タイトル:【御剣】獅子身中の虫マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/11 22:54

●オープニング本文


――暗闇の中で、三人の男達が佇んでいた。
 三人の中の一人は残る二人に対して高圧的な態度を取り、睥睨している。

「‥‥サビ刀共は生き残ったか。フン、悪運の強い奴らめ」

 面白くも無さそうに鼻を鳴らす男の機嫌を伺うように、UPCの制服を着た軽薄そうな青年が話しかける。
 その襟章が示すのは、UPC欧州軍のオペレーターであった。

「も、申し訳ありません‥‥何せあの女、異様に人望だけはありまして‥‥」

 言い訳じみた青年の言葉に、男は彼をギロリと睨み付けた。
「ひっ!!」と萎縮する青年を無視して、男はただ黙って立つ壮年の兵士に向かってネチリ、とした口調で話しかける。

「――貴様ら偵察隊がもう少し上手く立ち回れば、罠にしっかりとかけられたのではないかね?」
「‥‥部下達や、他のオペレーター達を欺きながら任務を遂行するには、あれが限界だったと考えます」
「ふん、義理堅い事だ‥‥。
 だが、あくまで貴様に命令を出しているのは私で、貴様の可愛い部下達も私の管理下にあるという事を忘れない事だ」

 兵士は悔しげに歯を噛み締めるが、どうにか耐えて男に敬礼した。

「――だが、今回失敗したのは少々不味かったな。ブライアン大佐が動き出したようだ」
「あのジジイが? だったら別に気をつける事なんか――」

 ヘラヘラと笑う青年――その瞬間男の拳が頬に叩き付けられていた。

「グヘっ――!?」
「‥‥馬鹿が。貴様はある意味最悪の男を敵に回したのだ‥‥。
 60年もの間、軍という魔窟で生き残ってきたあの古狸をな」
 

 

 UPC欧州軍の、ブライアン・ミツルギの執務室にて、エリシアは先日の作戦における敵の奇襲についての報告を行っていた。

「先日は災難じゃったな嬢ちゃん。曹長達の調子はどうじゃ?」
「――はい、幸い全員が軽症でしたが、大事を取って一週間ほど休暇を取らせました」
「うむ、宜しい」

 エリシアが纏めた報告書をペラペラと捲りながら、ミツルギは満足そうに頷いた。
 だがすぐに表情を引き締めると、再びエリシアに問いかける。

「シラヌイの方の状態はどうなっとる?」
「比較的損傷の少なかった伍長機は大分『マシ』ではありますが、私のS型を含めて全機にオーバーホールが必要です」
「曹長機なんぞ、片腕が吹き飛んでおったからの。上のカタブツ共に早速嫌味を言われたわい。
――技術班の奴等はいいデータが取れたと小躍りしておったがな」

 実戦投入して数日と経たずに、予備パーツを使い切る程に消耗させてしまったのだから無理も無いが、何が起こるか分からないのが戦場の常である。
 ミツルギだけでなくエリシアも、それがあくまで形だけのものだという事も理解していた。
 それ以上に問題なのは、その『消耗してしまった理由』である。

「‥‥しかし、全く予想出来ない方向からの奇襲、か。観測班がサボっていたとしか思えんのう」

 敵の増援が現れたという方角には、御剣隊が戦闘を開始する数十分前に岩龍やウーフー、骸龍を初めとした電子戦機による偵察が行われていた。
 如何にバグアによるジャミング下であっても、その精度はかなりのものだ。
 その結果、問題の方角の敵影はほぼゼロ。
 奇襲などを受ける可能性は極めて低いというのが、観測班の判断であった。

――だが、蓋を開けてみれば御剣隊はかなりの規模の敵編隊の奇襲を受け、エリシアを初めとした古参兵の多くを失う寸前の状況にまで陥ったのである。

「――もしくは‥‥」

 これはどう考えても、『何らかのミス』、もしくは『作為的な力』が動いたと見て間違いない。
――ただでさえ、潤沢な予算と装備を持ち、縦横無尽の活躍を見せる御剣隊には、羨望と賞賛だけでは無く、妬みや僻みなどの様々な悪感情を抱く輩も多いのである。

「‥‥その点に関しては、私としては言及する術を持ちませんので」

 だが、それは既にエリシアが口を出せる領域の話ではない。
 彼女はただ事実を記し、それを余すところ無く正確に報告書に記載し、提出するのみだ。

「分かっとるよ――ともかくご苦労じゃった。嬢ちゃんもゆっくり休むとええ」
「――そうさせて頂きます」

 珍しく、エリシアはミツルギの申し出を素直に了承した。
 よく見れば彼女の顔色は悪く、目の下には隈が浮き、敬礼する動作もいつもと比べて緩慢だ。
 表情や態度にはおくびにも出さないが、エリシアが相当消耗している事が見て取れた。
 激しい連戦の後、事実関係の調査と、詳細な報告書の作成‥‥流石の彼女も辛かったのだろう。
 いつもより少しだけ頼りない足取りで、エリシアは退出していった。



 部屋から出て行く彼女の背を見送ってから、ミツルギは受話器を手に取る。

「――ワシじゃ。傭兵への依頼の申請を頼みたい」

 その声は普段の飄々としたものでは無く、鋼鉄のように硬かった。



 数日後――ミツルギの執務室には、彼からの依頼で収集された傭兵達の姿があった。

「――君達に来てもらったのは他でも無い‥‥先日、御剣隊が敵からの奇襲を受けた件についてじゃ」

 挨拶もそこそこに口を開いた彼の表情は、形容し難いほどの覇気に満ちていた。
 使命感、決意、そして怒り――何れも普段の彼からは連想出来ない感情だ。
 そこには部下思いの好々爺ではなく、長い経験と確かな実務能力を持つ有能な老将の姿があった。

「――あれだけの数の敵を、観測班が見逃したりする可能性は極めて低いと言って良い。
 おそらくは、何らかの作為的な力が加わった可能性が高い」

――つまり平たく言えば、内通者の存在が疑われるという事だ。
 最大の問題はその内通が「誰の手によるものか」という事だ。

「軍内部の手によるものなのか、それともバグアの手によるものなのか‥‥。
 どちらにせよ、迂闊に兵を動かす訳にはいかん」

 もし軍内部の人間が起こした事ならば、それは黒幕が観測班に圧力をかける事の出来るという事を示し、バグアならば敵に関する情報を一手に扱っている部署にスパイがいるという事になる。
 下手に兵を動かせば、敵に察知される可能性がある以上、軍のしがらみに関係無く動く事の出来る人間の協力が必要だった。
 軍内部である程度動き回る事が出来、尚且つ外部の人間‥‥傭兵こそが最適の人材なのだ。

「――現時点で疑惑のある人間は二人。
 当時哨戒を任されていた偵察隊の隊長、そして当時敵の来襲した方角を調査していたオペレーターじゃ。
 この二人に接触し、事実関係を聞き出す事――これが君達に課せられた任務じゃ」

 そして、ミツルギの目がすっ――と細められる。
 老人の表情、そして全身から発せられる怒気に、傭兵達は思わず身じろいだ。


「‥‥決して逃すな。人間にしてもバグアにしても‥‥ワシの部下に手を出した事を後悔させてやる」

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
オルランド・イブラヒム(ga2438
34歳・♂・JG
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
桐生 水面(gb0679
16歳・♀・AA
フラウ(gb4316
13歳・♀・FC
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP

●リプレイ本文

 UPCに所属する兵士が多く訪れるというバーに、五十嵐 八九十(gb7911)と柳凪 蓮夢(gb8883)の姿があった。

「イワン? ああ、あいつなら今夜あたり飲みに来るぜ」

 マスターは慣れているのか、イワンの事について色々と喋ってくれた。

「その人、興味があるな。良かったら、仲を取り持って貰えないかな?」

 柳凪が悪戯めいた笑みを浮かべると、マスターは豪快に笑って見せた。

「ははっ!! 兄ちゃんもあいつにたかる気満々って訳かい!!
 最近あいつとみに羽振りがいいからな!! 上機嫌で奢ってくれるぜ?」
「ほほう、それはまた魅力的ですねぇ」

 酒好きな五十嵐は、思わず目的を忘れて舌なめずりしそうになるが何とかこらえ、その情報を別の場所で待つ仲間達に伝えるため、一旦バーのカウンターを離れた。



 UPC欧州軍の基地に程近い街のショッピングモールの宝石店に、水円・一(gb0495)の姿があった。

「‥‥失礼する」
「いらっしゃいませ、何か御用でしょうか?」

 水円は手近な女性店員に声を掛けると、一枚の写真を取り出した。

「最近、この男性がここに出入りしていないだろうか?」
「あら‥‥これはイワン様、ですね。一体どうなさったのですか?」
「最近、やけに景気がいいと聞いてね。彼がこの店に訪ねてきていないかと思ってね」

 水円の言葉に、女性店員は「まぁ」と大げさに驚いてみせ、聞いてもいないのにペラペラとイワンの様子をしゃべり始めた。
 どうやら、かなりのゴシップ好きらしい。
 何でも、イワンはここ最近ほぼ毎週のように女連れでこの店を訪れているらしい。
――しかも毎回違う女を、だ。

「ありがとう、邪魔してすまなかった」
「いえいえ、お気になさらずに‥‥そういえば、どうしてイワン様の素性を?」

 何を今更、といった店員の言葉に苦笑しながらも、水円は口の端を吊り上げた。

「何、保険の調査員でね」



 店を出ると、入り口の側にフラウ(gb4316)が憮然とした表情で立っていた。

「‥‥どうした?」
「全く、聞けば聞く程下品で下劣な奴のようだな‥‥イワンとやらは」

 憮然とした表情を浮かべたまま、フラウは彼にメモ用紙を差し出す。
 そこには、ロベルトについての情報が簡潔に纏められていた。
――その内容は、堅物、要領が悪い、といった性格的なもの以外に、これといって後ろ暗いものは無い。

「――偵察隊の動向記録も調べたが、普段より短い時間で帰還していた。
だが、これ以上踏み入った調査は、我では無理だな」

 フラウのように幼い外見を持つ者にとって、やはりこういった本格的な調査は苦手なようだ。
 しかし、逆にその容姿は相手の油断を誘い、容易に情報を引き出すきっかけを作ったりもする。
 情報の数こそ少ないものの、フラウはしっかりとここ最近のロベルトの奇妙な動向を探る事に成功していた。
――本人は、色々と複雑な面持ちだが。

「――そのためのチームプレイだ。行くぞ」
「言われるまでも無い‥‥おっと、その前に定時報告を――」



『――という訳だ。そろそろ水円と一緒にロベルトの方へ回ろうと思う』
「ありがとう――白鐘と鹿島の調査が終わり次第そちらに連絡する」

 ミツルギ大佐によって用意されたホテルの一室。
 オルランド・イブラヒム(ga2438)は携帯電話から耳を離し、フラウからの通話を切った。
 ふう、と一息吐くと、オルランドは目の前のテーブルに広げられた資料に目をやった。
 今回の依頼の基本的な作戦内容を纏めたのは彼だ。
 オルランドにとって久々の探偵稼業だが、この程度の調査ならばお手の物だ。

「‥‥それにしても、アホみたいに仰山それらしい証拠残したモンやなぁ」

 桐生 水面(gb0679)が思わず呆れたように呟く。
 目の前にある資料の殆どは、イワンについてのものばかり。
――明らかに不純な女性関係、軽薄な言動、明らかに支給される給料よりも多い支出‥‥。
 はっきり言ってこれだけでもしょっぴけるんじゃないかと言う勢いである。

「だが、これだけ迂闊な男だ。重要な情報を握っているとは思えん」
「まぁ、でも搾らんよりはマシやろ」

 そう言うと、桐生はジャケットを羽織って出かける準備をし始める。
 これだけ証拠が固まれば、後はイワンを釣って直接言質を引き出せばいい。

「せやけど、逆にロベルトの情報は大したモンが無いなぁ」
「それだけ慎重な男という事さ。その分重要な情報を握っていると考えられる」

 彼に関する有力な情報は今の所そう多くない上に、いくらでも言い繕える確実性に欠けるものだ。
 はっきりとした情報が手に入るかは、彼の部下達への聞き込みに向かった二人の仲間の手にかかっている。

(「まぁ、あの二人ならばしくじるという事もあるまいがな」)

 しかし、オルランドは半ばその成功を確信していた。



 その頃、その二人――白鐘剣一郎(ga0184)と鹿島 綾(gb4549)の二人は、基地の中に設けられた格納庫の前にいた。
 そこは件の偵察隊の機体が収められている場所であり、隊員達も普段はその中で屯しているという。

「情報操作で味方を窮地に追いやる‥‥か。とても許せたもんじゃないね。
 さて、どうやって炙り出してくれよう?」

 鹿島は瞳に静かな怒りを滾らせながら、拳を掌に打ち合わせた。

「気持ちは分かるが、今回はあくまで聞き取りだ。気をつけてくれよ?」
「勿論分かってる。外堀を確実に埋めていくのもセオリーの一つってね」

 白鐘が思わず窘めるが、鹿島はしっかりと冷静さも併せ持っている。
 怒りを胸の奥にしまいこむと、鹿島は格納庫の中に入っていった。



 機械油の匂いが篭る格納庫の中には、聞き込み通り偵察隊のKVと隊員達がいた。

「――誰だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ?」

 白鐘と鹿島を見咎めた兵士の一人が、恫喝するような調子で警告してくる。
 それに対し、白鐘はあくまで紳士的に対応した。

「済まない、俺は傭兵の白鐘剣一郎というものだ。隣は同じく鹿島 綾。
 君たちに少々聞きたい事があってね」

 その名前を聞いた瞬間、兵士達がざわっ‥‥とどよめく。

「おいおい、白鐘っていやぁ‥‥あのペガサス分隊の!?」
「マジかよ‥‥確か例の大規模小隊の隊長だよな?」
「あとあの美人博士と結婚したんだよな‥‥チクショウ羨ましい‥‥」
「――あ、それに隣の鹿島ってのも、確か第七回V1グランプリの覇者だぞ!?」
「何ィっ!? 俺リアルタイムで見てたぞ!!」

 一部変なモノも混じっているが、口々に二人の事をヒソヒソと話し始める兵士達。

「なぁ、俺たち最近出撃が無くて暇でな‥‥良ければ色々と話聞かせてくれないか?」
「ああ、勿論構わんさ」
「おお、ありがてえ!! まずはあのレースの事なんだが――」

 今度は次々と質問攻めされる白鐘と鹿島。
 これは彼らと親しくなるチャンス――鹿島は兵士達の質問に一つ一つ、気さくに答えていった。



 その頃、バーでは‥‥。

「なんや、顔の形が変わるまで殴られたんやって? 災難やったなぁ」
「そうなんだよ。俺は傷ついてた女の子の心と体を慰めてやっただけなんだぜ?
 それをあのババァ、問答無用で殴りやがってよ‥‥」
「フン、正に『メスゴリラ』と言った所だな」
「ぷっ‥‥ぎゃはははははっ!! 上手い事言うなお前!! 気に入ったぜ!!」

 傭兵達はターゲットであるイワンと共に宴席を囲んでいた。
 陽が落ちて間もなく、彼がバーを訪れたのを見計らい――、

『そういや、この間あのエリシア大尉の部隊が襲われたんやってな。いい気味や』

 桐生がエリシアに関する愚痴を大きな声で喋り、イワンの興味を引いた所に五十嵐が一言。

『イワンさん、でしたっけ? 貴方もエリシアはお嫌いで?
 いいねぇ、愚痴を肴に一緒に飲みましょ』

‥‥そして今に至るという訳だ。
 イワンは傭兵達に勧められるままに酒を飲んで、既にぐでんぐでんだ。
 おかげで、隣の五十嵐が大して飲んでいない事にすら気づかない。

「そういや聞きました? 御剣隊の話。
 折角の新型を早速傷物にするなんて怠慢でしょ、何やってるんだか‥‥」
「新型って、シラヌイだよね? 同じ機体に乗ってる身としては情けない限りだね」

 五十嵐の言葉に、柳凪が合いの手を入れる。
 イワンはまたしてもそれに上機嫌に応える――それが逃れられない蜘蛛の巣とも知らずに‥‥。

「ああそれか‥‥あれは、俺がちょいと細工してやったんだよ」
「‥‥ほう、その方法とやらを詳しくご教授願いたいね」

 オルランドがサングラスの奥の瞳を鋭く光らせる。

「簡単だよ‥‥俺を誰だと思ってんだ? UPCのオペレーター様だぜ?
 偵察隊のデータをチョチョイと改変して、何事も無かったように報告してやったんだよ。
 まぁ、後から聞いた話だとそこの偵察隊の隊長もグルだったらしいから、そんな事する必要も無かったんだけどよ」

 イワンはひとしきりゲラゲラ笑うと、その目に危険な光を宿らせながら憎々しげに呟いた。

「‥‥今回は失敗しちまったけどな、俺は何度だってやるぜ?
 上からの命令が無くたって、戦場じゃ何が起こるか分からないのが常だからなぁ‥‥?」
「――ッ!?」

 あまりにゲスな発言に、思わず目的を忘れて殴りかかりそうになるのをどうにか堪え、桐生は更に追求する。

「上‥‥? ――ってことは今回のはイワンのお偉いさんの指示なんか?
 そのイカしたお偉いさんの名前、教えてくれへん?」
「そんなん知らねぇよ‥‥俺みたいな下っ端とは‥‥縁の無い‥‥」

 だが、とうとう酔いが完全に回ったのか、次第にイワンの目は虚ろになっていき、終にはテーブルに突っ伏して鼾をかき始めた。

「‥‥録音はどないや?」
「――ばっちりです。一言一句はっきりと録れてますよ」

 完全に眠りに落ちた事を確認すると、桐生と五十嵐は互いに持っていたレコーダーの音声を確認する。

「‥‥さて、ではそろそろ本命のロベルトに回るとするか」

 オルランドがもう用は無いとばかりに席を立つ。
 そして、柳凪は幸せそうに眠るイワンを冷ややかに見下ろした。

「――幸せそうだね。最後の晩餐になる事も知らずに‥‥」

 そして桐生は飲み代の伝票を彼の顔の上に放り投げる。

「‥‥ドラマとかならよしみで奢ってやる所やけど‥‥自分で払うんやな。
 アンタみたいなゲスにくれてやる金なんぞ、ピタ一文あらへんさかい」



 場面は変わり、白鐘と鹿島はすっかり兵士達と打ち解けていた。

「あ、そういやすっかり忘れてたな――で、聞きたい事ってのは一体何なんだ?」
「ああ、実はな――以前、御剣隊が敵の奇襲を受けた件についてなんだが」

 兵士達の表情を見て、機と見た鹿島は本来の用件を告げた。
 白鐘も彼女の後に続いて補足するように口を開く。

「‥‥現場では何が起こるか判らないしな。
 偵察隊の監視の目を欺く術をバグアが新たに用意した可能性もあり得るだろう?」

 兵士達の表情が沈んだものに変わる。
 そして、お互いを探り合うように視線を漂わせた。
 だが、暫くして最も若い兵士の一人が意を決したように口を開く。

「‥‥実は、敵が来た方角を偵察しようとしたら、隊長に止められたんだ」
「――おい馬鹿!!」

 傍らの兵士が驚いた表情で窘めるが、彼は構わず続ける。

「だっておかしいだろ!! いつもは針の穴も見逃さない隊長がだぜ!?」

 その言葉に、窘めた兵士も難しい顔で押し黙った。

「‥‥その事、詳しく聞かせてくれないか?」

 その隙を逃さず、鹿島が畳み掛ける。
 すると、兵士達はぽつり、ぽつりと喋り始めた。
――彼らの言葉を纏めると、こうだった。

 ここ最近、いつもは家族のように接してくれる彼が余所余所しい態度を取る事。
 御剣隊の支援を行う際、普段と比べて明らかに偵察が雑になっている事。
 度々上司に呼ばれ、その度に険しい顔をしている事。

「ロベルト中尉は謹厳実直で部下との信頼関係も厚いと聞いているが、何やら腑に落ちない印象だな。一体何があったのだろうな」

 白鐘と鹿島は顔を見合わせると、最も重要そうな情報について聞き出そうと試みる。

「中尉程の人物なのだから、お偉いさんから声を掛けられたりしてるんじゃないのか?」
「いや、そんなんじゃない‥‥それだったら、俺たちと一緒に喜ぶような人なんだ」
「ならば、中尉の直接の上官、又は命令を下せる人物について心当たりを教えて貰えないか?」
「‥‥」
「大丈夫、悪い様にはしない」

 渋るように押し黙る兵士に、白鐘はミツルギ大佐の名前を出し、自分たちに彼の後ろ盾がある事を告げる。
――彼ならば、偵察隊を悪いようには扱いはしないだろう。

「――分かった」



「‥‥傭兵が、こんな所に呼び出して一体何の用かね?」

 ホテルの一室では、水円とフラウ、そしてロベルトが顔を合わせていた。

「先日の御剣隊への奇襲の件についてだが」
「‥‥何の事だか分からんな」

 そ知らぬ顔をするロベルトに、フラウが資料の写しを投げてよこした。

「惚けんでもらおうか。これこの通り、既に調べはついておる」
「‥‥っ!!」

 それに目を通したロベルトの顔が一瞬険しい表情に変わるのを、二人は見逃さなかった。

「此処なら聞かれる事も無い、安心していいから」
「‥‥それでも、俺は何も『話す事が出来ない』のだ」

 安心させるように穏やかな表情で告げた水円の言葉に、ロベルトは含みを持った言葉で返した。
 その顔は、焦燥感と苦悩で複雑に歪んでいる。

「――君の部下達ならば、既にミツルギ大佐の保護下にある」

 だが、その時部屋のドアが開き、オルランドが姿を現した。
 その言葉に、硬かったロベルトの顔が少しだけ綻んだ。

「――何!?」
「加えて言えば、俺達の仲間が調査に向かった後襲撃があったそうだが、難なく制圧したそうだ。
‥‥貴方の部下に害意が及ぶ事はおそらくは無い。安心してくれ」

 ロベルトは、暫し沈黙する――そして、観念した表情で肩を落とした。

「分かった、全てを話そう‥‥証拠はここに――」

 ロベルトの手が懐に伸び――取り出すと、そこには拳銃があった。
 素早く彼はそれを自分の頭に押し当て――、



――部屋の中に銃声が響いた。



「ぐっ――!?」
「がっ‥‥!!」

 水円の真テヴァステイターの銃弾は、窓の外の清掃員を装った刺客の肩を正確に打ち抜き、フラウが放ったスローイングナイフは、ロベルトの銃を打ち落としていた。

「――たわけ!! 死に急ぐでない!!」

 フラウが厳しい形相で叫ぶと、ロベルトはがくり、と膝を突いた。

「――このように周囲への被害を抑えることは可能だ、だから話してほしい」
「‥‥完敗だ‥‥全て話そう‥‥」


「――UPC欧州軍情報部大佐、ニルス・ゲーニッツ‥‥彼の指示だ」


 数日後、ロベルトの証言を纏めた詳細な報告書が完成し、無事ミツルギ大佐の下へと届けられたのだった。
――そして、イワン・マクスウェルと、ロベルト・チャップマンの両名はUPCによって身柄を拘束され、軍法会議にかけられる事となった。