タイトル:【AA】老人の願いマスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/14 23:39

●オープニング本文


「アフリカ、‥‥か」

 ピエトロ・バリウス中将は地図を見ながら独言した。かの地を攻めると言うのは容易い。しかし、その為には幾つかの準備が必要だった。部隊は整いつつある。あと必要な物といえば。

「情報か」

 UPCが叩き出されてから、10年。長きにわたり、バグアに支配されてきたアフリカの情報は余りにも少ない。ゲリラがいるとも言われるが、連絡は取ることが困難だった。

「私の知るかつてのアフリカとは、もう違う土地やもしれん。立案に際して不安が無い、とは言わないがな」

 狙いが奇襲である以上、軽々しい調査でこちらの狙いを知られる事も、慎まねばならない。ピエトロは作戦直前になって初めて、現地の強行偵察を指示した。その結果如何で、北アフリカの一部を占拠するのみに止めるか、内陸まで踏み込むかを彼は決めるつもりだった。

「その為には、足元を固める事も必要だな。無論」

 PN作戦が終結して2年が経つが、いまだに地中海沿岸部では、キメラは珍しい物ではない。時には、ワームすら現れる事がある。点在するバグアの残存戦力は、一部は拠点を擁して立て篭もり、それ以外の多くは巧妙に潜伏していた。それらを可能な限り排除する事が必要なのは言うまでも無い。

「そして、ミカエル」

 トゥーロン沖に座す、彼の切り札はバグアの目にも留まっているだろう。敵の情報は速やかに収集し、こちらの情報は秘匿する。都合の良い、と笑われそうな事が今回の作戦には必要だった。
「‥‥傭兵には恨まれるだろうな。だが、連中ならばできるはずだ」
 クク、と彼は珍しく笑う。その困難のいずれにも、ラストホープの傭兵達が当てられていたのは、彼の指示による物だった。



 いかにUPCが大攻勢をかけているとは言え、バグアはそう易々と倒せる相手では無い。
 特にバグアの侵略が続いていたギリシャの一部では、未だに一進一退の攻防が繰り広げられており、時には人類側の領域が後退する事もある。

――その度に、周辺に暮らす住民達は避難や立ち退きを迫られ、数々の苦難を味わってきた。

 だが、そんなバグアの軍勢が迫る中、決して避難しようとも、立ち退きの要請にも従わない、一人の老人がいた。
 軍は再三再四、時には宥め、時には脅し‥‥ありとあらゆる手段を講じて彼を説得しようと試みたが、元軍人であるらしい彼には通じず、逆に物凄い剣幕で追い返されるというのが常であった。
 強制的に連れ出すという手もあるが、彼は重い病を抱えており、手荒な真似をする訳にはいかない。

「‥‥本来君達に頼むような仕事では無いのだが、仕方あるまい」

 そこで、本来迫るバグア軍を相手に駆り出された庸兵達が、その説得を任される事となったのだった。



「‥‥なんだい、今回はまた毛色の変わった奴らが来たな」

 家の中に入ってきた庸兵達を見て開口一番、老人は面白く無さそうにふん、と鼻を鳴らした。
 身体は病のためか幽鬼のように痩せ細り、杖を持っていても足元は覚束ない様子だ。
‥‥しかし、その目は確かに軍人のもので、まだ経験の浅い庸兵達の中には、気圧されそうになる者もいる。

「‥‥何度も言うようだが、俺はここを離れるつもりはねぇよ」

 その頑なな態度に屈する事無く、庸兵達は必死に彼を説得しようと試みるが、老人は決して首を縦に振る事は無かった。
――暫くして老人は疲れたのか、ソファに深く座り込んでから、重く溜息を吐く。

「‥‥おめぇら、若ぇな‥‥まだまだケツの青いヒヨっ子って所か」

 その言葉に一瞬むっ、とする庸兵達だが、老人の眼に全くからかいの色が無い事に気付き、閉口する。

「俺は、ずっと戦って来た‥‥それこそ、おめぇらが生まれる、ずっとずっと前からな」

 そして目の前のテーブルの上に手を伸ばす――そこには、老人と、老人の家族らしき人々が集まった一枚の写真があった。

「――そして戦いの誇りや、心構えを子供達に教え込んだ。
 あいつらは人殺しの俺の話を真剣に聞いてくれてよ‥‥皆、軍人になった」

――けどな、と老人は言葉を切り、愛しげに写真を撫でる。
 その指先は、正しく枯れ木のように痩せ細っていた。

「‥‥奴らが‥‥バグアが来た時には『人類は俺達が守るんだ』って息巻いてよぉ。
――皆、やられちまった‥‥息子も、孫も、みいぃぃんな‥‥よ」

 ぽつ、ぽつ、と写真に零れる水滴――それは、老人の眼から、止め処なく溢れてくる。

「仇を討とうにも、俺はこんな体だ‥‥けど、だからと言って何もしないで引き下がるんじゃ、あいつらに顔向けなんざ出来やしねぇ。
 だからよ――俺は、あいつらが無様にやっつけられるのを、この目で直接見てやるのさ」

――幼稚な復讐心と言えば、そうだろう。
 しかし老い先の短い彼にとって、それは決して譲る事の出来ない至上の願いであった。

「――おめぇら能力者なんだろ? メチャクチャ強ぇ『人類の希望』とやらなんだろ?
 だったら、俺に見せてくれ‥‥おめぇらが、あいつらをコテンパンにやっつける様をよ」



 ゴーレム、タートルワーム、レックスキャノン‥‥代表的な地上戦用ワームから成るバグアの編隊が、立ち塞がる全てを踏み潰しながら進撃する。


――だが、その歩みが唐突に止まる。


 彼らの目の前には彼らを阻むべく集まった、庸兵達のKVが並んでいた。
 その後ろには、吹けば飛ぶようなあばら家‥‥その軒下には、古びた椅子に腰掛ける一人の老人。

「‥‥さぁ、ショーの始まりだぜ、おめぇら」

 彼の傍らには、バグアと戦い、そして散っていった英霊達の遺影が置かれていた。

●参加者一覧

明星 那由他(ga4081
11歳・♂・ER
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
朧・陽明(gb7292
10歳・♀・FC
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
アセリア・グレーデン(gc0185
21歳・♀・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
功刀 元(gc2818
17歳・♂・HD
白咲 澪(gc3075
13歳・♀・SF

●リプレイ本文

「目の前が戦場でも避難しないか。
 やれやれ、本当に人の想いと言うのは簡単には分析できないものだな。
 まあいい、じーさんの願いキッチリと叶えてやるのダー」

 頑固な老人の顔を思い浮かべながら、呆れたように――しかし、その目には固い決意を湛えるレベッカ・マーエン(gb4204)。
 大地を揺るがしながら迫るバグアの兵器群を前に、彼女を始めとした八人の庸兵達は後ろの家で待つ老人との会話を思い出していた。

「おじいさんが何でそこまで固執するのか、解らない。
‥‥けど、親子って、家族って、そういうものなのかな‥‥?」

――物心付く前に両親を失い、研究所で暮らしてきた白咲 澪(gc3075)には家族がいない。
 だから、老人の気持ちは解らない‥‥解らないが、そこに切れる事の無い『何か』がある事は分かる。

(「最初は気に食わんかった‥‥だが――」)

 シクル(gc1986)は、最初こそこの任務に乗り気で無かった。
 助かろうと努力する者のためならば命を賭ける覚悟はあったが、そうしようとはしない者のために命を賭ける気にはならなかったから。

――しかし、老人の信念に触れ、彼は彼なりの信念であのあばら家を動かないことを知った。

 それならば――自分はこの剣を捧げようと誓った。

「愛騎の名である悪夢の破壊者‥‥体現してご覧に入れよう。
 貴方の悪夢は‥‥今日で終わる」

 そう呟いたのはアセリア・グレーデン(gc0185)。
 彼女自身、かつて左腕と血縁者の全てを奪われた過去を持ち、老人の気持ちは痛いほど理解出来た。
 だからこそ‥‥成し遂げなければならないのだ。

「安心せよご老人、妾が守ってやるぞ♪ 心行くまで妾達の勇姿をその目に焼き付けるのじゃ」

 小さな体を精一杯大きく逸らしながら、朧・陽明(gb7292)が胸を張る。

「バグアがコテンパンになるところ‥‥みんな‥‥口に出さないだけで、見たいのかも‥‥」

 老人の願いは、独りよがりのものでは無く、恐らく誰もが願っているものなのだろうと、明星 那由他(ga4081)は考えていた。
 だが、普通の人々はそのような機会に恵まれず、ただ蹂躙される日々を送る。
――しかし、今回老人は手に入れたのだ。
 自分たち庸兵と言う、代わりに戦ってくれる人類の刃を。
 ならば、期待に沿えるかどうかは分からないけれど、出来る事をやるだけだ。



 そしてとうとうゴーレム、タートルワーム、レックスキャノン‥‥バグアを代表する陸戦用ワーム達が、手の届きそうな所まで近付く。
 これが初陣となる白咲の体は震え、手にじっとりと汗が滲んだ。

「絶対大丈夫さ、行こうか!!」

 そんな彼女を励ますように、夢守 ルキア(gb9436)が笑いかける。
――その笑顔の陰には、幼い頃からの庸兵稼業によって培われた打算的な思いがあった。
 それは味方と対等の関係を維持し、いざという時に切り捨てられないようにするという、夢守が学んだ欺瞞や裏切りの横行する戦場での心構えだ。
 しかし、それでいいのだ――その真意がどんなものであっても、「バグアを倒す」という同じ目的を全員が持っているならば、確かな団結が出来る。

「おじいさんと家族の誇りにかけて必ず敵を倒しますー」

 声こそ間延びしているが、功刀 元(gc2818)も決意を込めながら、愛機ミカガミ「BulletCat」の両手にダブルリボルバーを構えた。

――仲間達の姿に、白咲は自分の体の震えが収まって行くのを感じる。

「‥‥行きます!!」

 フットペダルが踏み込まれ、彼女のディスタン「ファインスノウ」もまた、前進を開始した。



 射程距離に入ったのを見計らい、庸兵達は老人の家が敵の射線に入らないように迂回しつつ突撃する。

「こっちだ!!」

 明星の破暁が、サブアームに保持されたグレネードをRCとゴーレム達目掛けて放つ。
 巻き起こった業火はゴーレムには避けられ、RCには対物理コーティングで耐えられるが、攻撃を受けた敵は、明星を狙って動き出した。
 明星は更にそこへファランクス・ソウルやツングースカを放ち、敵をこちらに集中させる。
 ただでさえ全KVの中でも類稀な巨体を持つ破暁――ゴーレムのショルダーキャノンや、RCのプロトン砲が次々と襲い掛かるが、明星はそれらを素早い動きで回避し、堅牢なフレームを活かして耐えてみせた。

 その間に反対側から接近した白咲は、軽装を活かした素早い動きで一気に接近すると、ガトリングを放つ。

「‥‥っ、これが、実戦‥‥シミュレーションとも、模擬戦とも、違う‥‥」

 しかし、走輪走行の振動は思いの他強く、ガトリングの発射による反動も馬鹿に出来ない。
 時には明後日の方向に弾が飛んでしまう事もあったが、幸いにも誤射はせず、逆にそれが敵の注意を引き付ける事になったようだ。
 しかし白咲の機体はあまり強化もされておらず、装甲も然程厚くは無いため、一撃一撃が命取りだ。

「させんのダー!!」

 そんな彼女を、レベッカのロジーナから放たれるクロムライフルと、20mmバルカンの弾幕が援護する。

「今だっ!!」

 敵の注意が十分に引き付けられたと判断した夢守は、仲間達に呼びかけると、敵と自分たちの間に煙幕弾を放った。
 水に墨を溶かしたかのような黒煙があがり、TWとRCが雄叫びを上げながら背のプロトン砲の砲口を向ける。
 しかしそれらが打ち込まれる前に、煙幕を切り裂いて現れたのは、アセリアのペインブラッド。

「ブラックハーツ開放‥‥フォトニック・クラスター、フルドライブ!!」

 搭載されたパラジウムバッテリーが唸りを上げ、機体が光を発し始め――、

「くらえ‥‥『Purgatoriu』!!」

 そして、出力を跳ね上げられたフォトニック・クラスターの光の波が炸裂した。
 肉と鉄が焼ける不快な臭いが辺りに漂い、TWやRCが悲鳴を上げる。
 光が収まった後には、ほぼ全ての敵が光波によって炙られ、ブスブスと煙を立ち上らせていた。

――しかし、バグア軍の兵器の生命力は、この程度では尽きる事は無い。

 むしろ損傷を受けた事でゴーレムのAIは庸兵達の脅威度を引き上げ、TWとRCは更に猛り狂った。



――ディフェンダーを手に撃ちかかって来るゴーレム達。

「いよいよ出番なのじゃ」

 その前に立ち塞がったのは、朧の雷電。

「我が雷光が秘めし激しき雷撃を刮目し、その身に受けて灰となれ!」

 20mmガトリング砲、C−0200とH12ミサイルポッドが一斉に火を吹き、ゴーレム目掛けて厚い弾幕が襲い掛かる。
 ゴーレムの足が止まるが、代わりにショルダーキャノンが打ち出され、朧機に次々と着弾した。

「何の!! まだまだじゃ!!」

 装甲が吹き飛び、アラートが鳴り響くが、決して朧はその場を退こうとはしない。
――何故なら、彼女の後ろには老人の家があるのだから。
 尚もショルダーキャノンを放とうとするゴーレムだが、頭上から襲い掛かったミサイルの一撃で、砲塔を叩き折られる。

「撃つのに感情はいらない、状況把握と狙撃方法だけだ、必要なのは」

 煙幕に紛れ、垂直離着陸能力で飛び上がった夢守の骸龍が放った一撃は、高低差をものともせずにゴーレムへと突き刺さった。
 衝撃に耐え切れずに片膝を突くゴーレム‥‥それを照準に収めながら、レベッカは改心の笑みを浮かべる。

「姿勢制御シーケンスOn、ストームブリンガー発動! ロジーナ、狙い打つのダー!」

 ストームブリンガーBによって安定を高められた機体から放たれた三発の戦車砲は、次々とゴーレムの胸部に着弾し、その巨体を大地に沈める。

「貰いました!!」

 そしてもう一機のゴーレムには白咲機が飛び掛り、コーティングを施された拳の一撃によって頭を叩き潰した。



――ギャオオオオオオオオッ!!

「ちっ!!」

 襲い掛かるRCの牙と爪を、シクルのディスタンは機盾「リコポリス」で受け止める。
 凄まじい衝撃と共に、ガリガリと堅牢な筈の装甲が削り取られた。

「いい加減‥‥離れろ!!」

 一瞬の隙を衝き、ディスタンの目から放たれる光――メガレーザーアイだ。
 それはRCの眼球を貫き、内部の水分を蒸発させる。

――ガアアアアアアアアアッ!!

 魂消るような悲鳴を上げるRC――だがシクルは容赦しない。
 今度は機刀「雪影」を振るい、鍵爪の一本を切り飛ばした。
 しかし、痛みに耐えかねて激しく暴れるRCの尻尾が、シクル機を打ち据える。

「ぐあっ‥‥!?」

 一抱え程もある巨大な鞭のような一撃は、ディスタンを吹き飛ばし、地面に引き倒した。
 だがRCは痛みのあまり混乱しているのか、倒れている彼女を狙わず、ただひたすら走り出そうとする。

――その進路上には、老人の家がある。

「そっちにはいかせないっ!!」

 しかしその前に功刀のミカガミがM−SG9を乱射した。
 フルオートで放たれる散弾が、RCの全身に撒き散らされる。
――倒れたRCの死体は、さながら猛獣によって食い散らされたような様相を呈していた。
 続けて、すかさずダブルリボルバーを抜き放つと、こちらに向けて照準を合わせていたTWとRCを、まるで舞のような華麗な動きで次々と撃ち抜く。

「こう見えても結構ボク器用でしょうー?」

 功刀は大見得を切りながら、何処か自慢げな表情で微笑んだ。

「格好をつけている場合か!!」

 そんな彼を嗜めつつもアセリアが飛び出し、RC目掛けて飛び掛る。
――色は‥‥対非物理!!
 瞬時にRCのコーティングを判別したアセリアは、武装にジェットエッジを選択した。
 ブーストで加速された爪の一撃が、RCのどてっ腹を貫き、沈める。

「リミッター解除‥‥今だ!!」

 そして残るTW達も、限界突破を発動させた明星の破暁によるグレネードと光刃「鳳」の連撃によって一機が沈み、

「――じゃあね」

 再び上空から急降下した夢守の骸龍が放った強化型ショルダーキャノンによってプロトン砲ごと甲羅を打ち抜かれ、大地に沈んだ。



 全ての敵が沈黙したのを確認して、白咲は大きく息を吐いた。

「‥‥はぁっ‥‥はぁっ‥‥はぁっ‥‥」

 まるで心臓が早鐘のように止まらず、乱れた息を整える事もままならない。
――初めての実戦は、白咲の体力を限界まで消耗させていた。
 体には力が入らず、胸が、息が、とても苦しい。

「それでも‥‥生き残れた‥‥」

 しかし、それは生き残れたからこそ感じる事が出来る感覚。
――白咲 澪は、確かに初陣を乗り越えたのだった。



 老人の家には何の被害も無く、激しい戦闘の後にも関わらずきちんと建っていた。
 そして、その軒下に老人も座っている――その顔には、満足げな笑みが浮かんでいる。

「どうじゃった? 妾達の戦いぶりは」

 朧が元気良く大きな声で語りかける。

「もう危ない事はせぬな?」

――老人は笑みを湛えている。
 だから朧も笑おうとして‥‥失敗した。

「だからおじいちゃん‥‥目を‥‥開けてくれんか?」

 朧の瞳から、大粒の涙が零れる。
――老人は答えない‥‥彼は笑みを湛えたまま事切れていた。

「貴方の望みは‥‥果たされたのでしょうか?」

 アセリアの問いに答える者はもういない――しかし、老人の顔を見ればその答えは明白だった。

「――まるで、『ざまぁみろ』って、言ってるみたい‥‥」

 明星には、それがまるでテレビの中の悪役がやっつけられるのを見て、喝采を上げる子供のように見えた。

「おじいさん、これからは、ちゃんと安全な所に居て下さいね‥‥?」

 白咲は空を見上げながら呟く。
 あの老人の事だ、言い含めておかなければ、もしかしたら降りて来てしまうかもしれないから。
――それに、折角再会出来たというのに、それじゃあ息子や孫が心配するではないか。

「‥‥報告は、出来ましたか?
 バグアがやっつけられるのを、息子さんや、お孫さん達に‥‥」

――でも、自分は。


――出来るなら、人がバグアを駆逐した事を、報告して欲しかった。


 白咲の見上げた空が‥‥滲んだ。



 そして事後の処理をUPCに任せ、庸兵達は最早主のいなくなった家を後にする。

「あとの事は、ボク達に託していただけませんでしょうかー?」

 ぎこちない仕草で敬礼すると、功刀は家から背を向けて歩き出す。

「‥‥人類の勝ち鬨を、家族揃って待つんだな」

 そして願わくば、それが自分たちの手によってもたらされん事をと、レベッカは心の中で祈った。



 そして最後に残った夢守は、老人の亡骸に話しかける。

「ね、ずっと戦ってきて最後が病ってどんな気分? やっぱり戦場で死にたかった?」

 夢守の祖父も庸兵だった。
――しかし、病に倒れた祖父を、彼女は撃ち殺した。
 血は繋がっていたけれど、そこに愛情は無い――祖父の盾が彼女であり、彼女の銃が祖父だった。

 けれど、その問いに老人は答えない――当然だ。もう死んでいるのだから。

「メメント・モリ、死を忘れるな、死を思え」

 未来は分からないから、ただ今を生きる。
――そこに間違いも、正解も無い‥‥それが彼女の考えだ。

「でも‥‥『あいつ』よりも、貴方の目はしなやかだったよ」

 最後にそういい残し、夢守は去っていった。



 そして依頼の終了後、シクルはシャワーを浴びて汗を流していた。

「‥‥」

 そして、鏡を見つめながら、今日の事を思い出す。

――人には様々な理由があり、信念がある事を知った。

 あの老人は最後までそれに縋り、そして、それを成し遂げて天に召されていった。
 それは例え傍から見れば愚かしく、矮小な事であるかもしれない。
 しかし、それは確かに彼の中では、残る人生全てを賭けてでも貫き通すべきものだったのだ。

「ありがとう‥‥貴方のおかげで、私は剣を振るう目的を得る事が出来た」

 我が剣は‥‥誰かの信念を守らんが為に――シクルは呟くと、シャワールームを後にした。