タイトル:アンの小さな試練マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/15 23:12

●オープニング本文


「アン‥‥これで何度目だったかしら?」
「ごめんなさぁい‥‥」

 孤児院の一室で、アンは親代わりである院長の前でうな垂れていた。
 彼女を見つめる院長の顔は、やれやれ、といった呆れ返った表情を浮かべている。

「あなたはもう少し我慢というものを覚えなさいな?
‥‥いや、そもそも小さな男の子に欲情するという時点で、人として間違ってるのよ?
 そこの所、自覚してるのかしら?」
「う‥‥だ、だって‥‥可愛いんだものぉ‥‥」

 事の起こりは数日前――欧州のとある街がキメラに襲われ、要請を受けたアンも逃げ遅れた人々を助けに行った。
 かなりの数だったが、所詮は木っ端キメラ――アン達は難なくそれらを全滅させ、人々を救助したのだ。


――が、その中に可愛らしい男の子が混じっていたため、疲れて抑えが緩んでいたアンは思わず押し倒してしまった。


 辛うじて最後の一線を越える事は免れたのだが、男の子の親が烈火の如く怒り、アンの身元引受人である院長の下に怒鳴り込んできたという訳だ。
 院長が平謝りに謝り、加えてアンが命の恩人であったため大事にはならなかったが‥‥。



「だってじゃありません!!
‥‥アン、あなたの保護者として命じます――これから暫く、男の子を『そういう対象』として見る事は禁止よ」
「え‥‥ええええええええええええええっ!?」



――孤児院がビリビリと震える程の、アンの生涯最大の悲鳴が響き渡った。



「‥‥う、うぅ‥‥せ、先生の馬鹿ぁ‥‥」

 それから数週間――欧州のとある街を、アンはやつれ切った表情で歩いていた。


――ショタっ子禁止令を出した院長の行動は迅速だった。


 わざわざ欧州からラストホープまで渡り、アンの部屋に置いてあったショタっ子グッズや本、ブロマイドや写真集など、一切合財を没収し、孤児院の倉庫の奥へと封印したのだ。
 更に、彼女の傭兵仲間達にアンの監視を頼み、辛抱堪らなくなったアンが何か仕出かさないような体制をあっという間に整えたのである。

「‥‥ふ、普段はおっとりしてるのに‥‥こ、こういう時は早いんだからぁ‥‥」

 しかし、口ではブツブツ言いながらも、何だかんだで今の所言いつけは守り、男の子を見境無く付回したり、撫で回したりする事はしていなかった。
 アン自身、このままではいけないとは内心ちょっぴり思っていたりするのである。

(一ヶ月耐えられたら、この妖しいグッズ類は返してあげるわ)

 院長が最後に言っていた言葉が、最大のモチベーションだったりするのだけれど。



「うえーん‥‥ママぁ‥‥パパぁ‥‥何処いったのぉー‥‥」

 その時、アンの耳に泣きじゃくる子供の声が聞こえてきた。
 辺りを見回すと、公園の噴水の前で、可愛らしい男の子が涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら佇んでいる。



――いつものアンなら、ここでハァハァ息を荒げながらにじり寄る所だろうが、欲望から暫く離れていたせいか、ある事が脳裏に過ぎった。



『――ママ!! パパ!! 何でわたしをおいていっちゃうの!?』

 叫ぶ、幼い頃の自分――去って行く高級車――必死に追いかけるけれど、子供の足では追いつけなくて、その内疲れて足をもつらせ転んでしまう。
 顔も名前も思い出せないけれど、両親に捨てられたというのはアンにも理解出来た。
――何で自分が捨てられたのか、周りの大人は曖昧な笑みを浮かべて教えてはくれなかった。


 知っている筈なのに頑なに口を閉ざす――オトナは嘘吐きだ‥‥オトナなんて‥‥大嫌いだ。


 そうやって、いつも孤児院の陰で塞ぎ込んでいたアンに、ある日手が差し伸べられた。

『ねぇ、いつまでもそんな所にいないで、こっちにおいでよ』

 それは、自分と同じぐらいの年齢の男の子だった。
 逆光で顔は良く分からない――けれどその瞬間、確かにアンは男の子に恋をしていた。



 それから十数年‥‥もしかしたら、アンは未だに『その時の男の子』を求めて、小さい男の子を追い掛け回しているのかもしれない。

(‥‥何だか、凄く懐かしい事を思い出したわぁ‥‥)

 くすり、と笑みを浮かべると、アンは一切の邪な感情や不純な動機を抱く事無く、男の子の前に歩み寄っていた。

「ねぇボクぅ‥‥どうしたのぉ? 迷子?」
「えぐっ‥‥うん」

 突然声をかけて来たアンに一瞬面食らったようだったが、その顔が優しい微笑みを浮かべていたから、素直に頷いた。
 そして、途切れ途切れの声で、迷子になった経緯を伝える。

「そぉ‥‥大変ねぇ‥‥じゃあ、お姉ちゃんが一緒に探してあげましょうかぁ?」
「ほんと!?」
「ん♪」

 にっこりと笑うと、手を差し伸べる――すると男の子は、顔をパァッ、と輝かせてその手を取った。

(‥‥あの時の私も、こんな顔してたのかしらぁ?)

 そんな事を思うと、思わずクスリ、と笑ってしまった。



「き、緊急事態発生!! 緊急事態発生!! アンが男の子を連れて行こうとしてるぞ!!」
「‥‥どうする? ここは警察に――」
「馬鹿!! アイツ相手じゃ警察なんて木っ端みたいなもんだぞ!! ここは俺達で対処するんだ!!」

 しかし、アンを監視していた能力者たちは、アンが不純な動機を抱いていないことに気付かず、厳戒態勢に入る。



――誤解が解けないまま、能力者たちの尾行が始まった。

●参加者一覧

ビッグ・ロシウェル(ga9207
12歳・♂・DF
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
御闇(gc0840
30歳・♂・GP
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA
悠夜(gc2930
18歳・♂・AA
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
ニコラス・福山(gc4423
12歳・♂・ER
Nico(gc4739
42歳・♂・JG

●リプレイ本文

「‥‥それじゃ、行きましょお♪」
「うんっ!!」

 そう言ってにっこりと笑うと、アンと男の子は手を繋いで歩き出した。

‥‥しかし、それは彼女達を監視する庸兵達にとっては、捕食者に食われそうになる哀れな羊にしか見えない。

「ここまで頑張ってたのにどうして‥‥」

 ティナ・アブソリュート(gc4189)は、悲しげに眉を顰める。

「おっと。メンドーなオシゴトもようやく終わりそーかねェ」

 一方、Nico(gc4739)はこのしち面倒臭い依頼が終わる事に安堵を覚えていた。

「Nicoさん!! そんな言い方――!!」
「――っとぉ、こいつぁ済みませんでした、と。
‥‥別にガキがガキを襲おうが、興味ねェンだけどなァ‥‥っと、そんな怖い顔すんなって」

 その余計な呟きに、再びティナがきっ、と睨んだので、それ以上は黙っておく。

「まぁ、何にせよそろそろ行動しないと不味いと思うがねぇ?」
「そうですね――ビッグさんとオルカさんにもスタンばって貰いましょう」

 そう言って、共に参加したビッグ・ロシウェル(ga9207)とオルカ・スパイホップ(gc1882)に通信を繋いだ。



『――と、言う訳でまずはこちらから接触しますので、その後に合流して下さいね』
「‥‥了解」

 ティナからの通信に半ば上の空で返すビッグ。見れば、隣のオルカも心ここにあらずと言った様子だ。

「何故僕はこの仕事請けたんだろ‥‥」
「偶然だね〜‥‥僕もそう思う‥‥」

 はぁ‥‥、と深い溜息を互いに吐き、気を取り直して顎に手を当てて「うぅーん‥‥」と唸るオルカ。

「アンさん‥‥我慢しすぎて遂に誘拐‥‥?
 いや、でもいつもならその場でいただきます♪ してそうだし〜‥‥。
 うぅ〜〜駄目だ‥‥アンさんの考えが読めないよ〜」

 しかし考えが纏まらず、頭を抱えてしまう。

「だ、だがこのままじゃ男の子が危ない事には変わりが無い!!
‥‥こ、これは身を呈してでもいたいけな一般人を保護しなくては‥‥!!」

 悲壮な決意を込めて、ビッグが拳を握る。
――その姿は、如何にこのようなアホらしいシチュエーションであったとしても輝いていただろう。
‥‥彼の服が、コサージュをあしらった可愛らしいワンピースで無ければ。

「ところでビッグさん、その服は‥‥?」
「‥‥変装用の服を貸してくれるって‥‥ティナさんが」

――はめられた‥‥ビッグはやるせない怒りに身を震わせる。

「‥‥ぷ、くっ‥‥ま、まぁいざという時は俺が助けてやるからよ‥‥安心しろって」
「――顔真っ赤にしながら全身が震えてちゃ説得力無いと思うな」

 二人を見つめながら、悠夜(gc2930)は捻じ切れそうになる腹筋を抑えつける事に必死になっている。
 そんな彼の態度に、オルカは憮然とした表情を浮かべるのだった。



 公園の広場を抜け、街の商店街へと向かうアンと男の子――そこへ、ティナが道に迷った現地人を装って近付いていく。

「あの‥‥すみません、道をお尋ねしたいんですが?」
「‥‥え? い、いいけどぉ‥‥?」

 突然声を掛けられたのに少し驚いたのか、少しどもりながら答えるアン。
 適当な花屋の名前を答えると、アンは丁寧にそれを教えてくれる。

「ありがとうございます――そちらは、姉弟でお買い物ですか?」

 それを実際にメモして、お礼を言うと、ティナは行動に出る。
 もしここでアンが口ごもったり、誤魔化したりすればクロと言えるだろう。

「こ、この子が迷子みたいだから、一緒に探してあげてたのぉ‥‥」

 しかし、予想に反して、アンはすぐに理由を教えてくれた。

「あ、じゃあどうせ散歩がてらですから、私も手伝いますよ?」
「‥‥いーの?」
「はい、勿論ですよ」
「じ、じゃあ‥‥お願いするわぁ‥‥」

 首を傾げる男の子に、微笑みながら答えるティナ。
 それを見たアンも彼女の提案に従ってくれるようだ。

「じゃあ、丁度友達も一緒ですから、その人達にも手伝って貰いますね」

 そして、仲間達を呼びに行きがてら、通信機で少し離れた場所で監視する二条 更紗(gb1862)と御闇(gc0840)に通信を入れる。

「‥‥そちらから見て、どうですか?」
『現在異常無しです‥‥少し元気が無さそうですが』

 少し考えてから、御闇が返す――ちなみに彼の言う『元気』とは、ショタっ子を見た瞬間襲い掛かったり、ハァハァしたりという意味の『元気』である。

『どうも捕食者としての表情と違うように思えますねぇ。
 わたくしも捕食する側なので何となくだけど違和感を感じるんですよねぇ、所謂下心的なものや含んだものを』

 逆にアンを『捕食』した事もある二条も、今の彼女の行動と態度を計りかねているようだ。
 だが、現状では憶測に基づいての行動が最も危険なのは明白。

『まぁ此処でグダグダしてても何にもなりません、接触してみて下さい。私も後から続きますので』
「‥‥分かりました」



「あ、アンさん偶然デスネー」
「あはは‥‥ど、どうも〜‥‥」
「あらぁ‥‥♪ 二人ともお久しぶりねぇ‥‥うふふふふふ」

 で、現れたのがビッグとオルカである。
 突然の顔見知りの出現に、アンは一瞬――特にビッグの女装を見て――目を丸くするが、にっこりと笑って挨拶してきた。

(‥‥相変わらずこぇぇ‥‥)
(や、やっぱりいつも通りだよ〜〜)

‥‥しかし、その目は正に狩る者の目である。

「び、ビッグ君‥‥そ、その格好は何かしらぁ‥‥?」
「そ、そりゃあ、え、エージェントは変装したり身を隠す物ですよ。
 じ、女装なのは‥‥その、総帥からの指令で しっと力を鍛えて来いと」

 汗をだらだらと掻きながら、しどろもどろで答えるビッグ。

「そ‥‥それにオルカ君も久しぶりねぇ‥‥♪」
「あ、あはははは‥‥お、お元気そうで‥‥」

 しかし、アンがオルカににじり寄りそうになった時、傍らの男の子がくいくいと彼女の裾を引っ張った。

「‥‥おねぇちゃん‥‥おかぁさん、どこ‥‥?」
「あ、ごめんなさぁい‥‥じ、じゃあ、一緒に探してくれないかしらぁ?
 ま、まだそんなに遠くへは行ってないみたいだから‥‥」

 男の子にせかされ、アンはビッグとオルカに背を向け、手を引いて歩き出す。

(‥‥あ、あれ? 本当に迷子保護してる?)
(ぼ、僕らに何もしないなんて‥‥)

 あまりの予想外の事態に、思わず呆気に取られる二人。

「お、迷子探しだったよな? 一人より二人、人数が増えた方がそのガキの為になる筈だ。
(‥‥チッ、つまんねぇな)」

 その不穏な内心はともかく、悠夜はこう見えてもかなり面倒見が良かったりする。
 安心させるように男の子に向かってにかっ、と笑うと、アンの後に続いた。

「‥‥やっぱり、信じて良かった」
「い、いや、ティナさんそれは早計だと思うよ?」
「う、うん‥‥確かにいつもとは違う『綺麗な』アンさんだけど、いつまた『いつもの』ようになるか分かんないし‥‥」

 何せ、相手は欲望の権化たるアン・グレーデン‥‥この先何が起こるか分からないのだから。
 そんな訳で目を離す事も出来ないため、三人(と尾行組の三人)はアンの後を追い、街を巡り始めるのだった。



 男の子のたどたどしい母親像を元に、聞き込みと捜索を続ける庸兵達。

「‥‥所で、ボクはお母さん好きぃ?」
「うんっ!!」
「そぉう‥‥良かったわねぇ‥‥♪」

――無論、庸兵達はその間もアンの監視は怠らないようにしていたが、当の本人はそんな彼らの不安を他所に、男の子とごく普通のコミュニケーションを続けながら迷子探しを続けていた。

(何だぁ‥‥? 本当にただの迷子の保護だったのか?)

 常に隣に張り付いていた悠夜だったが、何だか自分たちが独り相撲を演じているような気がしてくる。
‥‥時々ビッグとオルカを見る目が怖いが、あくまで今回の保護対象は男の子のみ。
 まぁ、『一ヶ月ショタっ子禁止令』の監視はあるものの、彼としてはオルカが弄られるのが楽しみで仕方が無いため、そちらはどうでも良かった。
 そんな時、前方から可愛らしいウサギの着ぐるみを来た小さな影が近付いてきた。

「おやおや可愛いお二人さん、風船は如何かね?」

 手にした無数の風船を差し出しながらとてとてと歩み寄ってくる。
――着ぐるみの顔の部分から覗くのは、少し小生意気な感じの可愛らしい顔‥‥しかし、その正体は妻子持ちの(見かけだけは)ショタッ子庸兵、ニコラス・福山(gc4423)であった。

「おねーちゃんありがとー!!」
「‥‥‥‥」

 勘違いしたまま受け取る男の子と、無言のまま受け取るアン。
 自重はしているものの、ニコラスを見るその目は血走り、尋常ならざる光を発していた。

(こ、このプレッシャーは‥‥!?)

 大抵の事には動じない彼も、流石に一歩後ずさる。
 それを追ってアンも一歩を踏み出したが、その耳にぼそり、と機械音声が聞こえ始めた。

『ショタっ子大図鑑‥‥週間半ズボン‥‥特集・男の娘解体新書‥‥』
「‥‥っ!?」
『‥‥秘蔵のフィギュア数百体‥‥ヤ・キ・ス・テ・ル・ゾ?』

 びくり、と身を震わせるアン――それは、院長によって没収された、彼女垂涎・秘蔵のお宝コレクションのラインナップであった。

「ふぅ‥‥危ない危ない。アンさんには悪いですが、禁止令は解かれていませんからね」

 額の汗を拭いながら、御闇はボイスチェンジャー付きの通信機から口を離した。



「あ、危なかったわぁ‥‥」

 それを聞いたアンは思いとどまったのか、ニコラスに礼を言うと、そそくさとその場から立ち去っていった。

「‥‥ナイスフォローだ‥‥正直、喰われるかと思った」

 ニコラスが、駆け寄ってきた御闇に礼を言う――無論、どんな意味でかは明白だ。

「私やビッグちゃん、オルカちゃんに対してはともかく‥‥男の子に関してはシロだな。
 理由は分からんが‥‥ともかく、彼にだけは『そういった』思いは抱いていないようだ」

 そう言って、ニコラスは煙草を取り出して美味そうに吹かし始めた。
‥‥見た目は可愛らしい少女のため、物凄い違和感がある。

「それなら、もう隠れる必要無いみたいですね‥‥行って来ます」

 そう言うと、二条は小走りにアンを追いかけていった。
 そして、少し強引な様子で迷子探しに合流すると、再び街の中へと繰り出していく。

「おーおー、惜しい所だったなァ?
 妻子持ちが襲われる貴重なシーンが見られると思ったのによ?」
「‥‥冗談じゃあない。これでも、妻と娘を愛しているのでね」

 それを見送りながら、下品な笑みを浮かべるNicoに、ニコラスは憮然とした表情を浮かべる。
 ニコラスが「吸うか?」と差し出した煙草を、素直に受け取るNico。

「‥‥俺としちゃあ、ガキがどうこうなるかより、あんなイイ女がどうしてあんなになっちまったのかの方が興味あるがネェ?」
「‥‥私はどうでもいいな――まぁ、残りの仕事はしっかりやるがね。こう見えても働き者なんだ。
 あの善人ぶりがいつまで続くか見物じゃないか」
「クク‥‥違いねぇ‥‥」

 Nicoは紫煙を吐き出しながら、さも可笑しそうに笑って見せた。



――数十分後、男の子の母親は無事見つかった。

「本当に‥‥ありがとうございました‥‥!!」
「庸兵のおねーちゃん、おにーちゃん、ありがとね!!」

 大きく手を振りながら去っていく二人を、にこやかに見送ると、アンはくるり、と後ろを振り返った。

「‥‥うふふふふ‥‥そ、そろそろ出てきてくれないかしらぁ‥‥?」

 その視線の先は、御闇とニコラス、Nicoが潜む路地に伸びている。

「あー、これはそのー‥‥だな‥‥」
「ご、誤魔化しても無駄よぉ‥‥。
‥‥だ、大分前から着いてきてたみたいだけど‥‥バレバレだったわよぉ‥‥?」

 Nicoが姿を現すと同時に誤魔化そうとするが、すぐにそれは遮られる。
 どうやら、アンは庸兵達の尾行に最初から気付いていたようだ。

「‥‥‥っっっっすみませんでしたああああああっ!!」

 その瞬間、三回転半捻りジャンピングスライディング土下座という絶技を披露しながら、御闇が謝り倒す。

「あー‥‥アン様には悪いとは思ってたんですけど、院長との約束がありましたので‥‥」
「い、いいのよお姉様ぁ‥‥物凄く好都合だからぁ‥‥♪」
『え?』

 アンの言葉の真意が測れず、首を傾げる庸兵達。
――その瞬間、アンの持つ携帯端末から華々しいファンファーレの着信音が響き渡った。

「うふ‥‥うふふ‥‥うふふふふふふふふふふふ‥‥♪ タイム‥‥オーバァァァァ‥‥♪」

 禍々しく笑いながらぐるり、と顔を横にしながらビッグとオルカ、そしてニコラスに顔を向けるアン。


――そこには、今までとは比べ物になら無い程の狂気が込められていた。


「ちょっ‥‥待‥‥!?」
「あ、アンさん禁止令っ!! 禁止令があるから駄目だよ〜〜っ!!」

 後退りながら必死に止めようとするビッグとオルカ――だが、アンはそんな彼らに一瞬だけ花の笑顔で応える。

「禁止令ぃ‥‥? うふふふふふ‥‥ふ、二人とも、今が『いつ』か分かるぅ‥‥?」
「え‥‥?」

 ひーふーみー、と指を折って数えるニコラスの顔が、見る見る真っ青になっていく。

「‥‥丁度一ヶ月前の今日、この時間‥‥それが、先生が禁止令を出した瞬間よぉ‥‥♪」
「何‥‥だと‥‥?」

 そう‥‥一ヶ月が経つまでは、一分一秒前であろうが「数週間」と言っても何ら問題は無いのだ。

「に、二条さんっ!? た、助け――」
「大丈夫ですナイショにしときますからやっちゃって」
「滅茶苦茶イイ笑顔だな畜生!!」

 ぐっ!! と最悪な握り拳をしながらにこやかに笑う二条に、ビッグは涙目で叫ぶ、

「‥‥ざ、残念だが私は妻子持ち何だが‥‥」
「妻子持ち‥‥ショタジジイ‥‥うん、イケるわぁ♪」

 ニコラス最期の抵抗も、アンに新たなジャンル開拓をさせただけで終わる。

『た、助け‥‥アッ――――!?』
(済まんオルカ‥‥楽しみにしたりして)

 路地裏に連れ込まれたオルカ達に、悠夜は本気で同情するのだった。



 その数日後――孤児院には、今回の事を報告するNicoの姿があった。

「‥‥っつーのが、事の顛末だ」
「あの子ったら‥‥全くもう‥‥」

 呆れた表情で溜息を吐く院長――そんな彼女に、Nicoは煙草を吹かしながら問いかける。

「‥‥なァ、一つ聞きたいンだが、アンタなら、アイツがあーなった理由、しってんじゃねーのか?
 報酬とか、別にいらねェしよ。昔話を一つ、頼むよ」

 今回の事がアンの根幹に根ざすものならば、たかが下らないグッズの一つや二つ、没収した程度では変わらないのではないか‥‥と、Nicoは考えていた。

「ええ‥‥いいですよ――お優しいのですね、貴方」
「――馬鹿言え」

 にっこりと笑う院長から、恥ずかしげに目を背けながら、昔話に耳を傾けるNico。

(要らぬ節介、焼いちまったなァ‥‥)

 慣れない善行に胃を痛めながら、一人の外道(カンダタ)は燻った煙草をもみ消した。