タイトル:【Woi】狂童は笑わないマスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/17 23:01

●オープニング本文


 第二フェイズが終了し、更に混迷を深める北米戦線――その煽りは受けるのは、いつも周辺に暮らす住民達である。
 大都市に暮らす人々は自ら避難を行ったり、シェルターなどを使って爆撃に備えたりと対策を行う事が出来るが、貧しい生活を余儀なくされている貧困層や、地方都市の人々などは、今までの生活を捨てられず中々避難する事が出来なかった。
 軍は彼らのために輸送車などを手配し対応したが、如何にバグアに侵略されて少なくなってしまったとはいえ、北米全体をカバーする事など到底不可能であった。



――北米某所の地方都市‥‥ここも、UPCからの救援が届かない場所の一つであった。
 車などの移動手段を持っていた人々が我先にと脱出した後には、車を持たない貧困層、そして大勢の子供達、病人を抱えた孤児院や病院など、避難しようにも出来ない人々が残されている。
 彼らはただ、UPCの救援が来るのを待つしか無いのだ。



――だが、孤児院の子供達はそんな事など何処吹く風と元気に遊び回っていた。
 無論、子供達にも恐怖はある。
 けれども、じっとしていると恐怖に押し潰されそうで、それを紛らわせるために遊ぶのだ。
 その姿は絶望の淵に立たされる大人たちの心の清涼剤ともなり、パニックに陥る事をどうにか踏み止まらせていた。

「おーい!!! 早く投げろって!!」
「うん、行くよー!! それっ!!」
「‥‥わっ!! 何処投げてんだよバカ!!」

 孤児院の庭で一人の少年が、友人が遠くに投げすぎたボールを追いかけ走っていく。
――その先には、ダボダボの白衣に身を包み、ウェーブのかかったブロンドの髪を背半ばまでに伸ばしたそばかす顔の少女がいた。
 右手には友人が投げたボールがある。左手は――ポケットに突っ込んだままだ。

「あ、ありがとうお姉ちゃん!!」
「‥‥」

 少女は黙ったままボールを少年に差し出す。その表情はまるで氷のように動かなかった。
 ふと、少年は首を傾げる。

(「――こんな子、ここにいたっけな?」)

 孤児院の中では年長組に入る少年だが、生憎目の前の少女に見覚えは無かった。
 だが、子供が親を突然失う事は今の時代珍しいことでは無い為、少年はそれ以上踏み込まない。

「‥‥ネェ?」
「え? 何?」
「キミには‥‥大切な人は‥‥いる?」
「へ? い、いる‥‥けど?」

 相変わらず無表情のまま発せられた少女の問いに、少年は戸惑いながらも答える。
 もう自分に親兄弟はいないけれど、ここの孤児院で暮らす先生や、仲間達は自分にとって「大切な」家族だ。

「そう‥‥なら――」

――不意に、頭上に影が差す。
 見上げると、そこには禍々しい姿の巨大な円盤があった。

「――ごめんネ」

 円盤が凄まじい光を放ったかと思うと、背後にあった孤児院が爆音と共に吹き飛んだ。




「‥‥‥‥え?」

 あまりの出来事に、何が起こったのか理解出来ない。
 完膚なきまでに破壊された孤児院‥‥逃げ惑う先生や仲間たち。
 少年の目の前に立つ少女は、彼ら一人ひとりに向かって左手の鍵爪を振るっていった。

――爆炎、飛び散る鮮血、ちりちりと肌を焦がす熱気、赤、赤、紅‥‥。

 全てが終わった後、孤児院跡には血溜まりの中に立ち尽くす少年が残るのみ。
 茫然と立ち尽くす少年の頬にそっと手を当て、少女は語りかける。
――相変わらず能面のような顔から、血の涙を流しながら。

「‥‥ボクは、今日キミの全てを奪った。
 キミは、ボクが許せない‥‥? ボクが‥‥憎い?」

 少年の顔が、見る見る内に歪む。
 それは、凄まじいまでの怒りと憎しみに満ちていた。
 ぶるぶると震える体を抑えるように、首を縦に振る。

「‥‥なら、ボクの名前を忘れないで。
 ボクの名前はアニス――アニス・シュバルツバルト」

 少女――アニスは背を向けると、目の前の円盤‥‥本星仕様大型HWに乗り込む。
 ゆっくりと上がって行くHW。そこから再びアニスの声が響いた。

『――一生、ボクを恨んで。一生、ボクを憎んで。
 そうすれば、ボクはこの先「もう二度と許される事はない」から‥‥』

 飛び去るHW――その後に続いて、恐竜のような姿をしたレックスワームが轟音を響かせて大地を踏みしめて行く。
 その震動をものともせず、少年はただ怒りと憎しみを込めた目でHWを睨み続けていた。



 そして、アニスは街の中心部に向かうと、フェザー砲とプロトン砲を開放し、次々と建物を、人を念入りに焼いて行く。
 恐怖に引き攣る者、怒号を上げて立ち向かおうとする者、気が狂ったように笑い出す者、ただ呆然と立ち尽くす者――彼らの顔を全て記憶しながら、アニスはひたすら引き鉄を引く。
 彼女が殺し損ねた人々は、レックスワームによって虱潰しにされていった。

――数分後、街には彼女達以外に動く者は一人もいなくなっていた。

 その光景を、アニスは無表情に見下ろす。
 彼女の操縦桿を握る手は真っ白になるまで握り固められ、歯は砕けんばかりに食い縛られていた。
――そして、目からは血の涙。
 それらは、アニスが自らの行為に耐え切れないほどの苦痛を感じている事を示していた。


――ほんの少し前の彼女なら、嬉々とした表情で、笑って任務をこなしただろう。
 だが、今の彼女は笑わない――失う事の辛さと苦しみを知ったから。


――それでも、彼女は殺すのだ。


 そうすれば、自分は誰からも許されないし、誰からも愛される事は無い。

「――ボクは‥‥二度と幸せになんかなっちゃいけないんだ」

 脳裏には、自分を気にかけてくれた金髪のサムライと、自分を抱きしめてくれた傭兵の温もり。
 それは自分に一生分の幸せをくれた――こんな外道の自分にだ。

「だから‥‥もういらない――」

 それだけで満足だ――だから、もう自分はただ罰せられなきゃいけない。
 誰かの大事な人を奪うのは辛い。
 誰かの大事な人の苦しむ顔を見るのは辛い。

――だから、殺そう。
――沢山、沢山人を殺そう。

 自分が二度と安らぐ事が無いように。
 二度と自分が許されないように――死んでも自分が許されないように。


――狂童は、もう笑わない。


 アニス・シュバルツバルトという少女は、ただ能面のような顔で、自らを責め苛むだけの機械と化していた。


●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
伊藤 毅(ga2610
33歳・♂・JG
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG
結城悠璃(gb6689
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

「‥‥酷いな、これは」

 アルヴァイム(ga5051)が、眼下の惨状を見て呟く。
――そこには、見渡す限り瓦礫の山と化した街の姿。

「これをやったのが‥‥アニス・シュバルツバルト‥‥」

 結城悠璃(gb6689)は元々アニスに対して興味を持っていた。
 が、このような形で関わる事になるとは思っていなかった。

「‥‥本当に生きてるんですか彼女は。ヨリシロの別人とかじゃないんですか。
 別人で無いのなら‥‥どうしてこんなっ‥‥!!」
「‥‥宗太郎さん」

 地上をLM−01で走る宗太郎=シルエイト(ga4261)が、悔しげにコンソールに拳を叩き付ける。
 無線越しの気配に眉を顰める如月・由梨(ga1805)。
 彼女はアニスの事件については報告書でしか知らないが、深く関わった彼としては、複雑な思いがあるのだろう。

(「‥‥何故君はその道を選んだ。教えてくれアニス・シュバルツバルト。
 もう君に、手を差し出す事も赦されないのか?」)

 リディス(ga0022)自身、アニスを直接知っている訳では無い。
 だが彼女は自分が愛した男が、最期まで気にかけていた存在。
‥‥それだけで、リディスが参加するには十分に過ぎた。

(「‥‥これは、あの時に殺めてさえいれば防げた被害だ」)

 クリス・フレイシア(gb2547)は目の前の光景と、失われた命を胸に刻み込んだ。
 それを全て背負い――必ず、アニスを殺す。

「――!! 見えましたよ、皆さん!!」
「急ぎましょう‥‥今は奴を止める事が先決です」

 ソード(ga6675)と伊藤 毅(ga2610)が、前方に敵集団を確認し、全員に警告を送る。
 能力者たちは敵目掛けて機体を進ませた。



『‥‥久しぶりだネ‥‥中には見た事も無い人もいるケド‥‥』

 通信機に響く独特の口調――それは確かにアニスのもの。
――しかし、その声はまるで機械のように淡々と静かで、擦り切れたテープのように掠れている。

(「様子が違う‥‥? また嬉々として破壊しているものかとも思いましたけど‥‥」)

 変貌に驚きながらも、やはり以前の事件でアニスの中で何かが変わったのだろうと、如月は考えていた。
 しかし、だからこそ止めなければならない――悲劇が増えるだけなど、見てはいられない。

「アニス‥‥これが答えかよ‥‥」

 宗太郎が歯を食い縛る。その顔は、怒りに満ちていた。

「散々泣いて謝って、それでも壊し続けるのかよ!!」
『‥‥ごめんネ‥‥けど、ボクは絶対に許されちゃいけないから‥‥』

 彼の血を吐くような言葉に、アニスはやはり淡々と言葉を返す。
 能力者達にはその言葉が、血を吐きながら零しているように聞こえた。
 けれど、彼女の行為は決して許されるものでは無い。

「‥‥許せねぇよ。
 奪うだけで、何も生まないで、絶望だけで生きてるてめぇは、絶対に!!」

 続けてクリスが、更に激しく叫ぶ。

「安心しろ、お前が許されることなどあるものか!! だから安心して死ね!!」
『それはダメだヨ‥‥もっと、もっとボクは苦しまなきゃ‥‥。
 そして、もっと殺さなきゃ‥‥そうすれば、もっと‥‥』

 アニスの言葉は、次第に支離滅裂なものになっていく。

――それにつれて、以前よりも危うい狂気が高まっていく。

「アニスさん‥‥僕は、君の事を良く知らないし、亡くなった人たちの事も報告書でしか知らない‥‥。
 けど――」

 高まる狂気を抑えるように、結城が口を開いた。
 その口調は、どこまでも真剣で――優しい。

「彼らは‥‥どんなに辛くても、大変でも‥‥君が精一杯生き抜いて、幸せを掴む事を願ってる筈だよ? 僕も‥‥それが失われたモノに対する精一杯の礼儀、だと思う
 それでも‥‥もう、止まれない?」

――アニスは結城の言葉に最早答えない。
 その沈黙を、結城はアニスの意思であると受け取った。

「そっか‥‥なら、もう何も言わない。君の想い、全力で受け止めてあげる」


――リディスはその会話をただ黙って聞いていた。

「‥‥良いんですか? 何か言いたい事があるのでは?」
「いいえ‥‥それよりも――」

 リディスは如月の言葉にそっと首を振った。

「――まずは、目の前の敵を片付けてからだ」
「そうですね‥‥口で言っても分からない子供は力づく、なんて表現が良いのでしょうか?」

 覚醒し、一人は言葉遣いをガラリと変え、一人は眠っていた闘争本能を滾らせる。
 それに呼応するように雄叫びを上げるRCたち――戦いの火蓋は切って落とされた。




 まず動いたのは、空でアニスを引き付ける伊藤、アルヴァイム、ソード、クリスの四人。

「NEMO、エンゲージ」
「破壊を撒き散らす貴様は‥‥我が止める!!」

 アニス機に向かって距離を詰める四人――だが、不意にアラートが鳴り響く。

「――皆!! 下から対空砲、来るぞ!!」

 クリスの警告に従って、すかさず高度を取る三人。
――一寸前まで彼らがいた位置に、拡散プロトン砲が炸裂する。
 避けたものの、凄まじい光と衝撃が能力者達を襲う。

「くうっ‥‥!!」

 そして、その隙を突いて襲い掛かる、HWからの攻撃。

『‥‥ごめんネ』

 謝罪と共に極太のプロトン砲が火を吹き、フェザー砲が降り注ぎ、円月輪が唸りを上げる。
 それらは次々と能力者達の機体を蹂躙して行った。

「皆さん!! 大丈夫ですか!?」
「被弾、チェック‥‥まだ飛べる」

 しかし、どうにか耐え切り、今度はお返しとばかりに一斉に砲門をHWに向ける。
 まずは厄介な強化FF――それを消耗させる。

「‥‥まずは見極める!!」
「エネミーガンレンジ、FOX3」

 クリスの咆哮と精密機械のような伊藤の声と共に、HWに向かってバルカンを中心とした弾幕の火線がHWに伸びた。
 アルヴァイムは後方から強力なショルダーキャノンを放って、確実なアタックを試みる。

――HWはそれらを一切避けようとしなかった。

 弾幕に包まれるHW‥‥が、それらは全て『通常FF』と装甲によって阻まれる。

『‥‥キミ達の攻撃力は、把握した』

 再びHWのプロトン砲が放たれる――それはクリスの雷電の翼を捕らえた。

「ぐあっ‥‥!!」

 衝撃に身を捩るクリスの目の前に、今度は唸りを上げて円月輪が迫る。
 咄嗟にファランクス・テーバイを放って威力を軽減させるが、焼け石に水だ。
 今度は翼のみならず、機体ごと真っ二つにされて落ちていく雷電。

『ボクを止めるには‥‥力不足だったね』

 そう呟いたアニスの言葉には侮蔑も嘲笑も無い――それは厳然たる事実。
 続けて無数のフェザー砲の弾幕が、伊藤のフェニックスに降り注いだ。
 回避を試みるも、無情にも光条は機体を次々と貫いて行く。

「ダメージレッドゾーン‥‥済まない、回収部隊の手配を頼む。
 NEMO、アイムイジェクト」

 一瞬にして跳ね上がる損傷率を見て、伊藤はすぐさま脱出装置を作動させる。
 カプセルが射出されるのと、コクピットに光が突き刺さるのは、ほぼ同時であった。




 再び大地を踏みしめ、対空砲を放とうとするRC。
 させじと如月のディアブロと宗太郎のLM−01が距離を詰める。

――ガアアアアッ!!

 その前に、地上仕様の砲を構えた二体のRCが立ち塞がり、砲撃を加えた。
 桃色の光が装甲を焼く――が、歴戦の傭兵である二人を止めるには至らない。

「それ以上はさせんっ!!」

 リディスのディスタンがアハトアハトを放ちながら接近すると、機刀セトナクトを振るう。
 唸りを上げる刀身が肩ごと砲身を叩き切り、返す刀が胴を深々と切り捨てる。
 RCが悲鳴を上げる間も無く、結城のフェニックスが躍り掛かる。

「やああああっ!!」

 結城は機体の性能を限界まで高めると、双機刀「臥竜鳳雛」を投擲し、RCの左右の動きを制限させる。
 その隙に機体とアイギスのバーニアを吹かし、スピードの乗った黒龍の一撃を叩き込んだ。
 「流星」と名付けたその攻撃は、弱っていたRCを倒すには十分すぎる。

「‥‥あと一匹。時間をかける訳にはいかんからな!!」

 仲間を倒されて怒り狂うもう一匹のRCを見据え、リディスは再び機体を飛び掛らせた。


「遅いっ!!」

 如月機は一気に間合いを詰めると、その手の機刀「獅子王」を振るう。
 殆ど一撃にしか見えない斬撃は、一瞬にしてRCの両腕を切り飛ばした。

「とっととくたばりやがれ!!」

 続けて唸りを上げるのは、宗太郎機のロンゴミニアト。
 RCは体にコーティングを施して防ごうとするが、その程度で傭兵にとっての「破壊の象徴」を止められる訳が無い。
 突き刺さった穂先から爆炎が吹き上がり、RCは粉々の炭となって果てた。

「後‥‥一匹!!」

 牙と爪を光らせて迫る残ったRCに、如月はスラスターライフルを撃ち込んだ。




 プロトン砲が装甲を溶かし、その下の電装系がショートして爆発が起きる。

「ぐ‥‥ぅ‥‥!!」

 衝撃に苦鳴を上げながら、ソードは愛機のシュテルン「フレイア」の損傷率に目をやる。
――既に損傷率は七割に達そうとしていた。



 敵は単機でKV数十機と渡り合える程の性能を持つエース機。
 そんな敵に対して、果たして「様子見」をしたり、「時間稼ぎ」や「足止め」をする余裕があったのか?



(「――甘かった‥‥!!」)

 自分の‥‥いや、自分達の認識の甘さに歯噛みするソード。
――最初から最大戦力を投じて撃破を目指すべきだったのだ。
 一瞬の逡巡の後、ソードは意を決して隣のアルヴァイムに呼びかける。

「アルヴァイムさん!! 『レギオンバスター』をやります!!」
「――!! 了解!!」

 ソードの言葉に、アルヴァイムがHWを撹乱させるような機動を取る。
――元は切り札に取っておくつもりだったが、その前に落とされては意味が無い。
 腹を決めると、ソードは照準をHWに合わせた。



「我はこっちだ‥‥!!」

 アルヴァイムはHWの周りを飛び回り、次々と弾幕を打ち込んで行く。
 それらは殆どが装甲を傷つける程度だが問題は無い。
――これらの攻撃は、全て布石だ。
 普通のKVならばそれだけでも致命傷になるであろう攻撃を、アルヴァイムは全て平然と受けきっていた。
 機体の角度を調整し、敵からの投影面積を最低限に留めて凌ぐ。
 全KVの中でも最高クラスの装甲と、アルヴァイムという傭兵自身の類稀なる実力。


――それが合わさる事で、彼のディスタンは鉄の要塞と化すのだ。


 そして自身の異名と同じく「黒子」のように影に徹する‥‥そう――。

「今です!! 『レギオンバスター』発射します!!」

――千両役者が輝くその瞬間まで!!




――ゴババババババァッ!!

 絶え間無い轟音が響き渡り、発射煙が空を彩る。
 フレイアにありったけ搭載されたミサイル群が、一斉にHWに向かって放たれる。
 二基のK−02と、I−01「パンテオン」‥‥計1100発ものミサイル弾幕の饗宴だ。
 そしてそれらの全てが、PRMシステムによって誘導を強化され、狙い違わずHWへと突き刺さっていく。

――爆炎が巻き起こり、まるで煙幕を焚いたかのような濃い煙が辺りを支配する。

 ありったけの力を込めたソードは、荒い息を吐きながらその煙の中を注視する。
 だが、それを切り裂いて放たれた巨大な光条を避け切るには至らなかった。

「うぐっ!!」

 直撃――全身が悲鳴を上げる程の衝撃と共に、コンソールがエラーを吐き出す。
 フレイアはその一撃で限界を迎え、地上へと落ちていった。
 その途中目に飛び込んできたのは、赤い光に包まれたHWの姿。

『確かに凄い攻撃だったケド‥‥惜しかったネ』
「強化FF‥‥くそっ!!」

 悔しげに呟くと、ソードの意識は闇へと落ちていった。




 地響きと共に倒れ付すRC――残る敵に向かって駆けるリディスだったが、それを如月が遮った。

「これは私が引き受けましょう‥‥今の彼女に掛ける言葉を私は持っていませんから」
「――済まない」

 一言礼を言うと、リディス機と結城機はHWを相手にするため空へと上がっていく。
 それを見届けると、如月は再び敵に目を向ける。
 既にRCは砲塔を砕かれ、満身創痍の状態――だが、彼女は油断無く刀を構えた。

――猛り狂う恐竜に向かって放たれる、容赦無き斬撃。

 頭頂から股まで真っ二つにされたRCは、ゆっくりと左右に分かれて地面に崩れ落ちた。




「――くっ!!」
『‥‥信じられない硬さだネ』

 アルヴァイムとアニス‥‥どちらの攻撃も決定的な有効打に為り得ない千日手のような戦いの中に、とうとう地上からの応援が参戦した。
 放たれるスラスターライフルとスナイパーライフルを強化FFで弾くと、アニスは大きく機体を後退させた。

『――ここまでだネ』

 ただ一言呟くと、無駄な戦いは無用とばかりに能力者たちに背を向けようとする。

「待って‥‥!!」

 させじと結城が再びスナイパーライフルを放つ――それは攻撃というより、まるで手を差し伸べるかのようだった。
 だが、その手は無情にも掃われる。
 HWの表面に水晶の様な物が現れたかと思うと、次の瞬間凄まじいジャミングを放った。

「――うっ!!」
「き、キューブワーム!?」

 突然襲い掛かった激しい頭痛に、一瞬だが結城は動きを止めてしまう。
 そこに、次々と叩き込まれるHWの攻撃。

「う、うわああああっ!!」

 RCとの戦闘で傷ついていた彼のフェニックスは、煙を吐きながら叩き落される。
 頭痛もジャミングも一瞬の事――しかし、アニスが離脱する機を与えるには十分。
 能力者たちが態勢を整える頃には、アニスの機体は空に浮かぶ点となり、そして消えていった。
 その直前、リディスはアニスに向かって通信を送った。
 送ったのは、たった一言。

「アホ」
『――!! ‥‥ありがとう』

 それは、バグアのサムライがいつもアニスに言っていた言葉。
 リディスは彼の代わりに、過ちを犯し続ける彼女を叱った。
 アニスもそれを理解したのか、少しだけ感情の篭った声でそれに答えたのだった。



 破壊された雷電から、クリスは傷だらけの体を這い出させた。
 彼方に消えようとする仇敵の機体を見据えながら、クリスは喉を千切らんばかりに叫ぶ。

「糞餓鬼! 貴様を殺さずに放置した事は俺の失態だ!
 余計な罪を被せたな、済まなかった! 時間がががろうとも俺が貴様を殺してやる!
 絶対にだ!」

 通信機も壊れ、決して届かない空しい叫び。
――だが、アニスの機体はそれに応えるかのようにゆらゆらと揺れた。

『――いつまでも待っている』

 その動きは、そんな風に言っているように見えた。




 仲間達の治療を施しながら、宗太郎が呟く。

「変ですよね‥‥。
 胸の中で怒りが渦巻いてるのに、アニスが生きてて、ほんの少し安心してるんです」

 それが甘い考えだとは理解している。
‥‥だが、あの「ダチ公」もきっとそれを望んでいる筈だ。

「想いを受け止めた上で‥‥僕はなお許そうと思います」

 お互いに辛いのは覚悟の上。
 それでもいつか、彼女が救われる事を信じて‥‥。
 結城はこの時、最後までこの物語を見届ける事決意した。

「‥‥今度こそ、バグアには奪わせない!」

 その叫びは、夕暮れの廃墟中に響き渡った。