タイトル:【御剣】身の程を知れマスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/30 23:22

●オープニング本文


「――諸君、今日はよく集まってくれた!!」

 とある湾港に並ぶ薄暗い倉庫の一つに、高圧的な男の声が響き渡る。
 軍服を着たその男の襟に光るのは情報部の大佐を示す襟章だ。
 彼こそ、御剣隊を戦闘の混乱の中で抹殺しようと図った男、UPC欧州軍情報部大佐、ニルス・ゲーニッツその人であった。
 彼の目の前には、明らかに無法者然とした能力者八名を含む20名程の兵士たちがいる。

「我々が集まった理由は他でも無い!!
 長い時間をかけて培われてきた軍の規律を乱す錆びた刀どもに、鉄槌を下すためだ!!」

 計画はこうだ――御剣の隊舎に爆弾を仕掛け爆破、その混乱に乗じてブライアン・ミツルギを暗殺し、それをバグアの手の者によるテロに見せかける。
 偵察に出した兵によれば、御剣隊の兵士たちは誰もが休息を取っており、ミツルギは現在基地の執務室に籠っているという事だ。
 決行には、絶好の機会であった。

「奴等に天誅を下し、本来在るべき規律ある軍というものを取り戻す一歩としようではないか!!」



 大げさに腕を広げながら熱弁を振るうニルス――だが、その心は焦りに支配されていた。

(「糞っ!! 糞っ!! どうしてこうなったっ!?」)

 自分が戦場の御剣隊への妨害工作に使っていたイワン・マクスウェルとロベルト・チャップマンが先日逮捕された。
 元々イワンは蜥蜴の尻尾であり、大した情報を握っていないため、問題は無かった。
 そしてロベルトに関しても、ニルスが部下や彼の家族を押さえているため、彼自身は決して逆らえず、仮に捕らえられたとしても、口封じの方法は何パターンも用意してあった。

――にも関わらずロベルトは無傷で拘束され、しかも部下やその家族はあの憎き老いぼれ、ブライアン・ミツルギによって保護されてしまい、重要な情報を洗いざらい吐かれてしまった。

 しかも、それを成したのは傭兵という唾棄すべき無頼共によるものと言うではないか。

(「あり得ん!! あり得んあり得んあり得ん!!
 あんなゴロツキ共が私の計画を邪魔するなんぞ、あってはならん!!」)

 そして、ニルスが持っていた情報網やコネクションは、数日の内にあれよあれよと寸断されていき、今やこのような人数で、しかも実力行使に出るしか無くなってしまったのだ。



――はっきり言ってしまえば、このニルス・ゲーニッツという男は、自分にとって都合の良い組織にしがみ付き、新しい体制を全く認める事の出来ない俗物であった。
 己の無能に気づかず、何か不都合が生じた場合は、それを他人になすりつけ、貶める事しか能の無い男――それがニルスの正体。
 そんな男を霧の向こうに隠していたUPC欧州軍情報部大佐という地位だが、それすらもミツルギによって丸裸にされた。
 今となって彼に残されているのは、哀れなほどに肥大化した歪んだプライドだけである。



 一方、ニルスの演説を聞く兵士たちの表情は様々だった。
 表面だけは彼に賛同し、目の奥に如何にして責任から逃れるか画策している者。
 ニルスの心の中の欺瞞を見抜き、冷ややかな視線を送る者。

――前者はニルスと同じく俗物であり、後者は身の振り方を誤り、ミツルギの包囲網から逃げ遅れた者達だ。

 その中で唯一士気が高いのは能力者であるが、彼らは全員が高い報酬に目が眩み、これから起こるであろう荒事を期待しているだけだ。

「では諸君、行動開始だ!!」

 正しく烏合の衆という言葉が相応しい者達。
 だからこそ、倉庫を囲む気配に気づけなかったのだろう。

――突如、倉庫の窓から強烈な光が降り注ぐ。

「な、何だ――!?」

 それは軍用のサーチライトであった。

『――貴様らは既に包囲されている!! 直ちに投降しろ!!』

 同時に、拡声器から聞こえる威圧感のある男の声。
 窓の隙間から見れば、そこにはクロスサムライソードの腕章を付けた兵士達の包囲網があった。

「――糞っ!! サビ刀どもがっ!! 直ぐに地下通路から逃げろ!!」

 ニルスが忌々しげに叫ぶと、部下達に脱出を指示する。
 兵士の一人が手早く倉庫の端に駆け寄ると、巧妙に隠された地下通路の入り口を開いた。

「グボォッ!?」

 と、同時に奇妙な叫び声と共に兵士の体が二メートル近く跳ね上がり、地面に叩き付けられる。
 見れば、彼の下顎は滅茶苦茶に粉砕され、ピクピクと痙攣している。
――恐らく、この先固い物は碌に食べられまい。

「‥‥こんな雑な作りの秘密通路を、我々が見逃さないと思ったか馬鹿め」

 秘密通路から現れたのは、御剣隊の戦闘隊長であるエリシア・ライナルトと、傭兵達の姿だった。

「‥‥く、こ、この日和見主義者がぁっ!!
 き、貴様軍人でありながら、そのような無頼漢と結託するとは「‥‥黙れこのゲス野郎」
――ひっ!?」

 まるで地獄の底から響いてくるような声に、ニルスは凍りついた。

「‥‥貴様のようなゲスのせいで部下達が傷付いたかと思うと、心の底から反吐が出る」

 そして、エリシアは傭兵達に向き直ると、彼らに命令を下した。

「抵抗するなら容赦はするな――抵抗しなくとも容赦はするな。
 これは制圧では無い‥‥教育だ。
――身の程知らず共に、己の卑小さを思い知らせてやれ」

●参加者一覧

ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
東條 夏彦(ga8396
45歳・♂・EP
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
ロアンナ・デュヴェリ(gb4295
17歳・♀・FC
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

「――では、これより『教育』を開始する」

 エリシアの宣言に対して、ゼラス(ga2924)が獰猛な笑みを浮かべて応える。

「了解。傭兵は傭兵らしく。報酬分の仕事は出来るよう頑張りますかね。
――オラ! そこの猿知恵が天辺行ってそうな大将さんよ! す〜ぐにそっち行ってやるからなぁ!」

 赤いマフラーを靡かせながら振るうのは、死神の如き禍々しい大鎌「ノトス」だ。

「‥‥まさかあの襲撃が仕組まれたものだったとはね。
 私の大切な人達を危険に曝したその罪、しっかり償ってもらうわよ」

 エリシアと親しい友人であり、件の事件の関係者でもある紅 アリカ(ga8708)の表情には、珍しく明確な怒りが浮かんでいた。

「‥‥階級に胡座をかいているだけで大した働きもせず、ただ目障りだからと言う理由だけで、友軍を窮地に陥れる様な輩は、その浅ましい捩曲がった性根を真っ直ぐ叩き直して差し上げる事にしましょう」

 普段は温厚なロアンナ・デュヴェリ(gb4295)も、その口調の端々に棘を見せている。

「サビ刀ねぇ‥‥御剣隊がサビ刀なら、オジサンたちは役立たずの朽木なんじゃないのー?
――って言ったって理解出来ない人達なんだろーカラ、体で覚えて貰うしかないヨネ」

 おどけた調子で笑うのはラウル・カミーユ(ga7242)。
 だが、その瞳は全く笑っておらず、『容赦』という言葉など知らないと言わんばかりに冷え切っている。

「――なら、その刀の力、とっくりと教えましょうや」

 東條 夏彦(ga8396)が、ニルス達をねめつけながら、黒刀「炎舞」を抜き放った。



「‥‥きっ、貴様らっ!! 何をしているっ!? 殺せ!! 奴等を殺せええええっ!!」

 口の端からあぶくを撒き散らしながら絶叫するニルス。
 荒事を得意とするゴロツキ能力者たちは嬉々として一歩踏み出るが、兵士達はあまりに絶望的な状況に互いに目配せし合っていた。
 投降すべきか、抵抗すべきか――それが決まらない内に、倉庫中に少女の声が響き渡る。

「なぁ、大尉さん!
 こいつら『うっかり』殺っちゃったら、『事故』で処理してくれんの?
 いや何せ、つい最近能力者になったぺーぺーだからよ、殺し方は教わったけど、手加減のやり方なんて知らねぇよ」

 それはバハムートに身を包んだエリノア・ライスター(gb8926)であった。
 その声を聞いた兵士達の顔色が真っ青に染まり、殺されるならばいっそ――と、彼らは震えながら自動小銃を構えた。

「ありゃ? 逆にやる気になっちまったか?」
「この馬鹿‥‥煽り過ぎだっつーの‥‥」

 脅しのつもりが当てを外されて頭を掻くエリノアに、天原大地(gb5927)がため息を吐く。
 だが、その方が好都合と笑う男が一人――堺・清四郎(gb3564)だ。

「白銀の魔弾の堺 清四郎だ! 死にたい奴から掛かって来い!」

――下衆どもにかける情けは無い。
 奴らに似合うのは牢獄の臭い飯だ。
 徹底的にぶちのめす――!!
 堺は鬼の形相のまま、敵ファイターへと躍り掛かった。



 高窓に備え付けられた通路から、敵スナイパーと兵士達が次々と発砲する。
 ゼラスは脅威となり得る銃撃のみをノトスで叩き落すと、敵ファイターへと肉薄した。

「よぅ、お互い敵同士なんだ。早速やろうじゃねぇか」
「――はっ!! 正義の味方気取りのガキがっ!!」

 威勢良く両手剣を振りかぶる敵ファイター‥‥だが、あっという間にゼラスの圧力に飲まれ始める。
 鎌の大振りと、柄の打ち払い等の小技を挟んだ迫力がありながら、隙の無い攻撃。
 それは、喧嘩や小金稼ぎに振るう剣とは格が違う、死闘の中で磨き上げられた武だ。

「ひっ‥‥!?」
「楽しいよなぁ? 楽しいんだろうっ? なら笑え! 笑って死神の鎌をいなしてみせろ!
 じゃねぇと――」

 獰猛に笑いながら、ゼラスは体を大きく回転させる。
 赤いマフラーが倉庫の薄闇の中で華麗に踊った。

「裂き飛ばすぞオラァッ!!」

 まるで独楽のような激しい斬撃に、とうとう敵ファイターが吹き飛ばされ、両手剣がへし折れる。

「うわっ‥‥!!」
「退いたな? ならコイツは罰金だ!!」

 尻尾を巻いて逃げようとする敵ファイターに、ゼラスは鎌からソニックブームを放った。
 背中をばっさりと切られ、もんどり打って倒れる敵ファイター。

「傭兵は『ポーン』なんだよ。退いたらルール違反だぜ?」

 ばさり、とマフラーをはためかせ、ゼラスはニヒルに笑った。



「うおおおおらああああ!!!」

 そして、もう一人の敵ファイターもまた、堺に一方的に攻め立てられていた。

「う、うわぁっ!?」
「どうしたぁっ! 本気出せやぁっ!」

 元々大柄な堺の体は、覚醒によって更に一回り膨れ上がっている。
 彼の鋭い剣閃も相まって、その迫力は凄まじかった。

「能力者ってだけで威張ってきた奴と常に命張ってきた奴との差を――教えてやる!」

 紅蓮衝撃の紅い光を纏った堺の蛍火が、敵ファイターの武器ごとその片腕を切り飛ばした。

「うぎゃあああああああああっ!!」

 絶叫が木霊し、辺りに鮮血が飛び散る。
 堺は冷たく一瞥を加えると、最早用は無いとばかりに手近な兵士達へと踊りかかっていった。

「一人たりとも逃がさんぞ、覚悟しろぉ!!」
「ぐえっ!?」

 兵士の一人が逃げる暇も応戦する暇も無く、あっという間に峰打ちで地面に倒れた。



 敵グラップラー達は、傭兵達を撹乱しようとスキル・瞬天足を発動させようとした。

「――遅いですよ?」
「なっ‥‥!?」

 しかし、その前に倍する程の速さで踏み込んできた影が一つ――スキル・迅雷を発動させたロアンナだ。
 その手には翼の如き刀身を持つ美しい刃、飛剣「ゲイル」が手にされている。
 優雅でありながら激しく、それでいて命を奪わない程に手加減された斬撃が立て続けに翻った。
 敵グラップラーが最後に見たのは、振り下ろされながら美しく広がる鳥の羽であった。

「このアマァッ!!」
「あら、余所見してると危ないですよ?」

 仲間を倒された事に激昂し、もう一人のグラップラーが拳を振り上げる。
 だが、それを見てもロアンナはくすり、と微笑んでみせた。
 その瞬間、敵グラップラーの四肢に次々と銃弾が襲い掛かる。

「がっ!?」
「横にも目を付けとけよ。それでもお前傭兵か?」

 それは天原が放った真テヴァステイターの弾丸。
 そして、敵グラップラーは全身を襲う痛みに悲鳴を上げる暇も無く、続けて駆け寄った天原の蛍火の一撃に沈んだ。



「てめえら何チンタラやってんだっ!! 撃てっ!! 撃ち殺せっ!!」

 通路の上に立つスナイパーの二人が、数人の兵士達に向かって怒鳴り、下にいる傭兵達に向かって引き金を引こうとする。

「撃たれる前に‥‥とゆーか、撃たせないっ」

 その時、通路の上にいる者全てに掠めるように放たれるサブマシンガンの弾幕――ラウルによる制圧射撃だ。
 そして身を竦めるかのような『脅し』の弾の中に、正確に手元を撃ち抜く弾を織り交ぜる。
 幾人かの兵士が悲鳴を上げて小銃を取り落とした。
 その間に勢い良く走り出したラウルが向かうのは、通路のすぐ下に立った天原のいる場所だ。

「大地っ! よろしくっ!」
「おうっ!! 頭踏むなよっ!?」

――彼の肩を足場に跳躍し、通路の上に飛び乗るラウル。
 敵スナイパーが銃を構えるが、あらかじめ持ち替えておいたシエルクラインが火を吹き、その肩を抉った。
 敵も意地を見せ、銃を取り落とす事無く尚も応戦しようと試みる。

「はい、残念☆」

――が、あっという間に距離を詰めたラウルに銃を蹴り上げられ、更にシエルクラインのグリップで首を殴打され、意識を刈り取られる。

「スナイパーは、撃つだけが能じゃないってネ」

 ラウルはおどけながら微笑むと、これ以上は撃たせないとばかりに、通路上の敵を一人ずつ無力化していった。



「く、糞っ!! 糞がっ!!」

 ラウルの猛攻の前に後退するもう一人の敵スナイパー。
 昇降用の梯子に向かうその途中で、彼の体は突如錐揉みしながら宙を舞った。

「うおおおおおっ!?」

 訳も分からぬ内に倉庫の床に叩きつけられ、混乱しつつも頭を上げると、そこには重々しいシルエットをした鉄の鎧があった――エリノアだ。
 彼女は通路の下から超機械「トルネード」で竜巻を起こし、敵スナイパーを叩き落したのだ。

「よう♪ 元気?」
「あは‥‥あはははははっ!!」

 最早笑うしかない敵スナイパー。


――彼が意識を手放すのには、十数秒とかからなかった。


 周りにいた兵士達は、次々に倒されていく能力者達を見て、完全に統率を無くしていた。
 その中にエリノアは走輪走行で突っ込み、何人かを跳ね飛ばし、加えて無事だった者の襟首を掴んで振り回し、投げ飛ばす。

「‥‥やれやれ、一方的に攻撃するのは趣味じゃねぇんだが」

 口の中でぶつぶつ文句を言いながらも、手は決して休めようとはしない。
 とうとう最後の一人を捕まえるエリノア。

「ひいいっ!! 殺さないでくれええええっ!!」
「クライアントからのオーダーだ。テメェら全員、生き恥を晒して貰うぜ?」

 エリノアは囁く様にそう言うと、兵士の鼻柱に拳を叩き込んだ。



 炎舞の刀身から炎が吹き上がり、兵士達の肌をジリジリと炙る。

「さて、このまま抵抗してコイツに焼かれるか、降参するか選んでもらいやしょうか?」
「ひいいっ!! 降参するっ!! 降参するからっ!!」

 ドスの効いた東條の声に、何人かの兵士が銃を捨てて両手を上げる。

「‥‥ビクビクするんなら、最初っからやるんじゃねぇや」

 呆れたように溜息を吐いた東條だったが、視界の端に移った物を見た瞬間、目の前の兵士を突き飛ばした。
 それは敵エクセレンターの物陰からの狙撃。
 弾丸は東條の腕を掠め、血を飛沫かせた。

「ちっ‥‥この外道が‥‥!!」

 傷自体は大した事は無い――ロウヒールで塞がる程度の物だ。
 だが、それ以上に東條を激昂させたのは、その弾丸が兵士ごと自分を貫く軌跡を描いていた事だった。

「同業者なら、手加減は無用だな‥‥覚悟せぇ!!」

 東條は一声吼えると、妖刀「天魔」を抜き放つ。
 敵エクセレンターは狙撃が失敗したのを見るや、再び詰まれた穀物の陰に隠れようと試みる。

「させねぇよ‥‥アリカ!! 頼むぜ!!」

 東條が叫びながら投げ放った蛇剋が敵エクセレンターの背中を抉り、そして頭上から放たれた弾丸が、手を貫いていた。

「ぎゃあっ!?」
「‥‥貴方達は残しておいたら後々厄介だから、さっさと墜ちて貰うわね」

 詰まれた資材の上に立つアリカは、そこから飛び降りると、敵エクセレンターの頭に真テヴァステイターを押し付けた。

「‥‥まだ抵抗するというのなら、次はその頭をぶち抜くわよ?」

 殺気の篭った声に、敵エクセレンターは観念し、両手を上げて降参の意思を見せる。
 だが次の瞬間、その首には名刀「羅刹」が叩き付けられていた。
――ぐるん、と白目を剥いて倒れ伏す敵エクセレンター。

「‥‥安心なさい、峰打ちだから。強化人間とかだったら首を切断してる所だけどね‥‥」

もしこの時アリカを良く知る者がいたら、人をはっきりと罵る彼女の姿に驚いた事だろう。
――それだけ、彼女は怒っているのだ。

「――ご苦労さん。で、敵さんのサイエンティストはどうしたんだ?」

 東條が天魔で己の肩をとんとん、と叩きながら歩み寄る。

「‥‥それなら――」


――ドゴォッ!!


「ゲボォっ!?」

 鈍い音と共に蛙が潰されたような悲鳴が響き渡った。

「‥‥雑魚が」

――見れば、そこには倒れた敵サイエンティストの腹に下段突きをぶち込んだエリシアの姿があった。
 哀れ、彼は血反吐をぶち撒けてピクピクと痙攣している。
 息は――――辛うじてある。



‥‥と思う。



 その光景を見たアリカと東條は、自分達の事を棚に上げて敵サイエンティストに心の中で合掌した。



「ひぃ‥‥ひいぃ‥‥っ!! に、逃げるんだ‥‥逃げさえすれば‥‥!!」

 戦闘の最中、ニルスは這い蹲るようにして秘密通路を目指していた。
 あと‥‥もう少し!!
 そして、扉の取っ手に手がかかった所で、その頬にひたり、と冷たい感触が触れた。

「何処へ行く気だ?」
「あひぃっ!?」

 そこには怒りと侮蔑の眼差しでこちらを見下ろす堺の姿があった。

「な、何で私が貴様ら如きに捕まらなければならんのだっ!!
 ぐ、軍やULTがいなければ野垂れ死にするだけの生物兵器の分際がっ!!」

 もう逃げられないと観念したニルスは、早口で傭兵達を罵り始めた。
 堺はそれを無視し、ゆっくりと刀を頭上へと振り上げる。

「言いたい事はそれだけか?」
「ひ‥‥あ‥‥あああああああっ!?」

 そのまま白刃をニルスの頭目掛けて振り下ろし――皮を切る寸前で止める。

「ふん‥‥刀が穢れる。斬る価値も無いな‥‥こんな奴が大佐とは」

 溜息を吐きながら刀を納める堺――その足元で、ニルスは足元に暖かい水溜りを作りながら気絶していた。


――だが、彼はそれすら許されなかった。


 ロアンナがつかつかと歩み寄り、覚醒を解除してから思い切り鉄拳をニルスの頬に叩き付けた。

「‥‥ぶっ!?」
「あら、まだ終わってはいませんよ?」

 微笑むロアンナの顔は、とてもイイ表情をしている。

「た、助けてくれ‥‥金なら‥‥金ならいくらでも‥‥」
「‥‥だが断る。そんな条件で私達を買収できると思ったら大間違いよ」

 アリカがニルスの足掻きに止めを刺す。
――もう、彼に逃げ場など無い。

「助けて‥‥助けて助けて助けてええええええっ!!」
「‥‥黙れ」


――ゴキリ。


「あ‥‥が‥‥」

 泣き叫ぶニルスの声が途切れる――エリシアが、彼の顎の関節を外したのだ。



――もう、泣き叫ぶ事すら出来ない。



「‥‥では、教育を始めよう」
「〜〜〜〜っ!!」



――数分後、主犯ニルス・ゲーニッツは、四肢の関節を破壊された姿で担架に乗せられ、連行されていった。
 その途上、ロアンナによって耳元で責任ある者としての心構えを延々と聞かされながら。



 そして、事件の事後処理を行うエリシアの元に、エリノアが歩み寄ってきた。

「‥‥なぁ大尉さんよ。
 私はつくづく傭兵で良かったと思うよ。
 少なくとも命令一つでダチを捨てる真似はしたくねぇし、
 どうせ命懸けるなら、気持ちよく選びてぇからな」

 続けてエリノアはにかっ、と笑い、手を差し伸べた。

「軍は腐った俗物だらけだ。
 あの豚一匹叩いた所で、何も変わりゃしねぇだろうな。
 ま、面倒になったら、遠慮なくULTに来いよ。歓迎するぜ」
「‥‥気持ちだけは受け取っておこう」

 その言葉に、エリシアはくしゃり、とエリノアの頭を撫でる。

「‥‥如何に頂点が腐っても、土台が磐石ならば、いくらでも立て直せる。
 それに――」

 その時のエリシアを、エリノアは決して忘れられないだろう。

「支える価値のある頂点はまだ確かに在る――その限り、我々土台が役目を投げ出す訳にはいかんのだ」

 その横顔は、何処までも真っ直ぐな誇りと矜持に満ちていた。