●リプレイ本文
白煙の上がるかつての駐屯地を、10人の傭兵達が進んでいく。
「ゴーレム4機にタロスが1機の少数精鋭‥‥。
たったそれだけの数で攻めてこようなんて奴は、そうそう居るもんじゃない」
‥‥そして、実際にそれを成し遂げてしまうような奴なら尚更だ。
少なくともブレイズ・カーディナル(
ga1851)にとって、そんな人物は一人しか思い浮かばない。
「サイラス・ウィンド‥‥バグアの侍、か」
――それは、闘牛士であるホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)と同じく、誇りと名誉を賭けて戦う男。
彼が護るべき者を失いつつも、戦う道を選んだのならば‥‥ホアキンは心の赴くまま迎え撃つつもりだ。
「会うのは初めてだが、強ぇらしいし、気合入れてかないとな」
「‥‥うむ!! 血が滾るな!!」
砕牙 九郎(
ga7366)と孫六 兼元(
gb5331)が操縦桿を握り締める。
そこには油断や慢心は無い――ただ、強敵との戦いに昂ぶる闘志を、その身から滲ませている。
「ふっ、闘争か‥‥愉しく、辛く、危険になるな」
そして、それはイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)もまた同じ。
――ただ、彼女は今回の闘争という名の舞踏をひたすら支えようと思っていた。
何故なら、この舞踏の主役は自分では無いからだ。
だが、彼女の言うこの舞踏の主役たち‥‥サイラスが最後まで守ろうとした少女を知る者達の表情は複雑だった。
「サイラスさん、生きてたんだね。てっきりあの時倒したんだと思ってたよ」
忌咲(
ga3867)が、誰に言う訳でも無く、ぽつりと呟く。
その表情は強敵が再び現れた事への不安と、アニスの最期の願いを叶えられる事の安堵に揺れ動いていた。
(「私が堕ちる先は‥‥おそらく修羅道。
このまま戦い続けたら、今のサイラスと同じような境地に立っているのでしょうか」)
そこまで思考して、如月・由梨(
ga1805)は頭を振った。
――いや、自分はまだ人であり、心があると。
ならば、彼女のやるべき事は、人として彼に引導を渡す事。
それこそが、今の由梨に出来る事であり、アニスもそう願っている筈だ。
「サイラス‥‥貴様は今何を望む?
アニスの言葉は貴様にも届いているはずだ‥‥」
眉を寄せながら紡がれるリディス(
ga0022)の独白に答える者はいない。
「‥‥」
告げたい言葉は、思いは、勿論ある‥‥だが、それは今口にする事では無い。
だからアンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)はただ黙って前に進んだ。
(「‥‥僕は、あなたに問う。あなたの‥‥名を――」)
結城悠璃(
gb6689)もまた、黙して進む。
――己の新たな『悪』‥‥ただひたすら、己の信念を貫く為に。
『‥‥来たか』
漆黒のタロスを駆るサイラスは、ゴーレム四機を従え、傭兵達を待ち構えていた。
(「‥‥舞台を作って俺達を呼び込む気か‥‥」)
ホアキンにはまるで、闘牛士が猛牛の出現を待つような光景に思える。
――それは、このバルセロナが闘牛の聖地であるというだけでは無かろう。
何処か人間臭いサイラスに、ホアキンはかつて倒し損ねた老人の影を見た。
そして、傭兵達とサイラスは200mほど離れて対峙する。
「やはり‥‥生きていたんですね‥‥」
暫しの沈黙の後、悠璃が口を開いた。
「あの時のお礼‥‥まだ、言ってませんでしたね――ありがとう、ございました
貴方のお蔭で‥‥彼女は‥‥」
言葉に詰まりそうになりながらも、アニスが狂童では無く、人として逝けた事を伝える。
『――そうか。それは‥‥良かった‥‥』
無線越しに聞こえてくる彼の声は、心の底から安堵しているかのように聞こえた。
――続けて、リディスが口を開く。
「今貴様が何を思っていようが別に構わない。
ただ、サイゾウを、そしてアニスを愛した女として一つだけ宣言する」
そう言うと、リディスは愛機のディスタン「プリヴィディエーニイ」のセトナクトを引き抜いた。
「私はあなたを救おう。あたなが死を望むのならその上で救ってみせよう。
――この誓いは絶対だ。例えどれほどの苦難を伴おうとも絶対だ。忘れるな」
『――流石は、我が弟子の愛した女だ。その誓い、受け取ろう』
そして、サイラスもまた両の手に刀を取る。
ゴーレム達もそれに倣い、傭兵達も一斉にその手に武器を構えた。
「‥‥これが、アニスの心に触れたあなたが選んだ道なんだな」
両者の間で高まっていく殺気の渦の中で、アンジェリナが問いかける。
『無論だ。我は最期まで戦い、戦って死ぬ。
護る者を無くした今、それだけが我の生きる意味だ』
「そうですか。生を捨て、修羅に堕ちましたか。
――ならば、引導を渡しましょう。貴方の望みどおりに」
覚醒し、普段の温厚な性格をかなぐり捨て、由梨のディアブロ「シヴァ」がブリューナクを構える。
「‥‥それがあなたの意思ならば否定はしない。むしろその意を尊重しよう。
ただ傭兵として‥‥いや私の意思で、私はあなたを討つ!」
アンジェリナのミカガミ「Re−raise」が地を蹴り、一気に間合いを詰める。
『――来るがいい!! 人間達よ――!!』
――闘いは始まった。
ゴーレム達が慣性制御を使いながら、サイラスの盾になるかのように突進してくる。
それに対し傭兵達は、互いにペアになって総力戦を仕掛けた。
「ブレイズさん、お願いね」
「おう!! 隊長達の邪魔はさせねぇっ!!」
忌咲のゼカリアによるファランクス・ソウルと大口径砲滑腔砲の弾幕の中を、ブレイズの雷電が進み、手にしたスレッジハンマーを叩きつける。
強烈な一撃を、ゴーレムは刀で受け、近距離からショルダーキャノンを放ってくる。
「‥‥ちっ!! 一筋縄にはいかないか!!」
「下がって!!」
装甲を焦がしながらも間合いを開けるブレイズ。
追撃してくるゴーレムを、再び放たれた忌咲による援護が引き剥がした。
(「どうやらこのバルセロナは、簡単に攻略させて貰えないようだな‥‥!!」)
――だからこそ、こんな所では手こずってはいられない。
ブレイズはハンマーと共にメトロニウムステークを握り締めると、再び吶喊した。
「ゴーレム相手に苦戦していられないよ」
忌咲も全く臆する事無く、滑腔砲から徹鋼弾を放ち、ファランクスの弾丸を撒き散らしていく。
――アニスを最後まで守ろうとしたあの男は、こんな奴など歯牙にもかけない相手なのだから。
次々と放たれるショルダーキャノンと、離れた間合いから突き出される薙刀を、孫六のミカガミ「フツノミタマ」と、ホアキンの雷電「Inti」が瓦礫を盾に避けていく。
「‥‥そろそろか」
機を見計らうと、二人は同時に瓦礫から身を躍らせた。
「ワシは孫六 兼元! いざ、御相手仕る!」
高らかに名乗りを上げながら、孫六が両手の月光と大般若長兼を、逆手に握った独特の構えで打ちかかる。
接近仕様マニューバで鋭さを増した連撃が次々とゴーレムに襲い掛かり、薙刀が両断された。
後退するゴーレム‥‥だが、その時には既にアイギスとグングニルを構えたIntiが迫っていた。
「‥‥済まないが、やらせてもらうぞ」
――ヒュゴッ!!
それは、常人ならば視認する事すら叶わぬ鋭さ。
空気を切り裂いて放たれた槍撃は、瞬時にしてゴーレムの両肩を貫いていた。
そして、止めとばかりにソードウィングが腰を切り裂き、ゴーレムの機体がぐらり、と揺らぐ。
「――後は頼む」
「応っ!! 任せておけいっ!!」
すかさず踏み込んだ孫六の大般若長兼によってゴーレムは股下まで切り裂かれ、爆発した。
「――一気に決めさせて貰いますよ」
由梨はこちら目掛けて接近してくるゴーレムにM−12帯電粒子加速砲の照準を合わせる。
――後10m‥‥5m‥‥今!!
アグレッシブ・フォースとブーストを併用した、帯電粒子加速砲の二連射と、電磁加速砲「ブリューナク」の閃光がシヴァから迸った。
三つの光は全てゴーレムを直撃し、腕を、装甲を吹き飛ばし、腹に大穴を開ける。
だが、ゴーレムはそれでも刀を振り上げ、由梨の機体目掛けて飛び掛ってきた。
――しかし、由梨の目には全く動揺は無い。
何故なら、すかさず悠璃のフェニックス「幻夢」が立ち塞がり、刀をハイ・ディフェンダーで受け止めていたから。
「邪魔をしないで下さいっ!! 僕は彼に聞きたい事があるんだっ!!」
悠璃は叫ぶと同時に刀を受け流し、半ば強引に前進した。
幾度も剣と刀が打ち合わされ、その度に火花と装甲の欠片が辺りに舞い散る。
一瞬の隙を突き、悠璃はゴーレムの足にスパークワイヤーを巻きつけた。
電撃が走ると同時に全力で引っ張ると、ゴーレムはバランスを崩して地面に倒れる。
そこにすかさず、シヴァのブリューナクとスラスターライフルの弾幕が降り注ぎ、スクラップへと変えた。
残るゴーレムは一機‥‥既に趨勢は決した。
「‥‥行って下さい結城さん。彼に、伝えたい事があるのでしょう?」
「‥‥はい、行って来ます!!」
由梨の言葉に悠璃は頷くと、サイラスの下へと急いだ。
イレーネのサイファー「Samiel」がGPSh−30mm重機関砲を発射する。
400発もの弾丸が黒タロスへと殺到するが、サイラスはそれらを難なくかわす。
そこにリディスがアハトアハトを放ちながら接近し、セトナクトを振り下ろした。
「はあああああっ!!」
たちまち十数合もの剣戟が繰り広げられ、金属音と共に超振動の刃が噛み合い、閃光にも似た火花の嵐が巻き起こる。
『ぬんっ!!』
強引にプリヴィディエーニイを押し退けると、サイラスはすかさず横から接近してくるアンジェリナのRe−raiseに向き直った。
紅蓮に染まったレーヴァテインの強烈な一撃が、真っ向から受け止められる。
『甘い!!』
鍔迫り合い、Re−raiseが押し潰されるように膝を突いた――純粋なパワー負けだ。
「くっ‥‥!!」
ミシミシとレーヴァテインの刀身が悲鳴を上げ始める。
だが、その前に黒タロスに影が差した――同時にサイラスが身をかわす。
――ズゥンッ!!
振り下ろされる巨大な鉄塊――砕牙の雷電「爆雷牙」のグレートザンバーだ。
それは黒タロスの装甲の一部を削り取っていた。
『やるな‥‥貴様の名は?』
「砕牙 九郎ってんだ、覚えとけ!!」
名乗ると同時に拳で殴りかかる砕牙。
サイラスはそれを避けずに黒タロスの額で受けると、装甲にヒビが入るのも構わず押し返し、雷電のモニターを覗き込む。
モニター越しにも感じる迫力に、一瞬呑まれそうになる砕牙。
「うっ‥‥」
『――なるほど。覚えておくぞ‥‥砕牙』
そして放たれる苛烈な斬撃。
爆雷牙が吹き飛ばされて倒れ――る前に、何とか体勢を整える。
「砕牙!! あまり無茶はするな!!」
イレーネとアンジェリナが重機関砲とレーザーカノンの援護射撃を放ち、砕牙からサイラスを引き離した。
「舐めるんじゃねぇってばよ!! こちとらただの庸兵だコンチクショウ!!」
『‥‥なるほど、やはり人間は強いな』
雄叫びを上げる砕牙を見つめ、サイラスは何処か嬉しげに微笑んだ。
――閃光と銀光が奔り、硝煙の臭いとオゾン臭が辺りに漂い、火花とオイルが撒き散らされる。
由梨とイレーネの援護の下、悠璃も合流し4人がかりで打ちかかる傭兵達。
ありとあらゆる攻撃が、次々と黒タロスへと殺到する。
装甲が砕かれ、内部の生体部品も焼け崩れていく。
『カアアアアアアアッ!!』
「うっ‥‥」
「ぐあっ!?」
対するサイラスも周囲をなぎ払うかのような衝撃波――サークルブラストを放ち、手にした超振動刀と雪村を振るう。
六人もの歴戦の傭兵達とサイラスは、正しく互角に戦っていた。
――だが、生体部品を再生出来る黒タロスに対し、損傷がそのまま蓄積されていく傭兵達のKV。
傭兵達は、ジワジワと追い込まれていった。
――ドゴォッ!!
「ううっ‥‥!!」
強烈な蹴りを叩き込まれ、悠璃の幻夢が地面に叩きつけられる。
そして、そこに突き込まれる超振動刀――悠璃は剣で受けるのが精一杯だ。
「貴方に‥‥聞きたい事がありますっ‥‥!!」
『何?』
目の前に迫り来る死を前にしても尚、悠璃はサイラスに問いかける。
「問います‥‥!! 貴方の‥‥貴方自身の『名』は、何ですか!?
仮初のモノでは無い‥‥その『真の名』はっ!!」
『サイラス・ウィンドという名の人間の体を奪ったバグア』としての名を、悠璃は問うた。
サイラスを本当の意味での『彼』として扱い、相対したかったから。
『‥‥知りたいか?』
その問いに、サイラスはただ一言で返した。
『――知りたくば、どこまでも追って来るがいい』
「え‥‥?」
同時に刀が剣を砕き、幻夢に突き刺さった。
――その切っ先は、僅かにコクピットから逸らされていたが。
「貴様っ!!」
アンジェリナがその光景を見て激昂し、メアリオンを手に打ち掛かる。
『ぬうんっ!!』
その前に二度振るわれた斬撃が、Re−raiseの両腕を切り飛ばした。
「しまっ‥‥!?」
咄嗟に後退しようとするが、黒タロスの踏み込みの方が早い。
「やらせねぇよ‥‥これ以上はやらせはしねぇぞこんちくしょう!!」
――分厚い鉄塊が、サイラスの斬撃を阻む。
その間に飛び出したのは、グレートザンバーを構えたボロボロの爆雷牙だった。
そして、中の砕牙もまた、体中に傷を負っている。
『――その意気や良し。だが‥‥!!』
黒タロスからの圧力が膨れ上がる――そして、砕牙は信じられないモノを見た。
――グレートザンバーが、ジワジワと切り裂かれていく
「嘘‥‥だろ‥‥?」
『ただ受け止めただけで、我が剣を止められるとでも思ったか!!』
――斬っ!!
グレートザンバーが真っ二つになるのと、爆雷牙が真っ二つになるのは、ほぼ同時だった。
そして倒れる砕牙を尻目に、アンジェリナへと向き直るサイラス。
『‥‥次は貴様だ、ルヴァン』
「――おっと、それは訂正すべきだな」
『何!?』
サイラスが振り向くと同時に繰り出される、十を数えるグングニルの弾幕。
その全てが必殺の威力を持ったその攻撃に、流石のサイラスも受けきれず、刀を落とされ、装甲を砕かれる。
「ああ、次は『お前』だよっ!!」
『むうっ!?』
続けて放たれたのは圧壊の戦鎚――土煙を上げて後退するサイラス。
――ホアキンのIntiとブレイズの雷電だ。
「貰ったぞサイラス!!」
「KV抜刀、極めの型・甕神!!」
そして、下がった所に、リディスと孫六が飛び掛る。
セトナクトと、内蔵式雪村が黒タロスの片腕を切り飛ばしていた。
『‥‥ここまでか。まだ我は、死ぬ訳にはいかん』
不利を悟ったのか、変形して宙に飛び上がるサイラス。
「逃がさん!!」
「狩りの魔王の魔弾、受け取っておいて貰おう!!」
させじと、傭兵達は次々と弾幕を放つ。
しかし、サイラスは手足を犠牲にしつつもそれらを掻い潜り、バルセロナ要塞へ続く空へと飛び去っていった。
『――我の最期の戦場は、ここでは無いのだから』
――ただ一言、意味ありげな言葉を残して。