●リプレイ本文
前線基地の滑走路から、今九機のKVが飛び立とうとしていた。
「傭兵諸君――今回、この作戦に参加してくれた事、改めて礼を言う。
‥‥それから、部下の不始末の尻拭いをさせるような真似をして、済まない」
この作戦に参加する八人の能力者達に対して、エリシアは無線越しに労いと謝罪の言葉をかける。
「安心して、とは言わないけど〜。ハッピーエンドを作り出す役目なら任せて欲しいわ♪」
彼女の言葉にウィンクしながら答えたのは、狐月 銀子(
gb2552)。
「上が駄目な時は、下がどんなに頑張ってもダメなもんさね」
――だから気にするな、とライナルト隊の顛末を聞かされたツィレル・トネリカリフ(
ga0217)は肩を竦めてみせる。
「さぁ、ご挨拶はこの辺にして‥‥急がないといけませんね」
眼鏡を押し上げながらシェリル・シンクレア(
ga0749)がそう呟いた。
彼女の言葉に全員は頷くと、次々と滑走路から飛び立っていく。
「誰一人欠ける事無く救出したいものです‥‥」
「ぜってー全員救って見せるっすよ」
不安げなルーシー・クリムゾン(
gb1439)の言葉に、六堂源治(
ga8154)は豪快に笑いながら親指を立てて答える。
「――あんま調子に乗んないでやれよ、ゲンジー?」
「うぃっす!! 分かってるっスよ姉御!!」
そんな彼を嗜めるのは伊佐美 希明(
ga0214)だ。
きつそうな声色の中に、自らの舎弟を案じる優しさが垣間見える。
「後退戦は一番辛い任務じゃが‥‥かといってみすみす貴重な人材を失う訳にはいかんの」
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)はそう呟きながら、手にした鬼面を被る。
――必ずライナルト隊の隊員全員と、自らを生還させる。
そんな不屈の誓いを立てるかのように。
程無くして能力者達全員が地上を離れる。目指すはライナルト隊が目指す西の方角だ。
「‥‥エリシア。小隊合流後、隊を指揮して、効果的に突破を行ってくれ」
「了解した、トキトウ」
自分達が立てた作戦を頭の中で何度も反芻させながら、時任 絃也(
ga0983)がエリシアにそれらを確認していく。
本来女性は苦手であるのだが、今は戦時‥‥その性格は完全に鳴りを潜めていた。
今彼の頭にあるのは、如何に同胞を救うか、如何に敵を倒すか――それだけだ。
『――前方に、敵集団を確認‥‥あと僅かで接触します!!』
「‥‥おでましになったか」
――果たして、この疲弊した状況で、あれらの敵を相手にして、果たして生きて帰れるのか?
そんな想いを、ライナルト隊の誰もが抱いていた。
しかし前進しなければどちらにせよ死ぬまで――悲壮な決意を込めて突撃の号令をかけようとした軍曹に、更なる報告。
『――敵集団後方より、機影を確認‥‥KVです!!
‥‥うち一機は、欧州軍の――?』
見れば、敵軍の後方の空から近付いてくる機影――兵士達が一斉に希望の歓声を上げる。
同時に、伍長はそれ以上の希望をそこに見出していた。
――あの機動は‥‥中尉だ!!
『こちら山猫、貴君らの援護に付く! ケツは任せな、軍曹!』
『お前さんらの姫君をここまでエスコートして来た、もう一踏ん張りしてくれ。』
『待たせたな諸君‥‥エリシア・ライナルト、現刻をもって隊に復帰する!!』
更に通信機から聞こえる勇ましい傭兵の声と、自分達の信ずる隊長の声。
もう、彼らに恐れる心は無かった。
「――了解!! 行くぞ野郎共!! ライナルト隊、前進!!」
『応っ!!』
地響きを立てて、満身創痍ながらも魂を熱く燃やした兵士達が往く。
能力者達の構成は、
α:時任のR−01、六堂のバイパー、ルーシーのウーフー。
β:伊佐美のディアブロ、ツィレルのR−01、狐月のシュテルン。
γ:シェリルのウーフー、藍紗のアンジェリカ、エリシアのシュテルンの三班。
αが空を、そしてβ、γが陸の敵をそれぞれ相手にする形だ。
そして陸・空の電子戦機同士が情報を密にする事で、突破の負担を少しでも軽減させる事を視野に入れた編成となっている。
HWが能力者達へと機首を向け、タートルワームのプロトン砲に剣呑な光が宿り始める。
ゴーレムとキメラ達は、ライナルト隊へと突撃を開始した。
「では、始めましょう!」
シェリルの号令と共に、彼女と伊佐美機、狐月機の三機が一斉に煙幕弾を発射する。
そして、その煙の中を、能力者達は一斉にブーストをかけて突撃した。
その彼らに次々とプロトン砲が打ち込まれ、桃色の光が閃き装甲を焦がす。
――だが、直撃は一切する事は無かった。
彼らはそのままHWと足元の敵たちをフライパスし、ライナルト隊の両翼へと降り立つ。
叫んだツィレルは、そのまま機体の高度を下げさせた。
人型に変形する事で急減速し、ライナルト小隊の右後方を目指し、機体に対ショック姿勢をとらせた。
だが、その動きを見逃すほど、バグアも甘くはない。
先陣を切って彼が空中で変形したと見るや、機動性の落ちた彼のKV目掛け、次々とプロトン砲が放たれる。
彼自身は人型形態における空戦能力に確かな自信を持っていたが、やはり、彼のR−01改が持つ本来の性能が発揮されたとは言い難い。自由落下の中で可能な限り機を捻ってこれを避けようとするも、気休め以上の機動性でもなく、これを避けきれるものではなかった。
「‥‥っ、いくらなんでも無理があったか?!」
KVの各計器が、次々と危険信号を放ち、コックピットがたちまちレッドアラートに包まれる。
地面との接触に、KVが揺れた。
度重なる攻撃に大打撃を受けていた機体は、着陸の衝撃に耐えられなかった。着陸と同時に脚部間接が破損し、横転するR−01。転倒したと見て、ゴーレムが容赦なく火線を浴びせかける。
「――畜生!!」
着陸失敗時の衝撃に、度重なる直撃弾。
爆発の衝撃にコックピットハッチが開くや否や、コックピット内部を舐めるように駆け巡った爆炎に煽られ、ツィレルは地に叩き付けられた。身体のあちこちに激痛が走る程の銃床を負った彼は、砲火の中、辛うじて味方の歩兵によって救助される事となった。
とてもではないが、後続機が彼の真似をする訳にはいかなかった。
一方のγ班では藍紗がスタビライザーを起動させながら、同じく空中で機体を変形させる。
「やらせはせん! すぱいらる巫女さんキ――ック!!」
そして小隊に最も近かったゴーレムに向かって、降下の勢いを乗せてレッグドリルの一撃を見舞う。
凄まじい大音響と共に、回転する鉄塊がゴーレムを貫いていく――が、貫通する前にレッグドリルは鈍い音を立てて砕け散った。
「何じゃと!? ‥‥こりゃ不味ったのう‥‥」
そしてそのままの勢いで激突し、もつれ合うように地面に降り立つ藍紗機。
アンジェリカの脚部は、千切れ飛んでいないのが不思議なほどの、致命的とも言える損傷を負ってしまう。
「――馬鹿者、何をしている!!
私たちの目的は、あくまで隊の撤退支援――敵を倒す事では無いぞ!!」
そんな彼女を、エリシアは容赦なく叱り飛ばした。
だが、過ぎてしまった事はもう戻らない。
β、γ隊はその戦力を大きく減じた状態で戦闘に入らざるを得なかった。
そしてα隊のルーシーは、β・γ両隊が着陸すると同時にライナルト隊へと通信を送る。
「――これより爆撃を行います。歩兵の方々は注意を」
『了解!! いつでもどうぞ!!』
岩龍からの返答と同時に、彼女は六堂と共に高度を下げて爆撃態勢に入る。
――無論、HW達はそれを放っておく訳が無く、プロトン砲の照準を二機に合わせる。
「させん!!」
しかしそれらは時任が撒き散らしたラージフレアによって狙いを外され、光線はあらぬ方へと飛んでいく。
そして手近なHWにガトリングを打ち込んで目晦ましにすると同時に、ロケット弾ランチャーを叩き込み、敵の注意をこちらに引き寄せる。
「爆撃は繊細に。そっと置いてくる感じで‥‥と!!」
その隙に、六堂とルーシーはGプラズマ弾を投下する。
――まるで落雷が落ちたかのような轟音と衝撃。
同時に凄まじい密度の電撃が半径100m――敵集団を丸ごと飲み込むように迸る。
その威力は決して高くは無いが、敵の動きが一瞬だけ――止まった。
――今が好機!!
ライナルト隊がβ・γ隊と共に更に深く踏み込んでいく。
「派手に行くわよ〜、1,2の‥‥さんっ!」
狐月の声と共に、グレネードの弾頭が放物線を描きながらキメラの集団へと叩き込まれる。
――ゴウッ!!
紅蓮の炎が凄まじい勢いで燃え上がり、無数のキメラ達がブスブスと不快な臭いを立てながら燃え尽きていく。
その熱気に炙られながら、歩兵達はその表情を引きつらせる。
「あ、あの中に突っ込むのか!?」
『馬鹿野郎!! 立ち止まったら俺たちが踏み潰すぞ!! GOGOGO!!』
「り、了解!!」
それを見た藍紗は、ゴーレムを切り伏せたBCアクスを掲げ、マントを翻しながら彼らを鼓舞する。
『今こそが好機! ここが正念場じゃ! 皆奮起せよ。
我らが進む道に奴らの血の絨毯を敷き詰めてやるのじゃ! 我らに続けぇ!!』
『――歩兵の皆さん! 生き残っているキメラには注意を!! 一緒に突破しましょう!』
シェリルも同様にレーザーを放ってキメラを蒸発させながら、兵士達に呼びかける。
――そして、無線を通じて流れる美しい歌が、彼等の耳を打った。
その発信元は、上空のルーシー機であった。
彼女達α隊は、慣性制御によって縦横無尽に飛び回るHWに果敢に攻撃を加えている。
そんな中で、彼女は歌っているのだ――絶えず身の危険に晒されているというのに。
「そこまでやられちゃ‥‥やるしかないだろっ!!」
歩兵達は雄叫びを上げ、携帯火器を構えて炎の中へと向かっていった。
その彼らに向けられるタートルワームの巨大なプロトン砲――そこに伊佐美の砲撃が突き刺さる。
アグレッシブフォースが込められたスナイパーライフルの弾丸は、砲塔を瞬く間に沈黙させる。
その弾丸は、まるで無駄弾を撃つ気など更々無い、とばかりに必中だ。
派手さは無いが、狙撃手としての役割を伊佐美は完璧にこなして見せていた。
「弾幕は張りゃあいいてもんじゃねぇ! 敵の呼吸を合わせるんだよ!
機械になんか頼るな、眼を使え! ‥‥っ! そこっ!!」
ライナルト隊のパイロット達に叫びながら、咄嗟に横に振り向いてガトリングを乱射する。
死角から彼女を狙ってきたゴーレムが、弾丸の直撃を頭部に受けてたたらを踏む。
「‥‥ハッ、コイツはあの世への渡し賃だ、とっときな!!」
そこにリヒトシュヴェルトの重い刃が横なぎに振るわれ、ゴーレムの胴を一文字に切り裂いた。
轟音を立てて崩れ落ちるゴーレムを踏み潰しながら、今度は狐月が進み出る。
「シュテルン君、キミの本気を見せてあげて♪」
最適化兵装によって強化されたヘビーガトリングがゴーレムを打ち砕き、レーザーが甲羅を貫き、中に篭ったタートルワームを蒸し焼きにした。
――彼女の一撃で、とうとう敵陣への突破口が完全に開通する。
「今だ!! 一気に突破するぞ!!」
BCアクスとリヒトシュヴェルトを振るってタートルワームを屠ったエリシアが、隊員達を鼓舞する。
隊員達は彼女の指揮の下、その花道を猛烈な勢いで突き進んでいった。
空の戦いも終わりを告げようとしていた。
「喰らいやがれ!!」
六堂の試作G放電装置が唸りを上げ、雷がHWに直撃する。
動きを止めた所に、ルーシーの放った螺旋弾頭が文字通り突き刺さり、次の瞬間HWを粉々に爆砕させた。
残るは一機――時任は狙いを定めると、巧みな射撃で執拗に追い込んでいく。
HWは慣性制御を駆使し、急旋回や急停止などを織り交ぜて反撃を試みるも、それらは全てばら撒かれたラージフレアによって狙いを外される。
「止めだ!」
トリガーと共に吐き出される、ガトリングとマシンガンの雨。
流石のHWも計数百発にも及ぶ弾丸を受けては耐え切ることは出来なかった。
幾度かの小爆発を繰り返しながら次第に高度を下げ、地上に落ちるのを待たずに爆発する。
そして上空哨戒のルーシーを残して、時任と六堂の二人は地上の仲間達を支援するため、機首を返すのだった。
能力者達が敵陣を突破すると同時に敵を全滅させたのは、その僅か数分後の事であった。
ここまで、ライナルト隊の兵士の何人かが負傷したものの、死者は何とゼロ。
正しく奇跡的と言えた。
「さて、本番がこれからよ♪ もうちょっと頑張りましょ」
狐月は歓声を上げる兵士達を励ますと同時に、諌めてみせる。
撤退戦の最も危惧する所は、突破よりもむしろ追撃なのだから。
加えてルーシー機とシェリル機のレーダーは、南北両方角から接近しつつある敵影を確かに捉えていた。
接敵にはおそらく十分はかかるまい。
しかし、今敵は目の前にはいない、これは確かだ。
兵士達はその間に進軍しながら、装甲車の中などで負傷者の治療を施していく。
そこには体中に包帯を巻きながらもツィレルも参加していた。
「医療品を持ってきた、使いたい奴は使ってくれ」
「ありがとう、助かる」
「‥‥ただし、後で返せよ」
兵士は苦笑しながら分かってるよ、と答えてから、真っ先にツィレルを治療し始める。
「おいおい、俺より先に――」
「いいんだよ。アンタらに何かあったら、隊長に殺されるからな」
ツィレルは憮然としながらも、その好意に甘える事にしたのだった。
――そして数十分後、救援部隊が到着した時、能力者達は敵の増援の悉くを討ち果たし、未だに戦場にあり続けていた。
「やっぱり凄いな‥‥傭兵ってのは」
救援部隊を率いていた隊長は、彼等の姿を見て思わず呟いたと言う。
基地へと帰還した能力者達の前で、エリシアは軍曹と伍長を始めとした下士官達を睨みつけていた。
そして、彼等の頬を一人ずつ強烈に張っていく。
「戦場に在って上官に逆らい、あまつさえ指揮権まで奪うとはな‥‥恥を知れ!!
貴様ら全員、営倉入り一週間を命じる!!」
「‥‥謹んで、お受け致します」
「ふん、営倉なんぞ生温い!! 即刻銃殺したまえ中尉!!」
そこに、隊長代理が踏ん反り返りながら現れる。
戦場では終始装甲車の中で震えていた事を顧みると、それは非常に滑稽にすら思える。
エリシアは彼にもつかつかと歩み寄り――今度は鋼鉄の義手で思い切り殴りつけた。
「ぶひゃあっ!! き、きさ「それ以上口を開くな」」
「ひ‥‥」
「死んだ部下を思えば、本来ならば一発では足らんのだからな」
氷のようなエリシアの隻眼に、隊長代理は正しく凍りついた。
「『代理』で在る事を忘れ、隊を私物化した上に、稚拙な作戦での用兵。
‥‥その上戦場での戦闘放棄――指揮官どころか、兵士としてすら失格だな」
そして懐から書類を取り出すと、倒れた隊長代理にむけて放る。
それを見た彼は、顔からまるで滝のように血の気を引かせた。
「UPC本部からの通達だ――貴様の階級、軍籍を剥奪する。
戦場では、無能こそが罪と知れ」
そしてがくり、とうなだれた元・隊長代理は、兵士に連れられて何処へか去っていった。
その様子を見ていた伊佐美がひゅう、と口笛を吹いてエリシアに歩み寄る。
「他人と思えねぇな。一杯付き合えよ、中尉」
「お、いいっスね!! 俺もお供しますよ姉御」
「‥‥お前達、未成年では無かったか? まぁ、だが乗らせてもらおう」
エリシアは苦笑すると下士官達に向き直り、手招きした。
「営倉入りする前に、少し付き合え‥‥隊長命令だ」
「はいっ!」
伍長が元気良く答えたかと思うと、彼女に対して敬礼する。
「お帰りなさい!! 中尉殿!!」
「――ああ、ただいま」