●リプレイ本文
「ドラゴン1、空域に侵入、情報のリンクを開始」
吹雪を切り裂きながら、伊藤 毅(
ga2610)のフェニックスが大きく上空を旋回しつつ、下にいる仲間達へと通信を送る。
「――了解‥‥しかし、嫌な天気だぜ」
吹きすさぶ吹雪の向こうを見据えながら、蒼のLM−01「ストライダー」を前進させる宗太郎=シルエイト(
ga4261)。
傭兵達は、既にバグアの勢力圏内に入りつつあった。
「精鋭機が消息不明ですか‥‥気をつけなければですね」
ティーダ(
ga7172)も緊張に唾を飲み込みながら、アンジェリカ『Frau』で慎重に前へ進んでいく。
「たった一文字の情報だが、これを無駄にする訳にはいかないな」
消息を絶った彼らは生きていないだろう‥‥彼らに対して一瞬だけ瞑目してから、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が呟く。
「『糸』‥‥か。そう言うのであればよっぽど細い、もしくはきめ細かい何かを見たのだろうか‥‥いや、今は止めておこう。」
――このような場合、決めて掛かるのが最も危険だ‥‥だから、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)は『糸』という概念だけを頭に、警戒を続ける。
「糸って聞くと、ロクなのが思いつかねぇな‥‥」
砕牙 九郎(
ga7366)の脳裏に過ぎる嫌な予感を振り払い、砕牙は雷電「爆雷牙」を前進させるのだった。
吹き荒ぶ吹雪は、地面に積もった雪を巻き上げ、立ち並ぶ木々を影の向こうに隠し、周囲をまるでこの世のものでない幻想的な光景へと変えていた。
「雪が綺麗なのです‥‥なんて呑気な状況じゃないよなー」
如月・菫(
gb1886)はガンスリンガーのモニターに映る光景に見入っていた視線を、慌てて周囲に巡らせた。
「‥‥なんか面白い相手がいるんだって〜? 楽しく戦えたらいいなぁ〜♪」
だからこそ、リヴァイアサン「レプンカムイ」を駆るオルカ・スパイホップ(
gc1882)の心は躍る。
吹雪の中から敵が現れるのを、今か今かと待ち構えながら。
――数十分後、傭兵達は部隊が消息を絶った場所に到着する。
「‥‥ひでぇな、こりゃ」
砕牙がまるで呻くかのように呟く。
そこには、まるで墓標の如くKVの残骸が山となっていた。
「今の所レーダーに反応は無しか‥‥伊藤、そっちはどうだ?」
周囲に目を配りつつ、空で待機する伊藤へと通信を送る宗太郎。
「こちらドラゴン1、吹雪の為視界が上手く利かないが、今の所怪しい物は見当たらない」
「好都合ですね――今の内に、出来るだけの調査を済ませてしまいましょう」
その報告に頷いたティーダの提案に従い、傭兵達は索敵・警戒と、残骸の調査に別れて行動を開始した。
「――これから調査を開始する。逐一音声の記録頼むぜ?」
『り‥‥解。お気‥‥けて!!』
宗太郎は地殻変化計測器を設置すると、基地へと通信を繋ぐ。
「戦闘記録のレコーダーとか、記録用の映像とか、回収できればいいんだけどなぁ」
残骸を爆雷牙の手で押しのけ、時にコクピットから降りたりもして、砕牙が身を切る寒さに耐えながら辺りを調べる。
中には辛うじて修復が可能と思われる物もあったが、この場では判断出来ない。
砕牙はそれを可能な限り回収していった。
「だがこれは‥‥何と言う切れ味だ‥‥」
アンジェリナのシラヌイS型が手にした残骸――それは合わせると、殆どぴったりと繋げる事が出来た。
加えて、溶けたような痕跡も見当たらなかった。
「つまり、非物理攻撃では無いという事でしょうか?」
「分からん‥‥が――」
「‥‥何にせよ、とんでもない威力ってのは分かりますよぉ‥‥」
残骸の状況から敵の攻撃を推理するティーダの言葉に、如月がぶるり、と寒さでは無く恐怖で体を震わせる。
――何故ならこの場にある残骸には、その切断面しか存在しないのだから。
『フフフ‥‥お困りのようね? それじゃ、ちょっと見せてあげましょうか?』
その時、全員の無線に妖艶な女性の声が響き渡った。
「何っ!? ‥‥ぐっ!?」
――ザザザザザザッ!!
咄嗟に反応した宗太郎の鼓膜を、通信機が吐き出した激しいノイズが打つ。
見れば、通信も、レーダーも使い物にならなくなる程のジャミングが発生していた。
――ヒョインッ!!
同時に森の木々の間にある吹雪を切り裂いて迫る『何か』が、ブレイズの雷電と如月のガンスリンガーに襲い掛かった。
「うわっ!?」
周囲を警戒していたブレイズは咄嗟に『何か』の進路上へ盾を割り込ませるが、如月はその『何か』に腕を絡み取られる。
「えっ!? 何‥‥きゃあああああっ!!」
甲高い金属音と共に、殆ど何の抵抗も無くガンスリンガーの腕が輪切りとなり、ボトボトと雪の上に落ちた。
「これって‥‥!?」
オルカの目は、激しい吹雪の中でも、飛来した『鋭く尖った錘』のようなものを捕らえていた。
『防御出来た子はおめでとう、出来なかった子は残念だったわね‥‥フフフ』
そんな声と共に、木々と吹雪の中から現れる、紫色の痩身の機体――フォウン・バウ。
「‥‥フォウン・バウ? って、ゼオン・ジハイドじゃないですか、やだー!」
予想外の強敵の出現に、自失から立ち直った如月が悲鳴を上げる。
「あの機体は‥‥!!
そうか‥‥これをやったのはお前か、シバリメ!!」
『あらその声‥‥確かバルセロナで啖呵を切ってくれた坊やだったかしら?
久しぶり‥‥って言うのは変かしらねぇ』
ブレイズの怒気の篭った叫びに、楽しそうに笑いながらシバリメが応える。
「南アメリカでは‥‥随分と良いようにしていたようだな。
戦域こそ違えど話は聞いていた」
激昂こそしなかったものの、アンジェリナも煮え滾るような怒りを込めて口を開く。
『あら? でも、楽勝ムードよりも、ちょっと緊張感があった方があなた達も楽しめるでしょう?
私はそのお手伝いをしてあげただけよ』
「貴様‥‥!!」
挑発するかのようなシバリメの言葉に、ぎり、と歯を食い縛る。
冷静さを失う訳にはいかない――この任務は、目の前の蜘蛛を倒す事では無く、少しでも多くの情報を持ち帰る事。
「後は打ち合わせ通り‥‥だな」
宗太郎はプラズマライフルを構えながら、ぼそりと呟く。
フォウン・バウの能力なのか、レーダーや通信機器はノイズで全く使い物にならなくなっていた。
しかし、事前で決めた段取りは既に頭の中に入っている。
――可能な限り戦闘を行い、敵の情報を入手し、三機以上が撃墜された時点で即時撤退。
「‥‥行こうぜ、ダチ公」
コクピットの傍らに置かれた好敵手(とも)の刀に一瞬目をやると、宗太郎はプラズマライフルの引き鉄を引く。
それに合わせて、上空にいた伊藤が急降下しつつミサイルを放った。
「それでは、少し、僕達と踊って頂きましょうか、ミスブラックウィドウ」
『あら嬉しい。しっかりとエスコートして下さいな、ジェントルマン?』
シバリメは楽しそうに笑うと、まるでタクト振る指揮者の如く、大きく腕を広げた。
同時にフォウン・バウの指元から放たれるいくつもの錘。
それは複雑な軌道を描きながら傭兵達目掛けて突き進んで行く。
「まずはその正体を見極める!!」
アンジェリナを初めとした傭兵達は、装甲を何枚か切り裂かれながらも錘を掻い潜り、それに向かって実弾に混ぜてペイント弾を放つ。
シバリメはそれらを指や手首、腕を振るい、錘と『間にある何か』で次々と打ち落とした。
ペイント弾は錘と『錘とフォウン・バウの間にある空間』で爆ぜ、辺りに赤いペンキの飛沫を散らせる。
しかし、ペイント弾が当たったというのに、その空間には何も無かった――いや。
「確かにそこにあるってのに‥‥見えねぇ!?」
『クスクス‥‥いい作戦だったけど、ただペンキを付けただけじゃ、ね?』
可笑しそうに笑うと、シバリメは再び指先を動かした。
錘が翻ったかと思うと、空中で方向転換して襲い掛かる。
錘は爆雷牙の肩を貫きながら絡みつき、ショルダーキャノンごと一気に両断した。
「くっ‥‥!! 『糸』ってのはこいつか!!」
砕牙の目は、肩を錘が捕らえた瞬間、その進路上に目に見えない程に細いワイヤーが張られている事に気付いた。
咄嗟にセミーサキュアラーで切り払おうとするが、糸はすぐに引き戻され、柳のように鉄塊を受け流す。
「うう‥‥よくもやってくれましたねっ!! こいつならどーだっ!!」
如月が片腕でグレネードを抜き放ち、糸の存在するであろう地点に向かって放った。
紅蓮の炎は雪を一瞬にして融かし、ダイヤモンドダストが巻き起こる。
しかし、その中を切り裂いて現れた無数の錘が、ガンスリンガーの全身を次々と貫いた。
「きゃあああああああっ!!」
『あら、着眼点は良かったけど‥‥ちょっと熱さが足りないわ。残念ねお嬢ちゃん』
コンソールが次々とアラートを吐き出し、衝撃に悲鳴を上げる如月。
「如月さん!!」
「それ以上やらせるかっ!!」
ティーダとアンジェリナが駆け寄り、張られた糸目掛けて雪村を、ヒート・ディフェンダーを振るう。
凄まじい出力の雪村は糸を硬い手応えと共に両断し、ヒート・ディフェンダーはガリガリと刃を削られながらも如月から糸を引き剥がした。
『あら凄い。けど生憎、まだ沢山あるのよ?』
二人が退けた糸に倍する数の錘が再びフォウン・バウから放たれ、二人を切り裂き、貫いて行く。
「く、ううううっ!!」
「だが‥‥今だ!!」
その瞬間にシバリメの両側面と、正面から飛び出す三機――ブレイズと宗太郎、オルカだ。
『あら、いつの間に?』
意外そうに、しかし何処か楽しそうに漏らしながら、シバリメは彼らに向かって糸を振るう。
「それ以上はやらせねぇってばよ!!」
「ドラゴン1、FOX2」
しかし、そこに砕牙や上空から急降下した伊藤らの援護射撃が加わり、シバリメの注意を可能な限り逸らしていく。
「初めまして、シバリメさん!
遊び相手を探しているの? それとも遊びたいけど誰でもいいの?」
その隙に錘と糸をエンヴィークロックとブーストを駆使し、ジグザグにかわしながら、オルカがシバリメへと呼び掛ける。
『――そうねぇ、どちらかと言うと後者かしら? 私、正直退屈してるのよ。
だから、ちょっとは楽しませて頂戴ね坊や』
その問い掛けに答えながらも、シバリメの攻撃は苛烈だ。
近付く間に、あちこちの装甲が切り裂かれ、貫かれていく。
「ちぃっ!! ‥‥それじゃあテメェは、ただの暇潰しでコイツらを殺したってのか!!」
ストライダーが一気に接近し、爆槍を突き出すが、フォウン・バウはそれをふわり、とかわした。
『そうよ? 何百年も生きてると、渇くのよねぇ‥‥まぁ、この子達は大した足しにはならなかったけど、ね?』
そう言いながら、シバリメは足元の残骸をつまらなそうにグリグリと踏みつける。
「ふざけろっ!! お前は俺が必ず倒す!!」
「自分と同等‥‥それ以上の強い相手がいないからお遊戯しか出来ないんだよ!
戦うのってそんなチンケな事じゃないし、戦いをその程度にしておくなんて勿体無い!!
僕が最初で最後のお遊戯以上の遊び相手になってあげるよ!!」
怒りの咆哮と共にブレイズの雷電が盾を構えながら強引に接近し、反対側からもオルカが間合いを詰める。
全てを打ち砕く秘めたスレッジハンマーと、ありったけのスキルを込めた雪村が同時に叩きつけられた。
その時、フォウン・バウの目が光ったかと思うと、二人の武器が青い光に包まれる。
――メキィッ!!
「な‥‥?」
「あ、あれ‥‥?」
目の前の光景に、思わず絶句する。
二人の攻撃は、僅かに装甲にめり込んだだけで止まっていた。
装甲に阻まれた訳では無い‥‥自分達の武器の出力が一時的に弱まったのだ。
『見た目通り脆いこの子が、攻撃に対して何の対策もしてないと思った?』
「‥‥っ!!」
『でも、真っ向からの攻撃でダメージを受けたのは久しぶりね‥‥気に入ったわ、あなた達』
――だからご褒美を上げる、という言葉と共に、錘と糸が赤い光を帯び、二人目掛けて襲い掛かる。
咄嗟に飛び退るオルカ――しかし、糸が機体を捉える方が早い。
四肢を、頭を、胴を切り裂かれ、レプンカムイが崩れ落ちた。
「オルカ!!‥‥クソっ!!」
ブレイズはウルの防御で防御を試みるが、赤い光を帯びた錘と糸は、翳した盾ごと、まるで豆腐のように腕や体を貫き、切り裂いた。
(装甲が‥‥効かない!?)
そして彼の雷電もまた、オルカの後を追う。
「シバリメっ!!」
宗太郎が駆け寄り、再び爆槍を突き出すが、再びフォウン・バウの瞳が光り、硬い手応えと共に空しく弾かれる。
――その間に打ち出された錘はストライダーへ絡みつき、猛烈な勢いで投げ飛ばし、沈黙させた。
(宗太郎さん‥‥!! けれど‥‥!!)
だが、フォウン・バウが大きく腕を振り切った瞬間を狙い、ティーダのFrauが背後から踏み込み、雪村を抜き放つ。
――だが次の瞬間、フォウン・バウの姿はまるで霞の如く掻き消えていた。
「えっ‥‥!?」
あまりの光景に思わず呆然とするティーダ。
『――凄い攻撃ね。当たったら真っ二つになってたかもしれないわ』
クスクスという笑みと共に、フォウン・バウはティーダの側面に再び出現すると、糸に赤い光を纏わせ、Frauを真っ二つに切り裂いた。
シバリメは止めとばかりにプロトン砲を向けるが、そこへフェニックスのミサイルと、シラヌイS型のレーザーライフルが降り注ぐ。
「後退支援に入る。今の内に負傷者を」
「砕牙!! 頼む!!」
二人はその身にプロトン砲を受け、黒煙を吐き出しながらも支援を続ける。
「おう!! まかせとけってばよ!!」
爆雷牙がその間にティーダとブレイズを救助する。
しかし、オルカへと手を伸ばそうとした瞬間、錘が飛来し、爆雷牙の胸を突き、吹き飛ばした。
「があっ!?」
その間にシバリメはオルカの下へと歩み寄り、コクピットの前にまで引きずり出す。
「う‥‥」
「お遊戯以上の遊び相手、ね‥‥いいわ‥‥その相手になって頂戴な?
沢山、沢山遊んであげる‥‥死んでも、肉片になっても、ずぅぅぅっとね‥‥」
そう囁くと、オルカを解放すると、ボロボロになった傭兵達を睥睨しながら空へと浮かび上がった。
『楽しかったわ、坊や達にお嬢ちゃん達‥‥また、「遊び」ましょう?』
その声と共に、凄まじいスピードでフォウン・バウは離脱して行った。
「大丈夫か宗太郎!!」
「ええ‥‥記録媒体も無事です‥‥けれど――」
砕牙に助けられた宗太郎のポケットには、無傷の記録媒体。
その中には今までの全ての記録が収められている――任務は遂行したと言っていい。
「‥‥く、くそ〜‥‥」
「私‥‥何にも‥‥出来なかった‥‥」
だが、傭兵達が情けをかけられた事には変わりない。
オルカと如月は、悔しさと己の不甲斐なさに涙する。
『――強く、なりたい‥‥!!』
だが、それを糧とし、二人の心には強さへの渇望が芽を出していた。