タイトル:大地を揺らす悪夢の鉄靴マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/20 00:43

●オープニング本文


 フランス・スペイン戦線――デリーで行われている大規模作戦の最中でさえも、ここはやはり世界有数の激戦区には違いない。
 今日も荒野と化した大地を、キメラが、ゴーレムが、KVが、兵士が駆け、肉と鉄の残骸を撒き散らしていく。

「――照準合わせ!! 撃て――っ!!」

 指揮官の号令の下、KVが、戦車が、重火器を持った歩兵が次々と砲撃を加える。
 前衛のキメラの一群が天高く吹き飛ばされた。
 爆炎を潜り抜けてゴーレムが接近し、戦車や、逃げ遅れた歩兵達を踏み潰すが、瞬く間にKV隊からの集中砲火を受け、残骸を撒き散らしながら爆発する。
 土埃を吹き飛ばして奔る閃光――タートルワームのプロトン砲の直撃を受けたKVのパイロットが、原子の塵に帰った。
 その亀もまた、戦車の砲撃を頭に受けて動かぬ骸となり、鮮血が大地を赤黒く染めていく。
 正に一進一退の攻防――しかし、流石に疲れが見え始めたUPC軍が、じわじわと押され始める。

「隊長、撤退しましょう!! このままでは――!!」
「――駄目だ!! これ以上後退すれば、下手をしたら基地にまで侵攻される恐れがある!! 何としてもここで食い止めるんだ!!」

 無茶な命令である事は分かっている。
 しかし、ただでさえ押され気味のこの戦線での一つの敗北は、蟻の一穴のように防衛線を瓦解させてしまう恐れもあるのだ。
 そこに入る、前線の岩龍からの緊急通信――。

『――指令部、応答を!! 敵が‥‥敵が撤退していきます!!』
「‥‥何だと!?」

 見れば津波のような勢いで進撃していたゴーレムを初めとした敵機甲部隊が、文字通り波を返すように後退していた。
 後方で砲撃を繰り返していたタートルワーム達までもが、踵を返して戦線から離脱していく。
 前線の兵士達は、最初こそ呆気に取られたものの、ともかく戦線を守りきったのだと歓声を上げ始めた。

「どういう事だ――? 明らかに奴らの方が有利だった筈なのに‥‥」

 兵士達が沸き立つ中、隊長は芽生えた疑念を振り切れずにいた。
 膠着状態だった訳でも無ければ、勢いに乗って押しに押していた訳でも無い。
――一体、何故?
 だがその疑問の答えは、既に迫りつつあった。



 バグア軍が撤退していった方向から、再び土煙があがる。

『――また戻って来た!? 敵は何機だ!?』
『機影は四!! しかし、これは‥‥っ!?』

 レーダーに反応したその機影は、明らかに妙だった。
 サイズはかなりの大きさだというのに、凄まじい速度で地を駆け接近してくるのだ。
 とうとう観測班が、その姿を肉眼で捉える。

『ち、違う!! 四機なんかじゃありません!! 八機‥‥敵は八機です!!』
『――馬鹿な!! レーダーの反応は確かに四機だぞ!?』
『奴ら、『重なって』いるんです!! ご、ゴーレムが馬型のワームに跨っていやがる!!』

 観測班の兵士が、今まで見た事が無い敵の姿に思わず上ずった悲鳴を上げた。
――そのゴーレム達は、板金鎧のような分厚い白銀の装甲に身を包み、右手には巨大な馬上槍、左手には半身を覆う巨大な盾。
 そして隊長機らしきゴーレムは馬上槍の代わりに、肉厚の大剣を装備している。
 その姿は、御伽噺に出てくる騎士の姿そのものだった。
 跨るのは八本足の馬型ワーム――それは北欧神話における神の乗騎・スレイプニルの模倣か。
 先頭の隊長機が大剣を振りかぶると、四機の騎士ゴーレム達は一斉にスレイプニルを駆り、突撃を開始した。

「ひ、怯むな!! 撃て――っ!!」

 KV隊の一斉射撃が、次々にゴーレム達に向かって放たれていく。

――指揮官は部下達を鼓舞しながらも、内心は恐怖に震えていた。
 それも無理は無い――スレイプニルの全高は、既存のKVとほぼ同等、それに同じくKV級のゴーレムが跨っている。
 自分達に倍する高さで、自分達の数倍はあろうかと言う質量の鉄の塊が突進してくるのだ。最早それは本能の領域――根源的な恐怖に他ならない。

 だが放たれた砲弾の半分は、スレイプニルの凄まじい速度に空を切り、もう半分もゴーレムの分厚い装甲と、盾によって阻まれ殆ど効果を為さない。

「クソッ!! 馬だ!! 馬を狙え!!」

 瞬時に判断した指揮官は、目標の変更を叫ぶが既に遅い。

――衝撃と、轟音。

 騎士ゴーレム達の正面に陣取っていた四機のKVが、音速のランス・チャージの直撃を受けてボロクズのように吹き飛ばされ、中の兵士は驚愕すら許されず挽肉と成り果てる。

「‥‥あ、あ‥‥ああ‥‥」
「‥‥ば、化け物‥‥」

 残りの数機も跳ね飛ばされ、あるいは恐怖に駆られて地を這っていた。
 ガチガチと歯を鳴らすパイロットを、ゴーレムとスレイプニルの無機質な目が一瞥する。

「‥‥ひ、ひぃぃぃっ!!」
「‥‥た、助け――」

――その切なる願いは、決して届かない。
 ゴーレムがコクピットに狙いを定め、無慈悲にランスを構える。
 兵士達はバーニアで加速された穂先によって、コクピットごと叩き潰された。

「く、くそおおおおっ!!」

 仲間の仇とばかりに、傍らのR-01がディフェンダーを構えて馬の後足目掛けて切りかかるが、それを察知したスレイプニルが後ろ足を勢い良く蹴り上げた。
 胸部に蹄の一撃を受けたR-01は、後方に吹き飛ばされる。
 咄嗟に体勢を立て直そうとするが、それよりも早く駆け寄ったスレイプニルによって踏み潰され、とうとう沈黙した。
 そしてゴーレム達は戦車も、逃げ惑う歩兵達も、皆平等に貫き、跳ね飛ばし、踏み潰していく。
――それは正しく悪夢であった。



「――そうか‥‥奴らが撤退したのは‥‥あの騎士達だけで十分だったから‥‥戦力を温存するために‥‥」

 呆然としながら呟く隊長の元に届く通信――。

『――や、奴らがまた距離を取って‥‥来る‥‥助けてくれええええっ!!』

 耳障りなノイズが走り、通信はそれ以降回復する事は無かった。
 隊長は一瞬がくり、と肩を落とし、副官へと振り返った。
 その表情は、ただ覚悟と決意がある。

「‥‥本部に緊急の通信を送れ。傭兵の出動を要請する」
「し、しかし‥‥今からでは到底間に合いません!!」
「そうだ‥‥だから一分一秒でも良いから、ここで時間を稼ぐ。
 全軍に伝えろ‥‥能力者以外の将兵、及び故郷のある者は即時撤退だ」

――その命令を下す隊長もまた、能力者であった。

「――ッ!! 隊長!!」
「行けっ!!」

 部下を送り出した隊長は、乗機であるウーフーを起動させ、残存の部隊を集結させる。
 予想に反して、撤退した将兵は僅か――しかも一般兵達の姿まである。

「皆――済まない」

 最高の敬意と感謝を込めて、隊長は敬礼した。
 そしてとうとう目前にまで迫った騎士達を睨み、雄叫びを上げる。

「――人々を踏みにじる貴様らが騎士だと!? 笑わせるな!!」




 彼らは果敢に挑み‥‥そして雄雄しく散った。
――救援要請を受けて飛び立った能力者達が現場に到着したのは、その僅か十分後の事であった。

●参加者一覧

ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
緋霧 絢(ga3668
19歳・♀・SN
金城 エンタ(ga4154
14歳・♂・FC
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
来栖 祐輝(ga8839
23歳・♂・GD
ミスティ・グラムランド(ga9164
15歳・♀・EP
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN

●リプレイ本文

 フランスの空を切り裂くように、能力者達が操る八機のKVが飛ぶ。

「サムライの次は騎士ですか。見かけだけでは無いのでしょうけど」

 サムライ型ゴーレムと戦闘経験のあるティーダ(ga7172)が呆れ気味に呟いた。
 来栖 祐輝(ga8839)は、自らが駆るバイパーのコンセプトと酷似した敵に対して、ライバル心を燃やす。

「どちらが本物の騎士か教えてやる‥‥!」
「‥‥ともかく急ぎましょう。殿を務めているという兵士の皆さんが心配です」

 緋霧 絢(ga3668)の言葉に能力者達は頷き、戦場へと急いだ。




 しかし彼らを待っていたのは、既に全滅し、黒煙を上げるUPCの兵器群、それらの中心に立つ、五体満足の騎士ゴーレム達だった。
 動く者はゴーレム達以外には無い。文字通り、正しく全滅である。

「こいつは酷いな‥‥あいつら必ず倒して死んでいった奴らに報いてやらないとな」
「護る為の強い心が騎士の証だ、奪うだけの木偶にこれ以上好き勝手させるかよ‥‥!」

 周囲の状況を確認しながら、麻宮 光(ga9696)が険しい表情を浮かべながら呟く。
 鈍名 レイジ(ga8428)も、怒りの感情を抑えられず、火花のようなオーラを身に纏っていた。

「見て下さい!! あれ‥‥」

 ミスティ・グラムランド(ga9164)のディスタンが指し示す方向には、未だに火花を上げるKVの残骸――そこから、血まみれの兵士が這い出そうともがいていた。
 彼は能力者達のKVを見て、安堵したような表情を浮かべるが、それを覆い隠すかのように影が差す。


――ズンッ!!


 次の瞬間、兵士がいた場所にはスレイプニルの蹄があった。
 能力者達に気づいたゴーレムが馬首を返し、無造作に一歩踏み出したのだ。
 ゴーレム達は気付きもしない――その足元に、一つの命が在った事など。


――ズンッ!!


 そして、また一歩。
 ゴーレム達は気付きもしない――その足元に、懸命に戦い、そして散っていった人々の亡骸が在る事など。
 ただ無造作に、歩むだけだ。
 その事に、能力者達は耐えようも無い程の怒りを覚えた。

「許せない‥‥」
「‥‥戦場での死は仕方ない事ですが、亡骸の蹂躙は‥‥見過ごす訳には参りません」

 ナレイン・フェルド(ga0506)が鉄の騎士達に向かい、怒りの炎を燃やす。
 金城 エンタ(ga4154)もまた、青と赤の瞳を激情に染めながらゴーレム達を睨みつけた。
 ミスティは瞳に涙を湛えながら、ゴーレム達に叫ぶ。

「義も志も無い騎士なんて‥‥そんなの、騎士じゃありません!!」

 彼女の心からの叫びに、ゴーレム達は答えない。
――いや、ミスティの問いに応じられたとしても、その答えは変わらないだろう。
 彼らの行動原理は唯一つ。
 眼前の人間達を、殺し、滅ぼし、撃滅する事――それ以外に無い。
 
「私の名はミスティ・グラムランド‥‥気高き騎士の名を継ぐものです。
 家名と共に継承された騎士道に賭けても‥‥私は、貴方達を討ちます!!」

 彼女の叫びと共に、戦いの火蓋は切って落とされた。




 瓦礫を盾にする能力者達の布陣は、最も手強いと予想される隊長機に、五人の戦力を集中させていた。
 前衛に緋霧の岩龍、麻宮の阿修羅、来栖のバイパー。
 後衛にはミスティのディスタン「ローテローゼ」と、ナレインのアンジェリカが。
 残りの三人――金城のディアブロ、ティーダのアンジェリカ、鈍名のディスタンが、部下の騎士ゴーレム達と相対している。
 対する騎士ゴーレム達は、隊長を中心に横隊。
 距離は能力者達の射撃武器がぎりぎり届かない程度だ。
 近づくか、それとも敵が近づいてくるのを待つか――その判断を下す前に、ゴーレム達が動いた。

「まさか、あの位置から!?」

 驚愕するナレインの声に同意するかの如く、騎士ゴーレム達は猛烈な勢いで突撃を開始した。
 その進路上には、様々な兵器の残骸が転がっている。
 しかし、堅牢なフォースフィールドを纏ったスレイプニルの突撃の前には、全く障害となり得ない。
 瓦礫を跳ね飛ばし、吹き飛ばしながら、鉄靴が大地を揺らす。




 最初に戦闘が開始されたのは、真っ先に突撃した隊長機と、それに対応する五人がいる中央であった。
 隊長機が最初に狙いを定めたのは、麻宮の阿修羅。

「――まずい!!」

 警戒はしていた――だが、予想を上回る隊長機の速さと勢いに、ブーストをかけた回避も間に合わない。
 手近な残骸に滑り込み、盾にする事が精一杯だった。


――凄まじい衝撃。


 突撃の勢いを乗せた大剣の、掬い上げるような一撃が阿修羅を吹き飛ばす。
 麻宮は吹き飛びそうな意識を繋ぎ止めるのが精一杯だった。
 損傷率は、一撃だけで八割を超える。
――もし残骸を盾にする事が出来なかったら、終わっていただろう。

「‥‥くっ!! 動け――!!」

 だが麻宮の危機は変わらない。先ほどの一撃で、駆動系が悲鳴を上げていた。
 再起動をかけようとする麻宮機に、再び大剣が振り下ろされる。

「――させません」

 そこに割り込んだのは、足に「IMP」のロゴを刻んだ緋霧の岩龍だった。
 彼女が持つ肉厚のチェーンソーの刃が大剣を受け止め、耳障りな音と火花を散らして噛み合う。

「――仲間はやらせねぇっ!! かかって来いよ‥‥エセ騎士さんよ!」

 来栖機が放ったグングニルの連撃を受けたスレイプニルが、嘶きながら後退した。
 そのまま距離を取り、再度突撃を試みる隊長機のスレイプニルを、ナレイン機のレーザー、ミスティ機のガトリングが止める。

「悔しいけど‥‥私の力じゃ堂々と前に立てない‥‥」
「私もローテローゼも、未熟の身‥‥けど!!」

 二人は己の非力を嘆きながらも、それでも自らの役割を果たそうとしていた。
 突撃を断念した隊長機は、狙いを電子戦機である緋霧機に変え、再び苛烈な斬撃を加える。

――ガギィィィィッ!!

「並の岩龍と同様に簡単に落とせるとは思わないで下さいね」

 再びチェーンソーで大剣を受け止めた緋霧が、静かな声で宣言した。
 堅牢な装甲を身に纏い、シルエットを二周りは膨れ上がらせた彼女の岩龍は、隊長機の一撃を真っ向から受け止めてみせる。
 返す刀で振られた高速回転の刃が、スレイプニルの足を切り飛ばした。
 バランスを崩した所に、来栖が渾身の一撃を放つ。
 加速された穂先は、隊長機の盾に受け流されながらも、ごっそりとスレイプニルの腹を抉った。
――そこに、更なる追撃。

「こいつなら‥‥どれだけ固くても効果があるだろっ!!」

 麻宮の阿修羅――その尻尾が素早く伸び、その先端が、来栖の刻んだ損傷部分に埋没する。
――眩い紫電が辺りを照らし、スレイプニルが甲高い悲鳴を上げながら悶えた。

「うおおおおっ!!」

 そして麻宮は不屈の闘志で機体を再起動させると、地を這うように駆け、ツイストドリルを突き出す。
 スレイプニルの足が、纏めて数本引き千切られた。

「これでも食らいなさいなっ!!」

 残った足にも、ナレイン機とミスティの攻撃が突き刺さり、とうとうスレイプニルの体が大きく揺らぐ。
 その首ががら空きになるのを、緋霧は待ち構えていた。

「バグアにとっても、チェーンソーは恐怖の対象になるのでしょうか?」

 淡々とした口調で呟く彼女が操るチェーンソーの名は、「悪夢の再来」。
――かつて銀幕の中で、世界中の人々を恐怖のどん底に叩き落した殺人鬼。
 その名を冠する凶器の刃は、無慈悲に、そして正確にスレイプニルの首を跳ね飛ばした。
 力を無くして崩れ落ちる馬体。
 当然隊長機は落馬するが、慣性制御ですぐさま立ち上がり、大剣と盾を隙無く構える。
 本当の戦いはここからと言えた。
――再び、剣戟と砲火の音が戦場に木霊する。




 金城、ティーダ、鈍名の三人の前にも、騎士ゴーレム達が地響きを立てて迫り来る。
 きっとゴーレム達の目には、一対一で自分達に挑む彼らの行動は、無謀に写った事だろう。
――だが、戦闘が始まった瞬間思い知らされる事になる。
無謀だったのは一体どちらだったのかと。




 金城は目の前に迫り来るランスチャージに対しても、極めて冷静だった。
 その穂先が機体に触れようとした瞬間――身をかわすと同時に金乗機の腕が伸び、必死の一撃を受け流す
 人工筋肉の収縮と、バーニアの出力――この二つの精妙な調節で再現される動きは、鋭くも、一種の舞のように見えるほど、滑らかで美しい。
――無論代償も少なく無い。
 金城機の装甲は、騎士ゴーレムのランス、スレイプニルの蹄を受け流す度に、次々と剥げ落ちていった。
 だが致命的な一撃は一度も受ける事は無く、それでも尚金城機は健在だ。

「――それを待っていましたっ!! やあっ!!」

 金城は敵の大振りな一撃を見切り、気合と共に穂先を掴んで引き下げ、地面に深々と突き刺す。
 思わずバランスを崩すゴーレムの隙を突いて、金城はスレイプニルの側面に回りこみ、腰の試作剣「雪村」を突き立てた。
 そしてそのまま三枚に下ろすかの如く雪村を振りぬき、続く剣翼がスレイプニルの足を切断する。
 スレイプニルを撃破され、落馬する騎士ゴーレム。
――その後は一方的だった。
 盾をすり抜けて放たれる連撃の前に、とうとうゴーレムは力尽き、爆散して果てた。




「来やがれ、てめェの相手は俺だ‥‥!」

 鈍名は騎士ゴーレムを睨みつけながら叫んだ。
 彼の叫びに応えるように放たれる機槍の一撃――だが突き出された先に、既に鈍名機の姿は無かった。
 元々高い機動性に加え、限界まで出力を引き上げたブースターを装備する鈍名のディスタンの動きに、ゴーレムは全くついていけない。
 対する鈍名は、ガトリングとシールドガンをスレイプニルに着実にヒットさせ、弱らせていく。
 だが、ゴーレムも鈍名の動きに慣れたのか、次第に攻撃が正確になっていき、とうとうランスの穂先が鈍名機を捉えた。

「ハッ、馬鹿の一つ覚えってか?」

 鼻先で笑い飛ばす鈍名。
 アクセルコーティングとレグルス、シールドガンの二つの盾に守られたディスタンは、びくともしない。
 神速と、堅牢を誇る「イージスの盾」がそこにいた。

「‥‥俺の盾を、鎧をッ!! 簡単に砕けると思うなよ!」

 渾身の力を込めた剣翼の一撃がスレイプニルの首を切り裂き、騎士を大地に引きずり下ろす。
――時間こそ他の二機よりもかかったが、ゴーレムが活動を停止した時、鈍名機の損傷は殆ど存在しなかった。




――ガアァァァァンッ!!

 途轍もない轟音が響いた。
 ティーダ機の持つセミーサキュアラーが、ランスチャージを防御したのだ。
 斜めに構えられた分厚い半月刀は、突撃の勢いを殺し、衝撃に耐え切ってみせる。
 続く攻撃も打ち落とし、切り払い、受け止める。
 反撃として、ティーダはBCアクスを横薙ぎに振るった。
 高出力ビームの刃の前には、装甲は殆ど役に立たず、スレイプニルの前脚が何の抵抗も無く切り飛ばされる。
 騎士ゴーレム達が再び距離を取ろうとすると、高分子レーザーが再びスレイプニルを貫いた。
 如何に距離が離れていようと、ティーダのアンジェリカは決して外さない。

「その程度ですか、騎士殿?」

 淡々とした言葉の端には、騎士ゴーレムに対する怒りが感じ取れる。
 再び突進して来るゴーレム――だが足が少なくなっているせいか、勢いは先ほどよりも遅い。
 だから、ティーダはしっかりと待ち受ける事が出来た。
 自らが持つ錬剣「雪村」を抜き放ち、刃を展開させる。
 同時にSESエンハンサーが起動し、激しい光が更に輝きを増し、辺りを太陽のように照らし出した。

「‥‥消し飛びなさい」

 その一瞬の邂逅で三度振るわれた光の奔流は、スレイプニル、そして盾ごとゴーレムを真っ二つにしていた。




 部下機が全て倒される頃、隊長機との戦いも佳境を迎えていた。
 激しい剣戟を受け続けた緋霧機の関節が、流石にミシミシと嫌な音を立て始める。
 損傷率は四割近くに上っていた。

「‥‥しかし、作戦行動に支障はありません」

 まだやれる――緋霧は自らの愛機に絶対的な信頼を寄せていた。




 隊長機の左手の盾は既に無い。来栖の執拗な突撃の前に、腕ごと吹き飛ばされている。
 それでも隊長機は片手だけで大剣を振るい、一人でも多くの能力者を道連れにしようとする――が、叶う事は決して無い。
 機動力を失ったゴーレムには、既に移動しながら攻撃するという選択肢は残されていない。
 攻撃力と防御力に特化した機体であるが故に、移動力と機動力は極限まで抑えられており、装備しているのが巨大な大剣だという事も災いした。
 目の前の岩龍は正しく鉄壁の盾となって立ち塞がり、バイパーは僅かに離れた場所から、機槍を正確に叩きつけてくる。
 遠距離からは足やモニター等を狙った、執拗なディスタンとアンジェリカの砲撃。
 満身創痍の阿修羅も、力尽きる事無く次々とミサイルや砲弾の雨を降らせていた。
 それらに気を取られれば、一撃必殺のチェーンソーの刃が振るわれる。


――隊長機のAIは、何の感慨を浮かべる事無く、即座に判断を下した。


 これ以上の戦闘は無意味と判断。
 情報機密漏洩を防ぐため、隊長機ゴーレムは自爆装置を作動させ、爆炎の中に消えていった。




――死者を踏み躙る鉄靴の音が止んだ戦場。
 能力者達が守りぬいたこの戦線、その後方に位置していた基地から、次々と救援のために部隊が送られてきていた。
 そして兵士達の亡骸を回収し、もしかしたらいるかもしれない生き残りを救助するため、懸命に捜索を開始する。
 彼らに補給と治療を受けながら、能力者達は死んでいった兵士達に祈りを捧げていた。

「もう終わったから‥‥安らかに眠ってくれ‥‥。あなた達のような犠牲を二度と出さない為にも‥‥俺達は戦うからさ」
「守り抜いたぜ‥‥あんた達のおかげだ」

 頭の包帯を抑えながら、麻宮が黙祷する。
 鈍名も最大級の感謝と共に、瞳を閉じた。

「もっと早く、私達がもっと早く到着出来てたら、ここまでの被害は無かったかもしれないのに」

 そう呟くナレインだが、その仮定が無意味だという事は分かっている。
 目の前に広がる光景、それが現実なのだ。
 それでも、彼はあまりにやるせなくて、言葉にするのを止められなかった。

『――朗報です!! 生存者が‥‥生きてる人がいたって――』

 救助活動を手伝っていたミスティが、スピーカー越しに感極まった声を上げた。
 兵士達の間から、歓声が巻き起こる。
 その言葉に、ナレインも思わず涙を零した。

「――守れたのね‥‥ちょっとだけかもしれないけど‥‥私達――救えたのね‥‥」
「はい――今はそれを喜びましょう」
「そうだな‥‥メソメソしてたら、あいつらに失礼だ」
「――彼らはそんな事、望んでいない筈ですから」

 彼の言葉に金城が、来栖が、ティーダが応える。


 失ったものは、大きかった。
――けれども、救えたものも確かにあったのだ。