●リプレイ本文
亡霊達が潜んでいるという海域に向かう八人の傭兵達。
彼らはオペレーターから告げられた亡霊の過去と、言葉を反芻していた。
「楽にしてやってくれって‥‥くそっ!!」
それなりに長く傭兵をやっている者にとっては、その言葉の意味が嫌と言う程分かる。
――だからこそ狭間 久志(
ga9021)は悔しげに拳をコンソールに叩き付けた。
「僕としてはその二人を楽にしてあげたいんだけどさ〜‥‥強化人間と手合わせしたいっていうのもあってさ〜‥‥う〜、矛盾してるな〜」
オルカ・スパイホップ(
gc1882)は唸りながら、頭を掻き毟る。
「――静かに眠らせてやるべきだろうな。バグアの都合で叩き起こされちゃ迷惑だろう。
‥‥普通に化けて出るなら、協力してやっても良いけどね」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は口調こそおどけているものの、その目は厳しく細められている。
「――やっぱり、そういう事なのかな‥‥仕方ないのかもしれないけど、悲しいよ、そんなの」
悲しげに目を細めるのは、クラウディア・マリウス(
ga6559)。
彼らと戦う決意はもう決めた‥‥けれど、やはりこの胸の躊躇いは消えてくれない。
「とは言っても、【亡霊】達にいつまでも鹵獲機を使わせておく訳にはいかん。
この機会を逃すことなく確実に沈めてやろうぜ。
‥‥それが奴らにとっても、おそらく救いになるだろうしな」
そんなクラウディアに対して、威龍(
ga3859)が励ますように声をかける。
「――うん。戦って止めるって決意は‥‥嘘じゃないから」
「その調子だ。気張っていくとしよう」
頼もしさを増した仲間の姿に、威龍は思わず微笑んでいた。
そして、託された思いとは別にしても、今回の任務は重要な意味を持っている。
数ヶ月に渡って、強力とは言えごく僅かの戦力でUPCを手玉に取った亡霊達を、屠れるかもしれないのだ。
「放って置いてアフリカの作戦を邪魔されるのも困るし、そろそろ終わらせないとね」
澄野・絣(
gb3855)の言う通り、彼らをこのまま放置する事は絶対に避けたい所だ。
「この絶好の機会‥‥逃す手は無いわね」
鯨井昼寝(
ga0488)は彼ら亡霊に敬意こそ表すれど、共感も同情も覚えはしない。
ただ、如何なる事情と経緯があるにせよ、彼らがここまでUPCを苦しめたのは事実。
――彼らへの最大の賛辞は、全力で以て当たる事なのだ。
――そんな中、赤崎羽矢子(
gb2140)は、ギース達亡霊の真意を図りかねていた。
(「サイスとバルクホルンは、自分達を越えるべき障害として人類の礎にでもなるつもり?」)
――しかし、それは現時点ではあくまで赤崎の想像に過ぎない。
今はこの先で待ち受けているであろうテッド・カーマインと‥‥ヨリシロとされたミーシャ・ロウランとの戦いが最優先だ。
「どしたの、羽矢子?」
「‥‥何でもない。行こう、昼寝」
推論を胸の中に収め、赤崎は昼寝の呼び掛けに応じ、皆より僅かに遅れていた機体を前に進ませるのだった。
暫くしてレーダーに反応があり、二機の鹵獲KVによって率いられたメガロ、マンタワームの部隊が姿を現した。
「久しぶりね。
毎度、変わり映えしなくて申し訳無いけど、今回も私達が相手よ。
ま、どうぞよろしくって事で」
分厚く、あちこちに鋭く剣呑な光を放つスパイクを生やしたアクティブアーマーを持つ鹵獲リヴァイアサンに向かって、澄野が武器を構えつつ軽い口調で声をかける。
『‥‥誰だ、貴様は? UPCの狗が馴れ馴れしくするな‥‥!!』
「‥‥!?」
――帰ってきたのは予想外の答え。
確かにこの場にいる半数の傭兵達は、テッドに会うのは初めてだ。
しかし、澄野は亡霊に関する任務にはいつも参加し、幾度と無く彼と戦い、言葉を交わした事もあるのだ。
「記憶を修正されてる‥‥?」
テッドの不自然な言動を、そう結論付ける赤崎。
『――その通りよ。家畜にもなれない戦闘機械に、余計な記憶なんて必要ないもの』
赤崎の呟きを、無線から聞こえてきたミーシャの声が肯定する。
その声は、以前の彼女とは絶対的に何かが違う。
「洗脳に、乗っ取りか‥‥胸糞の悪くなる真似をやってくれるな‥‥!!」
好敵手の存在を汚されたようで、威龍の拳が怒りに震える。
それに対して、ミーシャは嘲笑で答えた。
『何とでもいいなさいな‥‥いい加減貴方達も目障りだから、とっとと消えて貰うわよ』
彼女が指を鳴らすと同時に、一斉にワーム達と、テッドが動き出した。
「‥‥それでもやらなきゃな。水中戦は初めてだけど‥‥頼むぞ、深穿!!」
それを見た狭間は揺れていた心に別れを告げ、強い瞳で前を向き、愛機のビーストソウルに向かって呼び掛けた。
猛スピードで突進してくるメガロと、距離を取りつつこちらの隙を窺うマンタ。
――だが、戦士の魂を祓わんが為のこの戦場に、その存在はあまりに無粋。
「昼寝、一機に付き20‥‥いや15秒。合わせて30秒で片付けるよ。いけるね!?」
「誰に向かって言ってるのかしら!?」
突出してくるメガロにまず狙いを定めたのは、昼寝と赤崎のコンビ。
――マンタよりも突進力の強いメガロは、図らずも孤立する形となる。
「舐めるなっ!!」
すれ違いざまに振るわれるヒレをかわし、赤崎がカウンターでソードフィンを突き出す。
――ガギンッ!!
自らの速さが仇となって大きく切り裂かれ、血のような体液を撒き散らすメガロ。
「雑魚はすっこんでなさい!!」
そこに叩き込まれる昼寝のシステム・インヴィディアによって威力を増したホーミングミサイルの一撃。
腹の亀裂に叩き込まれた砲弾は、内部から粉々の破片に変えた。
もう一体がすかさず反転するが、機体を翻して動きが止まった瞬間、上方から放たれた弓の一撃によって串刺しとなるメガロ。
――そこには、ハープーンボウ「ウェールズ」を放ったオルカのリヴァイアサン「レプンカムイ」がいた。
「クラウさん、今だよ〜!!」
「うん!! バトちゃんお願い!!」
メガロの注意が上を向くと、すかさず下方からクラウディアのアルバトロスが躍りかかる。
上下から放たれるガウスガンと魚雷、そしてウェールズの弾幕が、メガロの機体を削り取っていく。
――そして二人の機体がすれ違った瞬間、メガロは爆炎の中に消えていた。
「あと‥‥二機!!」
昼寝と赤崎が掲げた目標までの時間まで、後僅か‥‥しかしまだマンタ二体は健在だ。
「それぐらいあったら‥‥!!」
「余裕だね〜」
――しかし、それでも傭兵達の不敵な笑みは変わらない。
四人は更にスピードを上げ、マンタ目掛けて照準を向けた。
その間にミーシャを引き付けるのは、威龍とユーリのリヴァイアサン「玄龍」と「イェルムンガル」。
『ふん‥‥たかが家畜二匹があたしの相手ですって?』
ミーシャが侮蔑の言葉を吐きながら、アルバトロスとは思えぬ凄まじいスピードで動き回りながら、魚雷やプロトン砲で攻撃を仕掛けてくる。
二人はその攻撃を幾度も受け、かなりの損傷を負っていた。
「‥‥温い」
「ああ、全くだ」
しかし、威龍とユーリは冷静だった。
まずユーリが進み出て、ガウスガンと魚雷ポッドを放つ。
『ふん、見え見えよ』
ミーシャはそれを易々と掻い潜ると、再び離脱しようと試みるが、そこには既に魚雷の砲口を向ける威龍がいた。
『何っ!?』
「貴様は俺達を舐めすぎだ!! 『ミーシャ』とは比べ物にもならん!!」
目の前の「バグア」は確かに強いが、まるで鉄板のように隙や驕りが無かった「ミーシャ」ほどやり辛くは無い。
巡航形態の素早さを利用し、ホールディングミサイルとガウスガンを放つ威龍。
「遅いぞ!!」
そしてそれを避ければ、今度はユーリが立ち塞がり、同じように弾幕を放って足止めする。
『こ、この!! 家畜風情がこの優良種たる私を邪魔するなんて――』
「――五月蝿いよこの馬鹿」
激昂したミーシャはアルバトロスを変形させ、更に加速しようとするが、その際の一瞬の硬直を狙って放たれるミサイル。
――ワームを排除した昼寝と赤崎が合流したのだ。
『きいっ!! 家畜がっ!!』
「‥‥ホントにバグアってのは不快だね。その声と姿で喋るんじゃないよ‥‥!!」
昼寝がミーシャの姿をしたバグア目掛けて吐き捨てる。
「貴女の‥‥ミーシャの無念全てを『鯨井昼寝に斃された』という圧倒的な栄誉を以って塗り潰すッ!」
高らかな宣言と共に、ガウスガンのトリガーが引かれた。
スパイク付きのアクティブアーマーを纏い、鉄球のようになったテッド機の突進を、狭間と澄野は紙一重でかわす。
「ブースターで運動性は上げてるけど‥‥空の避け方とは違う。読み負けるなよ‥‥僕」
彼にとってはこれが始めての海戦――ふわふわとした独特の感覚に戸惑い、いくつか装甲を削られはしたものの、大分動きには慣れて来た。
「‥‥仕掛ける!!」
狭間は機体に急制動をかけてテッドの側面に回り込むと、ガウスガンを放つ。
しかしテッドはそれをアクティブアーマーで受け止める――どれほどの装甲か、揺らぎもしない。
『そんなノック如きが利くかっ!!』
侮蔑と怒りが綯い交ぜになったかのような叫びと共に、アクティブアーマーのスパイクの幾本がミサイルとなって深穿を襲う。
「くそっ、まだだ! もう少し持ってくれ!」
水泡が晴れた後には、片腕を失った深穿の姿があった。
それを見たテッドは、すかさず追撃に入ろうと再びアーマーを纏って突進の体勢に入る。
「やらせない!!」
そこに、澄野のリヴァイアサン「罔象」が飛び込みベヒモスを矢継ぎ早に繰り出す。
思い斧頭の一撃はアーマーを削り、スパイクを数本切り飛ばした。
「ふん!! その程度――」
‥‥だが、動きは止まった。
「私の攻撃を防いだからって、安心しない事ね!!」
澄野の言葉通り、その間に狭間の深穿が間合いを詰めていた。
その手には光るレーザークロー――狙いは、アクティブアーマーの稼動部!!
「リヴァイアサンの隙‥‥付け入らせて貰う!!」
鹵獲されて強化されているとは言え、重く巨大な部品を動かすパーツの脆弱さまで補う事は出来ない。
光の爪がFFごと稼動部を切り裂き、アーマーの一つが切り離される。
「キ、サ、マ‥‥っ!!」
ギリギリとテッドが歯を噛み締める。
手に握られたプロトン砲で狭間を貫かんとするテッドだったが、それは上方から舞い降りたクラウディアのディフェンダーによって切り裂かれる。
「邪魔をするなあああああああっ!!」
「きゃっ!!」
しかし残るアーマーによって殴りつけられ、吹き飛ぶアルバトロス。
――しかし、それでもクラウディアは毅然とした表情で声を投げかけた。
「貴方は何で戦ってるんですかっ!
何のために‥‥本当に、これが貴方のやりたい事なんですか?」
『――う、うるさ‥‥あ、あああああああっ!!』
その言葉にテッドは悶えると、唐突に動きを止める。
『‥‥分からない‥‥頭が痛いんだ‥‥あいつの‥‥あいつの顔が思い出せない‥‥どうして‥‥?』
「‥‥っ!? テッド‥‥」
――その声はか細く、まるで親からはぐれた子供のような声だった。
まるで聞く者までも不安で押し潰されそうなテッドの呟きに、澄野が悲しげに眉を寄せる。
『お、お前等を倒したら‥‥思い出せるに違いないっ‥‥こ、殺してやるっ!!』
だが、それはあくまで一瞬の事――再び傭兵達に向かって凄まじい勢いで突進を開始した。
その動きはアーマーを片方失っているためか、先ほどより鈍い。
「ほらほらこっちだよ〜」
その隙を突き、オルカのレプンカムイがセドナと魚雷ポッドを放ち、周囲を飛び回る。
『この蚊トンボがあああああああっ!!』
(「かかった〜!!」)
激昂してレプンカムイに狙いを定めるテッド――オルカの口の端がしてやったりと吊り上った。
「いっけぇ〜っ!!」
迫る棘付きの壁に臆する事無く、オルカは機体を変形させると同時に水中練剣「大蛇」を抜き放ち、全てのスキルを発動させつつ振るった。
――ガァンッ!!
轟音と共にレプンカムイが跳ね飛ばされ、衝撃で左の手足がもげる。
「‥‥っつぅ〜!! だけど――!!」
『ぐ、が、あっ‥‥!!』
対するテッドは胴体を大きく切り裂かれ、バランスを大きく崩していた。
「‥‥ごめん」
そしてテッド機は体勢を立て直す暇も無く、謝罪の言葉と共に叩き込まれた狭間のレーザークローによって腹部を貫かれた。
ミーシャもまた、高い実力を持つ四人を相手に追い詰められる。
「悪いが、終わらせて貰うぞ? ミーシャ」
防御の隙を突いたユーリがブーストをかけて接近し、スクリュードライバーがアルバトロスの肩翼を大きく抉り取った。
『ぎっ‥‥!!』
「じゃあね、名も無きバグア」
赤崎のレーザークローが振るわれる――その軌道上にはコクピットがあり、避けられる攻撃でも無い。
『‥‥ちっ!! 仕方が無い‥‥!!』
コクピットに光の爪が叩き込まれる瞬間、ミーシャの体はコクピットの中から掻き消えていた。
一瞬遅れて、赤崎の攻撃は鹵獲アルバトロスに突き刺さり、海の藻屑に変える。
「‥‥!? 逃げたか!!」
『あははは!! お生憎様――家畜程度に殺される訳にはいかないのよ』
――おそらくはバグア特有のスキルを使い、瞬間移動したのだろう。
憎まれ口を残し、ミーシャからの通信は切れた。
そしてテッドは――既に、戦えるような状態では無かった。
損傷から見ても‥‥長くは無い。
「‥‥殺す‥‥人間共‥‥殺してやる‥‥!!」
それでも、テッドは恨みの言葉を壊れたレコーダーのように吐き出し続けていた。
それがあまりに痛々しく、傭兵達は辛そうに目を逸らす。
「‥‥いい加減にしな!!」
しかし、その時響き渡る赤崎の怒号。
「あんたが何のために戦うか。その記憶も失ったの?」
『‥‥何の‥‥ため‥‥?』
「裏切られた怒り、悲しみ。共に戦った仲間や愛した人‥‥。
そして自分の『意志』を思い出せテッド・カーマイン少尉!!」
『‥‥!!』
息を呑むような音が聞こえ、テッドの呪詛が止まる。
――そして、続けて聞こえて来たのは、声を押し殺したすすり泣きの音。
『お、俺は‥‥俺は‥‥何て、事を――? ミーシャ‥‥皆‥‥俺は‥‥っ!!』
そしてとうとう限界を迎えたのか、鹵獲リヴァイアサンのあちこちから小爆発が起こり始めた。
沈んで行くテッド――その機体の手が、もがく様に動く。
――それはまるで、助けを求めているようにも見えた。
「くっ‥‥!!」
思わず赤崎はアルバトロスの手を伸ばしていた。
その手がテッド機の手を握る――が、一際大きな爆発が起こり、腕が千切れた。
「テッド‥‥!!」
『手を‥‥手を離さないでくれ‥‥頼む‥‥』
そんな呟きを残し、テッド・カーマインは海の底へと消えていった。
「――安心しな‥‥絶対に‥‥絶対に、離しゃしないさ」
――赤崎は未だに自らに縋る残された腕を見ながら、一粒涙を零した。