●リプレイ本文
――ポン、ポンッ!!
花火が空中高く飛ばされ、会場中に快音を響かせる。
UPC所有の空港に設けられた特設会場には、既に黒山の人だかりが出来ていた。
あちこちでは公式、非公式に賭けが行われ、熱狂的な歓声が辺りを包んでいる。
『さあ、とうとうやってまいりました、第一回鉄人KVトライアスロン。
スタートが迫り準備に余念が無い各機、一体誰が栄えある優勝を勝ち取る事が出来るのか?
実況は私、ペガサス分隊隊長・白鐘剣一郎(
ga0184)。
解説はUPC欧州軍大佐、ブライアン・ミツルギ氏にお越し頂いております。
大佐、本日は宜しくお願い致します』
『うむ、宜しく頼むぞい』
格納庫では参加する選手達がギリギリまで機体のメンテナンスを行っていた。
「サポートは宜しく。頼りにしてるぜ、レイナ」
「うん、まかせておいて」
セージ(
ga3997)にドリンクを手渡しながら、彼専属のピットクルーであるレイナ=クローバー(
ga4977)がにこやかに微笑む。
そして彼女と同じようにサポートに徹する者がいた――ラウラ・ブレイク(
gb1395)の兄、ネイサン・ブレイク(
gb1378)である。
ラウラの目の前には、彼によって真っ赤に塗りたくられ、頭部にウサ耳を取り付けられたアンジェリカの姿があった。
「ふむ、これなら嫌でも目立つな」
「‥‥ねぇネイト‥‥私の、もしかしてこれじゃないわよね?」
「自分の機体も忘れたか? これこそお前の愛機「Vestis」だろう」
「――全っ然面影無いわよ!! しかもこんな格好‥‥」
本来の彼女の機体は蒼を基調にしたカラーリングなのだ。
それが「レース中に観客の心を掴んだ者が勝つ」というネイサンの理屈に従い、最早別機体とも言える姿に変貌を遂げていた。
その上、彼女は同じくネイサンの陰謀によりミニスカメイド服&ニーソックスという衣装に身を包んでいる。
反論するも言い包められ、ブツクサ文句を言いながらコクピットに乗り込むラウラ。
――その際下で作業をしていた整備兵達が、何故か前屈みになりながらトイレに駆け込んでいった。
「いらっしゃいませ〜、席はあちらにお願いします!」
狐の耳と尻尾を生やした少女・矢神小雪(
gb3650)が、明るく元気な声を響かせる。
売店では雇われたアルバイト店員に混じって、彼女も元気に走り回っている。
準備を終えた選手達の多くが、一般客に混じってレース中の水分補給、そして食事を確保するためにこの矢神志紀(
gb3649)と小雪兄妹によって開かれた売店に詰め掛けていた。
「――はい、こいつがユキの注文したサンドイッチに‥‥我斬は稲荷寿司にサンドイッチ、紅茶だったよな」
厨房担当の志紀は、特別注文を受けていた品物を戌亥 ユキ(
ga3014)と龍深城・我斬(
ga8283)の二人に手渡す。
「しかし、二人とも大分張り切ってるみたいだな」
「出来たての「たんぽぽエンブレム」のお披露目だしね!
それと一杯目立って、目指せ! レースの華、だよ。それに優勝も狙うよ♪
賞金ほっしーもんね!」
「レース中はハッチも開けられないらしいからな。ピットイン中の腹ごしらえ用だ。
‥‥っと、トイレも行っておこう」
「頑張れよー」
戌亥は今にもスキップしそうなほどご機嫌な様子で、龍深城は志紀に一言礼を言うと、共に小走りに駆けて行った。
「お兄ちゃん、注文入ったよー!!
サンドイッチ三つに、オムそば二、焼きソバが――」
「注文了解‥‥それじゃ、料理はこのレシピ通り作れ」
小雪の取ってきたオーダーを受け取ると、志紀は注文の最も早い物に取り掛かると同時に厨房の一角に向かって檄を飛ばす。
――そこには、エプロン姿で鍋を振るう伍長と軍曹の姿があった。
「――何で俺たち、こんな事してんだ伍長?」
「‥‥僕に聞かれても分かりませんよ軍曹‥‥」
彼ら二人は前日になって急にエリシアに連れて来られ、ここで矢神兄妹の手伝いをやらされているのだ。
溜息を吐く二人を、志紀が手にしたお玉で叩く。
「ぼーっとしてないで早く作れ!! 厨房は戦場なんだよ!!」
『‥‥はい』
二人は涙目になりながら汗だくになって鍋を振るうのであった。
『さぁ、とうとう競技開始十分前となりました。各機のエンジンに火が灯り始めます』
『――それでは各選手は呼ばれた順に指定された滑走路にスタンバイされたし』
『えーっと‥‥一番、二番、三番は第一滑走路へ、自分の誘導に従って向かってくれ』
白鐘の実況に続けて、オペレーターとして参加しているレティ・クリムゾン(
ga8679)がアナウンスを入れ、同じく随行オペレーターの蓮角(
ga9810)が選手達に呼び掛けていく。
そして次々に姿を現していくKVたち。
R−01、S−01といった第一世代に始まり、果てはシュテルンやアヌビスといった新世代の機体の姿に、会場が割れんばかりの歓声に包まれる。
『まるでKVの博覧会といった様相を呈していますね、大佐』
『――うむ、これほどの種類のKVが一堂に会するのは戦場以外では殆ど無いじゃろうな』
その中で唯一の岩龍乗りである高坂聖(
ga4517)は、先導に従って操縦桿を動かしながら溜息を吐く。
「やっぱり岩龍乗り、他にいませんねぇ。せめて完走したいし、欲を言えば六位入賞も目指したいけど、流石に無理かな?」
言葉では弱気な事をいいながらも、高坂は持てる頭脳を持ってレースに勝つための計算を繰り返していた。
その間にも、発進準備は着々と進められていく。
オペレーターの誘導に従い、次々と空へと上がっていく選手達。
『――ゼッケン22番、発進よろし!!』
「さて、初期機体で何処まで粘れるか‥‥頑張ろうな、ディース」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が愛機であるR−01に呼び掛けると、エンジンをフルスロットルにして飛び立っていった。
程無くして、全ての機体がドイツの空に在った。
『――競技に参加する傭兵諸君、スタート地点まで移動を開始してくれ』
ウーフーに乗ったエリシアが、選手達に即席の編隊を組ませて誘導を開始する。
そして選手達が会場の真上へと差し掛かった時、そこから飛び出す機影があった。
戌亥のイビルアイズ、ザン・エフティング(
ga5141)のアヌビス、佐伽羅 黎紀(
ga8601)のウーフーだ。
既に無線は禁止されているため、彼らはハンドサインで簡単に打ち合わせてから一気にエンジンを噴かす。
まず戌亥のイビルアイズが飛び出し、観客席上で美しい円を描く大ループ。
それに佐伽羅のウーフーが付かず離れずに接近しながらなぞる様に飛び、続けて二機同時の四ポイントロール。
「さて、行くぜドギー。お前の力を見せてやれ」
彼らの描いた円を貫くように、ザンのアヌビスが垂直に飛び上がっていく。
戌亥と佐伽羅は描く円を次第に狭くしながらザンに続いて高度を上げ、彼を中心にした螺旋は三機のキャノピーが触れ合いそうなまで続く。
――三人はキャノピー越しに互いの健闘を祈りあうと、それぞれ全く違う方向に散らばっていった。
――うおおおおおおおおっ!!
凄まじい盛り上がりを見せる観客達の中に、それが即席で行われたものだと考える者は一人もいなかった。
『――素晴らしいパフォーマンスが終わった所で、いよいよスタートとなります。
さぁ、このレースを制するのは一体誰になるのか? 緊張の一瞬です』
『オペレーターより全機へ通達。カウントダウン‥‥開始!!』
――10、9、8‥‥
三人が編隊に合流するのと同時に、カウントダウンが始まる。
――緊張感が極限まで高まり、終にその時は来る。
――3,2,1‥‥0!!
『――さぁ全機一斉にスタート!! 先陣を切るのは誰だ!?』
高らかな実況の声と共に、二十六もの騎士鳥が轟音を上げながら蒼穹を切り裂いた。
「うーん‥‥この幾重にも重なる轟音、堪らないわね」
スタートの瞬間を望遠で見届けながら、百地・悠季(
ga8270)は頬張ったサンドイッチを飲み込みながら呟く。
彼女は今回競技には参加せず、観客としてこのレースに参加しようとしていた。
選手達の機影が見えなくなってから、百地はディアブロを起動させ、空へと舞い上がっていく。
「――さあ、追いかけるとするわね」
『さて、改めて各セクションについてご説明しましょう――』
第一セクションの舞台は空――ドイツ・フランクフルトからオランダ・ハーグまでを戦闘機形態で飛ぶ。
超高速下での激しいバトルが見物の区間だ。
第二セクションは海――ハーグの港にて水中用キットを各自装着し、ドーバー海峡を横断し、イギリス・ドーバーまでを行く。
速さこそ無いが、その分創意工夫次第で逆転も可能な、波乱必至のセクションである。
そして第三セクションは陸――ドーバーから首都ロンドンまでを走輪走行で走りぬける。
後半のラストスパートとも言えるこのセクションは、機体だけでなく能力者自身の体力も問われる。
以上が、三つのセクションからなるこの極限のレースの全容であった。
「――Its show time!!」
「B型仕様の力‥‥そして極限まで強化された機体の力‥‥見せて貰いますよ‥‥」
開幕と同時に頭一つ飛び出したのは、ラウラのアンジェリカ「Vestis」と、終夜・無月(
ga3084)のミカガミ「白皇」であった。
ラウラは機体に両翼からスモークを散布しながら、美しいバーティカルクライムロールを披露する。
そして、頂点に達した瞬間に閃く照明弾。
開幕早々の美しいパフォーマンスに、観客も大満足のようだ。
加えてその速さもかなりのもの――モニターから見守るネイサンは、優勝の可能性を確信に変えた。
一方の終夜はいきなりブーストを二回発動させ、トップに躍り出る。
セクション通過に必要な錬力ギリギリ近くを使用する荒業だが、その分速さは折り紙付き。
『ラウラ選手いきなりのパフォーマンス! 速さと美しさが共存した素晴らしい機動です!
一方速さのみを追求した終夜選手の動きは、正しくレーサーのそれ!
開幕早々面白くなってきましたね大佐』
『終夜選手は武装を可能な限り削っておるからのぅ。軽量級のミカガミとは相性も良いセッティングと言えるじゃろうな。
ラウラ選手は‥‥あのミニスカメイド服姿がええのぅ〜』
『大佐、自重して下さい‥‥さぁ、その後ろで繰り広げられるデッドヒート!!
勝つのは一体どちらか!?』
「先手必勝! まずは順位を稼がせて貰うぞ!」
「一気に行くぜ! ダッシュダッシュダッ〜シュ!! だぜ」
二機に僅かに遅れて、榊兵衛(
ga0388)の雷電「忠勝」と、エミル・アティット(
gb3948)のアヌビスがブーストをかけて飛び出した。
最初はエミル機が先行するかに見えたが、ジワジワと榊機が追い縋り、終に順位が入れ替わる。
雷電とアヌビス――この二機を比較すると瞬間的な速さはほぼ互角だが、継続的な速さでは雷電に軍配が上がる。
前に出るタイミングも、ブーストをかけるタイミングも同時だった両者の勝敗を決めたのは、機体の持つ特性の差異であった。
「――済まんな、先へ行かせて頂く!」
「むぅ〜‥‥でも、まだまだこれからだぜ!」
エミルは悔しげに頬を膨らませるも、その目の闘志は消えてはいない。
そしてこのKVトライアスロンは速さだけで競われるのでは無い。
模擬弾やペイント弾、訓練用の武器を用いた妨害も許可されている。
多くのライバルを出し抜く為、選手達がこの手札を放っておく筈が無かった。
「――ヤられる前に、ヤるっ!!」
R−01に乗るハルカ(
ga0640)が、開幕早々にK−02ミサイルを盛大に放つ。
計250発もの小型ミサイルが、白い曲線を空に描きながら舞い、前方を飛んでいた須佐 武流(
ga1461)、カルマ・シュタット(
ga6302)らに襲い掛かる。
「――ちっ!!‥‥だが、見せ技よりも実際戦ってやった方が客も喜ぶだろう」
須佐のハヤブサは無数のミサイル群を辛うじて回避すると、すかさずスナイパーライフルで反撃を試みる。
ハルカもそれを避けるが、回避をしたせいで挙動が僅かに乱れた。
「‥‥回避だウシンディ。これぐらいは楽勝だろう?」
コースギリギリの低空を飛んでいたカルマは愛機であるシュテルン「ウシンディ」を巧みに操り、その全てを華麗に回避してみせる。
しかしカルマは反撃をせずに、そのまま攻撃前のコースに戻って前に進み続けた。
反撃をすればその分錬力と自らの体力を消耗する事になり兼ねない。
カルマはこのレースを専守防衛に徹し、後半に全ての力を注ぐつもりでいた。
そして上位集団の後方に位置していた漸 王零(
ga2930)も、ハルカ機が行った妨害を見て行動を開始する。
「さて‥‥そろそろ仕掛けるか‥‥我の行動で盛り上がればいいが‥‥ふむ」
漆黒の雷電「闇天雷」の砲門が一斉に開かれ、そこからK−02ミサイルが飛び出していった。
無数のミサイルが狙いを違う事無く前方の選手達に突き刺さっていく。
――勿論彼らもやられっ放しでは無かった。
妨害を受けた選手達の何人かは、漸に向かって反撃を試みる。
シュテルンに乗る赤崎羽矢子(
gb2140)がその一人だ。
「先に手を出したのはそっちだし、悪く思わないでね♪」
体勢を立て直すと同時に、赤崎は闇天雷のキャノピーに向けて長距離バルカンを放つ。
しかし、漸は闇天雷をロールさせると、悠々とかわして見せた。
だが、すかさずそこに打ち込まれるペイント弾――それは闇天雷のキャノピーに直撃し、視界が大幅に狭まった。
「むっ――!!」
「赤崎さんの邪魔はさせない」
それを成したのはドッグ・ラブラード(
gb2486)のS−01H。
彼は赤崎から受けた恩を返すため、彼女を遮る障害を取り除こうと牙を剥く。
そして彼と共に漸に反撃を加える者がいた。
直江 夢理(
gb3361)は防御の薄いロングボウのあちこちに模擬弾を直撃させられ、一発のダメージの大きさに戦々恐々とする
――だが、それ以上に彼女は怒っていた。
「――伯爵様のお顔を汚すなんて許せません!!」
――彼女の機体に輝くのは、巨大なカプロイア伯爵のイラスト。
それを汚された恨みと共に、彼女は闇天雷に向けて8式螺旋弾頭を放つ。
「‥‥確かに盛り上がったが、これは少し堪らんな‥‥!!」
迫り来る螺旋弾頭を再びかわしながら、漸はブーストをかけてその場を離脱する。
そして、今しがたの攻防によって消費された錬力を見て溜息を吐くのだった。
『――妨害が妨害を呼ぶ波乱の展開!!
会場は非常に盛り上がっておりますが、少々危険な気がしないでもありません!!』
『いやはや、まさかK−01やK−02まで持ち込んでくるとは思わなかったのう。
派手で結構じゃが‥‥そろそろ雷が落ちそうじゃのう」
大佐の呟きを肯定するかのように、本部オペレーターのレティから随行オペレーターの蓮角に向けて本部からの意向が伝えられた。
『――審判機及びオペレーターに通達。
K―01及びK−02ミサイルの使用は危険行為とみなし、以後使用を禁止とする』
『了解――せっかく面白くなってきたのに‥‥』
『蓮角――そういう独り言は無線を切ってから言う事だ』
『げ‥‥ご、ごめんなさい!』
「出資者のとある伯爵に手向けての花火ですよ、ご覧あれ!」
空レース終盤、そうとは知らずディアブロに乗る如月・由梨(
ga1805)は前方の小競り合いを繰り返す一団に向かって、二回目となるK−01の照準を合わせようとしていた。
『そこの人、撃つのストップです!! K−01使用は禁止になりました!!』
「――えっ?」
――突然アラームと共に無線がオープンになり、向こうから審判として参加していたアーク・ウイング(
gb4432)の声が響いた。
そしてK−01とK−02が使用禁止になった事を如月に告げる。
本部の意向ならば仕方無い――如月は素直にそれに従った。
「しかし‥‥少々困った事になりましたね‥‥」
K−02と違い、K−01は非常に扱い辛い。如月のディアブロの機動は、非常に遅くなっていた。
途中でパージする訳にも行かず、如月は重いままの機体を懸命に前へと進ませるのだった。
その後は散発的な妨害こそあったものの、選手達は順調に進んで行き、とうとうその眼下にハーグの港が見え始める。
そこにも特設会場が設置され、観客や運営スタッフ、ピットクルー達で芋を洗うかのような盛況ぶりだ。
その中に我先にと降りていく選手達――だが、地面に降り立つまでは勝負は続いている。
「――悪いけど、暫くまだ飛んでて貰うぜ」
セージは不敵に笑うと、狙いを定めて滑走路に向けて煙幕銃を放った。
黒煙が辺りに撒き散らされ、着陸態勢を取っていた数機がリトライするために再び高度を上げる。
その間にセージのシュテルン「リゲル」は垂直離着陸能力を使い、相棒のレイナが待つピットへと直接降り立っていった。
『――おっと、セージ選手の煙幕銃を使った妨害のようです!!
しかし大佐、これは危険行為に当たるのではないでしょうか?』
『確かに他の選手が着陸態勢に既に入っていたら危険じゃが、リトライ可能な状態じゃったからな。セージ選手の作戦勝ち、といった所じゃろう』
程無くして全ての機体が降り立った事を、蓮角が本部のレティへと伝達する。
『こちら蓮角――全機の着陸を確認。順位の方は――』
『――本部了解。審判機及びオペレーターはお疲れ様だ。先は長いが気を張って行こう』
――ここに第一セクション・空のレースは終了した。
『ここで、現時点での入賞者を発表致します。
第一位終夜選手
第二位ラウラ選手
第三位カルマ選手
第四位榊選手
第五位須佐選手
第六位セージ選手となっております。以下の順位は次の通り――』
結局第一セクションは先行逃げ切りの形で終夜に軍配が上がった。
だが、他選手との差はほんの僅か――前半は様子見をする選手が多かったため、中盤、後半でどんな波乱が待ち受けていてもおかしくは無い。
加えて第二セクションは重要なファクターである「機体同士の速度差」が無くなる、水中用キットを取り付けた状態でのレース。
そのため一分一秒でも早く港を出ようと、各ピットクルー達は急ピッチで作業を急ぐのであった。
そして、ピットクルーの中には、レイナやネイサンのように選手とペアで参加するのでは無く、一人のスタッフとして参加する者もいた――魔神・瑛(
ga8407)だ。
「KV来るぞ! 補給とキットの取り付けに、修理が付いてる!
キットの取り付けは俺が加わる。他を頼むぜ!」
周囲の整備兵に矢継ぎ早に指示を出しながら、魔神はピットインした翔幻のパイロットに無線で呼び掛けた。
『――ご苦労さん、きっちり素早く仕上げてやるから待ってろよ!』
『‥‥』
しかし、帰ってくるのは沈黙だけ――魔神は体調が悪いのかと一瞬考えたが、パイロット――ファーリア・黒金(
gb4059)は不意にさめざめと泣き始める。
『‥‥気持ち悪いよぅ‥‥もうやだよぅ‥‥しくしく‥‥』
『――あー‥‥嬢ちゃん? 嬢ちゃーん? 生きてるかー?』
――どうやらかなり酔ってしまっているらしい。
魔神はこめかみを押さえながら、ファーリアを慰め、励ましつつ作業を続けていった。
順位発表は、同時に電子戦機に搭乗している選手達にも伝達されていた。
『高坂選手に現在順位を通達――現在19位。タイム差は‥‥』
「うーん‥‥大分離されてしまいましたね‥‥」
ピットクルー達が換装作業を行っている間に、高坂は自分の順位を確認しつつ水分&糖分補給に乳酸菌飲料を飲みながら呟く。
「岩龍で水中に入るのは初めてですが‥‥さて、どうなる事やら」
また、ピットインをしながらコクピットの中で一人ほくそ笑む者もいた。
一人バイパーで参加の美環 響(
gb2863)である。
「順位は‥‥まぁ中間といった所でしょうか‥‥ふふ、丁度いい順位です」
彼は現在選手たちの集団に巧みに潜み、妨害の被害を極力抑える事に成功していた。
――精々、漁夫の利を頂くとしましょうか。
そんな事を考えながら、美環はチョコを齧った。
そして食べ終わると、その銀紙をぐるぐると丸め一度だけぎゅっと強く握る。
その瞬間、銀紙は美しい紅いバラへと姿を変えていた。
「‥‥ふふ、ふふふふ‥‥」
『――美環選手? セッティングについてお聞きしたい事が‥‥美環選手ー?』
陶酔の世界に入り込んだ美環に、整備兵の声は中々届く事は無かった。
『――さぁ、トップ集団のピット作業が終わったようです!!
そして後続の選手のピットからも次々と終了の報告が――とうとう、第二セクションが開始されます!
大佐、このセクションの見所は何でしょう?』
『先にも説明したとおり、このセクションは速度差が殺される低速エリアじゃ。
ブーストや機体の特殊能力等を使えば、下位から上位への逆転も可能なセクションと言える。
創意工夫によって純粋な速さの差が覆される、性能だけが全てでは無いという理論が証明される光景を目の当たりに出来る所がミソじゃな。
そしてドーバー海峡は短いが、海流の強い場所じゃ。海流をどう上手く使うかもキーになるじゃろう』
『ありがとうございます。さぁ、早速レースに動きがあったようです!!』
大佐の言葉通り、今まで中位や下位に潜んでいた選手達が、序盤から続々と姿を現し始めた。
「水中ならこっちの方が、移動効率が良いですからね。さて、これからが本番です!」
着水と同時に周防 誠(
ga7131)はワイバーンのマイクロブーストを発動させる。
水中を切り裂くような速さで前を走っていた数人を抜き去り、一気に中位集団から頭一つ飛び出した。
そしてあらかじめ換装しておいた水中用バルカンを使い、前を泳ぐ須佐機の水中用キットを狙撃する。
「――うわっ!! 畜生!!」
反撃しようにも、須佐は水中用の武装を装備していないため、回避行動を取る事しか出来ない。
水中で動きが鈍っているために上手く避ける事が出来ず、周防の前を開けてしまう。
悔しげに唇を噛む須佐だが、その表情は鳴り響くアラートによって凍りついた。
「なっ!? スクリューが上手く動かねぇ‥‥クソッ!! ここまで来て!!」
苛立たしげにコンソールを叩く須佐だったが、無情にもアラートは消えない。
――格闘戦では無類の強さを発揮するが、継続速度の遅いハヤブサ。
それを巧みに操り、果敢にもトップ集団に食いついてきた須佐だったが、この攻撃で水中用キットに不調を来し、優勝争いから脱落する事となった。
「‥‥魚‥‥旨そうじゃのう‥‥」
周りを泳ぐ魚群を、涎を垂らしそうになりながら凝視するのは九頭龍・聖華(
gb4305)。
一応ピットで腹ごしらえはしたのだが、大食漢の彼女にとっては全く足りなかったようだ。
だが、今はレース中――九頭龍は頭を切り替え、乗機のイビルアイズにブーストをかけた。
そして海流のコースに乗ってスピードに乗る。
流れの強い潮流は思いの他機体を前に進ませてくれた。
下位集団の一人であった彼女だが、ジワジワと順位を上げていく。
――そろそろ上位に上がれるか? と九頭龍はほくそ笑むが、そう簡単には事は運んでくれない。
前方を見れば、そこにはこちらに向かってガウスガンを構える雷電の姿。
それは後続を妨害しようと待ち構えていた龍深城であった。
「へっへっへ、水中は大人しく通り過ぎようって作戦の奴が多いはず、あえてそこで攻撃を仕掛ける!」
してやったりとばかりに龍深城は口元に笑みを浮かべ、ガウスガンを乱射する。
九頭龍は咄嗟に潜行して回避するが、海流で稼いだ速度を殺されてしまった。
「妾を邪魔するとは‥‥不遜な奴め」
怒りに眉根を寄せながら、九頭龍は負けてたまるかとコースに復帰し、懸命に前に進むのだった。
「――レースとはいえ妨害もアリの実戦的なスタイル‥‥中々良いデータが取れているな」
自らのS−01が叩き出すデータを逐一記録しながら、レオン・マクタビッシュ(
gb3673)が呟く。
そろそろレースに集中しようか――そう考えた時、急に目の前に煙幕のような物が広がった。
「何だ――!? これは‥‥泥?」
慌てて振り払うかのように回避し辺りを見回すと、それは眼下の海底からもうもうと立ち上っているのが分かった。
「いぇぃ♪ イカスミ戦法だよ!」
見ればそこには戌亥のイビルアイズの姿があった。
彼女の機体にはレッグドリルが装備されている。
――陸戦用のドリルは水中では攻撃こそ出来ないものの、動かすだけならばなんとかなる。
彼女はそれを利用して海底を削り取り、泥を巻き上げているのだ。
レオンを含め数人の選手達がそれに巻き込まれ、混乱を来していた。
「それじゃ、お先に♪」
その隙に戌亥は海流に乗り、集団から一歩リードする事に成功する。
『――おっと戌亥選手、天然の煙幕を使って順位を大幅に上げる事に成功しました!!』
『ドーバー海峡の水深が非常に浅い事を利用した作戦じゃな。
他の場所ならば、如何に水中用キットを装備していてもこうはいくまい』
ドーバー海峡の水深は、最大でおよそ50m――水中用キットによって進入可能なギリギリの深度である。
地形を上手く味方につけた戌亥の見事な作戦と言えた。
そして彼女以上に順位を上げる事に成功した者もいた――阿修羅に乗る井出 一真(
ga6977)である。
「さて、行ける所まで行ってみますが」
彼は綿密に海流のコースを計算し、最も適したルートを見つける事に成功する。
運良く妨害も免れ、一気にトップ集団へと迫った。
視線の先にはドーバーの港――上陸時の水の抵抗を少しでも減らそうと、選手達は思い思いの方法で突破を試みる。
『さぁ、とうとう第二セクションも終わりの時を迎えようとしています!
水際の攻防を制するのは一体誰なのか、最後まで目が離せません!』
ラウラ機が氷雨を突き出して水面を切り裂いたかと思えば、終夜は白皇を器用に操ってクロールをしながら浮上する。
彼らのように技術で攻略する物もいれば、漸や周防、カルマのようにブーストをかけて強引に突破するものもいた。
その差は殆ど無いと言って良い――一体誰が勝つのか、誰もが固唾を呑んで見守る。
『こちら蓮角、先頭集団ゴールまで後十メートル‥‥五メートル‥‥0!!
――目視で確認した順位と、ゴール際の写真の映像を送るぞ』
『こちら本部了解した。すぐに判定に入る』
そして全員がゴールを通過した時、殆ど白黒がつかないような状況であった。
写真による判定が行われ、暫くしてから実況にその情報が伝えられる。
『ようやく順位が出たようです!
一位 終夜選手
二位 周防選手
三位 ラウラ選手
四位 井出選手
五位 カルマ選手
六位 戌亥選手
以上のような順位となりました。
以下の順位は他選手がゴール次第発表させて頂きます』
『入賞圏内だけで無く、番外の方も大幅に順位が入れ替わったようじゃな。
――ここまで来ると、最早誰が優勝してもおかしくは無いのう』
「ふーん‥‥大分面白くなってきたわね」
先回りしてロンドンの会場に降り立った百地は、オムそばを頬張りながら電光掲示板を眺めていた。
映像には第二セクション開始時よりも更に慌しく動くピットクルー達、そして顔に疲労を浮かべながらも眼に力を滾らせた選手達の姿が映し出される。
「ゴール直前の死力を尽くす様‥‥伯爵はこういうのを望んでいるのかしらね?」
彼がこの場にいない以上その真意は分からないが、彼らの生き生きとした姿を見るに、そんな気がしてくる。
――百地がそんな物思いに耽っていると、周囲の観客達が不意にざわめいた。
釣られて掲示板に目をやる――自然と、笑みが毀れた。
「――このゴール直前の攻防‥‥やっぱりいいものね」
再びピットインしたリゲルの点検整備を行いながら、レイナは疲れきった表情のセージをキャノピー越しに無線で励ます。
『セージ!! 大丈夫!?』
「ああ‥‥まだまだ行ける」
『トップ集団から少し離れたけど、まだまだ逆転は狙え‥‥えっ!?』
周囲のピットを見回そうとしたレイナが、不意に驚きの表情を浮かべた。
セージが怪訝に思い彼女の視線の先を辿ると、そこには発進準備を整えた赤崎のシュテルンの姿があった。
「満タンにしなくていい。赤崎機出るよ!!」
頬張ったサンドイッチをコーヒーで流し込みながら、赤崎はピットクルーに向かって叫ぶ。
燃料は八割ほどに抑えたおかげで、スタートを切るのは彼女が最初だ。
ピットを飛び出してスタートを切ると同時に、ブーストをかける。
「これで攻撃を何回か受けたら燃料切れであたしの負け。勝つか負けるか二つに一つ!!」
気合の雄叫びと共に、赤崎はシュテルンと共にただひたすら駆けた。
『赤崎選手、燃料補給を途中で止め、真っ先にスタートを切りました!!
どうやらここで勝負をかけるようです!!
僅かに遅れてトップ集団の選手達も懸命に追います――第三セクションは波乱の幕開けとなりました!!』
『最早ここまで来れば力を温存する理由は無いからのう。これは目が離せん展開になりそうじゃ』
赤崎に負けじと、トップ集団の選手達が飛び出していく。
『セージ!! こっちも燃料補給完了、いつでもいけるわよ!!』
「了解!! 可能性がコンマ1%でもある限り諦めてたまるか!!」
赤崎に遅れる事数分、漸く燃料補給を終えたセージのスピカがピットを飛び出していく。
(「‥‥頑張って、セージ」)
レイナは彼から貰ったペンダントを握りしめ、彼の健闘をただ祈った。
「負けられない‥‥勝つのは自分だ!」
「さて、阿修羅の真骨頂はここからです!」
周防がワイバーン、井出が阿修羅の四肢を躍動させて正しく地を駆ける獣の如く飛び出した。
四足のマニピュレーターは舗装された道であろうが、悪路であろうが関係無く走破していく。
「ウシンディ、もう少しだ。頑張ろうか」
カルマがその機体に冠された「勝利」を体現させるためになけなしの体力を使いきらんばかりに駆け、前を走る漸目掛けてソードウィングを振るった。
「当たってはやれんな!!」
漸はそれをアイギスで受けたかと思うと、返す刀でロンゴミニアトを繰り出す。
カルマはそれを掻い潜るが、バランスを崩して後方へと下がる。
だが、すぐに持ち直して漸に追い縋ろうと懸命に前へ踏み出した。
「勝つのは私だよっ!! ばいば〜い♪」
かと思えば、その二人の合間を縫うように戌亥が飛び出し、煙幕弾を置き土産にブーストをかけて走り去っていく。
そして彼らの混乱をよそに、美環が虎視眈々と前方のライバル達の間に穴が開くのを待ち受ける。
『優勝、そして入賞者を競うトップ集団、目まぐるしく順位が変わります!!
最早一瞬たりとも目が離せない状況です!!」
実況の白鐘にも選手達の熱気が伝わったのか、更に高らかに声を張り上げる。
『こちら本部――各チェックポイントでの状況と順位を逐一こちらに報告してくれ。
『――こちら蓮角了解!!
レティさん、口で報告してると混乱しそうだから今画像でそっちに送る!!』
『了解した、頼むぞ蓮角』
オペレーター達も、まるで生き物のように流動する現地の状況を正確に実況や観客達に伝えようと、更に慌しく自らの成すべき事をこなしていく。
そして争っているのは上位の選手達だけでは無い――番外の、一発逆転を狙って懸命に前へ出ようとする者達が、熾烈な攻防を繰り広げていた。
「勝者に必要なのは‥‥勝つための確固たる意思だ‥‥!!」
水中用キットの不調のために順位を落とした須佐だが、彼は決して諦めようとはしない。
果敢にブーストをかけ、前方の邪魔な選手達をなぎ倒さんばかりに突き進む。
そして傍らを走るザン目掛けてソードウィングを叩き込んだ。
「ようやくお前の領分だな、ドギー!!」
ザンは不敵な笑みを浮かべると、ドギーの片足を上げて、装甲の最も厚い部分で襲い掛かる剣翼を受け止めると、そのまま蹴りを繰り出し、須佐機を足場に跳躍して距離を稼ぐ。
思わぬ反撃を受けた須佐だが、焦らずルプス・ジガンティスクで蹴り受け止め、そのままバランスを崩すこと無く走り続ける。
そしてその前方では前半、中盤の機体の重さを打ち払うかの如く、軽やかに如月のディアブロが行く。
対するはアヌビス――エミルは今にも自分を追い抜こうとするディアブロが厄介な相手である事を直感した。
「ここまで来たなら、全力でやってやるぜ!!」
気合の雄叫びを上げながら、エミルはミサイルポッドの照準を合わせると、すかさず放つ。
「やられたら‥‥やりかえさせて頂きます!!」
如月は襲い掛かるミサイルをジグザグな機動で回避すると、バルカンを乱射した。
だがエミル機が発した白光に照準を乱される――アヌビスに搭載された特殊兵装、ラージフレア・鬼火である。
「やるね‥‥なら、これならどうだ!!」
楽しげに笑いながら、エミルは鋼の爪を繰り出した。
激しい攻防が続く一方で、最後尾では観客達を和ませるような光景が繰り広げられていた。
そこには千鳥足のようにふらふらとする翔幻と、それの手を引くウーフーの姿。
ファーリアと佐伽羅である。
「‥‥も、もう真っ直ぐ走れませ‥‥あわ、あわわわ〜」
「あともう少しですから、もうちょっと頑張りましょう」
空で酔い、海で酔ったファーリアは既に機体を真っ直ぐに走らせる事が出来なくなるほど疲労困憊していた。
それを見かねた佐伽羅が手を貸したのだ――彼は一人でも多くの完走を望んでいたのだ。
そしてそんな状態でも懸命に走り続けるファーリアと、それを助ける佐伽羅に周囲の観客達から暖かい拍手がかけられた。
『――あれって、良いのかな?』
本来ならば共に失格になりそうな二人の行為に、上空から監視していたアークがエリシアに向かって疑問を投げかける。
『――さて? 私には何も見えないがな?』
当のエリシアは悪戯めいた笑みを浮かべながら彼女の言葉に答えてみせた。
――どうやら、完全に黙認するつもりのようだ。
『‥‥うんっ、確かにアークにも良く見えないや♪』
エリシアの意図を感じ取ったアークは、同じように笑みを浮かべ、監視を続けるのであった。
選手達が実戦さながらの迫力で繰り広げる熾烈なデッドヒートに、観客達は誰もが酔いしれ、熱狂のるつぼと化していた。
『――このKVトライアスロンの戦いも、とうとう終わりの時を迎えようとしています!!
さぁ、栄光は一体誰の手に輝くのか!?』
ゴール地点間近――トップを走るのは周防とラウラ。
その後ろには終夜、美環、戌亥、漸。
そして続くのは赤崎、井出、カルマ、セージ。
全ての選手達の差は最早数メートルも無い。
――だからこそ、誰もが最後まで決して諦める事無く、気を抜く事無く走り続ける。
『勝つのは――』
「自分だ!!」
「私だ!!」
「俺だ!!」
「我だ!!」
「あたしだ!!」
――そして、ゴールテープは切られた。
『――ゴール!!
長かったKVトライアスロンの熾烈なレースに打ち勝ったのは――』
白鐘は息を整えるかのように大きく息を吸い込んだ。
会場が、静寂に包まれる。
『――ラウラ・ブレイク選手です!!』
――ウオオオオオオオオオオオオッ!!
瞬間、観客達の歓声は轟音となり、地を揺らさんばかりに鳴り響いた。
レースの結果は以下の通りである。
優勝 ラウラ・ブレイク
二位 周防 誠
三位 美環 響
四位 終夜 無月
五位 赤崎 羽矢子
六位 井出 一真
敢闘賞 戌亥 ユキ(開始前のパフォーマンス、第二セクションにおける作戦が評価)
ファーリア・黒金(懸命に頑張り続ける姿が観客を喜ばせた事による)
「ラウラ選手―!! こっちに表情お願いします!!」
「握手して下さーい!!」
「はいはーい‥‥ってそこ!! ローアングルで取るな!!」
(「‥‥目立っているようだな、妹よ!!」)
トロフィーと賞金の授与が終わると、会場は飲めや歌えやの大騒ぎとなった。
ある者は悔しげに雪辱を誓い、またある者は互いに健闘を称え合う。
「成績は振るわなかったけど、まぁ完走出来たから良し、かな?」
ユーリはディースの機体を労わるように撫でながら、シャンパンを傾ける。
その傍らでは、九頭龍が今までの空腹の恨みを晴らすかの如く料理を頬張っていた。
「‥‥やっと‥‥お腹一杯‥‥」
相変わらずの無表情だが、瞳には満足げな光が宿っている。
――会場の傍らではこんなやり取りもあった。
「今日はお疲れ様でした、中尉」
「あぁ、君かレオン――完走おめでとう」
レオンはエリシアの姿を見つけると、ワインを片手に歩み寄り、杯を打ち合わせ、レースの事や、とりとめも無い世間話に興じ合う。
不意に、レオンがエリシアの右手の義手を取った。
「――中尉、宜しければこの後食事にでも?」
突然の行動に、少し驚いた表情を浮かべたエリシアだったが、柔らかな笑みで答える。
「悪いが、この後数日は事後処理が山ほどあってな‥‥」
「そうですか‥‥それは残念です」
「――だが、その内機会があったなら、喜んで付き合わせて貰おう」
レオンはその時初めて、エリシアの「女性として」の顔を見た気がした。
かくして、KVトライアスロンは一人の脱落者も出す事無く、無事幕を閉じたのだった。