●リプレイ本文
霊園へと向かう高速移動艇の中で、シェスカ・ブランク(
gb1970)は初の実戦に緊張し、そわそわと落ち着かないような表情で仲間達に挨拶をした。
「はじめまして。ドラグーンのシェスカです」
そんな彼の門出を祝うように、七人の傭兵達はにこやかな顔で迎えた。
現場到着の時刻が近付くにつれ、皆の話題は自然と今回の目標に関する物になっていった。
「墓を荒らすキメラ‥‥。目的は一体なんでしょう?」
「人型のキメラ‥‥。データを見る限り‥‥手強そうな‥‥相手だね」
眉を寄せて考え込みながらティーダ(
ga7172)が、淡々とした口調で幡多野 克(
ga0444)が口を開く。だが、皆の関心は今回の依頼の「もう一つの目標」に向けられていた。
「‥‥キメラを‥‥埋葬‥‥? 何だろう‥‥少し‥‥気にかかる‥‥けれど」
「確かに、そうですね」
幡多野の言葉に、瓜生 巴(
ga5119)が頷く。
この依頼の説明を受けた時に、エリシアから付け足されるように告げられた『目標キメラ殲滅後の埋葬』
それは明らかに通常のキメラ討伐とは一線を画する、奇妙な条件だった。
ヴィー(
ga7961)はその時のエリシアの様子を思い出し、ぽつりと呟く。
「‥‥あの人――エリシアさん、まるで今回の対象の事を知ってるような感じでしたね」
傍らの木花咲耶(
ga5139)も彼女と同じ事を考えていた。
彼女――エリシア・ライナルト中尉は、何かを知っているのかもしれない‥‥だとしたら、キメラは一体何者なのか?
暫く議論が続いたが、それを絶斗(
ga9337)が遮った。
「あのキメラが何者なのか今は関係無いし‥‥その後の事は倒してから考えりゃいい」
確かに、今はこれ以上被害が出ないように、キメラの活動を止める事が先決だ。
紅 アリカ(
ga8708)も彼の言葉に無言で頷き、その考えに同意する。
そして程なくして高速移動艇は霊園の前に降り立ち、傭兵達はキメラを待ち構えるために行動を開始した。
ティーダがキメラの進行ルートや周辺の情報を集めている間に、瓜生は霊園中を一望できる高台に、日差しを避けるためのテントを張り、双眼鏡を使って周囲の監視を行う。
他の者達は、霊園を定期的に見回りする。
しかしその中で絶斗は一人不満げな表情をしていた。何故なら自分が考えていた作戦の用意が無駄に終ったからだ。
彼は墓地の四方に柱を立て、キメラに空中から攻撃を加えようと考えていたのだが、霊園は現在UPCの管轄下に置かれており、戦闘以外で霊園を傷つける事は許可されなかったのである。
「くそっ!! 俺の空中殺法が封じられるとは‥‥」
「‥‥ここ、斜面になってるんですから、それを使えば良いんじゃないですか?」
「うっ‥‥」
紅の冷静な突っ込みに、絶斗は二の句を継げなくなる。
そんな二人を見ていたシェスカは思わずぷっ、と吹き出す。
彼の身を固くしていた緊張は、いつの間にかほぐれていた。
――しかし肝心のキメラは姿を現さず、日は既に傾き、西の稜線は紅く染まっている。
この時、誰もが戦いは闇夜の中になると確信した。
誰そ彼‥‥黄昏――初めに誰が言ったのか、言い得て妙である。
昼は何処かのどかさを感じられるようだった風景も、この時間になって存在感を増し、皆にこの場所が霊園である事を再認識させる。
「うう‥‥お化けかなにか出そうですよ‥‥」
ヴィーが思わず呟き、ぶるっ、と体を震わせる。
懐中電灯で辺りを注意深く照らしながら歩く幡多野は、暗視スコープの申請が許可されなかった事を懸念していた。
近くに人里があるとはいえ、山奥である事から予想以上に暗い。
このままだと、己の手元を見る事すら危うくなりそうだ。
一度集合した方が良い――そう考えて、通信機に手を伸ばした瞬間、
――霊園に繋がる森の茂みが大きく揺れた。
静寂に包まれた霊園の中で、それは驚くほど大きく響いた。
幡多野は咄嗟に身を屈め、傍らの木花の方を振り返る。
彼女は幡多野の視線に無言で頷くと、手にしていたランタンに火を灯す。
「‥‥こちら幡多野‥‥目標が‥‥現れました‥‥」
――ずるっ‥‥ずるっ‥‥。
ゆっくりとした足取りで、両の手の剣を引きずりながら、キメラは現れた。
シェスカの喉がごくり、と鳴る。
(「――あれが、キメラ‥‥」)
知識では知っていたが、こうして間近でその禍々しい姿を見ると、改めて認識する。彼らが人類の敵だと言う事を。
思わず、傍らに置かれたバイクの形をした自分の「相棒」に目をやる。
AU−KV「リンドヴルム」――ドラグーン唯一にして最強の牙。
――まだ、これを装着する訳には行かない。
逸る心をひたすら抑えつけて、息を潜める。
「‥‥ォォオオ」
キメラはまだこちらには気付いていない。
およそ30メートル。能力者ならば、二息でたどり着ける距離だ。
だが、キメラの周りには未だ多くの墓石が立ち並んでいる。
ここは死者が眠る場所――その証である墓石を壊すつもりなど毛頭無い。
それがこの場にいる皆の総意だった。
霊園の中央にある広場。そこで不意にキメラが立ち止まり、跪く。
そして剣をスコップのように地面に打ち下ろし、墓の一つを掘り返し始める。
幡多野、木花が静かに抜刀。
瓜生、ヴィー、紅、そしてシェスカがそれぞれの得物のセイフティを解除する。
ティーダが爪を装着し、絶斗の手が拳を作る。
――今!!
エミタに搭載されたAIが、覚醒の撃鉄を弾いた。
ランタンを覆っていた布が剥ぎ取られ、ティーダを先頭に幡多野、木花、絶斗が駆ける。
ヴィーが練成強化を発動。仲間達の武器を強化する。
シェスカがリンドヴルムを人型に変形させ、瞬時に装着――ヘッドライトを点灯し、尾を引くような爆音を響かせながら突撃を開始した。
キメラが彼等に気付き、振り向いた瞬間、破裂音と共に空に白い光が浮かぶ。
ランタンの光だけでは心許ない、と判断した瓜生が打ち上げた照明弾だ。
それは奇しくもキメラの目を眩ませ、対応を遅らせる。
そこに、紅の真デヴァステイターの銃弾が連続して叩き込まれた。
「‥‥どこに帰りたいのか知らないけど、そんなに帰りたいのなら天に送ってあげるわ」
覚醒の副作用で饒舌になった彼女の口から流れる、冷ややかな言の葉。
「――ガアァァァッ!!」
彼女の声に答えるように体勢を整えたキメラが、剣を振り上げ、前衛の四人に向けて突進した。
――その剣に落ちる雷。
ヴィーのスパークマシンγから放たれた雷光だ。彼女の狙いである武器の破壊は成し遂げられなかったが、僅かにキメラの歩を遅らせる。
「‥‥!!」
「少しおとなしくしてくださいね」
その隙を見逃す幡多野と木花ではない。左右に散開し、それぞれスキルを発動させる。
幡多野は豪破斬撃、狙いは脇腹――確実に柔らかい部分を突き崩す。木花は流し切り・紅蓮衝撃、狙いは腕――その一撃に全てを賭ける。
キメラは惑わされる事無く二人を迎撃しようと身構えるが、ティーダのルベウスがそれを遮った。
「周りを見てる暇はありませんよ!!」
ティーダは会心の笑みを浮かべた。彼女が稼いだのは、刹那の時。だが、充分に過ぎる。
月詠が雷光のように奔り、柔らかい脇腹を骨ごと切り裂く。国士無双が唸りをあげ、防御しようとした剣ごと腕を肘まで断ち割った。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
凄まじい悲鳴を上げて、キメラがゆっくりと倒れ――無かった。
「‥‥何っ!?」
「まさかっ!?」
幡多野が豪腕を叩きつけられ、その勢いのまま地面に引き倒される。
木花は辛うじて盾で受けたが、数メートル吹き飛ばされた。
「ォォオオオオオッ!!」
そして、倒れた幡多野に向けて、キメラは更に足を踏み下ろす。
「く‥‥っ!!」
先ほどのダメージが抜けない幡多野は、間にバックラーを割り込ませるのが精一杯だ。
みしみしと腕が軋みを上げる。
「ドラゴン‥‥ダークネスキィィック!!」
暗闇に紛れていた絶斗が、斜面を利用してキメラの顔面めがけて飛び蹴りを放った。
「‥‥ぐおっ!!」
彼の渾身の蹴りはキメラのフォースフィールドにあえなく遮られ、あまりにも固い手応えならぬ足応えに絶斗は苦しげに呻く。
キメラが絶斗に気を取られている間に、幡多野は地面を転がって逃れ、飛び起きた。
「ちっ! よくも幡多野さんをやりやがったな!!」
追撃をしようと突進するキメラの肩の肉を、シェスカのフォルトゥナ・マヨールー、そこに込められた貫通弾が、ごっそりと抉り取る。
追い討ちをかけるように、瓜生の出力を高めたエネルギーガンの一撃が突き刺さった。
剣が折れ、キメラの腕が完全に切断される。
膝が銃弾に打ち抜かれ、砕ける。
熟練の傭兵を含む八人の能力者を相手に、キメラは最後まで抵抗を試みたが、瓜生の放った一撃によって頭を撃ちぬかれ、とうとう大地に崩れ落ちたのであった。
「だ、大丈夫ですか?」
キメラがもう動かない事を確認してから、ヴィーは傷の深い幡多野には練成治療を、怪我の比較的軽い者達にはエマージェンシーキットを使って応急処置を施して行く。
突然、ティーダが警告の叫びを上げた。
「――待って下さいヴィーさん!! そいつ、まだ動いてます!!」
そしてヴィーを庇うようにして、ルベウスを構えなおす。
――キメラは、まだ生きていた。脳漿を零し、腸を引きずり、血を滝のように撒き散らしながらも、残った腕で這おうとしていた。
「まだ生きていたか」
絶斗が拳を振りかぶり、頭を叩き潰そうと力を込める。
「待って下さいお二人とも‥‥最早、敵意は感じません」
木花はキメラの様子から何かを感じ取ったのか、絶斗とティーダを押し留めた。
キメラは、広場の中央に立つ慰霊碑を目指していた。
動くたびに、まるで命が流れ出るかのように血が吹き出し、石畳を真っ赤に染めていく。
それでも、キメラは止まろうとはしなかった。
「‥‥ァァ‥‥ァア」
キメラは慰霊碑を愛しげに抱き締め、最後の力を振り絞って唇を振るわせる。
――タ ダ イ マ
その口からはひゅう‥‥という吐息しか漏れなかったけれど、木花にはキメラがそう呟いたように思えた。
そして信じられないほど安らかな顔で、キメラは事切れ――その首から、鎖の付いた薄い金属片が滑り落ち、涼しげな音を立てて跳ねる。
シェスカが金属片を拾い上げる。それは、傷だらけのドッグタグだった。
そこに刻まれたものを見て、シェスカは驚愕のあまり、引き攣った笑みを浮かべる。
「‥‥なんだこりゃ? こいつは一体誰なんだ?」
彼の尋常では無い様子を見て、ティーダはシェスカの手元を覗き込む。
――彼女もその信じられない内容に、目を見開いた。
「この方は、まさか‥‥」
UPC欧州軍 登録ID ○○○○‥‥
キンバリー小隊所属 バレル・ガーランド軍曹
それは、遺体の回収も困難なほどの最前線‥‥そこに送られた兵士達が持つ、身元を特定出来る必要最低限の情報を刻んだ、身分証。
――亡骸すら残されない兵士達の、唯一の生きた証だ。
「元は‥‥人間?」
ヴィーがぺたん、と座り込む。ショックのあまり、彼女は暫く立ち上がる事が出来なかった。
何故、エリシアはキメラを埋葬しようとしたのか、傭兵達はようやく理解する事が出来た。
そして、何故キメラ――いや、『彼』が墓を荒らしていたかも。
「仲間の眠るこの土地に‥‥帰りたかった‥‥のかな‥‥」
幡多野が、ぽつりと呟く。
もしかしたら、単にバグアによって刷り込まれた命令なのかもしれない。
――しかし、信じたかった。
改造されても、醜い姿になっても、僅かに残った人としての意思が彼をここに誘ったのだと。
「‥‥これだけは、ちゃんと届けてあげるべきよね‥‥」
紅はドッグタグを受け取り、ポケットの中に滑り込ませた。
暫くして傭兵たちは彼――バレル軍曹の遺体を、エリシア中尉の希望通りに埋葬する準備に取り掛かろうとした。
しかし、それを瓜生が止める。
「待って下さい」
――彼の遺体をラストホープへ持ち帰り、エリシアに引き合わせるべきだ。
彼女は、そう提案した。
エリシアが直面せず彼を弔って、思い出にしようとしている‥‥もしそうなのだとしたらそんな半端な想い、託されたくも無い。
それは軍人である彼女の、己の弱さの吐露。
そんなものは容認できなかった。
瓜生の言葉は厳しすぎるとは思うが、出来るならば遺体を持ち帰りたい。そう考えるのは皆も同じだ。
ヴィーが現地の担当官に問い合わせをしようと走り出す。
「――その必要は無い」
だが、突然霊園に響いた声に遮られる。
そこには、エリシア・ライナルト中尉が立っていた。
「先ほど本部から連絡が入った――バレル・ガーランド軍曹の遺体は、正式にこの霊園に埋葬される」
「話は全て聞かせて貰ったぞ」
エリシアの言葉に、瓜生がばつの悪そうに顔を背ける。
「気にするなウリュウ・トモエ‥‥君の言う事も、確かに事実だ」
‥‥私は逃げていたのかもしれん。
エリシアは自嘲の笑みを浮かべ、バレル軍曹の亡骸の傍に跪き、手が、服が、血で汚れる事も厭わず彼の頬を優しく撫でる。
「‥‥あんたは、最初から知ってたのか?」
シェスカの言葉にエリシアは頷いた。
「‥‥ああ」
その顔に浮かぶ、儚げな笑みと深い悲しみに、シェスカはそれ以上踏み込む事が出来ない。
「――同じ隊に所属していて、とても気が合って‥‥だから覚えていた‥‥それだけだ」
そしてエリシアは立ち上がり、身を正して傭兵たちに敬礼した。
「傭兵諸君――依頼の完遂、ご苦労だった‥‥後はこちらで処理する。君たちは帰還してくれ」
しかし、彼女の言葉に従うものはいない。
――自分達のもう一つの使命を、まだ果たしていないのだから。
「手伝います――手伝わせてください」
ヴィーが、目に涙を溜めながらも口を開く。
反対するものは誰もいなかった。
「だが、しかし――」
反論しようとするエリシアを絶斗が止める。
「元々墓参りにアンタを誘うつもりだったからな」
「――正式に決まったものなら文句はありません」
「‥‥それに、これを渡してませんから‥‥」
瓜生も少し皮肉を言いながらも、微笑んでそれに同意する。
紅はポケットからドッグタグを取り出して、エリシアに差し出した。
彼女は一瞬だけ目を閉じ、改めて彼等に敬礼した。
「――ありがとう」
――穴を掘る。
もう二度と彼の眠りが妨げられないように、深く大きな穴を、彼らは掘った。
霊園に新たな墓標が建てられた頃には、東の空から再び太陽が顔をだしていた。
曙光に照らされた霊園に、木花の龍笛が奏でる葬送曲が響き渡る。
「‥‥墓を掘り起こす必要は‥‥もうない‥‥。今は眠って‥‥静かに‥‥」
――寂しくも美しい旋律に乗せて、幡多野は祈る。
二度とこんな悲劇を起こさせはしない――傭兵たちは心に誓い、新たな戦いへと旅立っていった。