タイトル:ストーカーを追い払え!マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/02 02:49

●オープニング本文


 類稀なる演技力と、かわいらしいとさえ思える整った容姿。
 人類の守護者たる能力者でありながら、その力を戦いでは無く人々を楽しませるために使い、悲劇的な事故を経験しても尚、明るく優しい、施しの心を忘れない。

 今やアクション俳優ロバート・サンディの名を知らぬ者は、イギリスにはいない程になっていた。

 世界的名監督の最新作映画へのオファーも来ており、彼は正に人気の絶頂にあると言っても過言では無い。
‥‥しかし、人気が出てくれば出てくるほど、トラブルの種は生まれるもので‥‥。



「――あ‥‥ろ、ロバート君‥‥き、今日はお疲れ様ぁ‥‥」

 ロバートとスタジオ・トンプソンのスタッフ達が今日の撮影を終え、スタジオを後にしようとした時、建物の影から長い黒髪で顔を隠してゴスロリ調の衣装を身に纏う、どもりながら笑いかけてくる女性が現れた。

「‥‥き、今日は、ろ、ロバート君の好きそうな‥‥は、花を持ってきたんだぁ‥‥。
 き、きっと似合うと思うよぉ‥‥ハァハァ」

 あまりにも長すぎる前髪に隠れて、どのような容姿であるかは窺い知れないが、隙間から見える口はにたぁっ‥‥と吊り上げられ、目はギラギラと尋常では無い光を帯びていた。
 しかも何だか息も荒いし、はっきり言って近寄り難い雰囲気である。

「あ、ありがとうございます。スタジオに飾っておきますね‥‥」

 ロバートは若干引き気味ながらもそれを受け取ろうとするが、その間にスタッフが割って入った。

「ま、またあんたか!! いい加減ロバートに付き纏うのは止めてくれ!!
 警察を呼ぶぞ!!」
「‥‥あ、あんたなんかに用は無いわ黙ってなさぁい‥‥そ、それに警察なんかに、わ、私とロバート君の絆は邪魔なんか出来ないわぁ‥‥」

 詰め寄るスタッフからするすると間合いを取りながら、女はロバートに向かって手を振る。

「‥‥じ、じゃあねロバート君♪ こ、今度はで、デートでもしましょう?
 そうねぇ‥‥て、テーマパークなんかで、観覧車に乗れたら、う、嬉しいわぁ‥‥」

――うふふふふふ‥‥。

 不気味な笑い声を残して、女は立ち去っていく。

「な、何で次の撮影場所を知ってるんだあの女‥‥!?」

 女が告げたテーマパーク‥‥それは、図らずも次回の撮影を行う場所であった。



「‥‥と、言う訳で君達に来てもらった訳だが」

 後日、スタジオ・トンプソンの主であり、映画監督のリカルドの部屋には、庸兵達の姿があった。
 今回の依頼の内容は、撮影用に借り切ったテーマパークに潜むストーカーの魔の手から、ロバートを守りきる事だ。

――しかし、ロバートは実戦経験には乏しいものの、曲りなりにも能力者だ。

 確かにストーカーは迷惑だし、放置していい訳では無いが、いざ襲われた所でロバートがたかがストーカー一人にどうこうなるとも思わない。
 庸兵の一人が率直な疑問を投げかけると、リカルドは重い溜息を吐いて一束の資料を取り出した。

「確かにその疑問はもっともだが――これを見てくれれば理由も分かるだろう」

 そして資料に目を通した庸兵達は絶句する。

――本名アン・グレーデン‥‥依頼達成数数十回を数え、豊富な実戦経験を持つ歴戦の能力者。

 それが、ストーカーの女の正体であった。

「この女が本気になったら、ロバートでは太刀打ち出来んだろう。
 増してや、ただの警備兵や警察では話にならん」

 そして更にリカルドは、物凄く言い辛そうに続ける。

「そして‥‥その‥‥この女は、幼い容姿の男性や少年が大好物だそうでな‥‥。
 任務中にも今までに何人かを‥‥いや、これ以上は止めよう」

 成程、確かに危険すぎる。
‥‥特に後半の情報は出来れば聞きたく無かった。

「とにかく、もしロバートに『ナニか』があったら、一生モノのトラウマになる事は必至だ。
 だから‥‥どうかロバートを守ってくれ」

――それが心身の危機なのか、貞操の危機なのかは微妙な所だが。



「え? あの人ってストーカーなんですか?」

 その後、ロバートに事情を話すと、彼は不思議そうな表情で首を傾げた。

「‥‥てっきり、ちょっと熱心すぎるファンの人だと思ったんですけど‥‥。
 でも、一対一でよく話せば、きっと分かってくれると思いますよ?
 別に取って食われる訳じゃないんですから」

――いや、ロバートよ、あれは決してファンという範疇の話では無い。


――更に言えば、「一対一でよく話し」たりなんかしたら、辛抱たまらなくなった女に確実に食われる。
‥‥無論、どんな意味かは明白だ。


 庸兵は心の中で突っ込みながら、この純真無垢な少年を汚させてはならないと、決意を新たにするのだった。



 その日、イギリスのとあるテーマパークでは、美少年俳優ロバート・サンディがリポーターとして姿を現すと聞いて、ファンを始めとした多くの人々が集まっていた。

「うふ、うふ‥‥うふふふふふ‥‥き、来てくれたのねロバート君」

 テーマパークに入ってくるロバートとスタジオのスタッフ達を人混みに紛れて確認した女ストーカー‥‥アンはくすくすと笑う。

「さ、さぁ‥‥楽しいで、デートを始めましょうぅ‥‥う、うふふふふふふ」

●参加者一覧

エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
ビッグ・ロシウェル(ga9207
12歳・♂・DF
月島 瑞希(gb1411
18歳・♀・SN
東 冬弥(gb1501
15歳・♂・DF
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
樹・籐子(gc0214
29歳・♀・GD
御闇(gc0840
30歳・♂・GP
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA

●リプレイ本文

「よい子の皆こんにちは!! 今日僕はイギリスのテーマパークに‥‥」

 とうとう始まったロバートのテーマパークのリポート。

「さて、まず紹介するのは、この五連続回転捻りが自慢のこのジェットコースター!!
 論より証拠!! 早速乗ってみよう!!」

 ロバートのリポートは早速一つ目のアトラクションに差しかかろうとしていた。
その中にはオルカ・スパイホップ(gc1882)の姿もある。
――ただし、その目はキラキラとジェットコースターに釘付けになっており、護衛そっちのけで楽しむつもり満々だった。

「さぁ出発進行!! うーん‥‥緊張するなぁ」

 そしてとうとう発車するコースター。

(「わくわく‥‥」)

 無論、オルカのボルテージも最高潮だ。

――程無くしてコースターが頂点に達し‥‥飛び上がりそうな浮遊感と共に凄まじい勢いで落下した。

「ひゃっほっ〜!!」

 程よいスリルに酔い、オルカが歓声を上げる。

「え、うわ、ちょ‥‥な、何ですかこれっ!?
 速っ‥‥怖っ‥‥お、下ろして下さい〜〜〜〜〜っ!!」

 対するロバートは激しいアップダウンの連続に耐え切れず、リポートの事すら忘れて涙目になりながら叫ぶ。

「あはは〜、ロバートさんすっごく怖がってる〜」
「そ、そうねぇ‥‥あ、あんなロバート君の顔見たの初めてぇ‥‥ハァハァ」
「うん、僕も初め‥‥て‥‥?」

 ようやく、オルカが違和感に気付く。

――横を向くと、そこには先程までは誰も座っていなかった筈の席にしがみつきながら笑う、メンヘラストーカー傭兵ことアン・グレーデンがいた。

「う、うわあああああ〜〜〜〜っ!!」

 オルカが今度は別の意味での悲鳴を上げる。

「アンさん駄目だよ! そんなことしたら〜!」
「‥‥あなた、だあれぇ?」
「よ、傭兵のオルカだよ〜」

 それでも何とか説得しようと、Gに翻弄されつつも説得しようとするオルカ。

「相手の事を考えない恋は上手くいかないよ! 僕じゃ駄目ですか?‥‥って違う!」

 動揺していたためか、余計な一言まで言ってしまう。

‥‥ブパッ!!

――その言葉を聞いた瞬間、アンは感極まったように身悶えし、鼻血をぶっ放した。

「‥‥な、何? 何なのこれは? 前門のロバート君に、後門の元気系男の子?
 ど、どんな神様からの贈り物なのかしらぁ‥‥うふ、うふふふふふ‥‥」
(「うわぁ‥‥」)

 ざあああっ、と血の気が引くのが分かる‥‥この人は危険だ。
――オルカは頭では無く、直感で理解した。

「で、でも安心してぇ‥‥? わ、私はただ、ろ、ロバート君の顔を見に来ただけだからぁ‥‥」
「え?」
「あ♪ そろそろ来るわよぉ‥‥」
「え? うわあああああああっ!!」

 その言葉の真意を図る前に、ジェットコースターは大トリと言える五連続回転捻りに差し掛かる。

――凄まじいスピードとGの中でも、アンは平然とロバートウォッチングを続けていた。

「うわ‥‥うえ、うえええええんっ!! もうやだ!! 帰るうううううっ!!」
「あああああ‥‥(ブパッ!!)ろ、ロバート君が泣いてるぅ‥‥か、可愛い‥‥ハァハァハァ」
(「か、帰りたい‥‥」)

 心の底からそう思うオルカであった。



「こらーっ!! アンタ何考えてるんだっ!!」

 ジェットコースターが終点に辿り着くと、大慌てな様子でスタッフ達が駆け寄ってくる。

「う、うふふふ‥‥鬼さんこちらぁ‥‥♪」

 まるで流水のような華麗な動きでそれらを全て潜り抜け、アンは去っていった。



「‥‥ま、まだちょっとフラフラするけど、おにいちゃんはくじけないよ!!‥‥きっと。
 それじゃあ次のアトラクションに行ってみよう!!」

 何とかジェットコースターのショックから立ち直り、ロバートは続けてホラーハウスのリポートに入っていた。
――無論、ひっそりとその後を尾行するゴスロリ女の影が一つ。

「おねぇちゃま!!」

 だが、その時アンを呼び止める者がいた――東 冬弥(gb1501)だ。
 また邪魔者かと身構えるアンだが、何処か様子がおかしい事に気付く。

「あなた‥‥だぁれぇ‥‥?」
「忘れちまったのかよ!! 氷露鬼(ヒロキ)だよ!!
 俺達は前世では姉弟で、転生後に恋人になると誓い合ったじゃないか!!」
「‥‥へ?」

 いきなりアンを上回る電波を発し始める東に、流石の彼女も素っ頓狂な声を上げた。

「良かった‥‥バグアの所為でオーラを見失ってたんだ‥‥けど!!
 すれ違った時にオーラを感じたんだ!! 確かにおねぇちゃまだって!!」
「え‥‥あ‥‥ち、ちょっとぉ‥‥!?」

 そして東はアンに抱きつくと、その胸――つるぺた――に顔を埋め、頬ずりし始める。

――無論、これは毒電波を受信した訳では無く、東の作戦であった。

 彼女がロバートや少年達にしているであろう行為を客観的に見せ付ける事で、彼女自身の行動を改めさせるという魂胆だ。

「‥‥えぇ、わ、私も会いたかったわぁ、氷露鬼(ヒロキ)ぃ‥‥」
「え?」

 だが、彼女の次の行動は東の想像を超える。

「‥‥に、二千年の時を越えてまた会えるなんて、や、やっぱり私達は運命の糸で結ばれてるんだわぁ‥‥」

 そしてアンは東を目にも留まらぬ速さで押し倒した‥‥抵抗する暇も無い。

「さぁ‥‥おねぇちゃまに任せてぇ‥‥うふ、うふふふふ‥‥」
「ちょ‥‥ま、アッ――――!!」



――しばらくお待ち下さい――



 そして十数分後‥‥全身あちこちをひん剥かれ、キスマークを付けられた東が倒れていた。

「う、うふふふ‥‥ごちそうさまぁ‥‥。
そんな付け焼刃の妄想で、わ、私に勝てるとでも思ったのぉ‥‥?」

 心なしか髪艶の増したアンが、舌で唇を舐めながら気を失った東を見下ろす。
――だが、不意に眉を顰める。

「けど‥‥ちょっと気持ち悪かったわぁ‥‥」

 一言呟くと、ロバートを追いかけようと踵を返すアン――だが、それを再び遮る声。

「‥‥止まれ」

 そこには超機械αを構える月島 瑞希(gb1411)の姿があった。

「弟分がみっともない姿を見せたようだが、今は置いておいて‥‥撮影の邪魔をして、ロバートに嫌われたくは無いだろ?」
「‥‥あ、あなたもわ、私とロバートの恋路を邪魔するのぉ‥‥?」

 少し険の含んだ口調で反論するアンだが、月島はそれを無視して続ける。

「‥‥僕は恋愛のことは良く分からないんだが‥‥妄想に閉じ籠って想いを押しつけるだけのそれは‥‥愛なのか? アンは、ロバートの口から直接気持ちを聞いたことがあるのか?」
「う‥‥」

 捲くし立てるかのような月島の正論に、口ごもるアン。
――だが、次の瞬間には髪の毛を振り乱してぶんぶんと首を振った。

「‥‥何よ、何よ何よ何よぉ‥‥!! 邪魔しないでよぉ‥‥!!」

 そして背負っていたツギハギだらけのウサギを構えると――その口が開き、電撃が迸る。
 それをどうにか避け、同じく超機械αを構える月島だったが、すかさず踏み込んだアンの包丁型ナイフによって弾き飛ばされる。

「くっ!?」
「ロバート君は‥‥私のなんだからぁっ‥‥!!」

 そしてホラーハウスの奥へと消えていくアン。

「やっぱり、僕には理解できそうもない――!」

――それを見送りながら、月島は毒吐くように頭を掻き毟った。



「あ‥‥ロバート君、いたぁ‥‥♪」

 おっかなびっくりと言った様子でリポートを続けるロバート達に追いついたアンは、再びニタァ〜ッとした笑みを浮かべて近付いていく。

「ちょっと待ちなさい!!」
「‥‥え?」

――パァンッ!!

 だが、不意に肩を掴まれて強引に振り向かされ、頬を張られるアン。
 そこにはアンと同じくロバートの熱烈なファンらしき少女――に扮した愛梨(gb5765)――がいた。

「な、何するのよぉ‥‥」
「あんたファンクラブの会員規則、ちゃんと読んでる?
 ロバートは皆のもの、抜け駆け禁止よ!」
「そ、そんなの聞いた事無いわよぉ‥‥それに、ロバート君は私と結ばれる運命でぇ‥‥」
「2.5次元と3次元をゴッチャにしないで、アイドルには手が届かないものなのよ」

――何なんだこの女は!! 好き勝手な事言って、見ず知らずの私にこんな事を!!

「そ、そんなのあなたの勝手な考え――‥‥!!」

 反論しようとしたアンだったが、不意に気付く。
――目の前の女(愛梨)や、さっきの電波男(東)は、自分の妄想を垂れ流し、自分勝手な振る舞いをして周囲に迷惑をかける‥‥。
 まるで鏡に映る自分ではないか。

「うぅ‥‥っ!!」

 涙目になり、その場を立ち去っていくアン。

「‥‥ちょっと、言いすぎたかしら?」

 弱々しいその姿に、少しだけ同情を覚える愛梨であった。




「うぅ‥‥こんな気持ち悪い女‥‥ロバート君はきっと嫌いなんだわぁ‥‥」

 ホラーハウスを出たアンは、涙を流しながらとぼとぼと園内を歩く。

『――アンさん、こんにちは』

 だがその時、突然「愛しいあの子」の声が聞こえた。

「‥‥!? ロバート君‥‥!?」

 慌てて振り向くが、そこにロバートはいない。

「――想い人へのプレゼントに如何かな? アン・グレーデン君?
‥‥私は伯爵、君の話を聞かせてくれ」
「お初に、アンはん」

――代わりに、ロバートの声を流し続ける録音機付きぬいぐるみを持ったシルクハットにマント姿、杖を構えた御闇(gc0840)と、にこやかに微笑みかけるエレノア・ハーベスト(ga8856)、そして樹・籐子(gc0214)の姿があった。
 今まで会った者達の事を思い出し、咄嗟に身構えるアン。
 だが、その前に樹が進み出て、無抵抗を示すかのように両手を挙げる。

「ちょっと待ってアンちゃん。お姉ちゃん達はあなたの味方よ」
「‥‥そ、そんな事言ってぇ‥‥」
「お姉ちゃんもね、嗜好が似てるから気持ちは判るの。
でもね、無理に強行するとそのうち一般人に被害が波及は拙いわよね?
「う‥‥」

‥‥樹の発言の是非はともかく、彼女の言う通り周囲には一般人が多く存在している。
――アンの能力者としての誇りが、自らの抵抗を押し止めた。



「ちょっと見さしてもろたんやけど、まぁ色々と問題点があるようやね」

 落ち着いたのを見計らい、エレノアが柔らかい口調でアンへのアドバイスを口にする。

――奇行だけでは無く、派手すぎるファッションや、不気味さを感じさせてしまう髪型など、問題点は多い。

「う‥‥か、顔をみせるのはぁ‥‥は、恥ずかしくてぇ‥‥」
「そんな事を言っていては駄目だぞ? まずは己を知る事だ」
「う、うん‥‥」

 御闇が鏡を手渡すと、アンはそれを覗き込もうと前髪を開けた。

「――っ!?」
「はぁ‥‥こらまた‥‥」

 その瞬間三人は絶句した――美人なんてレベルでは無い。
‥‥百人、いや、千人が見ても、確実に振り返るだろう。

「‥‥どしたのぉ?」
「あ‥‥その‥‥頑張りたまえ」
「――こら、俄然やる気が出てきましたわ」

 衝撃から立ち直ると、御闇とエレノアはアンのコーディネートを始める。
――樹はあくまで傍観するらしく、ニヤニヤとした顔でそれを見つめていた。



 そしてその頃――ヒーローショーではちょっとした騒ぎが起こっていた。
 ロバートが部隊挨拶をしていた所に、突如ビッグと東、オルカの三人が襲撃をかけたのである。
‥‥スタッフには話しは通してあるが、ロバートには伝えていない。

「な、何するんですか皆さんっ!! こんなの打ち合わせに‥‥」
「我らはしっと団!!
 女性からの人気を集める不埒な貴様に、天罰を与えるためにやってきたぁっ!!」

 ハリセンを構えて大見得を切るビッグ。

「‥‥俺だけこんな目に会うのなんて、不公平だからなぁ」
「それに、何か楽しそうだからさ〜」

 逃げようとするロバートだったが、両脇を東とオルカに囲まれて身動きが取れなくなる。

「あ、あわわわわ‥‥」
「ふふふふ‥‥まずは貴様をタコ殴りにしてから、熱湯風呂の刑にしてやるわ‥‥」
「な、何でそこだけジャパニーズ式なんですかっ!?」

 観客はこれもショーの一環だと思っているのか、ロバートに対する助け舟は無い。
 三人はハリセンを手にジリジリと距離を詰め始めた。

『ま、待ちなさぁい‥‥!!』

 その時、声が響き渡った。
――そしてセットの裏から飛び出す一つの影。

「ろ、ロバート君には‥‥指一本触れさせないわぁ‥‥」

 そこには、可愛らしい衣装を纏い、美しい長髪を丁寧に纏めた超絶美少女がいた。
――それがアンだと気付くのに、傭兵達には数瞬の時間を要した。
 ロバートの危機に、思わず体が動いてしまったのだろう。

「隙、ありぃ‥‥」

 その隙を突き、アンは一気に間合いを詰め、三人に躍り掛かる。

「おぶっ!?」
「いた〜っ!?」

 鋭い蹴り足が東とオルカを吹き飛ばす――手加減しているようだが、普通に避け切れなかった。
――歴戦の傭兵との触れ込みは、伊達では無い。

「お、おのれえっ!!」

 そこでようやく体勢を立て直したビッグがハリセンで打ちかかるが、それも後ろ回し蹴りで弾き飛ばされ、そのまま足で首を絡め取られて投げ飛ばされた。

「わぷっ‥‥!?」
『おお〜っ!!』

 太股に挟まれた上に、投げられて息が詰まったビッグは、そのままきゅう、とステージに倒れた。
 そして観客達も歓声を上げる――主に翻ったスカートに対して。

「え? も、もしかしてアンさんですか?」
「――!? えっと‥‥これは‥‥その‥‥ご、ごめんなさいぃ‥‥!!」

おずおずと声を掛けるロバートの声に、我に帰ったアンが逃げ去っていく。
‥‥何も知らない観客達は、目の前の素晴らしいアクションに割れんばかりの拍手喝采を送るのだった。



「う、うぅ‥‥恥ずかしいぃ‥‥」

 ヒーローショーから逃げたアンは、観覧車前の広場で蹲っていた。
 そこに、ロバートが駆け寄ってくる。

「あ、アンさんっ!! こんな所にいたんですか!?」
「あ、う‥‥ろ、ロバート君‥‥? あ、あのあのあの‥‥」

 しどろもどろになるアンを尻目に、ロバートは手を彼女の前に差し出した。

「さっきはありがとうございます!! おかげで、熱湯風呂に入れられなくて済みました!!」
「え、あの‥‥その‥‥でも、私はぁ‥‥」

 今までの自分の所業が、どれだけロバートに迷惑をかけてきたかを思い出し、肩を落とすアン。

「‥‥アンさんが今まで僕にしようとした事、聞きました。
勿論、それはやっちゃいけない事です」
「‥‥」
「でも、僕にとってアンさんは大切なファンなのには変わりませんから。
 だから、悲しい顔なんてしてほしくありません」
「――!!」

「大切なファン」‥‥その言葉を聞いた瞬間、アンは一粒涙を零した。

「うん‥‥ありがとぉ‥‥」
「はいっ!!」

 それを隠しながら微笑むと、アンはロバートの手を握り返した。
 それは歪んではいるけれど、一つの恋が終わった瞬間だった。



 そして撮影が終わり、人の少なくなった広場に寂しげに佇むアンに、意識を取り戻したビッグが歩み寄る。

「あの、ちょっと提案があるんだけど‥‥僕の親戚がやってる兵舎に来ない?」
「え‥‥?」
「実は、ウチの総帥(ショタっ子)へのお仕置等に力を貸してもらえると‥‥」

 しおらしい彼女の様子を見て安心すると同時に不憫になったための提案だった。

――だが、その瞬間アンの瞳が再び狂気を帯びる。

「うふ、うふ、うふふふふ‥‥本当? それ本当なの?」
「いぃっ!?」

 がしっ!! と凄まじい力で肩を掴んでくるアン。
 無論、逃げられる訳が無い。

「は、早く教えなさぁいっ‥‥!? さもないと体に直接聞くわよぉ‥‥ハァハァ」

 失恋したとはいえ、根本的な部分は変わっていないらしい。
――そして、更に失恋した所に、ショタっ子に優しい声を掛けられた事で、吊橋効果が発動したのだ。

「‥‥何じゃあそりゃアッ――!?」

 夕暮れのテーマパークに、ビッグの悲鳴が響き渡った。