●リプレイ本文
【御剣】雛鳥の初陣 リプレイ 修正版
朝焼けが照らすドイツのUPC欧州軍基地の滑走路には、八人の能力者たち、そして十人のヒヨっ子たちが集っていた。
そんな彼らを見つめる傭兵達の前にエリシアが姿を現した。
「――よく集まってくれたな諸君。改めて礼を言う」
そう言って敬礼するエリシアに、ある者は初対面の、ある者は再会の挨拶を交わす。
「エリシア大尉ね、8246小隊所属レイラ・ブラウニング(
ga0033)です。
何かちょっと前にうちの隊長がお世話になったみたいだけど……やり過ぎなかった?」
「ライナルト大尉、今回はよろしくお願いします。
そういえば、先日は従妹がお世話になったようで‥‥」
「こちらこそ、あの二人には良く世話になっている。今回は宜しく頼むぞ」
レイラとアリステア・ラムゼイ(
gb6304)は、どちらもエリシアと関連を持つ人物を知人としている。
「雛鳥達の初陣か‥‥。やっぱ勝利で飾らせてやりてェな! 全力で手伝わせて貰うゼ?」
ヤナギ・エリュ―ナク(
gb5107)は任務の達成に気炎を上げた。
「士気、とても高そうですけど‥‥だからこそ、熱くなりすぎないようにしないと、かな‥‥。
緊張や恐怖で動けないのも困りますけど、熱くなりすぎても、いいことはありませんから‥‥」
そんな中、物静かに慎重な言葉を放つのは朧 幸乃(
ga3078)だ。
気分が高揚すれば士気は上がるが、その分冷静な判断力が下せない恐れもあるのだ。
「――その為の君達だ。奴らのお守りを頼んだぞ」
言葉とは裏腹にエリシアの顔は訓練兵たちに対する信頼感に満ちている。
そこには一切の気負いも不安も見えなかった。
「訓練の、時の、報告書は、読み、ました、けど‥‥期待、です、ね。
しかし、随分と、凄い、方法を、取られ、ます、ね」
ルノア・アラバスター(
gb5133)は心の中でエリシアの思い切った行動に思わず苦笑した。
いくら訓練兵たちに全幅の信頼を寄せているとは言え、自らの命を天秤にかけるなど、中々出来る事では無い。
「一機たりとも、落とさせる訳にはいきませんね」
結城 悠璃(
gb6689)は改めて決意を新たにする。
「しかし腹減ったなぁ‥‥。やっぱり白い御飯じゃねーと腹に貯まらないぜ。
大尉、向こうに着いたら、何か美味しいもの食べれるんだろうな? あと、酒」
「――別に構わんがなノア‥‥何度も言うがお前は未成年だろうに」
長いフライトになるこの任務の前に、携帯食料で腹ごしらえしていた伊佐美 希明(
ga0214)はリラックスした様子でエリシアに話しかける。
多くの任務で肩を並べた二人の口調はかなり砕けたものだ。
緊張感の無い伊佐美の態度をエリシアが咎めないのは、彼女がいざとなれば戦いの空気を纏える事を知っているからに他ならない。
――出発の時間を迎え、滑走路に置かれた愛機へと向かう傭兵達。
「さて、久々に暴れるとしましょうか、ディスタン」
音無 一葉(
ga9077)は呟くと、眼鏡の奥の瞳に自信を漲らせる。
そして輸送機「マザーグース」は、十機の雛鳥と、八機の騎士を連れて飛び立った。
ドイツから最前線であるブルガリア近辺まで一直線に飛ぶ、休み無しのフライト。
時間も押していた事もあり、傭兵達と訓練兵たちの挨拶は空の上で行われた。
「‥‥よ、宜しくお願いします!!」
緊張を含んだ訓練兵の声に、レイラがまず口を開く。
「はぁい〜新兵人たち、うちの隊長から伝言預かって来たわよ。
‥‥頑張れ、ですって」
それを聞いた訓練兵たちの顔がパッと明るくなる。
以前、訓練兵たちを叩きのめし、彼らを大きく成長させた傭兵たち。
レイラが伝えたのはその内の一人の言葉。
――たった一言ではあるが、それは戦闘を目の前にした彼らにとって一種の清涼剤のように作用した。
「‥‥あとエリシア大尉に何かあったら‥‥‥‥ですって」
だが、威圧するようなドスの利いた声で威嚇する事も忘れない。
肝心の内容は訓練兵たちだけに届き、彼らの顔が一斉に真っ青に染まった。
「まぁまぁ、そんなに脅かしては駄目ですよ?
体が固くなってしまっては元も子もありませんから」
「たしかに今回のミッションは、訓練兵の皆さんにとってはとても大切なもの‥‥。
でも、あくまでこれは前線で戦っている人たちのためのもの‥‥誰が運ぶかは、前線の人たちには関係ないですから‥‥荷、ちゃんと届けなくちゃ、いけません、よ‥‥」
それに対して音無がフォローするが、すかさず朧が口を開く。
確かに今回の任務は訓練兵たちの初陣という事柄に先に目が行きがちだが、最も重要なのはマザーグースに搭載された補給物資の輸送だ。
訓練兵のフォローだけでは無く、そちらにも十二分に気を配らなければならない。
「‥‥でも、皆さん凄いですよね」
「あ? 何がだ?」
唐突に訓練兵の一人が呟いた言葉に、ヤナギが首を傾げる。
「こ、これからバグアとの戦闘があるのに、凄くリラックスしてるみたいですから‥‥。
僕達には、とても真似出来ません」
恐怖と緊張に声を震わせながら、まだ少年と言えるあどけない表情を落ち込ませる訓練兵。
だが、その彼を伊佐美は叱り飛ばした。
「恐怖を恥じるな。私は恐怖を感じない奴とは仕事はしたくないね」
「は‥‥はいっ!!」
傭兵達も、決して恐怖を感じていない訳では無い。
その恐怖をいかにして自らの力に変えるかが重要なのだ。
それは以前、傭兵達に身を以って教わった事――頭の冷えた訓練兵たちはようやく思い出す事が出来た。
――親鳥と雛鳥たちは順調に飛び続け、半日ほど経った頃にはブルガリア上空へとさしかかった。
ここから先はいつバグアが現れてもおかしくない戦場だ。
長時間のフライトで失われた燃料が、空中で補給される。
緊張感が――否応無く高まっていく。
そして僅か数十分後、マザーグースの直衛についていた岩龍のレーダーが複数の敵影を捉えた。
「――ち、中型及び小型HWを中心とした敵編隊、計八機を確認!!」
「了解。さってと‥‥お仕事しますか」
「お前らの命の保障くらいはサービスでつけてやるよ。
訓練通りやってやんな」
「了解!!」
伊佐美の励ましの言葉に、恐怖を振り払うかのような声で答える訓練兵たち。
計18人の能力者たちは、一斉に脳内で覚醒の引鉄を引いた。
基本的な戦法は、敵を輸送機に決して近付ける事無く、訓練兵の支援の下で傭兵が速やかに大型を最優先にHWの排除を目指す。
大型HWに向かうのはアリステアと結城のフェニックスと、訓練兵のバイパー二機。
「大型の頭を抑えます。岩龍は確認している敵機以外にも注意してください」
「了解!!」
「‥‥幻夢が舞、暫しお付き合い願います!!」
訓練兵の援護を受け、「幻夢」と名付けられた結城のフェニックスがスラスターライフルを放つ。
猛烈な勢いで吐き出された弾幕がFFを砕き、装甲を削り取っていく。
アリステア機からはスナイパーライフルが放たれるが、大型HWは巨体に似合わぬ動きでそれを避ける。
「――甘いっ!!」
だが、アリステアはそれを予測していた。
その進路上には、既に白煙を上げて迫るUK―10AAMの弾頭。
爆炎に包まれ、前進を止める大型HW。
「行ける‥‥行けるぞ!!」
それを見た訓練兵たちは、負けじと攻めたてていった。
最大の脅威といえる大型HWの足止めには成功したものの、中型・小型のHWはその間をすり抜けて輸送機へと接近を試みる。
中型HWの前に立ち塞がったのは、伊佐美とヤナギのディアブロ、音無のディスタンとルノアのS−01H。
それを支援するのは訓練兵の駆る二機のナイチンゲールだ。
「此処から、先は、通行止め、です」
たどたどしくも、意志の強い言葉。
楔のような陣形で突っ込んできたHWの前にまず立ち塞がったのはルノア機だ。
まずスナイパーライフルRで牽制――装甲を穿った穴は決して大きくは無いが、中型HWが僅かに挙動を乱す。
その隙に、音無機が一気に接近を試みる。
残りの中型HWから集中砲火が浴びせられるが、音無はそれらをラスターマシンガンで打ち落とし、あるいはピンポイントフィールドとアクセルコーティングで全て受けきった。
「回避も牽制も要りません。砲撃同士の殴り合い‥‥とでも言いましょうか」
――その姿はひたすらガードを固め、自らの拳を叩き付けんと接近するボクサー。
そして拳の代わりに放たれるのは、白煙を上げるUK−10AAEM。
着弾と共に撒き散らされたエネルギーの爆発は、HWの固い装甲に大きな破孔を生み出す。
「赤い、暴風の、名は、伊達で、付けては、いません!!」
そこに叩き込まれたルノア機の重機関砲は装甲の中で跳ね回り、HWの内部をズタズタにしながら爆散させた。
輸送機へと再接近した中型HWには、伊佐美とヤナギらが担当する。
「空じゃ全方位に気を配れ。味方の射線に入るなよ? それで墜とされたらダセェぞ」
『――了!!』
自分の後ろに訓練兵を付き従わせながら、伊佐美は的確なアドバイスを飛ばす。
僚機であるヤナギは一歩引いた配置についていた――あくまで今回の主役は訓練兵たち‥‥そう彼は考えたからだ。
「‥‥っし、援護行くゼ〜!!」
雄叫びと共に放たれる8連装ロケット弾ランチャーの弾幕。
その軌跡が描く白煙を花道に、伊佐美と訓練兵たちが突き進んでいく。
「――ラチェット!! 援護頼むぜ!!」
「了!!」
訓練兵の一人である少女に叫びながら、伊佐美はスナイパーライフルとAAMを放った。
ヤナギのランチャーと、訓練兵たちのミサイルとバルカンで動きの止まったHWなど、いつも彼女が道場で射ている弓道の的と同じだ。
煙を上げて落ちていくHW――それを見届けながら訓練兵は喝采を挙げる。
「やった‥‥――!?」
下に気を取られている間に、横手から残るもう一機のHWが急接近していた。
降りかかろうとする死の影――それを振り払ったのはヤナギの放ったAAMだ。
「攻撃は最大の防御ってね‥‥」
そして続けて高分子レーザーと、伊佐美のAAMが突き刺さる。
そして傷ついたHWに止めを刺したのは、訓練兵の放ったホーミングミサイルの一撃であった。
「‥‥その瞬間が命取りだ。気を抜くなよ」
「は‥‥はい」
一歩遅れていれば、落ちていたのは自分だったかもしれない。
――伊佐美の言葉に、改めて体を震わせる訓練兵。
「ま、最後の一撃良かったと思うぜ?
やるじゃねェの相棒達?‥‥自身、持ってけよ?」
「――ありがとうございます!!」
「うっし、んじゃ次行くぞ!!」
『了!!』
ヤナギの励ましで気力を取り戻した訓練兵たちは、まだ戦っている仲間達の元へと向かっていった。
撹乱するように四方八方を飛び回る小型HWを相手取るのは、レイラと朧のワイバーンと訓練兵たちの阿修羅二機の編隊。
「させません‥‥!!」
彼らの合間を突破しようと試みた敵に向かって、朧機からG放電装置の紫電が放たれる。
足止めには成功したものの、反撃のプロトン砲が翼を掠め、朧の機体が激しく揺れる。
だが、両翼から挟み込むように放たれる弾幕がそれ以上の攻撃を許さなかった。
「俺達だって‥‥」
「――やれるんだ!!」
それは訓練兵たちの阿修羅であった。
「――ナイスよアンタ達」
訓練兵たちの働きにウィンクしながら、レイラが飛び出す。
「切り捨て御免!‥‥なぁ〜んてね」
高分子レーザーで装甲を削り、すれ違い様のソードウィングがHWの機体をスライス。
既に彼女はこの戦法でもう一機のHWも剣翼の錆にしていた。
残るは一機――この頃になると、大分訓練兵たちにも余裕が出てくる。
「岩龍組、この辺同編成の部隊がもう一つ居るみたいだから戦闘中は常にレーダーに目を光らせながら対応していきなさいよ。
マザーグースは兎に角戦域を離脱する事念頭にヨロシク」
『――了!! 警戒を続けます』
『こちらマザーグース、了解だ。引き続き頼むぞ』
「‥‥では、残る敵を‥‥油断無く‥‥仕留めて行きましょう」
阿修羅二機を伴いながら、朧はスナイパーライフルの照準を残る一機に向けた。
そして残るは大型HWのみ――こちらも苦戦しつつも確実に消耗させていった。
訓練兵たちのバイパーもかなりの損傷を受けてはいるが、まだ許容範囲内だ。
だが、流石に慎重に動かざるを得ず、大型HWの包囲網に一瞬綻びが生じる。
――そこに大型の一機が強引に突破を試みる。
「空中変形スタビライザー起動‥‥間に合えっ!!」
アリステアは咄嗟に進行方向を遮り、機体を変形させる。
――かつては無謀と言われた空中変形。愛機であるフェニックスはそれを成し遂げてくれる。
夕陽を浴びて煌く巨大な刃が、プロトン砲の砲身を大きく切り飛ばした。
「俺のフェニックスは守るための機体なんだ‥‥落とさせてたまるか‥‥。
お前の相手は‥‥こっちだ」
大きく体勢を崩す大型HW――そこに今度は結城機が飛び出す。
「起きて、幻夢‥‥吼え時です! 奔れ‥‥流星!!」
オーバーブーストと同時に機体を変形させ、更に黒龍とアイギスを構えて突撃。
アイギスのバーニアの推進力を上乗せし、機体ごと猛烈な勢いでぶつかっていく。
流星の如き鋭いその一撃は、HWの中心を刺し貫いた。
力尽きたHWを足場にして変形し、戦線に復帰する結城機。
――見上げれば、残る一機も駆けつけた仲間達の手によって撃墜されていた。
「‥‥周囲に敵影無し‥‥かな? 取り敢えずは凌げたか‥‥」
リンドヴルムのバイザーを引き上げ、アリステアはほうっ、と息を吐くのだった。
戦いの中での一時の安らぎが訪れる。
その間にも、音無は少しでも多くの事を訓練兵たちに伝えようと口を開いた。
「瞬きする暇も無いこの世界を感じてください。
思考能力が速度に追いつけば、死にはしない‥‥その域が最初の到達点です」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながらも訓練兵たちはその言葉を胸に刻み込んでいく。
確かに、今この時訓練兵たちは今までの限界を超える事が出来たのかもしれない。
「――再びレーダーに敵影!! 先程とほぼ同数のHWの編隊です!!」
岩龍からの報告に、再び傭兵たちは思考を研ぎ澄ませる。
訓練兵――いや『新兵』たちもそれに倣う。
そこには、この任務の最初に浮かべていた頼りなさげな表情は無い。
「へぇ、さすがウチの隊長たちにボコられただけあって随分大人な顔付きしてるのね」
モニター越しにそれを見たレイラは、茶化しながらも頼もしげに彼らを見つめた。
「何回来ても同じだゼ〜。ここは通行止めだ」
程無くして、再び姿を現した敵影に向かってニヒルな笑みを浮かべるヤナギ。
それを合図に戦端が開かれる。
「――行くがいい、新たな騎士鳥達よ」
それを輸送機のコクピットで見守るエリシアが呟く。
巣から巣立ったかつての雛鳥たちを見つめるその隻眼には、慈母の如き優しき光が宿っていた。
――今欧州の空に、新たな騎士鳥が産声を上げた。