●リプレイ本文
エリシアの号令の下、訓練生達の操るKVが一斉に配置に就く。
陣形は中心に岩龍を据え、周囲の三方をS−01とR−01がペアとなって警戒する。
『――こちらピジョン1。現在周囲に敵影は無し』
『――ベータ1了解‥‥初めての実機訓練だ。緊張せずに行こうぜ』
『よーし!! 誰が一番多くターゲット撃墜出来るか勝負しようよ!!』
『――おいおい、遊びじゃなくて訓練だぞ? でもまぁ、乗った!!』
その様子を無線越しに聞いていた鹿嶋 悠(
gb1333)は、思わず呆れたように溜息を吐いた。
「‥‥これだと弱い者いじめにならなければいいですが」
傷だらけの顔に一筋汗を浮かべながら一言呟く。
数々の死線を潜って来た彼にとって、訓練兵達の態度は目に余るものがあった。
「そんな彼らを叩きのめせ、か。中々酷な事を。」
リディス(
ga0022)はディスタンのコクピットの中でそんな思いを抱く。
「ふひひ、新人いじめとか楽しみなのです。
いっつも姉さんに苛められている分、憂さを晴らしてやるのです」
楽しくてしょうがない、とばかりにニマニマと笑うのは如月・菫(
gb1886)。
「――ゾディアックに一撃当てた自分なら、きっと大丈夫!
ふひひ、待ってろよ新人共〜」
「‥‥如月さん‥‥その辺で自重‥‥」
「へ?」
明らかに調子に乗っているその態度を、セフィリア・アッシュ(
gb2541)が嗜めた。
――その理由は、通信機の向こうから聞こえてくる底冷えするような声であった。
「――――馬鹿共が‥‥」
エリシアの静かで、地獄の釜がふつふつと沸きあがるような声。
初めての訓練に浮かれる訓練兵達に向けた、凄まじい程の怒り。
(「――隻眼の夜叉とはよく言ったものだ」)
冥姫=虚鐘=黒呂亜守(
ga4859)は冷や汗を浮かべながら心の中で呟く。
「――そ、そういえば遅れましたが昇進おめでとうございます、大尉」
重苦しい空気を打破するかのように、紅 アリカ(
ga8708)が口を開いた。
――言葉の端々が心なしか震えているが。
「――ああ、ありがとうアリカ‥‥少々気苦労も増えてしまったがな」
だが、彼女の試みは成功し、エリシアが笑みを浮かべて返事を返す事で場が少し軽くなる。
「――う、うっし!! そんじゃ始めるとしようぜ!!」
その隙をつくように、武藤 煉(
gb1042)がわざとらしく拳を打ち鳴らし、全員に向かって声を張り上げた。
「‥‥さて、怪我をさせない程度に追い詰めるとするか」
漸 王零(
ga2930)は一人瓦礫の中に身を潜めながら、獣のような笑みを浮かべた。
前進して行く訓練兵達――すると、岩龍のレーダーに敵影を現すマーカーが姿を現す。
『おいでなすったぞ!! 位置は‥‥アルファ隊から右方向だ!!』
『――了解!! ガンマ隊はピジョン隊の直衛、ベータ隊はアルファ隊とツートップだ!!』
そう叫ぶとタイミングを見計らって四辻から飛び出す訓練兵達。
『敵機確認!! KVだ!!』
『アグレッサーって訳か‥‥敵の詳細は!?』
そこにはロジーナと翔幻、そして――
『う‥‥嘘だろ‥‥な、何でこんな所に「牡牛座撃墜者」がいるんだよっ!?』
グレイアッシュに身を包んだディスタンが立っていた。
動揺する訓練兵達。だが、それが収まるのを待たず、三機のアグレッサー達が武器を構える。
『く‥‥クソッ!! やってやる!!』
訓練兵達は普段教えられているセオリーなどお構い無しに、一斉に引き鉄を引いた。
「それでは、後は手筈通りに頼むぞ」
「‥‥了解」
「きしし、まかせとけ〜」
ディスタンに乗るリディスの呼び掛けに応じて、如月の翔幻、セフィリアのロジーナが行動を開始した。
――傭兵達による地獄の教導が幕を開けた瞬間であった。
翔幻のスナイパーライフルRとロジーナのMSIバルカンRが火を吹く。
それらは容赦無く訓練兵達の機体の装甲を穿っていった。
『――わあああっ!! このっ!! このっ!!』
狙いは定まっていないものの、三人の機体にはそれに倍する弾丸の嵐が見舞われる。
それらは装甲に次々と当たり、盛大に火花を散らして行った。
『あ、あわわわわっ!! こんなに強いなんて聞いてないのですよ〜』
『‥‥如月さん、回線‥‥』
『ぎ、ぎゃー!! 回線オープンにしたままだったのですよー!!』
ぶつっ!! と音を立てて、訓練兵達の無線に響き渡った悲鳴が途切れる。
そして耐え切れないとばかりに後退する三機。
『――ま、待てこのっ!!』
『お、おい待てよ!! 罠だったら‥‥』
『あれだけ当てたんだ!! 奴らボロボロに違いない!!』
ピジョン隊の警告にも応えず、アルファ隊とベータ隊の面々が三機を追いかけて行く。
彼らを孤立させる訳にも行かず、残った者達も彼らを追った。
しかし、その動きは決して捕捉不能な動きでは無く、特に最後尾のロジーナの動きは鈍い。
次第に距離を縮めて行く訓練兵達。
『よし!! 追い詰めたぞ!!』
アルファ隊がたどり着いたのは、正面の道が瓦礫によって塞がれた交差点。
訓練兵達の無線に通信が入る。それは目の前のディスタンからのものだった。
『ここからが本番だな。さてひよっこ共、しっかり気張れ。
でなければ――死ぬぞ?』
翔幻から放たれた煙幕弾が訓練兵たちの視界を覆う。
と、同時に左右から量産型機弓「六角弓将貞」を構えたアヌビスと、最新鋭機フェニックスが急接近する。
『――ぼさっとしてんなオラァッ!!』
武藤の雄叫びと共にフェニックスのバーニングナックルが叩き込まれた。
一発、二発、三発――!!
次々と叩き込まれる鉄拳の前に、S−01は一瞬にしてスクラップと化した。
『――え‥‥あ‥‥?』
混乱しすぎて棒立ちになっていた僚機のR−01は、アヌビスの機弓に次々と手足を打ちぬかれる。
『わ、わああああああっ!!』
慌ててガトリングを放つも、アヌビスはそれを真正面から受け止めた――装甲に一切の傷を残す事無く。
その間に接近したアヌビスのルプス・ジガンティスクがR−01の頭を叩き潰した。
「――ひ‥‥」
『‥‥命のやり取りには慣れているか? 獣に喰われる覚悟はあるか?
お前達がこの先目にするのはそのような物だ』
アヌビスのパイロット――冥姫=虚鐘=黒呂亜守という名の『獣』が冷たい言の葉を放つ。
『獣として挑まんとするなら吼えてみろ。人として挑まんとするなら武器を取って突きつけて見せろ』
そして恐怖に震える訓練兵の頭上に、試作型機槍「黒竜」を高々と振り上げた。
『‥‥来い』
『な‥‥何だ!? 何が起こった!?』
煙幕で視界を覆われ、横手から奇襲を受けた事で混乱するS−01のディフェンダーが手ごと打ち砕かれた。
『ふひひ、掛かったのですよ』
ブーストをかけて一気に間合いを開けた翔幻による狙撃だ。
だが、悲鳴や驚愕の叫びを上げる暇すら彼には与えられなかった。
――気付いた時には、目の前にまでアッシュグレイのディスタンが迫っていたから。
『――っ!!』
咄嗟にガトリングを放つ訓練兵だが、それらはハイディフェンダーによって弾かれる。
ディスタンは勢いを減じる事無く、それでいてダンスのように華麗な動きで機刀「セトナクト」を振るった。
――獣の遠吠えのような音と共に、超音波震動を起こした破壊の刃がS−01の両手を落とす。
そしてすかさず足払い――背中から地面に転がった所に、ダメ押しのグングニル。
その穂先はコクピットギリギリを掠め、S−01を完膚なきまでに破壊した。
『これでお前は一度死んだことになる。一度自分が死んだということを覚えておけ』
自分の体ギリギリに叩きつけられた『死』に呆然とする訓練兵に、ディスタンから声が響く。
『そうすればこれからそういう場面で否が応でも体が反応する。生きるためにな』
その言葉は真っ白になった彼の脳内に、しっかりと刻み込まれた。
ロジーナはヘビーガトリングとバルカンを撒き散らしながら建物の陰へと隠れる。
『こ‥‥このっ!!』
残ったR−01はディスタン・翔幻と比べれば組し易いと考えたのか、釣られるようにロジーナを追いかけて行った。
『そろそろ‥‥かな』
廃墟の奥まった場所まで来ると、突如ロジーナが制動をかけ、R−01に向き直った。
『――!!』
『‥‥圧しているからと言って調子に乗ると‥‥』
試作型機槍「アテナ」を構え、ブーストを利用した短距離ランスチャージ。
それがR−01の肩口を腕ごと吹き飛ばした。
『ぐっ‥‥!!』
『‥‥こうなる。まだ、これから‥‥』
淡々とした口調のまま、ロジーナはアテナを手に近付いて行く。
信じられないような圧倒的な圧力を感じ、訓練兵は震える事しか出来なかった。
『あ‥‥あ‥‥』
『‥‥大丈夫‥‥コクピットは狙わない』
状況を全く把握できず、恐慌状態に陥って行く訓練兵達。
『‥‥何だよ!! 何なんだよこれ!! これ全部「実弾」じゃないか!!』
『――いや‥‥いやぁっ!! 死にたくない!!』
『お、落ち着けっ!! 円陣を組んで――』
皆を落ち着かせようとするピジョン隊の面々。
『‥‥一発必中一撃必殺、ってね。‥‥狙い撃つ‥‥!!』
が、その前にアハトアハトを構えたシュテルンの射撃によって脚部を破壊される。
『――う、うわっ!!』
――ズンッ!!
『‥‥え?』
倒れた衝撃に身悶える彼らに、轟音と共に影が落ちる。
そこには槍と盾を構えてこちらを見下ろす、両肩を紅に染めた濃紺の雷電がいた。
『――全てが教本通りに動くとは思わない事だな。
水の様に状況に合わせて変化する柔軟性を身に着ける事だ』
有無を言わさずに、その手の黒竜が胴体を串刺しにし、地面に縫い止める。
『い、いやあああああっ!!』
もう一機の岩龍は絶叫しながらもバーニアを噴かして機体を立たせようと試みた。
だが、それが許される筈も無い。
『‥‥戦場では慌てない事、それが何より大切な事よ‥‥』
一気に間合いを詰めたシュテルンが、ハイディフェンダーと錬剣「羅真人」を振りかぶる。
容赦なく振るわれた鋼と光の刃は、岩龍の残った四肢を悉く叩き切っていた。
『‥‥が、ガンマ隊後退するっ!!』
残るはピジョン隊の直衛についていたガンマ隊のみ。
彼らの戦意は既に無かった。
『撤退』ではなく『後退』という言葉を使うのは、彼らの心に唯一残る軍人としてのプライドか。
――だが、戦場では立ち向かわぬ者に女神が微笑む事は無い。
彼らの進行方向を塞ぐように、瓦礫を押しのけながら漆黒の雷電がその威容を現した。
『――マジかよ‥‥』
『‥‥あ、闇天雷‥‥!!』
数多く存在する傭兵達の中には、自らの乗騎に名前を付ける者も珍しく無い。
その中には、軍人でも知っているような凄まじい知名度を誇る物もある。
――その一つが、彼らの目の前に立つ漆黒の雷電『闇天雷』であった。
『さぁ‥‥新兵‥‥思う存分恐怖を味わえ!!』
闇天雷はスラスターライフルを乱射しつつ、一気に間合いを詰める。
だが、牽制と言うにはあまりに馬鹿げた威力が込められた弾幕は、S−01を一瞬にして蜂の巣に変えた。
続けて棒立ちのR−01に対してセトナクト、エグツ・タルディ、そしてハイディフェンダー‥‥ありったけの武器が叩きつけられる。
その度に手が、足が、武装が破壊されていく。
『――ひいいいいっ!! 止めろっ!! 止めてくれええええっ!!』
絶叫する訓練兵――だが、闇天雷は決して手を緩めようとはしない。
最後に高々とハイディフェンダーが振り上げられた時――、
『――そこまで‥‥接敵から20秒、貴様らの全滅だヒヨっ子共』
エリシアの声が響き、あまりに一方的すぎる『訓練』は終わりを告げた。
――結果は、訓練兵達にとって惨憺たるものであった。
「己の持つ力を過信し、気を抜いた結果がこれだヒヨっ子ども‥‥恥を知れ!!」
俯く彼らに対して、エリシアの容赦無い叱責が飛ぶ。
――その後数十分以上に渡って、記す事も憚られるようなエリシアの怒鳴り声が訓練場に響き渡った。
「‥‥以上だ。貴様らには失望した‥‥兵舎の荷物を纏めて出て行くがいい」
「‥‥やです‥‥」
エリシアの捨て台詞に、訓練兵の一人が涙を流しながら口を開く。
その目には悔しさと怒りの光が込められている。
「――このまま終わるなんて嫌です!!」
「お願いします隊長!! もう一回KVに乗せて下さい!!」
「隊長!!」
口々に叫ぶ訓練兵達――エリシアはゆっくりと彼らに振り向いた。
「‥‥例え訓練であっても、決して死ぬ事は許さん‥‥これが【御剣】の隊規だ。
それを覚えておけ!! 分かったかヒヨっ子共!!」
『――はい!! 教官殿!!』
そう言って再び背を向けるエリシア――その口の端は僅かに笑みが浮かんでいた。
その後、再び傭兵達と訓練兵たちによる訓練が開始された。
徹底的に打ちのめされる彼らだが、何度も‥‥何度でも立ち上がる。
恐怖、緊張は勿論ある‥‥だが、それを「枷」では無く「糧」とし、戦う力へと変える術を、彼らは不器用ながらも身に着ける事に成功していたのだ。
訓練が進む度に彼らは成長し、中には傭兵に対して有効打を加える者すらいた。
その一方で、訓練場の片隅ではこんなやり取りもあった。
「アーク・トゥルス小隊隊長、武藤煉‥‥エリシア・ライナルト大尉に、一対一の模擬戦を申し込むッ!」
「‥‥出来れば我とも手合わせをお願いしたい」
そこにはエリシアとの模擬戦を望む武藤と王零の姿があった。
「却下する」
「即答かよっ!?」
‥‥が、一瞬で断られる。
こけそうになる武藤に苦笑しながら、エリシアは困ったように肩を竦めた。
「流石に君達相手では私もそう簡単には勝てんし、もし負けたら奴らに対して示しがつかんのでな」
「――それにな」とエリシアは武藤の肩にぽん、と手を置く。
その瞬間、武藤の背筋が凍りつく。
「‥‥ヒヨっ子に致命打を入れられるような者に、そんな資格があると思ったか?」
「――いぃっ!?」
武藤は二回目の模擬戦時、訓練兵の攻撃をコクピット近くに受けてしまったのだ。
「‥‥貴様には少し教育が必要なようだな」
動揺した隙に、ずるずると引き摺られていく武藤。
肩透かしを食らった王零は見送る事しか出来ない。
「あははは〜!! 二人ともかっこ悪ぅ〜!!」
それを見ていた如月はケラケラと彼らを指さして笑う。
そんな彼女も、同様にエリシアに捕獲されていた。
「あ‥‥あれ?」
「‥‥貴様もだキサラギ・スミレ‥‥!!」
彼女も同じ穴のムジナであった。
――エリシア特製、地獄の特訓フルコースの開演である。
『こ‥‥ここで決めなきゃ男じゃねぇ‥‥いや、仲間を背負う資格もねぇ!
栄光を掴め、ヴィルトおおぉぉぉ‥‥無理っ!! やっぱ無理っ!!』
『も、もう許して〜!! 二度と調子になんか乗りませんからああああっ!!』
その後、暫くの間訓練場には二人の悲痛な叫びが響き渡った。