●オープニング本文
前回のリプレイを見る オペレーション:シールドブレイクによって、人質という盾を失ったバルセロナ要塞。
UPCもまた多くの人員を失ったものの、すぐさま新たな戦力が補充され、駐屯地を一つ、また一つと攻略していた。
このままならば、大規模作戦中にもバルセロナは陥落するだろう‥‥というのが、上層部の考えだった。
――一機のティターンが降り立つまでは。
「あらあら、久しぶりねぇサイラスちゃん。相変わらず愚直に頑張ってるみたいじゃなぁい?」
体のあちこちに妖しげな刺青を施した、豊満な体を持つ妖艶な美女がクスクスと笑う。
その姿はこの要塞にいるバグアの中でも異質と言えるものだった。
――その下半身は、鋭い鍵爪を持つ、禍々しい姿をした黒蜘蛛そのもの。
しかしサイラスは全く気圧される事無く、仮面越しに女を睨み付けた。
「――ちゃん付けは止めろと言っているだろう、シバリメよ」
「あら、別にいいじゃない。あたしと貴方の仲なんですもの‥‥ねぇ?」
覆いかぶさるようにサイラスへとしなだれかかる美女――シバリメ。
しかし、サイラスはするりとそれをかわすと、改めて彼女へと向き直る。
シバリメは切なそうに人差し指を唇に当て、残念そうに片目を瞑った。
「あん‥‥相変わらずつれない子ねぇ」
「‥‥で、何故ここに貴様が来た?
本来ならば貴様はアフリカに召集されている筈だろう」
――口調こそ厳しいが、その声音は旧知の者に対しているためか、何処か柔らかい。
「――あら? かつての友人を訪ねてきた、じゃ駄目かしら?
それに、『あの機体』ならば一日とかからないしね」
くすり、と微笑むと、シバリメはサイラスに近付き、その仮面を外す。
――そこには傭兵の練剣によって焼かれ、醜く焼け爛れた顔があった。
火傷の跡を愛しげに撫でると、耳元に紫のルージュに包まれた唇を近づける。
「後は――あなたをこんなにした奴らを八つ裂きにしたい‥‥っていうのもあるけれど」
「その思いは嬉しくはあるが‥‥不要だ」
だが、サイラスは動揺する事無くシバリメの申し出を断った。
「これは、我に与えられた最期の任務であり、最期の戦いだ。
誰にも譲る訳にはいかん」
「――そして、死ぬつもりね? あの傭兵とか、能力者とか言う人間達の手にかかって」
「‥‥気付いていたか」
「貴方の性格を考えればすぐわかるわよ‥‥理解は出来ないけれど」
呆れたように肩を竦めるシバリメ。
そしてまた一つ、サイラスに問いかけた。
「なら、何故今すぐにでも出撃して彼らと戦わないの?
不利を悟って特攻、名誉の戦死‥‥上にも義理は立つでしょうに」
その疑問に、サイラスは彼女の目を真っ直ぐに見つめながら答える。
「我ながら女々しいとは思うが‥‥。
UPCの軍人共の邪魔の入らない形で、彼ら――傭兵達と、一瞬でも長く戦いたいと思うようになってしまってな」
そう言ってから、今の戦況では、それすらも叶わぬ事だろうが――と苦笑する。
そしてシバリメから背を向け、扉に向かって歩き出すサイラス。
「ともかく、この基地にいる間はゲストとしてもてなそう。
短い期間ではあるだろうが、ゆっくりしていけ」
「武力一辺倒だったあの子をあんなに変えるなんて‥‥」
サイラスが去った部屋の中で一人、シバリメは楽しそうに唇を吊り上げていた。
「人間‥‥予想以上に楽しませてくれそうね」
「――第7大隊より報告!! 北部に残っていた最後の駐屯地の攻略に成功したそうです!!」
「うむ‥‥ご苦労」
喜色満面といった表情のオペレーターからの報告を聞き、バルセロナ攻略軍の司令官は鷹揚に頷いた。
(「‥‥ようやくだ」)
――彼はバルセロナ出身だった。
占領された当初は叶わぬ夢と思っていた故郷の解放、それが実現出来る所まで来ている。
「何としても、大規模作戦中に落とさなければな」
「――あら、それはちょっと困るわねぇ」
「‥‥何っ!?」
――ヒュインッ!!
聞きなれない女性の声が聞こえたかと思うと、奇妙な風切り音が響き渡る。
次の瞬間――司令官を除いた者達の首が落とされ、あるいは五体をバラバラにされた。
――鮮血が吹き上がるが、悲鳴は無い。
それだけ一瞬の出来事だった。
そして、暗がりから禍々しい蜘蛛の下半身から美しい姿を生やした女――シバリメが無数の蜘蛛型キメラを付き従えて現れる。
「貴様っ‥‥!!」
咄嗟に銃を抜こうとする司令官――だが、その腕はまたしても聞こえた風切り音と共に、ぼとり、と床に落ちた。
「ぐ、あ‥‥一体‥‥何者‥‥だ‥‥!?」
「サイラス・ウィンドの助っ人よ‥‥振られちゃったけどね」
くすくすと微笑むと、今度は蜘蛛の鉤爪を残る腕に突き刺す。
その瞬間、司令官の体はびくん、と痙攣する。
「かっ‥‥!?」
――意識はあるが‥‥体が言う事を聞かない。
「だからこれはあたしの勝手なお節介――もっと言うなら、そう‥‥戯れよ」
虫ピンを刺された蝶のようにもがく様を楽しげに見下ろしながら、シバリメは付き従えていたキメラ達に指令を下す。
司令官は、それをただ見つめる事しか出来なかった。
――バルセロナ攻略軍の中央司令部にて待機していたそのKVパイロットは、機器のチェックを行いながら、下される出撃命令を今か今かと待っていた。
――その時、彼の首筋をチクッ!! とした痛みが走る。
「あ――?」
全身の力が抜け、思うように動かなくなる。
それなのに、首から上は自由に動く。
――訳が分からない内に、彼の体は待機モードだったKVの主機を戦闘モードに切り替え、武装のセイフティを解除。
更に敵味方識別装置のセイフティまで解除し、手にしたマシンガンの銃口を仲間達に向けていた。
「ま、まさか‥‥!? 止せっ!!」
――ガガガガガッ!!
だが無情にも彼の指はトリガーを引き、無数の弾丸で仲間達をなぎ払う。
「おい!! 何を――」
――グシャッ!!
更に抜き放たれたディフェンダーは止めようとした友軍のKVのコクピットを、馴染みとなった戦友ごと打ち砕いた。
響き渡る悲鳴と怒号、そして吹き上がる鮮血。
『何のつもりだ!! 今すぐに発砲を止めろ!!』
「違う!! 俺じゃない!! 体が勝手に‥‥止めろ!! 止めてくれえええええっ!!」
そう叫ぶ間にも、彼のKVは周囲に破壊を撒き散らす。
――その首には、掌程の蜘蛛が張り付いていた。
暴走するKV――突如出現した蜘蛛型キメラ。
同様の騒ぎがあちこちで起こり、大混乱に陥るUPC軍。
「緊急事態発生!! 繰り返す!! 緊急事態発生!! 司令部応答を――!!」
『うふふ‥‥あたしからのプレゼント、楽しんでくれてるかしら?』
だが聞こえて来たのは、妖しげな女性の声。
『あたしはゼオン・ジハイドの5、名はシバリメ――ここは、既に私の巣の中よ?』
そして続く笑い声は、絶叫と轟音の中でも、その場にいた皆の心に糸のように絡み付いて離れない。
『――たっぷりともがいて見せて頂戴、人間の皆様?』
●リプレイ本文
騒ぎを聞きつけ、駐屯地の宿舎から飛び出した12人の傭兵達は、この状況を打開すべく行動を開始した。
時折飛んでくる流れ弾に注意しつつ、自分たちの機体が置かれている格納庫へと急ぐ。
「くっ‥‥パイロットが操られて味方を攻撃させられてるのか!? 早く止めねぇと!」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が焦ったように叫ぶ。
「クソッタレが! 誰かバグア用の殺虫剤でも持って来い!!」
堺・清四郎(
gb3564)はまるで爆撃を受けたかのような混乱を見せる駐屯地に目をやりながら悪態を吐いた。
(「ゼオン・ジハイドだと‥‥? ‥‥ならばこれはやつの差し金とは考えにくいな」)
愛機の主機を起こしながら、リディス(
ga0022)が心の中で呟く。
「やり方がサイラスらしくないね。バルセロナの指揮官、変わったのかな?」
忌咲(
ga3867)がリディスの心の内を肯定する事を口にする。
――確かに今までのサイラスのやり方を考えてみれば、今回の手口はあまりに異質だ。
と、なると考えられるのは‥‥。
「‥‥あの通信に出た女の横槍か」
アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)があの挑発的な女性の声を思い出し、眉を顰める。
「‥‥武人の魂は、欠片も感じねぇな。遠慮はしねぇ、全力でぶっ飛ばす!」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)が怒りと共に覚醒し、エクスプロードを振るう。
「おうよ!! ここがテメェの巣の中なら斬り裂いて、テメェの喉元に喰い付くまでだ!! 行くぜイレーネさん!!」
「了解だ!! 行くぞ!!」
砕牙 九郎(
ga7366)も闘志を燃やしつつ、傍らにいるイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)、そしてアンジェと共に、駐屯地で暴れまわっているという蜘蛛キメラを片付けるべく行動を開始した。
そして遅れる事数分後――ようやくKVの主機に火が灯る。
「今回こそは、攻め込めると思っていましたのに‥‥なんて言っている暇も惜しいですか。手早く行きましょう」
素早く動作チェックを済ませると、如月・由梨(
ga1805)は愛機のディアブロ「シヴァ」を起動させる。
そして、彼女の後に続き格納庫から出た傭兵達の目に飛び込んで来たのは‥‥正に地獄のような惨状。
「なんでっ‥‥こんな‥‥っ!!」
目の前の広がる光景に、結城悠璃(
gb6689)は思わず口を手で覆う。
――僅かの間に、事態は深刻の度を増していた。
無数の流れ弾によって、建物は崩れ、あちこちで倒れた兵士が呻き、中には原型も留めず破裂し、体のパーツや血と内臓をぶち撒けたようなオブジェと化した者もいる。
『あああ‥‥止めろ‥‥止めて、くれぇぇ‥‥』
それを成したのは、叫び続けて掠れた悲痛な声を上げる、二機のバイパー。
それを見たホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は砕けんばかりに操縦桿を握り締めた。
「味方と戦うのは癪だが‥‥」
ホアキンは能力者となってから、ずっと傭兵稼業――生きる糧を得るために戦ってきた。
しかし、バルセロナで侍と出会い、戦いを戦いとして昇華したい己を感じていた。
「‥‥研鑽の場としよう」
この困難な状況を打破出来れば、きっと何かが見えると信じて。
「今は考えるときではない、巧遅より拙速を尊ぶべきじゃな‥‥。
行くぞ由梨殿、まずはアレから抑える!」
「了解です!!」
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)の叫びに、僚機である由梨が応じ、バイパー目掛けて突撃する。
そして残る八人も、一刻も早い事態の収拾を図るべく、各所へと散っていった。
宗太郎、イレーネ、砕牙、アンジェの四人は、男性陣二人の操るバイクに乗り、蜘蛛型キメラが出現した地点へと向かう。
それぞれ宗太郎とイレーネ、砕牙とアンジェのペアだ。
「うし、しっかり‥‥!?」
――ぎゅむ。
‥‥その瞬間、宗太郎の背中に絶妙な柔らかい感覚。
「‥‥いや、適度に掴まってくれ」
「ほう‥‥? 分かった」
動揺して顔を赤くする宗太郎に、小悪魔じみた表情で応えるイレーネ。
それを誤魔化すかのように、宗太郎はバイクをフルスロットルにして発進した。
目指すは‥‥通信施設だ。
混乱した軍の中で独自に動いていた部隊は、蜘蛛型キメラによる襲撃を受けていた。
――ヒョインッ!!
「がああああっ!?」
風切り音が唸り、銃を持った兵士の腕が輪切りとなる。
――それは蜘蛛が吐き出した、ピアノ線のような糸によるものだ。
「くっ‥‥こいつら、強すぎる!?」
能力者である隊長が、蜘蛛の爪による連撃をどうにか捌きながら叫ぶ。
その時、何処からともなく飛来したクナイが、蜘蛛の甲殻の隙間を貫いた。
「無事か!?」
建物の瓦礫を飛び越えて飛び出す宗太郎と砕牙のバイク。
――アンジェがその背から飛び降り様に投擲したのだ。
「おお!! 君達か!!」
「挨拶は後だってばよ!! まずはこいつら、片付けちまおうぜ!!」
砕牙もバイクを止めるとすぐに機械剣「サザンクロス」と菫を手に、蜘蛛型キメラへと飛び掛る。
十字の光と、菫色の刃が叩き込まれ、蜘蛛の脚の一本が叩き落される。
「うおらぁっ!!」
そしてすかさず踏み込んだ宗太郎のエクスプロードが横殴りに叩きつけられ、吹き飛ばされる蜘蛛。
更にイレーネによるアサルトライフルの銃弾が突き刺さった。
――普通ならばここで終わる筈が、驚く事に蜘蛛は再び跳ね上がるように立ち上がり、凄まじい勢いで跳躍する。
「何っ‥‥!?」
「奴の生命力と能力の高さは異常だ!! 二匹を倒すのに8人がやられた!!」
無論その多くが一般兵とは言え、彼らは幾度も戦場に立ち、生き残ってきた精鋭である。
それだけで、このキメラの強さが分かるというものだ。
「うおっ!?」
「ちぃっ!!」
その間にも蜘蛛は猛烈な跳躍を繰り返し、宗太郎とイレーネの二人に浅くは無い傷を負わせる。
「ちょこまかと‥‥目障りだ、止まっとけ!!」
――ドンッ!!
だが、一瞬の隙を突き、宗太郎は背中に背負った椿を引き抜くと、豪力発現を発動させて地面に縫いとめる。
そしてすかさずアンジェが踏み込み、如来荒神を振り下ろし、その頭を叩き潰した。
――だが、蜘蛛はまだもう一匹残っている。
アンジェに狙いを定め、同様に飛び掛ってくる。
「強固な鎧を付けて鈍そうだとでも思ったか‥‥」
だが、彼女はその攻撃を掻い潜り、蜘蛛の側面に回りこんでいた。
「悪いが‥‥私の脚は鎧を付けてもまだ速い」
叩き付けられた如来荒神を、蜘蛛は爪でどうにか受け止める。
――しかし、その間に砕牙のサザンクロスによって体を両断されていた。
「たった二匹でこれじゃ‥‥先が思いやられるってばよ」
額の汗を浮かべながら砕牙がぼやく――通信施設まで、まだまだ道のりは遠い。
四人は部隊の隊長に避難誘導を続けて頼むと、バイクに跨り先を急ぐのだった。
アンジェリカ「朱鷺」から伸びたスパークワイヤー――無論電撃は出ていないが――が暴走バイパーに絡みつき、動きが鈍った所に、藍紗は月光を叩き付け、腕を落とす。
「由梨殿今じゃ!!」
「初手は抑え、といきますか」
由梨のシヴァが一気に間合いを詰め、ナックルフットコートを施した抜き手を脇の稼動部に叩き込み、制御系のワイヤーを強引に毟り取る。
そして続けて建御雷が脚目掛けて叩き込まれ、動きを止めた。
すかさず藍紗は機体から飛び降りると、バイパーのキャノピーに飛び降り、外部からハッチを開ける。
「無事か!?」
「あ、ああ‥‥」
――その瞬間、バイパーのパイロットに張り付いていた蜘蛛が勢い良く飛び出し、藍紗に張り付こうと迫る。
「そんなのは予測済みじゃ阿呆め!!」
その前に、抜き放たれた鬼包丁によって蜘蛛は切り裂かれていた。
――まずは一機‥‥しかし、そこに暴走雷電による砲撃が襲い掛かる。
だが、それは由梨のグレートザンバーによって阻まれた。
「背は任されましょう。一弾たりとも通しませんから、今のうちに!!」
「うむ!!」
急いでコクピットへと戻る藍紗。
――ならば直接潰すまでとばかりに、暴走雷電が迫る。
だがその前にブレイズの雷電が盾を構えて飛び出し、暴走雷電を押さえつけた。
「今回ばかりはハンマーを使う訳にはいかねぇか‥‥!!」
力比べになり、歯を食い縛るブレイズ。
その押し合いにようやく勝り、メトロニウムステークを脚に打ち込み、地面に縫い付ける。
そしてすかさず接近したリディスがワイヤーで残る手を絡め取り、ハイ・ディフェンダーで雷電の四肢を切断した。
「――っふぅ‥‥、上手く行ったか‥‥」
FFを纏っていないKV相手では加減が難しく、流石のリディスも相当な集中力を要求される。
いつもは頼もしく感じる愛機のディスタン「プリヴィディエーニィ」のパワーも、この場面では危険な代物でしか無かった。
『と、止まっ‥‥た‥‥?』
「今、助けます! もう少しだけ、頑張ってください!!」
悠璃は必死に呼び掛けながら、コクピットをマニピュレーターでこじ開け、パイロットを引きずり出そうと試みる。
――その首筋には、明らかに常軌を逸した造形の蜘蛛。
飛び掛ってくるのかと警戒し、一瞬身を固める悠璃‥‥だが、蜘蛛はその隙を突き、パイロットに突き立てていた牙を一層深く食い込ませる。
「ぎゃあああああっ!!」
「しまっ‥‥くっ‥‥!!」
すぐさま払いのけ、止めを刺す――が、パイロットの首には相当深い刺し傷が出来ており、彼自身もぐったりとして動かない。
「衛生兵を呼んでください!! 早くっ!!」
まだ辛うじて息はある――悠璃は周囲に残っていた兵士に呼び掛け、彼の治療を彼らに任せる。
そして、次なる暴走KVが待つポイントへと急ぐ傭兵達。
――悔いている暇は無い。その間にも多くの兵士達が傷付いているのだから。
――ゼカリアのキャタピラが、建物を、人を轢き潰しながら駐屯地内を走り回る。
『畜生‥‥畜生!! 止まれ!!
止まれよ‥‥止まれ止まれ止まれえええええええっ!!』
幾度も敵を砕き、味方を助けてきた滑腔砲の巨大な砲身が、とうとう宿舎の方へと向けられる。
『止めろおおおおおおおおっ!!』
しかし、彼の指はトリガーを‥‥、
「させんっ!!」
――ギャリギャリギャリッ!!
不快な音を立てて、キャタピラに突き込まれるグングニル――ホアキンの雷電「Inti」だ。
衝撃でパイロットの手は操縦桿から外れる。
その間に、ホアキンはすかさず砲身目掛けて剣翼を振るい、切り飛ばしていた。
「待っていろ! すぐに止めてやる!」
堺のミカガミ「剣虎」がパイロットに呼び掛けながら、建御雷を手に前進する。
――しかし、その側面からは暴走シュテルンが迫る。
「そこのKV、止まりなさい」
そこに忌咲のゼカリアが低い全高を活かしてタックルを仕掛け、押さえつけた。
無論暴走シュテルンはディフェンダーを忌咲目掛けて振り下ろし、隙あらばガトリングとレーザーを堺とホアキン目掛けて撃とうとする。
「コックピットを避けてって、結構面倒」
忌咲はゼカリアの装甲と耐久力に任せて耐え、砲門を一つ一つ確実に潰す。
が、相手は高性能を誇るシュテルン‥‥ジワジワと損傷率が上がっていく。
――目の前のゼカリアか、苦戦する忌咲か‥‥どちらに駆け寄るか逡巡する堺。
一瞬の思考の後、彼はゼカリアを選択する。
(「正規軍ならば武装は全部同じだ! だったら倒しやすい奴から倒した方が被害は少ない!」)
そして剣虎の雪村がゼカリアの腕を切り飛ばし、すかさず飛び移り、パイロットから蜘蛛を引き剥がす。
「止めてくれ止めてくれ止めてくれ‥‥ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‥‥」
蜘蛛の牙は突き立てられる事は無かったが、パイロットは涙と鼻水、そして涎を垂れ流しながら、ぶつぶつと繰り返す。
――その心は、完全に破壊されてしまっていた。
「糞ったれが‥‥っ!!」
「止めるぞ‥‥すぐに‥‥!!」
堺はパイロットを衛生兵に引き渡すと、怒りを隠そうともせず、ホアキンと共に忌咲を支援すべく機体を進めた。
途中何回か蜘蛛を倒しつつ、宗太郎ら四人はようやく通信施設へと辿り着いていた。
――しかし、そこに待っていたのは糸でぐるぐる巻きにされ、あるいはバラバラに切り裂かれ、蜘蛛達の餌と化した通信兵達の姿だった。
蜘蛛の数は四匹――いずれも好き勝手に動き回っては、身の毛もよだつような音を立てて『餌』を喰らっている。
それを見た瞬間‥‥四人の怒りは頂点に達した。
「おおおおおおおおおっ!!」
猛烈な勢いで踏み込んだ宗太郎はエクスプロードを突き出し、手近な蜘蛛を貫くと壁に向かって思い切り投げつける。
緑色の血をぶち撒けながら壁に叩き付けられる蜘蛛――そこにアンジェが如来荒神を叩き込む。
――ドゴォッ!! ドゴォッ!! ドゴォッ!!
蜘蛛が原型を留めぬミンチになるまで、何度も、何度も、何度も。
「‥‥次はどいつだ?」
怒りのあまり彼女の顔は蒼白となり、全ての表情が抜け落ち、その瞳だけが炯々と光っている。
それに恐れたかのように、蜘蛛達は距離を取り、切り裂く糸と粘つく糸の二つを吐き出し、こちらを攻撃してくる。
「舐めるな蜘蛛がっ!!」
しかし、強撃弾を伴ったイレーネによる狙撃が移動した先に襲い掛かり、脚が、目が、貫かれ、砕かれていった。
それでも強化された蜘蛛の力は侮りがたく、粘つく糸の一筋が砕牙の腕を拘束した。
――砕牙の口元が釣りあがる。
「捕まえたのは俺の方だっ!!」
メキメキと腕の筋肉が唸りを上げ、一回り大きく膨れ上がる。
豪力発現を発動した砕牙はそのまま強引に糸ごと蜘蛛を引き付けると、菫を口の中目掛けて突き出した。
串刺しになり、呻き声を上げる蜘蛛――砕牙は容赦無く刀身に力を込め、真っ二つに引き裂いた。
――残るは二匹。
「すまない、待たせた!!」
‥‥だが、そこに暴走KVを鎮圧した仲間達が応援に駆けつける。
程無くして、蜘蛛は抵抗らしき抵抗も許されず、肉片となったのだった。
通信施設から駐屯地全体へと通信を送ると、混乱は目に見えて収まっていった。
それを確認すると、傭兵達はすぐさま司令部へと向かう。
――しかし、そこに残っていたのはバラバラになった無数の死体と、ミイラのように干乾び、天井から糸で吊るされたかつての司令官だけ。
『中々楽しかったわよ? また遊びましょうね♪』
そして彼の服には、そう血で書かれた文字が残っていた。
「シバリメ、とか言ったな。随分と姑息な手を使ってきやがって、しかも自分は高みの見物か。
俺はお前みたいなのが一番気に食わない!」
聞こえる筈が無いのは分かっていたが、ブレイズはそう叫ぶのを止められなかった。
「お前がサイラスとどういう関係であろうと、ここには奴と決着をつけようとしている人たちがいるんだ。
そこに余計な邪魔入れようって言うなら‥‥相手になってやるよ!」
雄々しき宣戦布告は、駐屯地中に響き渡った。