●リプレイ本文
流氷の隙間から漏れ出る日の光が、零下の海を幻想的に照らしだす。
その中を八機のKVが潜航していた。
「鐘狼は鐘の護り手‥‥鐘楼となる為の組織、
僕の後ろに護るモノがある限り‥‥決して負けません‥‥」
月影・白夜(
gb1971)は、自分たちの後ろに控える自らの母校を思い浮かべ、決意を新たにした。
彼とその仲間達を待ち受けるのは、美しい中にも棘を潜ませた凶暴なる海のキメラ達。
「‥‥グリーンランドには変わったキメラやワームが多いのでしょうか?」
メイド装束に身を包んだエメラルド・イーグル(
ga8650)が、入学式の際に襲来したマインドイリュージョナーやメイズリフレクター、虫型キメラにその女王――今まで見た事も無かった敵の数々を思い出して呟く。
今回の敵もまた、今までに目撃例が無いものであった。
「正体は刺胞動物と貝類の中華材りょ‥‥もとい、キメラとワームですわね」
クラゲとクリオネの姿をした敵の姿を思い出し、竜王 まり絵(
ga5231)は出発前の食事――クラゲと剥き貝の中華サラダ――を思い出して舌なめずりをする。
――彼女曰く、『美しい』に『味』を足して『美味しい』に変換したのだそうだ。
「美しい花には棘がある。
‥‥キメラやワームだけとは限らないのよ?」
「ハッ、美しい薔薇にこそ、棘の痛みがあるものさ!」
赤崎羽矢子(
gb2140)と伊佐美 希明(
ga0214)が口を揃えて闘志を剥き出しにする。
赤崎が駆るのは、先日購入したばかりの新型機・シュテルン。
本来の戦場では無い水中ではあるが、操縦桿から伝わる手応えは中々に悪くない。
「侵略者の道具に美麗なんぞあるか」
同じく敵意をキメラ達に向ける藤田あやこ(
ga0204)だが、その主な理由は二人とは一線を画していた。
彼女は心の中に浮かべるのは、美しいと言うキメラへの強烈な感情。
(「私は世界で一番可愛い子!! 右に出る者は全て敵!!」)
‥‥その後にとても言葉には乗せられないような罵詈雑言を、藤田は思い浮かべていた。
ともかく、気合は十分であるようだ。
「でもクリオネって流氷の天使って言いますけど、私あんまり可愛くないと思うんですよね。
――クラゲは言わずもがなですし」
平坂 桃香(
ga1831)は、クリオネの透けて見える内臓、微妙なシルエット、そして獲物を捕食する時の姿を思い出し、眉を顰める。
――実際のクリオネは小さいから良いが、今回のキメラは4メートルもの巨大さだという。
‥‥ぶっちゃけ、かなりキモい。
だがそれは裏を返せば、そのような姿をしていても人を魅了してしまうキメラの能力の強力さを示していると言えた。
相手にとって不足無し、と同時に強すぎなくて丁度良い――ゴールドラッシュ(
ga3170)は報酬の額、そして自分達の労力等を天秤にかけ、同時に算盤を弾きながらそんな事を考えていた。
「当然仕事はきっちりとね。手抜きがあっちゃ賞金稼ぎの名折れだわ」
各々様々な思いを抱く能力者たちを乗せて、KVは流氷と日光が織り成すプラネタリウムの中を、重々しい轟音を立てて進んでいった。
そして、敵との接触予想ポイント――流氷は沖に行くにつれて分厚くなっていくため、周囲は夜と見紛うばかりに闇に包まれている。
だが今回の敵は自ら光を放っている。その捕捉は容易な事だった。
情報の通り、敵の編成は巨大なクラゲの姿をした水中ワーム・ジェリーフィッシュが四匹と、クリオネの姿を模したキメラ・シージュエルが十匹。
「ここから先に奴等の居場所なんてないこと、思い知らせたげようじゃない」
赤崎の言葉に応えるように、一斉に戦闘態勢に入る能力者たち。
編成は、藤田、伊佐美、ゴールドラッシュがビーストソウル。
平坂がKF−14、竜王、エメラルド、月影がテンタクルス。赤崎がシュテルン。
特に陣形は組まず、囲まれないように隣り合った者と連携を取るという作戦だ。
情報によれば、敵は遠距離攻撃の手段を持っていない。
それならば先手必勝――ある者はスナイパーライフルを、ある者は魚雷とミサイルの照準を合わせる。
距離は遠い上に視界は悪いが、敵はご丁寧に光を放っているのだ。
――外しはしない。
藤田はスコープを覗き込みながら、ぺろりと唇を舐めた。
「人類を餌食にする間が華さ、それも‥‥」
お終いさ、と言葉を続けようとした所で、十体のシージュエル達が一斉に輝いた。
その瞬間、藤田だけでなく、照準を合わせていた者たち全員に異変が起きる。
「‥‥綺麗」
強烈な眠気のような感覚が襲い、光の放つ美しさに目を奪われ、ともすると何も考えられなくなりそうな衝動が全身を支配する。
「‥‥まるで、宝石みたい」
ゴールドラッシュがうっとりしながら呟いた。
‥‥言葉こそ乙女チックだが、その口の端から垂れそうになる涎が、彼女が抱いている感情が物欲だという事を教えてくれる
――ずっと、あの輝きを見つめていたい。
――何も考えず、魅入られていたい。
能力者たちは完全にその心を奪われていた。
これがシージュエルの持つ、自らの光を見た者を魅了する能力。
確かに今回の敵は自ら光を放っており、周囲が暗くても狙いをつけるには全く問題ない。
だが、能力者たちは敵の能力が『光』に由来するものだという事を失念し、『敵が発する物以外の光源の確保』を怠っていたのだ。
陶酔の時間はすぐに終わりを告げた。
「――んな――皆っ!! 目を‥‥きゃああああっ!!」
「――っ!! 平坂さん!?」
無線から聞こえる叫びが、皆の意識を覚醒させる。
見れば、平坂機がクラゲの触手に絡み取られ、その全身に電撃を浴びせられていた。
遠距離攻撃武器を持たず、能力者たちの中で唯一敵の光を直視しなかった平坂に、敵は一斉に襲い掛かっていたのだ。
「――こンの野郎っ!!」
仲間の危機が、幻想の美しさを打ち払う。
いち早く動いた伊佐美はビーストソウルを変型させ、レーザークローを振りかざして平坂機に纏わりついた触手を残らず切り飛ばした。
そこにクリオネが押し包むように接近――それをレーダーで確認しながら、伊佐美は凄絶な笑みを浮かべる。
「‥‥こちとら変なキューブとかキノコとか、
面倒臭い敵ばっかりで、いい加減うんざりしていた所だ。
お前らでウサ晴らしさせてもらうから、覚悟しやがれゼラチン野郎!」
伊佐美は叩きつけるように叫びながら、スロットルを最大にして突撃する。
――偽りの美しさを打ち壊さんと、能力者たちは引き金を引いた。
クリオネは能力者たちの周りを取り囲み、半数ほどが光を放ち、残りの半数は牙をKVの装甲に突き立てようと襲い掛かる。
だが、その動きはクラゲに比べれば緩慢であり、更に動いている間は発光出来ないため、熟練した能力者たちの脅威には為り得ない。
「流氷の天使であろうと‥‥貴方の根幹は人を襲い、喰らう禍々しい悪魔‥‥」
月影がその牙をかわし、距離を取りながら熱源感知式ホーミングミサイルを叩き込む。
一瞬周囲の光が目に入り、意識が飛びそうになるものの、ミサイルの爆炎は狙い違わずクリオネの体を抉り取っていた。
「――悪魔の囁きに耳を傾ける気はありません」
その身を沈めていく敵を睨み付けながら、月影は呟く。
「シュテルン、お前の力を見せてみなさい!!」
出会ってから日も浅いが、赤崎の呼びかけに愛機はしっかりと応えてくれた。
最適化兵装――PRMと名づけられたそのシステムは、ミサイルのSESの出力を増幅させ、クリオネの体を粉微塵に吹き飛ばす。
装甲に牙が突き立てられそうになれば、装甲にエネルギーを回して強化し、それを跳ね返した。
周囲の状況に合わせて自らを強化するその姿は、正しく臨機応変という言葉に相応しい。
海中にあっても、一等星(シュテルン)はその輝きを失わずにそこに在った。
そして周囲の発光している者達も、藤田やゴールドラッシュの正確な狙撃によって次々に打ち落とされていく。
「命を護る者の営みこそ輝き! この一撃はその証だッ!」
スナイパーライフルD−06とガウスガンを交互に操りながら叫ぶ藤田。
彼女の熟練した操縦技術は、例え魅了されそうになって集中力を欠いていても尚健在だ。
近づいてくる敵には氷雨をお見舞いし、容赦なく敵を屠っていく。
「そんな光なんか――お金に比べれば屁でもないわ!!」
自らのアイデンティティの元である輝きで飛びそうになる意識を繋ぎ止めながら、ゴールドラッシュはホーミングミサイルを放ち、ガウスガンを乱射する。
傷ついたクリオネはその身を捩って逃げようとするが、そこに容赦無く重量魚雷とホーミングミサイルの弾幕が撃ち込まれ、今度こそ肉片に変わる。
「‥‥」
エメラルドはただ無言のままクリオネを撃つ。
元より増援などの脅威が存在しないこの戦場――余力を残すつもりは毛頭無い。
ミサイルと魚雷を撃ち尽した彼女は、ニードルガンを駆使して一体ずつ確実に掃除して行った。
――メイドたる者、掃除は全ての基本なのである。
「――来るぞっ!!」
伊佐美の警告と同時に、クラゲ達はその身を縮めたかと思うと、凄まじい勢いで水を噴射させながら突進した。
そのスピードはメガロワームもかくやという程だ。
そしてすれ違いざまに触手を絡みつかせ、時には鞭のように鋭く叩きつけてくる。
――だが、それと対峙する能力者たちもまた、尋常ではない。
「もうその動きは慣れっこですよ!!」
電撃の集中攻撃の影響で少々機体の動きは鈍いが、すぐさま動かなくなるほどでは無い。
平坂は素早く突進を回避すると、バルカンを撃ち込む。
その弾幕はクラゲの柔らかい体に阻まれて効打にはならないが、注意を逸らすには十分だ。
クラゲが彼女に気を取られ、再び突進するため方向転換しようと動きを止めた瞬間、そこに狙い済ましたレーザークローの強烈な一撃が叩き込まれる。
「刺身にして、ワサビ醤油で美味しく頂いてやんよ!」
その言葉の通り、伊佐美は突き立てたクローを振りぬき、クラゲの体を短冊のように切り裂いた。
そこに仲間を助けようとしたのか別のクラゲが突撃するが、そこに平坂機が割って入ったかと思うと、その進路上でビームクローを振るい、強烈なカウンターを叩き込む。
「よってたかって痺れさせてくれたお礼です‥‥よっ!!」
無駄な装備を省いた彼女のKF−14の動きは、通常の水中KVとは一線を画す。
連続で高出力のレーザー刃の爪を叩き込まれたクラゲは、くぐもった爆発音と共に海底へとその身を沈めていった。
――だが、クラゲもそう易々とはやられてくれない。
真下から接近したクラゲの生き残りが、伊佐美機と平坂機に触手を素早く絡みつかせる。
「ううっ!! こんちくしょ‥‥」
「――くっ!! このっ‥‥」
平坂は咄嗟にそれを切り飛ばそうと試みる。
――バチッ!!
しかし数段強いスパークが起きたかと思うと、レーザークローは輝きを失ってしまった。
強烈な電撃に晒され続けた事で、回路が焼き切れたのだ。
「――こんな時にっ!!」
更なる強烈な電撃の予感に身を竦ませる平坂だが、その衝撃は襲っては来なかった。
「ギリギリセーフですわ」
竜王のテンタクルスの爪によって、二人に絡み付いていた触手は切り飛ばされていた。
クラゲが距離を取った所でその足に向かって魚雷を一撃。
爆発と共に、無数の触手が吹き飛ばされ、海中を漂う。
「あらあら‥‥まるで何かの麺みたいですわね」
くすくすと笑いながら接近し、レーザークローを高々と振り上げ――、
「これで――」
そして、一気に振り下ろす。
「――お仕舞いですわ」
全ての戦闘が終わり、周りにはクラゲやクリオネの破片が浮かんでいた。
――その姿は先ほどの幻想的な光の美しさとは裏腹に、生々しく、醜いものであった。
「――なぁ藤田‥‥いい加減機嫌直したらどうよ?」
「‥‥いいえ認めないわ!!
私が‥‥この私が一瞬でもあんなキモい奴らに心を奪われたなんて!!」
敵を殲滅したその帰路で、藤田は落ち込みっ放しだった。
彼女は『敵よりも自分の方が美しいっ!!』と、自己暗示をかけてこの依頼に臨んだのだ。
それは勿論敵の能力に対抗する意味もあるが、少なからずそこには本心が混じっていたのである。
ブツブツと呟き続ける彼女の様子に、伊佐美は呆れる。
肩を竦めて説得を諦めると、頭に手を当てて残念そうな表情を浮かべた。
「しかし、クリオネとかクラゲとか‥‥回収したかったのになぁ」
「そうですわね‥‥折角良い食材が手に入ると思いましたのに」
伊佐美と竜王の二人は、余裕があればクリオネやクラゲの肉を回収して食べようかと画策していたのだが、平坂に全力で止められたのだ。
「――二人とも考えてみて下さいよ。
クラゲは半分機械だからともかく、クリオネって肉食なんですよ?」
「――? だから?」
「‥‥何食べてると思います?」
「‥‥うえ」
「それに、あいつら私たちの前に軍の人達を‥‥」
「す、ストップですわ平坂様!! も、もう十分に分かりましたから!!」
伊佐美と竜王は必死に平坂の言葉を遮ると、げんなりとした表情を浮かべた。
――一瞬でもそんな奴らに対して食欲を抱いた過去の自分を殴りつけたい。
「‥‥基地に戻ったら暖かい飲み物がありますよ‥‥かなり寒かったですからね」
その二人を気遣うように、月影が微笑みかける。
「おっ、いいねぇ気が利くじゃん。ついでにちょっとした打ち上げでもやってみる?」
「‥‥それなら、私は準備のお手伝いをさせて頂きます」
「‥‥うぅ、それじゃあお酒も用意して‥‥こうなったら自棄酒よ!!」
わいわいと仲間達が叫ぶ中、ゴールドラッシュは一人頭上を見上げた。
――戦闘の影響で流氷が砕け、その隙間からは先ほどまで場を支配していた闇を打ち払うかのように、輝く日光が降り注いでいる。
それはキメラの人を惑わす美しさとは比べ物にならないような、千金にも値する自然が作り出す幻想的な光景。
「――たまには、こんな光も良いかもね」
基地に戻ったら支払われるであろう報奨金を思い浮かべながら、ドロシー・ゴールドバーグは呟くのだった。