●リプレイ本文
(「‥‥武装BFはいない、か」)
鯨井昼寝(
ga0488)は心の中で残念そうに呟いていた。
かの敵と戦った時のヒリつくような感覚を味わえない事に、彼女は不満を抱いている。
‥‥相当不謹慎な思考なので、流石に言葉に出そうとはしないが。
「機体の鹵獲が目的、か‥‥これは自分も気をつけなきゃまずいですね‥‥」
周防 誠(
ga7131)は頭に過ぎった最悪の想像を振り払うかのように頭を振った。
「亡霊再びか。でも、亡霊にこれ以上好き勝手させる気は無いけどね」
「ああ、やってやろうぜ」
アーク・ウイング(
gb4432)とヒューイ・焔(
ga8434)は、操縦桿を握り締めて気合を入れる。
(「‥‥あんな奴を助けるために、捨石に、ね」)
赤崎羽矢子(
gb2140)は、事前に調べた十年前の文献の記述を思い出し、辟易したように溜息を吐いた。
亡霊達が捨石にされた戦闘において逃げ帰った上級将校。
――その男は軍に政治を持ち込み、多くの兵士をあたら無駄死にさせた無能な男だった。
そんな奴のせいで彼らが切り捨てられたと言うのならば‥‥、
「浮かばれない‥‥ね」
「うん‥‥」
赤崎の呟きに、クラウディア・マリウス(
ga6559)が沈痛な面持ちで応える。
――彼女が思うのは、優しげな声をした強化人間。
クラウはどうにか彼を「こちら側」へと引き戻してあげたかった。
だが、そんな彼女にやんわりと釘を刺したのは、威龍(
ga3859)だ。
「一度バグアに魂を売った以上、戻ってこられると奴らも思っていないだろう。
下手な同情は却って傷付けるだけだと思うぜ」
「分かってるけど‥‥」
頭では理解出来る‥‥けれど――。
彼女の様子を見ながら、澄野・絣(
gb3855)は亡霊の一人の言葉を思い出していた。
そこに込められた憎しみと、血を吐くかのような激情は今でも鮮明に思い出せる。
‥‥きっと本当に、無念だったのだろう。
「――ならば、彼等が人間だった頃の名誉を守るのが、私達の務めよ」
その為ならば、彼等を討つ事に躊躇いは無い。
澄野はレーダーに映し出された敵を示す光点を見据えながら呟いた。
見えてきた機影は情報どおり7。
護衛のゴーレム三機に、鹵獲KVを抱えた四機のワーム達だ。
「お初にお目にかかる、お前らのおかげで傭兵やらせてもらっているヒューイ・焔。
冥土の土産に一応名乗らせてもらうぜ!!」
「‥‥それは放して貰いますよ!!」
周防のリヴァイアサンとヒューイのアルバトロスを始めとした傭兵達のKVは、敵機目掛けて一斉にミサイルの雨を放つ。
ワームとゴーレムはそれらを避けようと試みるが、濃密な弾幕と抱えている荷物の重さがそれを許さない。
『‥‥ちっ!!』
足止めするつもりなのか、ゴーレム達が反転して傭兵達へと躍りかかった。
その光景に昼寝が不機嫌そうに眉を顰める。
「メインディッシュが無いなりに、オードブルを味わおうと思ってたってのに‥‥」
一気に間合いを詰めると、損傷したゴーレム目掛けてガウスガンを乱射する昼寝のリヴァイアサン「モービー・ディック」。
四肢に次々と弾丸が突き刺さり、ゴーレムの機体が泳いだ。
「――余計な食材が混ざってんじゃないわよ!!」
そして怒りの咆哮と共に放たれたホールディングミサイルは、ゴーレムのどてっ腹に突き刺さり、海の藻屑に変えた。
「まずは御しやすい相手から‥‥と思っていましたからね。好都合です!!」
周防がミサイルの弾幕を避けたゴーレム目掛けてフォトンランチャーを放つ。
ゴーレムは盾でそれらを受けるが、その間にヒューイが距離を詰めていた。
「食らいやがれっ!!」
振るわれたレーザークローがゴーレムの腕を切り飛ばす。
慌てて交代しようとする所に、赤崎のアルバトロスが回りこんでいた。
「本命が待ってる以上、時間はかけられないからね!!」
勢い良く振るわれたソードフィンの斬撃は、ゴーレムの頭頂から股下までを深々と切り裂く。
「あとは一機!!」
四人は一斉に残る一機目掛けて照準を合わせた。
そして残る四機はゴーレム達の合間を縫って、強化人間達の駆るワームを射程範囲に収めていた。
「それは置いて行って貰うぞ、ゲイル・バーグマン!!」
重厚なフォルムを持つマンタ目掛けて、威龍がホールディングミサイルを放つ。
『その声‥‥イーロンかぁっ!?』
鹵獲KVを盾にしてミサイルを防いだマンタから、歓喜に満ちた狂笑が響いた。
『ケッ!! こんなの邪魔なだけだぜ!! 今回は全力で行くぜぇっ!!』
「望む所だ‥‥来るがいい!!」
鹵獲KVを投げ捨てると、機雷を撒き散らし、魚雷を乱射するゲイル。
威龍はビーストソウルを巡航形態で突っ込ませ、避けきれないものはガウスガンやホールディングミサイルで打ち落とし、最小限のダメージで弾幕を掻い潜る。
そして三次元的な機動で退路を絶ちながら、ミサイルやガウスガンによる狙撃を加える威龍。
『やるなぁ!! やっぱ骨がある奴は違うねぇ!!』
「そう簡単にはやられはせんぞ!!」
『‥‥ったく、あの戦闘狂が』
『仕方ありません‥‥我々も続きますよ、ミーシャ、テッド。
重い荷物を持っていて勝てる相手ではありませんし‥‥』
そう言ってメガロに乗った強化人間サイスが迫り来る影に目をやる。
「サイスさん‥‥っ!!」
そこにはガウスガンを構えるクラウのアルバトロスの姿。
『私に話がある方もいるみたいですし――ね?』
『‥‥好都合だ。噛み砕いてやる!!』
アームに挟まれたKVを放し、二機のメガロが乱杭歯を剥き出しにして飛び掛った。
ガウスガンとガトリングで牽制しながら、澄野のリヴァイアサン「罔象(ミツハ)」がテッドのメガロ目掛けて機斧「ベヒモス」を振るう。
メガロはそれを掻い潜りヒレを叩きつけるが、アクティブアーマーがそれを阻んだ。
「とりあえずは、お久しぶり、とでも言っておくべきかしら?
そうそう、お腹の具合は大丈夫?」
すれ違い様に、挑発するように口の端を吊り上げる澄野。
『‥‥殺す――!!』
テッドはそれに対して濃密な殺気とプロトン砲の乱射で応えた。
一方、マンタを駆る強化人間ミーシャと対峙するのは、アークのリヴァイアサン。
素早く死角に回り込み、徹底的に距離を取った戦法を取るミーシャに対して、アークはミサイルR3−Oを放って牽制する。
ミーシャの攻撃は次々と当たるが、アークはアクティブアーマーで直撃を受け、加えて常に移動しながらの攻撃のため決定打にはならない。
『‥‥全く。しぶといわねぇ』
「海の底で女としての期限が切れた人にやられたりしないよ」
『随分と舐めた口聞くわねぇ? おチビちゃん?』
「ふん、枯れてるよりはマシだと思うけど‥‥なっ!!」
軽口を叩きながらも、隙を見つけてレーザークローを振るうアーク。
だが、積極的に当てて行こうとはしない。
――何故なら。
「――お待たせ!! こっちは片付いたよ!!」
「さあ、オードブルと行きましょうか!!」
ゴーレム達を撃破した四人が合流するのを待っていたのだから。
「食らいなっ!!」
赤崎機がブーストをかけながら吶喊し、テッドに向けてガウスガンを放った。
弾丸がメガロのアームを捉え、グズグズの鉄塊に変える。
『ちっ!!』
メガロが距離を取った間に、赤崎はアルバトロスを敵機と澄野の罔象の間に滑り込ませる。
罔象の装甲はかなり削り取られており、手にしたベヒモスもボロボロになっていた。
「ありがとう、助かったわ」
「困った時はお互い様ってね」
乱れた息を整える澄野に対して、赤崎がウィンクを返す。
だが、会話を交わす悠長な時間は無い。
飛燕のように翻ったテッド機が、まるで弾丸のような速さで突進してきた。
「くっ!!」
咄嗟に身をかわそうとするが、凄まじいスピードに反応が一瞬遅れた。
ギャリギャリと不快な音を立てながら装甲が削り取られる。
「‥‥確かにあんた達には同情するし、復讐したい気持ちは分からなくもない」
『‥‥何!?』
衝撃に眉をしかめながらも、赤崎はテッドに向けて口を開く。
――彼等の過去の戦歴と栄光に、敬意を込めるかのように瞑目しながら。
「かつての自分達と同じ志を持つ海兵達の命を奪い、人類に牙を向く。
――それが本意だと言うほど堕ちたなら、遠慮なく打ち砕いてあげる」
『黙れ‥‥っ!!』
テッドの声が、何か触れてはならぬ物に触れたかのような危険な色を帯びる。
しかし、赤崎は操縦桿を握り締めながら尚も言葉を叩きつけた。
「だけど、それがバグアによって歪められたものなら‥‥その呪縛から解放してあげるよ亡霊!!」
『黙れえっ!!』
激昂し、再び突進しようとするテッドだったが、そこにフォトンランチャーの弾幕が降り注ぐ。
周防機からの支援だ。
「させませんっ!!」
『‥‥邪魔をするな!!』
テッドが露払いにミサイルを放つと、周防は正確無比な狙撃でそれらを全て叩き落していく。
「隙ありっ!!」
――そして一瞬の隙を突いて距離を詰めた罔象のベヒモスが、メガロのヒレを引き裂いた。
『貴様らあああああああああっ!!』
更にスピードを上げて弾丸と化すテッドのメガロに、三人は懸命に攻撃を叩きつけていった。
リヴァイアサンの分厚い装甲で耐えていたアークだったが、次第に限界が近くなっていく。
対するミーシャのマンタも損傷を負っているが、致命傷という程では無い。
『さて、そろそろ止めよおチビちゃん?』
「‥‥っ!!」
一気に間合いを詰めるミーシャ‥‥だが、その瞬間白い影がその間に滑り込んだ。
『何っ!?』
――迫り来る光の爪に、ミーシャの表情が凍りつく。
装甲を大きく切り裂かれ、小爆発を起こすマンタ。
『こいつ‥‥っ!!』
システム・インヴィディアで威力を底上げしたレーザークローの主‥‥それは、今まで離れた間合いから援護していた昼寝機だ。
「あたしが射撃しか能の無い女だと思った?」
会心の笑みを浮かべる昼寝。
『ふん‥‥あーあ、痛いのは嫌なのよね。悪いけどサヨナラさせて貰うわ』
それに面白くなさそうに鼻を鳴らすと、踵を返して離脱していく。
「逃がさないよっ!!」
アークがエキドナとガウスガンで狙うが、撃墜させるには至らない。
「鹵獲なんて言わずきっちりと仕留めにきてよね!!
――あと、最後に教えて欲しいんだけど、あんた達の中で一番強いのはどいつ?」
――お前じゃ無いのは確かだ、と言わんばかりの口調で昼寝が問いかける。
それにミーシャはくすり、と微笑みながら答えた。
『ああ‥‥それなら――隊長かしらねぇ?』
その時、後方から悲鳴が上がる――クラウとヒューイのものだ。
『きゃあああああっ!!』
『ぐ‥‥あっ‥‥!! クソっ!!』
『‥‥まぁお優しいから死ぬ事は無いと思うけど、ね?』
はっとして後ろを振り返る昼寝とアーク――その間に、ミーシャのマンタは戦域外へと離脱していった。
――苛烈な攻撃に、クラウのアルバトロスの右腕が落とされた。
「くぅっ‥‥!! 頑張ってバトちゃん‥‥!!」
愛機に呼び掛けながら、クラウは何とか体勢を整える。
――だがその瞬間全く別の方向から衝撃を受けて、再び吹き飛ばされるクラウの機体。
「きゃあああああっ!!」
「クラウっ!! いい加減にしやがれっ!!」
ガウスガンでサイスのメガロを引き剥がそうと試みるヒューイ――彼の機体も、既にボロボロだ。
サイスはそれを紙一重でかわすと、一気に間合いを詰めてガウスガンごと腕を噛み千切った。
「ぐ‥‥あっ‥‥!! クソっ!!」
『済みませんね、今回はあまり余裕も無いもので‥‥全力で行かせて頂きますよ』
戦場に相応しくない穏やかな声を紡ぐのは、凶暴な機動で迫る海の暴君。
そのあまりのギャップに眩暈すら覚えそうになる。
「なんで、こんな事してるんですかっ!?
サイスさんは、何のために力を得たんですかっ。こんな事のために‥‥!!」
クラウがサイス目掛けて言葉を投げかける。
『‥‥申し訳ありませんが、今はお答え出来ません』
その間にもサイスは縦横無尽に動き回り、二人を追い詰めていく。
ヒューイの繰り出したレーザークローをその身に受けても、強引に突破しヒレを叩きつけるメガロ。
クラウはディフェンダーでそれを受け、衝撃に悶えつつも説得を止めようとはしない。
「じゃあその目的が終わったら、こっちへ‥‥戻れないんですか?」
『言ったでしょうお嬢さん。私達の身体は既に――』
「強化された身体なら、能力者だって変わらないよ!!」
涙を浮かべながら、クラウは必死に叫ぶ――この優しき強化人間を、ヒトの領域へと戻さんが為に。
「力なんて、使い方次第なのに‥‥なんで‥‥」
『やはりあなたは優しい――だが、戦場では命取りです』
サイスの言葉に厳しさが宿る。
――その瞬間、先ほどに倍する勢いで突進したメガロによって、クラウのアルバトロスの四肢と頭は切断されていた。
胴体だけとなり、水底に沈んでいくアルバトロス。
『‥‥この水深ならば、死ぬ事は無いでしょう』
「どう‥‥して‥‥」
薄れていく意識の中で、クラウは必死に手を伸ばす。
――しかし、それが届く事は決して無かった。
「よくも――!!」
ヒューイが激昂し、レーザークローをメガロ目掛けて叩き込む。
それは鏡面装甲を突き破り大穴を開ける――が、サイスは止まらなかった。
『仲間を失って怒るのは分かりますが‥‥肝心の攻撃の詰めが甘い』
「くっ‥‥!! 放せ!!」
機体が引き裂かれるのも構わず、メガロはヒューイ機の腰を咥え込む。
ギリギリと機体が軋み――不快な轟音を立てて、アルバトロスは真っ二つに引き裂かれた。
「うおおおおおおおっ!!」
『ヒャッハアアアアッ!!』
人型に変じ、光の爪を構えたビーストソウルと、魚雷を吐き出しながら迫るマンタが交錯する。
「ぐ、ぅ‥‥!!」
『か‥‥はぁ――っ!! 危ねぇ危ねぇ、こいつが無けりゃ負けてたな』
――威龍の一撃は中枢に届く寸前で止まり、ゲイル機の捕獲用アームは機関部を貫いていた。
力を失い、沈んでいくビーストソウル。
マンタがそれに照準を合わせようとした時、通信が入る。
『そこまでですゲイル、テッド――撤退しますよ』
『アァッ!? 俺はまだやれるぜ!?』
『‥‥止めるな隊長‥‥こいつらは‥‥っ!!』
ゲイルとテッドが不満げに声を上げる。
『‥‥私は「撤退する」と言ったぞ――ゲイル・バーグマン少尉、テッド・カーマイン少尉』
サイスの口調が、今までは打って変わって硬質で冷たい軍人のものに変わる。
その迫力は強化人間達だけでなく、傭兵達すらも戦慄させるものだった。
『――返事はどうした?』
『うっ‥‥』
『‥‥アイ、サー。大尉殿』
三機のワーム達は、踵を返して仄暗い水底へと去っていった。
「‥‥見逃されたって事? くっ‥‥!!」
澄野が悔しげに呟く。
――だが、その瞳は燃えるような熱さで、強化人間達の去っていった方角を見つめていた。