●リプレイ本文
フランスの空を切り裂くように、能力者達が操る八機のKVが飛ぶ。
「サムライの次は騎士ですか。見かけだけでは無いのでしょうけど」
サムライ型ゴーレムと戦闘経験のあるティーダ(
ga7172)が呆れ気味に呟いた。
来栖 祐輝(
ga8839)は、自らが駆るバイパーのコンセプトと酷似した敵に対して、ライバル心を燃やす。
「どちらが本物の騎士か教えてやる‥‥!」
「‥‥ともかく急ぎましょう。殿を務めているという兵士の皆さんが心配です」
緋霧 絢(
ga3668)の言葉に能力者達は頷き、戦場へと急いだ。
しかし彼らを待っていたのは、既に全滅し、黒煙を上げるUPCの兵器群、それらの中心に立つ、五体満足の騎士ゴーレム達だった。
動く者はゴーレム達以外には無い。文字通り、正しく全滅である。
「こいつは酷いな‥‥あいつら必ず倒して死んでいった奴らに報いてやらないとな」
「護る為の強い心が騎士の証だ、奪うだけの木偶にこれ以上好き勝手させるかよ‥‥!」
周囲の状況を確認しながら、麻宮 光(
ga9696)が険しい表情を浮かべながら呟く。
鈍名 レイジ(
ga8428)も、怒りの感情を抑えられず、火花のようなオーラを身に纏っていた。
「見て下さい!! あれ‥‥」
ミスティ・グラムランド(
ga9164)のディスタンが指し示す方向には、未だに火花を上げるKVの残骸――そこから、血まみれの兵士が這い出そうともがいていた。
彼は能力者達のKVを見て、安堵したような表情を浮かべるが、それを覆い隠すかのように影が差す。
――ズンッ!!
次の瞬間、兵士がいた場所にはスレイプニルの蹄があった。
能力者達に気づいたゴーレムが馬首を返し、無造作に一歩踏み出したのだ。
ゴーレム達は気付きもしない――その足元に、一つの命が在った事など。
――ズンッ!!
そして、また一歩。
ゴーレム達は気付きもしない――その足元に、懸命に戦い、そして散っていった人々の亡骸が在る事など。
ただ無造作に、歩むだけだ。
その事に、能力者達は耐えようも無い程の怒りを覚えた。
「許せない‥‥」
「‥‥戦場での死は仕方ない事ですが、亡骸の蹂躙は‥‥見過ごす訳には参りません」
ナレイン・フェルド(
ga0506)が鉄の騎士達に向かい、怒りの炎を燃やす。
金城 エンタ(
ga4154)もまた、青と赤の瞳を激情に染めながらゴーレム達を睨みつけた。
ミスティは瞳に涙を湛えながら、ゴーレム達に叫ぶ。
「義も志も無い騎士なんて‥‥そんなの、騎士じゃありません!!」
彼女の心からの叫びに、ゴーレム達は答えない。
――いや、ミスティの問いに応じられたとしても、その答えは変わらないだろう。
彼らの行動原理は唯一つ。
眼前の人間達を、殺し、滅ぼし、撃滅する事――それ以外に無い。
「私の名はミスティ・グラムランド‥‥気高き騎士の名を継ぐものです。
家名と共に継承された騎士道に賭けても‥‥私は、貴方達を討ちます!!」
彼女の叫びと共に、戦いの火蓋は切って落とされた。
瓦礫を盾にする能力者達の布陣は、最も手強いと予想される隊長機に、五人の戦力を集中させていた。
前衛に緋霧の岩龍、麻宮の阿修羅、来栖のバイパー。
後衛にはミスティのディスタン「ローテローゼ」と、ナレインのアンジェリカが。
残りの三人――金城のディアブロ、ティーダのアンジェリカ、鈍名のディスタンが、部下の騎士ゴーレム達と相対している。
対する騎士ゴーレム達は、隊長を中心に横隊。
距離は能力者達の射撃武器がぎりぎり届かない程度だ。
近づくか、それとも敵が近づいてくるのを待つか――その判断を下す前に、ゴーレム達が動いた。
「まさか、あの位置から!?」
驚愕するナレインの声に同意するかの如く、騎士ゴーレム達は猛烈な勢いで突撃を開始した。
その進路上には、様々な兵器の残骸が転がっている。
しかし、堅牢なフォースフィールドを纏ったスレイプニルの突撃の前には、全く障害となり得ない。
瓦礫を跳ね飛ばし、吹き飛ばしながら、鉄靴が大地を揺らす。
最初に戦闘が開始されたのは、真っ先に突撃した隊長機と、それに対応する五人がいる中央であった。
隊長機が最初に狙いを定めたのは、麻宮の阿修羅。
「――まずい!!」
警戒はしていた――だが、予想を上回る隊長機の速さと勢いに、ブーストをかけた回避も間に合わない。
手近な残骸に滑り込み、盾にする事が精一杯だった。
――凄まじい衝撃。
突撃の勢いを乗せた大剣の、掬い上げるような一撃が阿修羅を吹き飛ばす。
麻宮は吹き飛びそうな意識を繋ぎ止めるのが精一杯だった。
損傷率は、一撃だけで八割を超える。
――もし残骸を盾にする事が出来なかったら、終わっていただろう。
「‥‥くっ!! 動け――!!」
だが麻宮の危機は変わらない。先ほどの一撃で、駆動系が悲鳴を上げていた。
再起動をかけようとする麻宮機に、再び大剣が振り下ろされる。
「――させません」
そこに割り込んだのは、足に「IMP」のロゴを刻んだ緋霧の岩龍だった。
彼女が持つ肉厚のチェーンソーの刃が大剣を受け止め、耳障りな音と火花を散らして噛み合う。
「――仲間はやらせねぇっ!! かかって来いよ‥‥エセ騎士さんよ!」
来栖機が放ったグングニルの連撃を受けたスレイプニルが、嘶きながら後退した。
そのまま距離を取り、再度突撃を試みる隊長機のスレイプニルを、ナレイン機のレーザー、ミスティ機のガトリングが止める。
「悔しいけど‥‥私の力じゃ堂々と前に立てない‥‥」
「私もローテローゼも、未熟の身‥‥けど!!」
二人は己の非力を嘆きながらも、それでも自らの役割を果たそうとしていた。
突撃を断念した隊長機は、狙いを電子戦機である緋霧機に変え、再び苛烈な斬撃を加える。
――ガギィィィィッ!!
「並の岩龍と同様に簡単に落とせるとは思わないで下さいね」
再びチェーンソーで大剣を受け止めた緋霧が、静かな声で宣言した。
堅牢な装甲を身に纏い、シルエットを二周りは膨れ上がらせた彼女の岩龍は、隊長機の一撃を真っ向から受け止めてみせる。
返す刀で振られた高速回転の刃が、スレイプニルの足を切り飛ばした。
バランスを崩した所に、来栖が渾身の一撃を放つ。
加速された穂先は、隊長機の盾に受け流されながらも、ごっそりとスレイプニルの腹を抉った。
――そこに、更なる追撃。
「こいつなら‥‥どれだけ固くても効果があるだろっ!!」
麻宮の阿修羅――その尻尾が素早く伸び、その先端が、来栖の刻んだ損傷部分に埋没する。
――眩い紫電が辺りを照らし、スレイプニルが甲高い悲鳴を上げながら悶えた。
「うおおおおっ!!」
そして麻宮は不屈の闘志で機体を再起動させると、地を這うように駆け、ツイストドリルを突き出す。
スレイプニルの足が、纏めて数本引き千切られた。
「これでも食らいなさいなっ!!」
残った足にも、ナレイン機とミスティの攻撃が突き刺さり、とうとうスレイプニルの体が大きく揺らぐ。
その首ががら空きになるのを、緋霧は待ち構えていた。
「バグアにとっても、チェーンソーは恐怖の対象になるのでしょうか?」
淡々とした口調で呟く彼女が操るチェーンソーの名は、「悪夢の再来」。
――かつて銀幕の中で、世界中の人々を恐怖のどん底に叩き落した殺人鬼。
その名を冠する凶器の刃は、無慈悲に、そして正確にスレイプニルの首を跳ね飛ばした。
力を無くして崩れ落ちる馬体。
当然隊長機は落馬するが、慣性制御ですぐさま立ち上がり、大剣と盾を隙無く構える。
本当の戦いはここからと言えた。
――再び、剣戟と砲火の音が戦場に木霊する。
金城、ティーダ、鈍名の三人の前にも、騎士ゴーレム達が地響きを立てて迫り来る。
きっとゴーレム達の目には、一対一で自分達に挑む彼らの行動は、無謀に写った事だろう。
――だが、戦闘が始まった瞬間思い知らされる事になる。
無謀だったのは一体どちらだったのかと。
金城は目の前に迫り来るランスチャージに対しても、極めて冷静だった。
その穂先が機体に触れようとした瞬間――身をかわすと同時に金乗機の腕が伸び、必死の一撃を受け流す
人工筋肉の収縮と、バーニアの出力――この二つの精妙な調節で再現される動きは、鋭くも、一種の舞のように見えるほど、滑らかで美しい。
――無論代償も少なく無い。
金城機の装甲は、騎士ゴーレムのランス、スレイプニルの蹄を受け流す度に、次々と剥げ落ちていった。
だが致命的な一撃は一度も受ける事は無く、それでも尚金城機は健在だ。
「――それを待っていましたっ!! やあっ!!」
金城は敵の大振りな一撃を見切り、気合と共に穂先を掴んで引き下げ、地面に深々と突き刺す。
思わずバランスを崩すゴーレムの隙を突いて、金城はスレイプニルの側面に回りこみ、腰の試作剣「雪村」を突き立てた。
そしてそのまま三枚に下ろすかの如く雪村を振りぬき、続く剣翼がスレイプニルの足を切断する。
スレイプニルを撃破され、落馬する騎士ゴーレム。
――その後は一方的だった。
盾をすり抜けて放たれる連撃の前に、とうとうゴーレムは力尽き、爆散して果てた。
「来やがれ、てめェの相手は俺だ‥‥!」
鈍名は騎士ゴーレムを睨みつけながら叫んだ。
彼の叫びに応えるように放たれる機槍の一撃――だが突き出された先に、既に鈍名機の姿は無かった。
元々高い機動性に加え、限界まで出力を引き上げたブースターを装備する鈍名のディスタンの動きに、ゴーレムは全くついていけない。
対する鈍名は、ガトリングとシールドガンをスレイプニルに着実にヒットさせ、弱らせていく。
だが、ゴーレムも鈍名の動きに慣れたのか、次第に攻撃が正確になっていき、とうとうランスの穂先が鈍名機を捉えた。
「ハッ、馬鹿の一つ覚えってか?」
鼻先で笑い飛ばす鈍名。
アクセルコーティングとレグルス、シールドガンの二つの盾に守られたディスタンは、びくともしない。
神速と、堅牢を誇る「イージスの盾」がそこにいた。
「‥‥俺の盾を、鎧をッ!! 簡単に砕けると思うなよ!」
渾身の力を込めた剣翼の一撃がスレイプニルの首を切り裂き、騎士を大地に引きずり下ろす。
――時間こそ他の二機よりもかかったが、ゴーレムが活動を停止した時、鈍名機の損傷は殆ど存在しなかった。
――ガアァァァァンッ!!
途轍もない轟音が響いた。
ティーダ機の持つセミーサキュアラーが、ランスチャージを防御したのだ。
斜めに構えられた分厚い半月刀は、突撃の勢いを殺し、衝撃に耐え切ってみせる。
続く攻撃も打ち落とし、切り払い、受け止める。
反撃として、ティーダはBCアクスを横薙ぎに振るった。
高出力ビームの刃の前には、装甲は殆ど役に立たず、スレイプニルの前脚が何の抵抗も無く切り飛ばされる。
騎士ゴーレム達が再び距離を取ろうとすると、高分子レーザーが再びスレイプニルを貫いた。
如何に距離が離れていようと、ティーダのアンジェリカは決して外さない。
「その程度ですか、騎士殿?」
淡々とした言葉の端には、騎士ゴーレムに対する怒りが感じ取れる。
再び突進して来るゴーレム――だが足が少なくなっているせいか、勢いは先ほどよりも遅い。
だから、ティーダはしっかりと待ち受ける事が出来た。
自らが持つ錬剣「雪村」を抜き放ち、刃を展開させる。
同時にSESエンハンサーが起動し、激しい光が更に輝きを増し、辺りを太陽のように照らし出した。
「‥‥消し飛びなさい」
その一瞬の邂逅で三度振るわれた光の奔流は、スレイプニル、そして盾ごとゴーレムを真っ二つにしていた。
部下機が全て倒される頃、隊長機との戦いも佳境を迎えていた。
激しい剣戟を受け続けた緋霧機の関節が、流石にミシミシと嫌な音を立て始める。
損傷率は四割近くに上っていた。
「‥‥しかし、作戦行動に支障はありません」
まだやれる――緋霧は自らの愛機に絶対的な信頼を寄せていた。
隊長機の左手の盾は既に無い。来栖の執拗な突撃の前に、腕ごと吹き飛ばされている。
それでも隊長機は片手だけで大剣を振るい、一人でも多くの能力者を道連れにしようとする――が、叶う事は決して無い。
機動力を失ったゴーレムには、既に移動しながら攻撃するという選択肢は残されていない。
攻撃力と防御力に特化した機体であるが故に、移動力と機動力は極限まで抑えられており、装備しているのが巨大な大剣だという事も災いした。
目の前の岩龍は正しく鉄壁の盾となって立ち塞がり、バイパーは僅かに離れた場所から、機槍を正確に叩きつけてくる。
遠距離からは足やモニター等を狙った、執拗なディスタンとアンジェリカの砲撃。
満身創痍の阿修羅も、力尽きる事無く次々とミサイルや砲弾の雨を降らせていた。
それらに気を取られれば、一撃必殺のチェーンソーの刃が振るわれる。
――隊長機のAIは、何の感慨を浮かべる事無く、即座に判断を下した。
これ以上の戦闘は無意味と判断。
情報機密漏洩を防ぐため、隊長機ゴーレムは自爆装置を作動させ、爆炎の中に消えていった。
――死者を踏み躙る鉄靴の音が止んだ戦場。
能力者達が守りぬいたこの戦線、その後方に位置していた基地から、次々と救援のために部隊が送られてきていた。
そして兵士達の亡骸を回収し、もしかしたらいるかもしれない生き残りを救助するため、懸命に捜索を開始する。
彼らに補給と治療を受けながら、能力者達は死んでいった兵士達に祈りを捧げていた。
「もう終わったから‥‥安らかに眠ってくれ‥‥。あなた達のような犠牲を二度と出さない為にも‥‥俺達は戦うからさ」
「守り抜いたぜ‥‥あんた達のおかげだ」
頭の包帯を抑えながら、麻宮が黙祷する。
鈍名も最大級の感謝と共に、瞳を閉じた。
「もっと早く、私達がもっと早く到着出来てたら、ここまでの被害は無かったかもしれないのに」
そう呟くナレインだが、その仮定が無意味だという事は分かっている。
目の前に広がる光景、それが現実なのだ。
それでも、彼はあまりにやるせなくて、言葉にするのを止められなかった。
『――朗報です!! 生存者が‥‥生きてる人がいたって――』
救助活動を手伝っていたミスティが、スピーカー越しに感極まった声を上げた。
兵士達の間から、歓声が巻き起こる。
その言葉に、ナレインも思わず涙を零した。
「――守れたのね‥‥ちょっとだけかもしれないけど‥‥私達――救えたのね‥‥」
「はい――今はそれを喜びましょう」
「そうだな‥‥メソメソしてたら、あいつらに失礼だ」
「――彼らはそんな事、望んでいない筈ですから」
彼の言葉に金城が、来栖が、ティーダが応える。
失ったものは、大きかった。
――けれども、救えたものも確かにあったのだ。