●リプレイ本文
未だ戦火が燻るグラナダの上空を、能力者達の駆る八機のKVが舞う。
「このタイミングで新型か‥‥留守番ぐらいはしてみせるさ」
鈍名 レイジ(
ga8428)が操縦桿を握り締めながら、瞳に強い意志を滾らせる。
「サムライに新型、ね‥‥不覚は気にしないが、色々センスを間違っている気もするな」
報告に載っていたエースゴーレムの写真を思い浮かべて、リディス(
ga0022)は思わず呟く。
「メインはサムライ‥‥じゃあないな」
紫藤 文(
ga9763)の関心は、サムライよりも傍らに並ぶ五体の影に向けられていた。
「機甲部隊を蹴散らす新兵器? 何やメッチャ硬そうやな」
「まさか‥‥あいつ‥‥かな‥‥」
三島玲奈(
ga3848)と楓姫(
gb0349)は、敵の新型だという黒い装甲に包まれた敵の姿に、妙な胸騒ぎを覚えていた。
「女の子多くてウハウハじゃの〜。
イヤッハー!! 血に飢えたスナイピングアニモー、グラナダの大地に立つ!!
ワシに狙い撃ちされたい獲物は何処じゃ〜?」
――そんな中にまるで酔っ払いのようなテンションの男の声が響いた――巽源十朗(
gb1508)だ。
ハンサムな外見と渋い声が台無しである。
だが、彼のおかげで能力者達の間に笑いが漏れ、全員の緊張は少しほぐれたようだ。
「‥‥」
「大丈夫? シエラちゃん」
それでも尚沈黙したままのシエラ(
ga3258)に、月森 花(
ga0053)が声を掛ける。
「‥‥(こくり)」
それにシエラは無言で頷く――元々彼女は無口な性格であった。
その時、月森と紫藤のウーフーが、レーダーに六つの機影を捉える。
そして見えた新型の動きを見て、三島と楓は先の胸騒ぎを確信に変えた。
「あいつや! 私を三段腹にした装甲キメラ! みんな注意や!」
「こういう勘ばかり当たる‥‥。やれやれだわ」
それは、彼女達が以前相対したキメラ――装甲スライムであった。
‥‥ちなみに三島の言う三段腹というのは、おそらくその時内臓を潰されかけた事だろう。
そして月森は新型の頭の部分に付けられた謎のアンテナを注視していた――そこから、謎の電波が発信されている事も、非常に気になる所だ。
「あのアンテナ‥‥物凄く怪しいね‥‥」
もしかしたら、あれを介して何かしらの指令が飛ばされている可能性も有り得る。
「仮定は後だ――ともかく、行くぞ」
それならば事は一刻を争う――リディスの号令の下、能力者達は次々に大地へと降りていった。
サムライゴーレムを中心に無造作に並ぶ敵に対して、能力者達は前衛、後衛の二列に別れた布陣を取った。
――前衛に、リディスのディスタン、シエラのアンジェリカ、紫藤のウーフー、楓のバイパー、鈍名のディスタンが。
後衛には三島の雷電、月森のウーフー、巽のイビルアイズが入る。
「あれに見えるは日本文化を勘違いしたゴーレム‥‥ネヴァダカラキマシタ? ‥‥ってか?」
「‥‥おっちゃん、ネタが古いなぁ」
相変わらず飄々とした態度を崩さない巽に、ペアを組む三島がツッコミを入れた。
しかしサムライゴーレムがそれに答える訳も無く、暫しの間睨み合う両者。
そして敵が一斉に重々しく刀を抜いた。
「シエラ・ライヒテントリット。‥‥参ります」
それらを覚醒した事で光を取り戻した瞳に見据えながら、シエラは静かに戦いの狼煙を上げた。
サムライゴーレム達は右翼、左翼の二手に分かれ、横手から能力者達に襲い掛かる。
だが、その間に能力者達の射撃が次々と叩き込まれていった。
「さて、おふざけもこの辺にしておいて‥‥イビルアイズ、初陣だ。
ワシとお前の力を示してやろうぞ」
お茶らけた態度をかなぐり捨て、巽が戦士の表情でスナイパーライフルを構える。
――狙うは、装甲スライムに取り付けられたアンテナ。
「おのれリベンジじゃ!! 刻み返す!!」
三島の叫びと共に、月森機と三島機の試作リニア砲から、電磁加速された砲弾が放たれた。
それらは先頭の装甲スライム二体にそれぞれ突き刺さり、月森は頭の、三島は胸の装甲を跡形も無く吹き飛ばした。
リニア砲のリロードの合間にも、スナイパーライフルが叩き込まれる。
だが、流石はスライム――あくまで体の一部が吹き飛ばされただけでは倒れない。が、大きくバランスを崩す。
「‥‥よーく狙って‥‥撃ち抜く!!」
そこに巽のスナイパーライフル叩き込まれ、アンテナは小爆発と共に破壊された。
――敵は何のアクションも示さない。
能力者達はそこからジャミング等の特殊な電波や、何かの命令を飛ばしていると考えていたのだが、どうやらその予想は外れていたようだ。
続く前衛のメンバー達も一斉射撃。
リディス機のスラスターライフルが、シエラ機と紫藤機のレーザーが、楓機の135mm対戦車砲が次々とキメラに、サムライゴーレムに襲い掛かる。
――が、サムライゴーレムはそれらを素早くかわし、装甲スライム達は自らの体を盾にして、アンテナの破壊を遮る。
それ以上の射撃を能力者達に許さず接近し、乱戦が幕を開けた。
最初に火花を散らせたのは、装甲スライムの一体とシエラのアンジェリカだった。
装甲スライムが腕を伸ばして殴りつける鉄拳を目晦ましに、それを引き戻す事無くシエラ機に向かって素早く剣を突き出す。
しかしシエラはあくまで冷静に、それらに対処して見せた。
ユニコーンの紋章が模られたメトロニウムシールドが鉄拳を受け止め、続く刺突も払い、受け流す。
「‥‥行くよ、リラ」
自らの愛機に呼びかけながら、すかさず左に一歩踏み出すと同時に、剣を突き出した事でがら空きになった背面目掛けて、限界まで機体を捻りつつ、盾の重量も計算に入れて全体重を込めたBCアクスの一撃。
「‥‥Schachmatt(チェックメイト)」
――重い斧頭と共にエンハンサーで出力の上がった光の刃が叩き付けられ、強固な装甲を粉々に砕き、中のスライムの体を焼いた。
同時にすかさず間合いを開けるシエラ――その動きは武の基本である「守・破・離」の精神を正に体現するものであった。
「‥‥取り敢えず潰してみるっきゃないか」
鈍名は一人呟き、アクセルコーティングを発動させ、胸部装甲の吹き飛んだスライムに20mmバルカンを撒き散らしながら接近した。
体勢を立て直したスライムはバルカンを装甲で弾き返し、腕を伸ばして剣を叩き付ける。
だが、それは鈍名のレグルスに受け止められた。
鈍名機の堅牢なフレームと強固な盾は、強烈な筈の鞭の如き一撃を完全に受け止める。
そして反撃のハイ・ディフェンダーの切っ先は、アンテナごと装甲を打ち砕き、穴を更に大きく広げていった。
「無茶は駄目ですよ、楓さん」
「分かってる‥‥すぐに片付けてあげるわ」
紫藤機と楓機も鮮やかな連携で装甲スライムを相手に奮戦する。
紫藤は数機で連携を取ろうとする敵を分断し、楓機が一対一の状況になれるように引き離しつつ、自ら設計した二刀のナイフ――ツインナイフを手に前進した。
振り下ろされた剣を左手のナイフで受け、すかさず右手のナイフを突き出して装甲の隙間に突き刺す。
――メキメキメキッ!!
そして力の限りその隙間をこじ開け、そこにほぼ零距離でレーザーを叩き込んだ。
「行儀の良い格闘なんて、出来ないからな」
楓は紫藤の与えてくれた隙を逃さず、相対する装甲スライムへ一気に間合いを詰めると、『緋華』と名付けた緋色の美しい機人刀を振るう。
それは腕の装甲に受け止められるが、楓機はそれに構わず強引に逆手のヒートディフェンダーを続けて叩き付ける。
赤熱の刃は易々と装甲を溶解させ、よろめく装甲スライム――しかし、楓機は止まらない。
すかさずスタビライザーを起動させ、止めの剣翼――高い耐久力を誇るスライムだが、流石に耐え切る事は出来ずに地面に沈み、その体はジュウジュウと音を立てて消滅していった。
前衛と激突した装甲スライム達は次々とダメージを負うが、その動きは死の間際まで鈍ることは無い――スライム故の体の単純さ、生命力がそうさせるのだろう。
――その上、装甲スライム達の動きは、三島と楓が以前見えた時とは比べ物にならない位鋭く、かつ連携の取れたものだった。
前衛が正しく身を盾にしている間に、隙間からまるで狙撃のような正確さで腕を伸ばして攻撃してくる。
狙撃体勢に入っていた三島と巽はそれをまともに喰らい、体勢をよろめかせた。
「か弱いジジイに何すんじゃー!!」
「コラ巽のおっちゃん!! ロックオンキャンセラー壊れとるんやないか!?」
「――失敬な事言うな!! ワシもこいつもピチピチじゃい!!」
「‥‥二人とも、無駄口は謹んで」
「「はい‥‥」」
言い争いを始める三島と巽の二人を、覚醒して性格が反転した月森の冷ややかな声が遮った。
――考えてみれば、サムライゴーレム以外は機動兵器では無く、あくまで巨大なキメラなのだ。
無論、重力破レーダー等は用いていないため、流石の最新鋭の技術でも通じる訳が無い。
‥‥それならばいつも通りに戦えば良い。
月森は覚醒して冴え切った頭の中でそう判断を下すと、徹底的に四肢を狙って砲弾を乱射する。
「その首‥‥頂くよ」
そして再び放たれるリニア砲――人間で言う上半身を吹き飛ばされた装甲スライムは、地響きを立てて大地に沈んだ。
「サムライと切り結ぶのは流石に初めてだな‥‥精々こちらのダンスに付き合ってもらうとしようか」
次々と仲間達が装甲スライムを倒していく中で、リディスはサムライゴーレムと対峙していた。
隙無く刀を構えるサムライゴーレムだが、リディスはそこに人が持ち得ない無機質な何かを感じ取る。
「‥‥サムライにしては動きが悪いな」
この時彼女は、目の前の敵が無人である事を確信した。
加えてサムライゴーレムの右腕や脇腹のパーツは、何か他の部分から強引にくっつけたようにチグハグだ――おそらくは、ちゃんとした修理を受けていないのだろう。
「(――だが、それを差し引いてもこの気迫‥‥油断は出来んな)」
そしてジリジリと間合いを詰めると――同時に、二機は動いた。
――ガンッ!!
グングニルと刀が交差して火花を散らす――だが、それも一瞬。
勢いに勝る加速された機槍が、刀を弾き飛ばしてサムライゴーレムに襲い掛かる。
サムライゴーレムはそれを捻ってかわすと、左手で腰の脇差に手を掛けた。
――リディスの全身が粟立つ。
グングニルを突き出した事で流れそうになる機体を、バーニアで強引に建て直す。
と、同時に光の刃がディスタンの傍らを通り過ぎた――バグア式の雪村だ。
大きく間合いを開けて跳び退りながら、スラスターライフルを放つリディス機。
サムライゴーレムは刀で銃弾を切り飛ばしつつ、長刀を大上段に振りかぶって叩き付けた。
一瞬の逡巡の後、ハイ・ディフェンダーでは受けきれないと判断したリディスは、機体に後退をかけてそれを回避――狙いを外れた長刀は、地面に当たって小規模なクレーターを穿つ。
――両者は正に互角。
暫く切り結んでいるにも関わらず、二機には傷一つ付いていない。
しかし、一撃でも入ったら終わる‥‥そんな戦いであった。
その均衡も、崩れるのは早かった。
「騎士の次は侍か‥‥相手にとっては不足なしだ!!」
装甲スライムを片付けた鈍名機が、リディス機の援護に駆けつけたのだ。
バルカンを乱射しながら接近し、ハイ・ディフェンダーで神速の突きを放つ。
それを右手の刀で受けるサムライゴーレム。
――次の瞬間、その右腕から火花が散り、だらりと動かなくなる。
リディスとの打ち合いに、即席で修理した腕が耐え切れなかったのだ。
そして脇腹に突き刺さる鈍名機の一撃で、サムライゴーレムの動きは一瞬だが完全に止まった。
――そのような致命的な隙を、歴戦の能力者であるリディスが逃す訳が無い。
渾身の力を込めて突き出されるグングニル――正しく限界まで強化された機槍は、唯一と言ってもいい欠点である、行動の阻害さえも感じさせない。
――最大まで加速された機槍は、一瞬にしてサムライゴーレムに三つの巨大な穴を穿つ。
そして一瞬の沈黙の後、穴から爆炎を噴出しながら、サムライゴーレムはその身を四散させた。
「‥‥日本舞踊とロシアンダンスとではリズムが合わないな、やはり」
額の汗を拭いながら、一人リディスは呟くのであった。
最後に残った装甲スライムも、楓の対戦車砲に体を貫かれて果てる。
「喧嘩を売る相手を間違えた‥‥。敗因はそれだけだ」
それを見下ろしながら、楓は堂々と言い放った。
「‥‥こいつらの目的は侵攻じゃ無さそうだな」
敵の残骸に目を向けながら紫藤が呟く――彼は敵の戦いの中に、捨て駒‥‥あるいは、何かの実験的な何かを感じ取っていた。
――そして余計気になるのが、アンテナの事。
能力者達は最初からそれらを怪しいと踏み、集中して攻撃を続けたのだが、キメラたちは最後までその身を挺してアンテナを守り続け、かなりの時間まで破壊する事が出来なかったのだ。
「――大方、前回の味を占めて傭兵の失態を生中継する魂胆だったんやないか?」
「うーん‥‥多分違うとは思うんだけど‥‥」
三島の言葉を、月森は自信なさ気に否定する。
「――ともかく帰ろうぜ。俺達は取り敢えずやる事は済ませたんだからよ」
鈍名の言葉に能力者達は頷き、ラストホープへの家路に着くのであった。
「むー‥‥もうちょっと頑張ってくれると思ったんだけどナー」
『‥‥まぁ、相手が悪かったのだろう。
しかし、前回の報告と比べると、大分抑えが効いているようではないかね。
――改良の余地はまだまだあるようだが、ね』
ドイツのとある安宿の中で、アニスはカッシングとの会話に興じていた。
破壊こそされてしまったが、それなりの成果と言えるデータをカッシングに送る事が出来た。
『――ではそろそろ失礼するとしよう。
これ以上の通信は、傍受される恐れがあるのでね‥‥。
君も逃亡中の身なのだろう? あまり長い時間は――』
‥‥ザザッ‥‥ザーッ
「‥‥あれ? おじーさま? おじーさまー?」
――不意に、通信はノイズにかき消され、同時に部屋の扉が蹴り破られた。
同時に踏み込んでくる数人の完全武装したUPC兵――長話をしている内に、傍受されてしまったのだろう。
「――アニス・シュバルツバルトだな!! バグアへの加担の咎で、貴様を連行する!!」
突きつけられる小銃――だが、アニスは全く動揺せずにゆらり、と立ち上がる。
「――君達ィ‥‥」
――邪 魔 ヲ ス ル ナ
吹き上がるような怒気に、UPC兵達はその身を凍らせる――そして目の前に迫る少女の姿が、彼等の最期に見た物だった。
――数時間後、そこには全身を粉々に潰された兵士の死体だけが残されていた。
アニス・シュバルツバルトの足跡も、ここで途絶える事となる。