●リプレイ本文
ヤクーツク近郊の前線基地の滑走路――そこから次々とKVが飛び立って行く
それぞれの機体に搭乗する十五人の傭兵達の思いは様々だ。
「あんだけ大きいものをそうそう見落とす筈が無いんですがね」
ワイバーンに乗る周防 誠(
ga7131)が頭をバリバリと掻きながらぼやく。
何せFRの装甲は全身紅に染まっている――雪の中でははっきりと目立つ筈なのだ。
「撃墜されたFR‥‥捕獲できればコイツの性能向上にも繋がるかい?」
犬塚 綾音(
ga0176)が愛機ディアブロの操縦桿の具合を確かめるように握り締める。
かつて果たせなかったFRの技術流用によるKVの性能向上――犬塚はそれを今度こそ成し遂げんが為にこの任務に参加していた。
「敵に破壊される前にこちらが先手を取って見つけないとな。
新手の敵も出て来た事だし、FRの秘密の一端でも掴んでおかないとますますジリ貧だからな」
威龍(
ga3859)が予想される敵戦力を分析しながら呟く。
彼のウーフーのコンソールには、件の新型HWの姿が映し出されていた。
「墜落予想ポイント周辺には、敵の新型HW、それも大型と中型の各一機が接近中ですか。
‥‥後方にはお供もいらっしゃるようで」
ディアブロに搭乗した飯島 修司(
ga7951)の呟きが示すように、画像こそ乱れているものの、敵新型の後方にはジャミングを吐き出すCW、そして通常仕様のHWの姿が見えた。
ただの護衛なのか、それともFRを回収するためのものなのかは分からない。
ともかく、このCWを可及的速やかに排除する事――それが今回の作戦の鍵と言える。
そして問題なのは敵のパイロットだ。
「この動き‥‥彼ですね」
アンジェリカに乗るティーダ(
ga7172)は偵察隊から送られてきた最期の映像を見て、中型HWに乗っている敵が誰なのかに気付いていた。
ハットリ・サイゾウ――かつて対峙し刃を交えた事もある相手だ。
彼が出てきているという事は、大型に乗っているのはおそらく――。
「‥‥アニス・シュバルツバルトか‥‥。
嬉々として奪うが、奪われるのには慣れてはおらんか‥‥」
大型HWの、ただひたすら前に進み、後ろを全く振り返らないような戦い方に、ロジーナに搭乗したイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)が皮肉気に笑う。
(「‥‥本当にそうなんだろうか?」)
自らの愛機であるミカガミ「白皇」のコクピットの中で、終夜・無月(
ga3084)はアニスの動きを見て、言い知れぬ不安を抱いていた。
アニスの乗る大型HWが禍々しい「何か」を纏っているような気がしてならない。
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
そんな不吉な予感を晴らすため、終夜はいつものように祈りを捧げた。
「それでは皆さん、気合を入れて参りましょうか」
雷電改め「ライトニング」を駆る鈴葉・シロウ(
ga4772)の呼び掛けに応じ、能力者達は期待と不安を胸に、一路墜落予想地点へと向けて進路を取った。
現場空域に到着した瞬間、周防は自分が抱いていた疑問の答えを知った。
「‥‥なるほど、これじゃ簡単に見つからない訳だ」
見れば眼下に見える針葉樹林のあちこちが薙ぎ倒され、更にそこに雪が降り積もっている。
ヤクーツク周辺は人類側の領域ではあるものの、やはり散発的に戦闘は行われていた。
おそらくはその影響であろう。
「‥‥見逃さないように、注意しながら探しましょう‥‥では、皆さんお願いします‥‥」
終夜が離れて随行していた月森 花(ga0053)、宗太郎=シルエイト(ga4261)らに声をかける。
直接戦闘に参加しない面々の機種は、ウーフー、岩龍、イビルアイズ等の電子戦機のみで構成されている。
――その役目は二つ。
FRの捜索と回収の補助、そして電子戦機としての戦闘支援だ。
月森と宗太郎のペアと、Anbar(ga9009)とイスル・イェーガー(gb0925)のペアが独自に電子戦支援及びFR捜索を行い、高坂聖(ga4517)と壬影(ga8457)、そしてM2(ga8024)の三人がそれぞれ対アニス班、対サイゾウ班、HW・CW対策班に随行して行動する。
能力者達は限界まで速度と高度を落とし、周辺一帯を虱潰しに捜索を開始した。
捜索を開始して十数分後――不意に威龍のウーフーのコンソールにアラートが表示された。
「――接近警報!? 敵か!!」
威龍の言葉を肯定するようにAnbarから通信が入る。
『――敵さんのお出ましだよ!! 敵の構成‥‥情‥‥どお――』
「こちら威龍!! どうした応答――ぐっ!?」
しかし通信に突然ノイズが走ったかと思うと、焼け付くような頭痛が威龍を襲った。
――この感覚は、CWのジャミングに間違いない。
その間に、遥か前方に現れた黒点がぐんぐんとこちらに迫ってくる。
KVより遥かに巨大な、鋭いフォルムを持った本星型大型HW。
そして僅かに遅れて、ドリルと巨大な剣翼、鞭のような尻尾を装備した同じく本星型の中型HWが姿を現した。
遥か後方には小型HWとCWの姿も確認できる。
「――兎も角、我々の出番ですな」
「ああ‥‥互いに生きて帰ろうじゃないか、シロウ」
馴染み同士である犬塚と鈴葉が口調も軽く声を掛け合う――だが、そこには歴戦の戦士独特の覚悟があった。
残る六人も、同様の覚悟と共に機体を前に進める。
――即ち、殺す覚悟と死する覚悟。
『‥‥ふ、ふふふ‥‥うふふふふ‥‥』
「――!! ‥‥何だ!?」
敵集団に接近するにつれ、能力者達の無線に不気味な笑い声が響き始める。
それはまるで地獄の底から這い上がってくるような、底無しで、不気味な少女の声。
「アニス‥‥貴女ですね?」
ティーダの問いかけは、疑問というよりも確認の色が込められていた。
だがアニスはそれにすら答えず、独白を止めようとしない。
『見つけた‥‥見つけた見つけた見つけた‥‥おじーさまの邪魔をした、おじーさまを傷付けた、おじーさまに恥をかかせた、おじーさまに土を付けた羽虫共――』
それはまるで壊れた古いテープレコーダーのように、歪み、掠れ、軋んでいた。
『‥‥一匹、二匹、三匹‥‥うふふふふ八匹も‥‥。
五月蝿い羽虫は叩かなきゃ、潰さなきゃ――殺さなきゃ‥‥』
そこに込められているのは純粋な狂気。
全く抑える事無く溢れ出すその感情に、能力者達の全身が粟立った。
――奴は、危険だ。
『殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ‥‥ふふふ‥‥。
キャハハハハハハハハハハハハハ!!』
捻じ曲がった哄笑と共に大型HWの機首の砲口が口を開き、大口径のプロトン砲が放たれる。
「避けろ――!!」
射線上にいた威龍、終夜、イレーネが慌てて回避する。
辛うじて直撃は避けたものの、掠めただけで装甲版が飴のように融解した。
途轍もない威力――直撃したならば、一回の攻撃で撃墜されかねない程だ。
『逃がさない逃がさない逃がさない――殺す殺す殺す殺す!!』
「アニス‥‥。ついに、本当の狂気に染まりましたか‥‥」
最早言葉すら通じないアニスに対して、ティーダに少しだけ哀れみの表情が浮かぶ。
しかし、容赦は無い――彼女は既に幾百、幾千の罪を犯した大罪人なのだ。
能力者達はミーティング通りの陣を敷き、敵へと躍り掛かった。
「――ちっ!! こんな時に面倒な敵が来たもんやな‥‥」
中型HWの中でサイゾウが一人ぼやく。
見た所、見知った機体もちらほらと居る上に、残る他の者達もかなりの腕を持った手練れ。
サイゾウは神経を目の前の戦いに集中させる。
――アニス、そして後ろの事を気にしていたら、こちらが落とされかねない。
すると、抑えていた自らの「武人の血」が騒ぎ始める。
「‥‥ワイも大概、ええ性格しとるわ」
口の端をペロリと舐め、サイゾウは中型HWを前進させた。
随行していた高坂と壬影の二人が、イビルアイズのロックオンキャンセラーを発動させる。
展開された微弱な重力波の乱れがアニス機とサイゾウ機を捉えた。
同時に犬塚らはブーストをかけてアニス・サイゾウの横をすり抜けて突破を試みる。
『――逃がさない逃がさない逃がさない!!』
『毎度の事後ろになんぞ行かせんわい!!』
それを阻止すべくアニスが拡散フェザー砲を辺り一面に撒き散らし、サイゾウが剣翼を展開させて迫る。
だがそれを遮るようにサイゾウをアンジェリカのレーザーガトリングとロジーナのG放電装置の白光が襲った。
『むぅ――!?』
CWのジャミングによって威力こそ落ちているものの、サイゾウの足を止めるには十分だ。
「お久しぶりですね。『サムライ』では無いのが残念ですが‥‥。
暫くお相手をお願い致します」
「挑発しっ放しではカッコ悪くてな‥‥イレーネ・V・ノイエだ。
銃士としてお相手しよう、バグアのサムライよ」
ティーダとイレーネの二人は、かつてサイゾウと直接対峙した事もある者同士。
サイゾウは少しの間の後、ニヤリと笑って応えてみせる。
『――安心せえ。ワイは『こっち』の方が強いし、決闘は必ず受ける性質や』
――そしてサイゾウの声は一瞬にして戦士のソレに変わる。
『もう名乗る必要も本当は無いんやが‥‥ワイの名はハットリ・サイゾウ。
――如何に女人であろうと、容赦はせん!!」
中型HWが飛燕の如く翻り、二人に襲い掛かった。
そしてアニスの前には終夜と威龍の二人が立ち塞がる。
「――お前の相手は俺たちです‥‥!!」
「悪いが暫く付き合って貰おう!!」
終夜がGPSh−30mm重機関砲を、威龍が127mm2連装ロケット弾ランチャーをそれぞれ放った。
400発もの弾丸が一点集中して放たれ、砲弾が白煙を上げながらアニス機に襲い掛かる。
『ウザい‥‥お前等邪魔邪魔邪魔!!』
アニス機は巨体からは信じられないような動きで攻撃を回避して見せた。
――そこに生じる僅かな間。
その隙を突いてHW・CW対策班が駆け抜ける。
ある者はフェザー砲に装甲を焼かれながら、ある者は剣翼に切り裂かれながら。
しかし一機も欠ける事無く切り抜けてみせた。
「‥‥本番は、ここからですね‥‥」
終夜が緊張で額に汗を滲ませながら、目の前のアニス機を見据える。
『――逃がした‥‥逃がした逃がしちゃった‥‥じゃあそれじゃあこっちの二匹を潰そう?
そうしようそうするねおじーさま?』
アニスが狂気を威龍と終夜に向け始める。
――しかし、こちらも易々とやられるつもりは無い。
むしろ倒す――そのぐらいの気構えいかなくては、絶対に生き残れない。
「――戦士としての、そして人としての意地‥‥貫かせてもらうぞ!!」
威龍が吼え、死角に回り込んでガトリングを乱射する。
それらは円月輪に弾き返され、辛うじて届いた弾丸もFFと装甲に弾かれるが、アニスは威龍機に目を向ける。
アニスが彼に気を取られた隙に、今度は終夜が反対側から再び重機関砲を叩き込んだ。
――終夜はこの時、本星型HWの最大の特徴である、特殊なFFの力を同時に見極めようとしていた。
この攻撃は牽制と同時に、FFの特性を見極めるための攻撃であるのだ。
しかし、アニスはその弾丸の嵐に対して避けようとすらしない。
――弾丸の嵐は、全て弾き返された。
特殊FFでは無く、通常のFFと装甲によって。
『‥‥つかまえたぁ‥‥♪』
不気味なほど静かにアニスが呟く。
終夜の背筋が凍りつく――咄嗟に白皇に回避行動を取らせる事が出来たのは僥倖以外の何物でも無いだろう。
アニス機の側面に備えられた砲門から、数えるのも馬鹿らしくなるよう数の光条が放たれる。
「くっ――!?」
たかが数本命中しただけでも、それは凄まじい威力を内包しており、バランスを崩す終夜。
アニスはそこへ更に砲撃を加えようと接近する。
「やらせるかああああっ!!」
咆哮と共に再接近した威龍がありったけのランチャーとガトリングを吐き出す。
それらは全て装甲に傷はおろか、通常FFすら貫く事が出来ない。
(「――しかしそんな事は百も承知!!」)
自分の役目は、電子戦機として皆をサポートする事、そして僚機であり、仲間達の最大戦力である終夜を助ける事――威龍はそう心に決めていた。
そんな威龍の機動は、アニスを苛立たせる。
『羽虫がぶんぶんぶんぶん‥‥ウゼェェェェェんだよおおおおおおおおおおっ!!』
少女らしからぬ凄まじい咆哮と共に、ありったけの攻撃が威龍のウーフーを襲う。
拡散フェザー砲が装甲を剥がし、円月輪が翼を切り裂く。
そして止めにプロトン砲の一撃が機体の後ろ半分を消し飛ばした。
「く‥‥はっ‥‥!!」
機体に襲い掛かる衝撃によって威龍の体は、ピンボールのようにコンソールとキャノピーに叩き付けられる。
「‥‥後は、頼んだ――」
たった一言囁くと、彼の意識は墜ちて行く間に途切れた。
威龍のウーフーはそのまま森の木々を幾本も薙ぎ倒しながら、ヤクーツクの大地へと墜ちて行く。
「――威龍っ!!」
終夜が叫ぶが、応えは返って来ない。
心が怒りと憎しみで真っ赤に染まりそうになる。
しかし耐える――今の自分の役割は、仲間達と合流するまで敵を引きつける事、敵の力を見定める事。
終夜は耐えた――時に雲を、煙幕を使って敵の攻撃を。
そして、友の元へと駆けつけたい衝動を。
レーザーガトリングが閃き、スナイパーライフルD−02の鋭い一撃が奔る。
サイゾウは慣性制御を使い、物理法則を全く無視した機動でそれらをかわして見せた。
そしてジグザグの軌跡を描きながら、すれ違い様に剣翼で切り裂き、ドリルで削り、長い尻尾を鞭のように叩き付ける。
「くっ――早過ぎる!!」
イレーネがG放電装置を放ちながら再び距離を取る――彼女のロジーナの損傷率は既に六割を超えている。
「――だが、まだ墜ちる程でも無い!!」
懸命に心を奮い立たせると、ひたすら距離を保ちつつ攻撃を加える。
それら全てを弾き、避けるサイゾウの機動も凄まじいが、そう簡単に寄せ付ける事も無い彼女達の技量もかなりのものだ。
互いにリロードの合間、もしくは武器の欠点を補い合う。
サイゾウの機先を制し、弾幕の中に飛び込もうとした瞬間を狙って出鼻を挫く。
無論、最大の原因はサイゾウの武装の偏りにあるのだが、正々堂々の勝負の中でそれについて彼女達が負い目を感じる事は無いし、サイゾウもそれを卑怯と罵る事は無い。
――何故ならそれが『ガンナー』の戦い方だからだ。
『ちっ――ここまで近づけんのは久しぶりやな』
「‥‥お褒めに預かり光栄だ。そう簡単にはこの弾幕、掻い潜らせるつもりは無いぞ」
銃士の弾丸とそれに果敢に挑む戦士の構図――それは信じられない程拮抗していた。
――交叉した際に傷つくのはいつも銃士たち、という点を除いては。
そして一方のHW・CW対策班はと言うと、あっけ無い程に敵に近づく事に成功していた。
こちらを射程圏内に捉えている筈なのに、攻撃能力を持たないCWはおろか、HWでさえその場から全く動かない。
「――妙ですな? 多少の抵抗があって良い筈なのですが‥‥」
不気味、とすら言える敵の反応に思わず呟く鈴葉――それは彼を含めた四人全員の思いを代弁するものだった。
「――ともかく、仕事は果たさなければいけませんね」
「ええ、飯島さん‥‥毎度邪魔な奴等です。さっさと消えて貰いましょう」
飯島と周防がロッテ編隊を組んで突っ込み、CWとHWの全機を射程に収める。
五度電子音が響き、CW達をロックオンする。
「――そこだっ!!」
ギリギリまで引き付けると、飯島はトリガーを引いた。
ディアブロの砲門が開き、そこからK−02ミサイルが白煙を上げながら発射される。
それらはジャミング下でも狙いを全く違う事無く、ロックオンした五体のCWに直撃する。
爆炎が晴れた後、そこにはジャミングを吐き出す立法体の姿など一欠けらとしてありはしない。
残る一機は慌てるように明滅して後退しようと試みるが、それはあまりに遅い。
「――このライトニングの前で、その動きはどうでしょうねぇ?」
僚機の犬塚の援護を受けながら剣翼を叩き込む鈴葉。
そして翻ってもう一撃――CWは機体を四つに分断され、大地に落ちるのを待たずに爆散した。
回復するレーダーとようやく収まった頭痛に溜息を一つ吐きながら、周防は更に傍らのHWを睨みつける。
「こいつらを残しておいて、FRを持ってかれちゃたまんないですからね」
「同感だ――さっさとけりをつけようじゃないか!!」
犬塚が一声叫ぶと共に、バルカンを乱射して目晦ましにしながら8式螺旋弾頭ミサイルを放った。
錐揉みしながら飛んだミサイルは、FFと装甲を易々と貫き、内部から破壊する。
そこに鈴葉が剣翼で止めを刺す。
まずは一機――落ちて行くHWから目を逸らそうとした犬塚は、その機体からワイヤーのようなものが伸びている事に気付いた。
(「何だ――?」)
犬塚の視線がワイヤーを辿って行くと、その先は地面に届いている。
林の緑と、雪の白の中で明らかに場違いな鮮烈な紅色の光――それは、彼女が幾度と無く戦場で見かけた光と寸分違わず同じだ。
正しくそれは、ファームライドの装甲であった。
「皆――目当てのもの、見つけたよ!!」
『――!!』
犬塚の言葉に驚愕と歓喜を浮かべる能力者達。
これで後顧の憂いは消えた。
四人は一気呵成にHWに向けて攻撃を集中する。
――彼らの技量の前に、たかが小型HWが抗える訳も無かった。
「――大丈夫ですか終夜さん!?」
「‥‥はい、何とか‥‥」
鈴葉と周防、飯島がアニスと戦う終夜の下に駆けつけた時、終夜の白皇は既にボロボロの状態だった。
装甲は剥がれ落ち、翼はひしゃげ、あちこちの円月輪による傷からは火花が散っている。
だが、終夜の眼差しは光を失っては居ない。
一方のアニス機は殆ど無傷――だが、アニスの様子は明らかに最初と違っていた。
『――羽虫が、増えた‥‥三匹‥‥殺す、殺す‥‥こ、ろす』
まるで何かに耐えるように、ゼェゼェと荒い息を吐いていた。
それが何故かは分からないが、畳み掛けるならば人数の揃った今だ。
「‥‥皆‥‥敵のFFについて分かった事があります‥‥」
息を整えた終夜が、皆にそれを伝えて行く。
その洞察力と、それをたった二人、しかも途中から一人で実証してのけた終夜の実力に、三人は驚きを隠せない。
そして、そんな彼の努力に必ず報いなければならない――三人はそう感じていた。
「それでは‥‥行きましょう!!」
まず鈴葉が飛び出し、アニス機の周りを縦横無尽に飛び回り、剣翼の一撃――と見せかけてそのまま素通りし、背後からUK―10AAMが叩き込まれる。
『――何ソレ‥‥全然痛くないなぁ?』
アニス機にとって、それは装甲に焦げ目すらつけられないような、攻撃に過ぎない。
返す刀で拡散フェザー砲を叩き込まれ、機体のあちこちから煙があがる。
――だが、鈴葉はしてやったりと言った笑みを浮かべた。
「‥‥つぅ‥‥ですが、油断しましたな!?」
鈴葉のライトニングが退いたその先には、白皇がM−12強化型帯電粒子加速砲を構えていた。
紫電を撒き散らしながら光が奔る――その一撃はアニス機に直撃し、大きくその身を震わせる。
続けて飯島がブーストをかけながら接近し、アグレッシブフォースを付加したG放電装置とスナイパーライフル、そして離脱しながら再びスキル付加のG放電装置の三連撃。
更に周防の長距離砲アグニが二発一気に叩き込まれた。
『ぐぅっ――』
凄まじい威力の連撃を前に、さしものアニスも呻きを上げる。
――終夜が見出した強化FFの特性。
――一つは強化FFが遮るのは攻撃・知覚を問わない、という事。
――そしてもう一つがFFの発動タイミング。
強化FFは、アニスが何か行動を起こす前にしか発動する事は出来ず、相手の攻撃に合わせての発動は不可能。
だから一度脅威を感じさせないような攻撃を加えて相手を油断させ、敵が強化FFを張る必要も無いと思わせ、それ以降の攻撃にありったけの力を込める。
そうすれば、後に残るのは通常のFFと装甲――熟練の傭兵と強力なKVの性能を以てすれば、貫くのはそう難しい事では無い。
『この‥‥ウザい、ウザい‥‥ウザい!!』
今度は能力者達の攻撃を警戒して強化FFを張るアニス。
しかし、次の瞬間彼らから降り注いだ攻撃は、牽制程度の威力の、それでいて手数を重視したものだった。
それらの攻撃に対しても、次々と強化FFが反応して弾き返す。
――これが終夜の調べ上げた特性、最後の一つ。
一度張った強化FFは、一度発動すれば任意で解除する事は不可能だという事。
攻撃を加えられるたびに強化FFは反応してしまう。
そして、そのエネルギーは無限では無い以上、いつかは限界を迎える筈だ。
『この‥‥このこのこのこのおおおおおおおっ!!』
苛立ちの叫びを上げながらアニスが放った攻撃が、KVに次々と命中していく。
だが、能力者達はけっして挫ける事無く立ち向かって行った。
イレーネとティーダの二人は、ジワジワとサイゾウに追い詰められていた。
『――そろそろ止めや!!』
再び翻ったサイゾウ機がロジーナ目掛けて襲い掛かる。
ティーダが咄嗟に弾幕を形成するが、サイゾウはそれを易々と掻い潜って肉薄する。
「――させないよっ!!」
そこに打ち込まれる螺旋弾頭の弾幕――サイゾウが咄嗟にそれをかわす。
駆けつけた犬塚の弾幕によって二人の姿が隠れる。
「二人とも、この間に体勢を整えな!!」
そしてサイゾウを誘い込むかのようにバルカンとミサイルを放つと、地面すれすれをブーストをかけながら駆け抜ける。
『うざったい奴やなぁっ!?』
邪魔された事に腹を立てたのか、犬塚をそのまま追いかけ始めた。
犬塚はほくそ笑むと、バーニアをふかして雪煙を飛ばし、それに紛れて地面に降り立つ。
そしてドリルを構えてサイゾウを待ち構える。
サイゾウはそれを見て犬塚の思惑を察したのか、自らもドリルを回転させながら突っ込んで来た。
「貫け、あたしのドリル!!」
『――勝負!!』
ヒトの螺旋とバグアの螺旋が交錯する――そして、先に届いたのはヒトの螺旋。
――それは装甲を大きく抉り取った‥‥しかしただ、それだけ。
対するサイゾウ機のドリルは、犬塚のディアブロの上半身を吹き飛ばすように突き刺さり、捻じ切る。
途轍もない衝撃に、犬塚の意識は一瞬で断ち切られた。
『‥‥ゴーレムやったら、危なかったな』
だが、敢えて自分に挑んだその意気や良し――一瞬ではあったが、決闘の余韻に浸るサイゾウに、粒子加速砲の一撃が突き刺さった。
それはティーダによる背後を見せたサイゾウへの会心の一撃だ。
「あなたは隙が多すぎます!!」
『――だー!! 相変わらず無粋なやっちゃ!!』
「もらったぞサムライ!!」
バランスを崩す敵を見て、続けてイレーネが試作型リニア砲を放つ。
サイゾウはそれをかわすと、イレーネへと剣翼を向けた。
『甘いわっ!!』
「くっ――!!」
目の前に迫る巨大な刃を見据え、避けきれないと直感したイレーネは咄嗟に脱出装置のスイッチを入れる。
次の瞬間、ロジーナは機首から機尾まで真っ二つに切り裂かれ、爆散した。
「落ちろ‥‥落ちろ落ちろ落ちろおおおおおおおおおっ!!」
アニス班でも、集中砲火を浴びた鈴葉が窮地に立たされていた。
円月輪がライトニングの周囲を飛び回って動きを封じたかと思うと、そこにプロトン砲が放たれる。
避けきれずに翼をもぎ取られ、失速をした所にダメ押しの拡散フェザー砲。
「‥‥み、皆さん‥‥面目無い――」
鈴葉を乗せたライトニングは破片を撒き散らしながら落ちていった。
アニスは尚も落ちて行く彼に向けてプロトン砲を向けようとする。
「やらせるかっ!!」
それを遮ろうと周防がスナイパーライフルで狙撃する。
防御に使用された円月輪の中心を通すという離れ業を以て放たれた弾丸だったが、アニスを止めるには至らない。
続けて終夜と飯島のK−02の一斉砲撃によって射線がズレ、プロトン砲は地面を抉るに留まった。
『邪魔邪魔邪魔‥‥邪魔するなあああああああっ!!』
済んでの所で獲物を逃したアニスが、邪魔をした三人に拡散フェザー砲を放つ。
飯島と周防は装甲を砕かれ、終夜は――コクピット付近に直撃を受けた。
「――うわああああああっ!!」
爆炎に終夜の全身が炙られ、キャノピーが砕け、ヘルメットを貫いて顔面に突き刺さる。
真っ赤に染まる視界の向こうに、アニス機のプロトン砲の砲口が見えた。
「終夜さん――!!」
周防と飯島が盾になろうとするが、間に合わない。
『――死ねえええええええええええっ!!』
絶叫しながら、トリガーを引こうとするアニス。
――ドクンッ!!
その瞬間、彼女の全身を灼熱感が襲った。
そして同時に、口から壊れた蛇口のように血塊が止め処なく溢れ出す。
「――ゲホッ!! ゴホッ!! カハッ!!」
致命的な何かが切れる感覚――とうとう、アニスのエミタは限界を迎えた。
突然、まるで何かの回路が切れたかのようにアニス機が動きを止めた。
「‥‥皆、今です‥‥!!」
顔から流れる血を拭う事すらせずに、終夜が叫ぶ。
終夜、周防、飯島の飽和攻撃がアニス機に次々と突き刺さった。
アニス機の周囲には特殊FFはおろか、通常のFFすら無く、能力者達の攻撃は直接装甲を砕いて行く。
とうとうアニスの大型HWは、爆炎を上げながらその高度を下げていった。
『アホ娘っ――!?』
それを見たサイゾウがアニスに向かって飛ぶ――しかし、その鼻先にティーダ機のレーザーガトリングが降り注いだ。
強化FFが弾幕を全て弾くが、サイゾウに前進する事を許さない。
「何処へ行くのですか? あなたの相手は私ですよ?」
『ちいいいいいっ!!』
ティーダの妨害を受けて、サイゾウは明らかに焦っている。
それは主であるアニスを思っての事だろう――しかし、その挙動は乱れきっている。
(「――このまま焦らせればまだ好機は‥‥!!」)
ティーダはそう判断し、尚もサイゾウを妨害するように動き続ける。
――だがサイゾウは一瞬動きを止めると、ティーダに機首を向けた。
「――!!」
『――邪魔を‥‥すんなやあああああああああああああああっ!!』
サイゾウが絶叫と共にティーダへと向かって吶喊する。
その機動はティーダの動体視力でも追い切る事が出来なかった。
まるで竜巻のようにティーダ機の周囲を旋回するサイゾウ。
その竜巻が収まった後には、機体を七つに分断されたアンジェリカが地上に落ちて行った。
終夜たちの集中砲火を浴びたアニス機は、とうとう内部から爆発し始める。
更に追撃を加えようと照準を合わせる周防と飯島目掛けて、サイゾウの中型HWが襲い掛かった。
「これ以上はやらせるかいっ!!」
剣翼が二人のスナイパーライフルの砲身を切り裂く。
そしてそのまま落ちて行くアニスを他には目もくれずに追いかけるサイゾウ。
その背にも、能力者達の攻撃が次々に突き刺さる。
バーニアから火を吹き上げるサイゾウ機――しかし、それでもアニスを追いかけるのを止めようとしない。
――とうとうアニスの大型HWが地面に地響きと共に落ち、雪煙がもうもうと上がった。
「――逃がしませんよ!!」
「いえ、危険です――追い詰められた奴らが何をするか分かりません」
その中に突っ込もうとする周防を、飯島が押し止める。
「上空で電子戦の支援をしてる皆さんを呼び戻しましょう――落とされた皆さんとFRの回収をしなくては」
地上に降りたサイゾウはアニス機のコクピットをこじ開けると、アニスの体を引きずり出す。
アニスの顔は土気色で、呼吸も鼓動も弱々しい。
「‥‥ったく、無茶しおってからに‥‥」
サイゾウは彼女の体をそっと抱き上げる。
その動作は主従を超えた、どこか親しい者へ向ける優しさが込められていた。
――チャキッ!!
その背に銃が突きつけられる。
そこには気絶した犬塚を肩に抱えたイレーネが片手に銃を構えて立っていた。
「‥‥そんな体で、ワイに勝てるとでも思っとるんか?」
イレーネの全身は傷だらけであり、犬塚を抱えている上に、片足はあらぬ方を向いている。
――だが、それはサイゾウも同じ事だ。
腕の中にはアニスがおり、その命は風前の灯だ。
どのようにこの場を切り抜けるか――そうサイゾウが考えを巡らそうとした時、イレーネに抱えられていた犬塚が目を覚まし、銃に手をかざす。
「‥‥行きなよ、本当ならあんたみたいな人とは正々堂々戦いたいしね」
「――犬塚!?」
犬塚の言葉に一瞬困惑するイレーネだったが、溜息を一つ吐くと銃を下ろす。
「貴公の想い人から伝言だ‥‥『次に会う時、どれだけいい男になっているか楽しみだ』とな。
――伝えたぞ?」
サイゾウは一瞬きょとんとした顔をしたが、にやり、と笑った。
「ほいじゃ、ワイも伝言や――『ダンスは習っとらんから、剣舞になるけどええか?』
まぁ、伝えられたら頼むわ」
そしてサイゾウは二人に背を向け、中型HWに乗り込んで行く。
「――感謝する」
ハッチが閉まる直前、サイゾウは二人を振り返らずにただ一言呟き、HWに乗って空の彼方へと飛び去って行った。
その数時間後――基地の中はお祭りのような喧騒に包まれていた。
あのFRを落としたばかりか、その機体までも鹵獲してしまったのだ。
誰もが有史以来の戦果に酔いしれ、あちこちで宴が催されている。
――しかし、そこに最大の功労者である傭兵達の姿は無い。
彼らはほとんどが深手を負い、医務室に運び込まれていたからだ。
「‥‥でも、皆無事で‥‥良かった‥‥」
「ええ‥‥本当に」
顔に巻いた包帯を抑えながら終夜が呟き、傍らの周防が微笑む。
「生憎と祝うような感じではありませんが‥‥祝杯を上げましょう」
飯島が水差しから水をよそい、三人は互いに杯を打ち合わせる。
『皆が生きて帰れたことに、乾杯』
――チィン‥‥。
ガラスが打ち合わされる涼しい音が、病室の中に小さく響いた。