●リプレイ本文
御剣隊、そしてディック准尉とエイミィ軍曹達が、教本に載せられそうな見事なラベリングで闇に包まれた駐屯地へと降りていく。
「よく考えたら、思いっきり体を動かすのって、久しぶりかも」
少しぎこちない動きで後に続いた忌咲(
ga3867)が呟く。
考えてみたら、確かに生身での任務は久しぶりだ。
「時間との勝負‥‥いや、敵の巻き返しとのせめぎ合いになりそうだな」
白鐘剣一郎(
ga0184)は降下しながら周囲を見渡す。
どうやら混乱しているようだが、これがいつまで続くとも限らない。
この敵地でモタモタしていては、あっという間に囲まれ‥‥待っているのは確実な死か、それ以上に過酷な運命だ。
待ってくれている女性(ひと)のためにも、必ずや成し遂げなければならない。
――地面に降り立つ、六人の庸兵達。
「准尉、軍曹、庸兵のサポートは任せる。俺達は別の区画に回る」
「――了!!‥‥うし、行くぜ!?」
同行していた実行部隊の隊長の言葉に頷くと、ディックは庸兵達を手招きし、誘導する。
「人質などというまどろっこしい手段を用いるなど彼らしくない。
‥‥そう思うのは私だけでしょうか」
「人間の盾か‥‥確かに侍には似合わないな」
その後に続きながら、リディス(
ga0022)が漏らした言葉に、傍らを走っていたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が答えた。
(「‥‥当然、あいつはいるだろうな。まぁ、今回は焦らず騒がず人質救出だけどよ」)
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は、この駐屯地に入った時、何か予感めいたものを感じていた。
――だが、決着にはまだ早い。
自分達の決着は、こんなどさくさ紛れの場所で着けるものでは無いのだ。
(「‥‥そうだろ、サムライ」)
そしてイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)は、この緊迫した空気に、否応無くこの戦いが終局に向かい始めているのを自覚する。
「闘争の始まりが終わる‥‥そして終わりが始まる」
その独白は誰にも届かず、星明りの中に溶けていった。
停電により漆黒の闇に包まれた駐屯地の空に、目に灯る紅い光の残像を引きながらHWが飛び上がる。
そして地上では大地を揺るがしながら、強力な対空砲を装備したタートルワームとレックスキャノン、そしてその護衛であるゴーレムが突き進む。
その数は、御剣隊を加えた庸兵達のKV隊より遥かに多い。
それを睨みつけるのは、愛機のアンジェリカ「朱鷺」にBCアクスを構えさせる藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)。
「なるほど、【盾砕き】とは言い得て妙じゃな」
実行部隊の人質救出を『内』の盾とすれば、この防衛戦力は『外』の盾と言える。
――その盾を打ち砕くこの一戦、落とす訳にはいかない。
「人の盾、か。何故『彼』は、住民の方々を‥‥」
「――結城、物思いは後にしよう。今は目の前の戦いだ」
『人質』という卑怯な手段と、『サイラス』という男がどうしても結びつかず、思い悩む結城悠璃(
gb6689)を、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)が嗜める。
「‥‥はい、今はこの枷を外す為、全力で動くのみ、ですね」
「おう!! まずはきっちりと助けねえと!」
大きく、晴れやかな声が悠璃を元気付ける――砕牙 九郎(
ga7366)だ。
『そろそろお喋りも終わりだ‥‥来るぞ!!』
エリシアが警告を発する――バグア軍が空から、陸から庸兵達目掛けて迫る。
KV隊の役割は、奴らをこちらに釘付けにし、殲滅する事。
「派手に暴れ回るだけの単純な仕事だ、生き残るぞ!!」
堺・清四郎(
gb3564)が、仲間たちと、もう既に顔馴染みとなった御剣隊の面々に呼びかける。
『――応!!』
『――了!!』
皆が皆、堺の呼びかけに雄々しく答え、彼らも同じく前進を開始した。
――その途上、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)は密かにロイ曹長に通信を送る。
「‥‥ところで曹長、軍曹とは上手くやれてるのか?」
『まぁ、それなりにね――そっちの方こそどうなのさ?』
ロイの受け答えには、どこか余裕が感じられる。
――ヘタレを脱却した彼は、男として成長したようだ。
「‥‥さ、さて、そろそろ来るぞ!!」
『ふふ‥‥了!!』
駐屯地の中で庸兵達と御剣隊は人質救出と、破壊工作に分かれて行動を開始した。
破壊工作に向かうのは、ホアキンと御剣隊のグラップラーとエクセレンター、そして宗太郎とエイミィ軍曹、エクセレンターの二班。
ホアキンの班は反時計回りに、宗太郎達は時計回りに、駐屯地の外周を物陰に隠れながら進んでいく。
時に無人の拠点に目星をつけては、それらに爆弾を取り付け、脱出の布石とする事も忘れなかった。
まず固定砲台に到着したのはホアキン達の班だ。
砲台を守っている者は何人かいるが、周囲が混乱しているため注意は散漫で、その数も少ない。
――しかし、彼らを突破しなければ砲台自体にも、それにエネルギーを供給するパイプにも近づけない。
赤外線ゴーグルでそれを確認したホアキンは、傍らの二人にハンドサインを送ると、一気に行動を開始した。
ホアキンは一気に間合いを詰めると、手近なバグア兵の首目掛けて紅炎を突き出す。
KVの装甲をも貫きかねない強烈な一撃は、FFをものともせず喉を貫いた。
バグア兵はそれでも死なず、最後の力でホアキンを押さえつけようとするが、その肩を後方のエクセレンターがサイレンサー付きの銃で撃ち抜く。
その間にホアキンは紅炎を捻りながら横薙ぎにし、首を跳ね飛ばした。
少し離れた場所にいたもう一人の兵士が光線銃を構えるが、ホアキンの動きの方が遥かに早い。
今度は右手の超機械「雷光鞭」を向けると、まるで蛇のように稲妻の鞭が放出され、顔に直撃する。
くぐもった悲鳴を上げるバグア兵――その隙に距離を詰めたグラップラーが、ナイフで彼の喉を切り裂いていた。
――五人程の警備兵がいたが、ほんの二十秒もかからず、ホアキン達は彼らを制圧していた。
間を置かずに砲台と、それにエネルギーの供給するパイプに爆弾を仕掛け、ホアキン達は次の目標へと向かう。
「さて‥‥あちらの首尾はどうかな?」
今頃宗太郎達が向かっているであろう砲台に目を向け、ホアキンが呟くが、全く不安など抱いていなかった。
砲台を守備する親バグア派の兵士は退屈していた。
如何に状況が混乱しているとはいえ、ここが直接攻められる筈が無い。
自分も強化されていたら、HWで人間狩りが出来たのに‥‥と、そんな事を思っていた。
‥‥が、それが彼の最期の思考となる。
――ボッ!!
何かが破裂するような音が聞こえたかと思うと、兵士の頭を凄まじい衝撃が襲う。
次の瞬間には、彼の思考は二度と浮かび上がらぬ深みへと沈んでいた。
「――目標排除確認」
見張りのバグア兵を狙撃で沈黙させたのを、覚醒して機械的になった口調で軍曹が淡々と告げる。
それを確認すると同時に、宗太郎が一気に駆け抜け、警備兵との間合いを一瞬にしてゼロにした。
「なっ‥‥!?」
隣にいた仲間の頭を吹き飛ばされ、驚愕を顔に貼り付ける警備兵――しかし、突然の事態に体が咄嗟に動かない。
「‥‥悪ぃな」
宗太郎は一言詫びると、スキル・豪力発現と豪破斬撃を発動させ、試作型暗拳「ハーミット」をつけた手刀を兵士の首に突き刺し、そのまま頚動脈を掴んで引き千切った。
――ひゅるるるる‥‥と笛のような音と血飛沫を噴き出しながら倒れる兵士。
傍らを見れば、逃げようとしたもう一人の警備兵も軍曹に膝を撃ち抜かれて動けなくなった所に、駆け寄ったエクセレンターによって心臓を一突きされて事切れていた。
「ふう‥‥これでようやく三つか‥‥」
額の汗を拭う宗太郎‥‥その服の赤は帰り血だけでは無く、己のモノも混じっている。
反撃を喰らい、傷を負ったのは一度や二度では無い。
「――宗太郎、A班から定時連絡。『こちらは順調、死者は無し』だそうです」
「OKだ、それじゃあ、さっさと済ませちまおう‥‥頼むぜ」
「――了」
軍曹とエクセレンターが爆弾を仕掛けている間、宗太郎は周囲を警戒する。
駐屯地の上空では時折轟音や爆炎が上がり、閃光や振動が走っている。
「‥‥皆、無事でいてくれよ」
宗太郎はKVで戦う仲間達を案じ、ただ祈った。
「砕牙九郎だ!! 掛かって来いってばよ!!」
砕牙は自らの名前を叫びながら、雷電「爆雷牙」のUK−10AAMでHWを打ち砕く。
――これでHWは粗方片付けた。
KV隊の作戦は第二段階に入る。
「空は頼むぞ、戦友!!」
『心得た!! フォローは任せておけ!!』
エリシアの声を背に受けながら、低空へと侵入し、着陸を試みる庸兵達。
――地上にはTWやRCが待ち構えているが、そんな事は百も承知だ。
「やらせんぞ亀にトカゲ共め!!」
藍紗が急降下しながらアハトアハトを地上目掛けて放つ。
流石に当たらないが、その一撃は大地を大きく抉り、土煙が上がった。
「煙幕行きます!! 皆さん続いて下さい!!」
続けて悠璃のフェニックス「幻夢」から放たれた煙幕が、庸兵達の機体を覆いつくす。
その間に一気に高度を落とすが、煙幕の中にあっても、プロトン砲の数と威力は減じられる事無く、庸兵達を撃ち落さんと迫る。
「くっ!! この程度っ!!」
幾度も機体を掠める光条に、ブレイズの雷電の装甲が飴のように崩れる――それでも、怯まない。
全機が大地に降り立った時、誰もが損傷を負ってはいたものの、全員が無事だった。
最も危険な時は脱した――後は、ただひたすら戦うのみだ。
「――アンジェリナ・ルヴァンが愛機、ミカガミ「Re−raise」‥‥参る!!」
アンジェは名乗りを上げると、TW目掛けてプラズマリボルバーを打ち放つ。
雷の弾丸が甲羅を叩き割り、肉が焼け、不快な臭いが辺りに漂う。
「後顧の憂い‥‥我が断ち切る!!」
そして誰よりも先に突貫するのは藍紗――そして先頭のゴーレムに狙いを定めると、いきなり手にしたBCアクスを投げつけた。
ゴーレムは手にした盾でそれを弾き帰し、斧頭が地面に突き立てられる。
接近戦用の武器を失った藍紗は、それでも突進を止めようとはしない。
ゴーレムはディフェンダーを抜き放って彼女を迎撃しようとするが、振り下ろそうとした瞬間、朱鷺の姿は忽然とゴーレムの視界から消える。
――彼女は、付きたてられたBCアクスにスパークワイヤーを絡ませ、急制動をかけていたのだ。
そして得物を回収すると同時に側面へ回りこみ、モニター目掛けてアハトを打ち込む。
「邪魔はさせません!!」
そして一気に間合いを詰めた悠璃の幻夢が、ハイ・ディフェンダーで袈裟掛けに切り捨てた。
ブレイズと堺は背中をカバーし合いながら敵陣に突入し、回転する中から抉り取っていく。
「さあバグア共、しばし舞踊に付き合って貰うぞ!!」
堺のミカガミ「剣虎」が機刀「建御雷」とアハトを駆使して、RCを素早い動きで翻弄すれば、
「お前等がいたら邪魔なんだよ!!」
ブレイズは堺とは対照的などっしりとした構えで敵の攻撃を装甲で逸らし、手にしたスレッジハンマーとメトロニウムステークで、文字通り打ち砕いていく。
そして御剣隊も地上戦に加わり、戦局は庸兵達に傾き始めた。
「うしっ!! これなら行けるってばよ!!」
次々と倒れていく敵を見て、砕牙が快哉を叫ぶ――しかし、その時上空の御剣隊のウーフーから警告が上がる。
『異常振動感知!! 退避を!!』
『――302!! 下だ!!』
エリシアも叫ぶが、間に合わない――大地が割れたかと思うと、巨大な影が御剣隊のシラヌイを一口で飲み込んだ。
『がああああああああっ!!』
メキャメキャと金属が砕ける音が木霊し、302の機体がロストする。
「‥‥き、さ‥‥まああああああああっ!!」
藍紗が怒りの咆哮を上げる。
その正体は既に分かっている――数多のKVを、そしてかつての彼女の愛機をも飲み込んだ大地の覇者・アースクエイク。
そしてその腹の半ば程が割れ、中から姿を現したのは二体のタロス。
――サイラスの腹心であるエース達だ。
『――サイラス様のご命令だ、貴様らを討たせて貰う』
『我々が御相手仕ろう』
そしてそれぞれ爆槍と巨大な大剣を構え、アースクエイクを伴って突進してくる。
「望む所だコノ野郎!!」
「‥‥こちらも、仲間の仇は討たせて貰う」
砕牙が炎のような熱き怒りを、アンジェが氷のような凍て付く怒りを互いに放ちながら迎え撃った。
その頃、リディス、白鐘、忌咲、イレーネと、ディック准尉を含めた御剣隊の人質救出班の面々は、時折現れる警備兵達を無力化し、時に殲滅しながら、ようやく居住区へと辿り着いていた。
「それでは、手分けして皆を保護しよう」
「――了!!」
イレーネの言葉に頷き、准尉を残して方々へと散っていく御剣隊。
手近な家の扉を開けると、そこには幼い男の子と女の子を抱き締める夫婦の姿。
武器を持つ庸兵達を見て「ひっ!?」と悲鳴を上げる彼らだったが、忌咲が前に進み出て、優しく諭すように口を開く。
「大丈夫。一緒に逃げよ」
「あ、貴方達は‥‥?」
容姿の幼い彼女の存在は、少しだけ彼らの恐怖を和らげてくれたらしい。
声こそ震えているが、期待に満ちた眼差しで庸兵達を見つめる夫婦。
「あなた方を救出しに来た。悪いが一刻を争う。すぐに準備を」
「わ、分かりました!! おお‥‥とうとうこの日が‥‥」
白鐘の言葉を聞いてそれは確信に変わり、夫婦は一層強く子供たちを抱き締める。
当の子供たちは、きょとん、とした表情で両親と庸兵達を交互に見つめた。
「‥‥そと? そとってなぁに?」
「‥‥!!」
その言葉に、リディスの表情が悲しげに歪む。
おそらく、彼らはこの駐屯地で生まれ、育ってきたのだろう。
「‥‥素晴らしい所ですよ。ここよりもっともっと楽しくて、沢山遊べる所です」
子供たちに不安を与えないよう悲しみを押し殺し、優しく頭を撫でるリディス。
「ほんと!? やった!!」
にぱっ!! と笑顔になる子供たち――こんな境遇であっても、やはり子供の笑顔は天使の顔だ。
消耗した体が軽くなったように感じる程、庸兵達はそれに元気を貰えたような気がした。
――だからこそ、彼らを一人も欠けさせる訳にはいかない。
「‥‥行こう」
「ああ」
頷き合うと、庸兵達は一斉に散らばって人質達の家々を回っていった。
――ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
圧壊の戦槌と大剣が幾度も打ち合わされる。
ブレイズと堺のペアは、大剣を装備したタロスを相手にしていた。
「おおおおおっ!!」
『はぁっ!!』
最後にお互い一際大きく武器を振るい、凄まじい衝撃に後退する二機。
『やるな‥‥!! サイラス様が見込むだけの事はある』
「今回は前と違って易々と退く気はない、とことん勝負と行こうぜ!」
叫ぶと同時に、ブレイズは間合いを開けながらスラスターライフルを乱射する。
タロスはそれを大剣を盾にして受けるが、その間に接近する堺の剣虎。
「地獄へ降りた蜘蛛の糸をよ‥‥切らせてたまるかよぉ!!」
建御雷と内蔵雪村の二刀流で打ちかかる――建御雷は大剣に遮られるが、雪村は装甲を大きく溶断した。
『温いっ!!』
追撃しようとする堺だったが、至近距離から放たれたプロトン砲に吹き飛ばされる。
「ちっ‥‥あまり時間をかけられないと言うのに!!」
堺が焦ったような表情を浮かべる――見れば、駐屯地の中のあちこちに、明かりが灯ろうとしていた。
――グオオオオオオオッ!!
幾度も大地と地上を行き来しつつ、地響きを立てて二体のEQが体をくねらせながら体当たりを仕掛けてくる。
「くううっ!!」
アンジェのRe−raiseの装甲が削り取られる。
あまりの巨体に、藍紗と悠璃、そしてアンジェと砕牙達は回避を続けるしかない。
そしてタロスは時にプロトン砲で狙い撃ち、時に土煙に紛れて爆槍を突き出してくる。
――姑息と思える手段だが、それを責める者はいない。
何故なら戦いとは如何なる手段を用いたとしても、勝ち、生き残る事が全てなのだから。
「邪魔じゃと‥‥言うておろうが!!」
エンハンサーを使用し、光を強めたBCアクスが、EQの巨体を半ばまで断ち切る。
――悲鳴を上げて崩れ落ちる巨体。
「せえええええええっ!!」
アンジェも、練剣「メアリオン」を振るい、EQの腹を三枚に下ろすかのように掻っ捌いた。
活動を停止するEQ‥‥だが、その体の一部が突如弾け飛んだ。
死体を隠れ蓑に、タロスが爆槍でそれを吹き飛ばしながら突っ込んで来たのだ。
――その進路上には、藍紗の朱鷺の姿。
『‥‥貰った!!』
「があっ!?」
度重なる連戦により消耗していた朱鷺は胸に穂先を突き込まれ、くぐもった爆発音を上げて沈黙する。
――爆槍のカートリッジが切れていた事が、不幸中の幸いか。
「てンめえええええええっ!!」
またしても仲間を倒された事に、砕牙は咆哮を上げて突撃した。
しかし、装甲の厚さ故に動きの鈍い爆雷牙は、迎撃で放たれるプロトン砲と爆槍を避ける事が出来ず、接近する前にどんどんと削り取られていく。
「まだだ‥‥!! まだ俺は止まらねぇぞ!!」
何故なら‥‥コイツを倒さなければ、サイラスに手が届くなど夢のまた夢だから。
「う‥‥おおおおおおおっ!!」
千切れそうな腕で、セミーサキュアラーを下段から掬い上げるように振るう。
『ぐっ‥‥!?』
咄嗟に爆槍で受けるタロスだが、渾身の一撃を受けきれずに槍の柄を断ち切られ、その勢いのまま装甲を逆袈裟に切り裂かれる。
その代償に、限界を迎えた腕はセミーサキュアラーごと宙を舞った。
「喰らえええええええええっ!!」
『ぬわあああああああっ!!』
体勢を崩したタロスに叩き付けられたのは、逆の腕のデアボリングコレダー。
電撃が奔り、タロスの頭が吹き飛んだ。
同時に砕牙の雷電も、地面に崩れて動かなくなる。
「――貰った!!」
そして、タロスに逃げる暇を与えず飛び出したアンジェのメアリオンと、悠璃のハイ・ディフェンダーがタロスを貫いた。
バチバチと火花を散らしながら、タロスが片膝を突く。
既に再生能力が意味の無い程の損傷――長くはあるまい。
「‥‥強かったです。力も、精神も‥‥貴方の、名は?」
乱れた息を整えながら、悠璃はタロスのパイロットに問う。
確かに彼は敵だったけれど、その名を、存在を、覚えていたかったから。
『ふ、ふふ‥‥名か‥‥とうの昔に、忘れていた、な‥‥』
自嘲するように笑いが、タロスから発せられる。
機体のあちこちが震え、幾度も爆発が上がった。
『そう‥‥だな‥‥「アイン」‥‥とでも、呼んでくれ‥‥』
――サイラスの部下の「一番機」‥‥それが己を忘れた後に残った、彼の存在意義。
最後に一際大きな爆発がタロスを包む前に、庸兵達は確かに呟きを聞いた。
「‥‥覚えておきます」
例え仮の名前だったとしても、悠璃はその名を決して忘れないと誓った。
『‥‥逝ったか、友よ』
巻き起こる爆炎を見て、もう一機のタロスのパイロットは感慨深げに呟く。
「さぁ、後は貴様だけだぞ!?」
『‥‥我らの負けだ。後は好きにするがいい』
「待ちやがれっ!!」
咄嗟にブレイズと堺がスラスターライフルとアハトを放つが、タロスはそれを掻い潜ると、駐屯地では無くバルセロナへと向かって撤退していった。
「‥‥エリシア。こちらは片付いたが、そちらはどうだ」
アンジェが通信で御剣隊に呼びかける。
『こちらも全て掃討した‥‥だが、四人がやられた』
「‥‥そうか」
暫し瞑目すると、アンジェは上空で待機する高坂聖に報告する。
「地上の安全は確保した‥‥輸送機に着陸指示を出してくれ!!」
『――了解!!』
作戦開始から約十五分のリミット一杯――ようやく作戦は最終段階に入ろうとしていた。
「――うし、隊長から報告が来たぜ。上空及び周囲の安全を確保、輸送機がすぐに来る」
准尉の報告に、庸兵達は少しだけ安堵の表情を浮かべる‥‥が、それは一瞬の事。
ある意味、この任務はここからが最大の難関なのだ。
後ろには、広場に所狭しと並ぶ50人程の住民たち。
途中で何度かバグア兵が現れて戦闘になった事もあったが、人質達はパニックになる事は無かった。
‥‥バグアに監視され、統制されていた事が、彼らに不用意に騒がないという意識を植え付けていた事は、正に皮肉としか言い様が無い。
流れ弾に当たって負傷した者もいたが、忌咲の練成治療によって全員が完治している。
程無くして、破壊工作に当たっていたホアキンと宗太郎達からも、準備完了の報告が入り、準備は完全に整った。
『――用意はいいか‥‥3、2、1‥‥今!!』
ホアキンの号令と共に、一斉に押される時限爆弾のスイッチ。
――駐屯地中に次々と爆発が起こり、赤い炎が闇を照らし出した。
「こっちだ!! 急げ!!」
こちらに飛び掛るボディスーツと暗視ゴーグルを装備した人間型キメラを、拳銃「グレビレア」で撃ち落しながらイレーネが人質達に叫ぶ。
――輸送機との合流地点まで、およそ500m。
能力者にとっては一分と掛からぬ距離だが、一般人、しかも集団であれば話は別だ。
中には子供や老人もおり、彼らに負担をかけないように移動しなければならず、次々とバグア兵やキメラが襲い掛かってくるこの状況では、その距離は絶望的なまでに遠い。
「目と耳を塞いでいろ!!」
ホアキンが虎の子の閃光手榴弾も使い、何とか追撃を振り切ろうと試みる。
「あっ‥‥!!」
その時最後尾の集団で走っていた子供が一人、躓いて転ぶ。
それに狙いを定め、バグア兵が光線銃を構えた。
「くっ!!」
白鐘が咄嗟に駆け寄る。
庇うのは無理だが、この間合いならば攻撃は間に合い、白鐘の腕前ならば一撃の下に切り伏せる事が可能だろうが――子供の目の前に血と内蔵をぶちまける事になる。
子供の命か、心か、一瞬の逡巡‥‥白鐘は前者を取った。
一気に間合いを詰め、月詠の柄に手をかける。
――その前に放たれた衝撃波が、バグア兵を真っ二つに切り裂いていた。
びしゃり、と子供にかかる熱い血潮。
茫然と座り込む子供に向かって、『その男』は静かに告げた。
「‥‥行くがいい」
子供は戸惑うように目を白黒させると、すぐに我に返り、足をもたれさせながらも走り去っていった。
それを見送ると、『男』は仮面をつけた顔を庸兵達に向ける。
「――中には記憶に無い顔もあるが‥‥久しいな」
「‥‥サイラス」
顔こそ白いデスマスクに覆われているが、それは確かに古の武人、サイラス・ウィンドその人であった。
その頃、ホアキンと宗太郎、そして軍曹を始めとした御剣隊の三名は先行し、駐屯地の壁と有刺鉄線の排除を終えていた。
後は、輸送機の到着まで守りきればいいだけだ。
――だが、予定の時間を過ぎても救出班が現れない。
「‥‥奴がいるみたいだな‥‥悪い、少し行って来る」
「‥‥気をつけてな」
本当は軍曹たちに護衛に付いて欲しい所だったが、これ以上人質の守備戦力を減らす訳にはいかない。
宗太郎は魔創の弓を取り出すと、駐屯地の中へと急ぐのだった。
「なっ‥‥!?」
御剣隊の隊員達が驚愕の声を上げる。
‥‥まさか、司令官自らこの場所に来るなど予想していなかったのだろう。
普通ならばそうだ――しかし、彼は「サイラス・ウィンド」なのである。
「お前‥‥殿の奴らはどうした?」
はっとした表情で、准尉が問いかける。
――サイラスが現れた方角には、御剣隊の別働隊がいた筈なのだ。
「――語るまでも無かろう」
彼の言葉を裏付けるように、手に持つ刀は、炎の照り返しとは別に、紅く染まっている。
「貴様‥‥!!」
ぎり‥‥と歯を食い縛るイレーネ。
対して、御剣隊の面々は逆上したりはしない‥‥何故なら今は任務中だからだ。
「あれはこちらで叩いておこう‥‥すぐに戻る」
「出来るだけ時間を稼ぐから。今の内に、お願い」
「――了。行くぞ准尉」
「‥‥了」
白鐘と忌咲の言葉に頷くと、御剣隊は人質の元へと向かった。
後に残るのは、庸兵達とサイラスのみ。
「サイラス、人質などらしくない‥‥血が滾って自ら出てきたのではないのか?
‥‥などと思うのは、私の理想か?」
リディスが、この任務の間中抱いていた疑問をぶつける。
――サイラスはその言葉に可笑しそうに笑った。
「‥‥貴様には敵わんな、リディス――その通りだとも」
そう言って、左手で脇差を抜き、二刀流の構えを取る――臨戦態勢の証だ。
「機体越しでは無く、貴様らを直接見たくなってな。
‥‥そして、その実力も」
そしてだらり、とそれらを無造作に構えると、濃密な殺気がサイラスの全身から迸る。
「‥‥部下達は全て下がらせた。ここにいるのは‥‥我と、貴様達だけだ」
「‥‥粋な計らいをしてくれるじゃないか。こちらとしては、時間を稼げてありがたい所だが」
グレビレアをリロードしながら、イレーネはにやり、と笑ってみせた。
「この闘争には‥‥それだけの価値はあるからな!!」
言うが早く、サイラスは地を蹴り、一気にゼロから最大まで加速した。
忌咲の超機械一号が練成弱体を発動させ、光がサイラスを包む。
しかしサイラスは構わず突進し、目の前の白鐘目掛けて打ち掛かった。
「はあああああっ!!」
「むうんっ!!」
二刀流による連撃を、月詠とカイキアスの盾が悉く受け止め、打ち落とす。
その隙にリディスは側面に回り込み、超機械「ラミエル」とイオフィエルの変則的な二刀流で討ちかからんとする。
サイラスは白鐘を片腕で跳ね飛ばすと、リディスに向き直り迎撃しようとするが、そこにイレーネが家の屋根から放った援護射撃が放たれ、動きが鈍る。
「喰らえっ!!」
ラミエルの電撃が近距離で迸り、それを隠れ蓑に鋭い爪の一撃が襲う。
しかし、サイラスはそれを全て掻い潜り、鋭い蹴りを放った。
「ぐっ!?」
重い一撃はリディスの肋を軋ませ、傍らの家の壁まで吹き飛ばす。
血塊を吐き出して前を向くと、そこに見えたのはカマイタチの弾幕。
「ぐ、あああああっ!!」
必死にかわすが、避けきれるものでは無い。
全身を切り裂かれ、建物の中へと吹き飛んでいくリディス。
「リディスさん!!」
忌咲が練成治療を施して傷を塞ぐが、間に合わない程のダメージだ。
イレーネが援護として鋭角狙撃でサイラスを狙うが、彼はそれを刀で打ち落としてみせた。
「ちっ‥‥!! サイゾウといい‥‥何処までも化け物な奴め!!」
カマイタチをかわしつつ、イレーネは思わず悪態を吐いていた。
――そして数分後、上空から通信が入る。
「こちらシールドブレイク1!! 待たせて済まない!!」
人質達を収容するための輸送機が、とうとう駐屯地の前に降り立った。
「良し!! まずは子供と女性から乗り込んでくれ!! 後ろは俺たちが守るから安心しろ!!」
ホアキンと御剣隊の誘導の下、人質達は次々と輸送機に乗り込んで行った。
「はあああああっ!!」
「くはっ!?」
サイラスの全力の打ち込みが、白鐘とリディスを纏めて切り裂き、吹き飛ばす。
リディスは必死に立ち上がろうとするが、その前にサイラスが距離を詰める方が早かった。
「‥‥っ!!」
死を覚悟するリディス‥‥だが、首に落とされたのは刃では無く、刀の柄頭だった。
「――何故、だ‥‥?」
確実に殺せた筈のタイミングだったのに、何故‥‥?
意識を刈り取られる寸前、そんな疑問がリディスの頭を過ぎった。
「リディス‥‥!! くそっ!!」
「――どうした? 動きが雑だぞ」
再び放たれる斬撃を、白鐘はどうにか受け止める。
「忌咲!! イレーネ!! リディスを頼む!!」
「むっ!?」
白鐘が投げたのは、閃光手榴弾――既にピンは抜いてあったため、それは投げてからすぐに炸裂した。
――凄まじい轟音と閃光。
その隙に離脱しようと試みる白鐘だが、その瞬間凄まじい衝撃が走った。
――切られたのだ。
「く‥‥何故見える‥‥!?」
「いや‥‥何も見えんし、鼓膜も破れている」
サイラスは閃光と轟音をまともに受けた筈だった。
しかし、その答えは予想を遥かに超える。
「だが‥‥貴様がそこに『在る』事に変わりは無い」
「‥‥不覚っ!! だが、只ではやられん!!」
白鐘はどうにか月詠を構え、残った力を全て賭けて地を蹴った。
それは、全てのスキルを乗せた、如何なるものをも両断する紅の一閃!!
「天都神影流『奥義』白怒火!」
――ギィンッ!!
だが、無情にもその一撃はサイラスによって受け止められていた。
「――万全の体だったならば我を捉えていただろうが‥‥惜しかったな」
そして、サイラスが放ったサークルブラストが、白鐘を吹き飛ばした。
――が、サークルブラストを放つために止まったサイラス目掛けて放たれる一本の矢。
「ぐあっ!?」
それはサイラスの仮面に当たり、砕いた。
「そいつは‥‥俺の前では二度目だぜ。笑ってやろうか?」
「‥‥貴様か、シルエイト。クク‥‥あの時の意趣返しという訳か」
見ればそこには、弓を構えて不敵に笑う宗太郎の姿。
それを見たサイラスもまた、愉快そうに笑った。
――仮面の向こうの素顔は、醜く焼け爛れている。
「――お前‥‥その傷‥‥」
「リディスには言わないでおいてくれ‥‥この器を傷物にしたとあっては、後で殺されかねん」
そう言って笑うと、サイラスは外套を翻し、庸兵達に背を向ける。
「‥‥行くがいい。人質の命、確かに返したぞ」
「――どうして?」
サイラスの思わぬ行動に、忌咲が首を傾げて問いかける。
「我の闘争は、こんな形で終わらせる物では無いからだ」
「それはどういう‥‥?」
「今は言えぬ‥‥再び戦場で会おう」
そう告げると、サイラスは去っていった。
――こうして御剣隊十名と、UPCの一個大隊という大きな犠牲を払いつつも、人質の犠牲者ゼロという最高の形でオペレーション:シールドブレイクは終わりを告げたのだった。