●オープニング本文
前回のリプレイを見る――夢を見た。
それは幼い頃の記憶‥‥まだ自分が『人の領域』の中で暮らしていた頃だ。
ある日、飼っていた犬が倒れた。
病院に連れて行こうとしたが、家には自分ひとりで、連れて行く間に死んでしまう事が分かった。
だから、一か八か、自分の手で犬を助けてあげようと、父の部屋から持ってきたメスで『手術』した。
――だけど、間に合わなくて犬は死んでしまった。
冷たくなった犬を血まみれのまま眺めていたら、母が帰ってきた。
理由を話そうとしたけれど、母は顔を青くして凍りつき、全く聞き入れてくれなかった。
そして、もう一つ夢を見た。
故郷の街で、少女と母親は迫害されていた。
母と、自分が修めていた生物工学と遺伝子工学‥‥優秀な頭脳によって次々と新たな成果を出すソレを、保守的な街の住人たちはバグアの技術だと思い込み、徹底的に糾弾した。
少女は才能を持たぬ者の僻みだと、まともに取り合おうとしなかったが。
――だが、ある日家に帰ると、父が思いつめた表情で待っていた‥‥その手にナイフを握りながら。
『バグアの手先め!!』
優しくて、大好きだと思っていた父の醜い叫び――所詮、父も保守的な人間の一人に過ぎなかったのだ。
自分を殺そうと迫る父――少女は死にたくなかった。
だから‥‥殺した。
血溜りに沈み、冷たくなった父を見下ろす少女の心も、同じく氷のように冷え切っていた。
――下らない。
――ああ下らない
――人間なんて下らない。
自分は、ただ研究するのが楽しいだけなのに。
じぶんは、ひとのやくにたちたいだけなのに。
そんなじぶんをばぐあのてさきとよぶのなら、
「‥‥なってあげるヨ、望み通りバグアの手先にネ」
――浅いまどろみから、アニスは目覚めた。
ブザーの音が鳴り響き、自分を包む羊水のように暖かい液体が排出されていく。
一糸纏わぬ姿で治療槽から出たアニスは、タオルで体を拭き、用意された服を着込んでいった。
「‥‥サイラス、いる?」
「――ここにいるぞ」
呼びかけに応じ、黒髪に金の瞳の男――サイラスが姿を現す。
――一瞬、ノイズのようにダレカの笑顔が浮かぶが、思考を強引にカット。
「‥‥準備は出来た?」
「命令を下せばすぐにでもな――体は大丈夫なのか?」
忌まわしいヨリシロにしては殊勝な言葉に、普段は無感情なアニスの顔に冷笑が張り付く。
「‥‥最悪に決まってるじゃん。分かりきった事聞かないでヨ」
「――済まない」
それ以上サイラスは口を開かずに、アニスの後ろを影法師のように付き従った。
向かう場所は決まっている――それはおそらく、狂童に残された最後の寄る辺がある場所だ。
――何のために?
――決まっている、ソレを壊すためだ。
森の中の修道院――その中で、アルマ・シュバルツバルトは紙束を机に置き、大きく溜息を吐いた。
「‥‥これで、大まかな概要は解読出来たわね」
昔取った杵柄と言わんばかりに、アニスの計画書の暗号解読は順調だったが、アルマにとっては久々の頭脳労働であり、その疲労はピークに達していた。
――改めて、解読した計画書の内容を見る。
『・カッシングより要請→これを受理、サイラスと共に後日出向予定。
・同時に「計画」を実行――予定通り進行させる。
・最終段階にて砲塔を奪取――設計中の「ベヒモス」「リヴァイアサン」に搭載予定』
「カッシング‥‥か。まだあの子は、彼を崇拝しているのかしら‥‥?」
アニスが自分の所を出て行った日、取り憑かれたような表情で「彼の所へ行く」と言っていたのを思い出す。
――思えば、自分の蔵書の中にあった彼の論文を見せた事が、全ての始まりだったのかもしれない。
‥‥思考が反れた。すぐに頭を計画書に向ける。
――カッシングの要請というのも気になるが、それ以上に気になるのは「計画」という文字。
その内容はアルマでもそう簡単に解けない程複雑であり、未だに解読する事は出来ない。
しかし、それは最後の項にある「ベヒモス」「リヴァイアサン」という言葉に関係すると思われた。
そのコードネームが示すのが何かは分からないが、「砲塔」という言葉からして、おそらくは兵器。
そして、名前の元となった思われる神話中の怪物の姿を考えると、かなり巨大な物に違いあるまい。
「――アニス‥‥あなたは、一体何を考えているの?」
何処にいるとも知れない娘に呼びかけるアルマ。
――だが、それが意味の無い思考だと判断し、考えるのを止める。
分かる訳が無いのだ――自分は長い間、彼女と向き合おうとしなかったのだから。
だから、これから少しずつ分かるようになっていけばいい。
――せめて、いつか会えた時に、少しでも母親らしい顔が出来るように。
気を取り直して、再び解読を続けようとした時、修道院の外から轟音が響いた。
「――!! 今のは‥‥銃声!?」
――嫌な予感がした。
アルマは椅子を蹴倒しながら立ち上がると、外へと走っていった。
アルマが外に出ると、そこには神父が立っていた。
――その背からは、ぬらり、とした光を放つ漆黒の刀身が生えている。
「‥‥ぐ‥‥はっ‥‥」
神父の残された腕から、拳銃が落ちる。
「――貴様は我に銃を向けた‥‥これも戦場の習いだ、許せ」
声と共に神父の体からか刀が抜かれる。
倒れた神父の向こうには、黒尽くめの衣装を纏った男――サイラスが立っていた。
「――神父様っ!!」
「に‥‥逃げなさい‥‥シスター‥‥っ!!」
だが、アルマは動け無かった。
倒れた神父の向こうに――漆黒の男の向こうに――懐かしい姿を見てしまったから。
「――久しぶりだね‥‥ママ」
感情を全て失ったかのように冷たい表情と言葉――そして、禍々しく光る巨大な義手。
けれど、その顔と声は昔と変わらない。
――思わず、体が震えてしまう。
「‥‥アニス‥‥あなたなのね‥‥」
だが、アルマはその震えを必死に抑えた。
自分は決心した筈だ――絶対に、娘から目を逸らさないと。
――暫し、見詰め合う二人。
それは幾千、幾万の言葉よりも雄弁な沈黙。
「――ボクが何をしにきたか、分かってるよネ?」
「――勿論よ」
そして、アルマは儚げに笑った。
「私を‥‥殺しに来たのでしょう?」
――時間はそこから僅かに遡る。
傭兵達を乗せたUPCの車両が森の中を走る。
事前のアルマの連絡によれば、計画書の一部が解読出来たという事だった。
それを受け取るため、一行は修道院に向かっていた。
もう少しで到着という時、運転席から鳴り響くアラート。
「――何だ? これは‥‥緊急通信‥‥? まさか――!?」
運転していた軍曹の顔が、ざぁっ!! と青ざめる。
それは、これから自分たちが向かう場所から発せられていた。
「――飛ばします!! しっかりと掴まっていて下さい!!」
――アルマに危険が迫っている。
その「危険」の正体が何なのか、傭兵達は半ば確信していた。
●リプレイ本文
――振るわれる、アニスの巨大な鉤爪。
だが、その寸前に林道から軍用車が飛び出し、その中から現れた三つの影が、アニスとアルマの間に飛び込み、爪を受け止める。
「‥‥彼女は、殺させないよ。君の寄る辺を一つでも多く残す為にも、ね。
――始めましてアニス‥‥こうして会うのは初めてだね?」
彼らが誰であるかに気付いたアニスは、悲しげに眉根を寄せる。
「‥‥何で、邪魔するの?」
「アニス‥‥今回は、あなたの願いはお預けです」
それは、瞬天足を使ったリディス(
ga0022)とティーダ(
ga7172)、結城悠璃(
gb6689)であった。
「ハイ、久しぶり‥‥酷い格好。背骨歪むわよ」
「‥‥巴おねえちゃん」
そして、彼女達に僅かに遅れて現れた瓜生 巴(
ga5119)の姿を見たアニスの目が一瞬驚愕で見開かれた。
宙を舞うように間合いを空けるアニスは、サイラスと肩を並べるように降り立つ。
「‥‥これほど早く二人で来るとは思わなかったぞ」
リディスはアニスの傍らに影法師のように立つ男に向かって鋭い視線を向けた。
その間に、倒れていた神父に駆け寄る忌咲(
ga3867)。
――虫の息ではあるが、辛うじて生きている。
すかさず練成治療を施して応急処置を行う。
「取り敢えず、これで大丈夫かな? 後はお願いね」
「任せて下さい!」
軍曹は神父を担ぎ、子供たちを保護すべく修道院へと駆けていく。
それを見届けると クリス・フレイシア(
gb2547)はアルマに向き直った。
「――無事ですか、アルマさん」
「ええ、ありがとうございます」
彼女の言葉に、アルマは気丈に答えてみせた。
最早彼女の体は震える事無く、瞳には一切の迷いも無く、ただ凛と立っている。
全身から発せられるのは、気圧されるほどの「不退転」の決意。
「祈っててくれ、シスター。今の俺達はあんたの盾であり‥‥剣だ!」
「‥‥お願いします」
だから、宗太郎=シルエイト(
ga4261)は何も言わなかった。
ただ槍を構えて叫んだ――俺達を信じろと。
「母子の再会を、こんな形で終わらせてたまるか!」
キョーコ・クルック(
ga4770)は背中のツインブレイドを引き抜くと、その切っ先をアニスとサイラスに向かって突きつけた。
――暫し、沈黙のまま睨み合う両者。
最初に口を開いたのは、宗太郎であった。
「いいのか、アニス。やりづらくねぇか?」
その視線は、かつての『ダチ公』の体を持つバグアに向けられている。
アニスにとって心の支えである彼を奪い、尚且つその体を弄ぶその男を、何故彼女が連れているのか、どうしても理解する事が出来なかった。
「‥‥」
――アニスは答えない。
だが、その唇は硬く引き結ばれ、拳も真っ白になるまで握り締められていた。
「サイラス‥‥何故アニスに付き従った?」
そして、リディスはサイラスに向かって追求する。
「貴様も分かっている筈だ、あの子の体がもう――「――黙れ」‥‥っ!?」
突如裂帛の気合がサイラスから発せられた。
「‥‥貴様らは一体何をしに来た? 問答か? 詮索か?
――違うだろう」
サイラスの手が刀の柄にかかり、鯉口が切られる。
「我らは我らの成すべき事を成す為にここに来た。お前達はそれを阻みに来た。
‥‥ならば、まずは止めて見せろ」
最後の一言を置き去りにしながら、サイラスはアニスとほぼ同時に地を蹴った。
アニスに立ち塞がるのは、瓜生、ティーダ、結城の三人。
大きさに見合わぬ凄まじい速さで振るわれるアニスの爪――狙いは、瓜生。
彼女はエルガードを構え、爪の一撃をギリギリのタイミングで受け流す。
――ギャリギャリッ!!
「うっ‥‥くっ!?」
流しきったというのに、盾は大きく削り取られ、瓜生の腕が悲鳴を上げる。
痛みを堪えて瓜生が振るった機械剣は、空しく空を切る。
「――遅いよ、おねえちゃん」
目にも留まらぬ速さで瓜生の側面に回りこんだアニスは、爪を無防備な彼女の首へと――。
「させません!」
叩き付けようとした所に、ティーダのライガークローが死角から放たれる。
白衣が切り裂かれ血が飛沫くが、アニスは構わず右の裏拳をティーダの脇腹に叩き付けた。
だが、それは残像。ティーダの体は、既にアニスの背後に回りこんでいた。
目を見開くアニス――その隙に、結城が飛び掛った。
その優しき面を隠すのは、おどろおどろしい雷神の面。
「弾けろ‥‥鳳仙花!」
美しい刀身を持つ陽炎と名付けられた刃が、スキル・急所突きを併用して振るわれる。
それはガキリ!!――と鈍い音を立てて、アニスの義手と生身の接続部分に食い込んだ。
地面に膝を突き、蹲るアニス。
「――今回も、私の勝ちですね」
それを見下ろしながら、ティーダが口を開く。
「私は彼を超えました。‥‥あなたは?」
今の己がどうであるのかを問うティーダ――しかし、アニスは答えない。
その様子を見た結城は、仮面の奥でふっと笑った。
「意地っ張りだなぁ‥‥まぁ、それは僕も同じ、か」
そして、ずっと彼女に伝えたかった己の決意を、結城は口にする。
「‥‥僕は君の事を許し、手を差し伸べ続けるよ。他の誰が憎もうとも、ね。
今の君ならば、それだけの価値が有ると僕は思っているから。
君が君の「悪」を貫くのと同じように、僕もまた僕の「悪」を貫かせて貰う。
想いと意地のぶつけ合い、根競べ。‥‥負けないよ?」
それは、不退転の決意の表明。それでも、アニスは答えなかった。
ただ――嗤った。
――ドクンッ‥‥。
「そう‥‥なら――」
――ドクン‥‥ドクン‥‥!!
「――え?」
結城は陽炎を伝って、ナニカが脈動しているのを感じた。
見れば、刀身の突き立った接合部は、機械と肉の交じり合ったような醜悪な姿をしていた。
――ザンッ!!
それを認識した次の瞬間、結城の肩から脇腹が深々と爪によって切り裂かれる。
――全く、見切れなかった。
そして、続けた放たれたアニスの強烈な前蹴りが、結城の意識を完全に刈り取る。
彼の体は、成す術無く10メートル近くを転がり、ピクリとも動かない。
「――死ぬ覚悟も、出来てルよネ?」
だが、瓜生もティーダも、気にかける余裕は無かった――その理由は単純だ。
――一瞬でも気を抜けば、死ぬ。
先程に倍する勢いで踏み込んでくるアニス。
瓜生とティーダの体から、血飛沫が舞った。
抜刀と同時にサイラスの刀からカマイタチが放たれる。
リディスは腕を浅く切り裂かれながらもそれを掻い潜った。
「――生身でも強いとはな‥‥嬉しいぞリディス!」
抜刀された刀が翻り、肩口から彼女に振るわれる。
イオフィエルの輝く爪がそれを阻み、その間にリディスの体はサイラスの側面に回りこんでいた。
「褒め言葉と受け取っておこう!」
続けて左手に構えられたタクト状の超機械「ラミエル」から放たれる電撃。
サイラスは大きく距離をとる事でそれを避けた。
「護剣術、キョーコ・クルック。アルマには指一本触れさせないよ!」
入れ替わるようにキョーコが名乗りを上げながら、ツインブレイドを突き出す。
サイラスはそれを半身になるだけでかわして見せた。
「――む!?」
が、次の瞬間刃は左に払われ、サイラスの首筋を狙う。
サイラスが後退してやり過ごした所で、キョーコはまるでバトンのようにツインブレイドを回転させた。
――今度は逆側の刃が踏み込みと共に襲い掛かる。
それはサイラスの首筋を浅く切り裂き、鮮血が飛び散る。
その動きはまるで輪舞のように華麗でありながら、一撃一撃は必殺の威力を伴っていた。
「――『龍巣』!」
更に、刃の回転の勢いを利用して足の砂錘の爪が胸元に伸びた。
――ギィンッ!!
だが、最後の一撃は目にも留まらぬサイラスの抜刀によって打ち落とされる。
「‥‥ほう、やるな?」
口元を吊り上げるサイラス――それは新たな強者を見つけた事への歓喜か。
「余所見してるんじゃねぇっ!」
反対側から宗太郎が炎の槍を構えて突進する。
その動きはキョーコとは対照的に直線的で荒々しい。
突進の勢いを乗せた長大な槍の一撃を、サイラスは逆手で抜き放った脇差によって受け止める。
「‥‥相変わらず滅茶苦茶な野郎だな」
「――褒め言葉として受け取っておこう」
如何なる腕力か、僅かに押し込んだだけで宗太郎の突進は止まっていた。
だが、同時にサイラスの動きも止まる。
リディスが、キョーコが、その隙を逃すまいと武器を振るった。
「――喝ッ!」
叫びと共に、サイラスの瞳が光を発する。
「「「――っ!?」」」
――次の瞬間、三人の体はまるで見えない壁のようなものに打ち据えられ、吹き飛ばされていた。
「‥‥何が――!?」
体勢を立て直したキョーコの目の前には、信じられない光景が広がっていた。
――サイラスの体を中心に、半径10メートル程の空間が薙ぎ倒されている。
「‥‥『サークルブラスト』。小手先の技だが、中々の物だろう?」
キョーコの体勢が整う前にサイラスは彼女に向かって肉薄した。
振るわれる刀――キョーコはどうにかツインブレイドをその軌跡に被せる。
だが――。
「――チェストオオオオオオッ!」
サイラスの渾身の一撃は、その防御をも砕き、キョーコの肩口を叩き割った。
そして駄目押しとばかりに脇差がキョーコの脇腹を貫く。
「――くあっ‥‥」
「‥‥今度は更に強くなって来るがいい」
刺さった脇差が横に薙がれる――キョーコは鮮血を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「キョーコさんっ!」
「――てめぇッ!」
リディスと宗太郎が怒りの声を上げてサイラスへと迫る。
「――速い!?」
疾風脚と即瞬撃を使用したリディスの一撃は、如何にサイラスでも見切る事が出来なかった。
肩にセラフィエルが突き立てられる。
「今だっ! 我流・鳳凰衝!」
続けて宗太郎が放ったのは、己の全スキルを乗せた奥義であった。
我流・鳳凰衝で左右から攻め立て、追衝・落鳳破で下段から突き上げる。
――ギンッ!! ギンッ!! ギンッ!!
「な‥‥!?」
だが、かつてサイゾウを打ち倒したその技は――全て、叩き落されていた。
「その技は――『器』の記憶にはっきりと刻まれている」
愕然とする宗太郎目掛けて、何時の間にか刀を納めたサイラスによる居合いが炸裂した。
抜刀からの連続攻撃に、宗太郎の体が成す術無く蹂躙されていく。
「ぐ、あ‥‥っ」
「『達人』に対して二度同じ技を繰り出すとは‥‥笑止!」
そしてサイラスは宗太郎の頭を掴み、思い切り地面に叩き付ける。
地面を砕くかの如き衝撃に、宗太郎の意識は完全に断ち切られた。
「さて‥‥貴様は我にどんな技をみせてくれるのだ‥‥リディスよ?」
「くっ――!」
凄まじい強さに体が思わず震える。
しかし、恐怖を抑え付け、リディスはセラフィエルとラミエルを構えた。
「結城さん! キョーコさん!」
忌咲が倒れた二人に駆け寄り、練成治療を施す。
「この二人が相手だと、回復が追いつかないよ‥‥!」
既に忌咲は、仲間の治療のために半分近い錬力を消費してしまっていた。
応急処置を施すと、アニス達の方へと目をやる。
完全に彼女の体と『混じり合った』義手を見て、忌咲はある物を連想した。
「――融機キメラ‥‥」
直感で理解する――アレは危険だ。
自分達だけでなく、アニス自身も。
だからこそ、止めなければならないのだ。
「私も、回復しか出来ない訳じゃないんだよ?」
意を決した忌咲は、アニス目掛けて練成弱体を発動させた。
サイラスの放ったカマイタチの一つが、クリスとアルマの僅か数メートル先に着弾した。
土埃が巻き起こり、木屑がパラパラと降り注ぐ。
「大丈夫ですか、アルマさん!?」
「‥‥ええ、何とか」
石の破片が当たったのか、アルマの額からは血が滲み出ていた。
「少しここは危険です――移動しましょう」
「はい」
アルマはクリスに手を引かれながら、手の中の小銃「ピクシー」を見つめる。
――それは戦闘前に、クリスが護身用にと手渡したものであった。
しかし、それはそれだけのものでは無い。
クリスはアルマに言った。
――アニスをあなたの目の前で傷つける自分達を許せなければ、自分達を撃て、と。
『確かに、バグアに属し数多の生命を奪ったのは事実だ。
だが、あの技術は使い方次第で活きると思う。あの技術で助かる命も出て来るやも知れない。
‥‥貴女には、その技術を引き継ぎ、完成させて欲しい。悪ではなく善の力として‥‥。
‥‥アイツの為にも、ね』
(「私は‥‥」)
アルマはピクシーを持ったまま、ひたすら戦いを見つめていた。
――手の中の銃は、まるで命のように‥‥重い。
――ギィンッ!!
瓜生の盾がとうとう負荷に耐え切れず、短冊のように切り裂かれた。
アニスは更に追い縋り、右拳を瓜生の胸に叩き込む。
「ごほっ!」
瓜生の肋骨がメキメキとへし折れ、口から血が溢れ出る。
ロウヒールで再生させるが、殆ど用を成さない程の傷だ。
それでも、瓜生は気丈に笑ってみせる。
「そんなのじゃ、化粧も落ちないな」
「――っ!」
ぎり、と歯を食いしばるアニス。
更に畳み掛けるかのように叩き込まれる爪、蹴り、突き――瓜生の体が崩れ落ちる。
だが、寸前に踏み止まり、空いた手を振り上げ、そして振り下ろす。
――パァンッ!!
それは、何の変哲も無い平手打ち。
一撃とも呼べない程のそれは、アニスの頬を打ち、乾いた音を響かせた。
「あ‥‥」
「‥‥ふふ、やっと‥‥当たった‥‥。
あなたが馬鹿をやる限り、何度だってはたくわよ‥‥覚悟して‥‥おきなさい」
そして、瓜生はとうとう倒れ、起き上がらない。
――頭の中がグチャグチャで、思考が纏まらない。
おもいだすのは、ままのこと。
むかしままはこうやってしかってくれて‥‥。
「あああああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
響き渡るコワレタ絶叫。
同時に、アニスの体は『活動限界』を迎えた。
崩れ落ちるアニス――ある者は驚愕に身を固め、ある者は好機と武器を向ける。
「――アニス!」
その時、サイラスが彼らしからぬ動揺した声で叫んだ。
「――おおおおおおおっ!」
次の瞬間、サイラスの体は『同時に四つの方向へと』駆けていた。
「‥‥分身!?」
一体がリディスとティーダの前に立ち塞がり、二体が忌咲とクリスの武器を破壊する。
そして、残る一体は倒れたアニスの体を運び去っていた。
「く‥‥やはり負荷がかかりすぎるか‥‥!」
そして分身が消えた時に、サイラスの体は上気し、全身から汗を噴き出させていた。
「‥‥馬鹿者が」
気絶したアニスの頬に手をかけるその仕草は、かつてヨリシロとされた男と同じく優しさに満ちている。
そして、二人の姿は木立の中へと消えていった。
アルマと軍曹が駆け寄って来るまで、傭兵達は呆然と立ち尽くしていた。
「‥‥あなたはサイゾウでは無いのに――何故?」
リディスが戸惑うように呟く。
それは傭兵達全員の心を代弁するものだった。