タイトル:【侍】我が名は――マスター:ドク
シナリオ形態: イベント |
難易度: 難しい |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/11/23 23:36 |
●オープニング本文
――夢を見ていた。
ここでは無い場所、ここでは無い星で、今とは違う姿と目で、彼は夕焼けを見つめていた。
それはとても美しく、彼の心は初めて戦い以外で震えた。
他の星の夕焼けは、一体どんなものなのだろう。
『‥‥見て‥‥みたいなぁ』
――それが、彼が‥‥○○○が、最初に抱いた願いだった。
「む‥‥」
「あら、こんな時にのんびりとお昼寝? 随分と呑気なことねぇ」
まどろみから目覚めると、そこには見慣れたブルネットの髪を揺らす妖艶な蜘蛛がいた。
「‥‥戻っていたのか、シバリメよ」
「ついさっき、ね。
ブライトン様から『もうちょっと真面目にやれ』だの何だの説教されてたから、ちょっと遅くなっちゃってねぇ」
そう言っておどけるように肩を竦めるシバリメ。
だが、すぐに真剣な眼差しになると、じっとサイラスを見つめてくる。
「‥‥で、逝くのね?」
「ああ‥‥」
シバリメの言葉に、余計な言葉も無く、ただ簡潔に伝える。
わざわざ説明しなくては分からないような浅い仲でも、律儀に心の底を曝け出す程深い仲でもない。
――数分の沈黙の後、シバリメはくすり、と微笑んだ。
「そう‥‥じゃあ、ちょっと横槍でも入れてみようかしら?」
「――絶対に止めろ。もしやったら貴様でも容赦せんぞ」
「あらあら怖い。精々気をつけるわ‥‥それじゃ、いってらっしゃい」
そして、最期にじゃれあうように、会話の応酬。
それっきり、二人は互いに二度と振り向く事は無かった。
「‥‥サヨナラ、おばかで真っ直ぐなお侍さん」
「‥‥さらばだ、倦怠の海に揺蕩う蜘蛛よ」
――それが、数百年共に歩んできたバグア達の、最期の会話だった。
『――出てきました!! 確かに‥‥サイラス・ウィンドです!!』
敗北宣言から数時間‥‥未だに沈黙を続ける要塞のゲートが開き、そこから一人の男が姿を現す。
男――サイラス・ウィンドは、未だにキメラや機動兵器の残骸が転がる戦場を、ただひたすら、真っ直ぐ歩いてくる。
『‥‥まさか、本当に一人で出て来るとはな』
『信じられん‥‥』
それを確認したバルセロナ駐留軍の将官達は一様に驚愕の表情を浮かべた。
本当ならば、サイラスの宣言など黙殺し、すぐに殲滅戦に切り替える予定だった。
何故なら、普通に考えたなら罠である可能性が高かったからである。
しかし、それを傭兵達が強硬に反対したのだ。
――奴は、決して姑息な手を使うような奴では無い。
――それが、サイラス・ウィンドという男なのだ、と。
普通ならば一笑に付される子供じみた理屈‥‥だが、そう片付けてはいけない何かが、傭兵達の瞳の中には輝いていた。
‥‥そして、サイラスは現れた。傭兵達の言う通り。
『ここまで来たならば、最早我らにやれる事は無い』
『ああ‥‥後は全てを託そう――彼ら、傭兵に』
将官達は覚悟を決め、モニターの光景を決して見逃すまいと凝視した。
そして今、その傭兵達はサイラスの目の前に立っていた。
サイラスは仮面を外し、醜い火傷の後を晒していた。
その顔は、一部の傭兵達にとっては、忘れたくとも忘れられない顔だ。
KV越しに相対する両者――互いに言葉は無く、沈黙と、KVの駆動音だけが響いていた。
「‥‥ここに来る前に、夢を見た」
唐突に、サイラスが口を開く。
そして、西の空へと沈もうとする夕陽を見つめ、眩しそうに目を細めた。
「――遠い昔、我は今とは違う姿で、こことは違う星で、この夕焼けを見ていた。
‥‥美しかった。
我の心は、その時初めて、闘争という行為以外で心を動かされた。
こんなに綺麗なモノを、他の星でも見られたら‥‥と願った」
傭兵達は今まで見た事の無いような彼の顔に驚き、何故そんな話を? と問うた。
再び傭兵達に向き直るその顔は、自嘲に歪んでいる。
「分からん‥‥ただ、嬉しいのかもしれんな。
――忘れていた事を思い出したのが‥‥」
サイラスはそう言って微笑んだ――それは、思わず傭兵達がはっとする程優しく、穏やかだった。
「‥‥余計な話をしたな――では、やるか」
そう告げたサイラスは、穏やかな表情をかなぐり捨て、濃密な闘気を纏う。
――その時、突如要塞の一部が吹き飛んだかと思うと、そこから六振りの刀が唸りを上げて飛来した。
轟音を立てて、サイラスの周囲に刀は突き立ち、土埃が辺りに舞い散る。
「‥‥粋な計らいをしてくれるな‥‥シバリメめ」
最後にふっ、と微笑むとサイラスはまるで力を蓄えるかの如く、体を丸め込ませる。
「『サイラス』よ‥‥この『器』、歪める事を許せ‥‥」
誰にも聞こえない程に小さく呟いてから、サイラスは全てを解き放った。
「く‥‥ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
バキバキと鈍い音を立てて、サイラスの背が膨れ上がり、そこから巨大な翼のような物が姿を現す。
否――それは『腕』だ。
まるで、KVとも殴り合えるのでは無いかという、巨大な腕。
それは背から四つ、左右対称に姿を現し、元からあった腕も同様に巨大に膨れ上がる。
――更に、全身もそのサイズに見合う程に大きくなっていく。
そして顔は真っ白な面のようなものに覆われ、額からは鋼板をも貫けるような鋭い角が一対。
更に後頭部が二つに割れ、そこから新たな『顔』が二つ現れる。
――全ての変異が終わった後、そこには全身を筋肉の鎧で覆われた、五メートル程の三面六臂の『鬼』がいた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
『鬼』は六本の腕で地面に突き立った刀を一斉に引き抜くと、咆哮を上げる。
途轍もない限界突破の姿に、傭兵達はごくり、と唾を飲み込みながら同じように武器を構えた。
『そういえば‥‥名乗っていなかったな――我の、本当の名を‥‥』
最早人のモノでは無くなった声で、サイラス‥‥いや、『バグア』は叫んだ。
この戦場にいる者全てに届けとばかりに。
『我が名は――――ラセツ!!』
――バルセロナの地で今‥‥傭兵達と悪鬼の最期の戦いが始まろうとしていた。
●リプレイ本文
名乗りを上げたサイラス――いや、ラセツが六本の刀を構える。
それだけで、思わず後退りそうになる程のプレッシャーが傭兵たちを襲った。
「あの姿が奴の真の姿ってわけかよ‥‥」
雷電を駆るブレイズ・カーディナルが思わずごくり、と唾を飲み込む。
「すげぇ威圧感だ‥‥サイズで言うならKVよりも一回り小さいってのに、はるかにでかく見えるぜ‥‥」
‥‥だが、下がらない。
彼は、終着を見届けるためにここにいるが故に。
「この舞踏‥‥見届けるぞ、ブレイズ」
「ああ‥‥!!」
彼と同じく、この因縁をいつも近くで見続けてきたイレーネ・V・ノイエの言葉に、ブレイズは力強く頷いた。
「‥‥っ!! ‥‥仕方無いか、こうなったらあの化物を止めて『解放』するしかないね」
限界突破を行ったラセツに、葵 コハルは一瞬だけ歯を食い縛った。
――アニスの最後の「ともだち」として、サイゾウの体を彼女と共に眠らせる事を、コハルは望んでいた。
しかし、目の前の『鬼』の体には、何処にも彼を思い起こさせる場所は存在しない。
ならば自分は‥‥灰は灰に、塵は塵に‥‥無に、返すだけだ。
(アニス、見ていますか? あなたの願い、今ここに‥‥)
表舞台に初めて現れたサイゾウと初めて対峙し、幾度もその裂光を振るったティーダは、二年にも渡る『彼』との因縁を思い返していた。
――その時いつも隣にいた相棒・アンジェリカ「Frau」の手には、使い込まれた雪村の柄。
それは、幾度も決着の一撃に振るわれてきた。
一度目は、サイゾウ。
二度目は、サイラス。
三度目は‥‥今、この時だ。
「ラセツ、あなたはこの『裂光』を受ける事が出来ますか?」
この因縁で得たその称号――この業を焼き尽くし、昇華させるものはこの剣以外他に無い。
(アニス‥‥昔のままの私でいたら辿り着いたかもしれない、別里の私)
ラセツを見据えながら、アンジェリナ・ルヴァンはアニスの事を思い出す。
己の狂気に翻弄され続けた彼女を、一本の剣として支え続けた、サイゾウ、ラセツ。
もしかしたら、彼らがいたからこそ、最期にアニスは「子供」に戻れたのでは無いかと思う。
そして、アニスの意思もまた、彼らをただ一匹の『修羅』から、誰かを守る『侍』へと変えたのだと。
‥‥しかし、ラセツは再び修羅となりここにいる。
けれど、それでいい。それぞれには、それぞれの道があるのだから。
何の因果か交差してしまったそれぞれの道‥‥突き進めるのが自分たちか、彼か、どちらか片方しか無いと言うならば。
「私は私の道を突き進むために‥‥お前の剣を叩き斬るっ!!」
例えこの身が砕けようとも、必ずや我が道を突き進んで見せるという決意を持って、アンジェはミカガミ「リ・レイズ」のレーヴァテインを構えた。
(ラセツ。まさか、そんな名前だなんて‥‥偶然とは恐ろしいものですね)
羅刹‥‥地獄に落ちた者達を永遠に責め続ける鬼。
そして、如月・由梨は、その鬼と戦っている間、ずっと己の中に潜む修羅という鬼とも戦っていたように思う。
「サイラス、いえ、ラセツ。私は答えを見つけました。
私はもう、自分を恐れません。覚醒した時の私が修羅ならば、そうなのでしょう」
誰に聞かせる訳でも無く呟いた後、由梨はゆっくりと周囲を見回す。
――そこには、初めて、何度か、幾度も、共に戦って来た仲間達の姿。
その存在こそが、彼女の答えだった。
例えこの身が修羅道に堕ちたとしても、彼らならばきっと止めてくれる。
ただ、それを信じて――!!
「‥‥いざ、勝負です!!」
大地を踏み砕きながら、由梨のディアブロ「シヴァ」が前進する。
その肩には、同じ名を冠する巨大剣。
――その切っ先は彼女の決意を示すが如く、ただひたすら真っ直ぐに天を衝いていた。
サイラスの‥‥ラセツの名を聞いた瞬間、宗太郎=シルエイトの脳裏に、金髪の陽気なサムライの『ダチ公』と、彼が付き従った赤毛の少女の姿が過ぎった。
「アニスとの約束だ。ラセツ、てめぇを倒すぜ」
そう一言だけ呟くと、宗太郎はLM−01「ストライダー」の蒼い機体で、高らかに一歩を踏み出した。
「改めて名乗るぜ‥‥月狼の『槍皇』、宗太郎=シルエイトだ!!」
ロンゴミニアトを構えながら、胸に秘めた熱き想いを吐き出すような大音声――しかし、その心に一瞬だけ、小さく風が吹く。
(それなのに何で‥‥胸が痛ぇんだ‥‥?)
それは彼の胸に小さな棘のように突き刺さったが、戦いへの高揚に融け、すぐに消えた。
「‥‥思えば長いようで短かったですね」
ディスタン「プリヴィディエーニィ」のコクピットの中で、リディスは祈るかのように瞑目した。
思い起こすのは、今までのサイゾウ、そしてサイラスとの激闘。
――それは、険しく、厳しい、何度命まで失いそうになったか分からないもの。
しかし、もうこれで最期だ。
そう思うと、リディスははっきりと寂しいと感じる。
それでも、永遠に終わらぬものなどこの世には無く、夕陽は必ず沈み、夜は必ず明けるのだ。
「全てのキャストは壇上にいる‥‥さぁ、カーテンコールの時間です」
かつて愛した者の肉体を持つ男との最後の舞踏を存分に堪能せんが為に、一歩を踏みしめる。
――かつて歩いたバージンロードを行くように、静かに、厳かに‥‥しかし胸躍らせながら。
深い因縁を持つ者達に続き、残る傭兵たちもそれに倣う。
「今一度、生身で立ち会えなかったのが心残りだが‥‥決着を着けよう、ラセツ!!」
「私も生身でやり合いたかったけどね〜、流石にあいつの相手は無理だわ」
白鐘剣一郎の叫びに、キョーコ・クルックが肩を竦めながら冗談めかして呟く。
「良い雰囲気だ‥‥まさに土壇場の決戦といった所だな。
――余計な装飾はいらん‥‥この建御雷を! 雪村を! 信じるのみ!!」
堺・清四郎も、ただ己の武を信じて吼える。
「――コレで最後だ。持ってるもの全部出しでいくぜ‥‥今度こそ負けてやらねぇ!!」
ただありのまま、等身大のまま、ただ愚直に真っ直ぐに、砕牙 九郎が前に出る。
「天都神影流、白鐘剣一郎、推して参る!!」
「ちょっとばかし無理するけど、行くよ『修羅皇』!!」
「一武士として‥‥堺・清四郎参る!!」
「こちとら、ただの砕牙九郎だ。いざ尋常に勝負!!」
シュテルン『流星皇』、アンジェリカ『修羅皇』、ミカガミ『剣虎』、そして雷電『爆雷牙』‥‥傭兵達のKVが一斉に大地を踏みしめる。
「サイラス‥‥いや、ラセツ。お前に一つだけ、伝えておく事がある」
――月神陽子と鹿島 綾がただ伝えるために口を開く。
「ツヴァイの戦は、実に見事だった。最後の最後まで――お前の為に戦っていたよ」
「そして、始める前に『彼』の最後の言葉を伝えます。
『我は何時までも貴方様の傍に』‥‥以上です。
彼は、最期まで忠義を貫きました」
『そうか‥‥済まない』
それだけを伝えると、二人は同じように己の相棒であるバイパー『夜叉姫』と、ディスタン「モーニング・スパロー」の武器を構えた。
――そこには、多くの人間達がいた。
思想も、容姿も、決意も、思いも、皆バラバラだが、確かな『己』を持つ、強い人間達。
『‥‥クク、やはり傭兵とは‥‥人間とは、素晴らしい』
彼らを前にして、ラセツは鬼の顔に笑みを浮かべた。
出来るならば、少しでも長く、彼らと語らい、そして戦っていたい。
――しかし、己の体の端々からは、時折黒い粒子のようなものが零れ落ちていた。
崩壊が始まっている――おそらく、あと二時間は持つまい。
だからこそ、ラセツは彼らの声にも、問いかけにもほとんど答えず、ただ六本の刀を構えた。
『一分一秒が惜しい‥‥では、行くぞ』
――始まりは、驚くほどに静かだった。
一瞬だけラセツの体がゆらり、と動いたかと思うと、その姿がコマ送りのように掻き消えた。
「させません!!」
咄嗟に月神がウルとロンゴミニアトを構えて立ち塞がり、後ろに立つ者達への攻撃を防ぐと同時に、爆槍を突き出す。
『ウオオオオオオオオオッ!!』
ラセツはその爆槍を掻い潜ると、彼女目掛けて六本の刀を一斉に振るう。
――袈裟切り、逆袈裟、切り払い、突き、真っ向からの切り下ろし、切り返し、柄による打撃。
刀の攻撃の全ての要素が、一度に、そして最高のタイミングで放たれた。
「く、ぁ‥‥!?」
しかもその全てが達人のソレ――さしもの月神も全てを裁き切れず、大きく夜叉姫が後退する。
「‥‥まだまだ!!」
しかし夜叉姫も流石にそれだけでは倒れない。
ガリガリと大地を削りながらも、再び負けじと前へ出る。
「させねぇっ!!」
「俺自身にはお前に対してそれほどの因縁がある訳ではない。
‥‥だが、戦友の為に最後の花道を作ってやるくらいのお節介は焼いてもバチは当たるまい!!」
ラセツを抑えるために、天原大地のビーストソウルと榊 兵衛の雷電『忠勝』が前に出て、獅子王と千鳥十文字で同時に打ち掛かる。
天原は獅子王で出来るだけ多くの腕を引き付けつつ、デアボリングコレダーでFFを少しでも減衰させようと試みる。
榊は己が持つ槍技の全てを込めて、槍の間合いを活かしつつ攻撃を仕掛けた。
『この程度で我を止めるつもりとは、笑止!!』
しかし、天原の攻撃は全て腕一本で凌がれ、榊の槍も腕の数本を僅かに傷つけただけに留まる。
そして逆に猛烈な打ち込みで動きを止められた所を、残る腕が放ったカマイタチをまともに喰らい、吹き飛ばされる。
「ちいいいいっ!?」
「ぐはっ!?」
『貰った!!』
その二人を追撃しようとするラセツ――しかし、その背後から飛来した弾丸が、FFを貫き、面の一つを削った。
「あまり無茶はするな!!」
「ガチの戦いもいいけど下支えあっての勝利よ?」
後方から放たれたイレーネ機サイファーのラスターマシンガンと、藤田あやこ機ビーストソウルのスナイパーライフルD−02の狙撃だ。
『小賢しい!!』
しかし、ラセツは『後ろ』の顔にも視覚が存在するのか、素早い動きで弾幕をかわすと、彼女たち目掛けてカマイタチを放つ。
「危ねぇっ!!」
「後ろはやらせません!!」
だが、真空の刃は彼女たちに届く事無く、ブレイズと月神によって遮られる。
「させないよっ!!」
「後ろです‥‥!!」
――チュウンッ!!
そこにソーニャのロビンが、ブースターで縦横無尽に動き回りながら高分子レーザーとショルダーレーザーを放ち、キョーコの修羅皇が空中に躍り出て、真上からD−02の砲撃を見舞う。
『ぬう!!』
「この戦い、なんのつもりか知りませんが、人とバグア、こんな戦い方でやっと対等ですので無作法お許し願いますね」
言葉ではそう言いつつも、一切の容赦が無いソーニャの攻撃。
ラセツはそれらを全て刀で弾き、掻き消すが、動きが僅かに鈍った。
「‥‥皆さん離れて!!」
それを見計らって、由梨が巨大剣「シヴァ」を高々と振り上げ、そして渾身の力を込めて振るう。
――ドズゥゥゥゥンッ!!
地震のような凄まじい衝撃と共に、猛烈な勢いで土埃が舞う。
しかし、誰も武器の構えを解こうとはしない。
奴は、この程度で終わる敵では無いのだ。
『‥‥やるな』
事実、ラセツは三本の腕を巧みに使い、巨大剣の刀身を完全に受け流していた。
その傍らには巨大剣の刀身が突き刺さり、巨大なクレーターを生み出している。
「‥‥こちらも、まさかあのタイミングの斬撃をかわされるとは思いませんでしたよ」
にやり、と口の端を吊り上げながら、由梨が再びシヴァを構えなおす。
今や完全に取り囲まれる形となったラセツだったが、その顔にはあくまで笑みが浮かんでいる。
『‥‥楽しいな。バグアとして生きてきた数百年の歳月の中で‥‥抱いた事の無い程に』
しかしその笑みは、今までのような獰猛な獣の笑みでは無く、何処か澄んだ笑みだった
『全ての思いも使命もしがらみも捨ててようやく分かった‥‥我が生きてきた意味は、今この瞬間の為にあったのだと!!』
――ラセツの体から謎のエネルギーが放出され、それが次第に形を持っていく。
それは、彼と同じ姿をした三匹の鬼へと変じた。
「分身‥‥いきなりか!?」
『『『『出し惜しみなどはせん‥‥我が渾身を込めた打ち込み、凌いでみよ!!』』』』
計四匹の鬼達は一斉に叫ぶと、周囲の傭兵たちへと一斉に躍り掛かった。
分身のラセツ達を迎え討たんと、傭兵達が武器を振りかざして突撃する。
「中・後衛の皆は援護頼むぜ!! ‥‥行くぜラセツ!!」
後ろに立つ仲間達に向かい叫びながら、砕牙の爆雷牙がグレートザンバーを構えた。
『いいだろう砕牙 九郎‥‥来い!!』
彼に応え、ラセツが砕牙目掛けて刀を振りかぶる。
六本の刀と、分厚い鉄塊の如き刃が幾度も、幾度も交錯し、その度に凄まじい衝撃が走り、轟音が響き渡る。
だが、ダメージを負っているのは殆ど砕牙の爆雷牙だ。
刀の一撃を、カマイタチを、蹴りを喰らう度に、ボロボロと装甲とザンバーの欠片が飛び散る。
「ぐ、ぅぅううううっ!! ま・け・る・かああああああああっ!!」
それでも、砕牙は引かない――降り注ぐ斬撃を、強引に撥ね退け‥‥思い切り、ラセツの顔をぶん殴った。
『ぐおっ‥‥!?』
デアボリングコレダーとナックルフットコートを施した拳を何度も叩きつけられ、たたらを踏んで下がるラセツ。
「ついでにもう一つ‥‥ペイント弾を喰らいやがれ!!」
そこへリュウセイのイビルアイズが、顔目掛けてバルカンとファランクス・ソウルの弾幕を放った。
その殆どはペイント弾に置き換えられており、色とりどりのペンキでラセツの面が染まる。
『むぅっ‥‥!?』
「貰った‥‥!!」
「おっと隙あり‥‥かな?」
それを見計らい、一気に間合いを詰めた終夜・無月のミカガミ「月牙」のロンゴミニアトが分身の顔の一つを叩き潰し、UNKNOWNのK−111のグングニルが腕を吹き飛ばした。
『グハッ‥‥!?』
如何に分身と雖も痛痒は感じるのか、呻き声を上げて間合いを空けるラセツ。
「ふむ、浅かったか‥‥」
『‥‥中々味な真似をしてくれるな』
「おや? まさか卑怯とは言うまいね?」
ラセツの言葉に、UNKNOWNはニヒルな笑みを浮かべながら肩を竦める。
『ククク‥‥言う訳が無かろう‥‥むしろ、心が躍る!!』
心底楽しそうに笑みを返しながら、ラセツはUNKNOWN目掛けて五つの刀を振りかざした。
『せえええええええええええっ!!』
六本の腕から繰り出される斬撃は、まるで津波の如く堺とキョーコ目掛けて降り注ぐ。
分身のラセツは僅かに力が落ちるようだが、それでも強敵である事には変わらない。
「く‥‥そっ‥‥きついねこりゃ‥‥」
「ああ、止まっていたら寸刻みにされるな‥‥っ!!」
猛烈な勢いで放たれた左右からのなぎ払いを、キョーコは両手に構えた月光、堺は建御雷でどうにか受け流すが、続けて放たれた下段からの逆袈裟と、鋭い突きが修羅皇の装甲を切り裂き、剣虎の肩の装甲を打ち砕く。
「くぅ‥‥まだまだ!!」
「分身如きに遅れは取れん!!」
二人は左右に分かれると、左右からラセツを攻め立てた。
キョーコは二本の月光を巧みに操り、時に二刀同時に、時には片方で刀を受けつつ、残る一刀で防御を貫かんと振るう。
「俺はただ!! 二刀を信じるのみだ!!」
ブースターを取り付け、ただ一振りの建御雷しか持たない剣虎の動きは並みのKVを凌駕する。
同時に唸りを上げて左腕から内蔵式雪村の光の刃が噴出し、ラセツに向かって振るわれる。
その熱量は凄まじく、ラセツの刀の刀身を易々と断ち切って見せた。
「おおおおおおおおおっ!!」
そして続けて振るわれた建御雷の刃が、生まれた防御の穴を掻い潜る。
――硬い手応えの後、腕の一本が断ち切られ、地面に落ちる前に消えた。
「これが私の奥の手だっ!!」
反対側のキョーコも二本の月光で防御を弾いて懐に飛び込むと、その内一本を投げ捨てると同時に雪村の柄を押し当て、レーザー刃を解き放つ。
肉の焼け焦げる音と共に、光条がラセツの体を貫いた。
『グ、ゥ‥‥見事!! ならば、我も渾身の武で応えよう!!』
両者の巧みな攻撃にただ賛辞で応えると、ラセツは裂帛の気合を込めてサークルブラストを放つ。
――ゴオゥッ!!
「くぁぅっ!?」
「がっ‥‥!!」
全てをなぎ倒す衝撃波が竜巻のように巻き起こり、キョーコと堺の二人は直撃を受けて吹き飛ばされた。
そしてラセツは倒れたキョーコの修羅皇に駆け寄ると、まるでサッカーボールを蹴るかのように、その腹目掛けて砲弾の如き蹴りを見舞った。
――凄まじい轟音と共にキョーコの意識は一瞬にして断ち切られ、修羅皇は漆黒の装甲を撒き散らしながら数十メートルを吹き飛ばされた。
更にラセツは建御雷を杖に立ち上がろうとする剣虎に向かって地面を蹴る。
「二人とも‥‥!! させるかあああああっ!!」
そこへ二人の苦戦を見かねた葵のディアブロ「桜嵐」が、レグルスを構えつつ機槍「宇部ノ守」を射程外から繰り出す。
『そのような縮こまった構えで、我を崩せると思うか!?』
しかし、ラセツは苦も無くその刺突を弾くと、残る二本の腕で至近距離からカマイタチを放った。
「うわっ!?」
葵は辛うじて盾で受けたものの、その間に鋭く踏み込むラセツ。
――バガァンッ!!
纏めて一気に振るわれた二本の刀が、傷ついた盾を桜嵐の腕ごと打ち砕いた。
「くううう‥‥こら! 『ハッタリ』にしたってその格好なにさ『ダサイゾウ』!!
立つ鳥跡を濁さず、って最後くらい大人しく散れってーの!!」
バックステップで距離を取りつつ、葵はラセツに向かって叫ぶ。
――それは、サイゾウと会ったばかりの頃、よく彼をからかっていた時の文句だった。
無駄とは分かっていたけれど、何処かで彼の『体』がそれを覚えているのではないか‥‥そう考えたのだ。
『フ‥‥そのからかいの言葉‥‥「覚えて」いるぞ‥‥葵 コハル』
葵の言葉に、ラセツは鬼の顔に柔らかな笑みを浮かべてみせる。
『――それを聞いて奴は怒りながらも、何処か楽しげに笑っていた。
そしてこうも思っていた‥‥友と喧嘩するというのはこういうものか、と』
「え‥‥」
一瞬、葵はラセツの言っている事を理解出来なかった。
そして、それがサイゾウの記憶である事に気付き、更に呆然とする。
『‥‥葵 コハルよ。サイゾウからの最期の言葉を伝えよう。
――最後に見せたあの突き、見事だった』
「サイゾウが‥‥そんな、事を‥‥?」
――ぽろり、と葵の瞳から涙が零れた。
あの達人に認められた‥‥それだけで、自分が積み重ねてきた武が報われた気がして。
「‥‥ずるいよ‥‥今になって‥‥そんな事伝えるなんてさ」
『済まぬな‥‥だが、もう今しか伝える事が出来ない故にな』
葵は涙をごしごしと強引に拭うと、手にした槍を捨て、雪村の柄を握った。
「‥‥っ‥‥勝負だ、ラセツ! 乾坤一擲の一刀、受けて貰う!!」
こみ上げる嗚咽を震える声で抑え付け、葵は高らかに叫んだ。
『良かろう!! 来るがいい!!』
暫し、対峙する両者――そして、同時に大地を踏み砕きながら間合いを詰める。
――光の刃と、四つの刀が交錯し‥‥倒れたのは、葵の桜嵐。
『フ‥‥サイゾウの目に、狂いは無かったようだな』
だが、彼女の雪村もまた、ラセツの体を大きく切り裂いていた。
――ぐらり、と鬼の巨体が傾ぐ。
「く‥‥ぅぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!」
そこへ、ようやく立ち上がった堺の剣虎が飛び掛り、その首目掛けて雪村を抜き放つ。
最後まで笑みを浮かべながら、ラセツの分身の首は宙を舞い‥‥そして、掻き消えた。
「く‥‥!! はぁっ!!」
そして同時に、堺の剣虎も限界を向かえ、地響きを立てて崩れ落ちる。
「‥‥しかし、無茶するね。死んで無いのが殆ど奇跡だよ」
その彼に、夢守 ルキアの骸龍が歩み寄り、彼をコクピットから引きずり出した。
「‥‥二人は‥‥大丈夫、か?」
「まだ生きてるよぉ。安心しな、人間ってのは割りと丈夫なんだ。この程度じゃ死なないよぉ」
「そう‥‥か‥‥」
クノスペに乗るレインウォーカーの言葉を聞くと、堺は安心したように意識を手放した。
「よし、こいつも治療しちゃおうかねぇ」
「だね‥‥しかし凄い戦いだよね。ねぇ、記録は取ってる?」
「当たり前だろぉ? ‥‥ま、一緒に見届けるとしようか」
傍観者の二人は、負傷者に治療を施しながら、ただひたすら戦いを見守っていた。
「はぁっ!!」
「斬っ!!」
夜叉姫の爆槍がまるでハンマーのように横殴りに叩きつけられ、流星皇の獅子王がうなりを上げて振り下ろされる。
その一撃はどちらも必殺の威力――さしものラセツも腕一本では受けきれず、それぞれ二本の腕で捌く。
「‥‥ふっ!!」
『ぬぐぅっ!!』
その瞬間、影が差したかと思うと、シヴァの巨大剣が大気を切り裂いて叩きつけられた。
ラセツは残る二刀を高々と掲げて真っ向から受け止めるが、衝撃を殺しきれずに膝まで地面にめり込む。
「その隙‥‥逃すと思うか!! 総員、射線を開けろ!!」
「鹿島さん、合わせます!!」
鹿島が皆に叫ぶと同時に、ミネルヴァと粒子加速砲を構え、アンジェリカ「バイルシュミット」に載る綾河 零音もそれに倣う。
――光の奔流が砲口から溢れ、一直線にラセツ目掛けて突き進み、そして覆い隠す。
避けようも無い最高のタイミング‥‥の筈だった。
「ば、馬鹿なっ!?」
「‥‥冗談‥‥でしょ?」
‥‥だが、綾河と鹿島は信じられないものを見た。
『ぬ‥‥ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!』
ラセツが、束ねるように構えられた六本の刀の切っ先で、ミネルヴァと粒子加速砲を切り裂きながら突き進んでくる。
『はぁっ!!』
そしてそのまま二人まで到達すると、束ねられた刀を一気に開き、モーニング・スパローとバイルシュミットを切り裂いた。
『‥‥警告。回避不の――』
「‥‥っ!?」
AIの声をみなまで聞かず、綾河は脱出装置のレバーを引く。
三本の刀が彼女の機体を輪切りにするのと、彼女が脱出したのはほぼ同時であった。
「零音!! ‥‥何て奴だ。あの男が命を賭けただけの事はある‥‥!!」
鹿島も、粒子加速砲ごと片腕を落とされ、悲鳴を上げる機体を後退させつつ呻く。
そしてラセツはブスブスと体中から白煙を上げながらも、更に破壊を撒き散らさんと力を込める。
――サークルブラストの予兆だ。
「ブラストが来るぞ!」
鹿島の警告に、皆が咄嗟に距離を取る中、月神はただ一人下がろうとはしなかった。
‥‥あの全てをなぎ倒す衝撃波に、真っ向から立ち向かわんが為に。
ウルを構え、前傾となる夜叉姫。
「この技に名前は存在しません‥‥ただ、人類が戦の果てに生み出した、絶技動作の一つです」
『良かろう‥‥勝負!!』
高らかな宣言と共に、ラセツの体から吹き上がる、竜巻の如き力の奔流。
――スタビライザーとブーストが同時に発動し、エンジンが唸りを上げる。
大地を削りながら迫る衝撃波に臆する事無く、月神はあらん限りの力を込めてロンゴミニアトを突き出した。
「はあああああああああああああっ!!」
爆発、爆発、爆発――!!
爆槍が巻き起こす爆炎と、衝撃波の壁がぶつかり合い、嵐の如き風と雷のような激しい音が辺りに巻き起こる。
――そして全てが収まった後には、全身の装甲をはげ落としながらも、夜叉姫は凛として立っていた。
「ぐ‥‥今ですっ!!」
砕け散ったコクピットのガラスに全身を貫かれながらも、過負荷に耐え切れず砕けた爆槍を投げ捨て、仲間達に向かって叫ぶ月神。
それに応えて、白鐘と由梨の二人が大きく踏み込んだ。
「その腕‥‥貰い受ける!!」
流星皇の爆槍が、腕を刀ごと打ち砕き――、
「――覚悟!!」
天高く振り上げられたシヴァが右半身ごと腕を三本叩き潰す。
「はあああああああああっ!!」
『‥‥見事也!!』
そして、最後に月神の剣翼を受け、分身は消滅した。
――二体目の分身が消えたの機に、残る分身を消し、再び一体に戻るラセツ。
『流石だ、な‥‥』
その全身は分身を倒された影響か、あちこちがひび割れ、端々から自らの欠片をボロボロと落としている。
『もう少し楽しんでいたかったのだが‥‥どうやらそれが許されないほどに、貴様達は強いようだ』
「ラセツ‥‥お前‥‥!!」
その言葉に、宗太郎が何かに抗うかのように顔を歪める。
――それは何時までも知れぬ死闘が、この因縁が、もうすぐで終わるのだと嫌でも実感させる言葉だった。
「‥‥後‥‥どの位持ちそうですか?」
リディスが、ぽつり、と呟くように問いかける。
その表情は、長い髪に覆われて窺い知れない。
『――そうだな‥‥あと、十分‥‥いや、五分か』
「――それだけあれば十分だ」
そう言って、リディスはルーネ・グングニルを構えた。
「‥‥そういえばラセツ、いやサイラス。覚えているか?
出会ってからも、そしてそれからもずっと‥‥私たちは剣舞を舞っていた」
『『覚えて』いるともリディス――奴にとってそれは、生涯で最も充実したひと時だった』
「‥‥嬉しいけれど、悲しいですね‥‥ここまで来て、『貴方』の思いを知るなんて‥‥」
『‥‥済まぬ』
ラセツの言葉が何を指すのか‥‥それは、二人の間でしか分からない。
ただ、二人はそれ以上語り合う事無く、静かに武器を構えた。
――そして、傷付き、疲弊した傭兵達の中から、一人、また一人と歩み出る者達。
「‥‥行け、よ‥‥アンジェリナさん‥‥思いっきり‥‥やって来い‥‥!!」
「済まん――そして、ありがとう砕牙。行って来る!!」
ボロボロになった爆雷牙の中から、血まみれになっても尚呼びかける砕牙の言葉に答え、アンジェのリ・レイズが。由梨のシヴァ、ブレイズの雷電、イレーネのSamielが。
「――行くぜ‥‥ラセツ‥‥!!」
「さぁ、最後の剣舞を始めよう」
そして、宗太郎のストライダー、リディスのプリヴィディエーニィが。
このバルセロナの‥‥ラセツの死出の闘争に関わった者達が、ボロボロのKVと、ボロボロの武装を。
白鐘の流星皇が、武人の誇りを胸に。
ティーダのFrauが、アニスの最期の願いと誓いを。
「アニス‥‥おサムライさん‥‥悪いけど、宗太郎クンをそっちに渡すわけにはいかないよ」
月森 花のアンジェリカが、愛する者を守り抜く決意を。
――それぞれに携えて、一斉に前へ出る。
「行け‥‥全てを終わらせろ‥‥」
友と強敵との最期の戦いをその目で見届けんがため、終夜はハッチを開いて見守った。
――向かい合う、ラセツと傭兵達。
言葉はいらない‥‥そんなモノなど、最早無粋だ。
誰もが無言のまま、最期の戦いは始まった。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「喰らえ‥‥!!」
縦横無尽に大地を駆けながら、宗太郎がプラズマライフルを、月森がオメガレイを構え、弾幕を放つ。
その光の嵐の中を、白鐘、リディス、そして如月が駆けた。
『破ァッ!!』
ラセツはプラズマライフルの光を全て刀で叩き落すと、まるで獲物に飛び掛る大蛇の如き動きで腕を広げ、一気に振り下ろす。
――激しくも美しい死の抱擁を、セトナクトと獅子王が受け流し、ウルが受け止める。
そして、返す刀で傭兵達が繰り出す攻撃をまた、ラセツが六本の刀を巧みに使い、受け、いなし、かわす。
――斬!!
――貫!!
――断!!
――撃!!
どれもが必殺の渾身の一撃が織り成す剣戟が、幾度も、幾度も戦場に響き渡る。
『ぬおおおおおおおおおっ!!』
ラセツがまるで駒のように体を回転させ、その勢いのまま横に構えた六刀で周囲の傭兵達を吹き飛ばす。
だが、その彼らの頭上を飛び越えてティーダ、側面から回り込んだブレイズが飛び掛った。
「焼き尽くせ、Frau!!」
ティーダは手にした雪村を、エンハンサーを全開にして振るう。
猛烈な勢いで無くなっていくエネルギー‥‥しかし、彼女は温存など全く考えていなかった。
閃光の如き光が瞬き、ラセツの顔の一つが削り取られる
『ぐううううっ!!』
ラセツは続く攻撃に大きく切り裂かれながらも、蹴りを見舞って強引に間合いから引き剥がし、更に追撃で放った斬撃で吹き飛ばす。
――ズドムッ!!
そこに繰り出されたブレイズのスレッジハンマーの一撃はかわされ、地面を大きく吹き飛ばした。
「まだまだぁっ!!」
ブレイズは地面に突き刺さったハンマーを、機体を回転させる事で強引に引き抜くと、その勢いのまま再び叩きつける。
『そのような大雑把な一撃!!』
だがラセツはバックステップでそれをかわすと、退き様にカマイタチを放つ。
分身のソレとは比べ物にならない程の強烈な真空破が放たれ、ブレイズの機体が腰から両断される。
――しかし、ブレイズは尚もスレッジハンマーのバーニアを吹かし、そのまま『上半身』だけで回転した。
『何っ!!』
「言っただろ‥‥まだまだだってなぁっ!!」
――ボグンッ!!
三度振るわれた鉄槌の一撃は、勢いのあまりラセツの腕を砕くのでは無く、引き千切っていた。
その代償に、雷電の上半身は猛烈な勢いで吹き飛び、ブレイズは凄まじい衝撃に意識を手放した。
『ぐ、ぬ‥‥!?』
そのダメージで、ラセツの動きが鈍ったのを、傭兵達は見逃さなかった。
「貰ったぞ!!」
大きく踏み込んだ流星皇の獅子王が防御を弾き飛ばし、爆槍が防御の刀ごとラセツの腕を消し飛ばす。
「せいやぁあああああっ!!」
更に、リ・レイズの内蔵雪村が閃き、胸元を大きく削り取った。
しかし、ラセツはそれ以上の攻撃を許しはしない。
『調子に‥‥乗るなああああああああああっ!!』
「‥‥っ!?」
初めて見せる、冷静さも、技も無い、獣のような力任せの斬撃が、白鐘の機体を数十メートルを弾き飛ばす。
そして内蔵雪村が装備されたリ・レイズの腕が、まるでなますのように切り刻まれた。
「この程度!!」
アンジェは怯む事無く、残る腕のレーヴァテインを振るう。
カートリッジが排出され、猛烈な勢いで吐き出されたバーニアの炎が、刀身を一気にトップスピードに変える。
――が、一撃目は踏み込みが足らずに空を切り、逆に大きく胴を切り裂かれた。
「まだ‥‥!!」
痛みと衝撃に耐えながら、アンジェは更に踏み込み、振り切られたレーヴァテインを、再びバーニアで強引に翻す。
『む‥‥!?』
飛燕のように翻った切っ先が、深々とラセツの腕を切り裂く。
‥‥が、僅かに浅い。断ち切るには至らない。
そして再び襲いかかる衝撃――機体の中枢を刀が貫き、抜ける。
『惜しかったな、ルヴァン』
だがその瞬間、ラセツの顔に凄まじい衝撃が走った。
仮面が砕け、頭の後ろから砲弾が抜ける。
『がっ‥‥!!』
――それは、今まで後方からひたすら狙いを定めていたイレーネのスナイパーライフルCS−01による狙撃。
「我が魔弾はこの時の為に‥‥今だアンジェリナ!!」
「‥‥っ‥‥ぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」
イレーネの援護を受け、コクピットに体の半分を潰され、血に塗れても尚、アンジェは三度トリガーを引く。
「――燕は‥‥三度、翻るっ!!」
――鉄のような手応えの後、確かな肉を切り裂く感触。
三度翻ったレーヴァテインは、腕の一本を完全に断ち切っていた。
「‥‥リディス!! 由梨!! シルエイト!! いけええええええええっ!!」
「――任された!!」
意識を失う間際のアンジェの叫びに応え、三機のKVが一斉に飛び出す。
先頭を行くプリヴィディエーニィがルーネ・グングニルを突き出し、脇腹を大きく削り取る。
そして、その彼女の機体を掠めるかのような絶妙な間合で、余剰の武装を捨てて速さを増したシヴァの巨大剣が振り下ろされた。
咄嗟に身を捩るラセツ――しかし、今までの速さに『慣らされていた』事で動きが遅れ、一気に二本の腕が切り落とされる。
「ラセエエエエエエエエエエエエツッ!!」
そして、真っ向から猛烈な勢いでルーネ・グングニルを構えたストライダーが突撃する。
それは、最早避けられるタイミングでは無い。
『グ‥‥ガアアアアアアアアアアアアアアアッ』
だから、ラセツは躊躇う事無く、全霊を以て最後のサークルブラストを解き放った。
――それは最早衝撃波などと言う生易しい物では無く、その場に存在する全ての物体を打ち砕く絶対の領域。
巨大剣がまるでビスケットのように砕かれ、リディスと由梨の機体が地面に叩きつけられる。
『‥‥!?』
しかし、ラセツは残る一機‥‥宗太郎の機体の手応えが無い事に気付いていた。
土煙が収まった後に、蒼色の機体は見えない。
『‥‥上か!!』
――如何に全てを薙ぎ倒す台風や竜巻も、その中心は凪いでいる。
宗太郎はブーストをかけ、地上戦専用のストライダーを強引に渦の中心へと跳び上がらせたのだ。
「あぁ‥‥確かに綺麗だ‥‥こうして見るのも、中々悪くねぇ‥‥」
周囲の景色を一瞥してそう一言だけ呟くと、宗太郎はストライダーと、ルーネ・グングニル、脚爪「シリウス」に取り付けられたバーニアを全開にし、地上へと一直線に降下する。
『‥‥来るがいい‥‥貴様の渾身、見せてみよおおおおおおっ!!』
避ける事は出来た‥‥しかし、それはあまりに無粋。
だからこそ、ラセツは真っ向から宗太郎を迎え撃った。
『――チェストオオオオオオオオオオオッ!!』
「奥義の極み! 【円冥穿】!!」
音速の穂先と、振り上げられた刀が交錯する。
結果は‥‥相討ち。
――ラセツは肩から脚にかけてをグングニルに打ち砕かれ、
――宗太郎は、刀で機体の頭を飛ばされ、着地の衝撃で脚部がグシャグシャに潰れていた。
『ぬ、ああああああああっ!!』
だが、生身であるラセツが体勢を整える方が早い。
ただ一本だけ残った腕に握られた刀を、コクピット目掛けて突き出した。
「クソ‥‥がっ‥‥!!」
避けようにも体が動かず‥‥ぎゅっ、と目を瞑る。
――グシャッ!!
響き渡る轟音――だが、痛みは無かった。
‥‥何故なら貫かれたのはストライダーでは無く、咄嗟に飛び込んだ月森のアンジェリカだったから。
「花っ!!」
「‥‥ぐ‥‥宗太郎クンはボクのだ‥‥そう、約束‥‥したんだから‥‥」
がしり、と、月森は自らの機体を貫く刀を、ラセツの腕ごと抑える。
「約束を破ったら‥‥許さないんだから!」
「う‥‥お‥‥ぁぁあああああああああっ!!」
愛する者の絶叫に応えるかのように、ストライダーの腕が跳ね上がり、プラズマライフルの引き鉄を引く。
『グッ‥‥!?』
閃いた五発の光が、ラセツの体を貫いた。
――ザンッ!!
そして、駆け寄ったティーダのFrauが、最後のエネルギーを込めた雪村で腕を切り落とす。
「後は‥‥お任せします」
動きを止めたFrauの傍らを、ボロボロになったアッシュグレイのディスタンが駆けていく。
(ラセツ‥‥サイラス‥‥サイゾウ‥‥)
ラセツへと踏み込む刹那――それはリディスにとって、永遠のように長かった。
刹那の永遠が終わりを告げた瞬間、セトナクトの刃がラセツ体へと袈裟懸けに食い込み、
――――両断した。
『何と、幸せな事か‥‥』
――崩れていく。
鬼と化したラセツの体が、崩れていく。
そして鬼が完全に崩れ去った後――そこには、ボロクズのようになった着物を纏う、『人間の姿』をしたラセツが立っていた。
『我は‥‥最期に‥‥』
その体すらもボロボロと崩壊させながら、気絶した月森を抱えた宗太郎とへと歩み寄る。
『‥‥借り物でない‥‥「我自身」の生を生きた‥‥』
「ラセツ‥‥」
そして、腰に差した刀を鞘ごと引き抜き‥‥彼の目の前に差し出した。
それはサイラスとラセツ‥‥二人の偉大な侍の魂そのもの。
『その「生」の証‥‥受け取ってくれ‥‥』
「‥‥ぅ‥‥っ!!」
宗太郎の瞳から、涙が零れた――零れて、止まらなかった。
敵との間に生まれた奇縁‥‥そして、戦友(とも)と認めた男との今生の別れが、ただ悲しくて。
彼がサイラスを殺した仇にそんな想いを抱く事を心の中で詫びながら、それでも宗太郎は叫んだ。
「ラセツっ! てめぇと戦えたことは、俺の生涯の誇りだ!!」
『‥‥我もだ‥‥シルエイト』
それに頷いたラセツの何処までも美しく、優しい笑顔を、きっと宗太郎は一生忘れないだろう。
「ラセツ‥‥」
とうとう顔までも崩れ始めた時、KVを降りたリディスが歩み寄った。
「我侭だとしても‥‥貴方とずっと、舞っていたかった‥‥」
『そうだな‥‥我もだ‥‥』
暫し、見詰め合う――その沈黙は、十数秒‥‥もしかしたら、数分だったかもしれない。
沈黙の後、リディスは口を開いた。
「‥‥そういえば、サイラスを殺した貴方にまだ‥‥復讐をしていませんでしたね」
――そう呟くと‥‥そっと、ラセツの唇にキスをした。
『な‥‥?』
「この体は『彼』のものです‥‥あなたに渡したまま逝かせはしません」
そう言って、してやったりとした笑みを浮かべる。
『クク‥‥罪な女だな‥‥お前は‥‥』
一瞬の自失の後、可笑しそうにラセツは笑った。
『‥‥我の心までも‥‥持って‥‥いく、か‥‥』
――心底惜しむような声と、ボロボロの着物を残して、ラセツは一握の灰となり、バルセロナの空へと散った。
「さようなら‥‥愛しい人」
リディスは跪き、愛しげに着物をかき抱く。
――黒い布地に涙が一滴零れ、一瞬だけ跳ねて消えた。