タイトル:【聖夜】サンタin騎士鳥マスター:ドク

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 17 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/09 02:56

●オープニング本文


『――頑張れカンフーマスクー!!』
『キャーッ!! ロバートくーん!!』

 イギリスのとある街の公園に、子供達の無邪気な歓声、そして女性達の黄色い歓声が響き渡る。
 中央に設けられたステージの上では、数ヶ月ぶりに芸能活動に復帰したロバート・サンディが変身ヒーローのスーツを着て、悪の怪人達と大立ち回りを演じていた。
 今年の初めに起きた事故以来、数ヶ月ぶりの芸能活動であったが、その動きのキレは全く衰えていない。
 ヒーローショーの主催者であり、映画監督のリカルド・トンプソンはそれを見て満足げに頷いた。

「‥‥アクション俳優ロバート・サンディ、完全復活だな」
「ええ、本当にあの子の精神力は大したもんですよ」

 独り言のようなリカルドの呟きに、周囲にいたスタッフ達が応える。


――その時、わっと会場の観客達が沸き立つ。


 ロバートがアクロバティックな動きで放った必殺キックで、怪人を派手に吹き飛ばしたのだ。
 そして口上を高々と述べ、ポーズを決めるロバート扮するヒーロー。
 その日のショーは大盛況のまま幕を閉じたのだった。



 ショーを終えたロバートに、サインをねだるファンと、マスコミの取材陣が殺到する。
 悲劇的な事故のショックを乗り越え、奇跡の復活を遂げた少年アクション俳優‥‥その上、容姿もかなり整っていると来ては、彼らがロバートを放って置く訳が無かった。
 ファンの一人ひとりに笑顔で応え、マスコミのインタビューに適度に答えるロバートの視線の片隅に、一組の子供達が言い争っているのが見えた。
 普段ならそのまま歩き去ってしまうような些細な風景だったが、彼らから聞こえてきた口論の内容に、ロバートははっとする。

「サンタは絶対にいるよ!!」
「そんなのいねーに決まってるだろ!! 馬鹿じゃねーの!?」
「‥‥だ、だってカンフーマスクはいるじゃないか!!」
「あれはテレビの中の話だろ!! それとサンタとどう関係があんだよ!!」

 どうやら、『サンタはいるか、いないか』について言い合っているようだった。
 いない、という少年には周囲の子供からそうだそうだ、と同意の声が聞こえ、いる、と主張している少年は劣勢に立たされているようだ。

(「サンタ‥‥か」)

 自分の幼い頃を思い出し、微笑むロバート。
 彼はその場をスタッフ達に任せると、ファンとマスコミの輪から抜け出し、子供達の方へと向かっていった。



「――どうしたの?」
「‥‥あーっ!! ロバート君だ!!」
「すげー!! 本物だ!!」
「握手してよ握手!!」

 背後から突然、自分達の憧れるヒーロー役の少年に声をかけられた事で、少年達は喧嘩していた事もすっかり忘れてロバートに群がった。

「で、皆何で喧嘩してたの?」

 彼らが落ち着くのを待って、ロバートは彼らに問いかける。
 すると少年達はばつの悪そうな顔でぽつり、ぽつりと答え始めた。

「‥‥そろそろクリスマスだから、今年はサンタさんは来てくれるかなって僕が言ったんだけど――」
「だけどオレが言ってやったんだ!! そんな奴いないって!!」
「だ、だけどパパとママはいるって‥‥」
「いるもんか!! だって、オレが去年『兵隊さんになって帰ってこないパパを連れてきて』ってお願いしたのに、全然来てくれなかったんだぞ!! オマエの親はウソツキだ!!」

 その言葉に、ロバートははっとする。
――おそらく彼の父親は、バグアと戦うために兵士となり‥‥帰って来なかったのだろう。

「‥‥ぱ、パパとママの悪口を言うなんて‥‥許さないぞ!!」
「やるかこのっ!!」

 お互い涙目になりながら取っ組み合おうとする少年達を、ロバートはそっと抑えつけた。
 興奮する彼らを宥めると、ロバートは静かに口を開く。

「二人の『意見』は分かった‥‥なら、二人はサンタさんに『いて欲しい』って思う?」
「――え?」
「サンタさんが本当にいるのか、それは僕にも分からない。
――けど、『こうだったらいいのになぁ』って思うように、君達はサンタさんに「いて欲しい」って思う?」

 言い争っていた二人を含めた子供達は、互いに顔を見合わせると、一斉に首を縦に振った。
 それを見て嬉しそうに微笑んだロバートは、彼らの頭を優しく撫でていく。

「‥‥たとえ何があっても、何かを夢見る気持ちは忘れないで。
 辛い現実ばっかりに目を向けて、拗ねたりなんかしないで、心に『希望』を持っていて欲しい。
 そうじゃないと、世界は本当に面白く無くなっちゃうから」

 優しいけれど真剣なロバートの言葉に、子供達は力強く頷き、そして帰っていった。



 スタジオに帰ったロバートはスタジオ・トンプソンのスタッフ達を集めて、口を開いた。



「イギリス中の子供達に、プレゼントを配りたいんです」



 その言葉に、スタッフ達は一様に驚きの声を上げる。

「おいおい、いくらイギリスとは言え、かなり広いぞ?」
「それにコストも馬鹿にならんし、飛行機でも使わんと無理だ」
「‥‥そこはちゃんと考えてあります」

 反対の声を遮って、ロバートは計画を話し始める。


 その内容は、UPCに依頼して傭兵を派遣してもらい、彼らの乗るKVにプレゼントを満載したコンテナを輸送してもらうという物だった。


 そして、勿論それにはロバート自身も参加する。

「し、しかしそんな予算は‥‥」
「プレゼント自体は、僕のポケットマネーから出します。スタジオには迷惑はかけません」
「この前みたいにバグアに襲われる可能性だって――!!」
「少しだけでもいいから、僕は子供達に夢を届けたいんです。
 確かにこの世界には、バグアの脅威と隣り合わせで、危険が一杯だけど‥‥そんな世界だからこそ、子供達に希望を抱いていて欲しいんです!!」
「そこまでだ、皆」

 尚も食い下がろうとするスタッフ達を、リカルドが止める。
 そしてロバートへと向き直ると、親指を立てた右手を力強く突き出した。

「――俺が許可する。好きなようにやってみろ、ロバート」
「か、監督!! そんな無茶な!!」
「あの事故から一年近く‥‥ようやくロバートが決心したんだ。
 俺達がサポートしてやらんで、何の為のスタッフだ」

 その言葉にはっとするスタッフ達――以前の事故以来、ロバートは飛行機に対して恐怖心のような物を抱き、今日まで使う事が出来なかったのだ。

「それに予算に関しても、ツテがあるから心配せんでいい」

 そう言って頼もしげにリカルドは笑い、『とある人物』に電話するために受話器を取ったのだった。



 UPCからKVの使用許可が下りたのは、その数日後の事だ。
 あまりに異例の決定――その裏には『とある伯爵とその会社』からの強い働きかけがあったという。
 その事について、時の関係者は語る。



『‥‥伯爵ならば仕方ない』



 こうして聖なる夜、能力者という名のサンタが駆る騎士鳥が飛び立つ事となったのである。

●参加者一覧

/ 白鐘剣一郎(ga0184) / 威龍(ga3859) / UNKNOWN(ga4276) / 常夜ケイ(ga4803) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / カルマ・シュタット(ga6302) / 砕牙 九郎(ga7366) / 秘色(ga8202) / 百地・悠季(ga8270) / 紅 アリカ(ga8708) / 須磨井 礼二(gb2034) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / 七市 一信(gb5015) / ソーニャ(gb5824) / 奏歌 アルブレヒト(gb9003

●リプレイ本文

 クリスマス――いつもは日々の任務に命を懸ける軍人達も、少し浮かれた様子で楽しんでいる。
 だが、イギリスのとある基地の滑走路では、多くの人々が忙しそうに駆け回っていた。

「機体のサンタカラーへの塗り替え、完了しました!!」
「よーし、次はコンテナの接続だ!! 中のプレゼントを痛めたりしたら承知しねぇぞ!!
 『我らが伯爵』の名前を絶対に汚すなよ!!」
『了解!!』

 ボランティアである筈の整備兵達の士気は高い。
 それもその筈、彼らはいずれも、このイベントのスポンサーであるカプロイア伯爵に恩義のある者達だった。

「KVでプレゼント配送とは剛毅だな。だがそういうのは嫌いじゃない」

 彼らの様子を見届けながら、白鐘剣一郎(ga0184)は微笑んだ。
 その手の中には、動物やKVのぬいぐるみや、プラスチックの模型などが抱えられている。
 全て彼の私物だが、白鐘はこれらを全てプレゼントとしてコンテナに紛れ込ませるつもりだった。
 何故なら今日はクリスマス――子供達を喜ばせる事こそが、自分達の使命だからだ。



 格納庫の傍らではこの企画の発案者であるロバートと、彼と面識のある傭兵同士が、再会を喜びあっていた。

「久しぶりだな、ロバート。
 元気そうで何よりだ。活躍の方は耳にしているぜ」
「は、はい!! 威龍さんもお元気そうで良かったです!!」

 にかっと笑いながら、威龍(ga3859)がロバートの頭をくしゃり、と撫でる。
 そこにはただの知り合いというだけでは無い、確かな親愛の情があった。
 こそばゆそうに、けれど嬉しそうにロバートは笑った。

「逢いたかったのよー。
 はいコレ!! IMPの最新アルバムよ」
「ありがとうございます、楽しみに聴かせて頂きますね」

 続けて彼の手を取り、ぶんぶんと振り回すように握手するのは常夜ケイ(ga4803)。
 彼女はロバートが能力者になる前から面識があり、おそらく最も彼と付き合いの長い傭兵の一人である。

「久方ぶりじゃの。わしの事は覚えておるかえ?
 その後能力者として『おぬしの戦い』をしておると聞いた」
「はい、秘色さん」

 秘色(ga8202)はロングスカートのサンタコスチュームに身を包み、優雅な調子で話しかける。
 彼女もロバートが能力者となる切っ掛けを与えてくれた人物の一人だ。
 全員が全員、ロバートの復帰を我が事のように喜んでいた。
――それは知り合いであるという事だけが理由では無い。

「‥‥事故の話も聞いておるよ」
「‥‥はい」

 ロバートの顔が曇る。
 彼とスタジオのスタッフが乗った飛行機がキメラの攻撃を受け、墜落したのは十ヶ月前。
――その時乗客乗員含めて、生き残ったのはロバート唯一人であった。
 そして、その時の救出任務に赴いたのが威龍と常夜の二人だったのだ。

「――あの時の傷に障りは無いか?」
「それは‥‥大丈夫です。だけど――」

 ロバートが威龍の前に手を差し出す。それはまるで痙攣するかのように震えていた。

「‥‥直前になったら、これです。
 やっぱり――飛行機に乗ろうとすると、あの時の事を思い出しちゃって‥‥」

 自嘲するように微笑むロバート――だが秘色はそんな彼を優しく抱き締める。

「‥‥わぷっ!?」
「じゃが今おぬしは飛ぼうとしておる、この国の童達の為。
 しかと戦えておるのう――偉いぞえ。わしはおぬしを褒めてやるのじゃよ」

 秘色の慈母の如き豊満な胸に包まれてどぎまぎするロバートに構わず、彼女は微笑みながらその頭を撫でてやった。
――腕に伝わる震えが収まっていく。
 しかし身を離したロバートの表情は、やはり何処か不安げだ。

「ねぇロバート‥‥私と一緒に行きましょう?」
「え?」
「貴方と行きたいんだ、私は」

 ソレを見かねたのか、それとも天然か――常夜がそう提案する。

「そうだ、俺たちも全力でサポートする。
 お前は一人じゃない‥‥向こうを見てみろ」

 威龍が指し示す方向には、ロバートの企画に賛同した数多くの傭兵達がいた。

「いいではないか‥‥手伝おう。なに、私は旅人だ。
 知らぬ場所など、私には無いよ」

 UNKNOWN(ga4276)が、鋭い瞳と優しい微笑みをたたえながら、煙草を燻らせる。
 その姿は、正しく「ダンディズム」に満ち満ちていた。


 ロイヤルブラックの裾の長いフロックコートに、同色のパンツとウェストコート。

 立て襟のパールホワイトのカフスシャツ、スカーレットのタイとポケットチーフ。

 兎皮の鍔が広めの黒い帽子にコードバンの黒靴と共皮のベルト、そして手袋。

 白絹のロングマフラー、白蝶貝に銀を使った古美術品のタイピンとカフ。


‥‥ともすればわざとらしい程の服装。
 しかし、それが自分本来のスタイルだと言わんばかりに、UNKNOWNという男はそれを完璧に着こなしてみせていた。
 それは、例えサンタ役であっても変わらない。


‥‥シュティレ ナハト‥‥ハーィリゲ ナハト♪
‥‥アレス シュレーフト‥‥アィンザム ヴァハト♪
‥‥ヌーァ ダス トラォテ‥‥ホーホハィリゲ パーァ♪


 美しい歌声が響き渡る。
 歌詞こそドイツ語だが、それは誰もが知っている歌‥‥「清しこの夜」だ。
 それを紡ぐのは、奏歌 アルブレヒト(gb9003)。

「‥‥こういう時だからこそ夢を‥‥ですか」

 その名の通り、歌を奏でた彼女は一人呟く。
 光を失った虚ろな双眸と、普段は無表情な口元に仄かな笑みを浮かべながら。
 今宵この身はサンタとなりて、『かつての己』に夢と希望を届けるのだ。
――そんな自分が笑顔でなくては、どうして彼らを笑顔にさせられよう。

「今の世の中、パンダさんだってサンタの真似事したくもなるさね」

 そう言って七市 一信(gb5015)はパンダの着ぐるみから覗く口元に笑いをたたえる。
 やはりクリスマスは子供達に夢を与える日でなくては。
 うんうんと頷きながら、七市はトナカイのカラーリングを施したAU−KV「バハムート」を装着した。


――その胸の思いはそれぞれだが、目標は全て同じだ。


「――皆さん‥‥ありがとうございます!!」

 勢い良く傭兵達に頭を下げるロバート――その体の震えは、完全に収まっていた。

「――さて、参ろうかえ?」
「はいっ!!」

 秘色の言葉に、ロバートは晴れやかな笑顔で答えた。



 そして、能力者たちは己の愛機を思い思いのカラーリングに染めて、空へと上がっていく。

「行こうかウシンディ。今日は勝利ではなく「夢」を届けに」

 カルマ・シュタット(ga6302)はそう呟きながら、コクピットに身を滑り込ませる。
 「勝利」と名付けられた黒と金に染められた彼の機体は、クリスマスらしく赤と白の明るい色で統一されていた。
 そしてカルマ自身も、己の髪を白く染め、紅白の衣装に身を包み、白い作り物の髭を付けている。
 普段はクールな美形、といった彼だが、今の姿は立派なサンタクロースだ。

「‥‥さて、子供達の夢のためにも、私達が一肌脱いであげないとね‥‥」

 そんな彼の後を、紅 アリカ(ga8708)が続く。

「――お気をつけてー!!」

 次々と飛び立っていくサンタ達を見送る整備兵達の顔には、玉粒の汗と疲労が浮かんでいる。
 だが全員の心は、不思議と晴れやかだった。



「えへへ、ボクのアイデアどうかな?」

 黒地に、トナカイが引くサンタのソリのペイントが施されたロビンを見上げながら、ソーニャ(gb5824)は上機嫌で目の前の男に声をかける。

「ふむ、中々センスに満ち溢れた塗装だ。私も見習いたい所だよ」

 目の前の少女はかなり露出度の高いサンタ衣装を身に纏っているのだが、男は一切動揺を見せない。


――何故なら彼は紳士であるからだ。


 とある格納庫の一角で、紅いマントに身を包み、金の仮面をつけた紳士――ナイト・ゴールドは二人の少女との会話を楽しんでいた。

「今日は、みなさんにお届け物をしてきますっ!!」
「うむ、頼んだぞ橘川君。子供達に夢と希望を与えて来てくれたまえ」

 目の前の憧れの存在に対してびしっ!! と敬礼しながら、橘川 海(gb4179)は元気良く声を上げた。

――けれど、橘川の目尻には少しだけ涙が滲んでいた。

 ナイト・ゴールドの名の下に集った同志達によって結成された小隊・ラウンドナイツ。
 橘川はその中に所属し、彼を尊敬‥‥という言葉では足りない程に慕っていた。
 しかし、そのラウンドナイツも、近く解散される事となったのである。

‥‥寂しくない訳が無かった。

 だけど泣かない――橘川は涙を引っ込めて、憧れのナイトに向かって花丸の笑顔を向けた。
 その最後の日まで、微笑を忘れずに‥‥そう橘川は己に誓ったのだから。

「ふむ、良い笑顔だ‥‥女性というのはそうでなくてはいかん」

 そう微笑むと、ナイト・ゴールドはくしゃり、と橘川の頭を撫でた。

「いってきたまえ」
「――はいっ!!」

 そして橘川は愛機ロングボウに乗り込み、一足先に外でスタンバイしていた、親友の百地・悠季(ga8270)と澄野・絣(gb3855)の二人と合流する。

「‥‥待ちくたびれたわよ。さあ、早く行きましょう」
「えへへ、ごめんね悠季――それじゃあ行こう、二人とも!!」
「ええ、了解よ、海」

 そして橘川のロングボウ、澄野のロビン、そして百地のサイファーはイギリスの空へと上がっていく。



 ふと、百地は先日購入したばかりの愛機に、愛称をつけていない事を思い出した。
 少しだけ考え込んでから、まるで我が子をあやすかのように操縦桿を撫でる。

「そうね‥‥名称は『Heralldia』
 夢に出て元気付けてくれた彼女の自称をね」

 少しおどけて肩を竦めると、機体の動きを確かめるようにスロットルを上げ、百地と二人の機体は冷たい冬の夜空を駆けるのだった。

「小隊『千日紅』配達便版ということで‥‥さあ夢を配達に行くわよ」



――かくして18人のサンタ達は飛び立った‥‥子供たちに、夢と希望を与えるために。



 ロバートを乗せたS−01は、威龍と常夜のウーフーの誘導の下、目的地へと到着しようとしていた。

『――KVが臨時のトナカイか。
 いつもは破壊にしか使えないこいつも、子供達の夢の為に使われるのなら本望だろうな。
‥‥よし、あそこに降りるぞロバート』
「はい、威龍さん。常夜さんも、準備をお願いします」
『了解ニャ♪』

 威龍の言葉に答えるロバートの衣装は、何故かサンタでは無く、カンフーマスクのものになっていた。
 これは、ロバートは顔が売れすぎているため、サンタに変装するより、今の役柄を演じたほうが子供達に夢を与えられる、というリカルドの提案だ。
 そして補助シートに座る常夜はごく普通のサンタ服だが、彼女の提案により「カンフーマスクの友人、ホーリーキャット」という設定で動いている。

「あ、あははは‥‥まだその喋り方はいいですよ」

‥‥相変わらずエキセントリックな人だなぁ。
 ロバートは少しだけ額に汗を滲ませながら着陸態勢に入るのだった。



 夜の街の公園に、何処か懐かしさを感じさせるような勇壮な歌が流れ出す。

「これは‥‥カンフーマスクのテーマ?」

 それは空から舞い降りたウーフーのソニックフォンブラスターから聞こえてきた。
 CDとは違うけれど、確かな歌唱力を以て歌われるその歌に、多くの人々が足を止めて聞き入る。
 そしてその歌が終わると同時に、S−01ともう一機のウーフーが舞い降りた。
 衆人環視の中、S−01とソニックフォンブラスターを付けたウーフーから素早く人影が飛び出したかと思うと、噴水の上に設けられたオブジェに飛び乗り、ポーズを決める。

――一人はサンタの衣装を付け、猫耳を生やした少女。

――もう一人は、派手派手しい龍の絵が描かれたカンフー服に、鋭角的なデザインのマスクを被った少年。

 それは紛れも無く、今イギリス中の子供の間で大人気の番組の主人公‥‥カンフーマスクの姿であった。

「うわー!! カンフーマスクだ!!」
「‥‥ほ、本物だ!! さ、サイン貰わないと」
『キャー!! ロバートくーん!!』

 大人も子供も、わっと彼らの元へ走っていく。

「メリークリスマス良い子の皆!! サンタクロースを連れてきたよ!!」

 それに合わせて、レドームにサンタのペイントを施したウーフーから、サンタの衣装を着た男が姿を現した。
 ぎこちなくだが彼が手を振ると、人々は次々に歓声を上げる。

「掴みはOK‥‥といった所かな」

 人々を見下ろしながら、サンタ――威龍は満足げに呟いた。



 ロバートと威龍、常夜は手分けしてプレゼント配っていく。
 子供だけでは無く、特撮ファンの大人やロバート目当ての女性も多く寄ってくるが、三人はその全員にもプレゼントを手渡していった。



――暫くして、イギリス中に一つの情報が駆け巡る。

『――正義の味方カンフーマスクが、サンタを連れてやってきた!!』

 それはクリスマスを前にした子供たちの間に、あっという間に広がっていった。
 そして情報どおり、様々な姿をしたサンタ達が次々と現れ、プレゼントを手渡していく。
 イギリス中の街という街で、てんやわんやの大騒ぎとなった。



 ロンドンのとある住宅街に、ざわざわとした黒山の人だかりが出来ていた。
 原因は突如家々の前に舞い降りたKV――フェニックスの存在。
 普通ならばパニックが起こる所だが、その機体に施されたペイントが住民の理性を保たせていた。
 尖った胸部を派手派手しい赤色でペイントした機体――それは肩に設けられた角のようなブースターポッドと相俟って、『赤鼻のトナカイ』のようにコミカルに感じられる。
 そして仄かに機体を覆う美しい光輪――フレーム「オリオール」も、人を引き付ける原因となった。
 そしてとうとう、コクピットのキャノピーが開き、中からパイロットが姿を現す。


――ゴクリ。


 住民達に緊張が走る。

「スマイル、スマイラー、スマイレージ♪ 笑顔をお届けに参りましたよ〜☆」

――辺りに須磨井 礼二(gb2034)の声が高らかに響き渡った。
 どこまでも晴れやかで暢気な調子の声に、住民達は腰砕けになった。
 彼が纏ったAU−KV「バハムート」は、見事なまでにサンタカラーに染められている。
 いつもは無骨で重厚なバハムートの印象は、ずんぐりむっくりとした愛嬌のある雰囲気に変わっていた。
 そんな事もあって、どっと笑いの波が人だかりを駆け巡った。

(「ふっふっふ‥‥貯まってきているのが分かりますよ、彼らの笑顔のマイレージが!!」)

 常日頃からスマイレージ精神を広める事を身上とする須磨井は、彼らの様子を見て満足げに頷く。

「ねぇ!! これって何!?」
「ふふふ、サンタの最新モードですよ」

 そして珍しそうにバハムートをぺちぺちと叩いていた少女の鼻先に、ポインセチアの造花を一輪差し出す。

「わぁーっ!! きれー!!」
「みんなの笑顔を貰えて嬉しいですねぇ。
 みんなもこのお花で自分の大好きな人を笑顔にしてあげて下さいね☆」
「うんっ!!」

 嬉しそうに頷く少女を見て、須磨井は満足げに頷き、その頭を優しく撫でた。
 それを見ていた周りの住民達は、大人も子供も我先にと須磨井から造花を貰おうと寄ってくる。

「おおっと、慌てない慌てない。皆さん笑顔で順番にですよ〜♪」

 十分と経たず、造花は全て住民達の手に渡っていた。

「皆さん全員に渡ったみたいですね!! では私はこれにて〜♪」

 須磨井はやはり笑顔のまま住民達に別れを告げると、別の場所へと笑顔を届けるために飛び立っていく。

「‥‥あれ? 戻ってくる?」

 だが離陸してすぐに須磨井のフェニックスは旋回し、再び住民達の上空を通り過ぎていく――ように見えた。

「あっ!?」

 すると突然、フェニックスは空中にいるまま変形する。
 次の瞬間機体は赤い力場に包まれ、人型のまま空中に留まってみせた。

『トナカイさんの赤い鼻は未来を照らしてくれるんですよ?』

 スピーカーから響き渡る須磨井の声。
 確かに、赤く塗られた尖った胸部は力場に包まれた事で更に赤く輝いているように見える。
 そしてこちらを見る住民達に手を振ると、フェニックスは夜空を駆け抜けていった。



 そのほぼ同時刻――別の住宅街では、同じく黒山の人だかりが出来ていた。
 電飾のイルミネーションを施されたシュテルン「Etain」と、サンタカラーとなった雷電「爆雷牙」の足元で、リゼット・ランドルフ(ga5171)と砕牙 九郎(ga7366)が子供達に囲まれていた。

「――さぁ、サンタさんとトナカイさんが皆さんにプレゼントを運んできましたよ」

 ワンピース調のサンタ服を着たリゼットが、柔らかく微笑みながら手作りのお菓子を配っていた。
 ツリーやトナカイを模ったクッキーに、綺麗にラッピングした可愛らしい箱に詰められたキャンディやチョコレート‥‥どれも子供達の大好物だ。

「わぁー!! トナカイさんだトナカイさんだー!!」
「あ、ずるーい!! あたしもトナカイさんに乗るー!!」
(「う、ぐぐぐ‥‥重いってばよ‥‥」)

 その傍らでは、ずんぐりとしたトナカイの着ぐるみを纏った砕牙が、十人近い子供達にしがみつかれ、その重さに目を白黒させていた。
 しかも好き勝手に暴れまわるし、足元では砕牙の上に乗れなかった子供たちが揺すって来るので、如何に覚醒していてもとんでもなく重労働だ。
 その上、かなりモフモフにしたため暑いし動きにくい。

――だが、弱音を吐く訳にはいかない。

 トナカイは喋らない‥‥子供達の夢を壊す訳にはいかないのだ。

(「ま‥‥ま、け、る、か〜‥‥!!」)
(「ふふ‥‥もうちょっとの辛抱ですから、頑張って下さいね」)

 そんな砕牙を見て、リゼットはくすくすと笑いながら、子供たちに聞こえないように囁く。
 見ればリゼットのお菓子も、砕牙のプレゼント――変身ヒーローのなりきりセットやボードゲーム、フワモコなぬいぐるみ‥‥etc――は、数多く残っている。
‥‥まだ暫く砕牙の戦いは続くようだ。

「あははははっ!! トナカイさん力持ち〜っ!!」
「もっと乗るんじゃない? それっ!!」
(「――や〜め〜て〜!!」)

 はしゃぐ子供たちと、声無き悲鳴を上げる砕牙を見ながらくすくすと笑うリゼット。
‥‥おしとやかに見えて、中々にお転婆なようである。



「パーーーンダーーーー、良い子悪い子どっちでも構わないよ!
 プレゼントをあげちゃおう!」

 その傍らでは、同じように七市がトナカイバハムートを着て子供達に配っていく。

「パンダさーん!! ちょうだいちょうだい!!」
「あー!! オレが先だぞー!!」
「押さない蹴らない慌てない、ちゃんと皆の分あるから」

 砕牙とは違い、こちらは最初から喋れる事を伝えたため、幸い子供達に弄ばれる事無くてきぱきと子供達へのプレゼントを配っていく。

「ねー、顔見せてよー」
「パンダの着ぐるみ貸してー」
「おーっと、これ脱いだら俺死んじゃうから駄目だよー」

 時折我侭を言ってくる子供もいたが、そこは日常的に着ぐるみを着ている七市である。
 あしらい方も非常に手馴れている。


 三人はその地区の子供達にプレゼントを配り終えると、次なる場所へと急いだ。

「‥‥ち、ちょっと休ませて欲しいってばよ」
「休む時間は無いみたいですよ? 残念ですけど」

 リゼットの言うとおり、この依頼の舞台はイギリス全土、急がなければ朝になってしまう。
‥‥だが、リゼットの声は何処かからかうかのように楽しげだった。

「うえぇ‥‥」

 次の受け持ち地区で受ける子供達の洗礼を想像し、砕牙はげんなりとして頭を抱えた。
 それでもいざ子供の前に立てば、お調子者の自分はきっとノリノリになってしまうのだろうけど。



 別の街では、アリカとソーニャの二人が手分けしてプレゼントを配っていた。

「‥‥さぁ、順番よ。サンタクロースはね、いい子にしかプレゼントを渡さないからね‥‥」
『はーい!!』

 静かな優しい声で呼びかけるアリカに、子供達は元気に応えてくれた。

「わーい!! しゅてるんのぬいぐるみもーらった!!」
「えへへ、あたしクマさんのぬいぐるみ!!」

 アリカのプレゼントの内訳は、全てぬいぐるみや模型などのものだった。
 とにかく「形の残るもの」を‥‥というのが彼女の思いだった。


 一方、ソーニャは子供達の輪から一旦離れ、とある少年の前にいた。

――それは、以前ロバートの前で喧嘩していた、「サンタなんていない」と主張していた少年だった。

「‥‥な、何だよ」
「メリークリスマス!! 君にプレゼントを持ってきたよ」

 少年は恥ずかしそうに目を逸らした。
 それは、目の前のソーニャが露出度の高いサンタ服を着ているせいだけでは無いだろう。
‥‥多分、サンタの存在が納得いかないのだ。

「お、お前ほんとにサンタなのかよ。
 そんな‥‥その‥‥恥ずかしい格好のサンタなんて‥‥」
「え? サンタに見えない?」
「あ、当たり前だろ!! そんな奴からプレゼントなんて貰えるもんか!!」

 顔を真っ赤にしながら叫ぶ少年へ、目線を合わせるように跪いたソーニャは、彼の肩にそっと、キルト製のブランケットをかけてあげた。

「でも、Xmasで大切なのはプレゼントをもらう事じゃなくて、あげる事なんだよ?」
「え?」

 戸惑う少年に、ソーニャは優しく諭すように話し始める。

「クリスマスはキリスト様の誕生日だからね、キリスト様にプレゼントをあげるの。
『わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』‥‥って言葉は知ってる?」

 確か、聖書の一説にある言葉だ――少年はソーニャの言葉に頷いた。

「つまり、困っている人を助けたり、誰かに優しくすることは、イエス様にしている事なの」

――ちょっと難しいかもしれないけどね、とソーニャは舌を出しておどける。
 だが、少年はぶんぶんと首を振って否定すると、続きを無言で促した。
 それを見たソーニャは頷くと、少年の頬に手を当てて続ける。

「‥‥今日はイブ、明日はXmasね。明日起きたら、周りの人にこう言いなさい。
――メリーXmas、貴方に神の祝福があります様に。
 そして笑顔‥‥それが最高の贈り物」
「笑顔なんて、無理だよ‥‥だって、父ちゃんが‥‥いないんだ‥‥」
「え?」

 少年の目から、涙が溢れ出した。
 顔をぐしゃぐしゃにして、今まで耐えてきたものを解き放つかのように。

「いつも隣にいたのに‥‥グスッ‥‥いつも遊んでくれたのに‥‥何処にもいないんだ‥‥」

 少年が泣いているのを、ソーニャは暫く黙って聞いていた。

「ねぇ――」
「‥‥え?」

 少年が落ち着いたのを見計らって、ソーニャは声をかけた。
 そして、彼が顔を上げた瞬間、そっと抱き寄せて額にキスをする。

「――!!」
「‥‥ねぇ、見て」

 ソーニャは覚醒し、自らの瞳を少年に見せる。
 金色だった彼女の瞳は、右目が青、左目が緑に変わっていた。

「ボクの右目は幸運を呼ぶ鳥の青、左目は生命の緑。
 ――このキルトの青い鳥と、生命の木がボクだよ」

 はっとして少年が見下ろせば、肩にかけられたブランケットには、ソーニャの言う通り青い鳥と青々と茂る木の意匠が施されていた。

「このキルトがお父さんの分まで、君を暖かく包み、守ってくれますように」


――Amen.


 少年は父を失ってから感じた事の無いような暖かさを感じていた。
 それは体だけでなく、心の底までも暖かくなるような温もり。


――少年の顔は、自然と笑みを浮かべていた。


「――うん、その笑顔。ボクにも最高の贈り物をくれるんだね」

 満足げに頷くと、ソーニャは愛機のロビンに歩いていく。
――見れば、アリカはプレゼントを配り終わっていた。

「あ、あのさ!!」
「ん?」
「‥‥来年もまた、来てくれる?」

 去っていこうとするソーニャに向けて、少年は呼びかけた。

「勿論!!」
「‥‥これからもいい子でいられるなら、来年もまた来るわ。
 今度は貴方たちが本当に欲しいものを、持ってこられるようにするわね‥‥」

 ソーニャと一緒に、アリカも微笑みながら少年に応えてくれた。



 郊外の公園に舞い降りる赤ベースに白ラインのカラーリングを施したシュテルン。
 そこから出てきたのはサンタ姿の白鐘であった。
 彼の全身は覚醒により、淡い黄金色の光に包まれている。

「さて、と‥‥行くとするか」

 この地区の子供のいる家のリストは、頭の中に叩き込んである。
 コクピットの中で硬直した体を伸ばすと、白鐘はプレゼントの袋を引っさげて駆け出した。
 彼が動く度に、黄金色の光が残像となって夜に瞬く。
――それは、見る者全てを魅了するかのような幻想的な光景であった。
 そして、白鐘は手近な家のベランダに降り立ち、窓を叩くと、中にいた少女にこいぬのぬいぐるみを差し出した。

「煙突が無いのでベランダから失礼。受け取って貰えるかな?」

 少女はあまりの事態にきょとん、としていたが、手渡されたぬいぐるみと白鐘の顔を何度も見返しながら口を開く。

「おにいちゃん‥‥ほんとに、サンタさん?」
「ああ、勿論だとも‥‥メリークリスマス」

 そして次第に彼女の頬が紅潮し始め、目を真ん丸にして白鐘に詰め寄った。

「ほんとに、ほんとにサンタさん!? あたし、そんなのいないっておもってた!!」
「とんでもない、サンタクロースはいるとも。君が信じる限り」

 白鐘は少女の頭を撫でてやりながらにっこりと微笑んだ。
 そして彼は次の家に向かうため、屋根から屋根へと飛び移ってその場を去っていく。

「サンタさーん!! ありがとー!!」

 少女は白鐘の姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けた。



 白鐘は少女に見送られながら、少し切なさを感じていた。


――子供らしい無垢な願い‥‥世界にいる子供達の分だけ、それは存在する。


 けれど、強力な力を持つ能力者でも、それら全てを叶える事は出来ない。
 それが少し‥‥悲しい。
 しかし、白鐘は俯く事は無い。

(「それでも――俺達は、子供達が少しでも笑顔でいられる事を望んでいる」)

――さぁ、暗い気分はここまでだ。
 何故なら今日はクリスマス――そして自分は、幸せを運ぶサンタなのだから。
 黄金色の光を放ちながら家々を回り、白鐘は一つ一つ、プレゼントを子供達へと届けていった。



 奏歌は一人、とある村の集落を訪れていた。
 広場に突如降り立った、機体を赤と白の蛍光塗料で染め、光ファイバーの飾りを翼につけたロビン――奏歌の愛機「シュワルベ」――の姿に、村人達は最初こそ度肝を抜かれたが、元々娯楽の少ない所であった事もあって、奏歌は村総出で歓迎を受けていた。

「‥‥それじゃあ、プレゼントを配るから、並んで下さい‥‥」

 奏歌がそう宣言すると、村の子供達がわぁっ!! と歓声を上げる。

――こねこのぬいぐるみ、ミニツリー、あぬびすのぬいぐるみ、色鉛筆にレターセットにオルゴール‥‥。

 奏歌自身が持ち込んだプレゼントが、次々と子供達の手に配られていく。

「ほら、貰っておいで」
「‥‥‥‥」

――だがその内何人かの子供は、中々奏歌の近くに来ようとしなかった。

「‥‥すまんなぁ、この子らは元孤児なんだが、未だにそういうモンに慣れなくて」

 その子供の保護者らしき老人が、奏歌の後ろに鎮座する「シュワルベ」を指差しながら、申し訳無さそうに口を開く。
 奏歌は心配無用とばかりに首を横に振ると、自ら彼らに歩み寄った。

「――っ!!」

 びくり、と元孤児の少女が身を竦ませる。
 それでも奏歌は構わずに近づいて跪き、プレゼントを差し出す。

「‥‥大丈夫ですよ‥‥怖い事なんてありません」

 安心させるように優しく囁く。
 そこには、子供達の心を理解し、それを包み込むような優しさがあった。

――奏歌も、元戦災孤児の一人。

 彼らの気持ちは、痛いほど理解できる。
 でも恐れてばかりいては、決して前に進む事は出来ない。
 自分は前に進めたから‥‥多くの仲間達に会えたのだ。

「‥‥うん、ありがと‥‥サンタのおねぇちゃん‥‥」

 プレゼントを受け取った少女は、ぎこちないけれども、はっきりと笑顔を浮かべる。
 それが嬉しくて、奏歌は虚ろな双眸を細めてにっこりと笑い返した。



 時には、人知れず贈り物が贈られてくる事もあった。



 イギリスの牧草地の一角にある、とある戦災孤児院――その庭に、多くの子供達が集っていた。
 冬真っ盛りのこの季節、子供達は誰もが白い息を吐き、寒さに身を震わせている。
 それでもその場所を動かないのは、手元にある一枚のビラが原因だ。


『――今宵、サンタクロースが空から良い子の皆さんにプレゼントをお配りします』


 馬鹿らしい――辛い現実に晒されてきた子供達の中には、そんな思いを抱く者もいた。
 それでも‥‥子供たちの全てが外に出て行ったのは何故だろう?
 幻想でもいいから、希望に縋り付きたかったのか‥‥あるいは、ビラに書かれた文字から、誠実さと暖かさが滲み出ていたからかもしれない。

「――あっ!?」

 突然、子供達の一人が南の空から近づいてくる光に気付いた。
 それはどんどんと大きくなっていく――それは、ハンナ・ルーベンス(ga5138)が乗るウーフーであった。
 ハンナは子供達に見えるように、急旋回や急降下、急上昇などを織り交ぜた曲芸飛行を披露し始めた。

「うわあーっ!!」
「すげーっ!! かっこいいーっ!!」

 能力者ならではのダイナミックながらも美しい機動に、子供達から興奮したかのような歓声が上がる。

「‥‥良い、笑顔ですね」

 覚醒して強化されたハンナの視覚は、曲芸飛行の中でもはっきりと子供達の笑顔を捉えていた。
 それを見られて、ハンナはとても嬉しい。


――クリスマスを祝う家族に、家を失った子供達にも、たとえ一時でも、笑顔を。


 それこそが、ハンナの望みだったから。



 そして、曲芸飛行を終えたウーフーから次々と舞い降りる白いパラシュート。
 その先には、白い袋が取り付けられていた。
 中身は――色取り取りの毛糸で編まれた手袋やマフラー、セーターなどだった。

「まぁ‥‥これは――」

 それらを見て、子供達だけでなく、施設の大人達からも喜びの声が上がった。
――これだけあれば、全ての子供達の体を温めてあげられる。
 見れば、子供達の服は粗末なものばかりであり、手はあかぎれと霜焼けだらけだ。
 毎日そんな彼らの様子を見てきた大人たちにとって、プレゼントは正しく天恵に等しかった。

「――主よ、貴方様のお恵みに感謝致します」

 施設の長であった老婆は、思わず十字を切りながら、飛び去るウーフーを見送る。

「‥‥今は辛く、哀しい事が貴方達に降りかかっているのであっても、どうか希望を見失わないで‥‥」

 そしてハンナもまた、祈るかのように万感の思いを囁きながら、彼らの元を後にした。



――少年は、夜中にふと感じた気配に目を覚ました。
 寝ぼけ眼をこすっていると、視界の端に見慣れないものがある事に気付いた。

「‥‥え‥‥? これって――」

 それは、赤い包装紙で綺麗にラッピングされたプレゼントの箱。
 少年の眠気は綺麗に吹き飛んでいた。

――もしかして今の気配は‥‥サンタさん!?

 少年は布団を跳ね除けると、裸足のまま廊下へと飛び出し、窓のある居間へと駆け出す。
 外に繋がっていて、人の出入りが出来る場所といったら、そこしか無い!!



 ドアを開けると、閉まっていた筈のカーテンが開け放たれ、月明かりが仄かに居間の中を照らしていた。

――けれど、少年はそんな事など気にならなかった。

「‥‥おっと、見つかってしまったな」

 何故なら少年の視線の先には、黒いコートと帽子を被った男が立っていたからだ。
 男の姿は一見すると、まるで映画や漫画の殺し屋やギャングのような姿をしていた。
 けれど、「怖い」という気持ちは不思議と起きなかった。
 何故なら、男の顔には優しげな笑みが浮かんでいたから。

「メリークリスマス、坊や。枕元のプレゼントは見たかね?
――あれは君のものだ‥‥受け取るといい」

 驚いていた所に突然かけられた声に、少年は頷き返す事しか出来ない。
 その間に、男は滑る様にベランダへと移動し、柵へと飛び乗った。

「――さて、私はそろそろ失礼させて貰うよ」

 そして、最後につ‥‥と右手の人差し指を口に当て、おどけたようにウィンクする。

「‥‥それと、私の姿を見た事は秘密にしておいてくれないかな?
 姿を見られてしまったとあれば、UNKNOWN(正体不明)の名折れだからね」

 そう言ってから、男はその身を柵から空中へと投げ出し、姿を消した。
 少年は慌ててベランダに駆け寄り、柵の間から下を見るが、男の姿は影も形もなかった。
――まるで夢の中の出来事のようだったけれど、枕元には確かにプレゼントが残されている。

「‥‥サンタって、あんな格好だったんだ‥‥」

 少年の中で、常識が一つ書き換えられた瞬間であった。



 イブからクリスマスとなる真夜中まで、あと数時間‥‥。
 傭兵達は更にペースを上げてプレゼントを配っていく。



 そっ‥‥と部屋の中に入ったカルマは、子供達を起こさないように慎重に進んでいく。
 カルマの目の前には、仲良く一緒に寝る、双子の兄弟の姿があった。
 音を立てないように慎重に、全く同じ形のプレゼントを取り出すと、二人の枕元に置いた。

(「‥‥兄弟で喧嘩にならないように、な」)

 まるで天使のような寝顔に、カルマの顔に思わず笑みが浮かんだ。
 そして外に出ると、少し離れた場所に着陸させていたウシンディに乗り込み、垂直離着陸機能を使って浮かび上がり、再び英国の空へと昇っていく。
 その時、隣の地区を担当していた白鐘から連絡が入った。

『さて、これで俺の担当分は終了だな。他の皆の調子はどうだ?』
「こちらカルマだ。俺も無事終了した」

 その後にも、続々と終了報告が伝わってくる。

「さて、残るは――」

 カルマはほっと一息つきながら、残る者達の報告を待つのであった。



「Merry Christmasじゃ。おぬし達を見守っておるサンタからの贈り物じゃぞ。
 これからも元気に希望を持って、楽しく笑顔でのう」

 去り際に子供達にそう伝えてから、秘色はディアブロにのって空へと昇っていく。
 その後に、百地、澄野、橘川の三人が続いた。

「これで全て終了かの?」
「みたいね‥‥皆、お疲れ様」

 秘色の言葉に百地が答え、常に一緒に行動していた二人に感謝を伝える。

「何言ってるの悠季? まだ一番の大仕事が残ってるじゃない」
「そうそう、三人一緒の共同作業がさっ!!」
「‥‥そうだったわね。それじゃあ、行きましょうか」

 そう宣言すると、三人はバーニアを吹かして更に高く高度を取る。

「さあ頑張らないとね」
「ふふ、じゃあ絣さん、準備はいいっ?」
「ええ、こっちは準備OKよ、海」


「新型複合式ミサイル誘導システム、起動っ」


 まず、橘川のロングボウがドゥオーモ――無論、模擬弾――を放つ。
 そこに百地がすかさずアハトアハトを放ち、更に追加のドゥオーモの斉射。
 ミサイルは螺旋を描きながら絡み合うように空へと昇る。


――200発ものミサイルと、アハトの白光が織り成す時間差の二重螺旋。


 その螺旋の中を、澄野のロビン「赫映」が貫くように奔り、デルタレイを放った。


 彼女達が得意とする戦闘用長射程攻撃「光の矢」――それの、クリスマスバージョン。


 デルタレイとアハトに照らされた噴煙は、まるで天を貫く巨大なクリスマスツリーのようだった。
 それが放つは希望の光――この光が希望と勇気が導かれる事を祈った、三人の願いを乗せた光だ。


 そして、同時に鳴り響くロンドン中の聖堂の鐘‥‥日付が変わったのだ。


――イブの夜は明け、クリスマスの夜が始まった。


 示し合わせたかのように、ディアブロのソニックフォンブラスターから流れ出す美しい歌声。
 それは、秘色自らが歌う聖歌。
 穏やかで、慈愛に満ちたその歌声は、戦争に疲れた人々の心に染み渡っていった。



――仕事を果たした傭兵達を待っていたのは、格納庫に設けられた宴席だった。
 その中心にはカプロイア伯爵の姿もある。

「ご苦労だったね諸君――これは私からのせめてもの心尽くしだ。受け取ってくれたまえ」

 歓声を上げて走り寄り、思い思いに楽しみ始める傭兵達。

「秘色さん、僕たちも行きましょう?」
「おっと、待つのじゃロバート‥‥さて、最後の配達じゃな」

 ふわり、とロバートの首に巻かれるマフラー。

「あ‥‥」
「Merry Christmas、これからも皆に夢を与えてくれい」

 続けて肩に置かれる手――威龍だ。

「また何か手助けが必要になったら、声を掛けてくれよ。
 必ず手助け出来ると安請け合いは出来ないが、可能な限りロバートの助けになりたいからな」

 その言葉に、思わずロバートの目から涙が滲んだ。
――自分は、何て幸せ者なのだろう。
 彼らの思いが、物凄く嬉しかった。

「さて、行くとするかの‥‥パーティの主賓がいなくては、締まらんからの」
「はいっ!!」

 秘色の呼びかけに、ロバートは涙を拭って頷くと、勢い良く皆の下へと走って行った。