タイトル:伝えよ誇り、伝えよ矜持マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/16 23:40

●オープニング本文


――熱いいっ!! 熱いよおおおおっ!!


――誰か!! 誰か助けてっ!!


――おかあさーんっ!!



 アフリカから突如襲来したバグアの軍勢の攻撃によって、マドリードは戦場と化していた。
 空からの爆撃によって都市の各所には火の手が上がり、戦闘機がまるで紙のように落ちて行く。
 KV隊はよく頑張っているが、どれだけもつか不透明な状態であった。


――そんな中、更に絶望的な情報が司令部を駆け巡る。


 ビッグフィッシュから放出された無数の陸上ワーム、キメラの群れの一部が防衛線を突破。
 猛烈な勢いでマドリードへ向かっているという情報であった。
 防衛線守備隊は現状維持が精一杯であり、手を回す事は不可能。
 更に、他の戦域から援軍を呼ぼうにも編成に時間がかかり過ぎるため間に合わない。
 傭兵の出動を要請しようにも、少ない人数では飲み込まれる事は必至であり、かといって大規模な人員を送り込めば、カッシング率いる軍への対応が遅れてしまう事になる。



 司令部の中に、重々しい沈黙が下りる。
――打つ手は、もう無いというのか?

「――そんな訳が無い」

 だがその時、司令部の中の指揮官の一人が声を上げる。

「あるではないか――何時如何なる時、欧州の何処へでも出動する事が可能で、傭兵達とも足並みを揃える事の出来る、高い練度を誇る部隊が」

 彼が思い浮かべるのは、若かりし頃、自分に軍人としてのイロハを教えてくれた男の顔だ。
 今は老人となった彼の名は、ブライアン・ミツルギ。



「‥‥直ちに御剣隊を向かわせろ!! 同時に傭兵への出動要請も忘れるな!!」



 地響きを立てて、キメラが、タートルワームが、レックスキャノンが、ゴーレムが進撃していた。
 その進路上の物体はその全てが破壊され、踏み潰され、喰らい尽くされる。
 空から見れば、それはまるで錐のような形をしていた。


――人類側の領域を貫く、歪でありながら、何処までも鋭利な錐。


 それは、マドリードという名の心臓目掛けてただひたすらに突き進む。



『4‥‥3‥‥2‥‥1‥‥今!! 点火せよ!!』
『――了!!』

 だが、突如彼らの足元が吹き飛び、凄まじい炎が辺りを覆った。
 地面に埋め込まれたフレア弾が、遠隔操作によって爆破されたのだ。

『――うし、成功‥‥っと。隊長、敵の前進が弱まりました』
『‥‥元々は傭兵の考案した策だが、中々に効果的なようだな。
 ――では、これより最終確認に入る』

 バグア軍を見下ろすような小高い丘の上――そこに傭兵達を含めて60機ものKV達が配置されていた。
 その肩に光るのは、彼らの名の由来にして誇りである、クロスサムライソードの紋章。
 精鋭たる彼らを率いるのは、美しき隻眼・隻腕の女大尉――エリシア・ライナルトである。


『――我等に下された使命は唯一つ。
「進撃する敵大群から、援軍が来るまでマドリードを死守せよ」
 ――以上だ』


 あまりにシンプルで、過酷な内容の任務。
 眼下に見える敵軍は、地平線の向こうまで続いている。
 歯に衣着せずに言えば、それは「死ね」と言われているのと同義であった。


――だがそれでも、絶望の表情を浮かべる者は一人もいない。


 何故なら、自分達が失敗すれば、途方も無い人数の人間が死ぬからだ。
 そして、彼らに今この時手を差し伸べられるのは、自分達しかいないからだ。

『――この丘を基点として陣を張り、敵を迎え撃つ。
 後方には補給コンテナを配置してある。必要な時に適宜使用し、弾薬の補給を行え。
 ‥‥ただし、燃料の補給は時間的な問題で行う事が出来ない。くれぐれも無駄に消費するな!!』
『――了解!!』

 そして丘自体をトーチカとし、素早く配置を完了させる。
 既にバグアの軍勢は射程内に入ろうとしていた。
 そんな中で、エリシアが不意に口を開く。



『――対岸にアフリカという最大のバグアの領域を持つ欧州が、これほどまでに人類の領域を確保する事が出来たのは何故か?』



 全員に呼びかけるように――しかし、演説のように滔々とでは無く、抑え込むような静かな声。
 御剣隊の隊員達、傭兵達はただ黙ってそれを聞く。



『‥‥それは、幾千、幾万、幾十万――。
 数える程の出来ない先達が、死山血河となって守ってきたからに他ならない!!
 ヴァルハラへと迎えられた輩に報いる為にも、決して恐れるな!! 決して引くな!!
 ――そして、決して死ぬな!!』



 続ける声は高らかに、謳い上げるように。
 まるで戦鼓のように戦士達の心に響き渡る。



――続けてエリシアのシラヌイS型が、ポールのようなものを掲げ、地面に突き立てた。
 その先には、光り輝くUPC軍と、御剣隊のエンブレムの旗が在る。



『――我等は御剣!! 幾度の戦場に在っても決して折れず、曲がらぬ魂の具現!!
 諸君!! 諸君らは一体何か!?』



 続けて御剣隊の隊員達が高らかに叫ぶ。



『――バグアを切り裂く刀にして、バグアを穿つ砲弾也!!』



――己の誇りと、矜持を。



『諸君!! 諸君らの心に在る物は何か!!』



 もしも散るならば、その心を誰かに伝えんが為に。



『――地球を!! 国家を!! 人類を!!
――家族を!! 友を!! 愛しき者を!!
 守り抜かんが為の不屈の心也!!』



 残される者達に、己の証を立てんが為に。



『そのために我らが成すべきは!!』



 名も無き兵士達は、ただ高らかに謳い上げる。



『――バグアを倒せ!! バグアを倒せ!! バグアを倒せ!!』



『宜しい、ならば――独立部隊『御剣』戦闘隊‥‥構え!!』

 一斉に構えられる無数の砲口――それは守るために、生き抜くために人類が鍛え上げた牙。

『‥‥てぇっ――――!!」』

 荒々しくも美しい爆炎の華が、地獄の戦場に咲き乱れた。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA

●リプレイ本文

 戦場に響き渡る御剣隊の咆哮。
 それは彼らだけでなく、傭兵達の心にも炎を灯らせる。

「いいねぇ、嫌いじゃないぜあの言い方。これなら、命のかけ甲斐があるってもんだ!
――たまには部隊を率いず、率いられる側ってのも、悪かねぇ!」

 口の端を獰猛に吊り上げながら、ゼラス(ga2924)が笑う。

(「あぁ‥‥熱いなぁ‥‥」)

 宗太郎=シルエイト(ga4261)は昂揚感を噛み締めていた。
 全く曇りの無い、綺麗な信念。

――それはきっと、折れるその時まで真っ直ぐなのだろう。

「――でも、だからこそ折らせたくねぇ‥‥折らせて、たまるか!」



「あのひよっ子ども‥‥随分と逞しくなったものだ」

 リディス(ga0022)が感慨深げに以前自分が訓練したかつての新兵達を見る。
 モニターに映る彼らの顔は、既に彼女の前で震えていたヒヨっ子では無い。

「ええ――新人達を生き残らせる為にも、ここは一踏ん張りと行きますか。
‥‥誰一人欠けさせたくないですしね」
「‥‥はい。こんな所で無駄死にさせる訳にはいきません。
 皆で笑って帰るためにも‥‥!」

 リディスと同じくかつて彼らを指導した鹿嶋 悠(gb1333)と紅 アリカ(ga8708)もまた、その瞳に決意の光を滾らせる。
 その先には、絶望的とも言える光景が広がっていた。



――見渡す限りの、敵、敵、敵。



 地響きを立てながら進軍するゴーレム、そしてTW、RCといった陸戦ワーム。
 その隙間を埋めるように、進路上を全て喰らい尽くす蟻の如き数のキメラ達。
 まるで、地平線の彼方から無尽蔵に湧いてくるように見える。

「敵が多いですね。持ち堪えるのも厳しいでしょうか」

 溜息を吐きながら、如月・由梨(ga1805)が呟く。

――無事では済まないかもしれない。

 しかし、頭の隅に過ぎったその思考を、頭を振ってすぐに追い出した。
 全員、生きて帰らねばならない。
 誰かが倒れても前へ進める自分――それは、彼女が最も忌避するものなのだから。



『オーカニエーバより各機――バグア軍第一波接近!」

 『空の目』の名を冠した情報管制の岩龍から報告が入る。
――敵が生む地響きが、KVをビリビリと揺らす。

「さ〜て、お客さんの入場だ。手料理の代わりに鉛玉で盛大にもてなしたげようか?」

 それを聞いて赤崎羽矢子(gb2140)はコクピットの中で拳を打ち合わせた。

「江戸の大火も真っ青の勢いじゃの‥‥火消しのし甲斐があろうというものじゃ。
‥‥有象無象の畜生どもに、覚悟の違いをその身でもって教え込んでやるとするのじゃ」

 心の折れそうな光景を見ても、藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)の熱き魂は、決して消える事は無い。

「グレプカ破壊の時に比べれば大した事は無い! 生き残るぞ!」

 この絶望的な状況でも、堺・清四郎(gb3564)は決して退かない――退くつもりも無い。
 奴らにこの陣地の通行料の高さを味合わせてやる。


――ズンッ!!


 地響きよりも高らかに一歩を大きく踏みしめたのは、真紅のバイパー「夜叉姫」。
 それを駆るのは月神陽子(ga5549)だ。

「‥‥来なさい、宇宙(そら)から舞い降りし悪夢の眷属達よ。
 人類の未来は、地球の未来は、貴方達の好きになどさせません!」

 雄々しく、堂々たる叫びが響き渡る。
 そしてとうとう――その時は来た。



「‥‥てぇ――!」

 エリシアの号令と共に、一斉に放たれる嵐の如き弾幕。
 それと同時に、傭兵達と御剣隊のKV計60機が、まるで一つの生き物のように動き始めた。

「マドリードへようこそ糞ったれども! パスポート持って出直してこい!」

 堺が愛機のミカガミのスラスターライフルとスナイパーライフルD−02を乱射すれば、御剣隊のKVの砲口からも、絶え間無く鉄と光の嵐を撒き散らされる。
 返礼とばかりに、今度はTWとRCの砲塔が輝き、プロトン砲が吐き出された。
 無数の光の奔流は陣地の防壁を次々と抉り、KVの装甲を掠めて爛れさせる。
――そして、それはエリシアが立てた旗目掛けても飛んでいった。

「させませんっ!」

 だが、その前に立ち塞がる紅い機体――月神の夜叉姫だ。
 旗に襲い掛かる光条をレグルスで、時にはその堅牢な装甲で受け止めた。
 爆煙が晴れた後も、夜叉姫の装甲には曇り一つ無く、凛としてそこにある。

「この旗は今、我ら人類が象徴です。
 ならば、信じるのです、この旗がある限り我らに敗北など無いという事を!」

 そして接近しつつあったキメラ群をグレネードで焼き尽くし、旗に近付く敵をロンゴミニアトで悉く一撃の下に打ち砕きながら、月神は無線で全ての仲間達に高らかに呼びかける。



――うおおおおおおおおっ!



 その声を聞いた兵達の猛る雄叫びが戦場に響き渡った。

『――ははははっ! 勇ましい娘さんだ!
二番隊各機! 聞いたな!? 娘さんの心意気を無駄にするんじゃねぇぞ!』
『――了!!』

 月神の無線に豪快な声が響いたかと思うと、夜叉姫の傍らにバイパーが歩み寄る。
――識別は御剣隊二番隊の隊長機だ。

『この旗、絶対に守りきるぞ‥‥娘さん』
「‥‥娘さんというのは止めて下さい。私には月神陽子という名前があります」

 少し憮然とした月神の声に、彼は「済まん済まん!!」と愉快そうに笑う。
 だが、その顔は一瞬にして獰猛でありながら、研ぎ澄まされた戦士の顔に変わる。

『――行くぞ月神っ!』
「了解ですっ!」



『――スカイアイ03より赤崎機! 敵密集地点座標X6! Y12!』
「――了解! 派手に行くよ!」

 岩龍小隊からの情報を基に、赤崎は多目的誘導弾のトリガーを引いた。
 その弾頭は赤のRCと突き刺さり、緑のRCとTWにはアハトアハトの洗礼が浴びせられる。
 そして、弱って動きの鈍っていたRCの頭が爆ぜた。

「――まずは一体‥‥目障りなので、さっさと消えて貰いましょう」

 静かに、しかし口の端に凶暴な笑みを湛えながら如月が囁いた。
 彼女のディアブロは次々とD−02とスラスターライフルで容赦無く打ち抜き、グレネードでキメラを焼き払っていく。

『‥‥す、すげぇ』
「右、潰して下さい」
『――り、了!!』

 傍らに立つ御剣隊の隊員が戦闘中にも関わらず思わず漏らす程、その姿は鬼気迫るものだった。
 如月は自らの葛藤を心の奥に封じ込め、無慈悲に、徹底的に敵を撃ち抜いていった。



『前衛のキメラ群が邪魔だ! グレネードで刈り取れ!』
『――了!!』

 エリシアの指示に従い、御剣隊のバイパー達がグレネードを放った。
 曲線を描いて放たれた砲弾は、キメラ群に吸い込まれていき――、



――ドドドドドッ!!



 計15もの爆炎の華が咲き乱れ、それに巻き込まれたキメラが悪臭を放ちながら炭と化す。
――同時に敵陣の一画に穴が空いた。
 それを逃す御剣隊と傭兵達では無かった。

『――総員抜刀!』


――ジャキッ!!


 号令と共に前衛を務める御剣の、そして傭兵達のKVが己の得物を構える。
 エリシア機の左腕が上げられ――鋭く振り下ろされた。



『――PANZER VOL!(パンツァーフォー!)』



『――JAWOHL!(ヤヴォール!)』



 バイパーが、阿修羅が、ナイチンゲールが――ディフェンダーを手に走輪走行で斜面を駆け下りる。
 それ以上に早く飛び出したのは、宗太郎のスカイスクレイパー「ストライダー」だ。

「――この下りなら、摩天楼なら届く筈だ。陸戦の音速域に!」

 生き残っていたキメラ数匹を吹き飛ばしながら、ストライダーはウィングを展開させる。

「ウィング展開、ブースト全開! 切り裂け、ストライダー!」

 ソードウィングの一撃がRCの首を跳ね飛ばし、宗太郎は敵陣の真っ只中に突っ込んだ。
 ストライダー目掛けて群がるバグア――だが、宗太郎はすかさず機体を変形させ、グレネードを構えた。

――そして、何の躊躇いも無く引鉄を引く。

 放たれたグレネードの砲弾は、ストライダーごと十メートル四方を業火に包む。
 すかさず宗太郎は回避オプションを発動させた。
 凄まじいGと共に猛烈な勢いで流れるモニター越しの景色。
 ストライダーは装甲を炙られながらも、グレネードの効果範囲から抜け出していた。

「‥‥人の事は言えませんが、随分と無理をなさいますね」
「悪ぃ‥‥燃料も食っちまうし、そう何度もやらねぇよ」

 串刺しにしたゴーレムの残骸を振り払いながら、僚機の月神が呆れた様に呟く。
 謝る宗太郎だが、言外に『あと何回かは無理をする』と宣言した。
 多少の無理をしなければ、この戦場で最良の結果を導く事は出来ないからだ。

「‥‥っと、暢気にくっちゃっべてる場合じゃねぇな!」

 プロトン砲を放ちながらその顎で噛み砕かんと迫るRCをロンゴミニアトで迎え撃つ。
 そこに次々と放たれる援護射撃――後ろに控えたバイパーと阿修羅からだ。

『脇から来る奴等は俺達に任せろ!』
「おう! 頼むぜおっさん!」
『うるせぇ! 俺はまだ三十代だ!』

 罵り合いながらも、宗太郎は爆槍をRCの口目掛けて突き入れ、その頭を西瓜のように破裂させた。



 両肩を真紅に染めた濃紺の雷電――鹿嶋の「帝虎」が駆ける。

「将と共に数多の死線を潜り抜けてこそ真の強兵‥‥ここを共に生き残るぞ!」
『――了!!』

 かつて手を合わせた新兵達に呼びかけながら、鹿嶋は黒竜とカラサルシールドを構え、進路上のキメラを轢き潰しながら吶喊した。

「おおおおおおおっ!」

 猛烈な勢いの踏み込みと共に突き出された黒竜の穂先は、TWの甲羅を砕きながら深々と突き刺さる。
 息絶えたTWを蹴り付けながら槍を引き抜くと、すかさず足元に群がろうとするキメラを薙ぎ払う。
 彼の後ろには、堺のミカガミが立ち、二刀一対の小太刀である機刀「白双羽」と「玄双羽」を手に、ゴーレムとRC相手に華麗に、かつ激しく立ち回っていた。

「白兵戦こそ、ミカガミの真価よ!」

 玄双羽でゴーレムの剣を打ち払い、空いた脇腹目掛けて白双羽を叩き込む。
 そして二人は死角を補い合いながら、時に位置を入れ替えて周りの敵を減らしていく。

「背中を預けられる相棒というのは心強いな!」
「――ええ、同感です。安心して戦えます‥‥よっ!」

 ゴーレムのショルダーキャノンを盾で受け止めると、鹿嶋は帝虎を踏み込ませ、大上段に振りかぶった黒竜でゴーレムの頭を叩き潰した。



 そして最前線で戦う四人の攻撃を掻い潜った残る敵が陣地に向かって肉薄する。
 しかし、そこに立ち塞がるのは、同じく一騎当千の傭兵達と、精鋭たる御剣隊。

「これより我らは修羅に入る!
――御旗に集いし英霊達の魂を受けし我らに敗北無し!
 突撃・粉砕・勝利じゃ!」
「いいか! 死んで喜ぶのは敵だけだぞ! 蛮勇は身を滅ぼす! 覚えて生きろ!」
『――了!!』

 勇ましく雄叫びを上げながら藍紗のアンジェリカ「鴇」とゼラスのシュテルンが前進する。
 援護射撃の中を、鴇がレーザーガトリングで露払いをしながらBCアクスのスイッチを入れた。

――唸りを上げて光を発し始める斧頭。

 藍紗はそれを旋風のように振り回しながら、次々とTWとRC目掛けて切り掛かった。
 傷口を焼かれ、体液を沸騰させられた亀と恐竜達が悲鳴を上げる。
 その時、鴇の背後からゴーレムが接近し、剣を振りかぶった。

「――俺から目を離すたぁ、いい度胸だなコラァッ!」

――だが、鴇に気を取られている事が逆に仇となった。
 すかさずゼラス機がデモンズオブラウンドを腰だめに構えて飛び掛る。
 おどろおどろしい魔王の姿が刻印された、地獄の如き赤い刀身がゴーレムの胸に突き刺さった。

「済まぬなゼラス殿」
「――なぁに、いいって事よ」

 にいっと笑い合った二人は、尚も激しく残る敵へと躍り掛かった。



『オーカニエーバより乙隊各機! 支援砲撃‥‥てぇ――っ!』

 情報管制機の支持で、乙隊――陣地に残った御剣隊機――が弾幕を展開する。
 その中を、アッシュグレイのディスタンと漆黒のシュテルンが行く。

「よくもまぁこれだけ集めたものだ。
 だがこの程度で私達を絶望の淵に落とそうなど笑わせてくれる‥‥!」
「‥‥さて、今年最後の大仕事になりそうね。気合を入れていくわよ『黒騎士』(ブラックナイト)‥‥」

 リディスは向かってくる手近な敵に照準を合わせると、アハトアハトとスラスターライフルを放つ。
 一発ごとにゴーレムの手足が次々ともげていくが、それでも怯む事無く向かってくる。
 リディスはハイ・ディフェンダーを抜き放ち、敵の胴体目掛けて薙ぎ払った。



――グシャアッ!!



 ゴーレムの胸から上が宙に舞う。
 傍らのアリカもまた、アハトアハトとスラスターライフルで敵の体力を削り、傷ついたTWやRC目掛けて接近し、砲門を優先して叩き潰していく。
 武装も戦い方も似通った両者――だからこそ、噛み合う。

「紅さん! 右に回避!」
「‥‥了解です!」

 リディスの警告に従い、アリカは黒騎士に回避行動を取らせる。
 すさかずスラスターライフルを抜き放ち、それ以上の追い討ちを封じ込めた。

「悪足掻きを‥‥目障りだ!」

 その間にリディスは大口径エネルギー砲「ミネルヴァ」を構える。
 引鉄を引くと、砲口に光が灯り――次の瞬間、目も眩まんばかりの光が溢れた。
 それはTWに狙い違わず直撃し、その背の砲塔ごと消滅させる。
 一度撃てば暫く使用する事が出来ない上に、消費するエネルギーも馬鹿にならない武器だが、威力は十分だ。
――そんな武器を、凄まじいチューンを施されたKVが振るうのだ。
 その一撃は正しく一撃必殺と言えた。



 そして、その一分後――情報管制機から通信が入る。

『オーカニエーバより各機へ――敵第一波殲滅!
 第二波までの予想時間は4分53秒!』
『よし! その間に各機は補給を済ませろ! これからが正念場だ、気を引き締めていけ!』
『――了!!』

 束の間の休息――と言うにはいささか短すぎるが、とにかくまずは一回、敵の攻撃を凌ぎ切った能力者達は、代わる代わる後方の補給コンテナへと弾薬の補充に向かっていった。
 そして補給を済ませると、御剣隊と傭兵達は、尚も激しく押し寄せるバグア軍に対して立ち向かって行く。



『うおおおおおおっ!』
「――砕け散りなさい!」
「邪魔なんだよテメェら! とっとと失せやがれ!」



「――来るがよいバグア共! この斧で一刀両断にしてくれる!」
「オラオラオラァ! 死神のお通りだっ! 道を開けろっ!」
『二人に遅れるな! 行くぞぉっ!』
『――了!!』



「無茶だけはするな――お前達は人類の希望となるべき剣だ。こんな所で果てるのは許さん!」
『――ですが俺も「御剣」です! 退く訳にはいきません!』
「‥‥なら、私達が道を切り開く間、援護をお願いします!」
『――了!!』



『――スカイアイ03より赤崎機! 敵密集地点にもう一回砲撃を頼みます!』
「あーもうっ! 人気者は辛いったらありゃしない!」
「――私がやります‥‥消え失せなさいっ!」
『――命中! キメラ100、ゴーレム1撃破! ナイスキル!』



「――左前方よりキメラ群! 排除をお願いします!」
『畜生っ! 全然キリがねぇ! このままじゃやられちまう!』
「口で糞を垂れている暇があるなら引鉄を引け!
 死んだバグアだけが良いバグアだ!」
『糞っ! 言いやがったな堺! 見てやがれっ!』



――御剣隊と傭兵達はひたすら戦い続けた。
 そこには、立場を超えた友情と信頼があった。
 その掛け替えのない繋がりは、何倍、何十倍という力となってバグアを打ち倒していく。



――けれど。



 燃え上がる闘志とは裏腹に、彼らと、彼らの機体は傷つき、消耗していった。



――そして第六波との交戦時、とうとうその時は来る。



『――敵陣から砲撃! 弾着に備えよ!』

 もう何度目か分からない警告――ほぼ同時に轟音と激しい振動がKVを襲った。
 幾十、幾百ものプロトン砲を受けた陣地は、最早補強も適わぬ程にボロボロになっていた。
 そして、そこに身を隠す御剣隊のKVもまた、誰もが損傷を負っている。

「――く、そっ‥‥!」

 身を震わす衝撃に赤崎は悔しげに呻いた――この弾幕では、下手に頭も出す事が出来ない。
 そしてようやく衝撃が収まり、攻撃を再開しようとした時――、



――ゴウッ!!



「――ッ!!」

 タイミングを外す様に放たれたプロトン砲の一本が、陣地を貫通して丘の反対側の空気を焦がした。
 視線を移すと、その射線上にいた岩龍の内一機が左肩を抉られていた。
 直撃では無かったか‥‥と胸を撫で下ろそうとした瞬間、一つの事実に気付いた赤崎の背筋が凍り付く。



――『人型になった岩龍のコクピットは、一体何処にあったのか』?



――ズンッ!!



 力を失った岩龍の機体が地面に崩れ落ちる。
 そのコクピットは、跡形も無く消滅していた。



『――スカイアイ03、ロスト!』



 情報管制機の声が、空しく無線に響き渡る。
 それはあまりにも呆気無い、戦友の死だった。

「うわああああああッ!!」

 赤崎は吼えた――心の底から吼えた。
 そして多目的誘導弾、スナイパーライフル‥‥ありとあらゆる武器を放ち、戦友を殺したRCを粉々に打ち砕く。

「この野郎おおおおおおおおおっ!!」

 涙と鼻水でグシャグシャになった顔を拭きもせず、赤崎はひたすらバグア達を撃ち続ける。
 だが、そこに再び砲撃が加えられ、赤崎が構えたアハトの砲身を飴のように鎔かした。

「くっ‥‥!!」

 壊れた武装を投げ捨てる赤崎――その視線の端に、ある物が映った。
 それは、スカイアイ03が使っていたスナイパーライフル。
 赤崎は一瞬だけ瞑目すると、涙を拭い、顔を上げた。
――そこには最早激情は無い。
 ただ、己の役割を果たすために前を向き続ける戦士の顔があった。

「ごめん借りる。あんたの分まで頑張るから」

 そして戦士の魂は、新たな戦士の手で再び牙となる。
 赤崎は戦友の形見を手に、次々と敵を狙撃していった。



 覚醒した如月の心は、その報告を受けても尚冷静だった。
 倒れたかつてのスカイアイ03の機体を見向きもせず、ただひたすら、敵を屠る。
 そこには、何の感傷も無く、動揺も無い。


――まるで、心が凍りついたかのように、如月の体はひたすらトリガーを引き続ける。


 けれど、その頬には静かに涙が、食い縛られた口の端からは、血が滴っていた。



 そしてその数分後、追い討ちをかけるかのような情報が情報管制機から伝えられる。



――バグア軍の攻撃は非常に苛烈。
 そのため御剣のために編成していた援軍を急遽防衛線再構築に廻す事となった。
 あと二時間‥‥いや、一時間半耐えてほしい。



 そう一方的に言い残し、通信は切れた
 だが、御剣隊の中に不平を漏らす者は誰一人としていない。
――何故なら、それが命令だからだ。

『最早是非も無い‥‥往くぞ諸君!』
『――了!!』

――そして、絶望の一時間半が始まった。




――ガキィンッ!!

 新兵のナイチンゲールと、ゴーレムの剣が交差する。
 相打ちになり、同時に地面に崩れ落ちる両者。
――だが、そこに新たにRCが迫っていた。

「――脱出しろ! 早く!」

 キメラ群とTWを同時に相手にしていた鹿嶋が必死に叫ぶ。
 傍らの堺もまた、敵の大群に囲まれて身動きが出来ない状況だった。

『――了!! 脱出します!』

 鹿嶋の言葉に応じ、緊急レバーを引く新兵。
 だが、その瞬間――RCのプロトン砲が放たれた。
 光の奔流は、脱出ポッドを掠め、地面へと叩き落す。

「――っ!! ラチェット少尉っ!!」

 白煙を上げるポッドの隙間から、血塗れになった新兵――ラチェットの微笑む顔が見えた。



――鹿嶋さん‥‥僕‥‥頑張れましたか‥‥?



 そんな声が、聞こえた気がした。



――ズンッ!!



 そして、RCの脚がポッドの上に落とされた。
 後に残ったのは、緊急ポッドの破片と、隙間から染み出した鮮血。
 それもすぐに群がったキメラによって食い尽くされ、後には何も残らなかった。



――ラチェットという新兵がいたという証は、もう何も無い。



 鹿嶋と堺の機体の足元に残る、壊れたナイチンゲールを除いて。
 ゆらり、と帝虎が敵へと向き直る。

「――鹿嶋‥‥っ!?」

 堺の激情が吹き飛ぶ程に、思わず後ずさる程に、鹿嶋と、そして彼の愛機が纏う鬼気は凄まじかった。
――バグア達に灯る、ロックオンのサイン。
 彼の目は、常人が見たならば恐怖で気が狂いかねない程の殺意に満ちている。

「――死にたくない者は俺の視界から‥‥去レ――!!」

 軋んだ声と共に、C−200ミサイルポッドの雨がバグアへと降り注いだ。



 BCアクスが振り下ろされ、RCが倒れる。

「ハァ‥‥ハァ‥‥」

 常に皆を鼓舞するかのように戦い続ける藍紗――その機体の損傷も、疲労も人一倍大きかった。
 迫るキメラをレーザーガトリングで掃射する――が、間に合わず何体かに取り付かれてしまう。

「無礼者が! 離れるのじゃ!」

 すかさず払い落とし、止めを刺す。
 しかし、その時アラートが鳴り響いた。



――脚部に異常発生‥‥機能停止。



 先程取り付いたキメラの牙が、運悪く回路の一部を噛み千切っていたのだ。
 咄嗟に体勢を整えようとするが、間に合わない。

「――くぁっ‥‥!!」

 敵の真っ只中で鴇が転倒し、衝撃が藍紗を襲う。
 朦朧としそうになる頭を振り払い、体を起こすと、そこには剣を振り上げるゴーレムがいた。

「――藍紗! ‥‥糞っ!」

 ゼラスが駆け寄ろうとするが、そこにTWとRCの集中砲撃が襲い掛かり、身動きが取れない。
 その間に、ゴーレムは鴇目掛けて剣を振り下ろしていた。

「――ひっ‥‥!!」

 だが、その直前に二機の阿修羅が飛び出し、ゴーレムを押し倒す。
 そして倒れた鴇と敵の間を遮るようにバイパーが立ち塞がった。
 冷静さを取り戻した藍紗は、阿修羅を援護しようとBCアクスを杖に立ち上がる。
 だが、それを阿修羅に乗った隊員が遮った。

『――後退しろ! ここは俺達が引き受ける!』
「じ、じゃがっ!!」
『そんな損傷で前線に立ってたら、今度こそ死ぬぞ!』
「――お主らを置いてはいけん! 我以上にボロボロなのじゃぞ!?」

 彼女の言うとおり、彼らの機体は限界だった。
 バイパーは頭が吹き飛び、左腕は切り飛ばされている。
 阿修羅のうち一機は砲塔と右後脚を砕かれ、一機はコクピットが剥き出しになっていた。
 だが、その後に続けて放たれた言葉に、藍紗は動けなくなってしまった。

『――アンタは、俺達の希望なんだ』
『その希望が撃墜なんかされたら、皆の心が折れちまう』
『‥‥だから、何が何でも落とさせる訳にはいかないのさ』
「じゃが‥‥じゃが‥‥っ!!」

 尚も動かない藍紗に、阿修羅のパイロットが怒鳴る。

『――俺達が死んだぐらいで戦況が傾くとでも思ってるのか!?
 御剣を舐めるなっ!』

 そしてバイパーがグレネードを放って、閉じられようとしていた敵の包囲網に穴を開ける。

『行けっ――!!』
「済まぬ‥‥っ!!」

 バーニアを吹かし、強引に機体を後退させる藍紗。

「藍紗!! こっちだ!!」

 そこに、ようやく敵を片付けたゼラスが駆け寄る
 視線を戻すと、阿修羅達の姿は敵の波の中に埋もれようとしていた。

「――おい!! 死ぬんじゃねぇぞ!? 死んだりしたら許さねぇからな!?」
『‥‥わか‥てる‥‥おま‥‥らも――』

――そしてノイズが全てを飲み込んだ。

「‥‥糞ったれ!!」
「我は‥‥我は――っ!!」

 共に後退しながら、ゼラスと藍紗は悔しさに涙を流した。



『――うわぁっ!!』

 突如上がった悲鳴に月神が目をやると、そこには足を破壊され、各坐する阿修羅の姿があった。
 そしてその回りには、ゴーレムとRCの編隊。
 後ろを振り向くと、そこには三機に減じた御剣隊のKVと、片腕を失った宗太郎のストライダー。
――誰もがもう、限界を超えて戦っていた。

『‥‥行け、月神』
「――!!」
「ここは俺達に任せろ!!」

 しかし彼女が逡巡する前に、隊長機のバイパーと宗太郎から通信が入る。
――その一言で十分だった

「‥‥一分で戻ります。それまで、ここをお願い出来ますか?」
『――おう、一分と言わず最後まで任せろ!!』

 月神はフルスロットルでブーストをかけ、夜叉姫を前進させる。
 そして、倒れた阿修羅の前に立ち塞がり、目の前のワームの大群に向かって爆槍を突き出した。



『うおおおおおおおっ!!』
「邪魔だぁっ!!」

 隊長はそれを見届けると、宗太郎と共に果敢に敵を迎え撃って行く。
 隊長がタートルワームの首を刎ね、接近するキメラ群へとガトリングを乱射しようとした時――悲劇は起こった。


――キュゥゥゥン‥‥。


『――給弾不良‥‥っ!?』

 異音と共にガトリングの回転が止まる――思考に、一瞬の空白。
 隊長が我に帰った時には、バイパーは数百ものキメラの群れに飲み込まれていた。
 牙が、爪が、バイパーと隊長に襲い掛かる。

『ぐあああああああっ!!』
「おっさんっ!! 糞がっ!! 離れろおおおおおおっ!!」

 宗太郎が必死に駆け寄り、爆槍を、剣翼を振るってキメラを叩き落す。
――しかし、圧倒的に手数が足りなかった。
 そして、キメラ達はストライダーにまでその牙を向け始める。

「くうううっ!!」

 衝撃と共に、損傷率がジワジワと上がっていく。

『もう‥‥止せっ‥‥!! 俺はもう助からん!!』
「――っ!? 馬鹿野郎!! 何言ってんだ!!」

 必死に食い下がる宗太郎だったが、千切れかけたバイパーの腕が動き、ストライダーを押しのけた。

『――俺みてぇなオヤジに付き合うこたぁ無いさ‥‥生きろ。
 これから先、俺の分まで‥‥死んだ奴等の分まで生きろ!!』

 隊長は高らかに叫んだ――体中を抉られ、食い千切られて、耐え難い痛みが襲っているというのに。
 そして、最後の通信はエリシアに向けて――。

『――エリシア大尉、お先に‥‥!!』
『――ヴァルハラで待っていてくれ、ロボフ・カミンスキー大尉』

 そして、バイパーは自らに向けてグレネードを放ち、己ごとキメラを焼き尽くした。



――紅蓮の炎が燃える。



 先程まで共に戦っていた、戦友を弔うかのように。

「あ‥‥あ‥‥ああああああああああっ!!」

――月神は叫んだ。
 叫びながらひたすら爆槍を振るった。
 瞳から血涙を流しながら、ただひたすら、身を引き千切らんばかりの怒りを叩きつけるように。

「畜生‥‥ちくしょおおおおおおおっ!!」

――宗太郎は叫んだ。
 叫びながらひたすら爆槍を振るった。
 『あの時』のように、掛け替えの無い戦友を守れなかった自分を責めるように。
 正しく鬼神の如き力で、二人は迫り来るバグア達を打ち砕き続けた。



『ぐあああああっ!!』

――死んでいく。

『助けてっ!! 私まだ死にたくない!! 死にたく‥‥な‥‥』

――男も、女も、新兵もベテランも、皆平等に死んでいく。



「‥‥貴方たちの無念、すべてを穿つ刃に変えるわ。その斬れ味、身を以て思い知りなさい!」


 それでも傭兵達は、残された御剣隊の隊員達は懸命に戦い続けた。
 鎮魂の言葉と共に、アリカが銃を取り、剣を振るう。



――パァッ!!



 その時、戦場の空に閃光弾の眩い光が輝いた。
 降り注ぐ砲弾とレーザーの雨――援軍が、ようやく到着したのだ。
 そしてそれとほぼ同時に、防衛線守備隊から防衛線の再構築に成功したという連絡が入る。



――それは傭兵達と御剣隊の長い戦いの終わりを告げるものだった。



「遅すぎるんだよ‥‥畜生っ!!」

 ゼラスが、悔しげにコンソールに拳を叩き付ける。
 途轍もない規模のバグア軍の猛攻に僅か60機のKVで対抗し、生き残る事が出来たのは正しく奇跡だ。



――しかし、それは新兵5名を含めた、御剣隊隊員17名の戦死者を犠牲に起こった奇跡だった。



「立派になりましたね、皆‥‥そう、言いたかったのに――」

 分かっている――誰一人として死なない戦場など、この世に存在しない事を。



――けれど、悔しかった。



 握り締められたリディスの拳から、血が滲んだ。



 そしてアリカを除く傭兵達は、傷の治療と機体の修理を行うと、迫りくるカッシングの飛行要塞へと向けて再び飛び立って行く。
――新たな英霊の魂と共に。



 その途上、如月は自己嫌悪に陥っていた。

「誰かが亡くなっても‥‥それでも、私は戦える。私は‥‥」

 目の前に掲げた自分の手が、血に塗れているような気がする。
 ずぶずぶと、まるで泥沼のように心が沈んでいく。



『――御剣隊総員『50名』!! 我等が英雄達に対し‥‥敬礼!!』



 その時、無線から高らかにエリシアの号令が響く。

「あ‥‥」

 下を見ると、そこにはこちらに向かって一斉に敬礼する戦友達の姿が見えた。
 ボロボロの体で、ボロボロの機体で――それでも、気高く、堂々とした敬礼だった。
 もう御剣隊は33名しかいない筈なのに、如月の目は確かに戦場に散った17名の姿を見た。
 少しだけ――ほんの少しだけれど、自分はまだ戦える‥‥そう、思えた。



 傭兵達のKVが空の向こうへと消えていくのを、エリシアはずっと見つめていた。
 そこに、アリカが心配そうに歩み寄る。
 エリシアは彼女に振り向く事無く、まるで独り言のように口を開いた。

「――治療が終わり次第、すぐに部隊を再編しなければな」
「‥‥大尉」

 その声は、ひたすら事務的で、感情の篭らない冷たいものだった。

「今度はなるべく損耗が低くなるように、更に隊員の練度を上げ、機体を増強しなくては。
 帰ったら早速大佐に連絡を――」
「‥‥エリシアさん!!」
「――っ!!」

 アリカは耐え切れないとばかりにエリシアの声を大声で遮った。
 そして、背後から優しく、彼女の体を抱き締める。

「‥‥エリシアさんの責任じゃありません。
 だから‥‥だからそれ以上、自分を責めないで下さい‥‥」

――エリシアの体が震え、空を見上げるように顔を上げる。

「やはり硝煙というのは、目に‥‥沁みるな」
「‥‥はい、戻りましょう‥‥傷に障りますから」

 アリカはエリシアの頬に光った一筋の涙に触れる事無く、優しく微笑んだ。



――司令部より伝達。

 敵軍のマドリードへの侵攻を防いだ御剣隊及び傭兵十名の功績を称え、UPC銅菱勲章を授与する。