●リプレイ本文
――鳴り響くスクランブルのサイレンを聞きながら、八人の傭兵達が次々とKVの主機に火を灯す。
「私はプロの傭兵だ。クライアントのオーダーなら、それに応えるだけさ。
まぁそのクライアントは、選ぶがね‥‥命令はそれでいいんだな? 司令のオッサン」
そんな中、伊佐美 希明(
ga0214)は艦隊司令に命令に関して問いただしていた。
『‥‥無論だ。戦闘水域での判断は君達一任されるが、私の命令は変わらん』
そう告げる彼の声は、どのような罰を受けてでも、一夜の夢を成就せんという決意に満ちている。
「あいよ、了解した。‥‥ま、余計な手間増やして両方逃すバカもしたくもねぇ。
一応、罠の可能性も視野に入れて、クトネシリカはケツにつく。どうせ元々、足は遅ェからな」
それならば、伊佐美には止める権利も、止めるつもりも無い。
にやり、と笑いながら、愛機であるビーストソウルの操縦桿を叩いた。
「やっぱりか‥‥」
赤崎羽矢子(
gb2140)は以前自分が抱いていた疑念を確信に変えていた。
彼らは自らを捨石にするつもりなのだと。
「だからって不器用すぎる‥‥赤崎機出るよ!!」
ぼそり、と呟いてから、赤崎はアルバトロスで先陣を切った。
「サイスさん‥‥」
クラウディア・マリウス(
ga6559)が胸のペンダントをかき抱きながら、瞳に涙を湛える。
「‥‥まさかサイスと共闘する事となるとはな。まったく何が起きるか予想出来ないな、戦争って奴は」
同じく亡霊と幾度と無く関わってきた威龍(
ga3859)も複雑な表情を浮かべる。
「――グチグチと悩んでないで、さっさと行くわよ。
ようやくメインディッシュが近くなってきたんだから」
だが彼らの懊悩など何処吹く風とばかりに、鯨井昼寝(
ga0488)のリヴァイアサン「モービー・ディック」が飛び出していく。
「‥‥まぁ、まずはミーシャをどうにかしましょう。
サイスをどうにかするかは、その時の状況次第という事で」
昼寝に続き、澄野・絣(
gb3855)も躊躇う様子も無く、同じくリヴァイアサン「ミツハ」を前進させる。
「それに、サイスを撃破しろという命令は受けていませんし」
「‥‥まぁ良い。敵の敵は味方と言う屁理屈に従って、今は目の前のバグアを滅ぼす事に全力を傾けるとしようか!!」
澄野の言葉に苦笑しつつも、威龍は吹っ切れた表情で拳を打ち付ける。
「――はいっ!!」
クラウもそれに応えてアルバトロスで一歩を踏みしめた。
――悲しみを湛えた瞳のまま、それでも一つの決意を固めて。
「ジブラルタルの状況を鑑みて来てはみましたが‥‥この状況は一体‥‥?」
対亡霊の依頼に初めて参加した如月・由梨(
ga1805)は、戸惑ったような表情を浮かべる。
敵であると知らされていた者達同士が争い、そして、その一方は人類のための捨石となろうとしている‥‥訳が分からなかった。
「‥‥『亡霊』達に私は会った事は無いけど、あたしはあの言葉を信じるよ」
訳が分からないけれど‥‥翡焔・東雲(
gb2615)は迷わず如月の疑問に答える。
――勿論、あくまで自分が信じただけであり、騙され、裏切られる可能性もある。
しかし、それは向こうが裏切るつもりだっただけであり、自分が一旦『信じた』事実を裏切る事は無い。
『翡焔機、発艦宜し!! ご武運を!!』
「了解!! ――だから‥‥ジル、お前はあたしを信じて、行け」
オペレーターからの通信に応えると、彼女のリヴァイアサンは一足先に海原へと突入していった。
「とりあえず状況は分かりませんが‥‥あの敵を撃破すればいいのですよね?
――ふふ、ようやく出番ですね。腕が鳴ります」
由梨も覚醒し、闘争本能を剥き出しにする事で迷いを吹き払った。
一時は優位に立っていたサイスだったが、彼の乗るリヴァイアサンは近接戦闘に特化されていたため、後一歩の所でバグアを追い詰めきれずにいた。
『くっ!!』
『は、あははははっ!! 家畜程度にそう簡単にやられるもんですか!!』
そしてミサイルを放ち、再び距離を取るバグアのアルバトロス。
さらに煙幕とスピードを活かして離脱を試みようとした時、飛来した砲弾がその肩を抉った。
「あんたには縁とゆかりも無いけど‥‥逃がさない」
翡焔のスナイパーライフルとガウスガンによる狙撃だ。
一瞬だがバグアの動きが止まり、その間に傭兵達による包囲網が完成する。
『く、クソがっ!! こんな時に‥‥!!』
『貴方たちは‥‥』
彼らにとっての第三勢力の登場に、二人は苦々しげな声を漏らす。
「ところでサイス‥‥今の通信で聞こえた事、本気?」
その間に赤崎はサイス機の隣にブーストをかけて接近すると、彼に向かって問いかける。
『‥‥!! オープンにしてしまっていた訳ですか‥‥私も冷静さが足りませんね』
サイスは苦笑すると、ためらい無く首を縦に振った。
『ええ――十年間、我ら亡霊がひたすら奴らの尖兵として活動していたのも、全てはそのためです』
赤崎としては、素直に肯定するとは思っていなかったのだが‥‥彼の声には、少なくとも嘘は無いようだ。
『目的は知られてしまいましたが‥‥我々は止まるつもりはありません。
そして、この戦いはその最終段階に必要なプロセスであり‥‥復讐なのです。
私を攻撃するのは構いません‥‥しかし、邪魔だけはしないで頂きたい』
勝手な言い分だ――無論、彼自身もそれは理解しているのだろうが。
「サイスさんっ!! それなら、私達と一緒に戦えませんか!?」
『‥‥!?』
だが、次に聞こえてきたクラウの叫びに、サイスが明らかに動揺した。
『――正気ですか? 私は貴方たちにとって‥‥』
「敵の敵は味方、という奴さ。俺達としては乗ってくれたらありがたいんだがな」
『しかし――』
威龍が肩を竦めながら冗談めかして答える。が、その瞳は真剣そのものだ。
「サイス‥‥って言ったよね? さっきの通信、少なくともあたしは信じてる。
だから味方するってだけ‥‥何か文句ある?」
『‥‥』
翡焔の有無を言わせぬ言葉に、サイスが沈黙する。
「どちらにしろ、あたしはあのヨリシロを赦すつもりは無い。弱ってるなら先に叩く!!」
これ以上の問答は無用とばかりに、赤崎がサイスに無防備な背後を晒しつつバグア目掛けて突撃していく。
――撃つならば撃て‥‥まるでそう告げるかのように。
そしてクラウも何か言いたげにしながらも、仲間達に続いてバグアへと向かう。
『私は‥‥』
それを見つめながら、サイスは押し殺すように呟き、立ち尽くしていた。
傭兵達がサイスと問答している間にも、バグアは逃げようとしていたのだが、昼寝や伊佐美が放つ弾幕によって阻まれていた。
「往生際が悪いのは嫌いじゃないわ。だけどダメ。逃がさない!」
『ち、畜生っ!!』
昼寝がミーシャのお株を奪うような鋭い機動で、バグアの機動力を削ぎ、逃げ道を塞ぐように、次々とガウスガンとホーミングミサイルの弾幕を放つ。
バグアは幾度も被弾しつつも、強化された移動力で強引に鉄の嵐を掻い潜る。
――しかし、そこにはインベイジョンBを発動させて回り込んだ伊佐美のクトネシリカがスナイパーライフルの砲口を向けていた。
――ガウンッ!!
水の抵抗を切り裂きながら飛んだ弾丸は、肩の装甲を砕き、大きくバグア機を後退させる。
立て続けに今度はガウスガンの弾幕が襲うが、すぐに体勢を整えた鹵獲アルバトロスは、それをかわす。
「ハッ、あまり無駄弾使わせんじゃねーよ」
『キイイイイイッ!!』
にやり、と口の端を吊り上げて嘲笑する伊佐美に、ヒステリックな叫びを上げるバグア。
だが、彼女にそのような暇など残されてはいない。
今度は一気に接近した澄野のミツハが、ソードフィンを振り上げつつ迫った。
『調子に乗るなよ家畜がっ!!』
「家畜家畜って‥‥あまり、人間を馬鹿にしない事ね!!」
バグアはそれを同じくソードフィンで受け、返す刀で首を跳ね飛ばさんと斬撃を加える。
――ギンッ!! ギンッ!! ガギィンッ!!
両者の間で、激しい剣戟の応酬が繰り広げられる。
「離れろ澄野っ!!」
威龍が警告すると同時にホールディングミサイルを放った。
回避するバグア――そこを狙い撃ち、ガウスガンの引き鉄を引く。
――また一枚、鹵獲アルバトロスの装甲が剥がれ落ちた。
『‥‥ヒ、ヒヒヒヒッ!!』
それを機に、バグアが狂気じみた笑い声を上げる。
そして狂ったように動き回りながら、無茶苦茶にソードフィンを振り回し、プロトン砲を乱射する。
『し、死んでたまるかっ!! こ、この優良種たるこの私が、か、家畜なんかにっ!!』
「ちっ!! あんたの居場所はもう無いんだよ。いつまでもしがみ付いてないでさっさと舞台から消えな!」
技も照準も何もあったものでは無いが、それに込められた威力は本物だ。
赤崎が直撃を受け、体勢を整えてガウスガンを放つが、バグアはそれを掻い潜ると、一直線に逃げようとする。
「させません!!」
由梨が咄嗟に立ち塞がり、レーザークローを振るった。
光の爪は強化された装甲越しでも威力を発揮し、鹵獲アルバトロスのプロトン砲を真っ二つに切り裂く。
しかし、それを囮に由梨のリヴァイアサンを突破するバグア。
「逃がしません‥‥っ!!」
『邪魔するんじゃねぇ小娘がっ!!』
「きゃっ!?」
更にクラウのアルバトロスが立ち塞がるが、バグアはソードフィンを強引に叩きつけてくる。
まるで獣のような攻撃を前に、クラウはディフェンダーで防御するのがやっとだ。
――ボギンッ!!
そして、とうとう猛攻に耐え切れず、ディフェンダーの刀身が砕け散る。
「‥‥っ!!」
『死にやがれえええええっ!!』
迫る刃――思わずぎゅっと目を瞑るクラウ。
――ザンッ!!
しかし、次の瞬間彼女とバグアの間に割り込んだ影が、鹵獲アルバトロスの腕を両断していた。
それはサイスの鹵獲リヴァイアサンのビームシザーズによるものだった。
『やれやれ‥‥私に偉そうな事を言っておいて、先に死なれては困りますよ?』
「サイス‥‥さん?」
呆然とするクラウ――通信機の向こうで、サイスが柔らかく微笑むのが分かる。
『自分でも甘えているとは思いますが‥‥今だけは、一夜の夢を堪能させて貰いましょう』
「‥‥‥‥はいっ!!」
「‥‥ああ!! 宜しく頼むぞ!!」
サイスの言葉に、クラウが輝くように、威龍がにやり、と笑い、高らかに応える。
『さ、サイスっ!! こ、このコウモリ野郎っ!!』
『どうとでも言うがいい――行くぞ傭兵、着いて来れるか?』
「はっ!! 誰に向かってモノ言ってるのかしら!?」
口調を変え、臨戦態勢に入ったサイスの不敵な言葉に、昼寝もまた不敵な笑みで答え、肩を並べてバグアへと向かう。
「‥‥しかし、本当に暑苦しい連中だな。海が干上がっちまうぜ」
その様子を後方から見つめていた伊佐美は、彼らのそんな様子に思わず苦笑した。
‥‥それから先は、はっきり言って一方的だった。
「おおおおおおっ!!」
『はあっ!!』
威龍が懐に潜り込んでレーザークローの連撃で弾き飛ばすと、そこに回り込んだサイスの巨大なレーザーシザーズが叩きつけられ、再び鞠のように弾き飛ばされるバグア。
『はぁっ‥‥はぁっ‥‥!! く、糞ッ!! 糞ガッ!!』
体勢を整える暇も無く、今度は昼寝によるガウスガンの弾幕が襲った。
「ほらほらどうしたの? 自慢の機動力が落ちてきてるわよ? アンタの言う家畜よりもね」
『うるせぇっ!! うるせえええええっ!!』
そしておそらくは最もプライドを傷つけるであろう彼女の挑発に乗ってしまい、余計に退路を失っていくバグア。
「うるさいのはそっちだよ!! とっととくたばれ!!」
翡焔の狙撃で、ボロボロだった鹵獲アルバトロスの片足が千切れ、沈んでいく。
『うがあああああっ!!』
推力パーツを失っては、最早機動力は見る影も無い。
『何で‥‥っ‥‥何でこの私が‥‥家畜なんかにっ!!』
完全に追い詰められても、こちらを見下すのを止めようとしない姿は、最早滑稽ですらあった。
「そろそろ終わりにしましょう? いい加減、あなたの声って耳障りなのよね」
冷ややかな目で、澄野が容赦なく宣言し、ソードフィンで切りかかる。
『ヒッ‥‥!?』
バグアは咄嗟に機体を沈める事で掻い潜るが、澄野の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「――残念。本命は私じゃないのよ」
その言葉に、はっと顔を上げるバグア――その視線の先には、スナイパーライフルを構える伊佐美の姿。
傍らの岩場にはアンカーテイルが突き刺さり、機体を安定させていた。
「結構動きやがったなぁ‥‥けど、ここまでだ」
狙撃において、外敵などいない――戦う相手は常に、自分自身のイメージ。
感情の篭らない声でそう告げると、伊佐美は『自分自身』を投影させた鹵獲アルバトロスに向かって、静かに引き鉄を引いた。
――最高のタイミングで放たれた必殺の一撃は、アルバトロスの中枢を貫き、抜ける。
『ひいいいいいいいいいっ!!』
悲鳴を上げながら、バグアが脱出装置を作動させる。
開け放たれるハッチ――溢れてくる水を掻き分けて海中に出ると‥‥目の前には、紅いモノアイを光らせる白い鯨と、巨大な鋏を持つ海魔がいた。
「――ほんじゃ、バイバイ。それなりに楽しめたわよ?」
『‥‥消えろ‥‥この世から‥‥!!』
そして、水中練剣「大蛇」と、ビームシザーズの光が振り下ろされる。
『い、嫌だっ!! 死にたくない!! わ、私はまだこんな所で――――』
最後の言葉すら許されず、バグアは原子の塵へと帰っていった。
『‥‥誰もが、そう思っていましたよ。「私達」に殺された者達は、皆‥‥ね』
――サイスの押し殺したような呟きを、傭兵達は確かに聞いた。
「お休み。バグアじゃないミーシャ。今度こそテッドと仲良くね」
そう一言、鎮魂の言葉をかけると、赤崎はおもむろにサイスにガウスガンを向け、アクティブアーマー目掛けて発砲する。
――装甲に砲弾が弾かれる音が響き渡る。
それはどんな言葉よりも雄弁な、一夜の夢の終わりを告げる鐘の音だった。
『‥‥感謝します』
――そう一言詫びてから、後退していくサイス。
誰も、それを撃とうとはしなかった。
「――あのっ!! サイスさん!!」
去っていくサイスを、クラウが呼び止める。
「私は貴方を助けたい。どうすれば良いかなんて判らないけど‥‥戦う事をやめる事はできないんですか?」
それは、以前のような哀願では無く、既に答えを確信した、確認のようなものだった。
『‥‥無論です。私達の存在意義は最早‥‥それだけしかありません』
「なら、助けます‥‥貴方が亡霊だと言うのなら――せめて、その心を」
最早迷わず、クラウは告げた――助けるという意思と、そして戦う決意を。
『――さようなら』
そう最後に一言――それは、亡霊が告げる最後の決別の言葉だった。