●リプレイ本文
「――中尉!! 基地方面から接近する機影八‥‥傭兵のKVです!!」
「‥‥来たか!!」
部下からの報告に笑みを浮かべるエリシアの眼は、能力者達が乗るKVの機影を捉えていた。
「そういえば、大規模作戦以外でKVに乗るのは初めてだな。‥‥でも、俺のやる事は変わらない。それをこなすだけ‥‥」
少し緊張の面持ちの鷹代 朋(
ga1602)を始めとした八人の能力者達は、UPC欧州軍の機体が全て無事なのを確認して安堵すると同時に、怒りを込めた眼差しで今回の『敵』を見つめる。
そこには、汚らわしいキメラに操られた、かつて兵士と共に戦場を駆けた、戦士達の群れがある。
「‥‥出来れば、一番相手にしたくないものの一つですね‥‥」
ぽつりと呟くヴィー(
ga7961)の脳裏には、以前自らの手で葬った元人間のキメラの姿が浮かぶ。
「‥‥役目を終えた機体をこんな風に利用するなんて‥‥不届きにも程があるわね」
その彼女と依頼を共にした経験のある紅 アリカ(
ga8708)も、静かな怒りを瞳に灯していた。
「僚機の残骸を更に潰すのも気が進まんが、そうも言ってられんな」
「死者はせめて安らかに‥‥な」
リュイン・カミーユ(
ga3871)とカララク(
gb1394)の二人も、淡々とした口調の中に激情を込める。
機体を使った戦闘の経験を積む――という建前で、KVに乗って暴れまわろうと思っていた東 冬弥(
gb1501)でさえも、内心キメラに対して不快な思いを抱いていた。
――それほどまでに、キメラ達が行っている所業は許されざるものなのだ。
「許さねぇ‥‥! 顔も知らねぇし、名も知らない奴らばかりだが、俺達の仲間だったんだ!」
魔宗・琢磨(
ga8475)に至っては、その身を焦がす程の激情を隠そうともせず、キメラ達に向かって吼える。
だが熱いままの頭で戦場に立っては、生き残れはしない。
だからこそ、エドワード・リトヴァク(
gb0542)は自分の原点である、泥臭い陸の戦場に思いを馳せ、滾る心を落ち着かせようとしていた。
「――険しい山脈を駆ける山羊のように、俺は戦場を駆け巡る。それだけだ」
誇り高きハイランダーの末裔を先頭に、能力者達は戦場に降り立った。
「――傭兵諸君、貴殿らの救援に感謝する」
エリシアは目の前に立つ能力者達に対して、略式の敬礼を返す。
そして、その中にヴィーと紅、そしてエドワードとカララクら知人達の姿を見つけ、微笑みを浮かべた。
「――久しぶりだな。息災なようで何よりだ」
「‥‥中尉も、ご無事で‥‥」
紅も少し嬉しそうに微笑み返す。
だが、それも一瞬だけ――すぐにエリシアの顔は引き締まったものに変わった。
「我々はまだ戦えるが、消耗していると言わざるを得ない‥‥指示を。
――作戦方針は君たちに従おう」
軍人のプライドよりも、エリシアは目の前の敵を打ち倒す決意を込めて、傭兵達に告げる。
リュインは彼女の言葉に頷くと、UPC兵達に後方からの支援と、打ち漏らした敵の掃討をするように告げた。
「背中は任せたぞ」
「――承知した。全員聞いたな!? 全機鶴翼――蟻の一匹も通すな!!」
『――了解!!』
エリシアの号令に応える兵士達。その士気は未だに高い。
後退しつつ、彼らは『頼むぜ!!』『仲間の仇‥‥取ってくれ!!』と、口々に激励の言葉を贈る。
いつもは感じられない背中からの声援に、能力者達は勇気付けられるのを感じていた。
「中々小器用な事をしてくれる。面白い――が、所詮は借り物のヤドカリだという事を、思い知らせてやる」
「軟体生物共が‥‥ッ! この世に生まれ落ちた事を、奈落の底で後悔しやがれぇ!!」
とうとう目の前まで迫った、鉄の屍を纏うスライム達を睨みつけながら、リュインと魔宗が口を開く。
それが合図だったかのように、能力者達は一斉に武器を構えた。
能力者達は自分達をA・Bの二班に分け、広範囲に渡って展開する敵を分担して迎え撃つ。
A班はリュインの雷電、魔宗のディアブロ、ヴィーのS−01、カララクのバイパー。
B班には鷹代の阿修羅、紅のミカガミ、エドワードのバイパー、東のR−01改。
彼らは両翼に別れ、それを囲むように広がったUPC欧州軍の支援の下、攻撃を開始した。
まず、A班における戦端を開いたのは、リュインの雷電だ。
リュイン機の持つスナイパーライフルD−02が火を吹き、先頭のスクラップ達に砲弾が次々と突き刺さっていく。
距離はかなり離れているものの、後方の岩龍、ウーフーの電子支援を受けているため、狙いを違う事は無い。
だが、彼女はあえて狙いを集中させる事をしなかった。
それだけでは無論撃破するには至らず、スクラップ達は釣られるように彼女に向かって歩を進め始める。
――それこそが、リュインの狙い。
「派手に吹き飛べっ!!」
素早く得物を持ち換え、傍らの魔宗、ヴィーとタイミングを合わせて「ソレ」を打ち込んだ。
――ゴオォォォォッ!!
H−112グレネードランチャー――砲弾はスクラップ達の足元に着弾した瞬間、その場所を中心とした10メートル四方が猛烈な勢いで炎に包まれる。
「紅蓮の炎に焼かれて、溶けて無くなれェ!!」
「そこから――離れて下さい!!」
吼える魔宗は更に踏み込み、無事なエリアに向かってグレネードを打ち込み、ヴィーも一匹も残さないとばかりに容赦なくそれに続く。
――全てを焼き尽くす炎の壁が吹き上がり、急激に酸素が消費された事で辺りに豪風が巻き起こる。
「‥‥仲間達の魂、返して貰うぞ」
それが収まるのを待ち構えるかのように、カララク機のバーニアから、ブーストの炎が灯った。
一方B班は敵が近づいてくる前に、自らが接近していく。
グレネードを手にするのは、鷹代機、そしてエドワード機と東機だ。
「グレネード弾準備完了! ぶちかましてもいーかぁ!? ‥‥行くぜぇ!!」
ヘラヘラと笑いながら、東がグレネードを発射した。
曲線を描いて飛んだ砲弾が、紅い花を咲かせ、装甲に守られたスライム達をブスブスと焦がしていく。
「もいっちょ、装填完了! ふん、二度と立ち上がれねぇようにしてやんよッ!!」
東は続けてもう一発を容赦無く打ち込んだ。
――まるで小規模な爆撃のような業火に、スクラップの半数ほどが巻き込まれ、数機がそのまま動かなくなる。
辛うじて這い出した本体も、その身を焼かれて悶え苦しんでいた。
「‥‥紅 アリカ、『黒き金剛石(ブラックダイヤモンド)』‥‥行きます!!」
そして燻る炎を切り裂いて、紅のミカガミが駆け、鷹代の阿修羅、ブーストをかけたカララクのバイパーが彼女に続く。
「――目標・敵前衛‥‥てぇ――っ!!」
その背を抜けて奔る、エリシア達の援護射撃の火線。
兵士達の支援を受けながら、能力者達は一斉に走り出した。
――汚された戦士達の魂を開放するために。
A班において最初に接敵したのは、カララク機だった。
「‥‥ふざけた真似をしてくれたな‥‥人の怒りを、思い知れッ!!」
135mm対戦車砲を打ち込みつつ接近し、ディフェンダーを叩きつける。
ディアブロの残骸を纏っていたキメラは、胸部を砲弾に吹き飛ばされ、その傷口に刃が突き入れられた。
グレネードの火炎で弱っていたのか、スクラップは力を無くしたかのように崩れ落ち、装甲の隙間からデロリ、と流れ出るように這い出す。
「行くぜ、ディアブロッ!! 奴らを地獄に叩き落すために!!」
そこへ魔宗機のレーザーが閃き、キメラの体を完全に蒸発させた。
すかさず傍らの機爪プレスティモを隣のR−01の残骸を纏った敵に連続して叩き込み、その爪の名に相応しい、激しいビートで死者への鎮魂歌を歌う。
――そこに戦車を纏ったキメラが、溶解液を吹きつけようとする。
が、その前に轟音と共に飛来した砲弾が装甲版に穴を穿ち、スクラップごとキメラを押しつぶした。
「ふん、破損したものとは言え貴様らには過ぎたもの。とっとと手放せ」
リュイン機のヘビーガトリングだ。
続けて刀身を赤熱させたヒートディフェンダーが振り下ろされ、キメラはブスブスと音を立てて消し炭と成り果てる。
「――ごめんなさいっ!!」
心の中で今は亡き戦士達に謝りながら、ヴィーはガトリングで戦車の残骸をガトリングで打ち崩し、キメラに対してレーザーを打ち込んだ。
グレネードの連射によって弱ったキメラは成す術無く屠られていき、十体近くのスクラップを撃破した時には、能力者達の機体は殆ど傷を負っていなかった。
B班の戦域では、鷹代と紅がペアを組み、KVスクラップを相手取りながら敵陣に踏み込んでいく。
鷹代の阿修羅はまるで地を駆ける獣の如く突進し、ハヤブサの残骸を引き倒す勢いのまま、ライトニングファングを叩き込んだ。
雷を帯びた一撃は、装甲だけでなくキメラをも貫き、物言わぬ肉の塊に変える。
――だが鷹代はそれに留まらない。
そのスクラップを踏み台にしてすかさず別の敵に飛び掛っていく。
カウンター気味にスクラップが手にする槍が突き出されるが、鷹代はソニックブレードで難なくその一撃を受け止めた。
逆に剣を突き入れられて装甲を崩され、超振動をその身に受けて崩壊するキメラ。
まるで嵐の如く、鷹代機は縦横無尽に駆け回った。
紅も彼に負けてはいない。
ヒートディフェンダー一本という、ミカガミならではの軽装でありながら、果敢にKVスクラップに立ち向かっていく。
「このミカガミを甘く見ない事ね。スライムだろうと何だろうと、三枚に下ろしてあげるわ!!」
覚醒により、普段と比べて饒舌になった紅が叫ぶ。
ミカガミの高い機動力が生み出す軽快な動きに、スクラップ達の攻撃は悉く空を切り、逆に紅機の攻撃は正に正確無比。
装甲の脆い部分や隙間を狙った攻撃は、中に潜り込んだキメラだけを確実に焼いていった。
砲弾の無くなったグレネードランチャーを投げ捨て、東も前衛の二人に負けじとヒートディフェンダーを抜き放ちながら、戦車スクラップへと吶喊する。
「出たな、ザコの代名詞め! 俺が倫理道徳って奴を叩き込んでやるぜ!」
こちらに向かって打ち出される溶解液を打ち落としていき、ヒートディフェンダーを振り下ろした。
スクラップごと地面に縫い付けられて動けないキメラに向かって、東は凶暴な笑みを浮かべながらガトリングの引き金を引いた。
――バララララッ!!
軽快な音と共に砲弾が叩き込まれるが、キメラはしぶとく這い出し、逃げようとする。
だが、新たに飛来した砲弾の爆発にその身を焼かれる――エドワードが戦車砲を放ったのだ。
「戦車砲の二連撃だ、食らえ!」
右手に戦車砲、左手に滑腔砲を手にしたエドワード機が、遠距離から前衛の三人を狙う戦車を狙い撃ちにした。
砲撃の反動で砲身が、機体が激しく揺れるが、バイパーはそれを物ともしない。
電子戦機の恩恵もあり、次々と戦車の装甲をはぎ落としていった。
そこへ更に東機や、手近なKVスクラップを倒した鷹代機と紅機が切り込み、止めを刺す。
グレネードによるダメージの多かったB班戦域のキメラは、次々と掃討されていった。
――だが、順調そうに見えたこの作戦だったが、次第に長期戦の様相を呈して来る。
次第に乱戦となり、じわじわと能力者達のKVの損傷率は上がっていった。
弾薬も尽き始め、手にする武器も溶解液によってボロボロになり始めている。
「も、もうちょっとなのに――」
ヴィーが額に汗を流しながら、疲れきった表情で前方のキメラ達を見据える。
残りは十機足らず――しかし、そこから中々数を減らす事が出来無い。
(「これ以上長引けば‥‥不味い」)
鷹代の心に焦りが生まれ始める。
後方の兵士達も無傷という訳には行かず、岩龍を含めた四機が、錬力切れと損傷拡大のために撤退を余儀なくされていた。
残ったエリシア達も、疲労の色が濃い。
「‥‥一気に仕掛けます!!」
現状を打破すべく、紅が一気に前進した。
そして残しておいたミカガミの「切り札」を解き放つ。
腕に装備された内蔵式雪村――そこから溢れたエネルギーが光の剣を形成し、紅機の前に立ち塞がっていたキメラを二体同時に切り伏せた。
彼女が強引にこじ開けた前線の穴を、能力者達が広げて突破していく。
――均衡が一旦崩れれば、後は早かった。
次々とスクラップを打ち壊され、裸になったキメラに突き刺さる攻撃。
「これで――終わりだ! 散れっ!」
最後の一体に剣を突き立てるリュイン。
――長かった戦いは、ようやく終わりを告げた。
「終わったか‥‥すまないな、騒々しくした‥‥」
カララクは今まで自分達が打ち倒し、踏みつけてきた残骸達を見据え、頭を下げた。
戦場は再び静寂を取り戻し、今は再び回収班が残骸の処理に当たっていた。
「‥‥皆さん、お疲れ様でした」
ヴィーが先ほどまで共に戦っていた仲間達に告げると、この戦場で倒れた者達に対して黙祷を捧げた。
傍らに立つリュインも、それに倣う。
魔宗は自ら回収班を手伝い、彼らと共に残骸の処理に当たっていた。
「‥‥ここにいれば、またバグア共に利用されちまうからな‥‥。だから帰ろう、俺達のラストホープにさ‥‥」
戦士達の魂が篭った破片の一つ一つに語りかけながら、魔宗は黙々と作業を続ける。
東は仲間達や兵士達に見られないように一人祈りを捧げていた。
その背に、声が投げかけられる。
「‥‥こんな所にいたか、アズマ・トウヤ」
東が振り向くと、そこにはエリシアの姿があった。
おそらくは一部始終を見ていたのだろう、その顔には微笑ましい物を見るような笑みが浮かんでいた。
「な、なんだよ――ヘトヘトになってるオバサンは、さっさと休んだら?」
照れ隠しに彼女を罵る東。
だが、エリシアは怒りもせずに彼を引き寄せ、一緒に歩かせ始める。
「な、何だよ離せよ!!」
「――まぁ付いて来い。そうすれば、先ほどの暴言は不問にしてやる」
ぶぅぶぅ文句を言う東だったが、視線の先にある光景に眼を奪われる。
そこには仲間達と、彼らを含めた自分達に敬礼を捧げる兵士、そしてKV達の姿があった。
彼らの姿からは、仲間達の魂を救ってくれた傭兵達への、最大級の感謝がひしひしと伝わってくる。
「君は、我々の仲間を救った英雄の一人だ。
そんな君が、恥ずかしいからとこそこそしていては、決まりが悪いだろう?」
先ほどの東が吐いた暴言の意趣返しとばかりに、エリシアが悪戯めいた笑みを浮かべた。
「――ふん」
東は頬を染めながら、目を背ける事でそれに応える。
――が、その口の端には、僅かに喜びの笑みが浮かべられていた。