タイトル:【Gr】見えざる悪魔マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/02 01:09

●オープニング本文


 補給線――それは何時の時代の戦場においても、最も重要と言っても過言では無い兵士達の生命線である。
 それはこのグラナダ戦線においても変わらない。
 だが今正にこの時、その内の一本を通っていた部隊の一つが全滅しつつあった。



「‥‥何だよ‥‥コレ‥‥」

 UPC軍の年若い兵士が、一人血溜りの中に立ち尽くしている。
 その血は今まで自分の周りにいた上官の、同僚の、部下のものであった。
 さっきまで冗談を言い合ったり、笑い合ったりしていたのに‥‥。

「‥‥えーっと‥‥何が起こったんだっけ‥‥?」

 輸送車の護衛に就いていたら、敵襲の報があって――周りを警戒してたら、いきなり傍らの同僚の「上半身が無くなって」――。
――それから――それから――?



 この時兵士は完全に正気を失っていた。
 無理も無いだろう――訳も分からない内に、理不尽な力によって一瞬にして仲間達が殺されたのだ。
 ただの一般兵に過ぎない彼の常識の範疇からは遥かに逸脱した現象を前に、彼の精神は崩壊寸前になっている。
――だが、男の忘我もそれまでだった。

――ドッ‥‥

 兵士は何かが自分の横を通り過ぎたのを感じた。
 そして、直後に右腕への僅かな衝撃。
 のろのろとした動きで見下ろすと、そこにはあるべき己の腕は存在していない。

「――い‥‥あ‥‥ぎゃああああああああああああっ!!」

 僅かに遅れて溢れ出す鮮血と共に、想像を絶する痛みが兵士を襲った。
 その痛みの前に、彼を支配していた狂気は遥か彼方へと吹き飛んでしまっている。
 続けての衝撃は足――またしても何の抵抗も無く膝から下が引き千切られた。

「――ひぃ‥‥ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

 這い出そうとして逃げ出そうにも、兵士の体は「何か」に押さえつけられてピクリとも動く事が出来ない。


(「――獣臭い臭いも、生暖かい吐息も、とんでもない力も感じるのに何で何で何でナンデ――」)

――何で、何も見えないんだ!?

 兵士は恐怖した――死ぬ事でも無く、喰われる事でも無く、敵が「見えない」という事に。
 そして、彼の頭を噛み砕こうと「ソレ」はぱっくりと巨大な顎を開ける。
 兵士が今際の際に抱いた感情は、ようやく敵が「見えた」事に対する安堵感であった。




 そして輸送部隊全滅の報が本部に伝達されたのは、その数時間後の事であった。
 これでこのルートを使っての輸送が失敗したのは何度目か分からない。


 しかも何れも文字通りの全滅――その襲撃を受けて生き残った者は誰一人としていない。
 分かっているのは、敵がほぼ単体という事と、敵の姿が「見えない」という事だけ。
 KVを護衛に付けるなど対策を施したものの、敵が見えなくては照準も合わせる事が出来ず、何も出来ないというのが現状だった。


 安全が完全には確保されないのが最前線の常とは言え、これは異常と言えた。
 平時ならばこのルートを放棄し、別ルートから輸送を行えば済む話なのだが、先日のカッシングの演説を受けてグラナダ戦線は激化の一途を辿っている、
 最も太く、最もグラナダから近い位置にあるこのルートを失う事は、将来的にかなりの痛手と成り得るのだ。
 しかし、徒に部隊を派遣しても返り討ちに遭うばかり――。
 そこでUPC欧州軍は、「少数精鋭による脅威の排除」を目指し、傭兵達を召集する事となったのである。




――同時に、軍からも一人の能力者が指名され、傭兵達に同行する事となった。
「――最早、敵の実態を知るのは君だけだ。健闘に期待する」
「‥‥確かに拝命致しました」
 司令官の言葉に、その人物は敬礼で応える。
 その目は怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖――様々な負の感情を黒く輝かせていた。




「――諸君。本日未明、君たちに密命が下された」

 前線基地のブリーフィングルームにて、君達はエリシア・ライナルトと対面していた。
 挨拶をいつも欠かす事の無い彼女だが、今日はいきなり本題を話し始めた。

「グラナダへと繋がる輸送ルート――現在、このルートは「ある敵」の脅威に晒されている。
 ――つい先日も、輸送部隊が文字通り全滅し、生存者は皆無だ
 君達の今回の任務はこの脅威を排除し、輸送ルートの安全を高める事だ」

 「ある敵」――それを言葉に乗せた瞬間、エリシアの体から怒気のようなものが吹き上がった。
 その苛烈さに君達は思わず息を呑む。

「――この敵は、純粋な戦闘能力も然る事ながら、ファームライドのような光学迷彩を持った強力なキメラだ。
 その能力を最大限に活かして奇襲を行い、蹂躙するというのが奴の主な戦法となる」

 ファームライドと同じ能力――それを聞いただけで、このキメラの凄まじさが分かるとうものだ。
 敵が見えない――それだけでも十分な脅威だ。
 事実君達の中には、ヨーロッパ攻防戦におけるFRの脅威を目の当たりにした者もいるだろう。


「そして――今回の任務には欧州軍から能力者が同行する‥‥私だ」


 驚く君達を見て、彼女は何処か遠い目をしながら説明を始めた。

「‥‥何故ならば――私がかつて奴に襲われた部隊の生き残りであり、奴の正体を知る唯一の人間だからだ」

 一年前、まだエリシアが一般兵だった時の事だ。
 彼女が所属する中隊は、イタリア戦線において夜襲を受け、壊滅の憂き目を見る事となった。
――それも、数体のキメラの手によって。
 エリシアの小隊は遁走する味方を守るため最後まで前線に残り‥‥そして全滅した。
 気の良い仲間も、恋人も、次々と倒れて行き――、

「――私も、この傷を負った」

 そう言っておもむろにエリシアは眼帯を外した。
――思わず君達はうめき声を上げる。


 そこには一目で致命的と分かる傷痕があった。
 額から左目にかけて走る、ぐずぐずに醜く抉られた一本の爪痕。
 あと数ミリずれていたら、彼女は助からなかっただろう。
 中隊を全滅させ、エリシアに瀕死の重傷を負わせたのが――今回の敵なのだ。


「――無論、私情が入っている事は承知している。
 だが、私は全てを奪ったあのキメラを前に、座して待つ事など決して出来ない!!」

 そしてエリシアは身を正して君達に敬礼した――不退転の意思を残された瞳に込めながら。

「あの忌まわしき『見えざる悪魔』を葬る任務に、どうか私を加えてくれ――!!」


――君達は是非も無く頷いた。

●参加者一覧

葵 宙華(ga4067
20歳・♀・PN
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
天狼 スザク(ga9707
22歳・♂・FT
エドワード・リトヴァク(gb0542
21歳・♂・EP
乾 才牙(gb1878
20歳・♂・DG
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG
レオン・マクタビッシュ(gb3673
30歳・♂・SN

●リプレイ本文

「見えざる敵は獅子とならん‥‥か」

 緊張の面持ちで葵 宙華(ga4067)がぼそり、と呟く。

「光学迷彩を纏うキメラか。難しい相手だが‥‥知能が獣という点に到っては、ファームライドに乗るゾディアックよりは、いくらかマシか‥‥」

――だが、それはあくまで『いくらか』マシ、と言った程度に過ぎない。
 クリス・フレイシア(gb2547)は思わず唾をごくり、と飲み込む。

「危ないと言われるとやりたくなってしまうという事もありますよね」

 自信に満ちた乾 才牙(gb1878)の言葉。
 しかし彼の心の内には、同時に不安が存在しているのもまた事実だった。

「ハイリスクハイリターンの楽しいお仕事。
 はてさて獅子狩りと行きましょうかねぇ‥‥中尉さんのためにも」

 ペイント弾をマガジンに込めながら、笑顔を浮かべる早坂冬馬(gb2313)だが、ふっ、と笑みを消して『彼女』へと視線を向ける。

――今回の目標であるキメラに戦友達を殺された過去を持つエリシアの表情は、非常に険しいものだった。
 友人である紅 アリカ(ga8708)やエドワード・リトヴァク(gb0542)、レオン・マクタビッシュ(gb3673)らは、その様子を心配そうに見つめる。
 それを見かねた天狼 スザク(ga9707)が彼女の肩を叩く。

「何としても仇を取りましょう。ただ、死んでしまった人達は貴方に生きて欲しいと思っていると思います。
 それだけ、覚えていて欲しいです」
「――気遣い感謝する、テンロウ」

 エリシアは彼の言葉に、ぎこちなくはあったが、笑みを以て応えてみせた。




 葵の準備した野営用、そしてキメラの待ち伏せ用のトラップ用の道具類、そしてあらかじめ申請しておいた蛍光ペンキの缶などの軍の備品等を積載し、能力者達はエドワードとクリスの車両に乗り込み、一路輸送ルートをなぞるように移動し始めた。
 乾はリンドヴルムに搭乗してそれに併走する。
 無論、走っている間にも警戒は怠らない。
――だが移動中は特に何も起こらず、無事天狼の誘導の下、最初の待ち伏せ地点に到着したのであった。



 道路が貫く小さな森の中に存在する小さな広場――そこが最初の待ち伏せポイントだった。
 能力者達は罠設置をする者、周辺監視をする者、休息する者と別れて行動を開始する。
 防寒シートを張って拠点とし、その周囲に風船の中に蛍光ペンキを入れて膨らませたものや、蛍光ペンキを満たした小さな落とし穴などを手分けして設置し、森の中には広範囲に渡って鳴子を張り巡らせ、高い木の上にはライトを設置する。
――残念ながら葵の考えた輸血パックを使った囮の罠は、貴重な医療品を無駄には出来ない、と貸し出しの許可が下りなかったため、用意する事は出来なかったが。



「カンが当たればラッキーなんだけどねぇ」

 周辺監視の者は、罠設置をしている間に敵の襲撃を警戒していた――今の時間は葵の番だ。
 彼女は高い木の上に陣取り、擬装用の布を纏って見張りを始めた。
 風下を重点的に警戒していると――、


――ガサリ


 と、落ち葉を踏みしめるような音が響いた。
 咄嗟に銃を構える――今のは明らかに人為的な音。
 神経を研ぎ澄まし辺りを見回すが、何も異常は感じられない。
――気のせいだったのか? と思った瞬間、下から紅の声が響いた。

「‥‥そろそろ日が暮れますから、集団行動を取りましょう」
「――うん、分かった」

 紅の呼びかけに応じて木の上から下り、広場へと向かう葵。



 この時彼女がもう少し注意深く観察する事が出来れば、事態は好転していたかもしれない。
‥‥もうそれは既に無意味な仮定に過ぎなかったが。





 日が落ちてから、能力者達は三人一班でローテーションに入った。
 一斑は天狼、早坂、クリス。二班は葵、エドワード、乾。そして三班には紅、レオン、エリシアという編成だ。
 車のヘッドライトや、各種照明で辺りを可能な限り照らし、能力者達は再び監視を開始する。



 何度目かの役目の交代を済ませる頃には、辺りにはすっかり夜の帳が下りていた。

「――それじゃあ、後は宜しくお願いします」
「ああ、任せておけ」

 クリスの言葉に、エリシアは頷いた。
 車の中で休息に入る一斑の面々に労いの言葉をかけながら、紅たち三人は周辺監視を始める。
 冬の足音は確実にこの国にも迫っており、彼等の吐く息は既に白い物になっていた。
 澄んだ空気の中で、三班の三人はしばし無言だったが、不意にレオンが口を開く。

「‥‥中尉。これは過去の一つとの決別です‥‥もう、逃げる訳には行きません」

 唐突な言葉のようだったが、エリシアはただ黙して聞いていた。
 休憩中も、碌に睡眠も取らずに周囲を警戒し続ける彼女の姿は、本当に痛々しいもののようにレオンには感じられたのだ。
 だが、彼はあえて厳しい言葉をかけたのだった。

「‥‥済まないな、二人とも」
「‥‥気にしないで下さい中尉‥‥だって、仲間で‥‥友達じゃないですか」

 傍らの紅も、彼女に優しく微笑みかける。
 エリシアも今回始めての柔らかな彼女本来の笑みをその顔に浮かべる。


――カランカランッ!!


 だがその笑みは鳴り響いた鳴子の音を聞き、瞬時に凍り付いていた。




――カランカランッ!!

 鳴子の音が静かな森の中に木霊する。
 その時、森の中を警戒していたのは葵ら二班のメンバー達だった。
 葵が隠密潜行を、エドワードが探査の目を発動させ、乾がリンドヴルムを纏って臨戦態勢に入る。

「――乾さん‥‥『視え』ますか?」
「‥‥ええ、しかしこれだけ障害物が多いと‥‥分かりにくいですね」

 エドワードの声に乾が眉根を寄せながら答える。
――彼は元々盲人だが、第六感とも言えるもので物の形や動きを捉える事が出来る。
 しかし、流石に森の中ともなると、『視える』ものが多過ぎて細かいものまで捉える事が出来ない――つまりは暗闇の中では視界を確保できない他の二人とほぼ同じ状態に陥っていた。

「――ともかく、皆の所まで後退しよう?」

 葵の言葉に頷く二人――いくら見通しが良いとは言え、ここは不利だ。
 武器を油断無く構えながら、じりじりと後退していく。
 そして広場に戻ると同時に、車の下へと駆け出した。


――そして森の奥から凄まじい勢いで迫り来る『何か』を、エドワードと乾の二人が捉えたのはほぼ同時だった。


「――葵さんっ!!」

――乾が警告の叫びを上げるが、間に合わない。
 葵の体は、まるで砲弾のような勢いで突進してきた『何か』の直撃を受け、悲鳴すら上げられずに吹き飛ばされた。

「‥‥く、はっ‥‥ゴボッ!!」

 まるで壊れた蛇口のように黒血を吐き出す葵――吹き飛ばされた時の衝撃であちこちの骨が砕かれていた。
 さらに追い討ちをかける『何か』。

「――俺は仲間を‥‥救いたい!!」
「――させないっ!!」

 辛うじてエドワードと乾が割って入り、バックラーで防御する。
 そして同時に振るわれたエドワードの一撃を飛びのいてかわした『何か』は距離を取って身構える。
 一瞬だけ見えたその姿は、正しく黒い獅子――ディスプレッサーデーモン。
――見えざる悪魔が、その姿を現したのだ。



「‥‥葵さんっ!!」
「――させんっ」

 二班の惨状を視界に収めると同時に、紅とエリシアは駆け出し、レオンは車を叩いて一斑の者達を叩き起こす。
 だが、彼女達が駆け寄るより先に、紅の傍らにあった風船が割れる方が早かった。

「――ッ!!」

――同時に紅の足に走る灼熱感。
 側面から強襲したもう一匹のDデーモンの爪が、紅の足の肉を抉り取っていた。
 膝を突く彼女に襲い掛かるもう一つの気配――紅に出来たのは、真テヴァステイターで精一杯己の身を護る事だけ。

――グシャッ!! メキッ!!

 何故か遠くに聞こえる肉の抉れる音と骨の砕かれる音を聞いて、はっ、と顔を上げる。
――そこには、自らの腕を使ってDデーモンの顎を受け止めるエリシアの姿。
 紅が目を見開き、声無き悲鳴を上げる――同時に紅の足を切り裂いたもう一匹が、エリシアに狙いを変えて飛び掛った。


――車から降りた天狼と早坂が駆け、レオンとクリスが銃を構える動きは、まるでスローモーションのように感じられる。
‥‥それほどまでに、Dデーモンの動きは速かった。


 エリシアの腕の骨が噛み砕かれ、だらり、と垂れ下がる。
 全身がずたずたに切り裂かれ、鮮血が迸る。
 そして最後に爪の一撃を受けて力無く吹き飛ばされ、地面に倒れた。
――その体は、ピクリとも動かない。

「あ‥‥ああああああああああっ!!」

 紅の目の前が真っ赤に染まる。
 脚の痛みすら忘れて、目の前のDデーモンにありったけの銃弾を叩き込んだ。
 尚も追い縋ろうとする彼女を、天狼が押し留める。

「――落ち着け!! 一人で突っ込むな!!」
「‥‥まだ息はあります!!」

 同時に後方からクリスが叫ぶ。
 エリシアの口からは、弱々しくはあるが吐息が漏れ出していた――その言葉を聞いた紅の頭は急速に冷えていく。
 本当ならば、今すぐにでも駆け寄ってエリシアの治療をしたい。
 だが、目の前の敵はそれを許してくれるような相手では無い以上、やる事は決まっている――それは、一分一秒でも早く敵を倒す事。

「待っていて下さい中尉‥‥!!」

――かけがえの無い友が為に、紅は武器を構えた。





――銃声と共に、地面に着弾したペイント弾が闇夜に燐光を浮かべる。
 早坂は舌打ちしながらマガジンを交換する――これが最後のペイント弾だ。
 三匹のDデーモンの内、二匹は未だに光学迷彩で姿を隠したままだった。
 しかも容易にこちらには近付かず、じわじわとこちらを追い詰めるような戦い方のため、中々当たってくれない。

――既に豊富に用意したはずのペイント弾は殆ど底を尽き、能力者達の身に刻まれる傷も確実に増えていた。

 だが、再び襲い掛かって来るDデーモンに向けて、早坂は酷薄な笑みを浮かべる。

「無傷で食い荒らせるなんて、思ってませんよねえ?」

 銃声――零距離で放たれたペイント弾が、Dデーモンの体にしっかりと浴びせられていた。
――あと一匹!!

「――皆、目を閉じて下さい!!」

 紅が叫ぶと同時に、凄まじい轟音と共に閃光手榴弾が炸裂した。
 白光に目を焼かれ、動きを止めるDデーモンに、クリスとレオンが次々と銃弾を打ち込んでいく。

――これで全てのDデーモンの姿が顕になった。

「‥‥でも、ここからが本番だね」

 ライフルに実弾を装填し、クリスは再び油断無く構える。
 Dデーモン達もこれ以上の小細工は無用と飛び掛り――命を削る消耗戦が幕を開けた。




「糞が!! 百辺逝け!!」

 覚醒して荒々しい口調の天狼がゼルクで爪を受け止め、返す刀で蛍火を叩き付ける。
 体勢を崩すDデーモン――そこにありったけのスキルを込めた一撃を放った。

――深々と突き刺さった刀身が、Dデーモンの体を貫通する。

 しかし、それでも尚Dデーモンは生きていた。
 再び振るわれる豪腕――金属をも切り裂くような鋭い爪に一撃を受けた天狼の体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

「――天狼!!」

 その場を飛び退ろうとしたDデーモンの足元に炸裂する銃弾――レオンの支援射撃だ。
――実戦経験は豊富でも、能力者としては未熟‥‥だからこそ、レオンは支援に徹していた。
 キメラの皮膚は貫けないが、確かな経験に裏打ちされた射撃は、確実に敵の動きを止める。
 そこに閃く光の奔流――早坂の試作機械刀の一撃が、Dデーモンの首を跳ね飛ばした。

「‥‥あと二匹、ですね?」

 にやり、と早坂は不敵な笑みを浮かべて見せた。




――葵は朦朧とする意識の中にあった。
 自分を襲ったDデーモンは、エドワードと乾によって足止めされていたが、二人の傷はかなり深い。
 しかし、キメラは既に倒れた自分に気を払ってはいない。

「‥‥舐め‥‥ないでよ‥‥」

 悪態を吐きつつ、彼女は自らの体に鞭打って照準を合わせる。
――傷の痛みと大量の出血で目は霞み、ただでさえ残像を纏うDデーモンの姿は一定せず、力の入らない腕は震え、銃を取り落とさないようにするのが精一杯だ。

「‥‥あたしの体でしょ‥‥言う事‥‥聞け‥‥っ!!」

 ぎりっ、と歯を食い縛り、鉄の意志でもってそれらを強引に抑え付ける。

――ゴキッ!!

「――ぐぅっ!!」

 その時、敵の強烈な一撃を受け止めたエドワードの腕が、限界を超えてへし折れた。
 そしてDデーモンはその勢いのまま、葵に止めを刺そうと突進を仕掛けてくる。
――だが、乾がその脚を切り飛ばし、スキル・竜の尾を発動させて、光学迷彩を解除した。

「――今ですっ!!」
「‥‥ナイスアシスト」

 輪郭をはっきりとさせるDデーモンの眉間に、必殺の一撃――それを見届けた葵は、満足げに意識を手放した。





――エドワードの持つヴァジュラの紫電を帯びた一撃を受けた最後のDデーモンが、ドサリと倒れる。
 と、同時に彼もまた力尽きるように膝を突いた。
 倒れた仲間を身を挺して守り続けていた彼の体は、最早限界に近い。
 最後の錬力を振り絞ったロウ・ヒールも焼け石に水だ。
 そして、それは残りの全員も同じだった。

――辛うじて無事と言えるのは、堅牢なアーマーを纏っていた早坂ぐらいのものだ。

 しかし、その場に蹲る訳にはいかない。
 紅が脚を引き摺りながらも、エリシアに駆け寄る。


――彼女の姿は、酷い物だった。


 右腕は半ばまで千切れ、僅かに残った肉と皮膚で辛うじて繋がっている状態。
 全身に刻まれた傷からは彼女の鼓動に合わせて、血が止め処なく溢れ出していた。

「‥‥中尉っ!!」
「――ア‥‥リカ‥‥無事‥‥か‥‥?」
「‥‥はい‥‥でも、何で‥‥こんな‥‥」
「‥‥奴に‥‥最初に、やられたのは‥‥『あの人』だった‥‥」
「――!!」

 『あの人』――キメラに改造された、エリシアの思い人。

「‥‥だ、から‥‥き、みが‥‥一瞬‥‥あの人に、見えて‥‥。
 ――良かった‥‥今度は‥‥助けら、れ‥‥」
「――もう、もう喋らないで!!」

 命を削り取るかのように語るエリシアを、紅は涙を流しながら止めた。
 そしてクリスが彼女に応急処置を施していく。

「――絶対に‥‥助ける!!」

 そして早坂やレオンも天狼や葵、エドワードを治療していく――だが、それもここでは限界があった。
――能力者達は最寄りの前線基地に緊急通信を送って治療へリを要請し、合流地点に向けて車を走らせるのだった。




 そして数時間に及ぶ手術の結果、重傷を負った三人は命を取り留める事が出来た。
 だがエリシアの意識が回復する事は無く、未だに集中治療室にて治療が続けられている。

「‥‥中尉‥‥いえ、エリシア‥‥目が覚めたら、兵舎に遊びに来て下さいね‥‥」

 約束ですよ? と集中治療室のガラス越しに、紅は呟く。
――その頬から涙が零れ、床に当たって弾けた。