●リプレイ本文
未だに残骸と重油の揺蕩う海を、八機の水中用KVが行く。
「視界が悪いのは、ちょっと嫌ですね‥‥」
KF−14「ハク」に乗る柚井 ソラ(
ga0187)が辺りを見回しながら物憂げに呟く。
「星よ、力を‥‥バトちゃん、傷つけちゃうかもだけど、一緒に頑張ろうね。
――勿論、ソラ君と威龍さんも!!」
クラウディア・マリウス(
ga6559)はペンダントに触れながら、乗機であるアルバトロスのシートを撫でる。
と、同様に親しい間柄であるソラと、同じく僚機である威龍(
ga3859)に朗らかに呼び掛けた。
「ああ、こちらこそ宜しく頼む。
‥‥それにしても参加八機中五機がリヴァイアサンとは‥‥KVの進化は留まるところを知らないな」
威龍はそれに応えると、感慨深げに辺りを見回す。
自分達三人を除く全員が、水中用機体では最新鋭を誇る機体を駆っている。
威龍が操るビーストソウルが、つい最近まで最新鋭と呼ばれていたのが信じられない程だ。
(「リヴァイアサンやアルバ、けもたま‥‥新しい機体はいっぱいあるけど俺たちだってやれるんだぞって力発揮しよう頑張ろうね、ハク!」)
――だが、自分達が決して劣っているなんて思っていない。
そんな誇りを胸に、ソラは愛機に心の中で囁いた。
「さてリヴァイアサン‥‥力を見せて貰いますよ」
頼もしい感触を返してくる操縦桿を満足げに握り締めながら、周防 誠(
ga7131)が笑みを浮かべる。
そして、とうとう敵の姿が現れた。
――情報どおり、重武装を施したビッグフィッシュと、その艦載機であるマンタワームとメガロワーム。
「武装ビッグフィッシュ‥‥また厄介なものが出てきたわね」
澄野・絣(
gb3855)が険しい表情で敵を見据える。
――まず受ける印象は、『巨大』の一言。
迫り来るビッグフィッシュの威容は、近づいただけでも押し潰されそうな錯覚を覚える。
その感覚に、鯨井昼寝(
ga0488)は武者震いをしながら舌なめずりをした。
「は――――はははッ! 良いわ! 面白い!!」
自分一人では手も足も出ず、ただ恐怖するしかない存在。
それほどに圧倒的な敵で無ければ、挑む意味が無いではないか。
「行くわよ!!」
「ええ、いつでもどうぞ!!」
僚機の周防に呼び掛けると、鯨井は愛機「モビー・ディック」を変形させ、獰猛な笑みと共にBF目掛けてガウスガンを乱射する。
周防もまたBFとの距離を保ちながら、フォトンランチャーを放つ。
その殆どが強化FFと分厚い装甲によって阻まれる‥‥が、それで良い。
元々BFの注意をこちらに引き付ける事こそが狙いなのだから。
「さぁでっかいクジラさん‥‥お相手願いましょうか!!」
迫り来る濃密な弾幕に怯む事無く、鯨井は吼えた。
『ほう‥‥たった二機でこの艦に挑むか‥‥』
迫る鯨井と周防の二人を見たギースの目が、感心したような光を帯びる。
戦力差を鑑みれば、彼等の攻撃は儚い蟷螂の斧でしかない。
――だというのに、彼等の気迫の何と雄々しい事か。
ギースは、二人の姿にかつての自分達を重ねた。
敵いもしない圧倒的な力に、決して諦めずに立ち向かったかつての日々を思い起こす。
『――その心意気や良し。
砲撃手、照準を全てあの二機に合わせろ。その勇気に免じて誘いに乗ってやれ』
『アイ、サー!!』
そしてギースはモニターに移る二機のKVを見つめ、目を細める。
『彼等のような力が‥‥我等の頃にもあったならばな‥‥』
その呟きは、誰にも届く事無く戦いの喧騒に消えていった。
BFに向かった鯨井達を追いかけようとしたメガロワームとマンタワームの鼻先に、対潜ミサイルR3−Oが放たれる。
それを成したのは、巡航形態となったアーク・ウイング(
gb4432)のリヴァイアサンだ。
「捨て駒にされたうらみか、バグアに洗脳されたか知らないけれど、アーちゃんも黙って殺されるつもりはないからね。全力で行かせてもらうよ!!」
――二機のワームの足が止まる。
そこにすかさず澄野が接近し機槍斧「ベヒモス」を振るった。
だが、まるでトンボ返りのような動きで強烈な一撃を掻い潜ったメガロワームが、お返しとばかりに強靭な顎で噛み付いてくる。
咄嗟にベヒモスで受けるが――その瞬間背に衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「くっ!?」
水中とは言え凄まじいGが彼女を襲い、一瞬意識が飛びそうになる。
どうにか堪えて後ろを見ると、マンタの砲口がこちらに向けられていた――撃たれたのだ。
メガロに気を取られている間に回り込まれていたのだ。
「澄野さんっ!!」
咄嗟に白蓮(
gb8102)が間に割り込み、ホールディングミサイルを放った。
その一撃は装甲の一部に穴を開けるが、マンタは怯む事無く再び複雑な機動を取りながら攻撃を仕掛けて来る。
メガロが突進しながら牙と剣翼のように鋭いヒレで攻撃を仕掛け、それに気を取られていればマンタが死角から狙い打つ。
逆にマンタに気を取られれば、今度はメガロの接近を許してしまう。
「くっ‥‥このおっ!!」
アークが苛立ったような叫びを上げる。
敵は決して凄まじい性能や、圧倒的な技量を持っている訳では無い。
だが、阿吽の呼吸とばかりに統率の取れた磐石の連携で攻め立ててくる。
――一言で言えば、物凄くやり辛かった。
だが、白蓮は怯む事無く果敢に打ち掛かっていく。
「元は自分達と同じ様に人を守る為に戦っていたのでしょうっ、それが何故っ!」
すれ違い様のレーザークローが、メガロのヒレを一本切り裂いた。
『‥‥答える必要は無い』
まるでしわがれた老人のように疲れきった青年の声が、無線に響き渡る。
『‥‥心を、体を‥‥命をすり減らして戦った我らを切り捨てた人類などにはな!!』
「‥‥っ!!」
「白蓮っ!! っと、やらせないわよ!!」
白蓮目掛けて飛燕の如く翻ったメガロの突進を止めようと、澄野がベヒモスを振るう。
――メキャアッ!!
くぐもった轟音と共にぶつかり合う二機。
メガロは腹を大きく切り裂かれ、澄野機は片腕を失っていた。
咄嗟にマンタがフォローに入ろうとするが、白蓮が放った多連装魚雷「エキドナ」の弾幕が遮る。
「その隙、逃すと思っているのですかっ!!」
その隙に動きの鈍ったメガロ目掛けて、アークが照準を定めた。
「今だっ!!」
エンヴィー・クロックとシステム・インヴィディアが同時に起動し、命中精度と威力を高められたガウスガンの一撃がメガロの傷口を穿ち、爆発が起こる。
『‥‥ちっ!!』
『油断したわねぇ‥‥下がってなさいな』
『‥‥ふん』
悪態を吐くメガロのパイロットに、皮肉気な調子でマンタのパイロットが軽口を放つ。
面白く無さそうな悪態を残して、燃料を血液のように流しながらメガロが後退していく。
「待ちなさいっ!!」
『あら、させないわよ?』
させじと追いかけようとするが、すかさずマンタのプロトン砲が火を吹く。
三人は辛うじて光条を避けるが、その間にメガロは撤退していった。
もう一方の艦載機と戦うソラ達も、同様に苦戦していた。
――ドンドンドンドンッ!!
「くぅっ!!」
次々と巻き起こる魚雷の爆発――辛うじてそれらを掻い潜るソラ。
だが、水煙の切れたその先に待っていたのは、何時の間にか撒き散らされた機雷群。
回避が間に合わず触れてしまい、ソラはまたも激しい爆発に巻き込まれた。
「うううっ!!」
ソラを衝撃が襲い、ハクの装甲が剥がれ落ちていく。
『そらそらどうしたぁっ!? そんなモンか人類の希望とやらはよぉっ!!』
「調子に乗るなよ貴様っ!!」
挑発するように叫ぶマンタのパイロット目掛けて、威龍のビーストソウルが巡航形態で深々度からミサイルを乱射する。
『うおっと!! やるなぁっ!?』
マンタはどてっ腹に数発食らいながらも、体勢を立て直して反撃のプロトン砲を放った。
通信機から聞こえる荒々しい粗野な声に反して、その照準は針の穴を通すように正確だ。
「ちいっ!!」
威龍はそれを近くに浮いていた残骸に隠れる事で凌ぐ。
追いかけようとするマンタだったが、その上方から放たれたガウスガンに足を止められる。
「させません!!」
『ハッ!! 面白ぇじゃねえか小僧!!』
穿たれた装甲の隙間から血液のように燃料を漏らしながらも、マンタのパイロットは獰猛に笑った。
そしてクラウディアはしつこく纏わり付いてくるメガロを引き剥がそうと、必死になっていた。
「なんで、なんでこんな事するんですかっ!!」
通じるとは思っていないが、通信機でメガロに叫びながら牽制のガウスガンを放つ。
メガロは当たるのも構わず突進し、ヒレを叩きつける。
クラウディアはディフェンダーでそれを受けるが、強烈な一撃に機体が泳いだ。
「クラウさんっ!! 今援護を!!」
彼女の劣勢を見て取ったソラがエキドナを放つ。
流石に濃密な弾幕の中には飛び込めず、メガロが身をかわす
その間に距離を取るクラウディアだが、言葉を止める事はしない。
「同じ、人間なのに‥‥こんな、悲しい事っ!!」
『‥‥優しいのですね、お嬢さん』
「――っ!!」
聞こえてきたのは、優しげな青年の声。
『久しぶりに話せた人間が、あなたのような人で嬉しいですよ』
言葉の通り、その声は何処か弾んでいる。
――クラウディアには、そこに込められた感情に嘘は無いように思えた。
「待ってる人は居ないんですか? 家族とか‥‥」
『ええ、いましたよ。
結婚したばかりの妻と‥‥お腹の中の子が無事に生まれていたならば、今年で9歳になる筈です』
「‥‥っ!! それなら‥‥何で、帰ってあげないの‥‥!?」
クラウディアの瞳から涙が零れ落ちる。
彼女の父も、航空機事故で行方不明となっていた。
――もし彼のように生きていたならば、今すぐにでも会いたい。
だからこそ、何故彼等が人類に対して牙を剥くのか‥‥納得が行かなかったのだ。
「こんなの‥‥悲しいよ‥‥」
『そうですね‥‥ですが、この身は既に強化された身‥‥誰かを抱き締める代わりに絞め殺し、差し出された手を掴む代わりに握りつぶす、呪われた体です』
無念そうに男は呟くと、再びメガロを操って距離を詰め、プロトン砲を乱射する。
「だからっ!! どうしてそんな事をっ!!」
「クラウさん駄目ですっ!! 下がって!!」
尚も必死に呼び掛けるクラウディアを押し留め、ソラがホールディングミサイルを放つと、それはプロトン砲を直撃し、砲塔を吹き飛ばす。
『それを知りたくば‥‥私達に勝つ事です!!』
勢いを緩める事無くトップスピードに乗ったメガロは、二人目掛けてその顎を開いた。
BFから放たれる魚雷とフェザー砲、プロトン砲の衝撃に、全KVの中でも巨体を誇る筈のリヴァイアサンが木の葉のように翻弄される。
「くっ‥‥やはり火力は高いようですね」
エンヴィー・クロックを起動し、アクティブアーマーで致命打をかわした周防は、すかさず続けて飛来した魚雷群をガトリングで打ち落としていく。
そして浮かんでいる残骸を射線上に飛ばして盾にする。
「はあああああっ!!」
その間に、鯨井が接近し、ガウスガンを乱射する。
――だが水を切り裂いて放たれた弾丸は、硬い手応えに遮られ、僅かにしか傷を付ける事が出来ない。
その間に再び照準され、幾度も装甲を穿たれる。
「厚い火力に鉄壁の防御、か。
ふふ、まあ最低でもそれくらいはやってもらわないと嘘でしょ」
再び後退する鯨井だが、その口は楽しくて堪らないとばかりに吊り上っていた。
続けて放たれた一際巨大なプロトン砲を、装甲一枚を犠牲にして掻い潜る。
だがその間に距離を開けられ、再び砲火に曝される二人。
――遠距離の指し合いでは、完全に敵に分がある。
「まだ行ける、周防?」
「ええ、まだまだ!!」
既にアクティブアーマーは用を成しておらず、全身の装甲も残っている部分の方が少ない。
それでも、二人は果敢に攻め立てていく――そしてとうとう、弾幕に隙間が出来た。
「隙あり! なんてね。当たって下さいよ‥‥!!」
鯨井の援護を受けながら、ブーストをかけて周防機が奔る。
そして、突き出したレーザークローの一撃は、砲塔を切り裂き、FFと装甲を穿った。
「食らえええええええっ!!」
そして周防が穿った穴目掛けて、システム・インヴィディアで威力を高められた鯨井のガウスガンが、まるで巨大な白鯨へ放たれた銛の如く突き刺さる。
轟音を上げて、BFの内部に爆発が起こった。
「うおおおおおっ!!」
『ちいっ!! やるじゃねぇかこの野郎!!』
機体を変形させた威龍のビーストソウルの一撃が、マンタの尻尾のようなパーツを真っ二つに両断する。
『おい‥‥テメェの名前は何だ? 俺はゲイル。ゲイル・バーグマンだ』
「名乗られたらば答えねばなるまいな‥‥俺の名は威龍!! 覚えておくがいい!!」
『おう!! きやがれイーロンッ!! ぶっ潰してやるぜぇっ!?』
「望む所だ‥‥来るがいいっ!!」
マンタのパイロット――ゲイルに応え、威龍は仲間と共に全力で打ち掛かっていく。
いつ終わるとも知れない激闘――だが、それは唐突に終わりを告げた。
『傭兵諸君聞こえるか!! これより援護射撃を行う!! その間に離脱したまえ!!』
傭兵達の無線に響き渡る通信。
そして続いてBFとワーム達に対して数十発もの魚雷が飛来し、激しい爆発と水煙が上がる。
――UPC欧州軍の本隊が到着したのだ。
『総員撤退するぞ。即時帰艦せよ』
『アイ、サー!!』
それを見た亡霊達は、即座に引いていく。
『決着はぜってぇ付けてやるからな!! 覚えていやがれっ!!』
『それ、捨て台詞みたいで情けないわよゲイル?』
『うるせぇよミーシャ!! 黙ってろ!!』
BFの援護を受け、軽口を言い合いながら引いていくワーム達。
罵りあいながらも、そこには確かな信頼と、仲間意識が感じられる。
『それではお嬢さん、ご機嫌よう。次なる戦場では出会わない事を願っていますよ』
「‥‥待って下さいっ!!」
『‥‥私の名はサイス・クロフォード。
出来るなら、家族に伝言を‥‥いえ、忘れて下さい‥‥彼女達に迷惑はかけられませんからね」
クラウディアと語らっていたメガロのパイロット――サイスもまた引いていく。
追いかけようとしたが、彼女を含めた傭兵達の損傷は激しく、本隊から後退しろと命令が下る。
「どうして‥‥どうして‥‥っ!!」
「クラウさん‥‥」
涙を流すクラウディアを慰めながら、ソラは遠ざかっていくワーム達を見つめて呟く。
「憎しみ、恨み‥‥復讐。彼らが動くのはそれが原因‥‥?
それとも他に何かあるのかな‥‥?」
その疑問に答えられる者は、誰もいなかった。
その後亡霊たちを乗せたBFはUPC軍の追撃を振り切り、アフリカ方面へと撤退していった。