タイトル:【DR】氷雪の幽鬼マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/03 01:32

●オープニング本文


――ギャアアアアアアアアッ!!


――助けてくれぇぇぇぇぇっ!!


――殺して‥‥もう殺してぇっ!!


 薄暗い研究所中に、身の毛もよだつような悲鳴が響き渡る。
 ある者は生きたまま肉体を切り刻まれ、ある者は様々な薬品を投与されて悶え苦しみ、ある者は「ヒトならざる物」へと変異していく自らに絶望していた。

――ここは、アニス・シュバルツバルトの秘密ラボ。

 この世の禁忌が平然と行われる、狂童の遊び場である。
 アニスはその中で、実験台である男の体にメスを走らせていた。

――ギャアアアアアアアアアッ!!

 その度に、男の口からは絶叫が響き渡る――男に麻酔はかけられていなかった。
 しかしアニスは口に笑みすら浮かべて男の声を平然と聞き流している。

「‥‥し、失礼致します、アニス様」

 その背に白衣姿の男が声をかける。
 彼はここでアニスに協力する親バグアの研究者であった。
 その声はまるで腫れ物‥‥いや、爆弾に触るかの如く震えている。
――何故なら研究中に声をかけて彼女の機嫌を損ね、解剖され、キメラにされた部下の話は幾らでも転がっているのだ。

「――ん? 何かナー?」
「そ‥‥その‥‥そろそろ召集の期日が迫っています」
「あー‥‥確か『アグリッパ』とかいう奴の護衛だっけ? 面倒臭いナー」
「そのためここを引き払う必要があるのですが‥‥『検体』の処理は如何致しましょう?」
「ちょっと調子に乗って集めすぎたからネー」

 このラボには、数十人もの人々が『検体』として連れ込まれていた。
――ただし、それらの半数は既に『ヒト』として扱えないような代物に変異しているのだが。
 その関係上、処理するには相応の時間が必要となる。
 このラボを爆破しても良いが、もし検体が生き残った場合証拠を残す事になる。

「――そうだ。良い事思いついちゃったヨ」

 暫く考え込んでいたアニスだったが、急に何かを閃いた様子で手を打ち合わせる。
 そして嬉々とした様子で男に内容を話し始める。
 彼の顔は見る見る内に青ざめていった。

「‥‥と、いう訳でこんな風にお願いネー」
(「‥‥狂ってやがる」)

 バグアに魂を売った男をしてこう言わせるほど、それはあまりに残酷で非道なものだった。

「――さーて、能力者の皆はどんな顔するかナー♪ キャハハハハハハッ!!」

 狂った哄笑を響かせながら、アニスは実験台の男に向かってメスを振り下ろす。
 ラボの中の悲鳴が一つ消えた。

――それはUPCによってアグリッパ破壊指令が下る、一週間前の事であった。




 極寒のロシア戦線前線基地――吐く息すら凍りつくこの地では、周囲の監視すらも命がけだ。

「――ん? あれって‥‥おい、人じゃないのか!?」

 ゲート周辺の警備を行っていた兵士が叫びを上げる。
 吹雪の中、前方からよろよろと歩いてくる人影――しかも複数。
 もしかしたら戦場から命からがら逃げ出してきた者達かもしれない。
 兵士は司令部に連絡を入れると、急いで駆け寄っていく。

「おい、大丈夫か!! 今すぐに手当てを――」

 だが兵士は近付くにつれ、現れた人影たちに違和感を覚え始める。
 彼らは誰一人として武装しておらず、しかもその姿は老若男女様々だ。
 そして――彼らは殆ど衣服を纏っていなかった。
 まるでボロキレのような布を体に巻きつけ、口から涎を垂らしている。
――その姿は、怪談で語られる幽鬼そのもの。

「――敵しゅ‥‥!!」

 兵士が通信機に向けて叫ぼうとした瞬間、喉笛を噛み千切られていた。
 噴き出した血飛沫はあっという間に凍りつき、紅いダイヤモンドダストとなって銀世界を一瞬だけ彩り、消える。
 倒れた兵士を食い尽くすと、氷雪の世界に舞い降りた幽鬼たちは一斉に走り出した。
 まるで冷え切った自分達の体を少しでも温めようとするように、『ソレら』は血肉を求めていた


――数分後、基地は阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。


「――諸君、楽にしてくれ。
 本日未明、ロシア戦線前線基地において、大量のキメラによる襲撃があった」

 会議室の椅子に座る能力者達を見回して、エリシアが状況を説明し始める。

「基地の兵士達は壊滅状態。生き残っている兵士達は、現在司令部に立て篭もって抗戦を行っている。
 ‥‥しかし基地の発電施設は破壊され、暖房器具なども全く使えなくなっているらしい。
 このままではキメラに殺される前に、彼らは凍死してしまうだろう。
 君達の任務は生存者を迅速に救出し、基地を脱出する事だ」

 エリシアの言葉に、能力者達は疑問の声を上げる。
――基地を襲ったキメラ達を殲滅しなくても良いのか? と。
 彼女は苦い顔で眼帯を掻き毟りながら、彼らの疑問に答えた。

「‥‥現地の気温は−40℃。その上現在、猛烈な吹雪が吹き荒れている。
 如何に能力者であっても行動が大きく阻害される環境の上に、時折ホワイトアウトが置きている状態だ。
 そして時間が経てた経つほど、生存者の命は危うくなる。
 情報では数十とまで言われているキメラ達を殲滅している余裕は、恐らく無いだろう」

 既にUPCは基地の廃棄を決定。
 キメラの殲滅は生存者達の救出が終わり、基地を全員が脱出した後、KVによるフレア弾投下によって行われる。

「現地までの移動は、雪上装甲車を貸し出しする。
 生存者の搬送もそれで行ってもらう事になるので、くれぐれも壊したりしないよう注意してくれ。
 それでは諸君――困難な任務だが、どうか無事に帰って来てくれ」

 エリシアは能力者達を敬礼で送り出した

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
忌咲(ga3867
14歳・♀・ER
高坂聖(ga4517
20歳・♂・ER
オリガ(ga4562
22歳・♀・SN
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
キムム君(gb0512
23歳・♂・FC
レオン・マクタビッシュ(gb3673
30歳・♂・SN

●リプレイ本文

 吹雪に霞む雪原を、巨大な雪上装甲車が轟音と共に走っていく。
 その兵員室には、八人の能力者たちが凍えながら寄り添っていた。

「うぅ、気を抜いたら凍えそうだよ」

 ぶるぶると震えながら、忌咲(ga3867)が体を丸める。

「前にグリーンランドに行ったけどこっちは更に寒い。というか指の感覚が無くなってきた‥‥」

 防寒手袋を外し、手を擦り合わせながら息を吐きかけるキムム君(gb0512)。
 しかし、その抵抗は殆ど無意味だ。

「けけけひゃひゃひゃ、わわわ我輩がドクター・ウェストだだだ〜」
「‥‥ちゃんと言えてませんよドクター」

 ドクター・ウェスト(ga0241)のお決まりの挨拶も、歯の根が噛み合っていないため、怪しさが倍増している。
 そんな彼を含めた全員にカイロを手渡すのは瓜生 巴(ga5119)だ。

「こういう時はドラグーンのAU−KVが羨ましいなぁ‥‥」

 高坂聖(ga4517)は防寒機能も搭載した機動兵器を身に纏った仲間の事が心底羨ましいと感じていた。

(「――自分で助けに行けない事、悔しいんだろうな」)

 レオン・マクタビッシュ(gb3673)の脳裏には、自分たちに指令を下した中尉の姿。
 彼女のためにも、必ずや生存者を救出してみせる――レオンはそう決意を固めていた。

「‥‥一人でも多く助けられれば良いのですが‥‥」

 憂うように眉を寄せ、石動 小夜子(ga0121)が呟く。
 だがそんな彼女に向かってオリガ(ga4562)が口を開いた。

「――でも、欲張って全員を助けるために余計なリスクを背負うくらいには‥‥助けたいような気がします」
「――そう、ですね‥‥気弱な事を言っていては駄目ですね」

 オリガの言葉に石動が頷く。
 一丸となった決意の下、能力者たちを乗せた装甲車は進んでいった。



 そして雪霞の向こうに基地の影が姿を現す。
 正面のゲートには朧気ながら複数の蠢く影が見える。

「――それでは行きます!! 皆さん掴まって!!」
「お願いします。邪魔な敵は任せて下さい」

 運転席の兵士が能力者たちに呼びかけ、瓜生が上部のハッチを開けて兵員室の上に立つ。
 勢い良く装甲車が進み、ゲートへと突っ込んでいく。
 その行く手には先ほどの影――ボロキレのような衣服を纏った肉人形たち。
 瓜生はその一体一体をエネルギーガンで正確に撃ち貫いた。


 時に瓜生が仕留め損なったキメラを撥ね飛ばしながら、装甲車は基地の東側に位置する格納庫へと辿り着いた。
 そこでウェスト、瓜生、オリガの三人が降りる。
 装甲車は間を置くこと無く、次の目標――基地中央の司令部へと向かっていく。

「それじゃあ、お願いします!!」
「まかせたまえ〜」

――三つある格納庫はハッチが開け放たれ、あちこちの窓が割られていた。
 だが、情報によると取り残された兵士がいるという。
 例え可能性が小さくても、放っておく訳にはいかなかった。
 三人はまず離れた場所から格納庫を観察する。

「――見た所、敵はいないみたいですね」
「そのようだね〜」
「ではドクター、オリガさん。手筈通りに」

 瓜生の言葉に互いに頷き合うと、三人はそれぞれ担当する格納庫へと近づいていった。


 格納庫の中は吹き曝しになっており、外と同じようにブリザードの猛烈な冷気が襲い掛かってくる。
 まつ毛が、フードから毀れた前髪が凍りついていく。
 オリガはかじかむ手を解すように、銃を握り締めた。

「‥‥時間は、かけられませんね」

 辺りを見渡すと、あちこちに破壊されたKVや車両が放置されている。
 どれも冷気に晒され、あちこちから氷柱を垂れ下げていた。

「――!?」

 だがオリガの鋭い目は、その中に一つだけ窓の凍り付いていない車両の姿を見つける。
 そして車の中には明らかに「誰か」の気配。
 「生存者発見」の連絡を二人に入れると、オリガはすぐさま両の手の銃を構える。

――何故なら、車の周りを五体のキメラ達が取り囲んでいるのだ。

 肉人形たちは既に車の中の「誰か」に気付いている――ぼやぼやしている時間は無い。
 オリガはブラッディローズと真テヴァステイターの引き金を同時に引く。
――氷の嵐の中に銃声が轟いた。



 一方、装甲車は司令部の前に辿り着いていた。
 そして視界の及ぶ範囲から正面入り口を窺う――そこには十数体もの肉人形達がひしめいている。

「正面は無理みたい‥‥急がないと、まずいね」

 忌咲は運転手に装甲車を司令部側面の入り口に付けるように指示を飛ばす。
――運良く肉人形たちと鉢合わせする事無く、程無くして側面入り口に辿り着く装甲車。
 そこにも同じくバリケードが築かれ、肉人形が取り付いているが、その数は正面程では無く、何とか少人数でも対応可能だ。
 何が起こるか分からない屋外での戦闘は出来るだけ避けたい所だが、奴らを倒さない限り、バリケードに穴を開けて司令部に進入することは不可能。
 そう判断すると、忌咲、高坂、キムムの三人は装甲車のハッチを開けて飛び出した。
 その瞬間、猛烈な冷気が彼らの体に叩きつけられる。
 あっという間にパキパキと音を立てて服や髪の毛のあちこちが凍り付いていく。

「――っ!!
 寒いけど弱音は吐いてられません。あの人たちはもっと寒いのですから」

 キムムは歯を食いしばって寒さに耐えると、コンユンクシオを手に走る。
 忌咲と高坂もそれに続いた。


 三人に気付いたキメラ達が、血肉を求めて襲い掛かった。
 忌咲の超機械一号から放たれた電撃が、手近な一体の体液を沸騰させる。
 すかさずキムムが駆け寄り、大剣を振りかぶった。
――そこに生まれる躊躇。

(「こいつら‥‥今は異形のものとはいえ、元はと言えば人間‥‥」)

 大体、目の前にいるキメラに付いている顔は、まだ年端もいかぬ少女のものでは無いか?
――キムムは一瞬だけ目を閉じ、かっ!! と見開く。

「だが‥‥その哀れなマリオネットの糸、今断ち切ってやる!!」

 心の中で祈りを捧げると、キムムはスキル・豪破斬撃を使い、大剣を一気に振り下ろした。
 衝撃と共に少女の首が、異形の体から切り離される。
 そこに高坂が超機械αを炸裂させ、肉人形の体は炭の塊と化した。
 続けてもう一体へと踊りかかる三人――不意にその視界が真っ白に染まる。

「これは――!?」

 ホワイトアウト――地面の雪が風で巻き上げられ、作り出された白い闇だ。
 敵の位置、互いの位置はおろか、自分がどちらに向いていたかも分からなくなる。

「二人とも!! 大丈夫ですか!?」
「周りが見えないって、すっごく不安だよ‥‥――!!」

 眉根を寄せる忌咲は、側面から近づく凄まじい殺気に振り向く。
 そこには自分の喉笛目掛けて顎を開く、老人の姿をした肉人形。
 咄嗟に身を引くが、寒さで思うように体が動かない。
 肩口に歯が食い込み、ブチブチと肉が千切られていく。

「――うぅっ!!」

 痛みに耐えながら、ゼロ距離で放たれた電撃がキメラの体を焼く。
 怯んだ所を突き飛ばし、更に電撃を浴びせて止めを刺す。
 肩の傷は思いの他深い――忌咲は改めて屋外で戦う事の不利を痛感した。


――数分後、三人はホワイトアウトの中でも襲い掛かってくる敵に苦戦しながらも、何とか側面入り口の掃討に成功していた。


 頑丈なバリケードにどうにか小さな穴を開け、三人は司令部の内部に入ることに成功する。
 瞬間、彼らに物陰から銃口が次々と突きつけられた。
 咄嗟に高坂が両手を挙げて、物陰に隠れる兵士たちに呼びかけた。

「待って下さい!! 自分たちはULTから派遣された能力者です!!」
「――何だって!!」
「こんな状況で良く助けに‥‥感謝する!!」

 数人の兵士たちが姿を現し、口々に驚きと感謝の言葉を叫ぶ。
 彼らの誰もが、あちこちに包帯を巻き、そこから血を滲ませていた。

「――重傷者の所に案内して下さい。すぐに治療を行います!!」



 そして残る石動とレオンを乗せた装甲車は、西側の発電施設へと辿り着く。
 ここを復旧させ、暖房器具が再び使えるようになれば、基地脱出までの時間をかなり稼げる筈だ。

「――レオンさん、装甲車はお任せします」
「分かりました!!」

 装甲車の護衛をレオンに任せ、石動が修理器具を片手に発電施設の中に入っていく。
 エンジン音につられて、数体の肉人形たちが吹雪の中から姿を現す。
 レオンはS−01とシエルクラインを手にすると、装甲車の前に立ち塞がり銃弾の嵐を見舞う。
 一体のキメラがあっという間に蜂の巣に変わった。

「うおおおおおおっ!!」

 自分がしくじれば脱出の足が失われ、生存者はおろか、仲間たちも生きては帰れない。
 そのプレッシャーに潰されないように、そして寒さを打ち払うようにレオンは吼えた。


「――ご武運を!!」

 兵士は二人を見送ると、いつでも車を発車出来るようにエンジンを吹かし、体をひたすら温めていた。
 凄まじい寒さに飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止める。
――兵士もまた、静かで孤独な戦いを演じていた。


「――大分、荒らされていますね」

 石動は図面に従って配電盤のある部屋へと駆けていく。

「司令部への回路が破壊されていなければ良いのですが‥‥」

 運良く敵に遭遇することも無く、無事目的の部屋へと辿り着いた。
 見れば、部屋の中は激しく荒らされているが、回路自体への損傷は驚くほど少ない。
 周囲の安全を確認すると、石動は直ちに作業に取り掛かった。


――数十分後、石動の目の前には殆ど元の姿を取り戻した配電盤の姿があった。
 スイッチを入れると、重々しい音と共に発電機が息を吹き返す。
 これで司令部への最低限の電力供給が行われる筈だ。
 しかし急いで戻ろうと廊下に出た石動の目の前に、肉人形が次々と姿を現した。
 おそらくは発電機の音に誘われたのだろう。

「――ともかく、時間をかけてはいられませんね‥‥」

 石動は腰から蝉時雨を抜き放ち、キメラ達目掛けて鋭い突きを放った。



 負傷者の集まる司令部の会議室で治療を行っていた忌咲たちの頭上で、蛍光灯が灯る。
 同時に施設のあちこちの暖房器具が再び動き出した。
 そして同時に通信機から聞こえる石動からの発電施設復旧の報。
 兵士たちの表情が目に見えて明るくなった。

「――裏口で装甲車と合流します!! 移動しながら体の冷え切った人を温めて下さい!!」

 高坂が動ける者に指示を飛ばし、忌咲が治療し、キムムがアルコールストーブで温めた飲み物を凍えた者たちに配っていく。

「付け焼刃かもしれないけれど、これで温まって下さい」
「――お〜っとキムム君、急に温めるのは止めておきたまえ〜」

 高坂の呼びかけに注意を入れる声――そこにはウェストと、オリガ、瓜生の姿があった。
 そして彼らの後ろには救出に成功した四人の生存者。
 かなり衰弱はしているものの、辛うじて意識は保っている。
 三人は格納庫に置き去りにされた者達全員を救出する事に成功していたのだ。

「ドクター!! それに皆さん!! 無事だったんですね!!」
「生憎と一杯一杯ですけどね」
「‥‥けれど、何とか生存者を見つける事が出来ました」
「それにサンプルも豊富に回収出来たから、収穫だね〜」

 喜びの声を上げるキムムに、疲れ切った声で瓜生とオリガが応え、ウェストも相変わらず妖しい笑みでサンプルボックスを示す。
 見れば三人とも体中にかなり深い傷を負っていた。
 格納庫からここまで向かう間に、生存者を庇いながら、幾度もブリザードとホワイトアウトに晒されつつ戦闘を行っていたのだ。
 だが、ともかくこれで装甲車から分かれていた者たち全員が揃った事になる。
 能力者たちは生存者を重傷者から先に裏口へと移動させていった。


 裏口付近に生存者たちを移動させるのとほぼ同時に、裏口に装甲車が到着して横付けする。

「――重傷者から先に乗り込んで下さい!!」

 能力者たちは時に誘導し、時に搬送を手伝いながら、テキパキと装甲車に乗り込ませていく。
――半分ほどを収容した所で、周囲を警戒していた石動が警戒の叫びを上げる。

「‥‥皆さん、急いで!!」

 見れば、前方から無数の肉人形の群れが突進してきていた。
 食い止めなければ、その結果は明白だ。

「させるかっ!!」

 能力者たちは津波のように襲い掛かるキメラ達の前に、防波堤のように立ち塞がった。
 集団の前方に石動がS−01を乱射して怯ませると、そこにキムムが切り込み、薙ぎ払う。
 瓜生とウェストがエネルギーガンを放ち、高坂と忌咲が武器を強化し、傷を癒す。

「――ふ〜む、FFの強度も攻撃力も並程度かね。
 ホワイトアウト下でも襲い掛かってくるのは厄介だが、所詮はその程度だね〜」

 そしてウェストは、キメラを分析することも忘れない。
 襲い掛かってきたキメラ達も次第に数を減らし、あと数人で収容が完了する。
――その時、辺りを白い闇が包む。
 再び、ホワイトアウトが起こったのだ。

「こんな時に‥‥だけど!!」

 ホワイトアウト前に周囲を見回した時は前方から迫ってきたキメラ達以外に、敵の姿は無かった。
 目の前のキメラ達を通さなければ問題は無い――能力者たちは慌てずに武器を振るう。

「うわあああああああっ!!」

 だがそんな彼らを嘲笑うかのように、生存者の列から悲鳴が上がる。
――白い霧が晴れると、そこには肉人形に組み敷かれる数人の兵士。

 敵は、能力者の誰もが警戒していなかった建物の上から飛び降り、襲い掛かったのだ。

「このおっ!!」

 忌咲を始めとした近くにいた能力者の手によって、すかさず肉人形は屠られたものの、三人の兵士が深手を負ってしまっていた。

「――全員収容しました!! 皆さんも早く!!」

 運転席から兵士が叫ぶ。
 キメラ達を近づけないように後退すると、装甲車に乗り込む能力者たち。
 ハッチが閉められると、装甲車はキメラ達の合間を縫うように走り出す。


――装甲車が基地を脱出した数分後、連絡を受けたUPCのKV隊が爆撃を開始する。
 基地はフレア弾の爆炎に包まれ、キメラ達ごと焼き払われた。


「――しっかり!!」

 兵員室の中では、忌咲と高坂、ウェストらによって負傷者の懸命な治療が行われていた。
 しかし、収容の際にキメラに襲われた者の一人の怪我は深く、その体はどんどん冷たくなっていく。
――それは二度と温もりの帰らぬ永遠の冷たさ。
 そして、次第に吐息も小さくなっていく。

「‥‥」

 傷口を抑えていた忌咲が、無言で首を振る。
 けれど、その兵士は彼女に向かって懸命に腕を上げた。
 ひゅうひゅうと喉を鳴らして、呟いたのはたった一言。

「‥‥バグアに、勝ってくれ‥‥」

 それだけを伝えると、兵士は事切れた。

「‥‥約束します、必ず――」

 彼の目をそっと閉じてやりながら、石動は一粒涙を零した。


 エリシア・ライナルト第二十二次報告書:
 壊滅状態のロシア戦線基地から、三十四名の生存者を救出する事に成功。
――しかし内一名が、搬送中に死亡。