タイトル:勇気、振り絞る時マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/11 23:18

●オープニング本文


 雨の降りしきる山中の一角に、黒煙が上がっていた。
 そこには木々の合間に隠れるように、飛行機の残骸が散らばっている。
 瓦礫の一つが音を立てて動き、中から傷だらけの少年が姿を現す。

「――う‥‥うぅ‥‥」

 少年――ロバート・サンディは朦朧とした意識を、頭を振って覚醒させようとした。
 その瞬間全身を駆け巡った激痛に身を捩る。
 見れば体のあちこちに裂傷が走り、息をする度に鈍痛が走る――何処かが折れているのかもしれない。
 だが、幸か不幸か痛みのおかげで意識は晴れた。

「‥‥一体、何が‥‥?」

 ロバートは頭の中を整理し始める。
 フランスで行われる予定だった兵士達への慰問に出席するため、チャーターした小型機で目的地へ向かっていたら、突然現れた巨大な鳥みたいなものが襲ってきて――、

「‥‥っ!! そうだ!! 皆は!?」

 一緒に乗っていたスタッフ、そして操縦士たちの事を思い出し、辺りを見回す。
――探す必要も無かった。
 自分以外に動く影は無く、あちこちには『人だったパーツ』が散らばっていた。

「うっ――!!」

 胃液が逆流し、ロバートはその場に蹲りながら吐く。
 意識を失う前には、あんなに楽しそうに笑っていたのに――目から、自然と涙がこぼれ出る。

――しかし、ロバートはその涙を拭くと、怪我した体を引き摺りながら歩き出した。

「‥‥皆のためにも‥‥生き延びるんだ‥‥!!」




――その日、イギリスの芸能界に衝撃が走った。

『二日前、イギリスのアクション俳優ロバート・サンディを乗せた小型機が墜落。
 現在、彼を含めて十数人の乗客が行方不明』

 救助をしようにも、現場は容易には足を踏み入れる事が出来ないような深い森の中。
 しかも、キメラの目撃例も多く、大人数の人員を派遣する事は出来ない。
 そして現地の連日の悪天候――ニュースを聞いた誰もが、ロバートの生存を絶望視していた。




 いつも喧騒に満ち溢れたスタジオ・トンプソンも、まるで時が止まったかのように静まり返っている。
 ニュースを聞いたその場にいるスタッフ全員が、沈痛な表情を浮かべていた。
 中には、泣き出してしまう者もいる。
 誰もが絶望に打ちひしがれる中、只一人、監督であるリカルドは違っていた。

「‥‥ULTに連絡を入れろ。ロバートの救出を依頼する」
「で、でも‥‥ロバートは、もう――」

 スタッフの言葉は、リカルドの鉄拳によって遮られていた。

「黙れっ!! あいつは生きてる!! それを俺たちが信じないで、誰が信じるんだ!?」
「――はいっ!!」

 赤く腫れた頬を押さえながら、スタッフの青年は駆け出して行く。
 それを見送ったリカルドは、一人椅子に座り込んだ。
 その目からは止め処なく涙が零れていた。

「‥‥頼む‥‥どうか無事でいてくれ‥‥ロバート――!!」



「はぁ、はぁ‥‥」

 リカルドが祈ったその時、ロバートは木々の間を必死に駆けていた。
 その彼を追いかける複数の影たちは、狼の姿をしたキメラだ。
 不安定な足場に気を取られている間に、キメラの振るった爪がロバートの足を浅く切り裂いた。
 鋭い痛みに足が止まり、もんどり打って転ぶ。
 蹲ったロバートをキメラ達は取り囲み、じりじりと距離を詰める。
 ロバートはガタガタと震えながら、少しでもキメラから遠ざかろうと後ずさった。

(「怖い‥‥怖い‥‥怖い!!」)

 演技では無い本物の殺気に囲まれ、ロバートの心は、今にも折れそうになる。

――不意に固い物が手に触れた。

 見下ろせばそこには、ポケットから零れたお守り代わりのメタルグローブ。
 それは、能力者のための武器――ロバートの震えが止まる。

――そうだ、僕は能力者。

 立ち上がり、グローブを手にはめる。
 戦いのためでは無く役者として、この力を使おうと決めていた。
 だけど、まだ僕は死ねない――死ぬわけにはいかない。
 臆病者だし、碌に戦えもしないけれど――、

「僕は――人類の希望になるんだ!!」

 ロバートは高らかに吼え、拳を打ち合わせる。
 そして目の前の、生まれて始めて退治する『敵』に向かって構えた。

「――来い!!」

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
威龍(ga3859
24歳・♂・PN
常夜ケイ(ga4803
20歳・♀・BM
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
サルファ(ga9419
22歳・♂・DF
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

 霧雨はいつしか大粒の雨となり、空には稲光が走る。
 現場の天気は最悪と言っても良い状態にまで悪化していた。

「こ、これ以上は危険ですが‥‥それでも行きますか!?」
「例え確率が低くとも、救助を待っている者がいる以上出動するのは当然だろう。
 一人でも多くの人命を救うように最善を尽くそうぜ」

 不安げな声を上げる操縦士に、威龍(ga3859)が声を返した。
 彼の表情には不安など欠片も無く、ただ目の前にある命を助けようという決意が満ちている。
 それを見た兵士は同じように覚悟を決め、更に速度を上げた。
 最早飛行は困難な状況――だが、能力者達を乗せた高速艇は、ひたすら駆ける。
――今にも消えようとしている命を助けんが為。

「‥‥小型機墜落‥‥生存状況は‥‥厳しい‥‥か‥‥。
 ‥‥けど、ロバートさんが‥‥能力者であるなら‥‥もしかしたら‥‥」
「ロバートさん、皆さん‥‥無事でいて下さい」

 報告書に記載された現場の状況を見ながら、幡多野 克(ga0444)とファブニール(gb4785)が呟く。
 キメラの生息地のため、現場写真は上空からの撮影したもののみだったが、墜落した小型機は原型を留めないほどに破壊されており、火災が起こった痕も見受けられる。
 しかも連日のこの雨‥‥最悪の状況を想像するには十分過ぎた。
 だが、能力者達は決して希望を捨てようとしない。
 ロバートが能力者になる以前からの知人であるロジー・ビィ(ga1031)と、常夜ケイ(ga4803)もひたすら彼の無事を祈っていた。
 そしてこの悪天候の中、窓の外を監視し続ける者もいる。
 シーヴ・フェルセン(ga5638)と御沙霧 茉静(gb4448)の二人だ。

「――!!」
「何か見えましたか‥‥シーヴさん?」

 不意に、シーヴが何かに気付いた。

「あの辺り、一斉に鳥が飛び立ちやがったです。この雨の中?」

 御沙霧は彼女の視線を目で追った。
 風雨に紛れて殆ど分からないが、そこには確かに乱れて飛ぶ鳥の群れ。
――まるで、何かに追われているようにも見える。
 直後――その場所を白光が照らし出した。

「‥‥雷? それにしては規模が‥‥」
「‥‥!! そうだ‥‥確か情報だと‥‥!!」

 ロジーの言葉に、幡多野が手にした報告書を慌てて捲り始める。
 そこには、この付近で目撃されたキメラの情報があった。
 能力者達は一斉にページを覗き込む。

「ウルフと‥‥あった!! ガルーダの能力は‥‥強力な電撃ブレス!!
 不味い――操縦士さん、急いでくれ!!」
「了解!! このすぐ先です!! 着陸スペースは無いので降下して下さい!!」

 サルファ(ga9419)が慌てて叫ぶ。
 予想が正しければ、あの場所にキメラが攻撃を仕掛ける何かがある。
 能力者達は降下ポイントに着くまで、必死に焦る心を抑え付けた。




「‥‥これは、何て事を!!」

 ファブニールが怒りで拳を固く握り締める。
 高速艇から降下し、墜落機周辺の捜査を開始した一行だったが、そこには凄惨な光景が広がっていた。
 未だに燻り続ける燃料に引火した炎、そしてそれに焦がされた肉の臭いが辺りに満ち、あちこちには「かつて人間であったパーツ」が散乱している。

――そして、そのどれもが無残に食い荒らされていた。

「酷ぇ状況でありやがるですね‥‥。一体何人生き残ってやがるのか」
「諦めちゃ駄目です!! 絶対乗客達は‥‥ロバート君は生きてます!!」

 眉を寄せながらのシーヴの呟きに、常夜が頭を振る。
 勿論、シーヴ自身諦めた訳では無い。
――無事を信じる人々の為にも、何としてでも助けてみせる。
 瓦礫を注意深く取り除き、懸命に捜索を続けていった。




「皆、こっちに‥‥!!」

 不意に墜落機周辺を捜索していた御沙霧が声を上げる。
 御沙霧の足元には、分かりにくくなってはいるが人の足跡があった。
――たった一人分だが、確かに森の奥まで続いている。

「確かこの先には‥‥!! 行くぞ常夜!!」

 高速艇から見たあの雷光は、確かこの方角だった筈だ。
 威龍がペアである常夜に呼びかけ、一目散に森の奥へと駆けていく。
 ロジーとサルファがそれに続いた。

「‥‥僕達も‥‥急がないと‥‥!!」
「――いや、シーヴ達は先に、こっちを片付ける必要がありやがるみたいです」
「‥‥確かに、そうみたいだね‥‥」

 幡多野の髪が銀、そして瞳が金に染まり、月詠を抜き放つ。
 シーヴの手にルーンが浮かび上がり、瞳が真紅に染まる。
――直後、甲高い鳴き声と共に風が巻き上がった。
 見上げれば、そこには巨大な大鷲のようなキメラ・ガルーダの姿。
 おそらくはここにある「餌」を喰らうため、そして新たな獲物の匂いにつられて来たのだろう。
 まだ墜落機の残骸の中に生存者がいるかもしれない、たとえ遺体であっても待っている人はいるかもしれない。
 そのような人々が一人でもいるならば、引き下がる訳にはいかない。

「守ってみせる!! 一歩も引くものか!!」

 ファブニールは決意と共にグラジオラスを引き抜いた。
 それに気付いたガルーダは威嚇しながら急降下し、電撃を吐き出す。
 それをかわしながら、能力者達は果敢に切り込んだ。




――一方、森に入った四人は思いの他深い森と、不安定な足元に悪戦苦闘していた。
 サルファが泥濘に足を取られ、悪態を吐く。

「くそっ‥‥ロジーさん!! 方角はこっちで合ってるんだよな!?」
「ええ、間違いない筈ですわ‥‥でも、これでは‥‥」

 ロジーが手にした方位磁石を見ながら頷く。
 だが、高速艇から見えた場所はあくまで大まかなものであり、正確な位置は完全には特定出来ていない。

「おーい!! 誰かいないか!? 助けに来たぞ!!」

 威龍が叫ぶが、それは雨粒に吸収されて中々遠くまでは響かない。
 しかもこの広く、鬱蒼とした森の中である。捜索はかなり難航していた。
 急がないと――焦る一行の中、常夜は一人立ち止まる。

「――常夜?」
「‥‥この歌を、生きていると信じるあの人に捧げます‥‥答えて!!」

 大きく息を吸うと、朗々と常夜は歌い出した。
 歌手である彼女の声は、雨にも、風にも負けずに森の中に響き渡る。
 生存者に、そして自分に懐いていた役者の少年に届けるために、常夜はただ歌った。




――気付けば、ロバートは横たわっていた。

「う‥‥」

 体中が痺れと痛みで悲鳴を上げている。
 見れば、傍らの木と自分の腕が黒々と焦げていた。
 それを見たロバートは、おぼろ気に自分が飛行機を襲った雷に打たれたのだと悟る。
 頭は朦朧として、体は鉛のように重い。体を起こす事はおろか、指一本動かす事が出来ない。

――グルルルル‥‥

 そんなロバートに、ウルフ達が迫る。
 最早彼が抵抗する力が無いと悟っているのだろう、その動きは至極ゆっくりとしたものだった。

(「‥‥僕は‥‥死ぬの‥‥?」)

 怖いとも、悔しいとも思えなかった‥‥そんな事を考えられないほど、ロバートは疲れ切っていた。

――もう、目を閉じよう‥‥閉じて、楽になろう。

 心が折れれば、後は早かった。
 ロバートの意識は、あっという間に闇の中に――


『――答えて!!』


「――え?」

 落ちかけた瞼が開かれる。
 歌が聞こえた――この嵐の森の中に。
 この声‥‥そしてこの歌は‥‥。
 自分が憧れ、能力者になるきっかけを作ってくれた人達の中にいた、あの人のもの。
 風雨を越えて聞こえる歌が、ロバートの四肢に染み渡り、力が漲る。

(「そうだ‥‥僕は――!!」)

――あの人達に会って‥‥成長した自分を‥‥見せるんだ!!

「うおおおおおおおおっ!!」

 自分を食い千切ろうとするウルフの顎を、ロバートの拳が粉砕した。
 続けて飛び起き、拳を固めて鉄槌を脳天に叩き付ける。
 ウルフの頭が叩き潰され、ロバートの拳が真っ赤に染まった。
 再びを握り締め、ぬかるむ足元の泥を跳ね飛ばすような震脚、そして咆哮。

――僕は、ここにいる!!

 突然息を吹き返した獲物に、一瞬狼狽えたウルフ達だが、即座に態勢を整えて一斉に飛び掛ってきた。
 覚悟を決めつつも、迎え撃つロバート。
 だが、彼の前に二つの影が遮るように飛び出した。

「――良くやった、後は任せておけ」
「ロバート、助けに来ましたよ!!」

 言うが早いか二つの影――威龍と常夜はウルフに向かってディガイアとイアリスを叩き込んで葬り去る。

「‥‥の、能力者‥‥それに常夜さ――!?」

 呆気に取られ、驚きの表情を浮かべるロバート。
 緊張の糸が切れたのか、膝から崩れ落ちようとした所をロジーが抱きとめる。

「ロバート! 良くご無事で‥‥」
「ロジーさんまで‥‥何でここが‥‥?」
「説明は後ですわ‥‥来ますわよ」

 ロジーは合図の照明銃を打ち上げ、ロバートの体を木にもたれかけさせると、二刀小太刀「花鳥風月」を抜き放った。
 そして空を見上げる――そこには、口から紫電を漏らす巨鳥の姿。
 ロジーの表情は覚醒の影響で能面のようだったが、彼女の心はロバートをこのような姿にした敵への怒りが渦巻いていた。

「行くぞお前等‥‥覚悟は出来てるだろうな!?」

 サルファがウルフ達を睨みつけながら得物を抜き放ち、突進した。




 空に上がった照明銃の轟音と閃光を、墜落現場の四人は見逃さなかった。

「あの合図‥‥見つけたみたいね‥‥」
「急ぎましょう!!」

 ガルーダの急降下をかわしながら、御沙霧は渾身の力を込めて天照を振りぬいた。
 フェンサーのスキル・スマッシュ――無数の羽毛と血が飛び散るが、羽を切るには至らない。
 だが、一瞬だがガルーダのバランスが崩れた。

「――さっさと落ちやがれです!!」
「‥‥狙い打つ!!」

 そこに幡多野のスナイパーライフルとシーヴのソニックブームが炸裂した。
 羽を打ち抜かれ、切り飛ばされたガルーダが落下する。

「てあああああっ!!」

 そして、気合と共にファブニールが振るったグラジオラスが、ガルーダの首を空中で叩き落した。



 ガルーダと対峙するロジーを庇うように、サルファが一歩進み出る。
 飛び掛るウルフの牙を盾で受け止めると、サルファは強引にウルフの体を地面に叩き落す。

「こういう使い方もあるんだよ」

 そして手にした剣――GBS−02 ライオンハートを振り下ろすと同時に「引き鉄を引いた」。
 まるでリボルバーのようなシリンダーのついた柄から伝えられたエネルギーが、剣の背から圧縮空気として吐き出される。
 それは斬撃の勢いを爆発的に高め、ウルフの胴体を真っ二つに両断した。


 威龍に飛びかかるウルフ――だが、爪を振り下ろした先に既に彼の姿は無い。

「――どうした? 俺はこっちだぞ?」

 スキル・疾風脚を発動させた威龍の速さに、完全に翻弄されるウルフ達。
――その混乱が収まる前に威龍は飛び掛った。
 続けざまに鉄の爪が閃き、急所突きによって貫かれたウルフの臓物が飛び散り、血の赤を雨が洗い流していく。

「どきなさいっ!!」

 常夜のイアリスに込められたスキル・獣突の力がウルフを吹き飛ばす。
 木の幹に激突した所に追い討ちとばかりにS−01が放たれ、ウルフは断末魔の叫びを上げながら斜面を転がり落ちていった。


 頭上から降り注ぐ雷のブレス――だが、ロジーは怯む事無くかわしていく。
 そして急降下しての爪と嘴の一撃を、両手の花鳥風月が悉くいなした。

「‥‥甘いですわっ」

 お返しとばかりに、繰り出された嘴と爪を逆に切り裂いていく。
 顔と足をズタズタにされたガルーダは、堪らず空へと飛び上がる――だが、逃げる事は叶わない。
 追撃の紅蓮衝撃による赤を纏った衝撃波・ソニックブームによって、ガルーダの体は細切れになっていた。


――暫くして、森の奥から現れたウルフ達の増援も、駆けつけた幡多野達の手によって屠られ、キメラ達は完全に掃討される事となった。


 戦いが終わり、能力者達の手によってロバートの応急処置が施される。
 憔悴しきったロバートに、幡多野が優しく声をかける。

「‥‥ロバートさん‥‥傷‥‥大丈夫‥‥? もう‥‥何もかも終わったから‥‥」
「は、はい‥‥み、皆さん‥‥あ、りがとう、ございます‥‥」
「無理に喋らないでも宜しいですわよ?
 今はゆっくりとお休みになられると良いですわ」
「寒かったでしょう? これをどうぞ。温まりますよ」

 ロジーの言葉にロバートは大人しく従い、サルファが差し出したココアをゆっくりと飲み干した。
 命に別状は無いものの、彼の傷は非常に深く、疲労も激しいためすぐに病院へ運ぶ必要があった。
 幡多野がロバートを運ぶのを申し出、能力者達は墜落地点へと戻っていく。

「ロバートさん‥‥、貴方も侍の心を持っているのね‥‥」

 あれだけの数のキメラに一人で立ち向かったロバートに、御沙霧は一人、感嘆の声を上げた。


 墜落地点に戻った能力者達は、続いてロバートの他の乗客達の捜索を開始する。
 ロバートが生きていた以上、まだ生存者の可能性が残っているかもしれないからだ。

――だが、結果から言えば他の生存者はいなかった。

 一般人である乗客達は、キメラの攻撃と墜落の衝撃、そして火災と数日に渡る雨に耐え切る事が出来なかったのだ。
 それを知らされたロバートの顔は、まるで陶磁器のように真っ白だった。
 覚悟はしていた――けれど‥‥けれど‥‥。
 ロバートの眼から、雨で洗い流す事が出来ないほどの涙が溢れ出す。

「‥‥皆‥‥直前まで、あんなに笑ってたのに‥‥あんなに‥‥楽しそうに‥‥」
「ロバート‥‥」

 常夜が、優しくロバートの背に触れる。
 彼の体は震えていた――寒さでは無く、悔しさとやるせなさによって。

「――今回の仕事‥‥僕の我侭だったんです‥‥戦場の人達を励ませたらって‥‥。
 僕が‥‥僕が‥‥皆を‥‥」

 沈んでいくロバートの肩を、ファブニールが強く掴む。
 そしてロバートの心を奮い立たせるように揺さぶった。

「辛くて苦しいでしょう‥‥今は泣いて叫んでも! 亡くなった方達のためにも、立って前に進んで下さい! お願いします‥‥」

 そう叫ぶファブニールの眼にも、僅かに涙が溜まっていた。
 彼も死んでいった人々に対して、強く胸を痛めているのだ。
 それが分かったからこそ、ロバートは彼の言葉を受け入れる事が出来た。

「う‥‥うぅ‥‥うわあぁぁぁぁっ!!」
「‥‥」

 森の中に、ロバートの泣き声が木霊する。
 ロジーは黙って彼をそっと抱きしめるのだった。




――高速艇が、再び空を駆ける。
 空は先程までの嵐が嘘のように晴れ上がっていた。
 それを眺めながら、威龍は傍らのロバートに語りかける。

「――お前だけでも救えたのは不幸中の幸いだった。
 お前のすべき事は失われた命の為に恥じる事無く生きる事だからな。
 ‥‥それを忘れるなよ」
「――はい」

 泣きはらした目で、けれどしっかりと前を見据えながらロバートが答える。
 それを見て、威龍は満足げに頷いた。
――何故ならその瞳には、確かな意思の力と、光が込められていたから。