●リプレイ本文
スタジオの朝は非常に早く、朝の白む頃からスタッフが一人、また一人と集まってくる。
その中には、今回臨時に雇われる事となった能力者達‥‥ロジー・ビィ(
ga1031)、如月・由梨(
ga1805)、葵 宙華(
ga4067)、蓮沼千影(
ga4090)、緑川安則(
ga4773)、常夜ケイ(
ga4803)、秘色(
ga8202)、レティ・クリムゾン(
ga8679)もいた。
彼らが撮影の準備を整え終わる頃に役者達が現れ、スタジオは撮影に向けて回り始めるのだ。
だがロバートは一人楽屋に篭り、顔に不安を浮かべていた。
(「能力者‥‥か‥‥」)
ロバートは今の自分の仕事を愛していた。
これから先も役者として生き、役者として死にたいとさえ思う。
しかしこの時代、己の考えは無責任なただの我侭なのではないか――?
「何か‥‥お困り事ですの?」
その背が陽気な声と共にぽん、と叩かれる。
振り向くと、そこにはメイクアップアーティストのロジーと、アシスタントの秘色がいた。
「ご、ごめんなさい‥‥考え事をしていたものですから」
急いで立ち上がり、ロバートは二人に自分の非礼を詫びる。
しかし、秘色は気にするなと言わんばかりにひらひらと手を振った。
「何ぞ難題にぶち当たっているようじゃのう。其の悩み、当てて見せようかえ」
「――えっ?」
「――『エミタ適性有』じゃろう?」
心臓が跳ね上がる。
まだ誰にも話していないと言うのに、どうしてそれを‥‥?
だが、ロバートは先日の監督とのやり取りを思い出した。
「――監督から、言われて来たんですか?」
「何じゃ、バレておったのかえ」
秘色は悪びれもせずころころと笑う。
なら話は早いと、彼女はそっとロバートに近づき、頭を抱き寄せぽんぽんと優しく叩く。
「――迷うのは当然じゃよ。簡単に答えが出せる程、おぬしにとって双方軽いものでは無かろうての」
秘色の声音は、まるで息子に話しかける母のように優しい。
「――その、皆さんは‥‥戦ってるんですよね? キメラや、バグアと‥‥」
ロバートの言葉に秘色も、傍らに立つロジーも頷く。
事実彼女たちは何度も武器を取り、KVを駆って戦いの場に立った。
命の危険に晒された事も一度や二度ではない。
「――だけど、僕は役者としての生き方しか知りません‥‥」
いざ能力者になったとして、自分に命のやり取りが出来るのか?
役者に未練を残したまま、戦場に立つ事が出来るのか?
――自分が心から好きなものと、やれるのならば人としてやるべき事、どちらを選ぶのが正しいのか?
色々な疑問が堂々巡りしながら、ロバートの頭に浮かんでは消えていく。
秘色はそんな彼ににこりと笑いかけ、鏡の前に座らせる。
「やってみなければわからない事、沢山ありますわ」
ロジーが鏡越しに微笑みかけた。
そして鮮やかな手つきで、今日の撮影に合わせて髪を整え、メイクを施していく。
「どちらかを選ぶ道。それも正しいですわ。けれど『どちらも選ぶ道』。それもあり得ると思いますの‥‥」
「どちらも、選ぶ道?」
彼女の言葉に、ロバートは怪訝な表情を浮かべる。
「あたしは‥‥自分に出来ることをしてますの。ロバートには能力者の才能も演じる事の才能もどちらもありますわ!」
元気良く断言するロジーの顔は、まるで太陽のよう。
「楽しいと思う事‥‥大切に想う事‥‥諦める必要は無いのです」
彼女の言葉に、ロバートの心が揺れる。
――良いのか?
‥‥そんな都合の良い選択肢が本当にあって、良いのか――?
「わしの本音はのう‥‥童が戦に赴くは、避けたき事じゃと思うておる。
いつ散るとも知れぬ場に、誰が童を行かせたいものか。
じゃが、其れはわしのエゴじゃし、おぬしの迷いを断つ術にはなるまい」
――それゆえに一つの道を、と秘色は続ける。
「傭兵として戦いに赴くばかりが能力者ではない。『戦い方』は幾らでもある。
能力者となっても役者を続け、人の希望を守るも良かろう」
「――その『戦い方』って?」
「それは、おぬしが考える事じゃ」
「それに‥‥ロバートには今すぐやらねばならない『戦い』がありますわ」
ロバートの問いに、秘色は悪戯めいた笑みを浮かべ、ロジーが彼を振り向かせる。
「‥‥演じるという戦いが」
「――はい!!」
ロバートは元気に返事をして、小走りに駆けながら楽屋を後にする。
そんな彼をロジーと秘色は笑顔で見送った。
いくつかのシーンを撮り終えたロバートは、スタッフの間を縫うように能力者たちを探していた。
「――このBGMはこれで行きましょう。じゃあこれを監督に‥‥あら?」
「‥‥お疲れ様です、緑川さん、常夜さん」
そこには緑川と、常夜が座っていた。
緑川はガンアクションアドバイザー、常夜は一部のBGMの提供が主な仕事だ。
「おや、ロバート。何か悩みがあるのかな?」
「はい――ロジーさんと秘色さんに聞きました‥‥」
ロバートは、先ほど彼女たちに伝えたこと、伝えられた事を彼らに告げた。
「能力者適性があるのか‥‥なるほど。だけどね、悩む必要は無い。能力者になるかどうかで悩むのは皆同じだからな」
緑川はロバートの悩みを肯定しながら、彼をリラックスさせようとコーヒーを差し出した。
「適正があるからと言ってすぐに戦闘を行えるのかというと答えはNOだ。人間は感情の生き物だからな。恐怖心を抑えられない奴もいれば、感情的になって無差別攻撃する奴もいる」
そこで言葉を切り、ロバートの瞳を覗き込むように見つめた。
「まあ、能力者として戦う以外にも役者として皆を明るくさせるという事も重要だぞ。能力者を支えてくれるみんながいるからこそ、俺達は戦える。まぁ最後はロバート、君の人生だ。君が決める事だ。俺達は君に参考意見が言えるだけだ。俺達の意見を聞いて、考えてくれればいいさ」
緑川は「後はまかせた」と常夜に目配せをし、自分の役目は終わったとばかりにその場を立ち去った。
「常夜さんは、確か能力者であると同時に、芸能活動もされてるんですよね?」
「ええ、そうですよ」
「‥‥歌うことは、好きですか?」
ロバートは疑問ではなく、確認するように尋ねる。
常夜は当然とばかりに頷いた。
「――私の命です」
そう断言する常夜の姿が、ロバートにはとても眩しい。
そして、常夜は自分がエミタ適合者だと分かった時の事を語り始める。
「‥‥エミタ? 好機到来でしたね。見て来たような‥‥じゃなくこの目で見た戦争を歌に出来るから」
「同時にやるなんて‥‥大変だったんじゃ?」
「両立? 無問題でした。だって傭兵は自由業ですもの。無理無く計画的に仕事してます」
別に何の事は無かったと、常夜は微笑む。
「――でもある時気付いたの。戦う場所は沢山ある。自分の立っている場所が舞台だって」
その言葉にロバートは圧倒された。
――どんな時でも歌い続けるという、彼女の覚悟を垣間見た気がしたから
そして最後に、彼女はかつて自分が受けたオーディションの自己PRをロバートに見せてくれた。
モニターの向こうの常夜は、たどたどしくも懸命に――人々の激しい感情を、彼等に代わって歌いたいと願い、共に天へと思いを届けようと呼びかけていた。
「参考になった?」
「‥‥ええ――とても」
ロバートは続けて流れ出した彼女の歌に、しばし聞き惚れていた。
撮影は進み、休憩するロバートの頬に冷えたドリンクが当てられる。
「撮影、お疲れ様―!」
振り向くと、そこにはエキストラとして参加している蓮沼が、皆にドリンクを配っていた。傍らには同じくエキストラの如月と、アシスタントのレティもいる。
「‥‥ロジーさん達から話は聞いています――答えは、出ましたか?」
開口一番、如月は真っ向から訊ねた。
ロバートは彼女の目を真っ直ぐに見つめながら、頭を振る。
「いいえ――でも、もう少しで、何かが見つかりそうなんです」
――だから貴方達の意見を聞かせてほしい。
ロバートの目は、そう語っていた。
「立ち話もなんだから、場所を移そう――場所は確保してある」
レティがそう言って休憩所の一角を指差した。
「悩む気持ち、分かるぜ。俺だって、すげぇ焦ったもの‥‥」
「――蓮沼さんも、職場で適正が?」
「あぁ――って、サラリーマンと役者じゃ違うかもしれないけど、な」
暫く話をする内に、ロバートの緊張はすっかりとほぐれていた。
それを見計らって、能力者達は自分の言葉をロバートに伝え始める。
「――まずはロバートさん‥‥ありがとうと言わせてくれ」
「え?」
まず、レティはロバートに向かって頭を下げた。
「私は素人で、人の苦悩に口出し出来る程有能な人間じゃない。だけど、ロバートさんを見て一つだけ言える事があったよ。
――それは感謝だ。
苦悩して苦悩して将来の事、また戦いという事を真剣に悩んでくれている。私達が今まで戦ってきたのは無駄では無かったと、心から思えるよ」
――彼女は、彼の悩みを肯定するだけでは無く、心から喜んでくれている。
何故かそれだけで、ロバートは何だか救われた気がした。
「――そうですね、私は世界を救う手段について話してみましょう」
続けて、如月が口を開く。
「確かに能力者になる事は、世界を救う最も直接的で根本的な手段でしょう。ですが、それ一つが世界を救う手段とは限りません。それこそ、映画の主役を務めて人々を勇気付けるのも立派に『世界を救う事』へと繋がるはずです」
蓮沼が彼女の言葉を引き継ぐ。
「俺は、さ。無理して『じゃ、こっちの道を!』って選ぶ必要は無いんじゃないかなって思うぜ。能力者になってキメラと戦うのも、役者となって皆に夢を与えるのも‥‥俺はどちらも優れていると思う。どっちが上だ! なんて思わねぇ。
‥‥俺は、自分は世界を救う勇者! なんてなれる器じゃねぇって思ってる。ただ、目の前で苦しんでいる人がいたら、せめてその人は救いたい。
周りから見たら志が低い! って怒られそうだけれど、俺はそれでいいと思ってるんだ」
蓮沼の砕けた口調は、軽くも無く重くも無く‥‥ただ純粋に心に響く。
「――ただ、私が言った『どちらでも世界を救える』という事を逃げ道に使わないで下さい。悩んで悩みぬいて、どちらが自分自身の道なのか、明確な意思を以ってそれを決めて欲しいです」
自らの意思で決めたのならば、少なくとも後悔はしないから――。
続く如月の言葉は厳しいが、それ故に彼女の優しさが感じられた。
「――ありがとう、ございました」
三人に礼を言うロバートの目に、決意の光が灯った。
そろそろ休憩時間も終る時間、ロバートはいつもと同じように、倉庫の隅に腰を下ろしていた。
もう、心は決まっている。
けれど――何かがロバートを押し留めていた。
そこに、あの日と同じようにかけられる声。
「ロバート? こんな所にいたんだ」
それは、葵だった。
彼女はロバートの傍に歩み寄ると、寄り添うように隣に座る。
「皆から、話は聞いた?」
「はい――皆さん、真剣に話してくれました」
「そう――」
葵はロバートをじっ‥‥と見据えながら話し始める。
「皆はああ言ったけども、あたしとしては『今』決めるべきではないと思う」
エミタは持ち主の身体能力を上げてくれる。
だが、ロバートは成長期。身体に負担をかけさせたくないのが葵の本音だった。
「どちらを選ぶにも、今は体を作っておきなさい。健全な身体はどちらの仕事にも必須だからね」
「はは――確かに‥‥」
その言葉に、ロバートは自分の細い腕をさすって思わず苦笑する。
「それに子供達が進んで傭兵になる世界にはしたくないから傭兵になれとは言わないわ。
求められるべきは力でなく希望。観客と一体化し、心を活性化させ共感し合い、皆の絆を高めあう事が出来る役者という仕事は素晴らしいと思う。
メディアを通じ希望を与えられるこの仕事はあたし達にぁ出来ない。
闘う事だけじゃ心は護れない。彼らを護る道は一つじゃない。皆のために演じる事も大事じゃないのかな?」
葵は懐から色取り取りの飴が入った小瓶を青空にかざした。
「この輝きは一粒じゃ出せない。皆が輝こうとしているから綺麗に見えるのよ。君の傍に皆がいるからこの世界が綺麗に見えるの。だから画面を通じて皆が輝いていけるの。そして希望溢れる輝きになる
――君には皆がいる。君を見て救われる人がいる。君を救おうとしている人がいる。その人達のために、生きて欲しい」
そして、葵はそれをロバートに手渡した。
――その小瓶に、水滴が落ちる。
ロバートは涙しながら、自分の決意を押し留めていたものにようやく気付いた。
自分には、監督や、多くのスタッフ達がいる。
時に励ましあい、時に争い、時に笑って――撮影の間、ずっと一緒だった人達。
――そんな素晴らしい隣人の存在を、ロバートは忘れていたのだ。
そんな彼等を忘れて、自分は勝手に悩んで、落ち込んで――何だか、物凄く自分が情けなくなった。
涙は、止まらない。
泣きじゃくるロバートの頭を、葵はかつて弟にそうしたように、優しく撫で続けた。
「さて、皆の所に戻ろうか」
「‥‥はい」
「皆さん――お話があります」
ただならぬ彼の様子に、スタジオの中がしん、と静まり返る。
――しばしの逡巡の後、ロバートは意を決したように、今まで自分が溜め込んでいた事を一気にスタッフの皆に向かって話し始めた。
そして、同時に自分の決意も。
「――僕は、能力者になりたいと思います。でも、今すぐにじゃなくて――この映画を撮り終えた時、そこに納得出来る何かがあったら。そしてその力を、僕は第一に戦いじゃなく演じる事に使いたいと思います」
そして、ロバートはスタッフ全員に頭を下げた。
「本当なら、皆さんに一番に報告すべきでした――それなのに、僕は自分で壁を作って‥‥ごめんなさい!!」
スタッフ達が押し黙る中、監督は一人ロバートの前に歩み寄った。
「――後悔は、しないんだな?」
「――はい!!」
ロバートは力強く頷く。
困難な道である事は良く分かっている。
それは自分自身で決めた事、例え何があっても後悔だけは絶対にしない。
「なら――思いっきりやれ!!」
監督が叫ぶと、スタッフ達の間から拍手が巻き起こった。
皆一様に暖かい表情で、頑張れと、口々に激励の言葉をロバートに投げかける。
能力者たちもそれに倣い、新たな一歩を踏み出した少年に精一杯の祝福を贈った。
「――さあ、撮影再開だ!!」
本番直前の、澄み切った静寂の中――ロバート‥‥いや、『クリス』は立っていた。
もう迷いは無い。
――後は、前へ進むのみだ。
「シーン○○○番‥‥アクション!!」
そして、数週間後――見事に映画『騎士鳥の巣立ち』は完成した。
そのスタッフロールの最後には、『親愛なる先輩方へ』というメッセージと共に、八人の男女の名前が入れられていた。