タイトル:【御剣】隻眼の夜叉マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/30 04:16

●オープニング本文


 UPC欧州軍の執務室――そこにはミツルギ大佐とエリシアがいた。
 エリシアは毅然とした態度で報告書を読み上げ、ミツルギは所在なさげにそれを聞く。

「――以上が独立部隊【御剣】に関する報告です」
「うむ、ご苦労じゃな嬢ちゃん」

 報告を聞き終わると、ミツルギは報告書に目を通した。
 それは先に実験的に発足した独立部隊【御剣】に関する詳細なデータ。
 そこには初陣の際の傭兵達との共同作戦を含めた戦闘データも含まれていた。

――ゴーレム十数機、各種ワーム二十数体‥‥キメラはの数は数百体以上‥‥。

 上げられた戦果は通常の部隊とは一線を画する凄まじいものであった。
 だが、ミツルギはそれすらも流し読みする――さも当然と言わんばかりに。
 彼が漸く手を止めたのは、部隊の被害に関する部分だった。

「‥‥戦車とサイレントキラーの被害が多いのう」
「――はい、やはり主力に据えたKVと機動力や防御力に差がありすぎまして‥‥」

 眉を顰め、苦々しげにエリシアが呟く。
 その顔は自分の至らなさが被害をもたらした――そう言外に言っているように見える。
 M−1戦車とサイレントキラー‥‥どちらも欠点はあるものの優秀な兵器だ。
 しかし、あらゆる意味で規格外な対バグア戦闘では、KVとの歩調が上手く取れずに撃墜される事が多かった。

「‥‥嬢ちゃんのせいじゃないさ。じゃが、貴重な人員がさらに減ってしまうのは問題じゃのう」

 エミタを移植すればすぐに戦闘を行えるKVと違い、戦車とヘリなどは相応の訓練が必要だ。
――そしてパイロットが戦闘を生き延び、経験を積むには更にリスクと時間が必要となる。
 いくら戦場の主役がKVになったとしても、戦車乗りやヘリパイロットは貴重なのだ。

「‥‥はい、ですから先程報告した通り――」
「――いっその事、部隊の戦力を全てKVにして、更に人数を増強させる‥‥か」

 エリシアの言葉を先回りしてミツルギが答える。
 問題はKVの性能があまりにも高すぎる事――戦車もヘリも歩兵も、それについていけないのだ。
――ならばどうするか?
 KVのみの編成にしてしまえばいい――その答えが出るのは自明の理と言えた。

「――この時期に来てのこのような献策‥‥申し訳ありません」
「構わんよ。若い衆が少しでも死なないで済むなら、この老いぼれの苦労なんざ屁みたいなもんじゃ」

 エリシアを励ますようにニカッ、と笑うと、エリシアに一枚の指令書を手渡す。
 そこには新たなKVパイロット及び整備員などの増員と、様々な必要機材の申請の許可証であった。

「‥‥流石は大‥‥いや、おじ様です。相変わらず私の考えを読むのが上手い」
「当たり前じゃろ、ワシは嬢ちゃんのオシメまで変えた事のある男じゃぞ?」

 敵わない、とばかりに苦笑するエリシアに、ミツルギは可々と笑う。
 かくして、エリシア主導による独立部隊【御剣】の追加兵員が選抜されたのだった。



――数週間後、欧州軍の基地の格納庫の一角にあるシミュレーターから、真新しい軍服を着た少年兵達が姿を現す。
 彼らはいずれもエリシアの選抜によって選ばれた生え抜きの能力者達だ。

「――おいやったぜ!! とうとう軍曹と伍長のチームから、俺たち一本取ったんだ!!」
「――ああ!! これなら十分バグアの奴らと戦えるぜきっと!!」

 彼らは顔を興奮で赤くしながら、口々に喜びの声を上げ、時にはガッツポーズを取っている。

「‥‥あーあ、すっかり浮かれちまってるよヒヨっ子共」
「――みたいですね‥‥まぁ仕方無いですけど」

 軍曹と伍長が自分達のシミュレーターからそれを苦笑しながら窺う。
 今まで手も足も出なかった相手に一矢報いる事が出来たのだ――その興奮は如何ばかりだろう。
――例えそれが『手を抜かれた』事で掴めた勝利だとしても。

「勝った事にばかり目が行って、俺たちが手を抜いた事なんざ誰も気にしてやがらねぇ」
「まぁ、僕たちの『隙』を見つけられた分、成長はしてるんでしょうけど‥‥」

 だが、それは戦場では当たり前の事だ。
 彼らがもしこの成功で満足してしまったとしたら‥‥待っているのは初陣での確実な死。
 ヒヨっ子達にはもう少し先の段階まで進んで欲しいというのが軍曹と伍長の正直な想いであった。

「軍曹、伍長――訓練ご苦労。後は私が引き継ごう」

 そんな彼らの背に、エリシアの声が投げられる。

「――あ、お疲れ様です大‥‥いぃっ!?」
「――っ!!」

 振り向いた軍曹と伍長が凍りつく。
 エリシアは全身漆黒のパイロットスーツを着て、同じく漆黒のヘルメットを手にしていた。
 が、普段は必ず身に着けている筈の眼帯が無い。
 潰れた左目と、それを覆うグズグズの傷痕が曝け出されている。

「‥‥どうした軍曹、伍長?」
『――いえ!! 何でもありません隊長殿!!』

 咄嗟に軍曹と伍長は姿勢を正し、揃えて声を張り上げる。
 鷹揚に頷くと、エリシアは訓練兵達の下へと歩いていった。
 それを見送りながら二人は顔を青ざめさせる。

「軍曹‥‥あれって‥‥」
「ああ。アレは俺たちを叩きのめした時の隊長だ‥‥ヒヨっ子ども、死ぬぞ?」

 忘れもしない、二人が能力者になったばかりのヒヨっ子だった頃の話だ。
 エリシアは能力者となって高揚する訓練兵の前に左目を晒した姿で現れた。
――その後の過酷という言葉では到底足りない訓練の日々を、二人は決して忘れはしない。
 そして、隻眼のエリシアの姿を揶揄して、当時の訓練兵達は密かにいつも囁いていた。

「――『隻眼の夜叉』が帰ってきやがった‥‥!!」



 その数日後、訓練兵達は訓練用の市街地廃墟の中心にいた。
 新たに訓練の教官となったエリシアは、最低限の実習を行うとすぐに彼らをここに連れてきたのだった。

「‥‥なぁ、一体何が始まるんだ?」
「――さぁ? まぁ、普通に考えれば訓練だろうけど‥‥」

 口々に囁く訓練兵達の無線に、エリシアの声が響き渡る。

『――訓練生諸君。それではこれより『訓練』を開始する。
 敵の位置、編成、正体‥‥全てが不明という想定だ――心してかかれ』
『――了解です!! 隊長殿!!』

 元気良く答えた少年たちは、すかさず陣形を整えて前進を開始した。
――建物の陰には歴戦の傭兵達が手ぐすねを引いて待ち構えている事も知らずに。



『――さて、傭兵諸君。【御剣】隊の訓練への協力、誠に感謝する』

 エリシアは能力者達に秘匿回線で語りかける。

『今回の君達の目的は、あのヒヨっ子どもを“完膚なきまでに叩き潰す”事だ。
 奴らの武器弾薬は全て訓練用だが、君達の武装は全て実戦用のものとなっている』

 モニターに映し出されるエリシアのサディスティックな笑みに、傭兵達は寒気を覚えた。

『――決して殺すな‥‥それ以外はどんな手を使っても構わん。
 奴らに実戦の‥‥そして殺される恐怖というものを叩き込んでやれ』
『――はい!! 大尉殿!!』

 傭兵達は思わず一斉に叫んでいた。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859
17歳・♀・AA
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
武藤 煉(gb1042
23歳・♂・AA
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
如月・菫(gb1886
18歳・♀・HD
セフィリア・アッシュ(gb2541
19歳・♀・HG

●リプレイ本文

 エリシアの号令の下、訓練生達の操るKVが一斉に配置に就く。
 陣形は中心に岩龍を据え、周囲の三方をS−01とR−01がペアとなって警戒する。

『――こちらピジョン1。現在周囲に敵影は無し』
『――ベータ1了解‥‥初めての実機訓練だ。緊張せずに行こうぜ』
『よーし!! 誰が一番多くターゲット撃墜出来るか勝負しようよ!!』
『――おいおい、遊びじゃなくて訓練だぞ? でもまぁ、乗った!!』

 その様子を無線越しに聞いていた鹿嶋 悠(gb1333)は、思わず呆れたように溜息を吐いた。

「‥‥これだと弱い者いじめにならなければいいですが」

 傷だらけの顔に一筋汗を浮かべながら一言呟く。
 数々の死線を潜って来た彼にとって、訓練兵達の態度は目に余るものがあった。

「そんな彼らを叩きのめせ、か。中々酷な事を。」

 リディス(ga0022)はディスタンのコクピットの中でそんな思いを抱く。

「ふひひ、新人いじめとか楽しみなのです。
 いっつも姉さんに苛められている分、憂さを晴らしてやるのです」

 楽しくてしょうがない、とばかりにニマニマと笑うのは如月・菫(gb1886)。

「――ゾディアックに一撃当てた自分なら、きっと大丈夫!
 ふひひ、待ってろよ新人共〜」
「‥‥如月さん‥‥その辺で自重‥‥」
「へ?」

 明らかに調子に乗っているその態度を、セフィリア・アッシュ(gb2541)が嗜めた。
――その理由は、通信機の向こうから聞こえてくる底冷えするような声であった。

「――――馬鹿共が‥‥」

 エリシアの静かで、地獄の釜がふつふつと沸きあがるような声。
 初めての訓練に浮かれる訓練兵達に向けた、凄まじい程の怒り。

(「――隻眼の夜叉とはよく言ったものだ」)

 冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859)は冷や汗を浮かべながら心の中で呟く。

「――そ、そういえば遅れましたが昇進おめでとうございます、大尉」

 重苦しい空気を打破するかのように、紅 アリカ(ga8708)が口を開いた。
――言葉の端々が心なしか震えているが。

「――ああ、ありがとうアリカ‥‥少々気苦労も増えてしまったがな」

 だが、彼女の試みは成功し、エリシアが笑みを浮かべて返事を返す事で場が少し軽くなる。

「――う、うっし!! そんじゃ始めるとしようぜ!!」

 その隙をつくように、武藤 煉(gb1042)がわざとらしく拳を打ち鳴らし、全員に向かって声を張り上げた。

「‥‥さて、怪我をさせない程度に追い詰めるとするか」

 漸 王零(ga2930)は一人瓦礫の中に身を潜めながら、獣のような笑みを浮かべた。




 前進して行く訓練兵達――すると、岩龍のレーダーに敵影を現すマーカーが姿を現す。

『おいでなすったぞ!! 位置は‥‥アルファ隊から右方向だ!!』
『――了解!! ガンマ隊はピジョン隊の直衛、ベータ隊はアルファ隊とツートップだ!!』

 そう叫ぶとタイミングを見計らって四辻から飛び出す訓練兵達。

『敵機確認!! KVだ!!』
『アグレッサーって訳か‥‥敵の詳細は!?』

 そこにはロジーナと翔幻、そして――

『う‥‥嘘だろ‥‥な、何でこんな所に「牡牛座撃墜者」がいるんだよっ!?』

 グレイアッシュに身を包んだディスタンが立っていた。
 動揺する訓練兵達。だが、それが収まるのを待たず、三機のアグレッサー達が武器を構える。

『く‥‥クソッ!! やってやる!!』

 訓練兵達は普段教えられているセオリーなどお構い無しに、一斉に引き鉄を引いた。



「それでは、後は手筈通りに頼むぞ」
「‥‥了解」
「きしし、まかせとけ〜」

 ディスタンに乗るリディスの呼び掛けに応じて、如月の翔幻、セフィリアのロジーナが行動を開始した。
――傭兵達による地獄の教導が幕を開けた瞬間であった。



 翔幻のスナイパーライフルRとロジーナのMSIバルカンRが火を吹く。
 それらは容赦無く訓練兵達の機体の装甲を穿っていった。

『――わあああっ!! このっ!! このっ!!』

 狙いは定まっていないものの、三人の機体にはそれに倍する弾丸の嵐が見舞われる。
 それらは装甲に次々と当たり、盛大に火花を散らして行った。

『あ、あわわわわっ!! こんなに強いなんて聞いてないのですよ〜』
『‥‥如月さん、回線‥‥』
『ぎ、ぎゃー!! 回線オープンにしたままだったのですよー!!』

 ぶつっ!! と音を立てて、訓練兵達の無線に響き渡った悲鳴が途切れる。
 そして耐え切れないとばかりに後退する三機。

『――ま、待てこのっ!!』
『お、おい待てよ!! 罠だったら‥‥』
『あれだけ当てたんだ!! 奴らボロボロに違いない!!』

 ピジョン隊の警告にも応えず、アルファ隊とベータ隊の面々が三機を追いかけて行く。
 彼らを孤立させる訳にも行かず、残った者達も彼らを追った。
 しかし、その動きは決して捕捉不能な動きでは無く、特に最後尾のロジーナの動きは鈍い。
 次第に距離を縮めて行く訓練兵達。

『よし!! 追い詰めたぞ!!』

 アルファ隊がたどり着いたのは、正面の道が瓦礫によって塞がれた交差点。
 訓練兵達の無線に通信が入る。それは目の前のディスタンからのものだった。

『ここからが本番だな。さてひよっこ共、しっかり気張れ。
 でなければ――死ぬぞ?』



 翔幻から放たれた煙幕弾が訓練兵たちの視界を覆う。
 と、同時に左右から量産型機弓「六角弓将貞」を構えたアヌビスと、最新鋭機フェニックスが急接近する。

『――ぼさっとしてんなオラァッ!!』

 武藤の雄叫びと共にフェニックスのバーニングナックルが叩き込まれた。
 一発、二発、三発――!!
 次々と叩き込まれる鉄拳の前に、S−01は一瞬にしてスクラップと化した。

『――え‥‥あ‥‥?』

 混乱しすぎて棒立ちになっていた僚機のR−01は、アヌビスの機弓に次々と手足を打ちぬかれる。

『わ、わああああああっ!!』

 慌ててガトリングを放つも、アヌビスはそれを真正面から受け止めた――装甲に一切の傷を残す事無く。
 その間に接近したアヌビスのルプス・ジガンティスクがR−01の頭を叩き潰した。


「――ひ‥‥」
『‥‥命のやり取りには慣れているか? 獣に喰われる覚悟はあるか?
 お前達がこの先目にするのはそのような物だ』

 アヌビスのパイロット――冥姫=虚鐘=黒呂亜守という名の『獣』が冷たい言の葉を放つ。

『獣として挑まんとするなら吼えてみろ。人として挑まんとするなら武器を取って突きつけて見せろ』

 そして恐怖に震える訓練兵の頭上に、試作型機槍「黒竜」を高々と振り上げた。

『‥‥来い』



『な‥‥何だ!? 何が起こった!?』

 煙幕で視界を覆われ、横手から奇襲を受けた事で混乱するS−01のディフェンダーが手ごと打ち砕かれた。

『ふひひ、掛かったのですよ』

 ブーストをかけて一気に間合いを開けた翔幻による狙撃だ。
 だが、悲鳴や驚愕の叫びを上げる暇すら彼には与えられなかった。

――気付いた時には、目の前にまでアッシュグレイのディスタンが迫っていたから。

『――っ!!』

 咄嗟にガトリングを放つ訓練兵だが、それらはハイディフェンダーによって弾かれる。
 ディスタンは勢いを減じる事無く、それでいてダンスのように華麗な動きで機刀「セトナクト」を振るった。
――獣の遠吠えのような音と共に、超音波震動を起こした破壊の刃がS−01の両手を落とす。
 そしてすかさず足払い――背中から地面に転がった所に、ダメ押しのグングニル。
 その穂先はコクピットギリギリを掠め、S−01を完膚なきまでに破壊した。

『これでお前は一度死んだことになる。一度自分が死んだということを覚えておけ』

 自分の体ギリギリに叩きつけられた『死』に呆然とする訓練兵に、ディスタンから声が響く。

『そうすればこれからそういう場面で否が応でも体が反応する。生きるためにな』

 その言葉は真っ白になった彼の脳内に、しっかりと刻み込まれた。



 ロジーナはヘビーガトリングとバルカンを撒き散らしながら建物の陰へと隠れる。

『こ‥‥このっ!!』

 残ったR−01はディスタン・翔幻と比べれば組し易いと考えたのか、釣られるようにロジーナを追いかけて行った。

『そろそろ‥‥かな』

 廃墟の奥まった場所まで来ると、突如ロジーナが制動をかけ、R−01に向き直った。

『――!!』
『‥‥圧しているからと言って調子に乗ると‥‥』

 試作型機槍「アテナ」を構え、ブーストを利用した短距離ランスチャージ。
 それがR−01の肩口を腕ごと吹き飛ばした。

『ぐっ‥‥!!』
『‥‥こうなる。まだ、これから‥‥』

 淡々とした口調のまま、ロジーナはアテナを手に近付いて行く。
 信じられないような圧倒的な圧力を感じ、訓練兵は震える事しか出来なかった。

『あ‥‥あ‥‥』
『‥‥大丈夫‥‥コクピットは狙わない』




 状況を全く把握できず、恐慌状態に陥って行く訓練兵達。

『‥‥何だよ!! 何なんだよこれ!! これ全部「実弾」じゃないか!!』
『――いや‥‥いやぁっ!! 死にたくない!!』
『お、落ち着けっ!! 円陣を組んで――』

 皆を落ち着かせようとするピジョン隊の面々。

『‥‥一発必中一撃必殺、ってね。‥‥狙い撃つ‥‥!!』

 が、その前にアハトアハトを構えたシュテルンの射撃によって脚部を破壊される。

『――う、うわっ!!』

――ズンッ!!

『‥‥え?』

 倒れた衝撃に身悶える彼らに、轟音と共に影が落ちる。
 そこには槍と盾を構えてこちらを見下ろす、両肩を紅に染めた濃紺の雷電がいた。

『――全てが教本通りに動くとは思わない事だな。
 水の様に状況に合わせて変化する柔軟性を身に着ける事だ』

 有無を言わさずに、その手の黒竜が胴体を串刺しにし、地面に縫い止める。

『い、いやあああああっ!!』

 もう一機の岩龍は絶叫しながらもバーニアを噴かして機体を立たせようと試みた。
 だが、それが許される筈も無い。

『‥‥戦場では慌てない事、それが何より大切な事よ‥‥』

 一気に間合いを詰めたシュテルンが、ハイディフェンダーと錬剣「羅真人」を振りかぶる。
 容赦なく振るわれた鋼と光の刃は、岩龍の残った四肢を悉く叩き切っていた。




『‥‥が、ガンマ隊後退するっ!!』

 残るはピジョン隊の直衛についていたガンマ隊のみ。
 彼らの戦意は既に無かった。
 『撤退』ではなく『後退』という言葉を使うのは、彼らの心に唯一残る軍人としてのプライドか。

――だが、戦場では立ち向かわぬ者に女神が微笑む事は無い。

 彼らの進行方向を塞ぐように、瓦礫を押しのけながら漆黒の雷電がその威容を現した。

『――マジかよ‥‥』
『‥‥あ、闇天雷‥‥!!』

 数多く存在する傭兵達の中には、自らの乗騎に名前を付ける者も珍しく無い。
 その中には、軍人でも知っているような凄まじい知名度を誇る物もある。

――その一つが、彼らの目の前に立つ漆黒の雷電『闇天雷』であった。

『さぁ‥‥新兵‥‥思う存分恐怖を味わえ!!』

 闇天雷はスラスターライフルを乱射しつつ、一気に間合いを詰める。
 だが、牽制と言うにはあまりに馬鹿げた威力が込められた弾幕は、S−01を一瞬にして蜂の巣に変えた。
 続けて棒立ちのR−01に対してセトナクト、エグツ・タルディ、そしてハイディフェンダー‥‥ありったけの武器が叩きつけられる。
 その度に手が、足が、武装が破壊されていく。

『――ひいいいいっ!! 止めろっ!! 止めてくれええええっ!!』

 絶叫する訓練兵――だが、闇天雷は決して手を緩めようとはしない。
 最後に高々とハイディフェンダーが振り上げられた時――、

『――そこまで‥‥接敵から20秒、貴様らの全滅だヒヨっ子共』

 エリシアの声が響き、あまりに一方的すぎる『訓練』は終わりを告げた。




――結果は、訓練兵達にとって惨憺たるものであった。

「己の持つ力を過信し、気を抜いた結果がこれだヒヨっ子ども‥‥恥を知れ!!」

 俯く彼らに対して、エリシアの容赦無い叱責が飛ぶ。

――その後数十分以上に渡って、記す事も憚られるようなエリシアの怒鳴り声が訓練場に響き渡った。

「‥‥以上だ。貴様らには失望した‥‥兵舎の荷物を纏めて出て行くがいい」
「‥‥やです‥‥」

 エリシアの捨て台詞に、訓練兵の一人が涙を流しながら口を開く。
 その目には悔しさと怒りの光が込められている。

「――このまま終わるなんて嫌です!!」
「お願いします隊長!! もう一回KVに乗せて下さい!!」
「隊長!!」

 口々に叫ぶ訓練兵達――エリシアはゆっくりと彼らに振り向いた。

「‥‥例え訓練であっても、決して死ぬ事は許さん‥‥これが【御剣】の隊規だ。
 それを覚えておけ!! 分かったかヒヨっ子共!!」
『――はい!! 教官殿!!』

 そう言って再び背を向けるエリシア――その口の端は僅かに笑みが浮かんでいた。



 その後、再び傭兵達と訓練兵たちによる訓練が開始された。
 徹底的に打ちのめされる彼らだが、何度も‥‥何度でも立ち上がる。

 恐怖、緊張は勿論ある‥‥だが、それを「枷」では無く「糧」とし、戦う力へと変える術を、彼らは不器用ながらも身に着ける事に成功していたのだ。

 訓練が進む度に彼らは成長し、中には傭兵に対して有効打を加える者すらいた。



 その一方で、訓練場の片隅ではこんなやり取りもあった。

「アーク・トゥルス小隊隊長、武藤煉‥‥エリシア・ライナルト大尉に、一対一の模擬戦を申し込むッ!」
「‥‥出来れば我とも手合わせをお願いしたい」

 そこにはエリシアとの模擬戦を望む武藤と王零の姿があった。

「却下する」
「即答かよっ!?」

‥‥が、一瞬で断られる。
 こけそうになる武藤に苦笑しながら、エリシアは困ったように肩を竦めた。

「流石に君達相手では私もそう簡単には勝てんし、もし負けたら奴らに対して示しがつかんのでな」

「――それにな」とエリシアは武藤の肩にぽん、と手を置く。
 その瞬間、武藤の背筋が凍りつく。

「‥‥ヒヨっ子に致命打を入れられるような者に、そんな資格があると思ったか?」
「――いぃっ!?」

 武藤は二回目の模擬戦時、訓練兵の攻撃をコクピット近くに受けてしまったのだ。

「‥‥貴様には少し教育が必要なようだな」

 動揺した隙に、ずるずると引き摺られていく武藤。
 肩透かしを食らった王零は見送る事しか出来ない。

「あははは〜!! 二人ともかっこ悪ぅ〜!!」

 それを見ていた如月はケラケラと彼らを指さして笑う。
 そんな彼女も、同様にエリシアに捕獲されていた。

「あ‥‥あれ?」
「‥‥貴様もだキサラギ・スミレ‥‥!!」

 彼女も同じ穴のムジナであった。
――エリシア特製、地獄の特訓フルコースの開演である。



『こ‥‥ここで決めなきゃ男じゃねぇ‥‥いや、仲間を背負う資格もねぇ!
 栄光を掴め、ヴィルトおおぉぉぉ‥‥無理っ!! やっぱ無理っ!!』
『も、もう許して〜!! 二度と調子になんか乗りませんからああああっ!!』

 その後、暫くの間訓練場には二人の悲痛な叫びが響き渡った。