タイトル:断末魔は霧に消えてマスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/21 00:15

●オープニング本文


――霧の都、ロンドン。
 時には自らの足元が見えなくなるほどの白い闇に支配される街。
 清濁あらゆるものを覆い隠す霧の中に、人々は様々な思いを馳せていた。
 ある者は感動を、ある者は幻想を。
 イギリスに膨大な数の妖精の逸話が残るのも、もしかしたらこの霧のせいなのかもしれない。


 だが、先にも言った通り霧が想起させるのは、幻想だけではない。

――見えない霧の向こうから、何かが襲い掛かってくるのでは無いか‥‥?

 そんな思いを抱く者もいる。
 まさかそれが現実のものとなるなど、その時「彼女」は思いもしなかった。



「はっ‥‥はっ‥‥はっ‥‥!!」

 少女は息を切らせて、ひたすら走る。
 ともすれば自分の手足が見えなくなる程に濃い、ミルクのような霧の中を。
 少女が振り向くと、街灯の薄明かりに照らされて怪しい人影が見える。
――その手には剣呑な光を放つ白刃が握られていた。
 それ以上に少女を恐怖させたのは、その人影の異様さだった。

(「何で‥‥何であいつは「ゆっくり歩いてる」のに引き離せないの!?」)

 そう、ゆっくりとした動作で、しかし滑るような早さでこちらを追いかけてくるのだ。
 距離が開くどころか、次第に距離が縮み始める。
 少女は焦り、更に走る速度を上げようとした――が、それがいけなかった。

「あっ‥‥!!」

 足がもつれて少女は躓き、もんどり打って石畳に転んだ。
 痛みに顔を顰め、見上げればそこには夏だというのにコートに身を包み、山高帽を被った長身の男が立っていた。
 その眼窩は、禍々しい赤い光を放っている。
 男はその手に持った剃刀のように鋭い、ぬらりとした輝きを持つ刃を、少女の喉にそっと当てた。
 まるで、極上の料理を目の前にしたかのように優しく、ゆっくりと。

「い‥‥いや‥‥誰か‥‥たす――」

 掠れるような声に応える者は無く、その後に続く絶叫も、霧の中に溶けて誰にも届く事は無い。

――ザシュッ!! 

 暗闇の路地裏に湿り気のある音と共に血飛沫が舞った。




「‥‥これで7件目、か」

 喉を真一文字に切り裂かれて絶命した少女を見下ろしながら、やるせなさそうに兵士は呟いた。
 最近ロンドンで多発している連続通り魔事件。
 最初は怨恨や物盗り、異常者の犯行など、様々な側面から捜査されたこの事件だったが、次第にその異様さが明らかになっていった。
 第一に、目撃者はおろか、事件に関する音を聞いた者が一人もいなかった事だ。

――被害者の中には、数十分に渡って逃げ続けた形跡のある者おり、その喉は直前まで叫び続けていたのだろう、血が出るほどに爛れていた。

 にも拘らず、周辺住民は一切被害者の叫び声を聞いていないのだ。

 第二に、事件当日現場周辺には凄まじく濃い霧が発生しているのだ。
 しかも雲一つ無い晴れの日にも、である。
 異常気象と言うには明らかに限定されすぎており、人為的なものであると断定された。


――つまり、キメラの仕業であると。


 ロンドンを象徴する濃い霧の中、哀れな獲物の喉を無慈悲に掻き切る殺人鬼。
 誰もが、かつてロンドンの人々を恐怖に陥れた「その男」の名を思い浮かべた。

「――切り裂きジャック、か」

 兵士はその名を忌々しげに呟くと、手近な部下に指示を飛ばした。

「‥‥大至急ラストホープに連絡。傭兵の派遣を要請しろ」
「了解!!」

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
雪村・さつき(ga5400
16歳・♀・GP
東條 夏彦(ga8396
45歳・♂・EP
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
キムム君(gb0512
23歳・♂・FC
天宮(gb4665
22歳・♂・HD
アリステア・ラムゼイ(gb6304
19歳・♂・ER
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

 稀代の殺人鬼「切り裂きジャック」の再来に怯える霧の都ロンドンに、八人の能力者たちが集結した。

「一応とはいえ久々の里帰りがキメラ退治かぁ‥‥」

 アリステア・ラムゼイ(gb6304)が髪をかき上げながら、憂鬱そうに呟く。
 ウェールズ生まれの彼だが、ロンドンには頻繁に遊びに来た事があるため、この付近の地理は把握済みだ。

「切り裂きジャックですか。
 これ以上の犠牲を出さない為にも、ここで始末をつけておきたいですね」

 犠牲者の冥福を祈りながら、決意を固めるのは鳴神 伊織(ga0421)。

「現代に蘇る切り裂きジャック‥‥ね。怪奇小説やコミックじゃあるまいし、今更流行らないわ。
 それに何より‥‥ジャック・ザ・リッパーは一人でいいのよ」

 雪村・さつき(ga5400)は自らの故郷を荒らされた事‥‥そして自らの象徴であるエンブレムを汚された事に静かな怒りを募らせていた。

「19世紀の元祖は捕らえられず、犯人は謎のまま‥‥だが。
 舞台を同じくして、ロンドンで切り裂き魔のキメラとは‥‥趣味の悪いことだ」

 杠葉 凛生(gb6638)もサングラスの下の双眸を細めて、バグアへの不快感を顕わにする。

「でも有名な分、大まかな敵のイメージが分かっているのは救いですね。
 掃いて捨てるほどジャック関連の書籍はありますし、俺も愛読してます」

 言葉の通り、片手に持った文庫本を眺めながらキムム君(gb0512)が呟く。

「‥‥無駄話はそこら辺にして、そろそろ行くとするか」

 東條 夏彦(ga8396)が少し大きめの声で皆の話を打ち切った。

「そうですね‥‥ではある程度情報が集まり次第、集合しましょう」

 そして紅 アリカ(ga8708)の言葉に能力者たちは頷き合い、「切り裂きジャック」の正体を求めて行動を開始した。

「死神と殺人鬼、どちらに軍配が上がりますかね」

 その途上で、天宮(gb4665)は人知れず呟く。
 その背の大鎌が陽光を反射してぬらり、とした光を放った。




 能力者たちはULTから得た情報を基に、まず周辺住民への聞き込みに廻る。
――だが、前情報と同じく現場周辺に目撃者はおろか、不審な音を聞いた者すら皆無であった。
 新たな情報としては「霧が出た日には、電話やテレビなどの調子が悪くなった」というものを得る事が出来たくらいだ。

「‥‥となると、事が起こったら通信機等は使えないと思った方がいいですね」

 キムムは厄介さを増した今回の敵に眉を顰める。
 能力者達は改めて情報のやり取りを密にする事を徹底しようと心に刻みこむのであった。



 一方、雪村は一人仲間達と別行動を取り、警察署にて情報を引き出していた。
 被害者の発見現場や、その時の状況、彼らの共通点など、ありとあらゆる方向から聞き込みをする。

――だが、結果は特に重要そうな手がかりを見つける事は出来なかった。

 無駄足に終わったことに、雪村は溜息を吐いた。

「――ありがと。手間かけさせちゃって悪かったわね」
「いえ、こちらこそ大した情報を提供出来なくて申し訳無い」
「いいっていいって。今夜中には片をつけるつもりだからさ」

 申し訳なさそうに頭を下げる警官にウィンクすると、雪村は警官に背を向ける。

「――? 失礼だが‥‥何処かで会った事はありましたかな?」

 不意に、警官は雪村を見ながら首を傾げた。
 その言葉に彼女はぎくり、と身を竦ませる。

「き‥‥気のせい気のせい!! 他人の空似って奴だって!!」
「‥‥でしたらいいのですが」

 誤魔化すように微笑みながら、雪村は慌てたように足早に警察署を後にした。
――かつてこの街で暮らし、ストリートキッズとしてブイブイ言わせていた過去を持つ彼女であったが、まさか当時の自分を知る者がいるとは思っていなかった。
 背後から呼び止められ無い事を祈りながら、雪村は集合場所へと急ぐのであった。




 集合した能力者達は早速情報を統合し、作戦会議を始めた。
 杠葉が用意した地図に、周辺の地理に詳しい雪村とアリステアが細かい路地などを書き込んでいき、被害者の遺体が発見された場所や、霧が発生したと言われる場所をチェックしていく。

 残る問題は、人為的と言われる今回の霧の正体だ。
 最も可能性が高いのが「切り裂きジャック」自体が霧を発生させている場合だ。
 他にも、霧自体が何らかのキメラである、霧自体は幻覚などの錯覚である等の予想が上げられたが、現時点では全て憶測の域を出ないものだ。

「鬼が出るか蛇が出るか‥‥とにかく今は行動あるのみですね」

 紅が刀を腰に差し、立ち上がる。
――外を見れば、街には夜の帳が落ちようとしていた。




 じゅくじゅくと不快な湿り気を放つ路地を、東條、紅、アリステア、杠葉の四人が歩いていく。
 彼らB班の役目は、霧の発生源の調査と、その発生源の排除。
 探査の眼を発動させた杠葉の目は、空中を含めたあらゆる方向に向けられていた。
 彼らが行動を始めてから早数時間――未だに霧も敵も姿を現そうとしない。

「――嫌な空気だぜ」

 日本の湿気とはまた違う独特の空気に、東條が額をぬぐう。

『紅さん、そろそろ定期連絡の時間です』

 バハムートを纏ったアリステアが時計を見ながら傍らの紅に報告する。
 紅は無線機に手を伸ばすが、それを杠葉の手が遮った。

「――紅さん、残念だがもう通信は無駄だ‥‥お客さんもお出でなすったみたいだしな」

 ラグエルとベルセルクがスーツの中から抜き放たれる。
 彼の視線の先には、季節外れのロングコートを身に纏い、山高帽を深々と冠った人影が立っていた。
 その手には剣呑な光を放つ鋭いナイフ。
 干からびたミイラのような顔の眼窩には、青白い光が宿る。

――その姿は、正しく「切り裂きジャック」のイメージそのもの。

 覚醒し、武器を構える能力者たち。
 彼らの周囲には、いつの間にか濃密な霧が立ち込め始めていた。



「B班! 応答! 応答して下さい!
 ‥‥反応がありません! おそらく霧に巻き込まれたものだと思われます!」

 懸命に叫ぶキムムだが、通信機からはノイズが吐き出されるのみだ。
 東條たちB班とは別に、鳴神、雪村、キムム、天宮の四人は切り裂きジャックを誘き寄せ、排除する役目を持っていた。
 だが、どうやらB班の方が先に敵と接触してしまったようだ。

「急ぎましょう!! まずは先ほどの定時連絡の場所まで!!」

 天宮が焦った声でミカエルを装着し、真っ先に駆け出す。
 四人はまずは大通りに出て、B班が見回りを行っていた方角へと向かおうとする。

「‥‥これは‥‥!!」

 大通りに出ると、事件の影響か人通りは全く無い――しかし、通りは「ある物」で満たされていた。
 それは全く先を見通せない程に濃い、白い闇のような霧であった。

「くっ‥‥夢見幻想では敵の姿が見えないと辛い‥‥!!」

 それを見てキムムが呻く。
 彼の剣技はフェイントを中心に織り交ぜた、敵への目付けが重要な流派だ。
 この霧の中での戦闘は、かなり不利だと言える。

「――泣き言言ってる暇は無いよ!! 付いてきて!! あたしが案内する!!」

 四人は雪村の先導の下、白い闇の中へと突入した。




 東條が振るった忍刀「颯颯」を掻い潜った切り裂きジャックが、まるで滑るような動きで彼の懐に入り込む。

「――ぐうっ!!」

 冷たい手応えの後に、灼熱感と共に痛みが走る。
 見れば東條の脇腹のさらしが切り裂かれ、その下の肉も切り裂かれていた。
 それを成した切り裂きジャックは、既に彼の間合いの外。
 信じられない程の素早さだ。

「ぬんっ!!」

 濡れた足場を物ともせず踏み込んだ杠葉がベルセルクを振るうが、それはジャックの体を掠めるに留まる。
 そしてそのまま濃い霧の中に身を隠されてしまう。

「――杠葉さんっ!! 上です!!」

 アリステアの警告と同時に、自らに向けて放たれる凄まじい殺気に、杠葉は咄嗟に体を横にする。
 一瞬前まで彼の体があった場所に閃く銀光――ジャックは壁を蹴って上から襲い掛かったのだ。

――カカカカッ!!

 怖気の走るような笑い声と共に、眼窩の炎が激しく燃え上がる。
 その表情に浮かぶのは歓喜――血の臭いが、肉を切り裂く感触が、楽しくて堪らないと言わんばかりに歪んでいた。
 だが、それを遮るように五つの斬撃が走る。

――霧を晴らすかのような輝きを放つ剣と、白い闇の中でも曇らない所持者と同じ名の色を持つ刀。

 それがバグアによって生み出された魔人を深々と切り裂いた。

「‥‥例えどんな小細工をしようと、私の刃からは逃げられない。
 手にかけた人達の恨み、その身に刻んで逝きなさい!」

 ガラティーンと名刀「羅刹」を持った紅がジャックに向かって高らかに宣言する。

「――やられっ放しってのは、あっしの趣味じゃござんせんのでね」

 脇腹の血を拭うこともせずに、東條も一歩踏み出す。
 その姿は、任侠に生きる誇り高き男の生き様を語るかの如く堂々たるものだ。

「――皆さん!! ご無事ですか!?」

 そして、路地の入り口から鳴神の声が響いた――A班の面々が到着したのだ。
 さあ、ここからが反撃開始――B班の能力者たちがそう考えた瞬間、キムムの叫び声が響いた。



――ゲコゲコゲコゲコ!!

「――うわっ!? 放せこのっ!!」

 何処からとも無く奇怪な鳴き声が聞こえたかと思うと、霧の向こうから赤黒いものが飛び出し、キムムの首に絡みついた。
 そして万力のような力で締め付け、引きずり込もうとする。
 キムムは首にまとわり付く粘液と、生暖かい感触、そして例えようも無い生臭さに顔を顰める。
 どうにか振りほどくと、ソレは霧の一際濃い場所へとしゅるしゅると戻っていった。

「――なーるほど‥‥こいつが霧の原因って訳ね」

 エーデルワイスを構え、レッグプレートの装着された足でステップを踏む雪村。
――その視線の先には、ブクブクに膨れ上がった醜悪な巨大蛙型のキメラの姿があった。
 その口の端からは長すぎる舌が垂れ下がり、体の表面からはミルク色の霧が吹き上がる。

「――あまり調子に乗るものじゃないわ。あたしの街で」

 雪村の瞳が金色に染まる――それは、彼女が激昂した証拠でもある。
 石畳を砕かんばかりに、彼女は蛙目掛けて踏み込んだ。



「安らかにお眠り下さい」

 天宮のミカエルの走輪が唸りを上げる。
 口調は丁寧だが、その声と姿には黒い影が下りている。
 その手には不気味な赤い光を放つ大鎌「蝙蝠」。

――死神。

 彼の姿を見た者は、きっとそんなイメージを抱いた事だろう。
 走りぬけ様に振るうと、蛙の肉がズッパリと切り裂かれた。

――グエエエエッ!!

 悲鳴を上げる蛙の目の前に迫るのは、両の手にイアリスと雲隠を構えるキムム。
 すかさず長い舌を振るう蛙――その一撃はまるで棍棒の一撃のように重く、鋭い。
 だが、舌が薙いだのはキムムの残した残像であった。

「何処を見ている? 流影閃!! 見切れるか!?」

 フェイントを織り込んだステップで幻惑すると同時に、一瞬にして背後を取る。
 そしてイボだらけの背中に流し斬りの一撃が叩き込まれた。

「ノロいよ!!」

 蛙の仰け反った腹に、今度は雪村の強烈な蹴りが叩き込まれる。
 叩き込まれた二発の蹴りは、あまりの速さに一撃にしか見えない――スキル・二段撃の恩恵だ。
 もんどり打って吹き飛ばされる蛙――だが、今度は悲鳴を上げる事は無かった。

「本命が待っていますので‥‥貴方如きに時間をかけてはいられません」

 その巨体が地面に倒れる前に、巨大蛙の首は鳴神の鬼蛍の一閃によって刎ねられていたからだ。
――霧を放つしか能の無い、切り裂きジャックのお零れにすがるだけのキメラなど、彼らにとっては前座にすらならなかった。




――ガウンッ!! ガウンッ!!

 杠葉のラグエルが火を吹き、ジャックのコートごと体を抉る。
 体勢を崩した所に、東條とアリステアの二人が左右から踏み込んだ。

「はああああっ!!」
「――往生せぇっ!!」

 東條の黄昏が脇腹を切り裂き、アリステアのウラノスが片腕を叩き落す。
 そして更に紅が突き出した一撃が胸を刺し貫いた。

――カカカカカカッ!!

 それでも尚、ジャックは嗤う――自らの血の臭いすら、彼を歓喜させる香水なのだろうか?
 片腕になっても尚、ナイフの鋭さは変わらない。
 目にも留まらぬ斬撃が次々と能力者たちに襲い掛かった。

「――っ!!」

 ナイフを避けようとした紅だったが、湿った石畳に足を滑らせてしまう。
 全てを切り裂く切っ先が彼女の喉を抉る寸前、そこに天宮の鎌が間に割り込んだ。

「ご無事ですか!?」
「――はい、ありがとうございます」

 交わした言葉はそれだけ――すかさず二人はジャック目掛けて飛び掛って行った。




 全員が揃った能力者たちは、ジャックが逃げられないように周囲を固め、止めを刺そうと試みる。
――だが、その必要など無かった。
 ジャックは圧倒的に不利な状況にも関わらず、尚も激しく彼らに向かって襲い掛かる。

「これが切り札‥‥夢想天成!!」

 キムムの紅蓮衝撃を伴った激しい斬撃が、とうとうジャックの残る腕を切り飛ばした。

――カカカカカッ!!

 それでも尚、ジャックは嗤った。
 そして、地面に落ちたナイフを器用に蹴り飛ばして口に咥えて再び能力者たちへと立ち向かう。
――その姿を見た鳴神は、破壊しか知らず、破壊にのみ喜びを見出す存在に少しだけ哀れみを感じた。

(「けれど――!!」)

 ジャックが罪無き人々を殺めたという事実は変わらない。
 カッ!! と目を見開くと、鳴神はジャック目掛けて踏み込んだ。

――影が交差し、ジャックが膝を着く。

 少し遅れて、斬り飛ばされた上半身が湿った音を立てて石畳を跳ねた。




 次の日、能力者たちは今回の事件の犠牲者の墓の前に立っていた。

「――あなた方の仇は取りました。どうか安らかに‥‥」

 祈りを捧げる天宮――その姿はその背に背負う禍々しい鎌とは裏腹に、優しく、穏やかだ。

「さーて、事件も解決した事だし、帰ろっか!?」

 雪村はそう言うと、墓から背を向けて墓地を出る。
――が、そこには肩を怒らせた壮年の刑事と、数人の警官が待っていた。

「テメェ山猫!! 此処で会ったが百年目だ!!」
「ゲッ!? とっつぁんまだ居たの!?」

 それは雪村がストリートキッズ時代、彼女を追い掛け回した因縁の刑事であった。

「あ、あたしもう傭兵になったんだから勘弁してよ!!」
「関係あるかあああっ!! 観念しろいっ!!」

 そのままぎゃあぎゃあと追いかけっこを始める雪村と警官たち。

「古典は古典でも、こんな古典なら大歓迎ですね」

 その姿は、まるでお間抜けな警官と、それをケムに巻く怪盗のようで――。
 キムムを始めとした能力者たちは思わず苦笑した。


――霧の晴れたロンドンの空には、輝く真夏の太陽が輝いていた。