タイトル:【亡霊】振り払われた手マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/30 22:12

●オープニング本文


――戦場の海に投げ出された男は、ただひたすら生き延びるために足掻いていた。
 時折起きる艦船の爆発が起こす高波と、それが沈む際の渦潮が、何度も何度も体を水底へと誘おうと迫る。
 それでも、必死に水面に上がり、生き残るためにもがいて、もがいて、もがき続ける。
 そして、とうとう救命ボートに手が届いた。
 これで助かる‥‥しかし、告げられたのは耳を疑うような無情な言葉。

「この救命ボートは定員だ!! 他へ行ってくれ!!」

――ふざけるな!!

――ならばその中央に仰々しく空いたスペースは何だ!?

――そこに座る、でっぷりと太り、悪趣味な勲章をジャラジャラと付けた男は何だ!?

 男はひたすら必死に叫ぶ。

「な、何をしている!! さっさと逃げるぞ!! たかが尉官一人何ぞ叩き落せ!!」

 でっぷりと太った将官の非常な命令に、周囲の兵士は一瞬固まる。
 が、命令は命令――兵士は命令を忠実に実行した。

「‥‥済まない。命令なんだ」

 沈痛な面持ちで男に向かって銃床を叩き付ける兵士。
 頬骨が砕けても、鼻を折られても、男は離さない――離せる訳が無い。
 何故ならこれはようやく縋れた生き残るための光明なのだから。
――しかし、指を全て潰された男の手は、空しく救命ボートから引き剥がされた。

「ふざけるな‥‥」

 遠ざかっていくボートを、血の涙を流しながら睨み付けながら叫ぶ。

「あいつらと‥‥バグアと戦ったのは俺達なんだぞ!! それなのに‥‥」

 見捨てると言うのか!? 切り捨てると言うのか!? 自分達を!!

「ふざけるなああああああああっ!!」

 男――テッド・カーマインは、只ひたすら叫び続けた。



「‥‥っはぁっ!?」
「起きましたかテッド。随分とうなされていたようですが」

 強化人間テッドが目覚めると、そこは開け放たれた調整槽で、隣には隊長であるサイスがいた。

「――訳の分からん夢を見た。『全く記憶に無い』嫌な夢だ」
「‥‥そうですか」

 少し悲しげに目を細めてから、サイスはテッドに告げる。

「あなたが調整を受けている間に、不味い事になりました。
 BFが大きな損傷を受け、更に放たれた魚雷に取り付けられていたビーコンによって、この基地の場所が特定されました」
「何!?」

 しかも、現在ジブラルタルではUPCによる大規模な作戦が展開されており、迂闊に拠点を移動しようとすればただでは済まない。

「現在、能力者に対抗できる戦力はあなたと‥‥ミーシャだけです。
 少人数のみの周囲の警戒があなた達の任務となります」

 実際、サイスの身体には未だに包帯が巻かれ、その傷は治りきっていない。
――UPCの攻撃により、治療用のポッドが故障している事が原因だった。

「ふん‥‥あの『バグアの監視役』の女か。いけ好かん奴だが仕方ないな」
「‥‥」

 言うが早いか、テッドは格納庫へと歩いていく。
――サイスは悲しげにそれを見送るだけだった。



 その途上、テッドは頭痛に悩まされていた。

――まるで、記憶がチーズのように穴だらけだ。

 そしてそれ以上に‥‥何か大切なものを失ったような気がする。
 その『誰か』は、死が蔓延する場所で危険も顧みず、捨てられた自分に手を伸ばしてくれた。
 いつも憎まれ口を叩き合っていたが、こんな体になっても、共にいてくれる存在。


――頭痛が走る。


「‥‥そんな物必要無い。俺はただ、人間共を殺せればそれでいい」

 テッドは、いつしか愛する戦友を忘れ去ってしまっていた。



――亡霊達の拠点を特定したUPCは、ジワジワとその包囲網を狭めつつあった。
 だが、急いては取り逃がす可能性もある。
 幸運なことに、現在ジブラルタルではUPCの本隊が動いているため、亡霊達とは逆に、UPCはどっしりと構えながら対策を立てる事が出来る。
 まずは牽制と威力偵察のために、庸兵達を出撃させる事を決めたのだった。

「――現在、海域には二機の鹵獲KVに率いられた機動兵器群の部隊が確認されています。
 おそらくは、強化人間のテッド・カーマインと、先日我々が撃墜し、ヨリシロとされたミーシャ・ロウランと思われます」

 そこまで告げると、海軍に所属するオペレーターの女性は少し暗い表情になる。

「‥‥軍にいた頃、二人は恋人同士だったそうです‥‥かつて彼らの同僚だった私の上官に聞きました」

 そして、庸兵達に向かって深々と頭を下げる。

「軍に見捨てられて、今度はバグアの駒にされて‥‥二人が可哀想です。
 どうか‥‥楽にしてあげて下さい」

 それはかつての彼らと同じく、海を愛する者としての、せめてもの情けだった。

●参加者一覧

鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
威龍(ga3859
24歳・♂・PN
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA

●リプレイ本文

 亡霊達が潜んでいるという海域に向かう八人の傭兵達。
 彼らはオペレーターから告げられた亡霊の過去と、言葉を反芻していた。

「楽にしてやってくれって‥‥くそっ!!」

 それなりに長く傭兵をやっている者にとっては、その言葉の意味が嫌と言う程分かる。
――だからこそ狭間 久志(ga9021)は悔しげに拳をコンソールに叩き付けた。

「僕としてはその二人を楽にしてあげたいんだけどさ〜‥‥強化人間と手合わせしたいっていうのもあってさ〜‥‥う〜、矛盾してるな〜」

 オルカ・スパイホップ(gc1882)は唸りながら、頭を掻き毟る。

「――静かに眠らせてやるべきだろうな。バグアの都合で叩き起こされちゃ迷惑だろう。
‥‥普通に化けて出るなら、協力してやっても良いけどね」

 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は口調こそおどけているものの、その目は厳しく細められている。

「――やっぱり、そういう事なのかな‥‥仕方ないのかもしれないけど、悲しいよ、そんなの」

 悲しげに目を細めるのは、クラウディア・マリウス(ga6559)。
 彼らと戦う決意はもう決めた‥‥けれど、やはりこの胸の躊躇いは消えてくれない。

「とは言っても、【亡霊】達にいつまでも鹵獲機を使わせておく訳にはいかん。
 この機会を逃すことなく確実に沈めてやろうぜ。
‥‥それが奴らにとっても、おそらく救いになるだろうしな」

 そんなクラウディアに対して、威龍(ga3859)が励ますように声をかける。

「――うん。戦って止めるって決意は‥‥嘘じゃないから」
「その調子だ。気張っていくとしよう」

 頼もしさを増した仲間の姿に、威龍は思わず微笑んでいた。



 そして、託された思いとは別にしても、今回の任務は重要な意味を持っている。
 数ヶ月に渡って、強力とは言えごく僅かの戦力でUPCを手玉に取った亡霊達を、屠れるかもしれないのだ。

「放って置いてアフリカの作戦を邪魔されるのも困るし、そろそろ終わらせないとね」

 澄野・絣(gb3855)の言う通り、彼らをこのまま放置する事は絶対に避けたい所だ。

「この絶好の機会‥‥逃す手は無いわね」

 鯨井昼寝(ga0488)は彼ら亡霊に敬意こそ表すれど、共感も同情も覚えはしない。
 ただ、如何なる事情と経緯があるにせよ、彼らがここまでUPCを苦しめたのは事実。
――彼らへの最大の賛辞は、全力で以て当たる事なのだ。



――そんな中、赤崎羽矢子(gb2140)は、ギース達亡霊の真意を図りかねていた。

(「サイスとバルクホルンは、自分達を越えるべき障害として人類の礎にでもなるつもり?」)

――しかし、それは現時点ではあくまで赤崎の想像に過ぎない。
 今はこの先で待ち受けているであろうテッド・カーマインと‥‥ヨリシロとされたミーシャ・ロウランとの戦いが最優先だ。

「どしたの、羽矢子?」
「‥‥何でもない。行こう、昼寝」

 推論を胸の中に収め、赤崎は昼寝の呼び掛けに応じ、皆より僅かに遅れていた機体を前に進ませるのだった。



 暫くしてレーダーに反応があり、二機の鹵獲KVによって率いられたメガロ、マンタワームの部隊が姿を現した。

「久しぶりね。
 毎度、変わり映えしなくて申し訳無いけど、今回も私達が相手よ。
 ま、どうぞよろしくって事で」

 分厚く、あちこちに鋭く剣呑な光を放つスパイクを生やしたアクティブアーマーを持つ鹵獲リヴァイアサンに向かって、澄野が武器を構えつつ軽い口調で声をかける。

『‥‥誰だ、貴様は? UPCの狗が馴れ馴れしくするな‥‥!!』
「‥‥!?」

――帰ってきたのは予想外の答え。
 確かにこの場にいる半数の傭兵達は、テッドに会うのは初めてだ。
 しかし、澄野は亡霊に関する任務にはいつも参加し、幾度と無く彼と戦い、言葉を交わした事もあるのだ。

「記憶を修正されてる‥‥?」

 テッドの不自然な言動を、そう結論付ける赤崎。

『――その通りよ。家畜にもなれない戦闘機械に、余計な記憶なんて必要ないもの』

 赤崎の呟きを、無線から聞こえてきたミーシャの声が肯定する。
 その声は、以前の彼女とは絶対的に何かが違う。

「洗脳に、乗っ取りか‥‥胸糞の悪くなる真似をやってくれるな‥‥!!」

 好敵手の存在を汚されたようで、威龍の拳が怒りに震える。
 それに対して、ミーシャは嘲笑で答えた。

『何とでもいいなさいな‥‥いい加減貴方達も目障りだから、とっとと消えて貰うわよ』

 彼女が指を鳴らすと同時に、一斉にワーム達と、テッドが動き出した。

「‥‥それでもやらなきゃな。水中戦は初めてだけど‥‥頼むぞ、深穿!!」

 それを見た狭間は揺れていた心に別れを告げ、強い瞳で前を向き、愛機のビーストソウルに向かって呼び掛けた。



 猛スピードで突進してくるメガロと、距離を取りつつこちらの隙を窺うマンタ。
――だが、戦士の魂を祓わんが為のこの戦場に、その存在はあまりに無粋。

「昼寝、一機に付き20‥‥いや15秒。合わせて30秒で片付けるよ。いけるね!?」
「誰に向かって言ってるのかしら!?」

 突出してくるメガロにまず狙いを定めたのは、昼寝と赤崎のコンビ。
――マンタよりも突進力の強いメガロは、図らずも孤立する形となる。

「舐めるなっ!!」

 すれ違いざまに振るわれるヒレをかわし、赤崎がカウンターでソードフィンを突き出す。

――ガギンッ!!

 自らの速さが仇となって大きく切り裂かれ、血のような体液を撒き散らすメガロ。

「雑魚はすっこんでなさい!!」

 そこに叩き込まれる昼寝のシステム・インヴィディアによって威力を増したホーミングミサイルの一撃。
 腹の亀裂に叩き込まれた砲弾は、内部から粉々の破片に変えた。
 もう一体がすかさず反転するが、機体を翻して動きが止まった瞬間、上方から放たれた弓の一撃によって串刺しとなるメガロ。
――そこには、ハープーンボウ「ウェールズ」を放ったオルカのリヴァイアサン「レプンカムイ」がいた。

「クラウさん、今だよ〜!!」
「うん!! バトちゃんお願い!!」

 メガロの注意が上を向くと、すかさず下方からクラウディアのアルバトロスが躍りかかる。
 上下から放たれるガウスガンと魚雷、そしてウェールズの弾幕が、メガロの機体を削り取っていく。

――そして二人の機体がすれ違った瞬間、メガロは爆炎の中に消えていた。

「あと‥‥二機!!」

 昼寝と赤崎が掲げた目標までの時間まで、後僅か‥‥しかしまだマンタ二体は健在だ。

「それぐらいあったら‥‥!!」
「余裕だね〜」

――しかし、それでも傭兵達の不敵な笑みは変わらない。
 四人は更にスピードを上げ、マンタ目掛けて照準を向けた。



 その間にミーシャを引き付けるのは、威龍とユーリのリヴァイアサン「玄龍」と「イェルムンガル」。

『ふん‥‥たかが家畜二匹があたしの相手ですって?』

 ミーシャが侮蔑の言葉を吐きながら、アルバトロスとは思えぬ凄まじいスピードで動き回りながら、魚雷やプロトン砲で攻撃を仕掛けてくる。
 二人はその攻撃を幾度も受け、かなりの損傷を負っていた。

「‥‥温い」
「ああ、全くだ」

 しかし、威龍とユーリは冷静だった。
 まずユーリが進み出て、ガウスガンと魚雷ポッドを放つ。

『ふん、見え見えよ』

 ミーシャはそれを易々と掻い潜ると、再び離脱しようと試みるが、そこには既に魚雷の砲口を向ける威龍がいた。

『何っ!?』
「貴様は俺達を舐めすぎだ!! 『ミーシャ』とは比べ物にもならん!!」

 目の前の「バグア」は確かに強いが、まるで鉄板のように隙や驕りが無かった「ミーシャ」ほどやり辛くは無い。
 巡航形態の素早さを利用し、ホールディングミサイルとガウスガンを放つ威龍。

「遅いぞ!!」

 そしてそれを避ければ、今度はユーリが立ち塞がり、同じように弾幕を放って足止めする。

『こ、この!! 家畜風情がこの優良種たる私を邪魔するなんて――』
「――五月蝿いよこの馬鹿」

 激昂したミーシャはアルバトロスを変形させ、更に加速しようとするが、その際の一瞬の硬直を狙って放たれるミサイル。
――ワームを排除した昼寝と赤崎が合流したのだ。

『きいっ!! 家畜がっ!!』
「‥‥ホントにバグアってのは不快だね。その声と姿で喋るんじゃないよ‥‥!!」

 昼寝がミーシャの姿をしたバグア目掛けて吐き捨てる。

「貴女の‥‥ミーシャの無念全てを『鯨井昼寝に斃された』という圧倒的な栄誉を以って塗り潰すッ!」

 高らかな宣言と共に、ガウスガンのトリガーが引かれた。



 スパイク付きのアクティブアーマーを纏い、鉄球のようになったテッド機の突進を、狭間と澄野は紙一重でかわす。

「ブースターで運動性は上げてるけど‥‥空の避け方とは違う。読み負けるなよ‥‥僕」

 彼にとってはこれが始めての海戦――ふわふわとした独特の感覚に戸惑い、いくつか装甲を削られはしたものの、大分動きには慣れて来た。

「‥‥仕掛ける!!」

 狭間は機体に急制動をかけてテッドの側面に回り込むと、ガウスガンを放つ。
 しかしテッドはそれをアクティブアーマーで受け止める――どれほどの装甲か、揺らぎもしない。

『そんなノック如きが利くかっ!!』

 侮蔑と怒りが綯い交ぜになったかのような叫びと共に、アクティブアーマーのスパイクの幾本がミサイルとなって深穿を襲う。

「くそっ、まだだ! もう少し持ってくれ!」

 水泡が晴れた後には、片腕を失った深穿の姿があった。
 それを見たテッドは、すかさず追撃に入ろうと再びアーマーを纏って突進の体勢に入る。

「やらせない!!」

 そこに、澄野のリヴァイアサン「罔象」が飛び込みベヒモスを矢継ぎ早に繰り出す。
 思い斧頭の一撃はアーマーを削り、スパイクを数本切り飛ばした。

「ふん!! その程度――」

‥‥だが、動きは止まった。

「私の攻撃を防いだからって、安心しない事ね!!」

 澄野の言葉通り、その間に狭間の深穿が間合いを詰めていた。
 その手には光るレーザークロー――狙いは、アクティブアーマーの稼動部!!

「リヴァイアサンの隙‥‥付け入らせて貰う!!」

 鹵獲されて強化されているとは言え、重く巨大な部品を動かすパーツの脆弱さまで補う事は出来ない。
 光の爪がFFごと稼動部を切り裂き、アーマーの一つが切り離される。

「キ、サ、マ‥‥っ!!」

 ギリギリとテッドが歯を噛み締める。
 手に握られたプロトン砲で狭間を貫かんとするテッドだったが、それは上方から舞い降りたクラウディアのディフェンダーによって切り裂かれる。

「邪魔をするなあああああああっ!!」
「きゃっ!!」

 しかし残るアーマーによって殴りつけられ、吹き飛ぶアルバトロス。
――しかし、それでもクラウディアは毅然とした表情で声を投げかけた。

「貴方は何で戦ってるんですかっ!
 何のために‥‥本当に、これが貴方のやりたい事なんですか?」
『――う、うるさ‥‥あ、あああああああっ!!』

 その言葉にテッドは悶えると、唐突に動きを止める。

『‥‥分からない‥‥頭が痛いんだ‥‥あいつの‥‥あいつの顔が思い出せない‥‥どうして‥‥?』
「‥‥っ!? テッド‥‥」

――その声はか細く、まるで親からはぐれた子供のような声だった。
 まるで聞く者までも不安で押し潰されそうなテッドの呟きに、澄野が悲しげに眉を寄せる。

『お、お前等を倒したら‥‥思い出せるに違いないっ‥‥こ、殺してやるっ!!』

 だが、それはあくまで一瞬の事――再び傭兵達に向かって凄まじい勢いで突進を開始した。
 その動きはアーマーを片方失っているためか、先ほどより鈍い。

「ほらほらこっちだよ〜」

 その隙を突き、オルカのレプンカムイがセドナと魚雷ポッドを放ち、周囲を飛び回る。

『この蚊トンボがあああああああっ!!』
(「かかった〜!!」)

 激昂してレプンカムイに狙いを定めるテッド――オルカの口の端がしてやったりと吊り上った。

「いっけぇ〜っ!!」

 迫る棘付きの壁に臆する事無く、オルカは機体を変形させると同時に水中練剣「大蛇」を抜き放ち、全てのスキルを発動させつつ振るった。

――ガァンッ!!

 轟音と共にレプンカムイが跳ね飛ばされ、衝撃で左の手足がもげる。

「‥‥っつぅ〜!! だけど――!!」
『ぐ、が、あっ‥‥!!』

 対するテッドは胴体を大きく切り裂かれ、バランスを大きく崩していた。

「‥‥ごめん」

 そしてテッド機は体勢を立て直す暇も無く、謝罪の言葉と共に叩き込まれた狭間のレーザークローによって腹部を貫かれた。



 ミーシャもまた、高い実力を持つ四人を相手に追い詰められる。

「悪いが、終わらせて貰うぞ? ミーシャ」

 防御の隙を突いたユーリがブーストをかけて接近し、スクリュードライバーがアルバトロスの肩翼を大きく抉り取った。

『ぎっ‥‥!!』
「じゃあね、名も無きバグア」

 赤崎のレーザークローが振るわれる――その軌道上にはコクピットがあり、避けられる攻撃でも無い。

『‥‥ちっ!! 仕方が無い‥‥!!』

 コクピットに光の爪が叩き込まれる瞬間、ミーシャの体はコクピットの中から掻き消えていた。
 一瞬遅れて、赤崎の攻撃は鹵獲アルバトロスに突き刺さり、海の藻屑に変える。

「‥‥!? 逃げたか!!」
『あははは!! お生憎様――家畜程度に殺される訳にはいかないのよ』

――おそらくはバグア特有のスキルを使い、瞬間移動したのだろう。
 憎まれ口を残し、ミーシャからの通信は切れた。



 そしてテッドは――既に、戦えるような状態では無かった。
 損傷から見ても‥‥長くは無い。

「‥‥殺す‥‥人間共‥‥殺してやる‥‥!!」

 それでも、テッドは恨みの言葉を壊れたレコーダーのように吐き出し続けていた。
 それがあまりに痛々しく、傭兵達は辛そうに目を逸らす。

「‥‥いい加減にしな!!」

 しかし、その時響き渡る赤崎の怒号。

「あんたが何のために戦うか。その記憶も失ったの?」
『‥‥何の‥‥ため‥‥?』
「裏切られた怒り、悲しみ。共に戦った仲間や愛した人‥‥。
 そして自分の『意志』を思い出せテッド・カーマイン少尉!!」
『‥‥!!』

 息を呑むような音が聞こえ、テッドの呪詛が止まる。
――そして、続けて聞こえて来たのは、声を押し殺したすすり泣きの音。


『お、俺は‥‥俺は‥‥何て、事を――? ミーシャ‥‥皆‥‥俺は‥‥っ!!』


 そしてとうとう限界を迎えたのか、鹵獲リヴァイアサンのあちこちから小爆発が起こり始めた。
 沈んで行くテッド――その機体の手が、もがく様に動く。
――それはまるで、助けを求めているようにも見えた。

「くっ‥‥!!」

 思わず赤崎はアルバトロスの手を伸ばしていた。
 その手がテッド機の手を握る――が、一際大きな爆発が起こり、腕が千切れた。

「テッド‥‥!!」
『手を‥‥手を離さないでくれ‥‥頼む‥‥』

 そんな呟きを残し、テッド・カーマインは海の底へと消えていった。



「――安心しな‥‥絶対に‥‥絶対に、離しゃしないさ」



――赤崎は未だに自らに縋る残された腕を見ながら、一粒涙を零した。