●リプレイ本文
UPC本部前のロビーに、六人の能力者達が集っていた。
彼らが手にしている物――その中身は、種類は違えども皆同じだ。
世の人々が愛して止まない菓子――ケーキである。
「まさか、傭兵になって初めての依頼がケーキとは思いませんでした‥‥」
今回が初の依頼となるエドワード・リトヴァク(
gb0542)が、思わず苦笑する。
「確かに面妖な依頼じゃな‥‥ケーキを持ってきてくれとは」
秘色(
ga8202)も、少し怪訝な顔だ。
しかしそれ以上に不思議なのが、今回の依頼主のエリシアの事だった。
特に彼女の人となりを知っている者ならば、今回の依頼を怪訝に思うであろう。
幡多野 克(
ga0444)も、以前依頼で彼女と出会った者の一人だ。
「えっと‥‥エリシア中尉が‥‥ケーキ‥‥? イメージが‥‥全然違う‥‥。けど‥‥俺と一緒で‥‥好きなのかな‥‥甘い物‥‥」
――だが、無類の甘いもの好きである彼は、今回の依頼を訝しむ前に、どんなケーキが出てくるのかの方が気になっていたりするのだが。
「‥‥中尉、お元気かしら‥‥」
同じく彼女と面識のある紅 アリカ(
ga8708)は、彼女と会って少しでも話がしたいための参加だ。
(「本当は私、冷たい人は苦手なんですが‥‥」)
そして、一行の中には今回の依頼にあまり乗り気ではない者もいた。
――佐倉・拓人(
ga9970)である。
だが、持って来たケーキに関して妥協は無い。
自らが所属する兵舎――「AliceDoll」(喫茶店)の名を汚さぬよう、全力投球である。
それに、客を前にそんな態度はおくびにも出さない佐倉は、まさしく職人であった。
「あれ? そういえばカヲルとパディは来ないのか?」
朔月(
gb1440)がそう言って辺りを見回す。
今回の依頼では八人が集うはずだったのだが、その内の二人である鷹司カヲル(
ga5547)とパディ(
ga9639)の姿は無い。
「‥‥そう、みたいだね‥‥ちょっと、残念‥‥」
「でも、来てないのは仕方ないよ。俺達だけでも行こう?」
能力者達はロビーを後にし、待ち合わせ場所である公園へ向かうため、街へと繰り出した。
公園に到着し、能力者達がエリシアを探そうと辺りを見回していると、幡多野の背がぽん、と叩かれる。
「済まん、少し遅れたようだ――久しぶりだな、ハタノ・スグルにクレナイ・アリカ」
幡多野が振り向くと、そこにはベレー帽を被り、レースをあしらった白いブラウスと、くるぶしまであるロングスカートに身を包んだ妙齢の女性が立っていた。
「――そして他の諸君は始めましてだな。私がエリシア・ライナルト――今回の依頼人だ」
そしてその女性――エリシアはスカートをつまんで一礼し、能力者達に微笑みかけた。
――全員が全員、呆然としてしまう。
彼女を知る幡多野と紅は勿論の事、初対面の者達も聞いていたイメージとのギャップに戸惑っていた。
顔の眼帯が無ければ、例えすれ違ったとしても気付かないだろう。
「む‥‥どうした? 何か変か? ‥‥普段はプライベートで人とは会わんからな‥‥」
「‥‥いえ、とてもお似合いです‥‥お久しぶりです、中尉」
「エリシア、で構わんよ。先ほども言ったように、プライベートだからな」
「‥‥はい、エリシアさん」
だが、逡巡も一瞬の事。互いに再開の挨拶を交わす紅とエリシア。
他の面々も、同じように挨拶を交わしていく。
「そういえば、少し人数が少ないようだが‥‥?」
「ええ、ちょっと来られなくなった人が何人かいまして」
「そうか、それは残念だ‥‥」
エリシアは残念そうに眉を寄せた。
「ともかくここでは落ち着かんな――私の家まで案内しよう」
とあるアパートの最上階に、エリシアの部屋はあった。
部屋の中のテーブルには、既にクロスがかけられ、ティーセットが人数分置かれている。
「‥‥あの、これは?」
ケーキをエリシアに渡したら帰るつもりだった佐倉だが、それを見て声をかける。
「何と言われても‥‥茶会の準備だが?」
何のことは無いようにエリシアが答える。
「こんな人数が持って来たケーキを一人では食べきれんし、手違いとは言え、人に自分の好きな物を持ってきてもらったというのに、何のもてなしもせんで帰らせるほど、私は冷酷な人間ではないぞ?」
佐倉の心中を察したのか、彼を安心させるかのような笑みを浮かべる。
(「‥‥そんなに、怖い方では無いんでしょうか?」)
「‥‥まぁ、無理にとは言わんが‥‥相伴に預かってくれれば幸いだ」
「――はい、喜んで」
そこまで言われたら、断れるはずも無い。
佐倉は少し緊張を解き、にこやかに微笑んだ。
「今茶を淹れるから、君達は適当に寛いでいてくれ」
「あ、俺も手伝うよ」
「ではわしも手を貸そうかの? 持って来た物の準備のついでじゃ」
「――ほう、それは実に楽しみだ。期待しているぞ、ヒソク」
朔月と秘色もキッチンに入り、他の者もテーブルに付いて自分達が持って来たケーキを切り分け始める。
楽しげな雰囲気で、茶会は始まった。
「霊園の件では‥‥お世話になりました‥‥。‥‥えっと‥‥お口に合うか‥‥分からないけど‥‥どうぞ」
以前のエリシアの人となりを知る幡多野が、少し緊張を滲ませながらケーキを披露する。
彼が持って来たのは、オレンジピールと胡桃入りのチョコレートケーキ。
シロップ漬けにしたオレンジの皮が香り立ち、しっとりとしたチョコの濃厚な甘さに胡桃の香ばしさが良く合う一品だ。
幡多野自身の手で丁寧に、人数分に切り分けられる。
エリシアは上品にフォークを使い、それを口に運んだ。
「――ふむ、なるほど‥‥ピールのほろ苦さのおかげで、全くしつこくない。
いつまでも食べていたくなるな」
――素晴らしい、とエリシアは満足げに微笑んだ。
彼女の表情に幡多野は安堵する。
――これで一番の目的は果たした。後は自分も茶会を楽しもうと、他のメンバー達のケーキをチェックする。
その表情は相変わらず無表情だが、端々の仕草にウキウキそわそわとした様子が見られ、目の奥はキラキラと光っていた。
「さて、次はわしじゃな」
続いて秘色が、キッチンからケーキの乗った皿を持って現れる。
外見は、ごく普通のパウンドケーキに見える。
だが何処か「和」の雰囲気が感じられる。それは、下に敷かれた和紙だけが原因ではない。
ケーキからほのかに香る、甘酸っぱい匂い――
「これは‥‥梅か?」
「――ご名答。これがわしの特製『梅酒パウンドケーキ』じゃ」
おまけとして梅の甘露煮が添えられている。
いつも和装に身を包んでいる彼女らしい組み合わせだった。
そして、飲み物は「梅酒紅茶」――ティーカップに梅酒を僅かに注ぎ、アイスティーを注いだものだ。
お好みで炭酸水を加えれば、スパークリングティーとしても楽しめる。
「――香り付けにブランデーを落としたりするじゃろう? それを梅酒でやるのじゃよ」
これでもかとばかりに梅が香っているのに、ケーキの味を全く邪魔していない。
むしろ、その味を引き立てていると言って良い。
ケーキを味わった後に紅茶を飲めば、口の中が甘くなりすぎず、そして酸っぱくもならない絶妙な味わいに変化する。
「――なるほど、良い仕事だ‥‥済まんが、レシピを教えてくれ。後で試してみたい」
「‥‥秘色さん‥‥良ければ、僕にも‥‥」
「うむ、勿論お安い御用じゃよ」
目を輝かせるエリシアに、秘色は快く応じた。
レシピは、こうだ。
・パウンドケーキ部分は通常と同じだが、泡立てない卵白を使用し、しっとりとした中にふんわり感を入れるようにする。
・梅酒の梅を刻んで加えてアクセントにする。
・焼き上がり、祖熱が取れたら、ケーキに梅酒をハケで塗り、ラップに包み一日馴染ませる。
「――以上じゃ」
秘色の言葉を一言も聞き逃すまいと、幡多野は必死にそのレシピをメモに取っていた。
三番手はエドワード。
彼のケーキは、エドワードの故郷で作られているバターケーキの一種なのだという。
「――初めて見るケーキだが‥‥何と言う名前なのだ?」
「はい、ダンディーケーキと呼ばれているケーキです。干しレーズンとオレンジを、ブランデーと混ぜた生地と一緒に型に入れて、底にアーモンドを敷いて焼きます――死んだ父の残したレシピで‥‥気に入って頂ければいいんですが」
エドワードの父に敬意を表しながら、エリシアはケーキを口に運ぶ。
バターケーキのシンプルな味に、フルーツの甘酸っぱさとブランデーのほろ苦さが加わった不思議な味だ。
それでいて、そのどれもが自己主張しすぎる事無く、調和が取れている所が素晴らしい。
「――自らの編み出した物を子に伝える‥‥素晴らしいお父上だったのだな」
エリシアの賛辞に、エドワードははにかむように微笑んだ。
「じゃあ、次は俺かな?」
自信満々と言った表情で朔月が名乗りを上げる。
彼女が取り出したのは、和栗の甘露煮が乗ったモンブランだ。
「ほう‥‥シンプルに攻めてきたか‥‥」
程良い甘さの栗の甘露煮と、マロンクリームの舌触りが心地よい。
そして、土台のスポンジケーキの中には、上に載っている栗の甘露煮を砕いたものと、クランチビスケットが混ぜ込まれているため歯ごたえにも飽きが来ない。
シンプル故の完成度が感じられる。
「このスポンジの味‥‥『あの店』のものか‥‥だが、メニューに乗っているのは見た事が無い‥‥」
「へぇ、良く分かったね? 実は、そのケーキ屋の主人と友達なんだよ♪」
朔月の持って来たモンブランは名店と言われるケーキ屋の、いわば裏メニューのようなものらしい。
エリシアにとっては普段味わっているものに新しい味が加わり、新鮮な美味しさを演出する一品であった。
そして、次は佐倉の番だ。
だが彼は自分のケーキを出す前に、ケーキを一つエリシアに手渡した。
「――これは?」
「確か、今回依頼の届出をしたのはエリシアさんの部下の伍長さんだそうで‥‥これはその人の分です」
「――伍長の? ‥‥そうか、ありがとう。確かに受け取った」
いつも上司であるエリシアに振り回されているという伍長への、ささやかな佐倉の気遣いだった。
佐倉が取り出したのは、一見、ごく普通のチョコケーキだった。一番上にはホワイトチョコがコーティングされ、上には同じく削られたホワイトチョコと、スノーシュガーがトッピングされている。
「これが、僕のオリジナル――名前は『雪解け』です」
「ほう‥‥一見ただのチョコケーキに見えるが‥‥」
「百聞は一見に如かず――どうぞ、召し上がってください」
佐倉が切り分けると、エリシアは思わず目を奪われた。
それはココアスポンジの三重構造で、一層目と二層目にはチョコクリームが挟まっており、二層目と三層目には、鮮やかな緑色のミントチョコクリームが挟まれていた。
「‥‥これで、『雪に埋もれた大地と目覚めを待つ緑たち』の完成です」
「これは‥‥一本取られたな」
エリシアは思わず額を叩いた。
佐倉の職人としての面目躍如といったところか。
フォークを入れると、予想以上に表面のホワイトチョコは簡単に砕け、ケーキの形が食べている途中で崩れないような工夫がされている。
口の中に運ぶと、ミントの香りが口中に広がり、チョコの甘さと交じり合って見事なハーモニーを奏でる。
そして、一層目と二層目のチョコクリームの同心円状には、砕かれたミントチョコが散りばめられており、味にも食感にも全く飽きが来ない。
「――済まない‥‥これは完敗だ」
この素晴らしいケーキに対して、エリシアは苦笑してそう呟くのが精一杯だった。
そして、始めは固かった能力者達の表情も次第に柔らかくなり、茶会は和やかに進んでいく。
紅と幡多野は、エリシアと交友を深めようと、様々な世間話に興じていた。
「――エリシアさんにとって‥‥思い出の味とか‥‥好きなケーキって‥‥ありますか‥‥?」
「ケーキと名の付くものは何でも好きだが、強いて言えばショートケーキだな。幼い頃、父が良く買ってくれたのを覚えている」
幡多野の問いに、口休めをしながら――紅が持って来たエンジェルフードケーキを食べながら――エリシアが答える。
その目は、昔を懐かしむように優しげに細められていた。
「‥‥優しい、お父様だったんですね?」
「そうでもないさ‥‥軍人だったせいか、非常に厳しく、家にも殆ど帰って来なかったからな‥‥。だからこそたまに見せてくれる優しさを、強く覚えているのだろうな」
――くくっ、と不意にエリシアが苦笑する。
「‥‥? どうか、したんですか?」
「いや、な‥‥このような姿と歳にもなって、まるで童のようにケーキだのお菓子だのと言っている自分が少し恥ずかしくなってな‥‥」
左目の眼帯をぴん、と弾きながら少し恥ずかしそうに俯く。
そこには自嘲するような声色が含まれていた。
しかし、紅は静かに頭を振り、正面からエリシアを見つめる。
「‥‥女性である私達が、そういう物が好きだって事は‥‥決しておかしい事じゃないと思います」
「――クレナイ‥‥」
――そして紅は、にこりと微笑む。
「‥‥私も、同じですから」
「ふふ、そうか‥‥ありがとう」
茶会が終る頃には、ケーキはほぼ全て姿を消していた。
「久しぶりに満足の行くものが食べられて嬉しいぞ‥‥諸君には感謝せんとな」
皿を片付けながら、エリシアが能力者達に向かって礼を言う。
それに、秘色は悪戯めいた笑みを浮かべる。
「それは良かったのう‥‥さて、それなら『笑顔でステップ』は見せてくれるのかのう?」
――ガシャンッ!! パリンッ!!
エリシアが盛大な音を立ててシンクに皿を落とす。
――音からして、二、三枚といったところか。
「――な、ななななな何の事だ? ワタシハシランゾ?」
突然ギクシャクとした動きになり、話し方が何故か片言になるエリシア。
見事なほどに動揺していた。
「さ、さあ‥‥そ、そんな事はいいから、か、片付けをて、て手伝ってくれ」
そして、途中でソファに蹴躓いて顔から滑り込むように転ぶ。
起き上がろうとして再びバランスを崩してまた転ぶ。
「‥‥‥‥」
「〜〜〜〜ッ!!」
見る見る内にエリシアの顔が耳まで真っ赤に染まっていく。
心なしか瞳もうるうるとしているように見える。
「だ、誰からだ!? 誰から聞いたのだヒソク!? た、頼むから教えてくれ!?」
「さぁ〜、ダレジャッタカノウ?」
「ひ、ヒソクッ!! き、貴様あ〜〜〜〜!!」
(「‥‥折角黙ってようと思ってたのに‥‥」)
彼女達のドタバタを見ながら、紅は呆れた様にこめかみを揉み解した。
他の仲間達も、それを生暖かく見守っている。
――秘色とエリシアの追いかけっこは、暫くの間続いたのであった。