
「――敵襲です。暗殺者らしき者が基地内に侵入しました。
既に兵士の方が一名、殺害されています‥‥恐らく狙いは、あなたです」
『――何だと!?』
状況を的確に掻い摘んだティーダの報告に、司令官が息を呑むのが伝わってくる。
『ではすぐに基地内に第一種警戒態勢の発令を――』
「ま、待って!! この情報はなるべく兵士の皆さんには伝えないで下さいっ!!
もし下手に伝えちゃったら、大混乱になると思いますし‥‥」
「敵の狙いが分かってやがる以上、無用に混乱を広げて被害を増やすコトねぇです。
すぐに駆けつけやがるですが、司令部は十分に警戒を」
『‥‥承知した。頼むぞ』
暫しの逡巡の後、司令官は鷲羽の提案に頷き、通信を切った。
これで、当面は情報面に関しては安心だ。
時に建物の上を走る事で機動力を少しでも補い、三人は最短ルートで司令部まで一直線に駆けていった。
そして、その進路上では、セージが兵士達に情報統制を呼び掛けていた。
「‥‥悪いが、暫く司令部から兵舎への進路上には立ち入らないようにしてくれ」
「――? 何かあったのか?」
あまりにも唐突な言葉に、兵士は戸惑ったように首を傾げた。
「‥‥悪いが、これから俺達が訓練に使用するんだ。
ちょっとばかり派手にやるかもしれないが、気にしないでくれ」
「あ、ああ‥‥分かった。アンタらも大変だな」
少々不思議そうな様子ではあったが、納得してくれたようだ。
「よし‥‥この調子だな」
そしてセージは次の区画の責任者の下へと通信を送り、時には直接出向いて工作を続ける。
おかげでその先に起こる騒動は最小限で済んだと言える。
――一つ誤算があったとすれば、工作に奔走するあまり、彼自身が戦力から外れてしまった事だ。
加えて今回の敵は、戦力を欠いた状態で勝てる程甘くは無かったのである。
追跡班の三人は、聞き込みをしつつ、その痕跡を辿って少女の後を追っていた。
「北に向かっているという事は‥‥鈍名の予測通り変電施設狙いか?」
「だとしたら不味いな――急ぐぞ二人とも」
そして手がかりを元に追跡を続けていた三人だったが、遂に建物の上を飛び回る桃髪の少女を視界に捉えた。
「見つけた‥‥!!」
幸運な事に、居住区と格納庫の境目付近だった事もあり、周囲に人影は無い。
レイジが咄嗟に灯りを消して接近すると、S−01でペイント弾を放った。
「‥‥げっ!? もう追いづいで来たっぺや!?」
少女はすぐ様それに気付いて身を翻すが、それと同時にブレイズが踏み込んでいた
「おおっ!!」
炎剣「ゼフォン」とガラティーンが抜き放たれ、暗闇に光の軌跡を描き出す。
「うひゃあっ!?」
少女は悲鳴を上げながらブレードの付いた篭手状の腕を振り回した。
怯えた腰砕けの動きだが、ブレイズの斬撃は全て撃ち落されている。
「こ、来ねぇでくんろ!!」
そして情けない言葉と共に振るわれたブレードと拳の一撃は、その全てが鋭く急所狙い。
「くっ‥‥、どうにも調子の狂う相手だな」
ゼフォンでブレードを打ち払いながら、ブレイズが舌打ちする。
「女に刃を向ける趣味はないが、止めさせてもらうぜ」
そこへ鈍名が側面から大剣を振るって飛び出すと同時にソニックブームを放つ。
衝撃波をかわし、身構える少女――だが、そこへイレーネの援護射撃が放たれる。
「わたたたたっ!?」
「今だ鈍名!!」
「おおおおおっ!!」
轟破斬撃と紅蓮衝撃を発動し、紅の光を帯びた大剣が叩きつけられる。
が、少女はその一撃を篭手で真っ向から受け止めると、その勢いに任せて回転し、鈍名の腹にブレードを見舞った。
「がっ!?」
「いちちちち‥‥すんげぇ馬鹿力だべ‥‥」
そう言って手首を振る少女の篭手からは、どろり、とした緑色の血液が流れ出す。
強化人間などでは無く――異種族のバグアだ。
「レイジっ!!」
「させんっ!!」
膝を突いたレイジを援護すべく、ブレイズがガラティーンを振るい、イレーネが強撃弾を四肢狙いで放った。
しかし、斬撃は受け止められ、流され、弾丸は撃ち落される。
そして逆にブレイズは強烈な蹴りを叩き込まれ、レイジ諸共吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
「ごほっ!!」
「あんれ‥‥? そういやおめぇらだげか?」
そこでようやく落ち着いたのか、少女は首を傾げて傭兵達の数を確認する。
「馬鹿力が二人に鉄砲一人、か‥‥あー、これならいげるべ」
そう一言呟くと、少女は軽快なステップを踏み――掻き消えた。
「速‥‥!?」
ブレイズと鈍名目掛けて次々と襲い掛かる槍の如き貫き手。
何撃かは受けられたが、目で追うのがやっとの速さで放たれる鋭い攻撃に、二人の体があっという間に血達磨へと変わった。
「貴様っ!!」
イレーネが援護射撃の弾幕に紛れて、強弾撃を込めた影撃ちを放つ。
それは少女の膝を捕らえるが、金属音と共に弾かれ、動きを止めるには至らない。
――彼女の足は、腕と同じく金属質の甲殻の如きモノに変じていた。
「やっぱ鉄砲持ちは厄介だべ‥‥潰すとすんべか」
そう言うと同時に、物理法則に喧嘩を売るような機動でイレーネへと迫る。
「させる‥‥かよ!!」
レイジとブレイズはさせじと立ち塞がるが、機動力が違いすぎた。
振るう刃は悉くが空を切るか弾かれ、逆にブレイズは腿を大きく抉られ、レイジは足の腱を切り裂かれる。
そしてその間に一気に接近され、ブレードが振り下ろされた。
(この動きっ‥‥ペネトレーター級か!?)
イレーネの狙撃手の目はその攻撃をしっかりと捉えていたが、体が動かない。
ブレードはイレーネの体を袈裟切りに切り裂き、返す刀で叩き込まれた掌底の一撃が、アサルトライフルごと胸骨を砕いていた。
「うえ‥‥相変わらず嫌な手応えだべ‥‥」
吹き飛ばされ、壁にめり込んで意識を手放した彼女を尻目に、少女は一気に跳び上がる。
「待てっ!!」
そして格納庫へと一気に飛び乗り、消えて行く――その背からは硬い甲殻に守られた羽が生えていた。
「く、そっ‥‥不味い!!」
ブレイズとレイジが足の痛みを堪えて、剣を杖に立ち上がる。
しかし、無情にも変電施設から銃声と悲鳴が暫し響き渡ったかと思うと、基地中の照明が一気に落ちた。
「クソッ!! 気付いてた筈なのに‥‥!!」
不甲斐ない展開にレイジが拳を叩きつける。
――こちらはファイター系とスナイパー系、対して敵はペネトレーター級の機動力。
その上足を切られた彼らに、追いつく術は無かった。
一方、ティーダら三人が司令部に到着したのと、停電はほぼ同時であった。
「‥‥やられましたね」
仲間からの通信を聞き、薄暗い予備電源の灯りを見て、ティーダが悔しげに呟く。
「もう少し早く避難させられれば良かったんですけど‥‥ごめんなさい」
「いや、気にするな。君たちは良くやってくれている」
鷲羽が申し訳無さそうに眉根を寄せると、司令官は頭を振った。
素早く段取りを済ませ、ようやく司令官の避難を開始しようとした矢先――、
――その時、廊下の向こう側からガラスの割れる音と、警備の兵士達の怒号と悲鳴が響き渡る。
「うーん‥‥血がべっとべとで気持ちわりぃべ‥‥」
それはすぐに収まり、廊下の向こうから返り血に塗れた、両手両足を異形に変貌させた桃髪の少女が姿を現した。
その瞬間、ティーダの口からグル‥‥と獣の唸りにも似た声が漏れ出す。
同時に彼女の体は迅雷と共に少女に飛び掛っていた。
「‥‥すぐに逃げやがるです!!」
「護衛の皆さん、後はお願いっ!!」
それに合わせ、鷲羽とシーヴも続く。
「はぁっ!!」
シーヴがヴァルキリアを振るってソニックブームを放つと、少女はサイドステップでかわす。
そこにティーダがアリエルの拳を次々と叩き付けた。
「アアアアアアアアアッ!!」
「わたたたたっ!?」
少女もブレードと拳を振るい、異形の拳と光の拳が幾度も交錯する。
「余所見は駄目ですよっ!!」
その横から、壁を蹴った鷲羽がバルゴを振るう。
少女が反撃にブレードを振るうが、ティーダを相手にしているため精彩を欠いていた。
「貰いました!!」
それを見計らい、鷲羽はブレードを掻い潜り、刹那を込めたハミングバードを振るった。
受ける事すら出来ない瞬速の斬撃が、少女の肩を抉る。
「‥‥見逃しません!!」
続けてティーダが迅雷を発動させ、天井を蹴って一気に少女の背に回りこむとその無防備な背に渾身の突きを放った。
「あなたに見切れますか!?」
それは、かつての強敵との戦いで会得した縮地と名付けられた技。
「あだーっ!?」
避ける事も出来ず、前方に向かって泳ぐ少女の体。
「喰らいやがれです!!」
そこへ一気に踏み込んだシーヴの強刃を込めた渾身の一撃が、少女の顔目掛けて叩き込まれた。
――ガチィッ!!
――だが、少女はその必殺の一撃を『咥えて』受け止める。
「なっ‥‥!?」
『ひはー‥‥あふへえあふへえ、しふはとおほったへ』
見れば、その口は耳元まで裂け、隙間からは鋭い無数の牙が見えた。
そして少女は三人が動揺した隙に、鋭く重い蹴りで薙ぎ払い、一気に引き剥がす。
――メキメキと少女の体を装甲の如き甲殻が覆っていく。
そして変化が収まった時、全身を漆黒に染めた直立した蟲の如き異形がそこにいた。
『この格好、気持ちわりぃから好きでねぇんだけど‥‥仕方ねぇべなぁ。
――ちぃっと本気だすぞ?』
そう言うと、少女の声をした異形は背中の羽を唸らせて飛び掛る。
スピードはペネトレーターの二人ならば辛うじて対処出来るレベルだが、身のこなしが最早人間の域を超えている。
「ぐうっ!!」
「きゃっ!!」
廊下の天井や壁、床を削りながら迫る黒い嵐に、三人は次第に後退していった。
そして‥‥とうとう司令官と護衛達の目の前まで異形が迫る。
「お? みーっけっ!!」
「させねえですっ!!」
司令官へと向かう異形を、シーヴが放った強刃の一撃が襲う。
ヴァルキリアの刀身がブレードの一本を断ち切るが、その間に足底が彼女の膝を踏み砕いていた。
凄まじい痛みに膝を突くシーヴ。
「シーヴさんっ!!」
鷲羽もハミングバードに刹那を込めて振るうが、顔の甲殻を削るに留まり、腕を噛み千切られ、翻ったブレードに足の腱を切り裂かれる。
「司令!! お下が――」
二人の護衛が拳銃を放ちながら立ち塞がるが歯牙にもかけられず、手足を吹き飛ばされて無力化された。
そして異形は容赦無くブレードを司令官へと――突き出そうとした瞬間、ティーダがそこへ飛び込んだ。
(司令だけでも‥‥!!)
その身を投げ出して司令官を守ろうとする彼女を、をブレードが容赦なく襲う。
「が‥‥は‥‥!?」
――しかし、長い漆黒の刃はティーダの右胸ごと、司令官の体を貫いていた。
「ティーダッ!! おっさんっ!!」
シーヴが悲鳴を上げるが、膝の砕けたその身は思うように動いてくれなかった。
「あ゛‥‥が‥‥ごぼっ‥‥」
血をごぼごぼと吐きながらもティーダは辛うじて生きていたが、司令官の傷は普通の人間にとってはあまりにも致命傷だった。
『うー‥‥気分わりぃ‥‥けど、これで任務完了だべ。
あー良がった良がった。これで司令に怒られねぇですむべさ』
異形はブレードを抜くと、身動き出来ない傭兵達を尻目に、悠然と窓に足を掛け、飛び去って行く。
『あ、一応名乗っでおくけんども‥‥ウチの名前はメタ。
アフリカ方面軍司令官の親衛隊、プロトスクエアの玄武ってのが肩書きだべさ』
去り際のその言葉を、意識のある二人は屈辱と共に心の奥底へと刻み込んだ。
月森とセージの尽力により、襲撃による末端の兵士達の混乱は最小限に抑えられた。
しかし、停電による作業の遅延と、司令官暗殺による混乱は如何ともし難く、アルジェ攻略のための戦力は、半日もの間足止めを余儀無くされたのであった。