●リプレイ本文
――カタカタ、カタカタ‥‥。
『欠けたが故に少女を狂わせたのが愛ならば‥‥少女を立ち直らせたのも愛‥‥』
修道院の一室に、タイプライターを打つ音が響き渡る。
「『‥‥主よ、私達は平穏を取り戻す為に‥‥後どれほどの代償を払うのでしょうか‥‥』」
――思わず零れる呟き。
それをハンナ・ルーベンス(
ga5138)はタイプライターに打ち込むと、深く溜息を吐いた。
窓の外を見遣ると、そこには鉛色の空――そこからは、絶え間なく雨粒が降り注いでいる。
ハンナには、それがまるで空が泣いているように見えた。
(「丁度あの日も、こんな雨でした‥‥」)
――まるで、バグアに運命を狂わされた一人の少女の死を悲しむかのような、雨だった。
時は数日前に遡る。
修道院の前には、傭兵達を出迎えるアルマの姿があった。
「‥‥皆様、ようこそいらっしゃいました」
「初めまして、シスター・アルマ。ハンナ・ルーベンスです‥‥。
大司教様より、全てを見届けるように、と」
初対面であるアルマとハンナが挨拶を交し合う。
「今日はささやかではありますが、宴の準備が整っています。
‥‥どうか時間の許す限り、お付き合い下さい」
「それでは、私もお手伝い致しますシスター・アルマ」
「ありがとうございます‥‥それでは、参りましょう」
言葉を交わすと、ハンナは一足先に修道院の中へと入っていった。
「これで終幕、か‥‥いかにも人間らしい最後だな。
最後の最後まで一方的に奪っておいて‥‥あまりに理不尽じゃあないか」
他の傭兵達が修道院の中に入っていくが、クリス・フレイシア(
gb2547)は一人、車の中に残っていた。
「君は行かないのか、クリス?」
「どうも宴の雰囲気は苦手だし‥‥元々、祝う道理も無い」
車の扉の前に立っていたエリシアからの問い掛けに、クリスは吐き捨てるように答えた。
「ならば、何故君はここにいる?」
「‥‥全ての引導を、渡すためさ」
見下ろせば、そこには小銃「ピクシー」と、分厚いファイルがある。
それはどちらも、アニスへの引導を渡すためのものだった。
「あ‥‥」
傭兵達が部屋に入ると、アニスは何処か居心地悪そうに目を逸らした。
「こうして話すのは随分と久しぶりですね‥‥アニス」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)はアニスを安心させるかのように優しく微笑んだ。
覚醒状態とは正反対とも言える穏やかな口調に、アニスがきょとん、とした表情を浮かべる。
「その‥‥喋り方――」
「‥‥もう敵じゃないんですから、覚醒する必要もないでしょう?」
考えてみれば、宗太郎が素の口調でアニスと話したのは初対面の時以来だ。
――何度も対峙し、拳を交えたというのに‥‥それが少し滑稽に思えて、彼は思わず苦笑した。
「‥‥アニス。あなたの思惑通り、世界はあなたを悪とみなした。
だが、あなたがそこに何を求めようとしたのか‥‥結局私には分からなかった」
次に口を開いたのはアンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)――彼女は、アニスが行為の結果を簡潔に告げる。
「それは‥‥」
「‥‥別に教えてほしいわけじゃ無い。唯一つだけ、礼を言いたいんだ」
「――え?」
そしてアンジェリナは微笑んだ。
それは普段の彼女からは想像出来ないような、柔らかくて、優しい笑み。
「あなたの事を知ろうとしているうちに、私は、自分の事を知る事ができた。
――ずっと分からなかった、自分自身を」
そして、己を知る事が出来たからこそ、真に己が目指すものが分かった。
それは己に克ち続けるという「克己の誓い」
アニスに出会わなければ、きっと見つける事は出来なかっただろう。
「だから礼を言いたい‥‥ありがとう」
だから、アンジェリナは心の底から少女に感謝した。
「でも‥‥ボクは、皆を――」
「例えどんな人間で在って‥‥どんな許されない罪を背負っていようとも‥‥。
幸福を望む事は‥‥誰にでも許される事なのです‥‥」
アニスの拒絶の言葉を遮るように、終夜・無月(
ga3084)が微笑みながら口を開く。
「それに、それはアニスが『狂童』だった時の話でしょ? 今更蒸し返してもしょうがない話だしね」
無月の言葉に、忌咲(
ga3867)が同意するように笑う。
「人類の敵の狂童は、レヴィアタンと一緒に燃え尽きた。
だから、今ここに居るのは、『ただの』アニスだよ」
「そう‥‥今の君は、ただの‥‥幸せになっても良い‥‥子供だよ‥‥」
「‥‥ありがとう、二人とも」
優しく微笑む忌咲と無月に、アニスははにかんだ笑みで返した。
「考えてみるとこうやってマトモに話すのは初めて、なんだよね‥‥。
改めて、あたしは葵コハル、ヨロシクね」
緊張が解れたのを見計らって、葵 コハル(
ga3897)が右手を上げて挨拶する。
「久しぶりだな‥‥アニス・シュバルツバルト」
「ウン‥‥9ヶ月ぶりぐらい、カナ?」
そして次にアニスに声をかけたのは、コハルと同じくかつてアニス達に関わった、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)。
「自分はただ貴公の顔を見に来ただけだが‥‥お喋りになら喜んで付き合わせて貰おうか」
――私に面白い話が出来るかどうかは別問題だがな、とイレーネは少し気恥ずかしそうに呟いた。
「ほら、な‥‥自分はあまり面白い話はしなさそうな雰囲気だろう?」
「マァ確かにネ‥‥少し堅物そうな顔してるし」
「む‥‥真っ向から言われると少し腹が立つな」
「ふふふ、冗談だヨ」
少し憮然とした表情を浮かべるイレーネの顔を見て、アニスは楽しそうにクスクスと微笑む。
「ま、貴公は良い顔をしている‥‥安心した、と言っては変だがな」
まるで憑き物が落ちたようだ――イレーネはそんな風に感じていた。
彼女自身が犯した罪は償えないけれど、この世の幸せの殆どを知らない少女が、幸せを知るという事‥‥それだけは、素直に嬉しい。
「さぁ、それじゃあアニス‥‥準備をしよっか?」
「え? 何の?」
「アニスを女の子らしく着飾らせてあげたいって思ってさ‥‥はいコレ!!」
コハルが取り出したのは、色取り取りの美しい模様が描かれた美しい着物だった。
「でも洋服とかにはあんま詳しく無いし‥‥だからコレにしたんだ」
「で、でもボクこんな体だし‥‥」
「まぁ着替えるのはちょっと大変だと思うけど、さぁレッツトライ!!」
そしてアニスの寝巻きを脱がそうとするコハルだったが、ふと手を止めて他の傭兵達――特に男性二人に、厳しい目を向けた。
「何やってるの? さぁ一旦出て出て!!」
「は、はい‥‥」
「済みません‥‥」
すぐに気付け無かった事を恥じたのか、少し顔を赤らめながら出て行く無月と宗太郎。
「他の皆もだよ、さぁさぁ出て!!」
「む? 私達もか?」
「別に同性だし、私達は構わないと思うんだけど‥‥」
忌咲とイレーネまでも追い出そうとするコハルに、少し抗議するように言う二人。
だが、コハルは腰に手を当てて、呆れたように首を振った。
「じゃあ二人は着物の着付けは出来るの? ソレに大体、皆に見られてちゃアニスが落ち着かないじゃん」
「む‥‥確かにな」
コハルの言葉に納得したのか、宗太郎に続けて忌咲とイレーネも部屋を出て行く。
――数十分後、アニスの着替えは終わっていた。
そして最後の仕上げにと、アニスの髪を梳いていたコハルは、一粒涙を零した。
「‥‥どうしたの?」
「あぁ‥‥ゴメンゴメン‥‥誰が、じゃないな‥‥何が悪くてこうなったのか、って考えちゃってね」
心配そうに顔を覗き込むアニスに、コハルは慌てたように涙を拭う。
「責めるつもりは無いんだけど、アニスがバグアの所へ行く事を選ばなかったら、誰かそれを止める人がいなかったのか、その才能を受け止められてたら‥‥」
一房一房、丁寧に櫛を入れながら、コハルが言葉を紡いで行く。
俯いたその表情は、前髪に隠れてアニスからは窺う事は出来ない。
「『もしも』は現実には起き得ない話だけどさ、ドコかで違う選択がされてたら『味方』として『キメラの研究をしている天才少女』なんて立場で出会う事もあったんじゃないカナ?」
コハルの声は明るい――けれども、それは何処か無理をしているような明るさだった。
「狙われてるから護衛したり、あのキメラ捕まえてきて、とか‥‥」
「――コハル君‥‥」
「研究‥‥飽きた、から‥‥っ、どっか連れてって、とかっ‥‥!!」
次第にコハルの声は震え、頬からは涙が溢れて、シーツの上に水玉模様を描く。
きっとその『if』の世界はきっと凄く楽しくて‥‥そして、そこで自分達はきっと――、
「ゴメン‥‥『友達』になれたんじゃないかって思ったら、悔しくなっちゃってね」
「‥‥泣かないでコハル君、悪いのは全部‥‥ボクなんだからサ」
にはは、と恥ずかしそうに笑ってから、コハルは天を仰いで鼻を啜る。
涙は流したまま、けれども、顔には満面の笑みを浮かべる。
「――でも、今日コレであたし達『友達』だよね?」
「ウン‥‥。でも、ボクなんかでいいの?」
「あったり前じゃん!!」
二人の少女は涙を流したまま、いつまでも笑顔で見詰め合っていた。
そしてコハルはアニスの着替えが終わった事を仲間達に伝えに部屋を出て行く。
彼女と入れ替わりに部屋に入って来たのは、月森 花(
ga0053)だった。
どちらも少し戸惑うような表情を浮かべていたが、意を決したように花がベッドに近付き、アニスの傍らに腰を下ろした。
「何から話せばいいかな‥‥まずは改めて自己紹介。こうしてお互いが顔をさらすのは初めて‥‥だね。
ボクは月森 花だよ。花って呼んでね」
「うん‥‥花君」
まだ少し呆然としているアニスに見せるように、花は美しい千代紙を取り出し、それを丁寧に折りながら言葉を続ける。
「ボクにはね、アニスちゃんと同じように、大切に想う人がいるの。
その人は金髪のお侍さん‥‥サイゾウさんのことをずっと追いかけてて
最後の最後で心が通じて、ホントの友達になれたんだって。
――素敵でしょ? ボクもそんな存在になりたいな‥‥って。
あ、ごめんねボクの事ばっかり」
「そっか‥‥キミが、宗太郎君の――」
アニスのその言葉に、花は意外そうな顔を浮かべる。
「え? 何で知ってるの?」
「サイゾウ君と宗太郎君がロシアで戦った時、サイゾウ君がネ‥‥」
アニスがクスクスと笑いながらその時のやり取りを話し始める。
「‥‥で、サイゾウ君の軽口に、宗太郎君が『俺は彼女持ちだー!!』って」
「んもう‥‥宗太郎君ったら‥‥」
花は思わず顔を赤らめて俯くが、こほん、と咳払いをすると話を続ける。
「アニスちゃんとは何度か剣を交えた事もあったかな。
最近ではアニスちゃんの作品に、傷をつけて‥‥ごめんね」
花はそう言うが、ベヒモスとレヴィアタンはあくまで兵器だ。
しかも今まで二人は敵同士だった以上、仕方無いと言える。
だが、アニスは花の言葉に口を挟む事無く、無言で先を促した。
「でも、あの時はどうしてもボク達の声を届けたかったから‥‥。
戻れないところまで踏込んでしまっていたとしても、アニスちゃんには『女の子』としての幸せを願ったから‥‥」
そして、花が手にしていた千代紙が折り上がる。
それはシンプルで可愛らしい鶴だった。
「ねぇ、今はどんな気分? 大切な人たちには‥‥会えそう?」
「気分は‥‥嬉しかったり、怖かったり‥‥グチャグチャで、まだ良く分からないカナ」
花の問い掛けに、アニスは少し困ったように一瞬俯く。
だが、再び顔が上がった時には、ただ真っ直ぐな表情がそこにあった。
「でも、大切な人には会いたい。会えなくても、会ってみたい。
‥‥パパにも、ラッシーにも――それから、サイゾウ君にも」
「ふふ、いい顔だね。恋を‥‥する女の子って、どんな子でも、とってもキラキラして、そんな風に輝いてるんだよ」
「‥‥恋? これが、そうなの?」
アニスの頬が、桜色に染まる。
「そう‥‥だったんだ」
そんな彼女を、花は優しい笑顔で見つめていた。
「そろそろ行かなきゃ。
‥‥さよならは言わないよ。だから――じゃあね」
枕元に鶴を置く。
そして花はアニスに背を向け、笑顔で振り向きながら手を振ると、部屋から静かに出て行った。
暫くして、アニスの部屋にはささやかではあるが、色取り取りの料理やお菓子、飲み物が置かれていた。
ちなみにその多くが、アルマの手作りだ。
「あたしが作るよりも喜んでもらえそうだからね〜」
‥‥と、いうのがキョーコ・クルック(
ga4770)の談。
彼女はババロアとチョコレートムースを作るのを手伝っただけだ。
当のキョーコはアルマをアニスの隣に座らせ、メイド姿で給仕をしていた。
「ありがとうございますキョーコさん‥‥何から何まで‥‥」
「一応こっちが本職なんでね〜楽しい一時を」
「ウン、ありがとネ」
キョーコはアニス達に一声かけると、傭兵達にもコーヒーや紅茶、お菓子を配って行く。
そして、部屋には結城悠璃(
gb6689)の持ち込んだサンセット・シーを使った芳香剤の爽やかな香りが焚かれた。
「あ、いい匂いだネ」
「‥‥知ってるかな、この香り?
前に君と、生身で闘った時に持っていった香水だよ」
「あの時は渡しそびれちゃったけどね」
悠璃が少し残念そうに呟く。
「この香りは、何となく安らぐから好きなんだ。こういう状況には、悪くないと思う」
「そうだネ、ありがとう悠璃君」
「ふふ、どういたしまして」
その時、微笑んでいたアニスの表情に陰が落ちる。
「それと‥‥あの時、助けてくれて‥‥止めてくれて、ありがとう」
その言葉は悠璃だけで無く、スペインでの戦闘に参加した者達全員への言葉だった。
「‥‥そして、ここまで止まれなくて‥‥ごめんなさい」
俯くアニスの頭を、悠璃の暖かい手が包み込む。
「そうだね‥‥。
君の『悪』を‥‥僕の、僕達の『悪』で塗り潰してしまった。
僕達の関わりの中で、色んな事件も起こってしまった。
――僕たちもその事に対して、悔いが無い訳じゃぁ、もちろん無いよ。
もっと自分に『力』が有れば、上手く立ち回っていれば‥‥とか、さ」
「‥‥」
「‥‥でも、ね。
僕には‥‥僕にとっては、君との出会いや関わり、誓いは‥‥大切な想い出、『宝物』、だよ。
それだけは‥‥胸を張って、言える
だから‥‥『ありがとう』」
――アニスと出会えた事に、話せた事に、生きていてくれた事に、悠璃は感謝した。
「――悠璃君‥‥ありがとう」
アニスの瞳から、また涙が零れる。
「――さぁ、暗い話はそこまでにしましょう。
紅茶の用意も出来ましたし、パーティを始めようじゃありませんか」
柳凪 蓮夢(
gb8883)がパンパン、と手を叩き、重くなっていた空気を払うかのように声を上げた。
そして悠璃に向かって一つウィンクする。
それを見た悠璃は、他の者達に気付かれないように、彼に向かって小さく頭を下げて微笑んだ。
「ねぇ悠璃君‥‥キミのフルート、聞きたいな」
「――お安い御用です、お姫様」
にっこりと微笑むと、悠璃はフルートを取り出した。
――妙なる調べが、部屋の中に響き渡った。
そして宴は始まり、皆はリラックスしながら思い思いの時を過ごして行く
「そういえば、アニスとこうやってまともにお話をするのは初めてですね。
――初めましてアニス。こう挨拶するのもおかしいですが」
「ウン‥‥始めましてリディス君」
アニスに歩み寄り、そう挨拶したのはリディス(
ga0022)。
彼女は周りで騒ぐ傭兵達を見回してから、改めてアニスに微笑みかけた。
「今日は随分と賑やかになりましたね。それだけ皆さんあなたと話がしたかったということなのでしょうか。
‥‥今の気分はどうですか?」
アニスは少しだけ考えると、にこりと笑いながら答える。
「何だか、霧が晴れた感じカナ? 今は周りが良く見えるような気がして、気分がいいヨ」
「そうですか‥‥」
暫し、心地よい沈黙が二人の間に流れる。
その間、リディスは色々な『if』を思い浮かべていた。
――例えば、私が教師でアニスが生徒だったら今どういう関係になっていただろうか?
――例えば、アニスとサイゾウが兄妹で、私がその二人と知り合ったら今どういう関係になっていただろうか?
色々な可能性があった‥‥本当に、色々な可能性が。
しかし、今ある現実は一つだ。
(「ならば、私達はただそれを受け止めるべきなのでしょう」)
だから、それをアニスに問おうとは思わない。
そして何分かが経ってから、リディスは再びアニスに向き直った。
「前から少し聞きたかったんですが、少し聞いてもいいですか?」
「ン? 何かナ?」
「アニスが好きなものは、なんですか? 前からそれだけ聞きたかったんです」
「‥‥どうして?」
「何故それを知りたいか、と言われたら‥‥そうですね。アニスを知るなら、それが一番手っ取り早いから、ですね」
リディスはそう言うと、手にしたコップのジュースを飲み干して一息つくと、再び話し始める。
「人は誰かを記憶するとき、その人の好きなものを一番に覚えると思うんです。
その人の好きなものを知っておけば、次に会った時どうすればいいか分かりますしね」
その問いに、アニスは全く迷う事無く口を開いた。
「――研究かナ、やっぱり。
‥‥今までみたいな、人を傷つけるためのものじゃなくて、人のために、世界のためになるような研究。
うまく出来たら、褒めて貰えたからネ‥‥ママや、皆に」
そう――最初はそれだけの理由だったのだ。
勉強して、研究して‥‥母や皆に褒められたから、それが嬉しくて、どんどん貪欲に知識を蓄えていった。
だが‥‥いつからだろう? 楽しかった筈の研究を、澱んだ感情の捌け口にし始めたのは。
――5歳の頃に年老いた研究者を論破した時、初めて嫉妬の感情を叩き付けられた時だろうか?
――自分が発明した技術の利権を、醜く奪い合う大人たちの姿を目の当たりにした時だろうか?
アニスには、それがもう分からない。
けれど――最初に抱いた純粋な感情は、彼女の奥底に生き続けていた。
「今までのボクがやってきた事は、全部間違ってたって事は分かってる。
‥‥だけど、この思いだけは変わらないと思うんだヨ」
「あなたの思いの原点を聞けたような気がします‥‥ありがとうございました」
そう言って、リディスは立ち上がって傭兵達の輪の中へと歩いて行く。
「アニス、次に会うときはまた色々聞かせてください。
たとえ何処で再会することになっても」
「ウン‥‥楽しみにしてるヨ」
「直接顔を合せるのは半年振りですね‥‥ひさしぶりです、アニス」
次にアニスの下へと歩み寄ったのは、高坂聖(
ga4517)。
彼は、強化人間の技術に興味を持ち、アニスと関わったサイエンティストだ。
「今日はついでに四ヶ月前のアジト探索に参加し損ねて、読んでいない私への追伸を直に聞こうと思いましてね」
高坂はコーヒーを飲みながら微笑むと、四肢を失ったアニスの姿を見つめながら言葉を続ける。
「自分への人体実験の結果がそれですか‥‥。
まぁ、強化人間技術が手に入ったら私も同じように自分へ実験しますけど。
あなたが実験したそれは、私が求めるものに近いですからね‥‥」
口に出た言葉はアニスを気遣うというよりも、あくまでも科学者としてのどこまでも冷徹で、客観的な己の見解だった。
「ふふ‥‥高坂君らしいネ、その言葉」
「――褒め言葉として受け取っておきますよ」
二人はしばし、科学者としての顔で微笑みあう。
「ただ、本当なら戦いのためでなく強化人間技術やバグアの技術を使いたいのですけどね。
もちろん、バグアとの戦いを切り抜けるためですけど‥‥最近は、惑星探査・開発にその技術を使いたいですよ。
‥‥俄か研究者が見る、実現できるかも分からない夢ですけど‥‥」
高坂の顔が、科学者から夢見る青年のソレに変わる。
バグアが来襲して以来、宇宙はかつてと同じく、到達出来ない領域となってしまった。
だが、奴等を駆逐した後、その場所まで飛び立ちたい‥‥それが、高坂の夢だ。
「素敵だネ、そういう夢――ボクみたいに刹那的じゃない目的を持てる人って、羨ましいと思うヨ」
羨ましそうに笑うアニスだったが――次の瞬間、真剣な表情となる。
「――だけど、絶対に強化人間の技術なんて使っちゃ駄目。
この体になったが最後‥‥待っているのは、バグアによる永遠の隷属か、身の破滅だヨ。
ボクみたいに‥‥なったら駄目」
強化人間は、定期的にバグアによるメンテナンスを受けなければ死んでしまうらしいとも言われている。
そして、もう二度と人間の技術では元に戻る事など出来ない。
「それに、そんな素敵な夢を、侵略者の――『他人』の技術なんかで目指しちゃ駄目だヨ。
それはあくまでヒトとして‥‥ヒトの技術で目指すべき夢だから。
――それが、ボクが高坂君に残したかった言葉だヨ」
「‥‥確かに、受け取りましたよ。貴方の言葉を――」
真摯な表情で、高坂は深々と頷くのだった。
その後もアニスと傭兵達は、色々な話をした。
時間の許す限り語り合った。
――その何処にも、アニスの笑顔があった。
「――アニス、今幸せかい?」
それを見たキョーコは、アニスに向かって問う。
「うんっ!!」
満面の笑みを浮かべる彼女の顔を見て、キョーコは満足そうに頷いた。
「こんかいは、正義の味方になれたみたいだ」
(「‥‥あなた‥‥アニスは、こんな顔も出来ましたよ‥‥」)
アルマは溢れる涙を拭う事もせず、それをただ幸せそうに見つめると、そっと部屋から立ち去っていった。
「失礼‥‥少し席を外させてもらおう」
ソレに気付いたアンジェリナも、足早に部屋を出て行くのだった。
「‥‥神様。アニスが、あんなに笑っています‥‥本当に楽しそうに。
もう、思い残す事はありません――」
――アルマは、礼拝堂にて祭壇に向かって祈りを捧げていた。
「‥‥後を追うつもりか」
「‥‥」
咎める訳でも無く、しかし、強い心を込めてアンジェリナは問うた。
アルマは、ただ黙ってそれを聞いている。
「私は‥‥娘を失う母親の気持ちは分からない。でも、母親を失う娘の気持ちは解る」
思い出すのは、実の母親との死の別れと、育ての母親との決別。
――それはアンジェリナ・ルヴァンという女性の人格を形成した原因とも言える、二つの別れ。
あんな思いをするのは、自分だけで十分だ。
「それに‥‥貴女の子供達は、アニスだけでは無い筈だ」
「――!!」
アンジェリナの視線の先には、扉の陰からアルマを心配そうに覗き込む孤児だった子供達。
「‥‥アニスにも送ろうと思っていたが、あなたにも同じ言葉を送ろうアルマ・シュバルツバルト。
『自分に打ち勝て。弱い自分に、負けるな』。
‥‥だけど、止めはしない。ただ‥‥撫でてくれてありがとう。それだけを、伝えたかった」
あの温もりがあったからこそ、アンジェリナは己の過去を見つめなおす事が出来た。
それだけは伝えたかったのだ。
「‥‥大丈夫よアンジェリナさん。もう、そんな馬鹿な考えは吹き飛んだわ」
アルマは柔らかく微笑むと、アンジェリナと、子供達に向かって微笑む。
子供達はそれを察したのか、次々とアルマに向かって走り寄ってきた。
「しすたー‥‥だいじょうぶ?」
「ねぇ‥‥しすたー、どこかいっちゃうの?」
「安心して皆、もう大丈夫よ‥‥私は何処にも行ったりはしないわ‥‥もう、二度とね」
アルマは子供達を強く、強く抱き寄せた。
――己の瞳から零れる涙を、彼等に見られないように。
「‥‥『母親』は強いな」
アンジェリナは黙ってそこから立ち去った。
「――久々に、あなたに会いたくなったよ‥‥母さん」
道場の桜の下で笑う、育ての母の顔を思い出しながら。
『ネェネェ、宗太郎君に花君。二人って付き合ってからどのくらい経つのカナ?』
『え!? それは‥‥そのー‥‥』
『何? もったいぶらずに教えてヨー』
『あ、アニスちゃん!? お、大人をからかうんじゃありません!!』
通信機の向こうから、アニスと傭兵達の楽しげな話し声が響き渡る。
エリシアとクリスの二人は紅茶を飲みながら、それを黙って聞いていた。
『これはここに置いていくよ』
その通信機は、そう言って柳凪が持ってきたものだった。
「‥‥何故なんだろうな」
通信機に耳を傾けるエリシアの顔には、ただ空しさと悲しさだけがあった。
「‥‥壮健な内に、いや、『ヒト』の領域にいる内に、どうして君達のような人間が、彼女の周りにいなかったのだろうな」
仮定は無駄であると分かっているが、思わずにはいられない。
そうであったなら、未来は――今ある現実は変わっていた筈なのに。
「ああ‥‥その事だけは、心の底から神を恨みたくなるよ」
そうであったなら、誰も――不幸になんかならなかった筈なのに。
楽しい宴の時間は過ぎ去り、傭兵達は後片付けの手伝いをするため部屋を出て行く。
――忌咲はただ一人、アニスの傍に付き添い続けたが。
「忌咲さん‥‥済みませんが、少し席を外して頂けますか?」
「――うん、分かった」
そんな中部屋に入って来たのは、宴では静かにアニスを見守っていたティーダ(
ga7172)であった。
彼女は忌咲に部屋を出るように頼むと、無言のままアニスの傍らに歩み寄り、じっとアニスを見つめ続ける。
その瞳は、怒りでも憎しみでも、哀れみでも無い、複雑な色が瞬いていた。
「‥‥」
「‥‥」
二人はただ無言のまま見詰め合い、ただ雨音だけが部屋の中に響き渡る。
「私はある少女から、一人の男性を救って欲しいという手紙を受け取りました」
だが、ティーダはふとアニスから視線を外すと、独り言のように口を開いた。
「その男性は、バグアの『器』となっていました」
――その器の名は、ハットリ・サイゾウ。
淡々と紡がれる言葉を、アニスは黙って聞いている。
「彼女の小さな願いを守るため、私達は器を奪ったバグア――サイラスを倒しました」
かつてサイゾウを切り裂くと誓った、光の剣「烈光」で。
「その少女は、そしてサイゾウは救われたのでしょうか?」
ティーダは知りたかった――アニスが今どう思っているかを。
自分達が成した事には、意味はあったのかを。
「――宗太郎君、そこにいるんでしょ?」
だが、アニスはその問いには答えず、扉に向けて声をかけた。
そして少しの間の後、宗太郎がバツの悪そうな顔で姿を現す。
「気付かれていましたか‥‥立ち聞きするつもりは無かったんですが‥‥」
偶然サイゾウ‥‥そしてサイラスの話を耳にしてしまい、彼は扉の前に釘付けになってしまった。
宗太郎は、サイラスについてアニスに告げたい事があったから。
「‥‥知ってるかも、ですが‥‥サイラスは、最後に本当の意味で貴方を守った。
任務でなく、他の意思でなく‥‥自らの想いに従って。
――アレを許せという訳ではないですが‥‥まぁ、想いだけは受け取ってやって下さい」
自分勝手な言葉だとは、宗太郎自身も分かっている。
あのバグアは、名も体も紛い物‥‥だが、その思いだけは本物だったと思うから。
「大丈夫‥‥分かってるよ。それに、実はもうサイラスの事はあまり恨んで無いんだヨ」
「‥‥!? どういう事です?」
その言葉に、驚愕したようにティーダが問う。
それを押し留め、アニスは続ける。
「ボクは思うんだヨ。サイラス‥‥ううん、バグアって、本当は可哀想な種族なんじゃないかってネ。
――自分の体はおろか、記憶も、知識も‥‥全部誰かから奪った借り物。
そして、本来の自分の事は何十年、何百年という長い年月の間に磨耗して、己の在り方すらも忘れても、同じ事をひたすら続けて生きていく‥‥。
もう、何というか‥‥哀れを通り越して、滑稽だヨ」
その言葉に、ティーダと宗太郎ははっとある人物の、最期を思い出していた。
『――なんと――脆弱な――生き物か――。
‥‥君達は実に、度し難い生き物‥‥だった、よ』
「だから‥‥二人には、サイラスを『滅ぼして』欲しい。
サイゾウ君の体を取り戻すのと一緒に、サイラスを呪われた生から解放して欲しい。
‥‥これが、ボクの願いだヨ」
「確かに、受け取りました」
――宗太郎は、ただ力強く頷いた。
「そういえば‥‥ティーダ君の問いに答えて無かったネ」
アニスはティーダに振り向き、先ほどの問いの答えを告げる。
「サイゾウ君の‥‥死んだ人の思いは、もう分からないケド、ティーダ君は‥‥救ったヨ。少なくとも、私の心は‥‥救ってくれたヨ」
「ありがとう‥‥ございます」
その言葉に、ティーダは深々と頭を下げ、部屋を後にする。
そして寸前で振り向き、アニスの瞳を見つめながら告げた。
「私は決して許しません‥‥あなたの『悪』を、そしてバグアを」
幾度と無く見せた決意の瞳のまま、ティーダは言葉を紡ぐ。
――アニスが全てを犠牲にしたソレを、決して許さないと。
「託されたもうひとつの願い、必ず果たしましょう」
最後に一言そう告げると、ティーダは部屋を後にした。
宗太郎もそれに続く。
「貴方の掲げた信念は歪んでいた‥‥それは、私も許せません。
でも、最後まで意志を貫いたその強さだけは、尊敬します」
言葉は厳しいが、宗太郎は柔らかく微笑んだ。
「お疲れ様‥‥そしてまた会いましょう、アニス。今度は、友達として。
私達の手も汚れてますから、行き着く場所は同じです。
‥‥寂しくないでしょう?」
「ウン、その時が、今から楽しみだヨ――じゃあ、『またね』」
宗太郎の体が廊下へと消え、扉が閉まる。
――それが、宗太郎=シルエイトとアニス・シュバルツバルトの、最期の別れとなった。
「面と向かっては初めまして、でしょうか。アニス・シュバルツバルト」
続けて部屋に入ってきたのは、如月・由梨(
ga1805)だった。
「今一度、貴女の関連した報告書を読み直してきました。
人を無慈悲に殺めたこと、非人道的な扱い、それと無月さんを傷つけたこと。
やはり私は貴女を、到底、許すことはできません」
「‥‥」
由梨の言葉と表情は何処までも厳しい――だが、それはただ悪し様に罵っている訳では無い。
それは人の心を取り戻した彼女を、人として叱るための言葉。
戦いに疲れ、己自身が壊れ始めていると感じている由梨だが、まだ心は壊れていない。
心が残っている以上、自分は彼女を叱らなければならないのだ。
「‥‥ですけど、貴女の貫いた覚悟を贖罪として。
『狂童』としての貴女以外の、『今』の貴女を、私が死ぬまで覚えておきます。
‥‥それが、私からの貴女への人としての『情』と覚悟を揺るがせる『罰』です」
アニスはただ黙って唇を噛みながら、由梨の言葉を聞いていた。
しかし、決して目を逸らそうとも、顔を俯かせる事もない。
由梨は言う――アニスのした事は無駄では無かったと。
人々は確かに、アニスの‥‥バグアの恐怖と、その悪を焼き付けたのだと。
「――ただ、絶対に」
由梨の目に、一際厳しい光が宿る。
「貴女が生まれてきた事は悪を貫くためだけでない、と。それだけは胸に秘めて逝きなさい」
そして最後に、柔らかく微笑む。
「もう『悪い』ことをしてはいけませんよ」
「うん‥‥ごめんなさい‥‥」
涙で顔をくしゃくしゃにするアニスを、由梨は優しく抱き締めた。
「‥‥アニス、調子はどう?」
「あ、巴お姉ちゃん!!」
後片付けも落ち着いた頃、瓜生 巴(
ga5119)がひょっこりと顔を出す。
「パーティの時、あんまり話せなかったからどうしたのかと思ってたんだヨ」
ぷう、と頬を膨らませるアニスだが、瓜生の顔は真剣そのものだった。
「ねぇアニス――もう、いいの?」
「‥‥え?」
「もう、知りたい事や、やりたい事は無いの?」
それが残酷な問いだとは、瓜生自身分かっていた。
死に瀕した人に楽しい雰囲気を経験させると、この世にはもっと楽しいことがあるのに自分は死んでいくのだと、悔しさや未練をかきたてるかもしれない。
それでも、瓜生は諦めたく無かった。
医者では無い自分では、やれる事は何も無い‥‥それでも、アニスに生きる事を諦めて欲しくは無かった。
「‥‥に‥‥く、ない‥‥」
アニスが、震え始める――歯をガチガチと鳴らしながら。
そして、とうとう抑えられていたアニスの心は‥‥決壊した。
「嫌だヨ!! 嫌だ!! 死にたくない!! ボクはまだ死にたくなんか無い!!
――こんなに楽しいのに!! こんなに幸せなのに!!
今まで何でボクはこんな素敵なものを捨ててきたの!?
これからもこんな幸せを貰えた筈なのに!! 何でボクはソレを捨てちゃったの!?」
「アニス‥‥っ!!」
「嫌だヨ‥‥死ぬのは‥‥嫌だあああああああああああああああああああっ!!」
――耳を覆いたくなるような、心の底からの絶叫。
「うあああああああああああっ!! ああああああああああああああっ!!」
「ごめんね‥‥っ、アニス‥‥ごめん‥‥っ!!」
瓜生は震えるアニスの体を、泣き止むまで、ずっと抱き締め続けた。
アニスの思いを‥‥命を‥‥繋ぎ止めるかのように。
――それから、アニスはまるで張り詰めた糸が切れるように衰弱していった。
しかし、彼女は瓜生を責める事はせず、むしろ感謝を示した。
「‥‥ありがとうおねえちゃん。最期の最期で‥‥溜まってたモノ、吐き出せた気がする‥‥」
だから、ありがとう――アニスは、瓜生に弱々しく微笑む。
瓜生の決意を、アニスはしっかりと受け止めてくれていたのだ。
「ごめんねアニス‥‥馬鹿なお姉ちゃんで、ごめんね‥‥」
そして、永遠のまどろみに沈もうとするアニスの下へ、クリスが姿を現した。
その手のピクシーをアニスに突きつけながら。
「クリス君!?」
咄嗟に付き添っていた忌咲が立ち塞がる。
「どいてくれ‥‥これが、奴と僕との約束だ」
「忌咲さん‥‥通してあげて下さい」
「‥‥っ!!」
クリスの言葉と、アルマの言葉に、忌咲は引き下がるしかない。
「‥‥四肢がもげていようと、今までみたいに義手でも義足でもメトロニウム合金の歯ででも付けて、最後まで悪を貫いてくるがいい。
――そうすれば、約束通り僕が引導を渡してやろう」
アニスの頭に突きつけられる銃口‥‥だが、アニスは虚ろな目のまま首を微かに横に振った。
その意図を察したクリスは舌打ちをすると、銃を退ける。
「だが、それが出来ないのなら残念だ。今のお前は、僕が殺す価値も無い‥‥。
人のまま逝き、手にかけた者にあの世で詫びてくるがいい‥‥」
代わりに取り出したのは、分厚いファイル――それは、アニスが手に掛けた人々の名を連ねたものだった。
「最期の子守唄だ‥‥読み上げてやる」
「‥‥ひつ、よう‥‥ない、よ‥‥」
しかし、アニスはそれにすらも首を振った。
「‥‥ぜ、んぶ‥‥おぼえて、る‥‥から‥‥どう、ころしたか‥‥なに、もかも‥‥ぜん、ぶ‥‥」
「――っ!!」
ギリッ‥‥!! とクリスの歯が食い縛られる。
「やっぱり‥‥お前は卑怯者だ‥‥っ!!」
「‥‥ご、めん‥‥ね‥‥?」
アニスは蒼白の顔のまま、申し訳無さそうに微笑んだ。
――そして、とうとう最期の時は訪れる。
アニスの瞳は、もう何も映してはいない。
枕元のアルマの呼びかけにも、忌咲の呼びかけにも、応えない。
「――ああ、そんな‥‥ところに、いたんだ」
夢見るような表情のまま、アニスが呟く。
「これから‥‥ずっと‥‥ずっと、いっしょ‥‥サイ‥‥ウ、くん‥‥」
『遅いでアホウっ!! ほれ、さっさとせんかいアホ娘!!』
『うんっ!!』
「――サイゾウ?」
「ダチ公」の声が聞こえた気がして、宗太郎は振り返った。
――その瞬間、純白の鳩のつがいが、修道院の十字架から暁の空へと飛び立っていく。
「何だ‥‥あなたも来てたんじゃ無いですか‥‥」
悲しいけれど、嬉しくて‥‥宗太郎は一筋涙を流した。
「貴方が私の罪です。ならばそれを私は背負いましょう」
彼女とは、あまり関わりは無かったけれど‥‥それは確かに、自分が救えなかった命だから。
全ての終わりを見届けた天宮(
gb4665)は、ただ静かに彼女の冥福を祈った。
悠璃は、廊下に蹲って泣いていた。
アニスの前では、決して泣かないと誓っていたが‥‥もう、彼女はいない。
だから、悠璃はただひたすら‥‥泣いた。
「‥‥アニ‥‥スッ‥‥!!」
そんな彼の肩を、柳凪はただ黙って支える。
‥‥少しでも友の悲しみを分かち合えるように。
――全てが終わった後、空いたベッドの傍には瓜生が一人座っていた。
彼女はただ黙って天井を見つめながら、静かに涙を流していた。
「ありがとう。
アニスは裏切り者なんかじゃない」
‥‥だって私たちは、前よりずっと強くなったよ。
ドイツのとある修道院の傍には、一つの小さな墓がある。
その前に、一人の男が立っていた。
表情は、白いデスマスクに覆われ窺い知る事は出来ない。
――彼は無言のまま墓の傍らに手にした刀を置くと、マントを翻して背を向ける。
「‥‥さらばだ、アニス」
男は己の中に芽生えた思いを胸に、再び闘争の世界へと帰っていった。