タイトル:誕生会ミッション発令!マスター:ドク

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/12 23:11

●オープニング本文


「‥‥ふふ、やはり休暇は良いものだ」

 多くの人々が行き交うショッピングモールを、エリシア・ライナルトはご機嫌な表情で歩いていた。
 その手の中には、先ほどまでお気に入りの店を回って買い集めた、服やアクセサリーが入れられた買い物袋。
 久々に取れた休みを、エリシアは満喫していた。
 が――、

「‥‥さて、奴らは――」

――不意に、エリシアが手鏡を取り出して背後を窺う。

(「――中々上手く溶け込んでいる‥‥だが、まだまだ甘いな」)

 心の中で「彼ら」の技術に苦笑しながら、エリシアは再び歩き出し、再び楽しいショッピングの「フリ」を続けるのであった。




「――軍曹‥‥中尉が帰路に着くようです」
「よし伍長、お前はこのメモを持って帰還しろ――俺は念のため追跡を続ける」

 エリシアから着かず離れずの場所を、伍長と、先輩である軍曹が歩いていた。
 伍長と別れると、軍曹は路地へと入っていくエリシアを追い、ごく自然な歩調で、かつ早足に入っていく。

「‥‥で、私に一体何の用だ軍曹?」
「――ッ!!」

 路地に入ってすぐの場所に、エリシアが壁に背を預けて立っていた。
 彼女の隻眼から放たれる眼光に、軍曹は背筋が凍りそうになるのを必死に耐える。

「――気付いて、いたんですか?」
「当たり前だ。街中であれほど気配を消していたら、逆に目立つ」

 エリシアの眼帯からは青白い炎が漏れ、髪は銀に近い白に輝いていた。
 覚醒――軍曹は最早逃げられない事を悟り、両手を上げて無抵抗の意思を示す。

「――完敗です、中尉‥‥しかし俺も軍人の端くれ、決して何も喋りませんよ」
「勘違いするな、軍曹」
「‥‥勘違い、と言いますと?」
「――貴様が誰の命令で動いているかなど、当に見当は付いている。
 これは‥‥いわば私刑だ」

 毅然としていた軍曹の表情が、今度こそ完全に恐怖の色に染まる。
 ガタガタと震える自分の体を押さえつける事が出来ない。

「私の休暇――そして、楽しいショッピングの時間を台無しにした罪、その身に刻め」

――路地裏に、生々しい打撃音と軍曹の悲鳴が響き渡った。




 UPC欧州軍の本部には、一人の風変わりな老人がいる。
 ブライアン・ミツルギ大佐――かつては勇猛さと鋭い戦術眼に優れた指揮官として、バグア襲来以前から軍人として生きてきた男だ。
――60歳を超える高齢になった彼は今、UPC軍生活物資管理官――言ってしまえば「倉庫番」という閑職に就き、未だにUPC欧州軍の執務室に存在していた。

――コンコン。

 ノックの音に、大佐は顔を上げ「どうぞ」と応えた。
 その声と同時に、ドアが乱暴に開け放たれ、人間大の物体が投げ入れられる。
――それは顔をボコボコに腫らし、白目を剥いて気絶する哀れな軍曹であった。

「おお中尉、久しぶりじゃな。相変わらず元気そうで何よりじゃ」

 大佐は軍曹の事を完全に無視して、彼を放り投げた人物――エリシアに向かってにこにこと微笑んだ。

「――大佐‥‥説明を」
「はて、何の事じゃろう?」
「――とぼけるのはお止め下さいっ!!」

 エリシアは顔を怒りで紅潮させながら、大佐のデスクをバンッ!! と叩いた。

「――私の部下に無理やり命令し、あんな下手糞な尾行をさせてまで私の休暇の邪魔をした理由です!!」
「そりゃあ、勿論――中尉、いやエリシア嬢ちゃんの好みは何なのか調べるために決まっとろう」
「‥‥」

 エリシアはさらり、と当然の如く言ってのける大佐に呆れる余り、二の句が告げなくなる。
――この人は昔からこうなのだ。自分の上司だった頃も、父が生きていた頃も‥‥。

「いや久しぶりに見たいもんじゃなぁ‥‥何時だったか、エリシア嬢ちゃんが軍に入った年に、熊のぬいぐるみをプレゼントした時の緩みきった顔といったら――」
「〜〜〜〜っ!! おじ様――――!!」

 エリシアは顔を耳まで真っ赤にしながら大佐の言葉を遮った。



――エリシアとブライアンの付き合いは、もうかれこれ二十年以上になる。
 まだ幼いエリシアを養っていた彼女の父を気遣い、様々な援助をしてくれた当事の上司が、このブライアンだった。
 それ以来エリシアが軍に入った時も、能力者になった時も、色々と世話を焼いてくれた好々爺なのだが――困った事にいつまでもエリシアを子ども扱いし、誕生日になるとあの手この手で彼女の好みを調べ上げ、プレゼントを贈りつけて来るのである。



 ここ数年は、もういい大人なのだからとエリシアは断っているのだが、恥ずかしがる彼女を面白がるブライアンは止めようとしなかった。
‥‥まぁ、プレゼントを渡されるとついつい喜んでしまうエリシアもエリシアなのだが。
 そして今年の誕生日は、先のアジア決戦の作戦行動と重なってしまったため、うやむやになっていたのだが、ブライアンは未だに誕生日プレゼントを贈ろうと画策を続けていた訳である。

「大体私の誕生日はとっくに過ぎていますし、アジア決戦から日もそれ程経っておらず、兵や傭兵達も疲れきっています。
――そのような時に、私個人の誕生日を祝って頂く訳には参りません」

――今年ばかりは、諦めてもらいます。
 そう言い残して、エリシアは去っていった‥‥軍曹を残して。

「――ふむ、親父に似て頭が固い娘になってしまったのう‥‥このような時だからこそ、娯楽や休息が必要じゃと言うのに‥‥」

 やれやれと肩を竦めながら溜息を吐く大佐だったが、すぐさま悪戯めいた笑みを浮かべて傍らの内線の受話器と取った。

「――あー、伍長かね? ワシじゃ。‥‥どうやら失敗したようじゃし、第二プランに移ってくれんか?
 ‥‥何? 『そんな事したら中尉に殺される?』‥‥はっはっは、何を言う。
 先輩である軍曹がボコボコにされたと言うのに、おぬしだけが無傷では不公平じゃろ?
 とにかく、これは命令じゃ。違反したら営倉入りじゃぞー」

 そう言って問答無用に内線を切った大佐は、当日エリシアがどんな顔をするか楽しみで仕方ないと言った笑みを浮かべるのであった。

「ふっふっふ、エリシア嬢ちゃんよ‥‥プレゼントが、いつも物とは限らんぞ?」




 無慈悲にも切られた内線――伍長は絶望のあまり絶叫していた。

『――ち、ちょっと待って下さい大佐!! 返事をして下さい大佐あぁぁぁぁっ!!』

――ツーッ、ツーッ‥‥




――そして翌日。
 UPC本部の掲示板には、再び不可解な依頼が表示される事となった。

『〜ドッキリ誕生会ミッション〜
 鉄面皮で知られるエリシア・ライナルト中尉を、あっと驚かせる誕生パーティを開こう!
 無論、それにかこつけて身内で騒ぐも良し、友との交流を深めるも良し‥‥。
 心と体の疲れなど、思いっきり吹き飛ばせ!!』




――その更に翌日。
伍長は兵舎の私室でボロ雑巾のようになった姿で同僚に発見されたと言う‥‥。

●参加者一覧

/ 幡多野 克(ga0444) / リュイン・グンベ(ga3871) / クラーク・エアハルト(ga4961) / 砕牙 九郎(ga7366) / 秘色(ga8202) / 紅 アリカ(ga8708) / 神無月 るな(ga9580) / ジェイ・ガーランド(ga9899) / エドワード・リトヴァク(gb0542) / 朔月(gb1440) / 御巫 ハル(gb2178) / 美環 響(gb2863) / レオン・マクタビッシュ(gb3673

●リプレイ本文

 その日、UPCの執務室の一つに何人もの能力者達が集っていた。
 初対面の者も、顔見知りの者も互いに挨拶をし合い、今回のサプライズパーティに向けての意欲を燃やす。

「エリシア中尉の‥‥誕生パーティを‥‥すると聞いて‥‥。急遽‥‥俺もミッション参加‥‥」

 以前、伍長の不手際で行われたエリシアにケーキを届ける依頼に参加した幡多野 克(ga0444)が静かな声にやる気を滲ませる。

「‥‥ケーキ依頼の時‥‥中尉はすごく‥‥嬉しそうだった‥‥。ああいう笑顔は、また見てみたいね‥‥」

 そう言って幡多野は傍らの秘色(ga8202)、紅 アリカ(ga8708)、エドワード・リトヴァク(gb0542)、朔月(gb1440)の四人に声を掛ける。
 彼らは幡多野と共にケーキ依頼に参加した仲だった。

「スキップ中尉の誕生日かえ。
 其れは気張って準備し、此度も喜び笑顔でスキップして貰わぬとのう」

 秘色が悪巧みを考えるのが楽しくて仕方ないとばかりに、艶やかな笑みを浮かべながら呟く。
 ‥‥ちなみにスキップ中尉というのは、ケーキ依頼が張り出された際にエリシアが嬉しさの余りした動作が由来である。

「依頼でもお世話になってる人の誕生日パーティ‥‥。
 兵舎にも顔を出して良くして貰っていますし、楽しい一日にしなくちゃいけませんね‥‥!!」

 力強く頷いたエドワードは、どのようにエリシアをもてなそうかと、頭をフル回転させていた。

「ふふん――久々に腕が鳴るよ」

 朔月は既に贈り物を考え付いているようで、準備運動のように指を鳴らしながら意気込んでいる。

「‥‥何度もお世話になってるし‥‥エリシア中尉に喜んで貰えたら、嬉しいですね」

 そして能力者達の中で最もエリシアと付き合いの長い紅は、今回恋人であるジェイ・ガーランド(ga9899)と共に参加していた。
 本部でこの依頼を見つけた紅が声を掛けた際、

『へえ、エリシア中尉の? それはいい。私も手伝わせてくれ、アリカ』

 と、乗り気になったのだ。
 自らが尊敬する数少ない女性の誕生日パーティとあって、紅はかなりやる気になっているようだ。

「私も負けてはいられないな」

 そんな彼女が懇意にしている人物の誕生パーティだ。ジェイ自身もかなり乗り気になっていた。




 そんな事を話している内に、この執務室の主である、ブライアン・ミツルギ大佐が現れた。

「――能力者諸君、ご苦労様じゃな。まさかこれほどの人数が集まってくれるとは正直思っておらんかったが‥‥とにかく、感謝するぞい。
 ‥‥おっと、忘れる所じゃった――ワシが今回の依頼人、ブライアン・ミツルギ大佐じゃ」

 皺だらけの顔一杯に満面の笑みを浮かべながら、大佐は能力者達に挨拶した。

「――あらかじめ言っておくが‥‥今回のパーティ、この施設にある全ての備品、部屋、食材を使う事を許可する」

 この兵舎の規模を考えるとかなり無茶な許可の筈だが、大佐はさも当然の如く言ってのける。
 おそらくはUPC生活資材管理官であるその手に有する全ての権限を使って、今回の事のために根回しをしていたのだろう‥‥そこまでしてエリシアのベストショットを見たいと言うのだろうか?

「‥‥何やら、お主とは仲良くなれそうな気がするのう」

 秘色はこの老人に、妙な親近感を感じていた。
 そしてそれはリュイン・カミーユ(ga3871)と砕牙 九郎(ga7366)も同じだった。

「それにしても‥‥あのエリシア中尉が可愛いもの好き乙女だったとは驚きだ」

 ――情熱を秘めた熱い女‥‥というのが、先日依頼でエリシアと一緒に戦場に立った際の第一印象だったせいか、リュインは正直驚きを隠せないようだ。
 尤も、今は驚きよりも何処か楽しげな思いの方が強いが。

「‥‥どんな可愛らしいリアクションをしてくれるか、楽しみだってばよー」

 砕牙は巨体を丸めながらくくく、と笑う。
 勿論エリシア自身の誕生日を祝福したいという気持ちもあるのだが、彼生来の「好き好んで地雷を踏みたがる」性格が強く前面に出てしまっていた。

「‥‥ふっふっふ、意外じゃろう‥‥楽しみじゃろう‥‥何せこぉんな顔が見れるのじゃからのう‥‥」

 まるで悪戯小僧のような表情で笑いながら、大佐は本棚から分厚いファイルを一つ取り出す。
 そこには「エリシア嬢ちゃんの成長記録」とタイトルが書かれている。

「――これが八歳の誕生日の時‥‥それからこれが五歳の誕生日の時じゃな。
 ‥‥この時はプレゼントがお気に召さなかったのか『これじゃない〜』と騒いでな。
 その顔がまた――」

 心底面白がっている様にも聞こえるが、大佐の細めた目の奥には、まるで孫を慈しむかのような優しげな光がある。
 それを見た能力者達は、この老人が本当に心の底からエリシアを大切にしているのだと分かった。

「――こりゃ、腕によりをかけないとな。
 エリシアの休日を一日無駄にしちまった事、これでもちょっとは反省してるんだ」

 御巫 ハル(gb2178)が気合を込めて拳を手のひらと打ち合わせる。
 そんな大切な人の誕生パーティを任されたのだ。全力でやらなければ、バチが当たるというものだろう。
 能力者達は気持ちを新たに、誕生パーティの準備に取り掛かるのであった。




 粗方参加した者達が出て行った後、執務室には砕牙とクラーク・エアハルト(ga4961)の二人が未だに残っていた。

「ところで、少しお話しが――」
「――あるんだってばよ」

 彼らはすっ‥‥と大佐に近付くと、小さく耳打ちをする。
 すると大佐が満面の笑みを浮かべて、ぐっ!! と親指を立ててその申し出を許可した。

「――感謝します。それではクラーク・エアハルト、任務を開始します」
「んじゃ、楽しみに待っててくれよ!!」

 元軍人らしく綺麗な敬礼をするクラークと、調子良くしゅたっ! と片手を上げて出て行く砕牙を見送りながら、大佐はまたもや悪戯めいた笑みを浮かべていた。

「頼むぞ、若いの‥‥」




 場所は兵舎の一角にある小さめの会議室。そこを借り切ってパーティの会場とする。
 能力者達はそれぞれ別れて自分達の役目を果たそうと奔走していた。

「それでは神無月さん、準備は宜しいですか?
 ――準備と言うのは、言うならば一つの戦争ですからね」

 エリシア中尉誕生日会・会場設営班・主任総務担当官(自称)のクラークが、傍らの神無月 るな(ga9580)に声をかける。

「えーっと‥‥飲んで騒いで楽しんで‥‥ついでに誕生会ですか? あはは‥‥」

 クラークの大げさな物言いに少々呆れながらも、神無月自身のやる気は十分に高かった。
 誕生日は、特に自分にとっては名前と同じくらい大切なものなのだ。
 それは他人のものであっても変わりはしない。

「‥‥椅子と机‥‥到着だよ」
「数はこれくらいで十分かねー?」

 幡多野と砕牙は倉庫から椅子や机を運びこんでいた。
 ――それらは事前にクラークが許可を得たものだ。

「ああご苦労――ではこっちを手伝ってくれんか?」

 会場の飾りつけに使う紙のリングや、和紙で作った花などを作っているリュインが砕牙を呼び寄せる。
 リュインが作る飾りの一つ一つ、それら全ては非常に丁寧で、美しく作られていた。
 彼女は料理こそ出来ないが、裁縫などの技能はそれなりに高いようだ。
 そして、出来上がった飾りは、ジェイや神無月、そして美環 響(gb2863)が飾り付けていった。

「これは何処に飾りましょうかね?」
「うーん、こっちが良いかと‥‥」
「――美環さん、私こんなものを用意したのですけれど」
「わ、ぬいぐるみですか? ――そうですね‥‥じゃあ端っこにこんな感じで――」

 そして粗方飾りつけが終わると、次は運び込んだ椅子や机を クラークや幡多野といった男性陣がセッティングしていく。

「‥‥それじゃ、レイアウトは‥‥こんな感じで‥‥」
「いや、むしろ奇をてらってこんなのは――」
「うっしゃー!! 任せるってばよー」

 ――わいわいがやがやと準備は着実に進んでいく。




 一方料理班である秘色、紅、エドワード、御巫ら四人は、手狭な厨房の中を縦横無尽に駆け回り、パーティに出す料理作りに精を出していた。

「‥‥フライドチキン、揚がりましたよ」
「おお、ご苦労様じゃな。
 サンドイッチの具はもう出来上がっておるから、もう挟んで盛り付けても構わんぞ」
「うっしゃ、まかせときなー」
「――秘色さん、ケーキ焼き上がりましたよ」
「うむ、良い塩梅じゃ――こっちは我がやる故、エドワードは他の菓子を頼むぞ」
「分かりました!!」

 出来上がった料理はフライドチキン、タマゴ・ツナ・BLT・ジャム・チョコといった様々な種類のサンドイッチ、秘色特製のハムやチーズ、胡瓜などを使った洋風ちらし寿司など、本格的なものではなく、全て軽く食べられるものが主だ。
 お菓子は秘色のショートケーキ――勿論上には「Happy Birthday エリシア」と書かれたプレート――エドワードのダンディーケーキ、その他にもクッキーやスコーン、シュークリーム等――無論、全て手作り。

「‥‥後は、飲み物なんですが‥‥」
「――済まない、待たせてしまったな」

 紅の呟きに答えるように、扉から大小様々な紙袋を抱えて現れたのは、この依頼の参加者の最後の一人、レオン・マクタビッシュ(gb3673)だ。
 彼は準備に足りない資材や、食材の調達のために買い物に行っていたのだ。

「――どれどれ、リュインのシャンパンに、ビールにジュースにお茶に‥‥うわ、こんなの飲む奴いるのか?」

 レオンが買って来た飲み物を一つ一つ取り出していた御巫が思わず呻いた。
 紅がそれを訝しんで覗き込む。

「‥‥どうしたんですか――って、これはワインに‥‥スコッチ?
 ‥‥こんな度の強いお酒、誰が?」
「――ああ、それは個人的な持ち物だよ。そして、飲むのは無論私だ」

 そんなレオンに呆れながらも、パーティ用の料理は次々と出来上がっていくのであった。




「‥‥なんて感じで盛り上がってるんだろうな、あっちは」

 そして、一人部屋で黙々と作業するのは朔月である。
 彼女の役割は、パーティに飾り付けるための人形を作る事であった。
 依頼を受けた日からこつこつと作り上げてきたのだが、予想以上に時間がかかり、必死の追い込みを続けている。
 彼女生来の凝り性のせいか、不眠不休、飲まず食わずの作業のため、疲労はピークに達していた。

「くそっ、負けるか!! パーティに遅れるなんて事があったら恥だ」

 挫けそうになる心を奮い立たせ、朔月は再び針と糸を取る。
 その手には、作り掛けのデフォルメされたエリシアのぬいぐるみ。
 傍らには、彼女の乗機であるウーフーのぬいぐるみが大型一つ・中型二つ、既に出来上がったものが取り揃えて置いてあった。
 特に大型ウーフーとエリシアぬいぐるみは、重みを持たせるためにウレタンや綿では無くタオルが詰められ、中身を種類によって変えるという凝り様だ。

「よし、ラストスパートと行くか!!」

 もう一つおまけに気合を入れて、彼女は無心に目の前の人形に集中した。




 殺風景だった会議室は、今や豪華で可愛らしいパーティ会場へと姿を変えていた。
 壁中には色取り取りの折り紙や和紙で出来たリングや花が鏤められ、壁の隅には神無月が持ってきたぬいぐるみ。
 部屋の中央に置かれたテーブルには可愛らしいテーブルクロスがかけられ、所々にリュインによって花が活けられ、彩を添える。
 そして、今回の主役であるエリシアが座る椅子は、背には白いクロスがかけられ、これまたリュイン手作りのクッションがしかれていた。
 一目見ただけならば、元がパイプ椅子だとは到底分からないだろう。

「う〜〜、やっと終わった‥‥腹ごなしに紅茶と何か頂戴〜〜」

 ドアが開き、倒れこむようにして朔月が現れた。
 その手には、大きさの様々な人形達が抱えられている。どうやらギリギリで完成したようだ。

「‥‥ご苦労様です、朔月さん」
「――さて、これでようやく完成ですね」

 紅が労いの言葉をかけ、ジェイは朔月から中型のウーフー人形二つを受け取ると、用意してあった横断幕の端と端を人形に持たせ、正面の壁に貼り付ける。

「これは必須で御座いましょう」

 そこには大きく、「Happy Birthday エリシア」と書かれていた。

 今度はテーブルの上に次々と料理が並べられる。
 ――サンドイッチ、フライドチキン、散らし寿司。
 ――クッキー、スコーン、そして蝋燭のたてられたケーキ‥‥。
 そして最後に御巫が運んできたものを見て、皆は思わず目を奪われた。

「うわぁ‥‥凄い!!」
「――これは大したものだな」
「ふふん、まぁまぁ褒めるな褒めるな♪」

 美環とレオンが口々に賞賛の声を上げる。
 それは、スイカと、パイナップルをくり抜いた器に入れられたフルーツの盛り合わせだった。
 瑞々しい器の中に、一口大に切ったイチゴ、キウイ、スイカ、メロン、バナナがふんだんに盛られ、その上にはウサギ型のリンゴや、剥いた巨峰の乗ったメロンの皮で作った船が浮かんでいる。
 器を載せたトレーにも、隙間を埋めるかのように果物が置かれていた。
 これら全ては、御巫の包丁捌きによって作られたもの。
 見て良し、食べて良し‥‥まさしくパーティに相応しい一品といえるだろう。
 くり抜いて余った部分は、砂糖を加えてミキサーにかけ、フルーツミックスジュースにしてあるので無駄も全く無い。


 ――ともかく、これで全ての準備は整った。後は主役を待つだけである。




「――おかしい‥‥あと一日で休暇が終わるというのに、何も起こらん‥‥」

 そんな事を知らないエリシアは、一人兵舎に設けられた喫茶店でゆったりとした時間を過ごしていた。
 どうしようもない悪戯で依頼が貼り出されてから早数日――最初の内こそ警戒していたものの、一向に大佐たちがアクションを起こさないため、その内馬鹿らしくなってこうして表を歩く事にしたのだが‥‥。

(「‥‥いざ何も起こらないというのも、何だかそれはそれで空しいような‥‥。
 ‥‥い、いや、そうじゃない!! 何を考えてるんだ私は!?」)

 しょんぼりとしそうな心を、首を振って否定するエリシア。
 その背に声が掛けられる。

「エリシア中尉。お久しぶりです」
「――む? お前たちは‥‥」
「‥‥お元気そうで何よりです」

 振り向くと、そこには紅とエドワードが立っていた。

「‥‥一体何の用だ?」

 もしかしたら――という考えが頭を過ぎったため、少々構えるような態度を取ってしまう。

「‥‥実は、この前の依頼の件で――」
「――この前‥‥と言うと、戦場で共同戦線を張った時か?」
「はい、その後の経過が少し気になったので、お話を聞かせて頂きたいと思いまして‥‥」

 ふむ、と一瞬考え込んだエリシアは紅の顔を覗き込むが、彼女は少し怪訝そうな顔をして微笑むだけだった。


 ――この時既にエリシアは判断ミスを犯していた。
 紅は元々物静かな性格であり、感情を表に出さないタイプの人間である。
 しかもこの時彼女は見事とも思えるほどの精神力で、嘘を隠し通すことに成功していたのだ。
 もし紅では無くエドワードの方を見ていたなら、この嘘を見抜く事が出来たかもしれない。


「――分かった‥‥だが、ここでは不味いな」
「それじゃあ、会議室なんてどうでしょう? 丁度今使ってない部屋があるみたいですし」
「そうだな‥‥では資料を持ってくるから先に行って待っていてくれ」
「‥‥いえ、簡単なもので十分ですから」
「そうか‥‥分かった。では一緒に行こう」

 一度疑う事を止めてしまえば、如何に用心深いエリシアでも看破する事は不可能。


――紅とエドワードは、こっそりと目配せし、上手くいったとほくそ笑むのだった。




――パパパパンッ!!

『Happy Birthday エリシア!!』

 エリシアの姿が現れた瞬間、鳴り響く破裂音と、漂う火薬の匂い、そこから溢れる色取り取りの紙吹雪。
 会議室の扉を潜った瞬間自分に向かって飛び交うクラッカーの嵐に、エリシアはきょとんとした顔。

(「――むっ!? 砕牙さんっ!?」)
(「シャッターチャンスだってばよ!!」)

 普段の彼女ならば絶対に見せないような表情に、カメラマン役の二人の手は自然にシャッターを下ろしていた。

「――これは‥‥何だ? ‥‥どういう事だ?」
「さ、中尉。お席はこちらで御座います」

 紳士的な態度でジェイがエスコートをするが、動揺したエリシアはそれに応える事すら出来ない。
 そしてはっとした顔で自分の背後を振り返る――そこには、少しだけ済まなそうな顔をした紅とエドワードの顔がある。

「‥‥おめでとうございます、エリシア中尉。これからも私達を導いていって下さいね‥‥」
「‥‥こんな風にしか誘えなくて、申し訳ありません」
「‥‥お前達‥‥図ったな?」

 ちろっ、と舌を出しながらはにかむ彼らに対して、更に追求しようとするのを、リュインが止めた。

「協力させたのは我らだから、二人を責めないでやってくれ」

 と、言いつつリュインは意地の悪い笑みのまま、神無月と共にエリシアの両脇を固めて誕生日席まで連行する。

「ここまで来ておいて、往生際が悪いですわよ?
 ――あ、ちなみに私、神無月 るなと申します。以後お見知り置きを」
「こ、このタイミングで言う事か!? ――お、お前達!! ‥‥こ、こらっ放せっ!!」

 流石のエリシアも二人がかりでは成す術も無く、ジェイが椅子を引いた所に無理やり座らされる形で席に着く。
 目の前には数々の手作り料理と、エリシアの歳の数だけ蝋燭の立てられた秘色のショートケーキと、エドワードのダンディーケーキ。
 部屋中には、手間隙のかかったであろう装飾――これらは全て、エリシアのためにつくられたもの。
 それに気付いた時、彼女の中に抵抗する意思は全く無くなっていた。

「――全く、強引な奴らめ」

 呆れた様に呟くも、その顔は嬉しさとこそばゆさで真っ赤になっていた。




「それでは、皆様。ご起立、ご脱帽の上、ご唱和下さい」
「‥‥エリシア、照れずにやれ?」

♪ハッピ〜バースデ〜トゥーユ〜

 ジェイの号令の下、一斉に歌いだす能力者達。
 そんな彼らに囲まれたエリシアは、何だか童心に返っていくように感じる。

 ――こんな風に歌を歌ってもらうのは、いつ以来だったか‥‥?

 次第に硬かった表情は柔らかな笑みへと変わっていき、歌が終わる頃にはエリシア自身、このパーティを思いっきり楽しんでやろうと開き直っていた。
 そして目の前の蝋燭を思いっきり吹き消した瞬間、鳴り響く拍手と祝福の声。
 もうエリシアの顔には羞恥の色は無い。
 能力者達と同じ、楽しげな満面の笑みだけがそこにある。
 そして各々に紙コップや皿が配られ、乾杯の声と共に祝宴はとうとう幕を開けた。




 そして宴は時に騒がしく――、

「――しかし紙コップや紙皿にまでファンシーとはな‥‥」
「ふふん、それだけでは無いぞ? 料理の飾りに活花‥‥全て乙女チックに仕上げておる。
 ‥‥しかしあの時も驚いたが、おぬしが可愛いものも好きじゃったとはのぅ」
「ひ、ヒソク‥‥、あの事について話すのは止めてくれんか?」
「‥‥あの事、とは何の事ですの?」
「あ、それ俺も聞きたいな――是非おじさんにも聞かせてくれー♪」
「ほほう‥‥それほど聞きたいか神無月に御巫よ。良かろう、詳しく話して進ぜるぞ?
 あれは我が以前――」
「わーっ!! わーっ!! それ以上は止めろ!!」

(「おっ!? これは――」)
(「シャッターチャンスですね、砕牙さん!!」)

 時に和やかに――

「――そういえば、君とは初対面だったな」
「はい、美環 響と申します。以後、お見知り置きを。
 ‥‥エリシアさんも大の甘党だそうですね。僕と甘党同盟でも作りませんか?
 実は特製の甘味処ガイドマップも作って来たんですよ」
「――何だか面白そうじゃん、俺も混ぜてよ」
「ああ、勿論だサツキ――ほう‥‥これは大したものだな。LH中の店が殆ど網羅してある」
「うわ、ホントだ――こんなの良く作ったな響、やるじゃん」
「えへへ‥‥そう言って貰えると嬉しいですね。
 それ、エリシア中尉に差し上げます。プレゼント兼お近付きの印って事で」
「――本当か? それはありがたい。是非活用させて貰おう」
「‥‥お? なぁエリシア、この店って見た事無いぞ?」
「ほう? どれどれ‥‥」

 時にドタバタと――

「中尉―!! コレ、俺からのプレゼントだってばよ!! 着てみてくれー、ここで!!」
「――っ!! そんなフリフリのゴスロリドレスなんぞ、誰が着るかっ!!
 ‥‥だが、ありがたく受け取っておこう」
(「でも受け取るんだ‥‥」)
(「本当に可愛いものが好きなんですのね」)


 ――宴は進んでいく。
 そして宴が進めば酒も進む――エリシアとレオンは自己紹介をし合い、レオンが持ち寄ったスコッチのグラスを揺らしながら、昔話に興じる。

「――ほう、それではレオン‥‥君もあの欧州戦線に?」
「ええ――戦場こそ違えど、私達は戦友同士という事になりますな」
「‥‥戦友、か‥‥嬉しい事を言ってくれるな。
 ――あの頃の戦友は既に絶え果てたと思っていたが、こうして再び会えるとは思わなかったぞ」
「はい、私も嬉しく思います」

 そう言ってグラスを触れ合わせてから、口へと傾ける。
 ――言葉こそ少ないが、そこには歴戦の兵士独特の心の会話がそこにあった。

「そして、中尉――戦友である私から、一つプレゼントが‥‥」
「ほう? あの花束の他に、何かあるというのか?」
「ええ、花束の中に――」

 エリシアが先ほどレオンから受け取った花束の中を覗き込むと、そこにはエーデルワイスのペンダントが入っていた。
 ――中々に、小憎い演出だ。

「我ながら、くさい事をやってしまったかな?」
「――ありがたく受け取っておくよ『戦友』‥‥感謝する」

 その時、厨房の方からどよめきが沸き起こった。
 二人が何事かと目をやると、そこでは巨大なタライほどもある器に入れられたティラミスを、神無月が運び出している所だった。

「‥‥不意打ちの持参ケーキで、皆さんにサプライズをお届けですわ♪」
「‥‥これは‥‥凄いね‥‥」
「確かにこりゃ凄いな‥‥でもどうやって作ったんだコレ?」
「ふふふ‥‥それは聞かぬが華というものですわ」

 それを見た幡多野が思わず目を輝かせ、御巫が思わず突っ込みを入れるが、神無月はあえてスルーしてみせる。
 他の料理を粗方食べ尽くしていた者達も、自然とティラミスに吸い寄せられていた。

「中尉は行かなくても良いのですか?」
「‥‥早く行かないと、無くなっちゃうかもしれませんよ?」

 それを眺めていたエリシアに、紅とジェイが声を掛ける。

「‥‥今は暗い話は止めにして、思いっきり楽しむ時間ですし‥‥」
「それに折角のパーティなんですから、皆で集まらないと損ですよ?」

 くすり、と笑いながら少し冗談めかしたように二人を咎めてみせる。

「む、確かにそうだな。少し酒が回り過ぎたようだ。
 ――レオンもすまなかったな、昔話につき合わせてしまって」
「いえ、有意義な時間でしたよ中尉――さて、では私は先に混ざらせて貰いましょう」

 酒の口直しにするつもりなのか、レオンは少し小走りに皆の所へ歩いていった。
 紅とジェイは彼を見送ると、改めてエリシアに向き直ってプレゼントを差し出した。

「‥‥中々渡すタイミングが掴めなかったもので、こんな時になりましたけど‥‥」
「ちょっと変わった物を探してみました。
 ‥‥改めて、これからの一年が、中尉にとって良き一年であります事を」

 紅は小物を持った小猫のぬいぐるみ、ジェイはマグマランプ――熱によってワックスが溶け、気泡が浮き沈みする――だ。
 どちらも丁寧にラッピングしてある。

「ありがとう――大切に使わせて貰おう」
「‥‥喜んでもらえて何よりです――あ‥‥」

 不意に、紅がティラミスに群がる皆の方を見て少し焦ったような顔をした。
 ジェイも額に汗を浮かべている。

「――中尉、自分達も早く行きましょう」
「どうした? あれだけの量があるのだ、そんなにがっつくのはみっともな――!?」

 そして『その光景』を目にしたエリシアの笑みは瞬時に引き攣った。

「‥‥もぐもぐ‥‥これは‥‥もぐもぐ‥‥おいしい‥‥ね‥‥もぐもぐ‥‥」
「おい!! 克、食いすぎだぞ!!」
「あら、朔月さん、そんな野暮な事は言いっこ無しですわよ」
「作って来た本人が一番食ってるじゃねぇか!!」

 見れば山ほどあったティラミスの半分ほどは既に無くなり、残りの半分も、主に幡多野と神無月によって目下次々と消費されている。

「ち、ちょっと待て!! 私の分ぐらいは残しておいてくれても良いだろう!?
 ――アリカ、ジェイ、私達もすぐに行こう!!」

 新しい紙皿を手に掛け寄って行くエリシアを、紅は満面の笑みで見送った。

「――何だか嬉しそうだね、アリカ? 何かあったのかい?」
「‥‥うん、あったわよジェイさん‥‥物凄く嬉しい事が。
 ――中尉は気付いていないけど、今私の事、名前で呼んでくれたの‥‥」

 尊敬する人ともう一歩仲良くなる事が出来た――たったそれだけの事だけれど、紅は何より嬉しかった。




 ティラミスの争奪戦が終わった頃に、まだプレゼントを渡していなかった者達が集まり、エリシアの前に並んでいた。

「‥‥それじゃあ次は‥‥プレゼントだね‥‥」

 幡多野がにこにことした笑みを浮かべて、おずおずと前に出る。
 差し出された袋を開けると、そこには上に苺を乗せ、少し齧られた所からショコラを蕩け出ている、見る者に甘い味わいを感じさせるような――、

「‥‥チョコレートモチーフの、ストラップ?」
「これ‥‥本物じゃないです‥‥びっくり‥‥した‥‥?」

 幡多野の言う通り、それは一目見ただけなら本物と見紛う程リアルな造形。
 しかも、色合いも可愛らしくキュートだ。

「甘いものも‥‥可愛いものも好きな‥‥中尉にぴったりかと‥‥思って‥‥。
 ‥‥ネックレスもあった‥‥けど‥‥。ストラップだったら‥‥あまり人目も気にならない‥‥よね‥‥」

 そう言って幡多野はにっこりと微笑んだ。
 次に進み出たのはリュイン。だが、その手には何も持っていない。

「私のプレゼントは――今、エリシアが使っているクッションだ」
「何――?」

 驚いて腰を上げてクッションを取り出すと、それはレースが鏤められた手作りクッションであった。

「これは――リュイン、君が?」
「料理は超苦手だが、裁縫は‥‥まぁそれなりに出来るのだ。
 そして、それはもう既に使用済みだ。返品は利かんぞ?」

 相変わらず飄々とした態度を崩さないリュインだが、その飾らない態度がエリシアは逆に嬉しい。
 次はクラークの番――彼のプレゼントは、ユリの花を模った髪留めだった。

「ユリの花は、自分の所属するシャスール・ド・リス隊の名前に入っていましてね?」

 今いる小隊をとても気に入っているのだろう、その声は何処か誇らしげだ。
 そして早速着けてみるようにエリシアに促し、それを写真に収める。
 ――大佐へのお土産がもう一つ増えた瞬間だ。

 秘色からは、和柄のポーチ――これも、彼女の手作りだ。

「使うてくれれば幸いじゃ」
「――本当に、君の器用さには驚かされるよヒソク」

 エドワードは銀の縁でサファイアをはめ込んだピン。
 シックでありながら、何処か可愛らしい、仕事にもプライベートにも使えそうな所が嬉しい一品だった。

「ありがとう、戻ったら早速使うとしよう」
「はい、そうしてくれれば僕も嬉しいです」

 朔月は抱き枕にも使える、ビーズクッション製の黒い猫のぬいぐるみ。
 顎舌のファスナーには、ラベンダーのポプリが入れられている。

「――飾り用の人形も作ったのだろう? こんなに手間を取らせてしまって――」
「ふふ、エリシアに喜んで貰えたんだったら安いもんだよ♪」

 続く御巫は花柄のハンカチ。

「これからも現場に立って無茶するんだろ? これは傷口を抑えたりするのにも使えるし、ちぎって包帯代わりにもなるからな、貰ってくれ」
「はは、そんな勿体無い事、出来んよ‥‥」

 気付けばエリシアの瞳には涙が溜まっていた。
 皆の思いがただ嬉しくて、そして軍に入ってからあまり感じなくなった人としての暖かさにとても安らいで――。
 いつもは押し殺していた彼女の優しい感情を零すように、エリシアは泣いていた。

「おー、スキップの次は泣きが入ったようじゃのう〜?」
「――なっ!! う、うううるさい!! 泣いてなんかいない!! 泣いてなどいない!!」

 エリシアを暖かい目で見ながらも、からかう事を忘れない秘色。
 秘色の言葉に思いっきり動揺して、顔を真っ赤にしながら袖で涙を拭うエリシアの姿は、正しく『乙女』そのものであった。
 そのまま追いかけっこを始める二人を、能力者達は笑いあって見つめる。
 楽しさを共有した者同士だけが持てる柔らかな連帯感――それが皆の間に満ちた時、カメラマン二人の指は、自然にシャッターへと降りていた。

(「――砕牙さん!?」)
(「――クラーク!!」)
(『シャッターチャンス(だってばよ)!!』)

 宴もたけなわなパーティ会場に、再びフラッシュがたかれた。




 ――後日、クラーク・エアハルトと砕牙 九郎によって撮影された秘蔵写真は全て大佐に送られ、彼のコレクションに加えられる事となる。
 しかし、そのデータの最後に撮られた写真だけは、この日の参加者全員に配られる事となった。
それは、皆の最高の笑顔が写った集合写真。
 ――理不尽な戦いの続くこの世界では、とても貴重で得難い、人類にとっての宝であった。